植物に突然変異を起こさせるための線量は160μSv/h〜24mSv/hあたりなのかな 
Thursday, January 8, 2015, 11:46 AM
1/8 晴 10時 浅草での空間線量は10ベクレル/立法メートル

お正月の新聞から「放射線育種」という品種改良の解説があったので掲載しておきます。

放射線は農業や工業で広く活用されています。ジャガイモの発芽防止や自動車タイヤのような高分子材料の品質改善などには古くから用いられています。

放射線による品種改良技術も昔から行われています。

DNAを直接いじって害虫や気候、土壌に強い農産物の改良は最近注目されており、穀物メジャーによる供給の寡占化や既存生態系への影響といった物議を醸しています。

人間如きが新しい生物・植物を人為的に創り出して良いのかという道義的な反応もあります。
私も市場占有という営利目的の遺伝子操作には良い感情はありません。

放射線育種は偶然を祈るという気の長い技術で、突然変異の確率をわずかに高めるために放射線がとりあえず手頃だから使われているに過ぎません。

太古の地球には強い放射線が降り注いでいた


生物の進化に(地殻や宇宙からの)放射線がきっかけとなっていたことは疑いのないこと。

生物・植物の進化は環境の適者生存によるものというダーウィン理論が正しいのであれば、地球上の生物は多少の放射線には耐性があるはずです。

実際にあるのですけども。

もし現在、突然変異を100%起こさせる技術が発見されれば、そっちが使われるだけです。

記事中にあるコバルト60という放射性同位体物質は昭和40年頃までは、病院の放射線治療で使われていました。現在では使われていません。性質上、照射範囲が絞れないために患部以外にも悪影響を与えるので、もっと焦点を絞れる波長の短いγ(ガンマ)ナイフという機器に取って代わられています。

工業分野でもレントゲン写真で用いられていた時期があるようですが、不鮮明な(ぼや〜っとした)写真しか撮れないので、もっとエネルギーの高いイリジウムが使われています。それでもぼや〜っとした写真ですけどまだマシかというレベル。

キューリー夫人が発見したラジウムが大正時代(1910年頃)に世界でフィーバー(熱狂)しました。昭和30年(1930年頃)には核燃料のウラン精製で生じる副産物のコバルト60がおまじないのように導入されました。

コバルト60は米ソ核ミサイル配備競争におけるやっかいな産業廃棄物でもあったのです。(現在の工業用/医療用線源は原子炉内で中性子を当てて作っています)

それじゃあ、放射線源を含んだ医療機器の廃棄物はどこいったのでしょう?たぶん東京湾か日本海にでも沈められたのでしょう(笑)
もしくは後進国へ屑鉄と一緒に運ばれて鉄筋などの建築鋼材にでも混ざっているのでしょう。
20年ほど前には解体屋やクズ拾いの子供たちが放射線源で遊んでいたというニュースがよく載っていましたからね。

話は戻りますが、放射線が植物の品質改良には今でも使われており、その恩恵に我々は浴しているというお話です。

コバルト60を人智を越えた力として祭殿のように崇める



これってとても人間的な行為だと思いませんか?
あ〜あ、こういう研究に進めば良かった。


過去ログ:がんのウイルス治療が始まる・・・遺伝子操作はマッドサイエンスである
森鴎外とラジウム治療(メモ)
放射能は影響するのか?
ハイルシュトレンストーンをご愛用の皆様へ(Vol.010)


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フランス文学(という政治批評)が幕末・明治の知識層に多大な影響を与えた 
Wednesday, January 7, 2015, 05:07 PM
1/7 曇 10時 浅草での空間線量は13ベクレル/立法メートル

和歌山城を訪れて江戸時代の藩主には武芸よりも芸術(詩作や絵画)に秀でていたか、また精通していたかがわかります。
このように平和が続いた幕末期には他藩のお殿様も海外の文芸も含めて文化に興味を持っていました。

たとえば福沢諭吉が出た中津藩(大分)の殿様代々「蘭癖大名」と呼ばれるほど洋学を学び、藩校にも取り入れさせました。大分藩の出身者が教師でも生徒でも慶應義塾に多いのはそういうわけです。
http://wolfgangmichel.web.fc2.com/publ/books/27/27.htm#_edn1

去年の夏に副島隆彦先生が書かれた文学論をいまごろ読み直してみます。
関連リンク:「1470
」 夏休み特集。アルチュール・ランボー論。パリ・コミューンという政治的事件を書き残そうとした文学について。2014.8.16



この文学論は江戸時代後期(1850年頃以降)でフランスの文学とはどういうものであったかという解説です。当時の代表的な作家は

ヴィクトル・ユーゴー(Victor, Marie Hugo、1802年〜1885年)
アルチュール・ランボー(Jean Nicolas Arthur Rimbaud、1854年〜1891年)
(シャルル・)ボードレール(Charles-Pierre Baudelaire、1821年〜1867年)
(ポール・)ヴェルレーヌ(Paul Marie Verlaine、1844年〜1896年)
などです。

普仏戦争(ふふつせんそう、1870年〜1871年)でボロ負けしたフランスではパリは暴動で大荒れしていた時期です。パリ・コミューンという労働階級の革命主義者がパリでは跋扈していました。

副島先生の解説ではヴィクトル・ユゴーとカール・マルクス(Karl Heinrich Marx、1818年〜1883年)は交流があり、ヴィクトル・ユゴーの小説に影響を与えたであろうとのこと。

日本では黒岩涙香(くろいわるいこう)が『萬朝報』(よろずちょうほう)で「レ・ミゼラブル」や「噫(ああ)無情」を翻訳して評判を得ていました。黒岩は自由民権運動の手段として明治30年(1900年)〜大正にかけて日本に海外文芸作品をどしどし入れたわけです。

鴎外も黒岩と同時期に軍医のかたわらドイツオランダ文学を翻訳しています。
現在朝日新聞で連載している「三四郎」を夏目漱石が執筆した頃(明治41年)には、ユーゴーらフランス文学は萬朝報で日本人にもすでに読まれているのです。漱石の文中にも赤新聞と出てきていますしね。


重要なことはパリの二月革命(1848年:江戸時代後半)によるヨーロッパ共和主義(無能な王様を取替えてしまえ)という平民の怒りがこの時代のフランス文学の真髄です。

それが後年では民主主義活動や共産主義活動へとつながっていったと言うこと。

ドイツのフリードリヒ・エンゲルス(マルクスとならぶ共産主義指導者)を森鴎外は知っていただろうし、当然読んで共産主義にいくらかは共感していたでしょう。

フランスはそのまんま普仏戦争以降の緩い共和制度を維持して、現在でもその体制は見えない形で残っているということが副島隆彦先生のフランス文学論の概要です。

なぜ徳川家がフランス好きで、幕末には頼ったのかがわかります



江戸中期から幕末ごろ革命続きであっても共和国制という王様と貴族身分を維持しているフランスは、徳川幕府以降の国家体制のちょうどよい見本であったわけです。

皇室はイギリスを、徳川家はフランスを、知識層はアメリカを民権主義の手本としたのでしょう。

このように文学論は当時の政治状況を下敷きにしないと理解できないというお話です。
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年末の福島県内の放射線量です 
Tuesday, January 6, 2015, 09:06 PM


もう原発敷地内でもたいした線量じゃないだろうなあ。
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紀州(和歌山)徳川家は明治以降どうなった?(2)  
Tuesday, January 6, 2015, 03:33 PM
1/6 曇 10時 浅草での空間線量は14ベクレル/立法メートル

昨日の続きです。帰省中に溜っていた新聞記事をめくっていると、週刊朝日新年号(1/16号)に徳川家康没後400年記念座談会という文句の広告が目に飛び込みました。乗りかかった船だから読んでみます。

将軍家筋(宗家)18代当主の恒孝(つねなり)氏は徳川記念財団理事長、尾張22代義祟(よしたか)氏は徳川黎明会会長・徳川美術館館長、紀州19代宜子(ことこ)氏は建築設計事務所所長、水戸15代斉正(なりまさ)氏は東京海上日動火災保険の執行役員・総務部長とのこと。

共通しているのは元会社員であることと、代々伝わる文化財の保護の責務があることぐらいです。家康の下着までも家宝とのこと。

文中にあるように、最後の将軍慶喜(水戸斉昭の子)の弟昭武(あきたけ)が1867年というごたごたの時期にパリの万国博覧会へ行っています。フランスやベルギーの漫遊に随行していたのは、埼玉深谷の惣庄屋(そうしょうや:百姓の代表、庄屋)の倅であった渋沢栄一です。

水戸の殿様のぼんぼんと百姓の倅が一緒に海外漫遊していた



不思議でしょ?そして水戸学(朱子学をさらに天皇中心にした過激思想)の本家のボンはフランス語が達者であるということ。

水戸藩というのは本音は純粋に欧州の貴族であることを目指していたのではないか?という疑念が浮かび上がります。

同じように、紀州藩で親しまれているのは、八代将軍吉宗ではなく、紀州徳川の初代頼宣(よりのぶ)なんです。詩や画に秀でていて和歌山城にも頼宣筆のものが展示されていました。美術造形の才能に恵まれているのが紀州徳川家の特徴です。

ところが吉宗は江戸で美術芸術を奨励するどころか、質素倹約ばかりさせて景気をさらに冷やしてしまった。吉宗ってのはやっぱり棚ぼたで将軍に祀られた、やっぱり馬鹿殿です。
(後日追記:吉宗は禁教における洋書の輸入を解禁したり、天文学を奨励し改暦に着手したりと合理的な考えの持ち主だということが、わかります。学者肌の将軍様だったそうです。吉宗さんごめんなさい!)

記事を読んで感じたことは、徳川家(松平家も含む)は江戸時代後半には完全に貴族であったということ。GHQが余計なことに華族を廃止したことで、歴史を断ち切り日本の至宝の多くが略奪されたということです。

天皇家−公家(貴族)は歴史的観点から見れば、必要な存在です。戦国時代の信長でさえ朝廷の勅書のために苦労していたのです。武力があっても権威がなければ何も意味をなさない。

明治憲法が悪の根源で、現代の憲法を金科玉条のように、社民党は訴えていますが、あほかと思います。明治憲法も西洋の民主主義国家に倣った先進的な憲法です。
大きな違いは天皇と華族の定義のみです。

乗っ取られた日本を取り戻すためには身分階層も必要かもしれない



究極の国粋主義とはこういう考えに至ると思うのですが、それは誰も言わない(笑)
選挙権なんてかつての(アメリカでさえそうであったように)納税額や国家に報いた証として渡せばよいのです。選挙権のために働き生きる方が良い世の中になると思うのですけどね。



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紀州(和歌山)徳川家は明治以降どうなった?(1) 
Monday, January 5, 2015, 08:31 PM
本日より六城ラヂウムの仕事始めです。ああ正月惚け。
故郷は遠くにあって思うもの・・・中途半端に新幹線で2時間半、リニア新幹線が通じたら2時間もあれば着いちゃうよ。それでもホームの人混みでうんざり。結局本は数冊中途半端に車中で濫読しただけです。

昨日は暇を持て余して和歌山城へ行ってみました。(本当はかつてから行ってみたかった)
幕末で重要な役割を示す紀州藩が案外軽視されている気がします。
もし紀州藩が武闘派だったら今の日本は無かったでしょう。

とは言っても、大阪出身者の私でも「わかやま」という響きは東京で言えば「ちば・いばらぎ・ぐんま・とちぎ」ってな響きに近いもんがあります(和歌山の方ごめんなさい)

紀伊半島といえば、東は伊勢、吉野、高野山金剛峯寺、白浜や那智、温泉、紀三井寺や和歌山市内を流れる紀ノ川、そして紀州和歌山城下町、みかんや梅、魚も旨いし気候も温暖でホントはとても良い場所です。

東京で言えば、房総半島の下半分です。のんびりと時が止まったかのような街並みです。
和歌山の海南市から南は私が高校生(30年以上前)の頃と何も変わってない(笑)

自転車やオートバイで和歌山城の前は何度も通っているんだけど、和歌山城に入ったことが一度もありませんでした。紀州藩の殿様なんて興味もなかったし。

でも、おめでたく中年になった今、ご高齢とめでたくなった両親と生まれて初めて和歌山城に入ってみました。天守閣から見た風景です。
うっひょー和歌山市内を一望できます。
幕末・明治維新の頃でも眼下には同じような風景を見ていたのでしょう。
ちなみに真っ正面に見える煙突は住友金属和歌山工場(現在は新日鐵住金和歌山)です。

いろいろと恵まれている場所なんです。本当は。
でもなんなんでしょうね。和歌山って歴史の檜舞台に登らないのは。

紀州藩は八代将軍吉宗(よしむね)や公武合体で和宮降嫁した相手の14代将軍家茂により歴史面で知られています。さいごにマツケンサンバを踊ったかどうかは知りませんけど、和歌山城のパンフレットを読むと、絵画詩吟に長じていることが歴代の藩主の努めだったようです。和歌山城内に掲げられている日本画は見事なものです。

頭に来ることに、和歌山城は米軍の空襲で焼けています



現在の和歌山城は昭和33年にコンクリートで再建されたものです。姿は見事ですが歴史的価値はあんまりない。アメリカ人が大切な歴史建造物をもやしやがって!


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2015年元旦 五日より平常業務となります 
Thursday, January 1, 2015, 12:29 AM
迎春

皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

六城ラヂウム店主拝
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「自分の意志」は寄生されたウィルスによるものかもしれない 
Sunday, December 28, 2014, 10:21 AM
12/28 晴 10時 浅草での空間線量は13ベクレル/立法メートル

NHK教育で放送されていたスーパープレゼンテーション「自殺するコオロギ ゾンビ化するゴキブリ…寄生虫にまつわる物語」

これは面白かった。

こちらから動画が観られます
http://www.nhk.or.jp/superpresentation/backnumber/141105.html


動物が群れるのは本能?諸説いろいろありますが、意志で行われているという前提があります。
サナダムシはアルテミアという甲殻類の虫に寄生して、群れさせます。そしてフラミンゴに食べてもらうためにです。
ハリガネムシに寄生されたコオロギは、脳をコントロールされて水に飛び込み自らおぼれ死にます。ゾンビが虫の世界では珍しいことではないのです。

宿主は意志はなく、卵を産み付けられて、喰われて、成虫が食い破って出ていくというパターン。

日本の学者が河川でマスが食べる虫の六割が寄生されていたことを調べました。

トキソというウィルスはネズミに寄生すると、ネズミは猫を恐れず近づいていくのだそうです。そして喰われて猫に寄生する。つまり哺乳類にも操るウィルスは発見されているのです。

あなたの性格はウィルスによるものかもしれない



十分考えられることです。

ウィルスの遺伝子を変えて、インターフェロンをつくらせたり、また宿主の体内で蛋白質を操作して癌治療に役立たせる研究が進んでいます。

医療といっても生物学と農学の垣根がなくなりつつあります。
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我々は音楽で潜在的にキリスト教の洗脳を受けているのです 
Saturday, December 27, 2014, 03:02 PM
12/27 晴 10時 浅草での空間線量は10ベクレル/立法メートル

昨日はキリスト教の真髄を理解したのは江戸時代の数学者(後世では和算家と呼ばれている)であるという自説を述べました。

当時の数学者と同じように、我々もいつのまにかキリスト教に染まっているという実例を挙げてみましょう。

それは音楽です。
60年代のフォークソングブーム、70〜80年代のニューミュージックブームがあり今ではJロック・Jポップスとよばれ
これらは現在の歌謡曲のメインストリームとなっています。

ロックやポップスのベースは宗教的な香りが強い



松任谷由実もテレビ番組「SONGS」で自身の曲を賛美歌とレクレイムであると定義しています。たしか番組では賛美と鎮魂であるとひとつひとつ明確に区別していました。

「飛行機雲」はまさに残されたものへの鎮魂歌ですね。

小田和正(チューリップ)の歌なんてのも全編教会で歌われても違和感がない。

ヨーロッパの音楽はのもとは教会での祈りご賛美の歌ですから当然でしょう。

中世に反カトリック勢力(プロテスタント)がヨーロッパに広がる過程において、モーツアルトをはじめ音楽家たちも重要な役目を果たしました。絵画ではメディチ家に支援されたミケランジェロが代表です。

芸術活動はそのままキリスト教布教の一環です



アメリカや英国のいわゆる洋学というジャンルの歌詞を読むと、だいたい同じようなものばかり。
過去ログ:プロテスタント国家は人民を幸せにしたのか

そんな考えをもっているのでSEKAI NO OWARI(せかいのおわり)というバンドが出てきたことに私はぶっ飛んだわけです。デーモン小暮の聖飢魔兇登場したときもぶっ飛びましたけど。
過去ログ:sekai no owari (世界の終り)とは「最後の審判」です

世界の終り=終末論のこと

ユダヤ教、イスラム教、キリスト教はどれもムハンマド(モハメッド)の啓示がが起源です。それなのに分けられているのはなんでか?

阿刀田高(あとうだたかし)の「旧約聖書を知っていますか」(新潮文庫)と橋爪大三郎の「世界がわかる宗教社会学入門」ぐらいしか読んでない知識で断言しちゃいます(笑)

キリスト教とはキリストの再臨を信じる(願う)宗教



必ず世界には終りが来て、そのときにキリストが甦って我々の前に立つという教義を信じている人たちをクリスチャンと呼びます。この教えを広めたのが弟子のペテロ(初代バチカン法皇)です。

世界が終わる!だから終末に備えよ!という教えを私たちにはっきり教えてくれたのが馬鹿ブッシュ息子大統領です。

終末論を唱える(信じる)人たちはおおむねキリスト教徒であるといえます。

終末論(キリストの再臨)を信じたエバンジェリスト(伝道者)で知られている明治の人は、内村鑑三(うちむらかんぞう)です。
過去ログ;プロテスタントが社会主義思想を広めた(「人間内村鑑三の探求」畔上道雄著)
幕末・明治のゲーテッド・コミュニティー (麻布・高輪・三田)
結局、新島襄は日本のキリスト教徒らに影響を及ぼしたのか?

弟子の書いた内村鑑三の本を読むと、ほんとうに気違い(笑)反権力、反組織、反権威、反宗教(爆笑)・・・

SEKAI NO OWARIが若者から絶大な人気があるのか(私も大好きです)、明治中ごろ〜大正にかけて厭世観と現代が似ているからでしょう。

知ってかしらずか音楽を通してキリスト教思想に我々は洗脳されているのです。
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来年はしっかり数学の本を読もうと思う 
Friday, December 26, 2014, 03:52 PM
12/26 晴 10時 浅草での空間線量は13ベクレル/立法メートル

幕末から明治へと思想の大転換がありました。それをまとめた論文集が今年出版された「フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした」(成甲書房) です。

江戸文化から急速に西洋化へ進んだ原動力は、幕末に設立された「蛮書調所(ばんしょしらべしょ)」という全国のインテリを集めた研究養成機関であったことを書きました。これは歴史上の大発見だと自負しています。

オランダから医学や工学とともに思想も受け継ぎ、それを必死で研究したのが蛮書調所のエリート達です。

ただし蛮書調所という研究機関は元々は浅草(鳥越)天文台という、秋葉原の横にあった天文観測所が前身です。
ですから蛮書調所(意味は外国文献の翻訳をする所)といっても、設立時はほとんどが天文台の幕臣達であったのです。
天文方(てんもんがた)という役職でした。

この天文方は何を仕事としていたのかというと、星を眺めて「暦」をつくることが使命でした。カレンダーなんてこの年末になるとあちこちからもらう物だと現代の我々は思うでしょうが、当時は太陽太陰暦(いわゆる旧暦)で、日の出日の入りで一時間の長さは変わります。また月の満ち欠けがそのまま日数ですから、太陽歴ともわずかづつ差がでます。それを計算するのが天文方の仕事。
具体的には日数調整のための閏月(うるうづき)をどの月にあてはめるかとか、夏至・冬至、日蝕、月蝕のある日を求めたりしました。

鎖国下であっても外国文献を読むことができるのは天文方だけでした。

なぜ天文方は外国の本を読むことができたのか?ターヘルアナトミアを解体新書として訳した杉田玄白はあれだけ苦労したじゃない。

でも数学者達はすらすら読めるのです。なぜなら

数学の数式・図式は万国共通だから



余談ですが、社会人になった頃全く英語が駄目な先輩がアメリカに行って向こうの技術者と話をしてきたのですが、口から発する単語は「put」「get」「If〜then〜else」の4つだけで、あとは筆談。英語がペラペラの上司があきれていたそうです。互いにコンピュータプログラマーだから、コンピュータ言語でやりとりしていたのだとか、それも自然に。

MIT(マサチューセッツ工科大学)の数学研究室には世界中から数学者が集まり、白板や壁に数式を書いて誰でもそこの議論に入っている風景をテレビで観ました。数式さえあれば意思疎通ができるのでしょう。

このように、私は幕末にはキリスト教プロテスタント(ユニテリアニズム)は和算家達が意識的、無意識的に関わらず西洋思想を受け入れたのだろうと考えています。だからこそ蛮書調所は詳しく調べなくてはならない。

そう思っていたところに、新聞広告が目に留まりました。
「星に惹かれた男たち 江戸の天文学者 間重富と伊能忠敬」鳴海風著

伊能忠敬のお墓はなんとここ浅草の近所です。
過去ログ:伊能忠敬と高橋至時(たかはしよしとき)の墓はご近所にあった
鳴海風という著者は知らないので、検索してみました。和算小説家と名乗っているデンソーの技術屋さんです。江戸時代の数学者達を題材に歴史小説を書いておられます。ちょうどYoutubeに動画がありました。

https://www.youtube.com/watch?v=YJolfr6OhQw

この動画で『塵劫記』(じんこうき :元ネタは中国の明の程大位の算法統宗)が江戸時代初期に数学ブームを起こしたのだそうです。内容はねずみ算から簡単な幾何(樹の高さを求める)といったものや、奇想天外な数学クイズです。
そろばんをもった子供や大人、武士から農民まで『塵劫記』を愉しんだのです。

ちなみに現在の単位も一十百千万億兆京・・・・、分厘・・・といったものは『塵劫記』により定着したのだとか。
まさに日本の数学の祖が作者の吉田光由(よしだ みつよし1598-1673年)なのです。

この吉田光由はバテレン追放前にイタリアの宣教師カルロスピノラからも数学を学び、おそらくキリシタンであったのでしょう。お墓に名を入れていないことから「隠れキリシタン」であったと推測されます。
吉田光由は数学者でもあり、その知識を生かして土木技術者でもありました。350年前に水路トンネルを嵐山に掘っていまでも活躍しています。

吉田光由が和算の開祖として、その系統が伊能忠敬らが続くのですが、二人とも商家の出なんですね。武士も和算に熱中していたのですが幕末にならないと武士はそろばんでは出世できなかった。

川路聖謨(かわじとしあきら:最後の勘定奉行)や福井藩の山岡三八(のちの由利公正 ゆりきみまさ 松平春嶽の片腕)はどちらも天才的な数学的センスの持ち主だったそうです。

来年は数学を歴史的な視点からもう一度やりなおします



とりあえず櫻井進やこの鳴海風の著書を読んでみようかと思います。天地明察は面白い小説でした。

過去ログ:
数学は神を知るための手段であるという西欧の常識
伊能忠敬と高橋至時(たかはしよしとき)の墓はご近所にあった
カレンダー(暦)にはこれほど面白いドラマがあったのか

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炎上商法でまるもうけ! JR東日本、SONYピクチャー 
Thursday, December 25, 2014, 03:01 PM
12/25 晴 10時 浅草での空間線量は12ベクレル/立法メートル

東京駅開業100周年記念Suicaの発売を殺到を理由に打ち切ったニュースが流れ、米国ソニーでは金正恩暗殺場面のある三流コメディー映画の公開中止にオバマ大統領にまで声明を発表させました。

JR東日本もSONYの役員も笑いが止まらんでしょうね



広告宣伝費を1円もかけずに日夜報道してくれるから。しかもSONYはオバマ大統領にまでコメントを得ることが出来てお釣りが来ます。

Suica(スイカ)は通常のカードに印刷をしただけのもの。映画は観客数がそのまま売上につながります。つまりコストなどしれたもの。

宣伝費をかけなければ売れない物はたいてい価値はない



JR東日本は限定販売を通販方式に切替え、枚数の上限を撤回しました。つまり注文があるだけいくらでも刷りますということ。前払いのうえに、電子マネーという性格上デポジット料が加算されていますが、コレクションとして死蔵する人がほとんどでしょうから、タダでお金をもらったようなものです。

15,000枚×500円(デポジット料金)=750万円が当初の収入予定でした。これが報道で2万枚売れたら1,000万円ががそのままコストゼロで手にはいるわけです。パートかアルバイトぐらいは雇うかもしれませんけどね。

鉄道が好きな人の心理なのでしょうか、なんでも「記念」が好きですねえ。郵便切手もかつては記念切手には長蛇の列が出来ましたけど、いまでは誰も見向きしません。なんたって毎週毎月なんらかの記念切手が発行されていますからね。

かつてのオイルショックのトイレットペーパー騒動と同じように、手に入らない(観ることが出来なくなる)という群集心理はあいかわらずです。

騒動の陰で高笑いをしている人たちがいることを忘れてはならないでしょう。

余談ですが、円安と輸入時の検査の厳格化で入手がどんどん難しくなっているのです。

手に入らなくなるのはウチの扱う高線量ラジウムの方だよ!




                   2014/12/24 No.2971
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 10秒で読む日経!視点が変わると仕事と投資のネタになる
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   今日のNews
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●東日本旅客鉄道(JR東日本)は22日、客が殺到して途中で販売を中止した
 東京駅開業100周年記念のIC乗車券Suica(スイカ)について、増刷し
 て希望者全員に販売すると発表した。時期や販売方法は未定としている。
 インターネットによる販売なども検討する。
 赤れんが駅舎をデザインした記念スイカは20日午前、東京駅丸の内南口で
 計1万5000枚の限定で発売された。しかし購入希望者が殺到。JR東日本は
 約8000枚を販売した時点で販売を中止したが、買えなかった購入希望者が駅員
 に詰め寄るなどして混乱した。
                日本経済新聞 12月23日
   __________
   佐々木の視点・考え方
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
★この一件、JR東日本の販売担当者は、顕著な業績を挙げたとして評価される
 ことだろう。

 なぜなら、知名度が低く広告もあまりかけなかった記念スイカ販売を、土曜日
 の東京新聞の1面トップに掲載されたり、TVも各社が何回も取り上げたり、
 ネットでの書き込みも相当数に上り、一気に知名度を上げた。

 その上で、無制限発売すれば、相当数の販売枚数が予想される。

 そもそもスイカ等のプリペイド電子マネーは、顧客が購入しチャージしたお金
 を実際に使用されるまで発行者が運用して利益を挙げられる性格のもの。

 そして、今回のように記念版なら、相当数の購入者が利用することが無いと
 考えられる。つまり、殆どタダで顧客からお金を得て利益を挙げるに等しい
 性格の商品だ。

 ただでさえ「販売額が利益にほぼ等しい」儲かる商品を、広告をかけずに
 多数売ることが出来たわけだ。

 多少の避難はあっても、「過去はこうした事例が無かったので予測できません
 でした」と申し開きが出来る。

 上手な炎上商法と言える。

 現在はネット等で瞬時に多くの情報が錯綜するため、マーケティングで関心を
 引くことが困難。

 そこで「好きの反対語は無関心」。だから「顰蹙は金を出してでも買え」が
 モットーの会社の商品が炎上商法で良く売れている。

 私はこうしたやり方が大嫌いだ。
 だが、有効であることを認めないわけにはいかない。


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理系とか理工学部とか理学と工学をいっしょくたにする愚かさ 
Wednesday, December 24, 2014, 01:21 PM
夏目漱石の「三四郎」が朝日新聞に連載されており、かならず読みます。本棚にはあるのですけどせっかく新聞に載っているので。

帝国大学文学部に通う三四郎は自分の経験と弟子であり、登場人物も実在者がモデルです。
高校あたりで読んだときは、背伸びしてインテリぶる大学生の青春物語として読んでいたのです。

しかし今読めば、明治後期(小説は明治41年)の大学の状況を知るための資料として読んでいます。

文学部の初年では哲学を最初に習うということ



昨日はカント(独の哲学者)やバークレー(英の哲学者)が講義風景に出てきます。

おそらく帝国大学では教養課程で哲学は必修だったのでしょう。だから昔の大学生は学部に関わらずデカンショデカンショと唄ったわけです。

そういえば私の高校(大阪府立富田林高校)時代、担任の飯田先生はクラスを盛り上げるときはいつもデカンショデカンショと節を付けて生徒みんなに追従させました。その次の担任の三並(みなみ)先生というのは満州からの引き上げ組(妹が餓死)で、だみ声で浪曲師のように逃げる悲惨な状況を泪ながらに語るわけです。毎年。まもなく昭和が終わる頃のお話です。どちらも国語の先生で強烈な個性で大好きだったなあ。当時はつっぱりが流行していて反抗していたけど・・・。

三四郎は明治の高等教育はどのようなものだったのか雰囲気がわかります。
今の大学の風景とは大違いです。

馬鹿を自覚させるために日本には大学というものは存在すると思っているのですが、今はさらにその馬鹿をどっかの会社に引き取らせるためにあるようなものか。就職予備校とでも申しましょうか。

夏目漱石の「文学論」を開くと、中身は数式ばっかりです。
海外の小説を数学的アプローチで解明したもの。パラメーター(変数)がたくさん入った式が冒頭に示されています。

数学的に言えば「多変量解析」という手法です。
つまり数学的センスがなければ、文学部の授業(漱石は帝国大学文学部英文科の講師だった)でさえ全くちんぷんかんぷんなのです。私もさっぱりわかりません。

何が言いたいのかというと

理系文系という区別は本来ありえない


ということ。(早稲田大学 理工学部小澤徹教授談)

文学も経済学も法律学も極めていくと、すべては理学となり、神学へ収束していくからです。

夏目漱石が教鞭を執っていた三四郎の時代(明治後期)の大学の原型は江戸幕府が開いた「蛮書調所(ばんしょしらべしょ)」という組織です。

そこでも理系や文系だといった区別はなく、法律家であっても統計学者であり、経済学者であっても数学者でもあり、数学者であっても哲学者でもあったわけです。

夏目漱石は哲学者(Philosopher)だったのでしょう。森鴎外は漱石に敵愾心を抱いていましたが、アカデミニズムという尺度で測ると漱石は格下だと思います。

さらにいえば、理学と工学は全く別物です。副島先生がかねてから言われているとおり

「理学は神学の派生・系統であり、工学は下々(下級武士)らの実用的学問」

であるということです。理学は神学から派生した学問で、法学も同様に神学から派生した学問です。工学とは元来、兵器・兵術(つまり兵力増強)のための学問です。

明治政府も工部省(現在の東大工学部)を霞ヶ関に帝国大学とは別組織としていました。戦前の旧制大学制度までその系譜は続きます。

過去ログ:
検索キーワード:三四郎:

柳田国男「遠野物語」と夏目漱石「私の個人主義」
日本の思想(主義)は40年周期で変わっている
夏目漱石も森鴎外も、西洋文芸を通して小説の数式化を試みていた
イギリス→アメリカ→日本という流れでやってくるTechnologyと思想
なぜ国語の授業では明治文学が取り上げられるのか?
思想の系譜がわかれば現代の戦争がわかる(つもりになった)

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質問:サンタクロースはどこの国の人? 
Wednesday, December 24, 2014, 11:09 AM
12/24 晴 10時 浅草での空間線量は9ベクレル/立法メートル


質問ドラえもん:サンタクロースのモデルの人がいるよ。今のどの国のあたりにいた人かな。
答え:トルコ 今から1600年以上もむかしのキリスト教の聖人で、聖ニコラウスという人だよ。子どもやまずしい人にやさしかったと言い伝えられているんだ。

・・・世界の子供たちはトルコに足を向けて寝られませんなあ。
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焼き芋はちょっとしたことで激うまになる 
Monday, December 22, 2014, 03:05 PM
最近電子レンジでおいしい焼き芋をつくることに熱中しています。

八百屋でいろいろな産地のさつまいもが売られています。
味の違いはあるのだろうか、また調理方法でどれだけ味が変わるかを試しています。

料理は身近な科学実験なのである



シリコン鍋に二種類のさつまいも(千葉産、安寧芋)を入れて電子レンジに入れてみました。

70℃あたりを長く保つことが甘くしっとりさせるコツ



電子レンジの冷凍食品の解凍ボタン(私の場合は刺身の解凍)を押して30分弱加熱しました。

どの芋も甘くてねっとりした味わいになりました。

ただし失敗点はシリコン鍋ですと、蒸れてべちゃべちゃ気味になります。
そこで途中で新聞紙にくるみなおして、加熱しました。

濡れたまま新聞紙でくるんで電子レンジでゆっくり長く加熱する方が、適当なやわらかさです。新聞紙を使わないならば、シリコン鍋の蓋はずらして水蒸気が逃げるようにしてあげればいいでしょう。

これは簡単でおやつに最高です。

過去ログ:家庭の電子レンジで出来る美味しい焼き芋のつくりかた
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高校生あたりで凡人か一級の研究者になるかわかるんだな 
Monday, December 22, 2014, 02:47 PM
12/22 晴 10時 浅草での空間線量は8ベクレル/立法メートル

高校生科学技術チャレンジというコンテストをご存じですか?
朝日新聞社・テレビ朝日主催で内閣府・文部科学省・科学技術振興機構が後援する半官半民のコンテストの受賞内容が朝日新聞に掲載されていました。

文部科学大臣賞「白黒フィルム写真の(自動)カラー化」
科学技術振興機構賞「扇風機をヒントとしたモーターのPLL制御」「地形模型による斜面崩壊シミュレーション」

その他は「亜硝酸ナトリウムを用いた大気オゾンの濃度測定法」「卵殻の内膜を用いた食品のメラニン沈着を抑制する研究」「チューブ内の水素燃焼炎の移動速度の研究」「切断された西洋タンポポの根が再びつながる要因の研究」

・・・・あぜんとしました。

■白黒フィルムで写した写真は赤や緑で僅かに感光が異なることに注目して、それを測定することで本来の色を推測するロジックを発見した女子高校生

■PLL(位相同期:phase locked loop)回路を用いたモーターの回転制御を同精度でプラスチック円盤により実現させた高校生

■山の地図を切り抜き、砂時計のように上から砂を落として現実の地形と待避させたところ類似が多いことに注目しし、それで簡便に崖崩れの予測ができることを、コロンブスの卵の発想で発見した高校生

・・・・おいおい、すごすぎるだろ!
どれも大発見ですし、特許を十分取れるのではないでしょうか。

過去の受賞研究を眺めてみました。
http://www.asahi.com/shimbun/jsec/


昨年は
■青紫陽花(あじさい)の色素による増感太陽電池
■廃棄物のトマトの葉と茎を使ったエチレン吸収機能のある果物トレイ
■自動航行する無人潜水艇による堆積物のガンマ線量測定
■石取りゲームの必勝公式
そのほかたくさん

・・・・どれもすごい発見です。高校生のレベルではありません。

一昨年は小型微少重力発生装置(無重力状態を一瞬つくる機械)を造り上げています。これは「はやぶさ2」の最終装置の試験でも使われたそうです。
ほかにも家系の特徴づける遺伝を複素ピタゴラス数により発見したこと
そのほかいろいろな自由研究がたくさん

・・・・こんなことを考える(できる)高校生がうじゃうじゃいることがわかりました。

こんな高校生は一刻も早く国家で予算をつけて特別待遇を与えるべし



そして高等教育機関というものは、このような異彩を放つ人たちばかりを集めればいいんじゃないのと思います。
エリート、天才、異才、変人であとは秀才と凡人を少し混ぜて、その人達は国家のために役立ってもらう。

役立たない私のような凡人は職業訓練校や女子は花嫁学校みたいなとこに行けばよいのです。それか働かす。

高校生と侮ってはなりません。

電車を造り上げた工業高校生、電気自動車でレース参戦する高校生、高校生達で運営するレストラン・・・いろいろあります。踊って歌わすだけでもすごい経済効果があるのですから。

田舎ではどの大学に入学したかよりも、どの高校を卒業したのかが重要視されるという話を聞いたことがあります。
10代の過ごし方がその後の将来を決めるので、その通りだと思います。

日本の教育体制は均一であることを金科玉条としている残念な状況



私の年齢であればちょうど中学高校生あたりの親ですから、子供の教育と進路が大部分の関心事を占めていることはよくわかります。
ただ子供にどのような才能があるかなんて親でもわからないものです。逆に親のへんな願望が子供をねじ曲げているように思うのです。

メシも忘れるほど熱中していることだけやらせておけばいいのになあと他人事ながらながめています。

テレビゲームばかり熱中していると嘆く親御さんも多いでしょう。でもね、テレビゲームがなぜ人気なのか?ゲームを構成する要素(絵や音楽、数学理論など)を教えたら、こんどは受け身ではなく製作者側の視点を持つようになるかもしれません。

かつて私の頃は漫画ばかり読むなと怒られたものですが、いまでは漫画家こそが救国の志士かのような讃えようです。

100人高校生がいたら進路は100通りあって当然です



それぞれにあったステージ(舞台)・進路を用意してあげることが高校生あたりからの教育なのではないでしょうか。

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早くくたばれロックフェラー!〜縮む石油業界 
Sunday, December 21, 2014, 12:18 PM
12/21 曇 10時 浅草での空間線量は9ベクレル/立法メートル

出光が昭和シェルを買収する計画があるとの新聞報道が一面です。
石油元売会社はJXホールディングス(旧日石(ENEOS)+ジャパンエナジー:JOMO)、出光、コスモ(旧丸善)、昭和シェル(旧昭和+シェル)の五社から四社となります。

JXとコスモは業務提携をしている同じグループです。コスモはやがてJXに統合されていくでしょう。
となるとJX系と出光+昭和シェルの二大体制がやがて訪れるだとうということは素人でもわかります。

石油産業(石油化学産業)の需要増は今後見込めません。
海辺の製油所がどんどん無くなって工業地帯の風景は変わっていくでしょうね。

ドル紙幣の価値は石油が担保となっています。石油取引はロシアでさえ通貨はドルです。
石油需要が世界的に減少していくことでアメリカ覇権もドルによる金融支配の力は弱まっていきます。

石油とドルによる世界支配の帝王はご存知D.ロックフェラーです。来年で100歳!
いいかげんに早く死ねばいいのに。

石油による世界支配は終わるのであれば、次は何でしょうか。ウランでしょうか、それとも食料でしょうか。

ともかく日本も含め世界の石油関連企業は大きな再編がこれからも続くでしょう。

石油で負けた太平洋戦争の恨みを晴らすためにも、石油を使わない社会の実現へ日本は総力をあげて行くべきです。

石油の一滴は血の一滴!浪費は敵だ!の精神です



過去ログ:検索キーワード:石油

日本の石油製品業界の縮小はますます進むであろう
ガスの発送分離は大賛成 エネルギー寡占問題
石油の湧出る地区が日本にもあったそうです
ブレトンウッズ体制(ドル金本位制)の成立にロシアが同意したのはなぜか?
GEにみる縮小する業界・発展する業界
ロシアからのガスパイプラインは実現するのか
ウクライナは米露の原発建設重要地点となった。そしてアルゴアが登場
スコットランド独立運動は実はロシア工作による反EU運動だったのではないか
原発事業の闇に斬込んだディレクターが死んだ件について
メタンガス発生プラントは都市部周辺でこそ建設されるべき

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がんのウイルス治療が始まる・・・遺伝子操作はマッドサイエンスである 
Saturday, December 20, 2014, 05:50 PM
12/20 小雨 10時 浅草での空間線量は12ベクレル/立法メートル

寒い寒い、でも零細自営業は引き籠もってばかりもいられない。部屋の中も寒いけど(笑)



定食屋で昨日はスポーツ新聞から主要紙すべて目を通してみました。
海外情勢は似たり寄ったりですが、紙面割りは大分違います。STAP細胞騒動の扱いもそうです。

朝日は博士号を濫発する側の教育体制が整っていないことを問題視する発言を取り上げています。
ポスドク問題と言って、博士号のために教授への隷属や、逆にほったらかしなので提出論文数だけが成績になるという指導側の能力不足です。
また学生側も選ぶテーマは地味な基礎研究よりも耳目を集めやすいものや論文を書きやすいテーマに偏る傾向にあるそうです。
そりゃそうだわ

日本には真のフィロソファー(Ph.D)なんて数えるほどしかいないもの



名ばかり教授からもらった博士の称号なんてなんの意味があるのか馬鹿臭い。
上(文部科学省)から下(大学教員・大学院生)まで馬鹿揃いなのに、博士の肩書きがそんなに欲しい物なのかな。

たとえば、もし私が大学院生で「放射線は身体に良い」という研究テーマを挙げたところでつまみ出されて終りです。

基礎研究の軽視は最近特にどの大学でもひどいなと感じています。ベンチャー支援だとか産学協同研究だ、起業家育成に注力するだの国公立の大学も、そんなパンフレットばかり刷って高校生にばらまいています。あほくせ。

貧乏教授から教わって金稼ぎのなにを得られるんでしょうね(笑)もっとも

今の大学研究は国や民間の研究費をかっぱぐために行っているだけ



研究費の申請書類をつくることが大学研究の一番大事なお仕事です。書類の出来如何でもらえる銭が違うから、そら必死で華やかな実績をつくることに専念します。

そんなところに長く居て、さあいっぱしの博士様でございとほざく輩なんてアホが服着て歩いているようにしか見えません。早稲田の二部(夜間)を出て、就職先の企業の寄付講座で博士号をとっただけなのに「東大博士」を看板にしているのがたしか居たなあ(笑)

STAP細胞騒動も、結局は理化学研究所という巨額な予算を抱えている独立行政法人に関わっている蠢いている有象無象(うぞうむぞう)の輩たちの狂騒でしかないのです。

遺伝子操作という行為自体があやしげな領域です



神様にかわって生命の根源をいじくってやろうという不遜な行為だなと私は思います。

そもそもサイエンスは中世近代に宗教学から派生したもの。もっと根源の始りは「神様はいるのか?神様の行為はどんなこと?」という問いの答えを修道士が探す行為がサイエンスなのです。

Godの全能(Mighty)を求める行為をマッドサイエンスと言います



ウィルスを使った癌治療開始の記事を読んで、STAP細胞の騒動関係者の面々を眺めてみると、どいつもこいつもみんなマッドサイエンティストです。

癌発生の過程や原因を調べるのは根本的な研究だと思うのですが、それを飛び越えて遺伝子を改竄したウィルスで退治するという発想が狂ってるよ。

ウィルスを使った利用がすすむとどうなるか?
生命の根源である神の差配を一部の人間が握るということ。

遺伝子操作はオカルトやSFのように捉えられてきましたが、現実に研究機関で進んでいることが記事からわかります。
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ストイックな求道こそが漫画の王道なのです 
Thursday, December 18, 2014, 04:14 PM
12/18 晴 10時 浅草での空間線量は6ベクレル/立法メートル



漫画をあまり読んでいません。
大人でも読み応え十分なものはけっこうあるのです。最近まではGIANT Killing(ジャイアントキリング)というサッカー漫画を楽しみにしていました。
サッカー経験がなくても、サッカーの戦術が漫画でわかるので参考になりました。
弱小チームが勝ち残るための秘訣はビジネス書よりも面白いです。

朝日新聞に「湾岸ミッドナイト」「弱虫ペダル」が紹介されていました。
前者は首都高速で速さを追い求める若者の姿であり、後者は高校自転車競技部のお話です。

どちらも恋愛場面はなく、ひたすら道を究めるための格闘を描いた物語。長期連載なので単行本をまとめ読みしていました。

主人公に感情移入できることが良い漫画



車の運転はほとんどしませんし、運転も下手な方だと自覚しているので猛スピードで走りたいとは思いませんが、レーシングカーゲームは大好きです。モンスターマシンで理性が吹き飛んだ状況とはどんなもんかはわかりませんが、漫画で描かれる心情に惹きつけられます。

だいたいクルマやバイク好きになるきっかけは漫画から



漫画に取り上げられないクルマやバイクは可哀想に不人気です。自動車メーカーやバイクメーカーはもっと陰で漫画家を支援したらいいのに。

これほど刷り込む媒体はないです。「いつかはクラウン」ではありませんが、読者がいつかは●●に乗りたいと思ってくれたら、ブランド価値がものすごく高くなるのですから。

湾岸ミッドナイトの主人公の愛車は日産フェアレディZ(S30)です。この漫画の連載前バブル当時は見向きもされないほど格安だったのに、漫画の人気が高まると一気に値段が高騰しました。同じような車種ではカローラレビンもそうです。金のない若者向けの車がスポーツカーの扱いです。

巷ではスポーツ自転車で颯爽と走る姿が珍しくありません。しかも若い女性も多い。
それは「弱虫ペダル」というスポーツ漫画が大人気だからです。

意外とサイクルロードレースというものはチーム戦であり、頭脳戦でもあることと、レーサー達のストイックさに魅せられたからでしょう。

漫画の王道は禁欲的な求道というものに気付かせてくれる



これこそが日本の漫画が大人が読んでも耐えうる素晴しい点だと思うのです。これは他国の漫画にはない伝統でしょう。あしたのジョーや巨人の星、キャプテン翼、スラムダンク・・・人気を博した長期連載漫画はそれなりに読む価値があるのです。

寒いから久しぶりに漫画喫茶でも行ってこようかな。

過去ログ:漫画の原点はピアズリーだろ
サッカー日本代表は進歩したのか
"Money Ball"と"Giant Killing"は変革とは何かを教えてくれる
マンガはいちばん身近な教科書である(お勧めマンガ)
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カロリー摂取量は減っているのに糖尿病が右肩上がり(Mg欠乏原因説) 
Wednesday, December 17, 2014, 12:59 PM
12/17 晴 10時 浅草での空間線量は8ベクレル/立法メートル

新聞の書評広告で、『糖尿病ならすぐに「これ」を食べなさい!』(横田邦信/東京慈恵医科大学教授 主婦の友社)という本を知りました。


プレスリリース:http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000297.000002372.html

1970年代中頃から日本人の平均エネルギー摂取量は右肩下がりです。
1980年代からは脂肪摂取量はほぼ横ばい、90年代中頃からは減少しているにも関わらず、糖尿病患者+予備軍は1960年代から一貫して増え続けていることに筆者は注目しています。

摂取エネルギーと糖尿病には相関はない



そこで注目した栄養素がマグネシウムです。

1972年(昭和47年)に塩田による製塩が廃止され、同時期に大麦・雑穀を食べる習慣がほぼ消えています。


海水塩が食卓から消えると同時に糖尿病患者の発生が始まる



一日に必要なマグネシウム量は360mg程度だそうですが、だいたい100〜130mg足らないのだそうです。
そこでマグネシウムを含んだ食品を摂ることを勧めています。

そばの孫とひ孫わ、優しい子かい?納得!



抹茶なんかいいですね、日本人ですから。マグネシウムとビタミンCが摂れるのもうってつけ。

同じ新聞には農林水産省が共催しているフード・アクション・ニッポン・アワード2014という受賞賞品が載っています。その研究開発・新技術部門の最優秀賞には緑茶を挽いてたてるSHARPの HEALSIO(ヘルシオ) お茶PRESSO(プレッソ)が選ばれています。

これなんかマグネシウム不足の我々にはうってつけの賞品ですね。


著者の横田邦信/東京慈恵医科大学教授と同じく、微量元素の欠乏で病気になりやすいと訴えている本は過去にもブログで紹介いたしました。

海水による塩からイオン交換による精製塩となって、アトピーといった自己免疫による病気が増えてきたという主張です。

塩分と高血圧には統計的には関係が無く、かつて東北の地域で血圧が高い傾向があったというだけで医学的な常識と信じ込んでいるだけです。
過激な減塩という食習慣は健康を損ねるという警鐘です。

作家の五木寛之も常にピンクのヒマラヤ岩塩を片手に持ってぺろぺろ舐めながら執筆しているとテレビで紹介されていました。岩塩はマグネシウムの固まりです。

過去ログ:
検索キーワード:塩が足りない:

リウマチに治療法はあるのか(関節リウマチ原因物質特定)
「断糖のすすめ」(炭水化物を減らすと身体は激変する)
アメリカの肥満・がんの原因は糖分だと告発するジェイミーオリバー
これからは「摂らない」という治療が主流になるだろう
苺の酵母は発酵力が強い
塩分は微生物にも必須である
大切なことなので繰り返します。高血圧の原因は塩ではありません。
塩分=高血圧は誰も立証していません
日本人には塩が足りない 「減塩」が元気と健康をそこなう

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各国の我慢比べの様相がはっきりしたということ(衆院選総括) 
Tuesday, December 16, 2014, 11:46 AM
12/16 曇 10時 浅草での空間線量は6ベクレル/立法メートル

本日の日経平均は寄りつきから欧州の不調で300円安で始まっています。為替も昨日から117円台円高に推移しています。一週間で3円も動いたことになります。

安倍内閣がまるまる続投となり株価維持方針はそのままとなったことで、下値はそれほど崩れないでしょう。むしろ下げ場面は機関投資家にとっては稼ぎ時を与えることになります。結果、国民年金積立金(GPIF)がそのまま内外の投資銀行へ流れていくだけです。

それよりも私は為替の動きに注目しています。
117円台でも円安だなという感覚です。物価高が顕著に感じられます。

100円ショップでは100円の札が無くなって、浅草駅の100円ショップは改装されて小規模な雑貨屋になってしまいました。

年末の夕方6時頃でも浅草の飲食店には客は見あたりません。
いままでで経験したことのないほどの不況感です。

例外は古い家屋がどんどん取り壊されて高層マンションの工事の音が朝から響いています。
クレーンの警報音なのか大型車両の後進時のブザー音かはわかりませんが、電話機の電子音と同じなので紛らわしいです。

衆議院選挙が野党総崩れの結果となり、自公与党が衆参両院でのフリーハンドを得ることとなりました。次の参院選までの2年後までは現政策が続くことになります。低成長下での消費税10%は致命的です。

いよいよ一時的な景気後退を表わす”resession”リセッションから、永続的な不況を表わす”depression”デプレッションへとなります。

GDP成長率が二期連続でマイナスとなることが不況の定義であるならば、2008年からずっと不況なわけです。
参考URL http://www.nikkei.com/biz/report/gdp/

低成長であることは先進国は似たり寄ったりで、中国も来年はどうなるかはわかりません。
もう政治で景気が左右される状況ではないのですから選挙に関心が向かないのも当然なのでしょう。

今回の選挙結果は後世に「2015年体制」と呼ばれることになると中田安彦氏が述べています。

小泉政権以上のアドバンテージを与党はどう用いてくるのか、その如何で来年、そして日本の行く末が決まるのでしょう。

あっ、ちなみに四柱推命でも来年は大転換の年です。おおきなパラダイムシフトが起こるかもしれません。


ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報
http://blog.livedoor.jp/bilderberg54/archives/42410160.html#more

2015年体制、「1と4分の1」政党制の時代


アルルの男・ヒロシです。


 2014年12月14日に行われた総選挙が終わりました。


自民党・公明党の連立与党が、いわゆる「絶対安定多数」(266議席)を超える議席数を獲得しました。民主党政権から政権を奪還した2012年の総選挙に続いて、与党が全部で17ある国会の常任委員会で委員長ポストを独占し、野党を上回る委員数を確保できる事になりました。

自公で、衆議院の全議員の3分の2(317議席)を上回る326議席を獲得しました。自民党は291議席、公明党が35議席で、自民党が公示前(293議席)から2議席減らしていますが、与党全体で見れば1議席増です。マスコミは選挙序盤で「自民単独で300超」を予測していたので、それに比べれば確かに少ないですが、それでも十分に「圧勝」です。

また、「自公で326」という議席数は、同じく民主党が大敗した2005年の郵政選挙の時(327議席=自民296議席、公明31議席)よりは1議席少ない。しかし、今回の総選挙では定数が5削減されて、475議席になっているので、実際には、安倍晋三首相はあの「小泉郵政選挙」に匹敵する勝利を収めたということになるわけです。安倍政権は信任されました。

 すでに2013年の参議院選挙で、自公は過半数(122)を超える134議席を獲得しています。したがって、これで自公政権は集団的自衛権の法制化など法案審議における「フリーハンド」を得たことになります。

 自公で全議席の3分の2以上を獲得した事を受けて、安倍首相は開票センターでの記者会見で憲法改正への強い意欲を示しました。先の参院選の結果では、憲法改正に前向きな自民党、日本維新の会、みんなの党と、公明党に改正に賛成する非改選の2議員の合計が、憲法96条が定める改正の発議に必要な参院の3分の2(162議席)を超えていました。(「読売新聞」、2013年7月22日付電子版報道))

確かに、いまのままでは公明党が賛成しないと、憲法改正の国会での発議に必要な「各議院の総議員の3分の2」は確保できないわけですが、集団的自衛権の閣議決定の時のように、公明党に配慮すれば、自民党が憲法改正を具体的な日程に乗せることも可能になってきました。次の国政選挙は2016年夏の参議院選挙ですから、それまでに動きがあるかもしれません。

 一方、野党は、民主党73、維新の党41、生活の党と社民党がそれぞれ2議席の合計118議席でした。自民党よりも保守・右派である次世代等の党は2議席。この「非共産系で野党118議席」という数は、05年に小泉郵政選挙で民主党が獲得した113議席よりは確かに5議席多い。気にかかるのは、百議席越えを目指していた民主党が、党首の海江田万里氏の落選という災厄に見まわれ、獲得議席数も前回より11増にとどまっている一方で、新しく出来た維新の党が公示前より1議席減らしただけで済んでいることです。選挙後にうまく野党がまとまればいいのですが、この分裂した野党を次の選挙までに一つの強固な自民党に対抗できる単一の野党とし立て直す事ができなければ、野党はますますジリ貧となり、自民党に対抗できなくなります。

 国政選挙は2016年までありませんが、直近では今年の春に「統一地方選挙」(市議、県議、町議、村議、首長などの選挙)があります。地味なように見えますが、地方議員というのは国政選挙で候補者の手となり足となる重要な存在です。地元の有権者に常に耳を傾ける存在だから、この地方選挙で民主党を始めとする野党が負け続けると、参院選でも躍進はおぼつかないということになるのです。もしそうなれば、野党は足腰から弱くなっていき、絶対に割れない自公に対して脆弱な脆い頼りない野党として惨めな姿を晒し続けるでしょう。

 かつて、自民党が昭和時代に与党だった時、「1と2分の1」政党制という言葉がありました。これは1955年に成立した政治体制、自由民主党と社会党を中心とする政党政治であり、自民党に対して,社会党がその2分の1だったのでこう呼ばれました。自由民主党が50%,社会党が25%,共産党やその他少数政党・無所属が合計25%と固定しており、この体制では自民党は政権を失わない代わりに、一方で憲法改正も常に阻止されていました。これが1993年に細川連立政権が誕生するまで続きました。いわゆる「55年体制」です。

 今回、野党は118議席。共産党も入れれば139議席。衆議院だけを見れば、「1と4分の1」(計118議席)未満、「1と3分の1」(158議席)政党制が出来上がりました。この傾向が当分続くのなら、いわば「2015年体制」が出来上がったと後の世に言われることになるでしょう。これは「政権交代可能な二大政党制」を目指した小沢一郎・生活の党代表の構想が完全に崩壊したことを意味します。

本書で述べましたが、野党が迷走したのは、2011年の震災直後から、ネット世論に振り回されて、民主党が無残に分裂していったことに根源があります。一方、自民党やそれに迎合するマスメディア(テレビ、大新聞)はネット目指した効果的なプロパガンダ(宣伝)で、野党への不信感と政治への失望感をかきたて、有権者約半数を棄権に向かわせることに成功しました。そして、一方でガチガチに低投票率の中で組織票を固めたことが勝利の要因だったと言えます。

09年の政権交代における大勝(空前の308議席)と、その後の2012年の民主党分裂の後遺症は予想以上に大きかったということです。いかにネット選挙の時代になろうが、「数は力」です。勢力が割れたほうが負けるのです。
 
 また、本書で登場した「日本の裏の総理大臣」であるマイケル・グリーン(米シンクタンクCSIS副所長)に親しい政治家は与野党問わず全員当選しています。こちらも割れませんでした。日本の政界はまだまだアメリカのジャパン・ハンドラーズの監視下に置かれるわけです。

 それにしても、有権者は「アベノミクスの是非」という安倍首相とマスコミが仕掛けた選挙の争点に見事に翻弄されました。アベノミクスの恩恵を必ずしも味わっていない有権者や、安倍首相の経済以外の政策に懸念を覚える層が、与党に対する批判票を投じるべく投票率を上げなかったわけです。投票率は戦後最低を更新する52%(前回より7%減)でした。

 要するに、「自分の運命を決定する選挙に関心を持たない」という、本来は極めて非合理的な選択を有権者がしているわけです。投票所に行かない方が合理的だと考えている有権者がこれほど多いのだということです。「どうせ政治は変わらないのだから政治に期待するのをやめよう、という無関心(アパシー)の態度をとることが合理的な選択である」と国民に信じこませる、権力者というか、いまの政治の既得権者の世論コントロールがうまく成功している、ということでもあるのです。

この局面を打開するには、現実感覚のない「ネット世論」に安易に左右されず、野党の政治家やその支持者たちが地道な政治活動を続けていくしかないわけです。
 
2014年12月15日早朝 総選挙開票報道を聞きながら
                                  中田安彦 拝

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寒さの感覚は相対的なのだろう 
Monday, December 15, 2014, 01:46 PM
12/15 晴 10時 浅草での空間線量は9ベクレル/立法メートル

昨日は相模湖(神奈川県)から猿橋(山梨県)まで誘われてハイキングに行きました。
最低温度は氷点下です。物好きすぎです。
天気がよいので、陽が当たるうちは良いのですが、日陰になると一気に寒さが襲ってきます。ハイキング道でカチカチに凍っているところがあり、すってんころりんと大きな尻餅です。

お弁当でお昼にしたのですが、なにせ足元は霜柱。冷凍庫の中で飯を喰っているようなものでした。神社の手水には大きなつららがあります。

お湯を沸かす道具を持っていって好評だったのはつかの間。山中で優雅にドリップコーヒーを愉しむつもりが、ドリップしている間にアイスコーヒーになっちゃうので一転して大ブーイングでした。こういう時は安物のインスタントの方がぜったいいい。

写真は山梨県都留(つる)市の山の中です。ほとんどがトンネルですがリニアモーターカーの路線が谷間谷間で見えます。このようにトンネルの外も覆われているので全くわかりません。

登山中にブゥーン、シュンと音が聞こえたような気がしました。仲間は通った通った!と騒いでますが、近くの農家の肥だめのポンプでも動いた音なのかもしれません。

つまり全然わかんないと言うこと。時速500kmというと飛行機並ですから目の前を通過したとしても、シュンと一瞬です。

山では日が傾く3時頃にはグングン気温が下がり始めます。山間部で暮らすということは、この冬の時期は本当に辛いだろうなと思います。陽が当たるのは6時間ぐらいしかない。

日当たりの良い場所は畑となりますから、農家の家ってたいてい斜地の際だったり、山際なのでもっと条件は悪いですね。耕作地の少ない山間部は特に。

甲府の山に住んでいる知人が居るのですが、氷点下15度なのだそうです。冬山での生活なんて考えたくもないのですが、当人はけっこう平気みたいです。

水と薪があれば案外慣れちゃうもんなんでしょうか。そういえば小学生の頃は年中半ズボンだったなあ。毎年足の小指がしもやけで痒くなってましたが、それでも素足にズック靴で遊びに行ってました。

昨晩は東京でも初雪が観測されたそうです。わずか数度の違いですけども駅に降り立ったら暖かく感じました。



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