柳田国男「遠野物語」と夏目漱石「私の個人主義」 
Wednesday, November 26, 2014, 03:25 PM
11/26 雨 10時 浅草での空間線量は17ベクレル/立法メートル

柳田国男(やなぎたくにお)も明治文学の代表作家です。夏目漱石も同時期に小説を発表しています。
遠野物語(とおのものがたり:1910:明治43年)は岩手県遠野地方に伝承されている妖怪物語を書き留めたものです。

座敷童(ざしきわらし)や河童(かっぱ)、オシラサマ(馬の化身)といった妖怪は有名です。
遠野物語も坊っちゃんや三四郎と同じく明治文学の共通性があると思います。

消えゆく共同体意識への危惧と迷い



伝承のほとんどは河童伝承は土左衛門や奇形を川に流したスキャンダルですし、貧しさゆえの間引き行為が妖怪話となったのです。神隠しという言葉で失踪者・遭難者の家族をなだめたものと考えるのが妥当です。

現世と空想(死後の世界)の境界が曖昧であることが近代以前の特徴



自然を神とした原始宗教と一笑してよいのか?ということが柳田国男の問いなのだと思います。

事実、柳田国男は神隠しや座敷童(家の守り神)はいると信じていました。
近代合理主義では邪魔者とされる白痴の民にも神と近い者として物語では認めているのです。

民間伝承だからと切り捨てて良いのか、人としての道徳(信仰)は本来このようなものではないのかという柳田本人の叫びのように思えるのです。

社会福祉は制度ではなく、共同体内での処理方法に委ねる方が自然だ



魂と現世の関わりは100年前の人の方が良く理解していたのはないか。

60歳を過ぎると「でんでら野」という老人専用の集落に移り、「だんのはな」という地区に葬られるしきたりが遠野にはありました。

また伝承には臨死体験も多く載っています。浦島太郎もこれに類した童話ですね。

夏目漱石は個人主義を人間互いの尊厳を守るものと考えていた



遠野物語では狼や熊と闘う猟師も対等として互いに尊厳を持って接していました。

明治後期には田舎の集落でも貨幣経済中心となりましたが、まだ年寄は孫や子供たちに自然との謙虚な接し方を諭したものが遠野物語であったのです。同年の宮沢賢治も仏教思想をからめて伝承を童話としています。

グローバル化する世界と日本の関わりの指針として、柳田国男は遠野物語が外国でも読まれることを晩年希望していたそうです。

夏目漱石はイギリス文学、特にシェークスピア研究の第一人者でした。
ですから、ヴェニスの商人などでユダヤ思想(契約書や株式・紙幣といった紙による近代経済)の問題点についても深く洞察していたはずです。

個人思想とは何かというと、ユダヤ商人が発した「レッセフェール(laissez-faire):英語ならlet be freeかな、制約なく自由に商売させてくれ」から生じたものです。

今年の流行語「Let it go:構わないで、ほっといて」とも通じています。

個人主義というのであれば、その人がどのような生き方、考え方を持っていても、それを尊重すべきであり、その結果もその人が負うものです。

ところが明治後期から大正へは国家主義が台頭していきます。
明治文学は自然との共存、互いの尊重という真の個人主義からかけ離れて行ってしまうことの苦しみ、悩みが本質にあります。

「こころ」でもわかるように、恋愛でさえも好きになったから奪って良いのかという自問が激しく起こった。

突き詰めると明治文学はユダヤ思想(すべては神との契約において行われるという一神教による思想)に対する疑念でもあるのです。

現在の狂いだしている資本主義世界経済、逼迫する社会保障費、自由主義の辿り着く先は国家紛争であり内紛といったようにすべてが終焉を迎えているようです。

私が結論として言えることは、明治の文豪、夏目漱石、森鴎外、柳田国男ら学者が指摘していたように、現代文明は決して人間的なものでもなく、生けるモノにとって幸福な世界ではないということです。

魂が救われないのが現代文明というもの



どうせ現在の文明、ユダヤ思想は100年もすれば無くなります。いえ無くなるべきです。

我々日本人は100年前の文明・思想で十分です



ちなみに明治元年(1868年)にはすでに大西洋横断の電信ケーブルが施設されていました。まだ日本は飛脚が手紙を運んでいたのです。
乗り物は大八車と籠しかないのに欧米では蒸気機関車が走っていました。

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家庭の電子レンジで出来る美味しい焼き芋のつくりかた 
Tuesday, November 25, 2014, 08:35 PM
寒いので焼き芋でと思い電子レンジや圧力鍋で蒸してみましたが、レンジはパサパサ、圧力鍋ではぜんぜん甘くない。つまり大失敗。

ちょうどテレビで美味しい焼き芋をつくるコツをやっていたのでメモしてみました。

70℃前後をできるだけ長く保つことがほくほくで甘くするコツ



NHK教育テレビの高校生向け番組Rの法則より

■デパート地下の超高級焼き芋専門店のアドバイスより

1.焼き芋用のいもは太いものより火の通りやすい細いものを選ぶ
2.新聞紙で包んで1週間ほど熟成させるとちょっと甘みが増す(冷蔵庫は×低温障害で腐る)
3.ゆっくり焼くと甘みが増す。70度前後の温度域をどれだけ長く保てるか。

ゆっくり加熱する石焼きでは70度は7分ほど
電子レンジは70度は20秒であった

■電子レンジで焼き芋をつくる3つのポイント

/綫いしたら拭かずに新聞紙かキッチンペーパーでくるむ

◆蔽罎阿蕕い梁腓さなら)600Wで1分30秒
200W(解凍ボタンがあればそれで)で8〜10分温めると70度あたりになる

パサパサな焼き芋がしっとり甘くなる


■焼き芋の食べ方でわかる性格分析

・半分に割って食べる→気配り型
・端から皮を剥いて食べる→計画型
・皮ごと丸かじり→自由奔放肉食型
・すべて皮を剥いてから食べる→妄想理想型

■おならを減らすためには

8時間後におならになる

おならは消化しきれなかったものが腸で最近により分解されるときに出るガス

そのために良く噛んで食べる
食べた後は横になると、小腸の滞留時間が長くなるので消化率が上がる


はちみつ、生クリーム、バターと一緒に食べるとは小腸での消化が活発になるのでおならがでにくくなる。

肉(蛋白質)のおならは臭いが、芋のおならは無臭
さらにヨーグルトを食べると腸内の善玉菌が増える上に、芋の繊維質が善玉菌の餌となるのでさらに相乗効果が高まる。

(追記)
後日細めの芋を電子レンジ200Wで30分加熱してみました。30分はやり過ぎです。出力弱でも20分でいいです。それでも甘くてしっとりした焼き芋でした。おいしくてやみつきです。

関連ログ:焼けば一層おいしくなり、消化がよくなる (焼リンゴ)
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懐石料理に学べ〜旅館の食事は飽きられている 
Tuesday, November 25, 2014, 05:15 PM
11/25 雨 10時 浅草での空間線量は16ベクレル/立法メートル

勤労感謝の日に陣馬山(じんばやま)をハイキングしてきました。陣馬山は東京の西端にある高尾山(たかおさん)と隣り合う神奈川県の山です。どちらも都心から60km程度なのでハイキングには人気の山です。
高尾山は道路は渋滞、駅もトレッキングスタイルの老若男女であふれていましたが、陣馬山もたくさんの登山客がいました。

天気もよく、紅葉を眺めるには最高の一日でした。

陣馬山の麓に3軒ほどのひなびた温泉宿があります。登山帰りにそこでお風呂に浸かって帰るのもいいでしょう。私は一泊いたしました。お風呂は無味無臭の単純泉でした。

そこで一足早い忘年会です。
年に一、二度はこのような旅行をするのですが、旅館の食事はどこも似たり寄ったりです。

天ぷら、刺身、煮物、鍋を揃えなければならないという決まりがあるのでしょうか。山の中のひなびた温泉宿で魚介を食べる理由が思い当たりません。マグロの刺身なんて別になくてもいいのに。

宴会料理は辟易です。
旅館側としては皿の数が少ないと申し訳ないと思うのか、あれもこれもと卓に並べるのでしょう。これは日本の旅館業の悪しき伝統です。

宴会がお開きになると、食い散らかされた生ゴミの山となります。
参加者は中高年なので、あきらかに量が多すぎます。女性も老人も食べきれず大半を残していました。

山梨県のラジウム温泉で有名な増富(ますとみ)温泉の食事は一汁一菜、あと小さな小皿数品ていどです。病人が多いのでそれで十分の量なのです。私にとってはお酒を呑みながら談笑するにはちょうど良い量です。北海道の長万部にある二股(ふたまた)温泉の食事も少なめで普段の食事と代り映えしません。しかしそれがいいのです。

京都の懐石料理はなぜ高くても人気なのか?



少ない量を小鉢でたくさん出して目で楽しませるからです。それで話が弾むから、記憶に残るのです。

流行らない旅館は「とにかく喰わせて黙らせろ!」がモットー


ハレの日はたくさんの料理を並べる旧来の固定概念をそのまま引きずった旅館が多すぎます。今ではどこでも喰えるようなものをたくさん並べられても、記憶に残りません。
食べ残したという罪悪感が残ります。

民宿・旅館の「おもてなし」はありがた迷惑であるという事実



鬼怒川温泉のホテルの相談を受けたことがあります。集客のために設備をどうにかしたいというご相談なのですが、

どのホテル経営者も発想がバブル時代から進歩していない



設備を足す、加えれば客は話題にしてたくさん寄ってくると信じているのです。
誰も入っていないサウナ、屋外に広々とした露天風呂、テーブルにたくさんの料理・・・

私はごてごてと後付されたものは一切撤去して、浴槽設備を縮小すべきと提言させてもらったのですが、頑として聞き入れません。誰もローマ風貴族風呂やディスコのようなレーザーが光っている風呂を求めちゃいませんよ。

日光や鬼怒川温泉で生き残っている宿は上品さがある宿です。食事も風呂も押しつけがましさが一切ありません。そういうところはリピート客があります。団体で来たら、つぎは夫婦や家族でとなるのです。

さあ喰え、さあ風呂に入れ、さあ金を落とせという下品な宿は、これからの高齢社会では生き残らないでしょう。修学旅行や中小企業の宴会目的といった団体客専用です。そういう宿は女性には不評です。女性に不評な温泉宿は先はないのです。


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文章力アップするネタの見つけ方を伝授 NHK教育 テストの花道 
Saturday, November 22, 2014, 11:37 AM
11/22 晴 10時 浅草での空間線量は17ベクレル/立法メートル

文章力アップするネタの見つけ方を伝授 NHK教育 テストの花道

ネタを見つける極意で本当に文章が上手くなるのか



例題「私のふるさと」
下手な文章)
×ガイドブックに書いてあるような文章
×優等生っぽく表面的で薄っぺらい
×公園を取り上げたがエピソードもなく地元愛が感じられない。
×情景が浮かばない
×単に名物名所をリストアップしただけ


まとめると
×経験をしたこともない人でも書けそう
×具体的なエピソードがない
×情景が浮かばない

つまり準備(ネタ)不足ということ。

これを打開するには自分の観点をはっきりさせること。
そのための観点を増やすトレーニングが必要

練習として商店街を巡って自分の観点でネタを見つけてみる

例)花屋では店構え、季節の花、苗から贈答用まで種類が豊富
先生の観点)買い物客 お店の場所から、商店街の最後にあることに意味を見る

例)大学芋屋には65年の歴史があった 
先生の観点)長い歴史から商店街の名物となっている、人をひきつける一つではないのか。

テーマを見渡し、比較し関連を見つけることが重要。5つの視点を大切にすると良い。

1)立場メガネ・・・買い物客の立場や年齢、男女 例)母親の視点
2)タイムメガネ・・・歴史をさかのぼってみる 例)母の日の思い出
3)経験メガネ・・・自分の経験と照らし合わせてみる 例)お使いでのおまけのうれしさ
4)価値観メガネ・・・他の用途に使えるか 例)スーパーにはない懇切丁寧なお勧め
5)環境メガネ・・・周辺やシチュエーションに注意してみる 例)外国人観光客なら

このようにして商店街の魅力や特徴を引き出す。こうしてネタがそろったので文章に組み立てる。
このときに文章の軸を決める。ネタは全部盛り込んではいけない。使うネタ捨てるネタを決める

たとえば歴史だけに絞ると、商店街が良くわかり文章に深み(奥行き)がでた。
たとえばコミュニケーションに絞ると、商店街の利点がショッピングモールと比べてよくわかる

作例で最高得点の作文は
親しみやすい商店街の風景が目に浮かぶ
過去の経験を元に自分のふるさとのようだという結論が良い
という結論でした。

--------------
高校生向けの勉強のコツを教える番組なのですが、大人でも十分愉しめます。
そしてわかったことは

この作文のコツは商業文章そのままじゃないか


ということ。

視点観点は一番重要です。私の場合たとえば、
・キリスト教は慈愛に満ちた宗教である→征服や経済侵略の歴史である
・現代医療は私たちを幸福にする→技術の進歩と我々の幸福感は全く別物
そんな視点です。

私の立場は反権力、反権威、反資本主義、反全体主義、反グローバル・・・なんだ反ユダヤ思想なんじゃないか(笑)

視点と軸という考えは副島隆彦先生が文書指導でよく言われることです。

訴える文書には「〜かもしれない」「〜であるが、逆の場合もある」といった逃げ口上を使ってはいけません。単に気の弱さが文章ににじみ出ているだけ。

気が弱い人は「軸がぶれる」のです。だから

いい人には絶対良い文章は書けない



文章力を上げるには、まずは自分の軸をしっかり持つことです。そのためには経験も必要ですし、あまのじゃくにあえて逆の立場に立ってみるということも思考訓練としては必要でしょう。

西欧から中国、ロシア、つまり日本以外のすべて(笑)では、義務教育中にかならずディベートがあるのです。一つのテーマについてディスカッションする訓練を積むわけです。

個人的な賛成/反対は全く無視して、あえて逆の立場で論戦させるそうです。これで自分と相手の両立場を知ることができ、弱点も見えてくるのだとか。
日本人には議論(言い負かす)ということは悪徳という感覚が刷り込まれているためか、心地よい無味無臭な結論に終始してしまう傾向があります。

たとえば

福島第一原発を世界近代遺産としてPRせよ



私はこのように思っています。突拍子もないと無視されていますが、誰にも(福島県民にも)観光資源としての着眼点がないことが残念です。
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統計は神に代わって監視するために与えられた道具である 
Friday, November 21, 2014, 03:53 PM
11/21 晴 10時 浅草での空間線量は18ベクレル/立法メートル

昨日は丸の内の丸善で待ち合わせておりました。
時間があったので店内をかるく散策してみました。

それにしてもビジネス書で統計を題材にした書籍の多いこと多いこと。それなりに売れているようです。

統計が明治国家で重視されたのは、税を課すためです。もちろん建前は普通選挙実施という名目です。

幕府の最高学府であった蛮書調所(ばんしょしらべしょ)の出身者で杉 亨二(こうじ)という人物がいます。後世では統計学の父、国勢調査の創始者と言われています。明治維新後は徳川慶喜とともに静岡の駿府へ移りますが、すぐに明治政府に召還されています。

現在の総務省統計局を創った人物です。

国家体制を固めるためには早急に人口を把握しておく必要があったからです。

江戸幕府では管理されていなかったのかというと、藩や幕府直轄地の人口は年貢徴収のために必要でした。

江戸時代は農民の数を把握しておけばよかった

租税をかける生産人口が国力であって、それによって兵隊の数や藩財政が決まったわけです。もちろん漁師や木こり、大工などの職人といった人たちがいても大部分は農業だったわけです。

農民はおいそれと自分たちの田畑から離れることはありません。ですから戸籍を管理する側は楽ですね。

一方で土地に縛られない職業の人たちもいました。

代表的な職業は商業です。安く仕入れて高く売れるところや時期に売る。

スカイツリーの南側の地名は「蔵前(くらまえ)」と言いますが、江戸時代にお米を積んだ船が荷を降ろして隅田川の蔵に収めていました。これを給料代わりにもらったり、税金として治めていたわけです。

俵を受け取ったのではなく、米倉の預かり票を受け取って、それを時価で換金してもらうわけです。

でもお米が届くシーズンというのは一年の特定の期間なので、米相場が値崩れするのです。
頭のいい人間は時期をずらして売ろうとするでしょう。その方が同じ一俵でも高く売れるから。
または豊作が見込まれていれば、刈り取る前に売ってお金を先に受け取ろうと考える人もいます。これが近代経済では農産物や工業物資を扱う商品取引所となりました。

このような商売をする人は穢民とよばれ賤しい人という感覚が根強かったのです。これは西洋でも一緒です。

士農工商という身分制度は藩(武士)から見れば、生産性の無い人という差別意識の裏返しであったわけです。ここまでは教科書でもよく知られた話。
ところがさらに「生産性のない人たち」がいるわけです。

たとえば人を楽しませる職業、噺家や歌舞伎といった大衆芸能の人たちです。また小説家もその範疇でした。土地に縛られることはない人たちを「非人(ひにん)」と呼びました。

この人たちは、原始的な戸籍である寺の檀家帖に記載されることがありません。移動する人たちですから。そのため「人に非ず(ひとにあらず)」と言われたのです。いまでも歌舞伎役者が謙遜して「元来、河原乞食でございます」と答えるわけです。乞食とは投げ銭をもらう人々のことです。

西洋では教会に属さない人々をジプシーと呼ばれました。東西同じですね。

原始国家制度においては、農民と兵士、そしておまけに加工や金品の流通をする商人以外は数える必要がなかったのです。つまりおまけ的な存在。

明治では貨幣経済が発展すると、農民だけが国民と言っていられなくなり、早急に徴税体制を固める必要があったわけです。

同時期にアメリカでも人口の正確な調査が行われています。その集計にはなんと7年の歳月がかかったそうです。1900年には集計作業は機械化されていきます。IBMはこのときに集計機械を製作していた会社があつまって誕生した企業です。

人口動態が把握できるようになると、出生率から将来の人口も予測できるようになります。また死亡率からは生命保険という金融商品が派生していきました。

やがて統計という手法は経済学や社会学という学問になりました。ちなみに

昭和30年代に統計を経済予測に用いたのは小室直樹(統計学者)の功績です



それまでの経済学というと需要と供給で価格が決まるという定説「神の見えざる手」(アダム・スミスの国富論)が信奉されていたわけです。現実はもっと多くの不確定要素が絡み合っているわけで、それを多変量解析という手法で人々の購買行動の分析を試みたわけです。

統計は数学の一部門だと思っている方が多いですが、統計は数学というよりもはるかに文系に近い学問です。
根底には確率という概念があるのですが、平たく言えば、はじき出した数字の確かさです。数学用語ではσ(シグマ)といいます。
8割ぐらいならσ、9割なら2σ、ほぼ100%なら3σというふうに使われます。

統計という学問(手法)はなんのためにあるのか

為政者(権力者)への報告のためにあるのです。
近代文明では「神様の思し召し次第」にかわって「統計による将来予測」が重視されました。

そして統計は神の行為をかいま見るための手段の一つとされたのです。蘭学でも統計は必修だったようです。
そして数字に強い人物は幕府でも藩でも、明治維新後でも重用されました。

幕臣の杉亨二、勘定奉行の川路聖謨(かわじとしあきら)、福井藩の山岡三八(由利公正:ゆりきみまさ)・・・

ビジネス書で統計が流行っているのは昔からですが、

統計=裏の権力



ここまでは思いもよらないでしょう。統計屋ってのは目立たない仕事なのですけどもふんぞり返っているのはそういう理由です。データを改竄して都合の良い結果を出すのも統計屋さん。

会計には監査があるのに、統計には監査がないことを私は不満に思っています。
どっちも単に「数かぞえ」にすぎないのに。
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切れ味がいつまでも鈍らない信頼は伊達じゃない (いぶし銀のナイフと高倉健) 
Wednesday, November 19, 2014, 11:43 AM
11/19 晴 10時 浅草での空間線量は16ベクレル/立法メートル

高倉健さん亡くなっちゃいましたか。一週間前に亡くなっていたのに、首相の衆議院解散表明にあわせて発表することが、非常にあざとく思えます。

朝食代わりに柿を剥きながら新聞を読んでいましたが、高倉健とはこの錆びていても切れ味鋭いナイフのような俳優さんですね。

映画館で観た記憶はないのですが、やっぱり「幸福の黄色いハンカチ」と網走刑務所を旅行で行ったことがあるので「網走番外地」が好きな映画です。

あっ、嘘です。ちゃんと映画館で「八甲田山」を家族で観ました。鉄道員(ぽっぽや)も含めて雪や寒いところが似合うなと思います。

写真はフランス製オピネル(OPINEL #8,#12)という折畳みナイフです。100年以上もデザインも材質も変わらず、フランスのどこの家庭にも一つや二つは台所やテーブルに転がっている誰でも知っているブランド。フランス版肥後守(ひごのかみ)です。

下の小さい奴は25年前からキャンプで使い続けているもの。鋼を打ち抜いただけなので濡れたまましまうとすぐ錆びます。取っ手は水を吸って膨らむので刃を引き出すのも一苦労。

値段は当時700円程度でした。もっと値段の高いステンレス・ナイフを使ったことがあるのですが、手荒な使い方で傷だらけになり、すぐに刃が鈍るのでいつのまにかどっかへ行ってしまいました。

さいきん銀座の刃物屋で陳列されていたので、もう一つ大きめのサイズを買って卓上ナイフとして使っています。塩気や酸味のあるものを切ると、すぐに刃の光沢が曇ってしまいました。

鋼なので黒錆です。使い込んでいくうちにいぶし銀になっていきます。
このナイフを持って北海道旅行したなあ。柄のニスは剥げて輝きは全くありませんが、研ぎ減った刃は黒く輝いています。高倉健さんはまさにこのナイフのようです。

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財務省を含め、すべての官僚が我々を苦しめるんだな 
Tuesday, November 18, 2014, 11:19 AM
11/18 晴 10時 浅草での空間線量は18ベクレル/立法メートル

消費税10%見送りで衆議院解散となったことで、財務省幹部が議員に押しかけているという産経新聞のニュースです。
吐いた言葉が「国民を甘やかすな」とまあ呆れる言動です。

日曜日は上野の東京国立博物館で講演会が行われて出席いたしました。
下見の時からわかっていたのですが、ここの職員の態度が横柄ことです。

総務課の若い平社員風情が講堂の貸出係なのですけども、嫌々ながら貸してやるという態度を出すのです。
独立行政法人とはなっていますが、れっきとした文部科学省配下の施設です。一時は宮内庁管轄だったこともあり、その時の館長は森鴎外です。

利用者のことなど一切考えません。国家公務員の理屈ですべて命令口調です。

たとえば終了後は速やかに17時まで厳守で退去せよ。(「お前ら如きのために残業するのは嫌だ」)
博物館観覧者と我々講演会聴講者と区別するために一目でわかる目印を付けろ(これが数日前に思いついたように言われたら主催者はバタバタします)

もっと驚いたのは、周囲にコンビニや自販機が一切なく、館内に観覧者用の休憩コーナーがあり、講演会場入口から手を伸ばせばコインの投入口に届くようなところ自販機が置かれています。ところが無情にも自販機の前にロープを張って立入禁止とされていることです。

目と鼻の先でパンを売っているコーナーがあるのですけども、我々は博物館の客じゃないから買うことはできないと言い放ちます。

それならば裏側の職員通路の自販機を利用できないかと交渉したら、このクソ若造はなんと言ったか?

「この自販機は関係者のためのものですから、使うことはだめです」

おいおい、講堂を使用している我々も含めて関係者じゃないのですかい? お金を出して利用している我々も、東京国立博物館の職員にとっては無関係と言い切る公務員脳・・・。

文部科学省の下っ端(独立行政法人職員)でさえこんなことを言うのですから、そのトップの財務省幹部が「増税見送りで国民を甘やかすな!」と国会議員に怒鳴り込んだなんていう記事を読んでも別に驚きません。

金融機関に勤める方から聞いたのですが、財務局が財務調査で訪れて、監査官が声を荒げたのはどういう事だったのかというと

「NISA口座の開設数が少ない、もっと勧誘しろ」
「日本株投信の販売数が少ない、もっと客に日本株を買わせろ」


それならばテメーらが全財産で買い支えろよ、国家公務員共済年金をすべて日本株にぶち込めよ、と心の中でつぶやき続けたのだとか。

とにかく今年の財務省監査は異常だということ。命令口調でNISA口座と投信販売のごり押しがひどすぎるとのこと。

国民と菜種油は絞れば絞るほどよい



これが財務省役人の思考ですし、その他省庁も似たようなもん。

国民に対してたまりに溜ったツケを一気に払ってもらう時が早く訪れてほしいものです。

過去ログ:
消費税増税分は公務員給料加算とGPIF運用損失の穴埋めです

日本人は羊の群れか!だから役人になめられる

http://www.sankei.com/politics/news/141117/plt1411170054-n1.html
ニュース 政治
2014.11.17 19:42 産経新聞
消費税率再引き上げ 財務省「予定通り」に固執し、官邸激怒

 消費税率10%への再引き上げをめぐり、財務省が来年10月から予定通りに実施するよう固執し、自民党議員に「ご説明」に回った。これに対し官邸サイドは、「増税容認」で固めてしまおうとする動きだとして激怒、安倍晋三首相が衆院解散・総選挙を決意した遠因とされている。

 10月下旬、自民党有志でつくる「アベノミクスを成功させる会」会長の山本幸三衆院議員は、出席者が減ったことについて「財務省が根回しをしている」と同省への不満をみせた。

 財務省はとくに、再増税に慎重な議員に集中して押しかけた。同省幹部は、ある若手議員に再増税をしきりに訴えたという。

 「社会保障費が膨れ上がる中、消費税率がこんなに低いのは、国民を甘やかすことになる。経済が厳しくても10%に上げるべきだ」

 若手は「景気はかなり悪い」と反論すると、財務省幹部は「景気は回復していきます」と楽観論を振りかざした。その言いぶりは、まさに「上から目線」だったという。

 「ご説明」を受けた別の若手も「財務省は(財政の健全性を示す)プライマリーバランス(基礎的財政収支)のことしか考えていない」と憤る。

 財務省の行状を聞いた菅(すが)義偉(よしひで)官房長官は、11月に入り、関係省庁に再増税を先送りした場合の経済への影響を調べるよう指示した。すると、財務省と二人三脚で再増税を訴える党税制調査会幹部も「政策変更をしなければならない経済状態かといえば、全くそうではない」(町村信孝顧問)などと発信を強め、官邸サイドをさらに刺激させた。

 17日発表の7〜9月期国内総生産(GDP込み)速報値は想定外のマイナス成長だった。それでも野田毅税調会長は記者団に「若干低い。想定の範囲内ではありますけどね」と強調した。

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数学は神を知るための手段であるという西欧の常識 
Monday, November 17, 2014, 04:07 PM


昨日は上野の国立博物館の講堂で副島隆彦の学問道場の講演会が行われました。
前座として私が小一時間ほど話をさせていただきました。

幕末から明治にかけて流入した思想の根底は数学である



というテーマ。
学者や博士と一口に言っても、論理(ロジック)を体系(システム)化できた学者をPhilosopher(哲学者)と言います。(副島隆彦による解説)

同様に数学の世界でも階層(ヒエラルキー)があります。より「神に近い方が偉い」という意識です。

これが今の日本人はわかっていない。
なぜなら教える先生が単なるTechnician(技官)レベルだから仕方がない。

鎖国下の江戸幕府でも数学が出来る人物は重用されました。勘定奉行としての予算管理以外でも、築城技師としてだけではなく、天文台で暦づくり、砲術家としてです。


特に暦づくりは幕府の大事な仕事でもあり、正確な暦は幕府の威信でもあったのです。

なぜなら天文=天国の規則だからです。天地明察という映画でもうかがい知れます。

西洋でも天文観測がなぜ修道士が行ったのかというと、神を知るための手段でしたから。

17世紀あたりから猛烈に数学の世界が進歩したのです。現代生活のすべては300年前の数学で成り立っていると言っても過言ではありません。

吉田松陰は松下村塾で数学と地理を熱心に教えた


べつに尊王攘夷論ばかりを唱えていたわけではないのです。西洋数学が砲術など戦争に直接関係していたからです。

素粒子学は世界の科学者では科学の頂点として崇められます。
統計学が現在注目されているのは、ビッグデータでよりいっそう自然現象や我々の行動予測が容易になりました。

私たちの思考や行動は数学を駆使すればすべて丸裸にされる



神とは数学で知ることができる

それまでの呪い占いの類から近代科学へと変貌した瞬間です。

そのため幕末のエリート達は一層西洋科学の理解に努めたのです。
その学びの場は、浅草天文台であり、やがて蛮書調所(ばんしょしらべしょ)となりました。やがて開成所となり明治には大学南校と呼ばれました。現在の東京大学です。

実例をいろいろ話したかったのですが、一時間という時間は短いモノです。調子に乗って脱線したら用意したスライドの半分しか言えませんでした。
過去ログ:>統計屋が数学界では蔑視される理由
数学者は哲学者でもあることを知る

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良い夢は盗られるから口外してはなりませぬ 
Monday, November 17, 2014, 03:29 PM
11/17 晴 10時 浅草での空間線量は21ベクレル/立法メートル

誰にでも現実との区別がつかないような夢をみたことが一度や二度はあると思います。
私は過去一度だけ正夢を体験しています。

大学の授業を受けていてつまらないから窓の外を眺めていると、どんどん飛行機のように上空に舞い上がり、へんな形の校舎を俯瞰しているという夢です。
座っている机と椅子、アルミサッシの質感から、へんな形でペンキの剥げた建物、並木道・・・

入学試験会場で、ふと窓から外を見ると、夢の風景とまるで同じことに驚きました。
ヘンな形の建物は、予算不足のため途中で建築が終わったために、一部が低層で壁にドアがそのまま残っている建物が目の前にありました。

たぶん試験問題は満点に近かったと思います。
90分の持ち時間があっても30分は早く終わってしまい、さっさと1人退席させてもらいました。
もちろんそこの学生になっちゃいました。

会社の同僚だった仲の良い友人は、赤ちゃんを抱いている夢があまりにも現実っぽくて不思議だと話していたことがあります。なぜか自分の子供だと確信してあやしているのだそうです。

当時彼が好きな人がいることは知ってましたが、誰ともまだおつきあいしていないのに、んなことあるかいと笑いあっていたのですが、ほどなく結婚してしまいました。そして今は子だくさん。

知らせを聞いたとき、アプローチ中の女性かと思ったら全くの別人。知り合いの紹介であった瞬間に夢で見た結婚相手だと思ったそうです。

ひょっとすると、パラレルワールドを少しかいま見ているのかも



こんなことを中世の日本人も考えていたようです。

夢の所有者は夢を見た人の物ではない。だから吉兆をみた夢を自分の夢にしてしまうという物語が生まれました。

やりかたは、同じ事を語り最後に「つゆと違(たが)わず」と宣言すれば良いだけ。

こうして自分はトントンと出世していきましたとさ。

私も良い夢を見た人から聞いた話は、こそっと唱えてみましょう。

私は小さいときの夢は天文学者になることでした。誰か俺の夢を盗んだだろうか。しまったなあ。


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公共事業には三つの種類があるというお話で、どれも選択できないということ 
Friday, November 14, 2014, 05:51 PM
11/14 晴 10時 浅草での空間線量は13ベクレル/立法メートル

公共事業といっても三つの種類があるというお話です。

1)財政余力があれば、政府の財政出動で経済効果を狙った事業に投資し、それに連なる民間投資を促す方法

2)政府による規制が多い業種(エネルギーや輸送・道路網)を政府が整備するという方法

3)銀行への資金融通量を増やし、民間による大規模投資を促すという方法

1の方法が理想的なのですが国家財政の支出は先進国家のどこもしたくないという状況。
それではということで、中央銀行が民間銀行へお金を流して、民間主導で公共投資をする方法がアメリカでは多く採られています。

ところが採算性を公共事業に求めるために、整備が必要でも不採算の事業にはどこにもお金がまわらないという当然のお話です。

それじゃあ2の規制業種を政府がやれとなると、民営化(personalization=本当の意味は「私物化」)の流れに反するという意見が大きくなります。

NTT(旧電信電話公社)、日本郵政(旧郵政公社)、JT(旧専売公社)などなどが政府保有の持ち株会社となりました。あとのこるは道路公団ぐらいでしょうか。

単に役人仕事、天下り先を増やすだけという意見もあるでしょう。東京電力のように株式会社であっても国や東京都が大株主といった状況ですから、これ以上政府管掌の国策会社を増やしてもしかたがない。

つまり日本で公共事業を拡大することはこれ以上できない



ということ。米国式に費用対効果を公共事業に求めれば、壊れたら治すといった程度の最低限しか行えないことになります。実際アメリカの道路状況は日本に比べれば雲泥の差。

記事を読むとヨーロッパの景気回復は欧州投資開発銀行(EIB)の投資先判断と投資規模次第だということ。

ヨーロッパも日本と同じように公共事業の拡大はそうそうできないし、ましてや民間にリスクを取らせることなど学者ならではの意見。

歴史をふりかえれば、1933年のアメリカで行われたニューディール政策(テネシー川流域の大規模開発)は世界恐慌の経済混乱になんの効果もありませんでした。

日本に於いても、幕末に老中・水野忠邦が千葉県・印旛沼の干拓事業をすすめて経済回復を狙いましたが、結局は費用を分担させられた藩もふくめ幕府の財政がさらに悪化しただけでした。

公共事業で景気回復というケインズ経済論をパリ大学の学者はまだ言っていることに驚かされます。

ああ、ヨーロッパも手詰まりなんだなということと、アメリカ式の公共事業なんてクソ喰らえというフランス学者の本音です。

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東京都美術館でウフィツィ美術館展を観る 
Thursday, November 13, 2014, 03:41 PM
昨日は日曜日の講演先である上野国立博物館の下見をしてきました。ついでに上野公園内にある東京都立美術館に立ち寄りました。

ウフィツィ美術館の所蔵物を展示しております。
ウフィツィとは英語ではOfficeという意味で、フィレンツェの「市庁舎」をイタリア語ではUffiziというのだそうです。

日本語では「(フィレンツェ)市庁舎博物館」という意味です。

ここはメディチ家の所蔵絵画をすべて展示している有名な美術館です。

メディチ家とは14世紀に銀行業を興したコジモが財をなし、イタリアの美術工芸家を支援しました。本来のパトロンという言葉は「芸術支援」という意味です。しかしメディチ家は反カトリック・反教皇の手段でもあったのです。

パトロンとしてコジモはダヴィンチやミケランジェロを支援したのですが、「裸体」が反カトリック的だという修道士達によって、一旦メディチ家は国外追放されてしまいます。

15世紀に再びメディチ家はフィレンツェへ戻ることを許され、メディチ家を再興していきます。それがロレンツォです。家業を復興するだけではなく、メディチ家が追放された際に、カトリック宗派の修道士たちによって破壊され、散らばった美術品を、収集したのです。

またラファエロやボッチチェリを支援しました。

こうしてフィレンツェはメディチ家によってあちこちに裸像が建ち、宗教絵画があふれる町となったわけです。

メディチ家歴々の偉いところは芸術作品で市民啓蒙をしたこと



私は美術館でじっくり一枚一枚観ることはありません。さーっと展示物をながめるだけです。絵画の脇の説明を一生懸命読んだところで、三歩歩けば忘れますし、どんな有名な作品であっても遠目でみておわりです。

それじゃあ何をしに美術館へ行くのか?

だいたい400年前500年前の修復されまくった絵を微細に観てもたいして得るものはないです。絵の具だって変色している可能性が高い。

また宗教画は構図がほとんど同じで、古いだけでそこらの美術クラブの生徒並の作品もあります。そんなものをありがたく観るほど下らないことはない。

今回展示品を小一時間程度でみて

メディチ家の芸術作品への信念がよくわかったこと



巨額の資産を惜しみなく芸術品からそれに見合う建築物に投入していたという事実です。
それをフィレンツェ市民に開放していたのです。

だからメディチ家はすべての保有品をフィレンツェ市に寄贈して、メディチ家は消えていきました。ひとつの作品も市外へ出してはいけないという条件で。

だからこそフィレンツェ市はいまでも芸術振興の町でありつづけているのです。

芸術に対する考え方は大富豪の中でも一線を越えている



このような深い感慨をもって美術館を後にしました。副島隆彦先生の「隠されたヨーロッパの血の歴史 ミケランジェロとメディチ家の裏側」ではメディチ家の偉大さそしてローマ法皇との暗闘に芸術活動が大きな意味を与えていることが解説されています。
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運動は適度がよろしいようで (過大な運動負荷は諸刃の剣) 
Thursday, November 13, 2014, 11:52 AM
11/13 晴 10時 浅草での空間線量は10ベクレル/立法メートル

若い頃は頑強で知られており、スポーツ大会では上位を争うような人が、晩年面影もなく階段の上り下りもままならないという姿の人が私の周りにちらほら見られます。

さいきん見かけないなと思っていたら、風の便りで寝たきりだとか、ペースメーカーをいれているとか、長期入院されているとかいうことが珍しくありません。あの人がと驚くことが多いです。

先月もネットでは有名な方が50代でありながら心臓麻痺で急逝されました。

心臓に負担がかかる激しいスポーツで実績がある人ほど、晩年に心臓の不調を抱えている割合が多いように思います。

スポーツ心臓といって心臓の筋肉が一旦肥大すると、元に戻らないことが原因。
通常生活では肥大した筋肉が逆に心臓の収縮を妨げるのです。よく言われる「伸びきったゴム理論」

ヨーロッパの人気スポーツで自転車の最大のレース、ツールドフランスの選手はその日のレースが終わっても、心臓に負荷をある程度かけておかないと、就寝中に不整脈で心臓が止まってしまう可能性が高いのだそうです。華やかな自転車レースの選手は裏では突然死の恐怖に怯えているのだとか。

だから四六時中、水泳をしたり、ホテルルームにルームマシンを持ち込んで、その合間に眠るのだとか。
まるでF1カーの高出力エンジン。凡人にはわからない世界。

スポーツ心臓(筋肉が肥大して血液の吐出量が大きくなった心臓)の人は病気や怪我などで運動を止められるとかえって心臓に負担がかかるのだとか。有名なアスリートが突然死するのはそういう理由です。マグロか鮫(さめ)です。

心臓がバクバクする激しい運動によってエンドセリンというホルモンが心臓から分泌されて、そのホルモンが心筋細胞の並びを乱すというメカニズムをips細胞でわかったという記事です。

一概に「あいつは心臓が強い」という誉め言葉は健康面に関しては良いこととは限らないというお話です。


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アミロイドβが悪いのではなく、アミロイドβオリゴマーの毒が認知症の原因 
Wednesday, November 12, 2014, 11:33 AM
11/12 曇 10時 浅草での空間線量は10ベクレル/立法メートル

認知症を将来発症する可能性は血液中のアミロイド・ベータ(β)という蛋白質で調べることができるそうです。以前はこのアミロイドβが脳に蓄積することでアルツハイマーを発症するとかんがえられてきました。(アミロイド仮説)

ところが平成22年に大阪市立大学がアミロイドβが集まった老人斑という凝集体がアルツハイマーの原因ではないことを突き止めています。
アミロイドβが過剰に蓄積する遺伝子操作したマウスでは老人斑が脳内にあってもアルツハイマー的な症状を出さないことがわかったからです。
www.osaka-cu.ac.jp/ja/news/pdfs/pd071255d.pdf

犯人はアミロイドβが数個から数十個の分子レベルで集まる(オリゴマーという状態)際に出す毒性物質が脳細胞を死滅させていくことがわかってきました。(アミロイドオリゴマー仮説)

どちらにせよ、認知症・アルツハイマーにはアミロイドβという蛋白質が関わっていることには違いがありません。

やっかいなことにアミロイドβという蛋白質は普通の代謝活動で発生するものなのだとか。

アミロイドβは糖タンパクという形で細胞膜となっており、その細胞が分解された際に発生するそうです。

すなわち健常者であっても細胞の新陳代謝(アポトーシス)があるかぎり、アミロイドβという蛋白質は体内で日常的に発生しているということ。


結局のところ「糖がくっついた蛋白質」が認知症・アルツハイマーの原因であるということ。
蛋白質に糖がくっつくとメーナード現象といってホットケーキの焼き目のような弾力のない焦げ茶色に変質するのだとか。これが細胞を劣化させ、肌の老化の原因とも言われています。


長年の糖質の過剰摂取が痴呆を発症させる


参考:《92》 アルツハイマー病、発症まで20〜30年 (朝日新聞デジタル)

糖質とは何かというと炭水化物や糖類です。

アミロイドβの血中濃度測定も健康診断に入れた方がよいのじゃないかな。

炭水化物と糖分の過剰摂取は国を滅ぼす



過去ログ:「殺してはいけない」は戦場の掟 (増大する認知症老人は世界問題となった)
美肌のキーワードは美容液よりもまず「抗糖化」 〜老けて見えないために〜
「断糖のすすめ」(炭水化物を減らすと身体は激変する)
「健康的でありたいための常識」こそ余生を劣悪にする
認知症は高インスリンによる「生活習慣病」であるという医師の主張
アメリカの肥満・がんの原因は糖分だと告発するジェイミーオリバー
DNAのスイッチを入れろ!・STAP細胞以外の理化学研究所の成果、iPSも負けてません
リウマチに治療法はあるのか(関節リウマチ原因物質特定)
一日一食か断糖主義か? めんどくさいからどっちもやってみよう!
タイトルで売れる例 「3日食べきゃ、7割治る!」(船瀬俊介)
体内細菌の悪玉が問題なのではなく種類が少ないことが病気を引き起こすのです
石田純一(60歳)・・・パスタを4皿も食ってりゃ(笑)




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日本国債暴落の現実性はかえって高まってしまった 
Tuesday, November 11, 2014, 01:02 PM
11/11 曇 10時 浅草での空間線量は9ベクレル/立法メートル

人気メルマガ「10秒で読む日経!視点が変わると仕事と投資のネタになる」では日銀の長期国債買取で金利が低く抑えられていることが、将来大きな変動となる可能性を秘めているという解説です。

債券市場のブルフラット化

日銀が10年以上の長期債の買取を始めたことで、短期債との利回りの差がなくなり、市場では長期債の買い手が無くなっていく状況に陥っていくという説明です。

普通は長期国債は短期国債よりも利回りが高いことが普通です。
そのため生命保険や投資信託が運用先としてまず取り入れて、将来の受取金額を算定します。

ところが長期国債は保有期間に見合うリターンが得られないので、長期国債離れが起こるという理屈です。

官製相場の怖さは大きなしっぺ返しでやってくる



もっとも怖いのが買い手が日銀だけという流通市場では、他に誰も買い手がなく、コントロール不能な価格の暴落(金利の上昇)がとつぜんやってくる可能性が高いということ。

日銀の金融緩和策は止めるに止められなくなった



ここで懸念されるのが「フリーフォール的な通貨安」です。

なんか既視感があるなあと思っていたらQE3を実行していたアメリカFRBです。

FRBによるジャブジャブマネー化を止めるに際して、米国債の買取というババを日銀が引き継いだと言うこと。まさに「日米抱きつき心中」です。

さて日銀は次のババの押しつけ先を長期国債を買い続けると宣言している10年の間に探さねばなりません。低金利・円安を維持しながらはたしてできるでしょうか?

                   2014/11/10 No.2940
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 10秒で読む日経!視点が変わると仕事と投資のネタになる
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   今日のNews
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●長期金利の指標となる新発10年物国債利回りについて、ブルームバーグ・
 ニュースが7日に市場参加者3人から聞いた今週の予想レンジは、全体で
 0.42−0.52%となった。
 SMBC日興証券の森田長太郎チーフ金利ストラテジストは、日銀追加緩
 和後の円金利の変動は、昨年4月の異次元緩和後と比べて似通っている部
 分も多いとしながらも、銀行のロングポジションの少なさなどが違うとし、
 「今回ははるかにマイルド」だと指摘。「フリーフォール的な通貨安がな
 ければ、日本国債市場は需給主導のブルフラット化トレンドに徐々に入っ
 ていくだろう」と言う。
 JPモルガン・アセット・マネジメントの塚谷厳治債券運用部長は、
 「超長期ゾーンでは日銀の買い入れ積み増しを受けて需給が大きく変わって
 いくとみており、ブルフラット圧力が高まっていく可能性は高い。結果と
 して生命保険などの機関投資家は海外資産へのシフトが促されるのでは
 ないか」と話した。
                  ブルームバーグ 11月10日

   __________
   佐々木の視点・考え方
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
★今週の債券相場の見通しの記事の中に、コメント者が揃って「ブルフラット化」
 という言葉を使っている。

 これは、債券の残存期間で金利を並べたイールドカーブの形状の変化の一つで、
 「将来の政策金利の利下げ期待が高まり、長期債の利回りが低下する一方で、
 短期債は政策金利に変更が無いため、長期債の利回りが短期債に接近する形で
 イールドカーブが平坦化」する事を意味する。

 要は長期債金利がゼロに向かって下がってゆく事で、債券投資から利回りが期
 待できないことを示している。

 このブルフラット化が起きたのは、日本銀行の追加緩和で、国債購入額を増や
 し、購入対象も10年債等のより長期債を購入すると決めたからだ。

 なぜ、より長期の国債を購入するかと言えば、中短期債の多くは、これまでの
 日銀による購入で、市場に出回る債券が無くなってしまったため、まだ長期の
 国債なら市場から購入できるためだ。

 現在の10年債で0.4%の利回りは、例えば生命保険の予定利率を下回って
 いるし、GPIFの4%超の期待リターンから大きく下回る。

 彼等にとっては、高い価格で日本国債を売って、外国もの等のより高い期待
 リターンを得られる資産クラスに配分を変えなければいけない。

 現状が怖いのは、日本国債の流通市場が、これまでの日銀の国債買い入れに
 よって崩壊してしまった事実を上記記事が示唆している事。

 売り物が出回らないのだから、市場に価格形成能力も、需給調整能力も無く
 なってしまった。

 つまり、日銀が量的緩和を終了させる時に、国債を正常に流通させ、消化する
 能力が無くなったわけであり、債券市場がちょっとした出来事が起きた時に、
 市場価格が暴落(利回りは急上昇)する可能性が高まったというわけ。

 この事を念頭に、最初のコメントでは「フリーフォール的な通貨安がなければ」
 とあるような出来事が起きれば、債券市場は現在の日銀管理相場から、管理不
 能な大波乱が起きる事を示唆している。

 要するに、目に見えないところで債券流通市場が崩壊している事だけは、
 記憶されたい。


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ルクセンブルグ(Luxembourg)は自国の役割を官民あげて推進している 
Monday, November 10, 2014, 11:47 AM
11/10 晴 10時 浅草での空間線量は5ベクレル/立法メートル


日本人には馴染みのないルクセンブルグという国の記事が新聞に載っていました。面積では神奈川県程度でありながら国民1人あたりのGDPでは世界でも4位、EU加盟国でもトップなのだそうです。
主な産業は重工業と金融。EU内でのプライベートバンクです(スイスはEU非加盟)

そのルクセンブルグの税務当局が世界のグローバル企業に対して節税指南をしていたという記事です。

税務当局がプライスウォーターといった大手会計会社にルクセンブルグの法人を介在させて課税を抑える方法を提案していたのですからすごいです。

アメリカは文句を言っているのでしょうが、EUはルクセンブルグを守っていると思われます。なぜならばルクセンブルグはEUにおいて必要不可欠な国だからでしょう。

中世から国王の金を預ける役目を担っているから



自国に金を保管していると、革命で政権がひっくり返ったらそっくりクーデター側に渡ってしまいます。そのために中立な国に保管してもらう必要があります。また閨閥(けいばつ:血縁関係)で資金の融通がルクセンブルグを経由して行われたのです。

十字軍の時代から戦費を届けるためにユダヤ商人のネットワークが使われ、やがて銀行システムに発展しました。その中心地がルクセンブルグとなっているわけです。

なんだかんだ言ったところで、ヨーロッパにはいまでも国王・貴族階級が厳然といるわけです。またこのような役目の国があるからこそ、EU域内では過剰な税負担を企業や個人にできない仕組みとなっているのです。

眄派蘆瓦任牢覿箸眇佑盥颪魑遒辰討靴泙い泙垢ら。

これからはAmazonのような本社のない企業が増えていくでしょう。税負担の軽い国の支店を本社にして、あとはすべて支店・営業所扱い。

そのうち本社所在地など誰も関心をもたない時代が来るのではないでしょうか。

ファンドの設立地はルクセンブルグや英国領のガンジー島やジャージ島です。



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「殺してはいけない」は戦場の掟 (増大する認知症老人は世界問題となった) 
Sunday, November 9, 2014, 12:14 PM
11/9 小雨 10時 浅草での空間線量は6ベクレル/立法メートル



新聞記事によると現在の先進国での認知症患者(アルツハイマー病含む)は4435万人、これが17年後には約2倍の7562万人、37年後には3倍以上の1億3564万人と増大することが予想されています。

別にボケ老人が増えるのは全体の寿命が伸びるのですから、さもありなん。2050年にはこっちだって80過ぎの爺ですからどうなってるかなんてわかりません。

この記事でわかることは、先進国の労働生産は急激に消えるのだろうということ。

戦場では兵士を殺してはいけないのだとか。これはベトナム戦争でのアメリカ、北ベトナム双方がとってきた戦略です。費用対効果では戦意を失わせる程度の怪我をさせることが最善です。

傷病兵を後送するために、数人の兵士が戦闘現場を離れるので1人の傷痍者がでると数人分の兵力を失ったことになります。また傷痍者があふれると厭戦気分が蔓延するのだとか。後送して治療するコストも馬鹿になりません。

そのために使われるのは小破片を飛び散らすクラスターとよばれる爆弾や地雷です。あまりにも非人道的な兵器なので多くの国が使用禁止としています。日本も保有・使用を禁止しています。


認知症は多大なマンパワーとコストを浪費する



この記事を読んでわかったことは、日本が2012年で462万人、17年後に2倍、37年後に3倍となったとしましょう。

認知症老人に二人分の労働力が割かれてしまうと、2012年で800万人、2030年で1600万人、2050年で2400万人がなんの生産性もない介護をすることになります。

厚生労働省の労働人口推移を見ると、30〜59歳は2012年4222万人、2030年3887万人です。2050年には3500万人程度でしょう。

となると、2012年で18%が、2030年で41%が、2050年では68%が介護に関与しなくてはなりません。

すなわち2012年で本来の労働生産の82%、2030年で59%、2050年では32%しか発揮できないことになります。

同じ価値を17年後には2倍、37年後には3倍1人あたり産み出さねばなりません。そんなことは無理な話。

現在の先進国は長寿命によって自滅していくという当たり前の現実です。中国でさえ例外ではありません。

過去ログ:美肌のキーワードは美容液よりもまず「抗糖化」 〜老けて見えないために〜
「断糖のすすめ」(炭水化物を減らすと身体は激変する)
「健康的でありたいための常識」こそ余生を劣悪にする
認知症は高インスリンによる「生活習慣病」であるという医師の主張
アメリカの肥満・がんの原因は糖分だと告発するジェイミーオリバー
DNAのスイッチを入れろ!・STAP細胞以外の理化学研究所の成果、iPSも負けてません

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熟練工って何なんだろう(工員のイメージを変えないと日本の製造業は残れない) 
Friday, November 7, 2014, 12:39 PM
11/7 晴 10時 浅草での空間線量は8ベクレル/立法メートル

日経BPのWebに「スマホ化する工作機械が示す3つの潮流 タッチパネルと大画面の深意」という記事が載っていました。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141104/273358/?P=1


工作加工機の大手ヤマザキマザックとDMG森精機が操作画面をスマートフォンのようなタッチパネルにしたという記事です。

今は小さな町工場レベルでも、コンピュータ制御の機械が置いてあります。私も少しだけいじらせてもらった経験があります。
2,30年前はNC加工機というと最先端で、設計図を睨みながらテンキーを叩いて削り取る範囲をX,Y,Zという方向で指定します。単に数字と記号の羅列。

そしてそのままボタンを押せば、機械は動き出して目的の形に削りだしてくれ・・・ません。

加工対象の金属にあわせて刃先の送り量を調整したり、刃先の当たる角度によって誤差が生じるので極僅かな微調整を加えてあげないと寸法通りにできないのです。

もっと怖いのは、数値の入れ間違え。桁を間違えたりするととても高価な刃が折れたり、工作対象がボロボロになってしまいます。

だから動作確認を何度も繰り返した上で始動緊張しながらスイッチを入れます。また加工中でも目を離すことができず、予期せぬ挙動をしたらすぐに緊急停止できるように停止ボタンに指をかけていないといけないという代物。

かつては1ミクロン単位を目視と触感で削り出せることが熟練の証だったそうですが、今はハンドルを自ら回すことなどなく、制御板を一瞥して微妙な調整を入力できる人が熟練工なわけです。電卓を神経質に叩いてコンマゼロゼロ以下の数値を入力していきます。

これが経験の差です。つまりコンピュータの習熟度です。頭に描いた図形をコンピュータで指示できるかというだけのこと。

無味乾燥な工作機械の制御板も、スマホ風に誰でもわかりやすく扱いやすいという方向に進んでいるというのが日経BPの記事。

かつての工作機械の制御板をパソコンに例えるとMS-DOS、UNIXといった命令文字を打ち込まないと何もしないのに対し、現代の制御板はMS-WindowsやMacintoshといった直感で操作できるタイプです。

現代の熟練工とはイラストレーターとなんら変わらない


いまや雑誌、商品パッケージからスーパーのチラシまで、コンピュータ画面で作成されています。コンピュータで絵を書ければ、そのまま印刷物になります。

最新の工作機械はまるでゲーム機のようです。

3Dプリンターが注目されていますが、工作機械も着実に進歩しており、誰でも子供でも扱えるようになっているのです。

手練れの熟練者のみしか触ることが許されなかったNC(Numeric Control:数値制御)機は、誰でも使えるもの。表示は英語ですから日本人でなくてもいい。設計デザインのデータをそのまま取込むことが出来れば、七面倒な加工データの入力もいらなくなっているでしょう。

もっともこのような工作機械は一台数千万円から億円単位ですから、旋盤やフライス盤といったかつての機械でわずかな加工賃をもらっていた町工場では導入できるわけがありません。

埼玉県の東武動物公園のそばにある日本工業大学には明治以降の加工機械が稼動状態で展示保存されています。
http://www.nit.ac.jp/center/scholarship/museum.html

大きな鋳物でできた機械でミクロン単位の加工を油まみれでやっていたんだよと、工作機械を寄贈した方は懐かしみます。
光明丹(こうめいたん)という赤い塗料を薄く塗って、その塗料をすくうように刃先を動かします。

いちばん熟練を要するのはキサゲ加工といって金属面を真っ平らにする人です。これは工作機械ではまだできないようでミクロン以下の凹凸をキサゲというノミでチョイチョイと削っていくのですが、これは人の目と手触りがまさるのだとか。

現代の熟練工はコンピュータ操作に長けた人であって、このような人たちもどんどん引退して、ほんとうの熟練工というのは絶滅してしまったのではないでしょうか。

「スマホ化した工作機械」は金属加工の敷居を低くしていくことは確実です。
ものづくり大国をめざすならば、工業系高校あたりに導入させて自由に使わせればいいのになあと思います。

幼いときから触らせて技術者を育成するような国策を採らないと、ますます労働人口の多いASEAN諸国に工業製品の製造では負けるでしょう。ていうか現に負けつつあるのではないでしょうか。

大企業を支える中小企業の熟練技術者をないがしろにしていたツケですからしかたがない。

過去ログ:人口一億人を越える国はいくつあるか

ASEAN経済共同体(AEC) 2015年スタートの衝撃
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PC、スマホ、アプリ・・・すべてにバックドア(裏口)があるということ 
Thursday, November 6, 2014, 01:12 PM
11/6 曇 10時 浅草での空間線量は9ベクレル/立法メートル

一昨日京都大学で公安警察の密偵者が学生に見つかり、教室に監禁されて副学長らから詰問されるという事件がありました。不法侵入ということで警察に身柄が引き渡されて終り、というお粗末な幕切れとなりました。

ひとり熱心にアジ演説を聴くとか、いつも近くにいるとかすでに不審人物として注目されていたのだとか。シリア渡航を企てた北大生も公安の尾行はばればれだと鼻で笑っていました。

居酒屋や喫茶店で浮いているからすぐに誰がスパイかわかるのだとか。

さらに密偵者はスマホのチャットアプリLINEで連絡を取り合っていたのだとか。

間抜けすぎる

LINEは韓国情報局が諜報していると認めていますし、ソフトバンク自体が妖しい会社。膨大な全顧客情報を社員が暴力団へ渡した前歴があります。

Twitter、Facebook、Google、Yahooメールしかり、タダのサービスほど裏があることを、最高機密機関に属する人間がしらないのでしょうか。

自衛隊の演習では、予算不足で無線機が十分ないので個人の携帯電話で連絡を取り合っているのだとか。敵発見、援護頼むとか携帯電話でやりあっているならまだしも、待ち伏せ攻撃で草むらから流れる着信メロディーは一気に緊張感が消えるのだとか。

そりゃ外国にとって日本は諜報天国と言われるわけです。上から下まで危機感無し。

自動車や電気メーカーの方は携帯電話の持ち込み禁止とか、PCからの漏洩には注意を払っています。それでも最近のこと。

企業の情報システム部門のリテラシーなんてこの公安や自衛隊と似て低いモンです。

よく誤解されてますが、パスワードをかけているから他人からは見られないという方がいますけど、修理などの際に解除できるようになっているのです。またネットワークは要所要所で点検できるようになっています。けっしてブラックボックスではありません。
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官製相場の大暴落に備えろ 
Wednesday, November 5, 2014, 02:25 PM
11/5 曇 10時 浅草での空間線量は9ベクレル/立法メートル

ここ浅草は大不況状態です。裏通りのスナックは軒並み潰れてしまいました。
老舗の店で食事をしましたが、普段は2階3階の席まで客がいるのに、夕飯時でありながら私の組と二組ほどの家族しかいません。仲居さんの数の方が多かった。

ここまでひどい状況はみたことがありません。

昨日の新聞に副島隆彦先生の新刊の広告が載っていました。

「売り抜けろ」と「『業界一位』で買う銘柄」という文字が並んでいます。

・・・どっちやねん

本は読んでいないので、おそらく浮き沈みのない業界であり、市場占有率が一番の企業は暴落時に仕込んでおけばよいということでしょう。

株高になったところで私には一切関係ないこと。

それよりも円安は困ります。

仕入れ値が2割近く高くなる



こんなに一昼夜で円が下落する状況で、どうやって製品開発といった企業活動をしていけというのでしょう。

需要を創り出すことができないままで、日銀の金融緩和策は企業活動を停滞させているだけです。

本日はアメリカの中間選挙で、共和党が上院下院の過半数を占めました。
私はアメリカ民主党は大嫌いですから、ざまあみろと言いたいところですが、レームダックであってもオバマ大統領には拒否権がありますから、共和党の意見が通るかと言えばそうでもない。

つまりアメリカ議会はどっちつかずの何もできない状態となったということ。

たとえば中国が漁民に化けて南沙諸島や魚釣島を不法占拠したところで、米国の内政がごたごたしていれば中国に対して強い態度には出られないということ。

中国・ロシアにとっては好ましい状況になったと思います。
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湘南を巡る(鎌倉から平塚へ) 
Tuesday, November 4, 2014, 11:01 AM
11/4 晴 10時 浅草での空間線量は13ベクレル/立法メートル

昨日は気分転換に自転車で鎌倉を訪れました。天気予報が大きく外れてとても良い陽射しでした。

長谷寺(はせでら)のみごとな紅葉、お約束で鎌倉大仏・・・そこから藤沢、茅ヶ崎、伊勢崎、平塚へと西へ向います。地元の歴史に詳しい方に鎌倉時代創建のお寺を中心に案内していただいて走行距離50kmの散歩です。

真ん中の写真は鶴岡八幡ではなく鶴嶺八幡(つるがみねはちまん)。これが本来の八幡さまで、これをモデルに鶴岡八幡が造成されたのだとか。参道が海岸へ向って800mもあることが特徴です。

住宅地や新設道路を造る際には遺跡でてくるそうで、観光地として鎌倉・茅ヶ崎・平塚といった地区では案内板といった文化遺産の整備に最近になって熱心になったのだとか。

茅ヶ崎や平塚はほんの数十年前は、田んぼと無計画な住宅開発で文化的な魅力はあまり感じませんでした。

最近ではサザンオールスターズ人気にあやかって、海岸の小道をサザンロードと名付けたり、観光地化に熱心です。

東京にはない独特な感覚が若者には人気なのでしょう。
例えるなら原宿っぽい。

相模地区は東京近郊であり東海道ですから、それなりに歴史があるのですけども文化の重みがあまり感じませんでした。

北条一族や源氏の系譜に興味があれば、そこここに遺跡や碑が残っているので、興味深い地域となるでしょう。
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