数学はプロテスタント系とカトリック・イエズス会系があるのです 
Wednesday, August 17, 2016, 01:59 PM
8/17 快晴 10時 浅草での空間線量は80ベクレル/立法メートル

台風が過ぎ去り、ふたたびピーカンです。今日は40℃近くまで気温が上昇するのだとか。

クーラー効かせて、本を読んでいます。読んでいる本は
「Infinitesimal 無限小 世界を変えた数学の危険思想」(アミーア・アレクサンダー 足立恒雄訳 岩波書店 2015)

数学といっても近世ヨーロッパの宗教改革の話です。

この本はまだ読了していませんが、覚書で書いていきます。

(追記 感想文はこちら: 「無限小」という概念はカトリックで生まれ、そしてイエズス会により排除された。そして「新哲学」となってイギリスの市民革命へとつながった。

そもそも歴史でよく出てくる「イエズス会」とは何か?

イエズス会とローマ教皇との関係はなんなんでしょうか?

まずプロテスタントの話から始まります。

1521年の冬、ドイツの修道士・神学教授であるマルティン・ルターが、ヨーロッパ全土を統治するハブスブルク家出身の権力者・皇帝カール五世に免罪符に関する質問状、「95箇条の論題」を教会の門に貼りだしたことからプロテスタント(抗議という意味)派がはじまります。

カトリックから異端者として迫害されたルターはザクセン国のフリードリッヒ公に匿われます。この動きはヨーロッパ諸国に拡がり、プロテスタント派はメディチ家から擁護されて、芸術科学の進展に大きな影響を与えていきます。

プロテスタントを擁護するメディチ家とローマ法王との死闘は副島隆彦著「隠されたヨーロッパの血の歴史」(KKベストセラーズ 2012年)に記されています。

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室町時代が日本のルネッサンスであった(ドラッガー・コレクション)
カトリックとプロテスタント、どちらが原理主義(またはカルト)に陥りやすいでしょうか?
我々は音楽で潜在的にキリスト教の洗脳を受けているのです
東京都美術館でウフィツィ美術館展を観る
日米原子力協定による中国封じ込め リム戦略による原子力発電所建設
なぜ副島隆彦はルネサンスに注目しているのか(宗教と政治という不滅のテーマ)



科学史ではこのような説明が為されていますが、一方、権威の失墜に直面したカール五世側はどのような対策をしたでしょうか。

ローマ法王はなすすべがない・・・
そこに現れたイエズス会



私は誤解していたのですが、イエズス会とはユダヤ教の一派に過ぎなかったイエスの宗派を現在のキリスト教にまで押し上げたペトロの頃から存在していたものだと思っていたのです。

<ローマ帝国の海外布教を担う精鋭集団がイエズス会>ということ。この理解は正しいのです。

ところが、イエズス会の創立はキリスト教の歴史の中では古くはないことを知りました。

カトリック(ローマ教皇、皇帝カール5世)とプロテスタントの対立による混乱が烈しくなる1540年にイグナティウス・デ・ロヨラ(イグナチオとも呼ばれる 1491-1556)というスペインの騎士が闘いの傷で療養中に『霊操(れいそう)』を受けたことで、カトリックの教義を守ることを誓い、興した団体です。

いわゆる枕元にマリアが立ったとか、啓示を受けたという類(たぐい)で、たいてい主導者のカリスマを喧伝するために後付するような逸話です。

霊操とは教義を成し遂げるための霊的な修業を指し、カトリックの精神基盤であると上智大学(日本のイエズス会教育機関のひとつであり頂点)のHPでは明記しています。

上智大学のHP:『霊操』はイエズス会の精神基盤


過激な原理主義を掲げたのがイエズス会ということ



ローマ法皇は弱小派閥を当初は無視していたのですが、倍々で増えていくイエズス会の勢力を無視することはできなくなり、この過激派集団に依存していくことになります。

ヨーロッパを席捲しつつあるプロテスタントに対して、イエズス会が採った戦略は海外に活路を開くこと。

マカオを経由して日本にやってきたフランシスコ・ザビエル(1506-1552)はイグナティウスと共に神学を学び、イエズス会を創立した一人です。

学校(コレジオ Collegium)を各地に建てて布教の拠点とする



イエズス会はカトリックの反撃策として学校をあちこちに建てます。

学校といっても修道会という宗教色が強い研修施設でもあるのですが、それまで教会の修道士に独占されていた知識の門戸をイエズス会は開いたのです。

プロテスタントはプロテスタントを受入れたヨーロッパの公国それぞれで国王の庇護のもとバラバラに教育を行っています。

その反撃手段として、イエズス会は最高学府・コレジオ・ロマーノ(Collegium Romanum)を頂点とする教育機関網をヨーロッパに構築したのです。

数学者では
フランシスコ・デ・ドレド(1532-1596)
フランシスコ・スアレス(1548-1617)
ロベルト・ベラルミーノ(1542-1621)
クリストファー・クラヴィウス(1538-1667)
グレゴワール・ド・サン・ヴァンサン(1584-1667)
アンドレ・タッケ(1512-1660)

天文学者では
クリストフグリーン・ベルガー(1561-1636)
クリストフ・シャイナー(1573-1650)

自然哲学者では
アタナシウスキルヒャー(1601-1680)
ルジャーボスコビッチ(1711-1787)

という傑出した学者を生み出したそうです。私は知らないですけどヨーロッパでは知られているのかも知れません。

中国で布教をして西洋学問を伝えたマテオ・リッチ(1552-1610)もイエズス会です。このように

学校(コレジオ)は宗教防衛の最前線であり精鋭部隊であった



さあ、教育する教会と化したイエズス会はプロテスタントへの逆襲を開始します。

親カトリック国から秀才を集めて、徹底的なエリート教育をしていきます。しかも戒律も厳しく、序列のある軍隊システムでカトリック教義を死守する先鋭隊ができてくるのです。

それまでもドミニコ修道会やフランシスコ修道会といった海外宣教部隊をローマ法王は擁していました。日本にもザビエル以降、日本に来たのはフランシスコ修道会です。カルロス・ピノラとかジョゼッペ・キアラもフランシスコ会です。

しかし、ある意味狂信集団であるイエズス会は一致団結して目的完遂能力ではずば抜けています。

逆にプロテスタントは反体制・反権力主義なので全体的な団結は残念ながら無いのです。ときおり天才を生み出す素地はあっても、組織の永続性がないのです。

カトリック神学の研究成果を携えて、ヨーロッパのみならずイエズス会の頭脳集団は、布教目的に世界中に散らばっていきます。これが1600年から1700年にかけてのお話。ちょうど徳川幕府の江戸時代前期から中期にかけてのころです。

1600年からはプロテスタント系ユニテリアンとカトリック・イエズス会の死闘の時代でもあったのです。
なぜ死闘といえるのか? 思想が異なる者はどちらかが滅亡するまで、憎しみ殺し合うからです。

宗教(思想)の対立がある限り、異端者は徹底的に死に絶えるまで闘いあう。学術分野でも徹底した論破を互いに試みたのがイエズス会の創立したカレジオであったのです。日本にも上智大学とその配下の私立高校という形で存続しています。

イエズス会がグレゴリオ暦の制定で勝利を得る



前述のクリストファー・クラヴィウス(1538-1667)という神学者(数学者)が大功績をあげます。それは何かというとそれまで使われていたユリウス暦と太陽暦の誤差に悩んでいたグレゴリウス13世によって、新たな暦の作成を命じられたことです。

そして出来たのが閏年(4の倍数の年は366日とする)としたグレゴリオ暦が誕生します。

300年のプロテスタントとの闘いでカトリックのイエズス会が勝利したのです。

時間の支配者としてローマ法皇を君臨させた



時を握る者が絶対者であることの証明だからです。

同時期に徳川幕府も京都朝廷と暦の策定で闘っています。これが映画となった天地明察(てんちめいさつ)の背景です。

そして暦づくり(天文学)は数学を進歩させていくのです。
暦を掌握したイエズス会は、つぎに数字の概念に攻撃を加えていきます。

無限小という概念でプロテスタント数学者にコレジオ・ロマーノの神学者たちはカトリックの教条の基礎であるアリストテレス世界観を守るべく総攻撃が始まるのです。

しかし微分積分という<無限に小さな数が存在する>ことで生まれた概念がプロテスタント・ユニテリアンの代表であるニュートンとライプニッツに提唱されていくと、急展開していくのです。

過去ログ:今年の夏休みの課題図書を公開します
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経営を子供に継がすと傾くのは歴史の必然ということ 
Monday, August 15, 2016, 11:38 AM
8/15 曇 10時 浅草での空間線量は80ベクレル/立法メートル

大河ドラマ「真田丸」では秀吉が死んだ後、秀頼擁護派の石田三成と徳川家康の対立が始まりました。いまさら感ですが朝はSMAP解散のニュースです。

どちらも共通していることは、実質の経営者が血のつながる子供に権力を移譲したことによる内紛です。

カリスマ経営者が耄碌(もうろく)していくと、かならず組織は一度死にます。
そしてあらたな実力者が生まれるか、そのまま衰退していくのは歴史の必然です。

副島隆彦先生は現在の巨大企業の合従連衡(がっしょうれんこう)は

死にかけロックフェラー(102歳)の相続準備なのだ



と指摘されています。

セブン-イレブン(セブン&アイ・ホールディングス)から、鈴木敏文(いとうとしふみ:元書店取次卸トーハン社員)を創業家が追い出しました。


いちおう鈴木敏文が日本にコンビニエンスストアを広めてイトーヨーカドーグループを日本最大の小売業に押し上げたとされています。

結果はたしかにそうですが、これがアメリカ主導(ロックフェラー資本)で行われていたとすれば話の趣は違ってきます。

息子(これがたいしたことがない)にグループの統治を鈴木敏文は継がすことを計画しますが、実質の経営を担ってきた井阪隆一がこれを潰します。鈴木の子飼いの幹部連中もこれからは首を斬っていくでしょう。

大富豪(実際はロックフェラー財団のような資産管理団体)の影響が強いセブン&アイから、鈴木敏文はお役御免を言い渡されたわけです。

なぜか?
鈴木敏文の子飼い、息子はヒラメの無能者ばかりだからでしょう。

だから株式を握る創業者一族の同意を経て、コンビニ現場の苦労人である井阪隆一というコンビニ部門の社長をグループの長に据え付けたのです。

巨額買収劇はすべてロックフェラーの資産圧縮のため



ソフトバンクの孫正義がなんだかんだと理由を付けて企業買収をしています。

よく知られているのが、ロックフェラーのお荷物企業であったスプリントを買い取ったことです。もともとはイギリスのヴォーダフォンを買い取ったことから始まります。

ロックフェラー財閥から促されて孫正義の後継者としてニケシュ・アローラというインド人経営者を後釜に据えます。(年間140億円という給料で引き抜いた)

このアローラというのはロックフェラーが送り込んだソフトバンクの管財人なんです。
ブクブクと膨れるだけ膨れていくソフトバンクに対して、歯止めをかけるために送り込まれてきたということ。

資産ばかり膨張させる孫正義に対して、目の前の遺産相続で早急な資産圧縮を行いたいロックフェラー財団と孫正義が対立して、アローラの電撃辞任となったわけです。

孫正義は中国のアリババの株を担保にして何兆円ものファイナンスを行っています。
先月はイギリスの半導体会社ARMを3.3兆円で買収しました。

このニュースを読んで思うのは、ソフトバンク(売上高は5000億円ぐらいしかない)という企業がどうやってそれだけの金を調達できるのかという一点だけです。

ロックフェラー系企業をオフバランスするため



この答えを副島隆彦先生はずばり指摘しています。資産圧縮のために、孫正義に押しつけたということ。そして資金調達は釣り上げた株式を担保にアメリカの銀行から融資させればいいわけ。

3.3兆円という額が注目されますが、30兆円だろうが3京円だろうが、ロックフェラーが端末を叩くだけですから簡単です。

こうしてロックフェラーの帳簿からはARMという会社は消え去ったことになる。

三菱自動車のグループ切り離しも同じ構図



三菱UFJ銀行・三菱重工・三菱商事という三菱財閥の筆頭企業が自動車を切り離したのも、ロックフェラー系である三菱財閥としては、あの不祥事事件も日産自動車(フランス国営企業ルノーグループ)に引き渡すために、あらかじめ筋書きが用意されていたのです。

消費財(コンシュマー・プロダクツ)となった自動車産業は今以上に巨大になることは考えにくい。先進国では電車バス飛行機といった大量輸送機関との競合もあります。

自動車メーカーは需要から観たら多すぎという話は20年近く前から言われていたことです。

なんとなくわかるのはこれからも巨大資本産業は吸収合併していくことです。
それは今年、来年にはもっと烈しくなっていくと言うこと。

なぜならロックフェラーはもう死ぬからです。

権力者が死にかければ、群雄割拠の乱世がおきるのは必定



ジャニーズはこれからも内紛でゴタゴタしていくでしょうね、ざまーみろ
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オリンピックを観て、甦る苦い思い出 
Saturday, August 13, 2016, 11:24 PM
8/13 晴 10時 浅草での空間線量は63ベクレル/立法メートル

私は身体を動かすことは嫌いではないのですが、何度も申し上げているように

学校の体育やクラブ活動は大嫌いです



なぜ嫌いなのかといえば、体育教師はバカだし、クラブ活動は横柄な先輩面が跋扈してますから。
たった1歳2歳しか違わないのが、何も知らずに入部した新入生をいたぶる場と化しているわけです。

特に公立の中高はひどいものです。たいてい顧問と呼ばれる責任者の教諭はいますが、まずは放任です。そもそもその競技について何も知らないのです。勝手に遊ばせておけという態度。

イジメや体罰も代々引き継がれていきます、悪しきDNAがいまでも残っています。

腐った教員下でオリンピック選手なんて出てくるわけがない



まあ大学も似たようなモンで、体育会系は基本的にお遊びでやってみて、気に入らなければ辞めるべきなんでしょうが、先輩面できるようになると、居心地がよいので居座ってしまう。例外は体育大ぐらいでしょう。

ソースは私ですw

単に苦しい不条理な練習をしたという共有の思い出だけ



それ以外の財産(経験)はないのです。たぶん学生時代運動部に入っていた人たちはそれしかないでしょう。

今でも嫌な思い出があって右も左もわからない頃、レースの最初の周で押し出されて先頭を走らされたことがあるのです。風除けでさんざん使われてあとは捨てられて、ビリで終わりました。

多少自信があったのに、がっかりしたのですが、レースとはこういうものだと初めて知りました。

オリンピック陸上競技を観ながら書いていますが、最初に先頭に立つとまず勝てませんね。

勝負はゴールラインを先に切ればよい



だから状況判断を瞬時にできる能力がないとスポーツって勝てないんです。

よく、力を出し切ればいいと馬鹿な指導者(先輩)は言いますが、そんなことではよほどの実力差がなければ勝てません。

競技に必要なのは状況判断と戦略です



オリンピックを観ていると、メダルを獲得した選手には必ず有能なコーチがいることがわかります。
競馬では、優勝馬には調教師がいるのと同じこと。

有能な指導者がいて初めて成り立つのがスポーツです



ところが日本ではスポーツとはお勉強が苦手な奴が没頭するものと相場が決まっている。
まあ現実にそのような流れに文部科学省も促しているような気がします。

つまり下手に問題を起こすよりも無駄な精力をそっちに流してしまえというような方針です。名付けて青春の下水ですなw

だから運動の専門家も置かず、先輩と後輩といった年齢差だけの不条理な慣例も容認してしまうのが、大方の学校の現状です。

スポーツで飯を喰っていこうという人にとっては、学校、特に公立学校の運動部なんて百害あって一利無しだと私は思います。
しっかりした指導体制がある学校は別ですが、それはほんの一握りです。

ひたすら走れ走れ泳げ泳げ、できるまで練習しろと追い立てられただけの学生時代でした。

インターネットのおかげで、いろんな知識を得ることができるようになりました。
こうして今まで間違えていたことや思いこんでいたことを、一新できるようになりました。

48歳で気づいてもな〜と思うのですが、小さなステップを一つ一つ乗り越えていくのがスポーツなんだと気づきます。
できなくてもいいのです、またステップを低くしたり、一段後戻りすればいいだけですから。

私の今の目標は、動きがキレてるかっこいいオヤジになることなんです。

たとえば、Back To The Futureのマイケル・J・フォックスのようにスケボーでトリックをさりげなく決めるようなオッサンです。

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やっぱり体操はかっこいいゼ 
Thursday, August 11, 2016, 11:06 AM
8/11 晴 10時 浅草での空間線量は73ベクレル/立法メートル

クーラー効かせてひきこもりです。
外に出たらドライヤーの熱風を浴びせられているような感覚です。

ついついオリンピックは見とれてしまいます。特に体操はすごいや。
内村航平選手の個人総合をみていましたが、一人で全種を完璧にやるなんて気が遠くなります。

すぐ影響されるタチなので、陽が落ちてから近所の公園に行きました。

なんと!順番待ち(@o@)



高校生カップルがいちゃついていたと思ったら、鉄棒に男をしがみつかさせています。
笑うだけ笑い合って、どっかに歩いていきました。

やっと鉄棒が空いたと思ったら、買い物自転車に乗った中学生ぐらいが、また鉄棒で懸垂してます。

ランニング中の男性も鉄棒で懸垂していきました。

おいおい、いつ空くんだと蚊に刺されながら待ってました。

さあ、私の番と鉄棒を握ってみると、身体の重さが両腕にかかります。

こんなに身体って重いんだっけ!?

懸垂してみたけど3回でギブアップ。数回挑戦してよろよろと逆上がりができました。

若い頃は10回20回ぐらい平気だったんだけどなあ〜

これから毎日懸垂と腕立て伏せぐらいはやろうとオリンピックを見て思いました。
私のような影響されやすい人も多いのではないでしょうか。

バク転(うしろ宙返り)をしたい中年を対象にした運動教室が人気なのだそうです。

子供の頃、鉄棒で大車輪ができる奴、バク転できる奴は尊敬のまなざしで見られてましたからね。

四十肩五十肩で鉄棒、節々が固いのにバク転は無理でしょと普通は思うのですが

やりたい衝動は抑えきれない

わかるわぁ〜、その気持ち!



再び一心不乱に打ち込みたいのです。勝敗や完成度は二の次で、とにかく自分でもできるという証の一つが欲しいのです。

花形種目の体操は、人間離れしすぎていて呆れるばかりですが、人間つきつめればここまで出来ることを教えてくれます。

こうして私の日課に懸垂が加わったのでした。
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デモクラシーの反対語は? 独裁!×ブー 
Tuesday, August 9, 2016, 03:43 PM
今年の夏休みの課題本として、二つを読んでいます。そのひとつは古くなりましたが、小室直樹「日本いまだ近代国家に非ず」(ビジネス社 2011)です。

デモクラシーの反意語は何でしょうか。おそらくほとんどの方が独裁主義と答えるでしょう。もしくは、一部には軍国主義と答える方がいるかもしれません。

まったくの間違いです。
独裁形態の民主主義もあれば民主主義下での軍国主義もあるからです。北朝鮮でさえ克明には民主国家と名乗っています。

独裁形態の例は、議会から時限立法で4年間の独裁権力を与えられたヒトラーです。
民主主義の軍国主義は古代スパルタ国です。王様が居たけども最高権力は国民議会です。

デモクラシーは平和主義か?



平安時代は特権をもつ貴族政治でしたが平清盛が主導権を握ってからは源氏に転覆されました。
徳川の江戸時代は260年もの間戦乱がありませんでした。

小室直樹はデモクラシーの反対はシオクラシー(神聖政治)と定義した



卑弥呼のような巫女が国家を統治するようなものでしょうか。

現代社会でもそんな統治形態があるのかって?

古代ダビデ王やソロモン王が統治していたころのユダヤでは王様であっても、預言者(神の託宣を伝える者)には逆らえません。

しかし預言者に逆らっちゃったり無視したから、国家に災いがおきたというのが旧約聖書のテーマです。

そう、ユダヤ教国、イスラム教国は教典に則った政治形態なので、民主主義と謳っていても、基本的にシオクラシーなのです。

このような定義をすると、一人であれ複数であれ、宗教背景のない人が統治すれば、すべてデモクラシーとなっていまう。

ギリシャの哲学者プラトン(アリストテレスの弟子)は政治形態を以下のように分類しました。

1)支配者が一人だとモナルケアという状態。
そして善政ならば王政、悪政ならば僣主制(せんしゅせい:タイラント)としました。

2)複数支配では
良い支配形態は貴族制(アリストクラシー)、悪政は寡占支配(オリガーキー)

3)多数者支配(デモクラティア)
利害関係者が寄ってたかる形態は、暴民政治となるとしています。しかしどうせどの支配体制も法律を守らなくなるのであれば、多数者支配が消去法では望ましいとしています。

デモクラシーとは消極的な選択(決してベストではない)



私も生まれてから一度も、たった一度も民主主義が良いと思ったことはない。

ヨーロッパのデモクラシーは法外な税金を課す法皇・国王への抗議の結果です。発端はイギリスの清教徒(ピューリタン)革命です。暴民による内戦状態となりました。

絶対君主制はリヴァイアサンという聖書の怪獣を例えられました。
なんたって法を超越した存在だから、神の裁きを建前に殺しまくる殺しまくる(笑)

メアリー一世は殺しっぷりでブラッディー・メアリー(血なまぐさいメアリー)と渾名で呼ばれました。トマトジュースとビールのカクテルになってますね。カトリックのメアリーによる虐殺から逃れた妹がイングランドの女王エリザベスです。

暴走する王政に歯止めをかける手段として議会を通した決定することとなります。これがイギリスでの近代自由主義の始り。

ところが当時の植民地であったアメリカには議会を通さず、イギリス国王の決定がそのまま実施されていた。アメリカの議会を通さずそのまま実施されていた。

「ノーリブリゼンテーション・ノータックス」(代表権なくして課税なし)
この合言葉でアメリカの独立戦争が始まったというわけ。

自由主義というのは神聖ローマ帝国とローマ教会からの自由(freedom)という意味なのです。

だから日本人が捉えている「自由」と欧米人の「自由」(liberal)とは根本から違うのです。庶民・市民がローマ教会から血みどろの闘いで勝ち取ったものが自由であるのです。

近代国家までの政治段階を踏まえずに民主主義を標榜してしまった



このため三権分立が曖昧のまま、いや先進国と同じく三権分立を唱えて議会制民主主義が始まったのですが、すぐに機能しなくなったと小室直樹は指摘しています。

絶対権力は一歩間違えば国家の命運を簡単に左右してしまう故に、二重三重にも歯止めや抑制をしておくものなのです。
大統領制の国であっても首相を置く国家が多いのがその理由です。

三権分立も立法と裁判と行政は完全に分けるというのも、一箇所に権力が集中して好き勝手ならないための智恵です。もしこのみっつが一緒になるとリヴァイアサンの再来となるからと、欧米諸国は身に沁みている。

三権分立が官僚に簒奪されている国家があります



いわずもがな、我が国です。ですから小室直樹は日本はデモクラシーではなく「役人クラシー」と名付けています。
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夏の課題図書を紹介します 
Tuesday, August 9, 2016, 11:28 AM
8/9 晴 10時 浅草での空間線量は83ベクレル/立法メートル

「Infinitesimal 無限小 世界を変えた数学の危険思想」(アミーア・アレクサンダー 足立恒雄訳 岩波書店 2015)

時代は1600年中盤からのガリレオ派と対決するローマのイエズス会の攻防の話です。

数の概念ひとつであっても、聖書に沿っているかという宗教判断があったことは余り知られていません。

アリストテレスの宇宙観を覆す者はなきものとする



数学者、天文学者の生殺与奪を法皇は握り続けていたのです。

地動説を唱えたコペルニクスは半世紀以上も無視し、一切認めません。
その後ガリレオが登場して、いよいよ無視できずバチカン内部でも意見が割れていきます。

糸が重なって布になるように、物質は分解していけばやがて原子にまでなるだろうという考えはその頃はまああった。原子は天帝が造りたもうものだからです。

それじゃあ、数字はどんどん割っていけば、やがて数の原子に辿り着くのか?
こんな話で宗教論争になるのです。

今では中学生でも「有理数」と「無理数」があることぐらいは習いますよね。
無理数は小数点が延々と続く数です。つまり分数でも表わすことが出来ない数直線上の一点。

400年前のヨーロッパ(日本では江戸時代初期頃)でも、このようなことが数学者と神学者の大きな関心事だったのです。

カトリックの最高学府(コレジオ・ロマーノ Collegium Romanum)が決定する学説こそが定説とされてきたのです。

しかし天体観測の進歩や新たな数学的概念の発見でどんどんほころび始めて、学者と神学者、神父らとの三つ巴の解釈合戦が巻き起こります。

日本国憲法という”聖典”の百家争鳴状態と似ているな



ざっというとこんな内容の本なのですが、早稲田大学の学者先生の訳なので、正直読み進みにくい本です。ぶ厚いし。

しかしとても興味ある内容なので、なんとか布団の脇に置いて読破してみたいです。3800円の価値は十分にあります。

関連ログ:数学はプロテスタント系とカトリック・イエズス会系があるのです

過去の課題図書: 私の夏休み課題図書を公開します
輸血というタブーに挑戦した物語
8/15 10時 浅草での空間線量は96Bq/m^3
夏休み課題図書 「一番になる人」「時代を見通す力」
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イチロー3000安打とリオ・オリンピックを眺めて思う 
Monday, August 8, 2016, 11:53 AM
8/8 晴 10時 浅草での空間線量は87ベクレル/立法メートル

昨日は今年一番の暑さだったと思います。それでも快晴なため近所の河川敷の野球場やサッカー場は賑わっていました。

私は学校での体育の時間は大嫌いだった割に、スポーツは大好きです。

なんでスポーツが好きなのかというと、毎日の練習やトレーニングで自分の能力が少しづつ向上することがわかるからです。

よくありがちな練習方法は、できるまでやるとか、ひたすら同じ練習を続けるということ。
日本ではよくみられる根性論です。

できるまでやるという練習は脳科学では最悪です


失敗のやり方を脳みそに刻み込んでしまうカラなんだとか。

できなければ、基本に戻ったり、別の練習を試すという機転がないと成長がないのです。

日々の学習も同じだよね



近所にあるバッティングセンターに行って、140kmの球というのを試してみました。

全く見えません。
そこからスピードを落として、80kmぐらいでも目が追いつかない。

それ以下の速度調整はできないので、あきらめてバットを置いてでてきました。隣の中学生はバカスカ打っているので、ムキになって1000円ほど使ったけども、自分の動体視力がまったくないことがよくわかりました。

バットを振り回す前に眼球のトレーニングが必要です。
場合によっては専用の眼鏡だって必要でしょう。

ところが日本のスポーツというのはたいがい、100kmの球が打てるようになるまでひたすらバットを振りまわさせたり、下手したら素振りを何度もさせるようなことをさせる。

こういった非論理的な練習という時間の無駄を強制する指導者が多いのも事実。
また競技者も、念ずればできるとばかりに走ったりバーベルなどでの筋肉トレーニングに勤しみます。

スポーツってのは、統制下で一心不乱にやるものでしょうか。学校の体育の時間はそれでいいのでしょうが、そこからは絶対にオリンピック選手は生れない。

なぜかというと、頭で考えないから。スポーツは脳みそと切り離さねばできないものと刷り込まれるからです。

ボールを蹴るまでに、陸上部なみに走らされたり、ボールが捕れるまでひたすら追いかけさせたり・・・。

またはテニスやゴルフのような道具を使うスポーツでは、道具のせいにして常に新製品や人気製品に踊らされてみたり。まあスポーツ製品業界のみではないですが、新製品に踊らされる馬鹿が多いのは大変ありがたいのだそうですが、一方ではスポーツ本来の面白みを奪っている結果にもなります。

なぜ自分は不得意なのかという要因分析を個人個人がしないのが日本のスポーツの特徴とも思えます。

動体視力を鍛えるために卓球で鍛えるとか、心肺機能をあげるために水泳をするといった視点がないのですね。

オリンピック水泳の萩野公介・瀬戸大也選手の活躍で、司会者がなぜ日本の水泳は強くなったのかと、女子メダリストに尋ねていました。彼女は即答しました。

1970年代から民間の水泳スクールが開校されたから



それまでは学校の水泳クラブから選手が選ばれて、そしてぶっつけ本番でオリンピックに送り込まれていた。
民間のスイミングスクールが全国にできはじめると、指導体制も民間主導で進み、科学的な視点が広まったからだと説明していました。
その優劣が企業経営にも直結するから、最新科学に貪欲でもあったからだそうです。

あとスポンサー企業の存在も無視できないのだとか。なるほどねえ。

いまは老若男女、運動しないのは怠惰の証拠とばかりにスポーツ産業は花盛りです。

同年代の男性が運動しているけど、腹が凹まないんだよねぇと自嘲してました。
腹を凹ましたければ、呼吸法(ディープスローイング)や骨盤周囲の筋肉強化でいくらでもすぐに痩せるのですけどね。

イチローを讃える声はメジャーリーガー達からも上がっています。そのほとんどが「イチローの野球への真摯な取組」を讃えるものです。
メディアはその談話を伝えておしまいです。

イチローの練習をそのまま真似してもイチローに成れるわけではない。あくまでも自分に何が不足して、それを補うことを日々粛々と実行しているからでしょう。

バックキャッチ(背面捕り)や早朝の個人練習も、単にファンサービスで行っているわけではない。
凡庸な一般競技者とスター選手との大きな隔たりは、スポーツニュースでは伝わりにくいのでしょう。

超人になるためには、どうすればいいのか。それの積み重ねがオリンピックの祭典であり、イチローの記録でもあるのだなと思いながら眺めています。

過去ログ:プロスポーツを支配するメディアの影響力 運動は適度がよろしいようで (過大な運動負荷は諸刃の剣)
「保護者のエゴイズムによる洗脳の被害例」 体育会脳はこうしてつくられる
コーチング(Coaching)と日本の『指導』の差
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GDPの10%に影響するトヨタが原価低減を進めるほど貧しくなる日本 
Saturday, August 6, 2016, 12:34 PM
以下の記事を読んで、頭にきました。
良く言われるように、「乾いた雑巾を絞る」と言われるトヨタの経営を相変わらず日経は称賛しています。

結果どうなったか?

下請(したうけ)は永久に乾いたまんま。
トヨタ自動車を頂点に豊田織機・デンソー・アイシン精機という御三家を加えたピラミッド構造です。

在庫と仕掛品(製品途中のもの)を徹底的に少なくしたカンバン方式(Just in time)を供給会社にも要求したことで、財務体質の強化に成功したことは有名です。

トヨタの「原価低減」とはもっと値引きせよと同じ意味



対等の関係で、値引きを要求することは、商取引ですからそれは問題がないですよ。
しかし、トヨタが行う原価低減とは、立場を利用した強請(ゆすり)そのものだということ。

そんなに原価原価と吠えるなら、すべて吸収するか子会社にしろ!

ピーター・ドラッガーは利益こそが企業発展の源泉だと断言しています。その利益を吸い上げる行為を平然と行うトヨタを称賛することなど私には全くできません。

トヨタがやっていることは、日本をますます貧しくさせる行為そのものです。
利益配分を国内で行わず、価格競争力を名目に、下請企業に値引きを強要する行為は国賊と私は言い切ります。


http://archives.mag2.com/0000102800/
                   2016/08/05 No.3348
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 10秒で読む日経!視点が変わると仕事と投資のネタになる
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   今日のNews
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●トヨタ自動車が仕入れ先と一体となった原価低減を加速する。2017年3月期
 連結業績予想(米国会計基準)は前期までの円安の追い風がなくなり、営業利益
 が前期比43・9%減の1兆6000億円と大幅に減る見通し。そうした中、
 16年度下期(10月―17年3月)は取引先部品メーカーから購入する部品価格
 の引き下げ幅を、同上期(4―9月)に対して拡大する意向だ。円高進行など経営
 環境の変化を「潮目が変わった」(豊田章男社長)とするトヨタ。競争力の源泉
 であるグループ一丸となった原価低減のギアを1段上げる。
 日刊工業 2016年8月5日
   __________
   佐々木の視点・考え方
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄      
★この話に政府は強硬に怒るべき。

 1つは、トヨタは他では使えないカスタム部品の作成契約を結んで、部品会社は
 新商品を作って売る契約をしている。

 欧米の場合はその契約に、累積購入量が多くなれば、販売価格を引き下げる旨の
 条項を入れている。こうすれば、部品メーカーも販売が追跡するにつれ設備投資
 費用が回収でき、値下げに応じることが出来る。

 しかし、日本の慣行は、何時でも他に換えれるぞ、という脅し的な契約慣行。
 他の販路が出来ないようにしてい置いての値下げ要請は赤字でも売るしかないと
 いう地獄の道を与えている。

 しかも、今回は販売台数が減るとも言っているので、部品会社にとっては販売
 単価の減少だけでなく、販売数量の減少もあるから、ダブルで厳しい。

 トヨタ始め日本の自動車会社は、政府の円安戦略によって10兆円以上もの利益
 増を果たしている。

 この利益は外人投資家が多い株主への増配や海外工場投資や内部留保等に回り、
 日本には恩恵が少ない。税金にしても販売地の海外で外国政府に支払うものが
 多いので、政府の恩恵も少ない。

 日本のほとんど誰もが得をしない円安戦略をとったのは、部品供給会社にも納入
 する部品単価の値上げが、国内会社であり日本居住者が殆どの膨大な自動車部品
 会社のピラミッドの全てにお金が行き渡る事で内需が増加することを期待しての
 もの。

 しかし、円安の時は値上げをせず、円高に変わるやいきなり値下げ、と言うトヨタ
 始め日本の自動車メーカーの行為は、政府の意図を踏み躙るものだ。



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放射線を養分とする(radiotrophic)菌(やっぱり放射線は必須栄養素だ) 
Saturday, August 6, 2016, 11:35 AM
8/6 晴 10時 浅草での空間線量は92ベクレル/立法メートル

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160803-00010000-giz-prod

チェルノブイリで発見された放射線を好む菌、国際宇宙ステーションへ


ギズモード・ジャパン 8月3日(水)12時10分配信

大西宇宙飛行士のもとへ...!!

7月18日にフロリダのケープカナベラル空軍基地で打ち上げられたSpaceX Dragon、つい先日国際宇宙ステーションに到着し、新たな研究材料を届けました。この中には、チェルノブイリで発見された放射線を好む菌、8種類が含まれています。

チェルノブイリ事故から10年後の1996年に国際原子力機関(IAEA)が提出したレポートでは、放出された放射性物質の量は広島型原爆の400倍と推測されています。

事故により周囲の動植物は完全に破壊されてしまったのですが、それから30年後、放射能汚染されたチェルノブイリで繁殖している菌が発見されてニュースとなりました。事故現場で採集したこの菌を科学者たちが調べたところ、ただ繁殖しているどころか、放射線に向かって成長することが分かり、さらに専門家たちを驚かせました。放射線を好んでいるわけですね。

放射線からどうやって身を守っているのか。この菌の仕組みが、新たなガン治療や極限環境での農業に活かせる可能性があると注目されており、この度宇宙でも実験されることになったわけです。

NASAの研究所でこのリサーチを率いているKasthuri VenkateswaranさんはMotherboardの取材に次のように応えています。どうやらメラニンが、放射線から身を守るキーとなっているようです。

“ 事故現場から採取された菌は立ち入り禁止区域の外で採取されたものよりも多くのメラニンを含んでいました。これは菌が放射能に適応したことを意味しています。そのうち20%は、放射線養分化(radiotrophic)の性質を持っていることが分かりました。つまり彼らは放射線に向かって成長するんです。放射線が大好きなんです ”

研究者たちは放射線による細胞ストレスが原因でこの変化が起きていることを突き止めており、このプロセスを再現できるか実験するとのこと。国際宇宙ステーションに送られた菌のサンプルは微小重力にさらされ14日間育てられた後、地球へと戻されます。そして地上で育てられた全く同じ種の菌と比較されるそうです。

“ これらの菌を宇宙ステーションに送る理由は、ガンやうつ病といった病気を撃退する可能性を持った特別な生体分子を、これらの菌が生み出すことが示されたからです ”

またどの遺伝子が分子の変化の原因となっているか理解することで、乾燥気候でも育つ植物、さらには別の惑星でも育つ作物などの開発にも役立つのではと期待されています。火星移住の夢がさらに現実に近づくかもしれませんね。

*トップ画像は去年国際宇宙ステーションで行われた微生物実験MT-1で使用されたサンプルです。

sourced: NASA via Motherboard


広島の原爆の日ですが、このような記事が掲載されていたので、メモとして貼付けます。この記事からも

生物には放射線の防御機能、さらに活用する能力が備わっている


ことがわかります。

放射線養分化(radiotrophic)ができる全体の20%の菌が、自らを進化させてきたというわけ。

過去ログ:もみの木に放射線の影響はあったのか?
放射線防御の機構は生命には備わっているということ
観葉植物での源珠の効果(蘭)
(ほらね)宇宙桜はなぜか急成長−読売新聞

二人の物理学者、湯川秀樹と武谷三男 物理学者軽視のツケ
医療は巨大装置産業となった (がんは切らずに治す:なかにし礼)
自分で判断することを大人なら覚えなさい
3/2 10時 浅草での空間線量は8Bq/m^3
副島カルトは悪徳ラジウム屋と手を組む原発推進派w
六城ラヂウムニュース Vol.19 新製品発売
11/13 10時 浅草での空間線量は20Bq/m^3
10/28 9時 浅草での空間線量は16Bq/m^3
「放射能のタブー」KKベストセラーズ
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IBM Watsonが医療分野でみせた実力 
Friday, August 5, 2016, 12:28 PM
8/5 晴 10時 浅草での空間線量は98ベクレル/立法メートル

 昨日、白血病の診断で人工知能(AI)を用いた治療法の検索が大きな成果を上げたと発表されました。

250万もの医学論文を読込み、関連する文献を集め、さらに症例に合致する治療法を見つけ出すことを、わずか10分で済ませることができたということ。

人工知能と言いますが、IBMは人工知能とは呼ばずに、「非構造化データ分析」と名付けているようです。

あくまでも過去の論文やWebデータ、ツイッター、フェースブック、文書ファイルなどのデジタル情報を検索して関連づけるという作業がWatsonの範疇です。

ニュースから、ちゃんとした科学論文という処理すべきデータが適切であれば、データ分析のロジックはほぼ完成に近づいているのだなと感じました。

たとえば遺伝子工学の論文を入力したり、投薬後のデータや膨大な遺伝子情報も自在に検索できるようになると、いままで知られていなかった薬の効能が明らかになることがあるそうです。

先日のNHK教育の番組「サイエンスゼロ」では”ドラッグ・リポジショニング”というタイトルで解説されていました。

それは投薬後のデータをまとめると、既存薬に新たな効果を発見することに繋がり、いまや創薬研究の主役となっているといわれています。

たとえば、心臓の薬が肺癌の転移を抑制しているということ。またよく知られているのはアスピリンという古くからある安価な頭痛薬(消炎剤)が、脳梗塞や血栓の抑制に強い効果があったことなどです。

このことから、患者と健常者の全遺伝子を投薬でどのように反応するかを調べて、患者だけに反応する薬を抽出していけば、なんらかの効果が期待できるのです。

ここらへんはほぼ自動化されていまから、得られた膨大なデータの分析を人工知能で処理すれば、新薬の開発がきわめて効率的かつ迅速に行われるということ。

または個人個人の遺伝子に合わせたオーダーメイド医療になっていくかもしれません。

さて人工知能が過去の知識やデータを掘り起こして、利益を生むすばらしい社会が誕生するかといえば、そうも行かないようです。
マイクロソフトも人工知能「Tay」を公開しましたが、立派な差別主義者(極右)の人格に成長してしまい、すぐに運用は止められました。

入力されたデータによるアウトプット(出力)がコンピュータという機械の宿命です。
いまのところは人格まではコンピュータのロジックでは創り出すことができないのです。

しかし今や最適化(optimization)という論理作業ではコンピュータの右に出ることはできません。

豊富な資金により医療分野だけに絞られていますが、数年後には自動車の自動運転化にあわせてドライブレコーダー、GPS搭載も義務づけられるでしょう。

社会インフラから始り、すべての産業は人工知能配下での運用となっていくことになります。

20年後30年後の近未来はどのように生活が変わるでしょう。
戦後80年目あたりが節目となることは歴史のサイクルが示しています。それは

人工知能による国家社会主義(統制経済)の完成となります



過去ログ:検索キーワード:人工知能:

歴史は繰り返す:統制経済(controlled economy)の時代へ
神(GOD)はサイコロをふるのか (人間に『自由意志』はあるか)
人工知能:米国「Tay」は差別主義者に、日本「りんな」はアニメオタクに
安保改正反対派に問う「それでは中国が攻めてきたらどうする?」
囲碁対戦で見せた人工知能の驚異的な発達と見えてくる近未来
自動高速取引(HFT)で下げが止まらず
祝「あかつき」金星軌道投入!はやぶさ君に続く健闘・・・ん
自動居眠り誘導装置付自動車
人類のアセンションはウィルスによってもたらされる
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幕臣たちの明治維新 徳川幕府は新政府よりも劣っていたのか?
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これが副島隆彦による”血みどろの原稿”だ! 2 
Thursday, August 4, 2016, 12:19 PM


副島隆彦先生の本作りの裏側をちょっと公開します。

私の場合、ワープロで一気に書き上げます。それをだいたい5回ほど校正してから、論文として提出します。

提出したら、そこからが本番になります。

論旨の矛盾や趣旨の逸脱、書き手の勘違いや知識不足が厳しく吟味されて、場合によっては没原稿となります。

結局は没(不採用)となって、大幅な改訂を余儀なくされました。

できるだけ本文を再利用したいのですが、そういうわけにもいかず半分近くは書き直しとなります。

編集者の厳しい指摘を通り越して、採用となっても、これからがブラッシュアップとなります。ここまででだいたい8回ほど書き直しています。

理解しやすい資料として図表や写真もできるかぎり手書きでもいいので用意します。
まずは最初の読者である編集者が理解できることが、書き手の目標です。
その次ぎには出版社の営業担当に理解してもらわないと、書店に並びません。

商業文章の厳しさは分かっているつもり。
それでも読者も知識があることを前提としていると、大きく足元を救われます。

最初の感想を頂いたのが以下の言葉・・・

小難しくてなんだかわからない



これは誉め言葉ではなく、筆力がなさ過ぎという私への”欠陥品”の烙印です。

上記の写真、副島隆彦先生から送り返されてきた原稿です。
みごとなほど真っ赤っかです。

本日、ゲラを送りました。ゲラとは印刷業界用語で、活字を並べる木箱です。
今は人手で鉛の活字を一文字づつ並べることはないのですが、かつては試し刷りをして、活版職人が脱字や間違いを見直していたのです。

印刷イメージでの最終校正を著者校正というようになったのですが、それでも”ゲラ”は今でも使われますね。

過去ログ:これが副島隆彦による”血みどろの原稿”だ!
後で恥を書く「重ね言葉」を知らずに使っている人が多すぎ!!
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ヒューマンエラーで済まされてきた交通事故 
Thursday, August 4, 2016, 10:38 AM
8/4 晴 10時 浅草での空間線量は95ベクレル/立法メートル

昨晩はドライブレコーダーの普及活動をされている神奈川大学・高安心超安全交通研究所所長の堀野定雄という方のお話を聞きました。

交通事故の多発地帯での事故をドライブレコーダーによる解析、そして当事者への取材を投じて分かったことは衝撃的なものでした。

過失として処理されてきた事故の大部分が必然であった



まったく人間工学を無視した道路の設計や信号により、事故の多くは必須であると強く主張されています。

たとえばと、実際の事故発生の動画を冒頭で紹介してくれました。

神奈川県の川崎市の中心で起きた事故なのですが、ここは魔の交差点といわれるほどの事故多発地帯。

そこで記録用にテレビカメラを設置したところ、すぐに人身事故(タクシーとバイクの衝突)がおきました。

なんと被害者もタクシードライバーという道路で飯を喰うプロであったということ。

撮影した動画を調べたところ、タクシーは衝突直前までバイクが来ることを知らなかったことが判明しました。
またバイク側は同じプロ同士ですから、よもや見えていないとは想像もしていなかったそうです。
そのためどちらも交差点に進入して衝突事故となりました。

警察の事故調査では、タクシーの前方不注意としてかたづけられるのですが、タクシー側は本当に衝突直前までバイクの存在は気づかなかったと主張します。

そこで現場検証をしてみると、あることに気がつきます。

コーナーミラーが死角だらけで役に立っていない



タクシードライバーは交差点進入前に、カーブミラーで往来を確認してから交差点に進入したと主張しています。

なんとこのような事故頻発地域を訪ねると、6割が取付角度が不適で死角だらけだったのです。

カーブミラーの取付業者は十分な視野の確認をしていませんでしたし、全国で統一された取付マニュアルもなかったそうです。

このようなずさんなカーブミラーにより、推測では事故の3割が引き起こされていると主張されています。

見通しの悪い交差点のカーブミラーは信用するな



これに尽きます。

また事故の処理をする警察は法律違反がないかを調べるだけで、事故の原因を分析することはありません。

過去の自己記録を集計して、事故多発の要因と解決策を見つけるという役目はないのです。

なぜなら堀野定雄がそのような事故データを神奈川警察に請求したところ、いっさいそのような資料はないという返事だったからです。

一方では、自動運転化を進める国土交通省はドライブレコーダーによる解析に関心を持ってデータ収集をしているそうです。

なぜなら欧米では国を挙げて、事故要因を分析し、都市計画や道路設計に役立てようと懸命だからです。

世界の交通事故死は年間130万人、ちなみに飛行機での死亡者は600人です。

飛行機ではフライトレコーダーで徹底的に分析を行うのに対して、2万倍以上もの死者を出す自動車事故に対しては事故は運転者の過失として済まされてきました。

過失とは、例えるなら試験管に急須でお茶を注ぐようなこと



堀野定雄氏はあきれかえって話を続けます。細い試験管にお茶を注げばこぼしてしまう。これを過失と呼ぶ前に、なぜ湯呑みに、はたまたバケツに注がないのか?

これが人間工学的な解決策であって、決して神経を集中して急須で注げというものではないのです。

しかし日本ではこのような精神論の結論ありきで、高齢者の死亡と自転車・歩行者の死亡率はどちらも50%を越えて、OECD加盟国でトップなのだそうです。

つまり高齢者と歩行者が交通事故に遭えば二つに一つは死ぬということ。

スェーデンのボルボなどは運転者だけではなく、跳ね上げた歩行者・自転車を守るために、ボディーの外側にもエアバッグ装置を取り付ける試みを公開しています。

また自転車が交通手段として活用されているオランダでは、自転車だけではなく車いすにまでもドライブレコーダーを取り付けて、道路行政や法律改正にむけた研究をしているのだそうです。

日本は自動運転というテクノロジーばかり注目していますが、伝統的に都市計画から道路建設まですべての面で体系的な視点が全く欠如していると堀野氏は強く訴えています。

面積あたりの信号機の数ではダントツで世界一を誇るが死亡率も世界一(笑)

BMWが日本で自動運転車をテストしたそうです。するとどうなったでしょう?

赤信号を察知して止まってばかりで少しも前進しなかった



という笑い話だったとか。逆にドイツの技術者は、なんで赤信号ばかりなのに日本人の運転では渋滞が起きないのだといぶかっていたそうです。

信号の変わり目(黄色)になったらアクセル踏んで交差点に飛び込ませますからね。歩車分離が徹底しているヨーロッパの感覚で自動運転を日本にも持ち込むと、死亡事故だらけになると真っ青になったのだとか。

日本のどこが先進国なんでしょうか。

過去ログ:歩行者・ランナーと自転車、自動車は明確に区分して分離すべきだ
認知症に続く大量殺人兵器ってか・・・

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日本の祭がどんどん衰退する理由 
Monday, August 1, 2016, 04:47 PM
8/1 晴 10時 浅草での空間線量は83ベクレル/立法メートル

日経新聞電子版に『萎縮する祭り 動員250万人「青森ねぶた」の異変 』というタイトルの記事があったので読みました。

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO05320080X20C16A7000000/?dg=1

内容は、人口29万人の青森市にはねぶた祭で観光客が250万人(住民の8倍)が訪れて、その経済効果は238億円というものです。青森市の歳入が1300億円ですから、青森市のGDPにも少なからぬ影響があります。

そのねぶた祭の観光客は20年で3割も減少しているとのこと。

理由のひとつに、祭期間中は騒動を起こす者たちへの規制を強化したと言うこと。
またそれに担当警察への責任が明石花火事故の判決で明確にされたので、一層主催者側への警備の締め付けがきつくなったということです。

こうして祭を主催する側は事なかれ主義に染まっていくという不満が溜っていくという解説です。
主催者側(商工会議所、祭の主催団体)と脱原発派の青森市長は確執があり、市長が招いたスターウォーズのねぶたがお蔵入りとなったという政争の場にもなっています。

つまり内輪もめで、せっかくのメディア向けのネタが潰されているというわけです。

他にも、大型のねぶたはスポンサー名が掲げられるので、大手企業が固定化されているという指摘もあります。
こうしてマンネリが引き継がれていくということ。

もっとも大きな理由は観客の暴徒化予防策らしいです。

全国的に、露天商を制限したり、迷惑客への対策が強化されています。暴力団に対する目も厳しくなっています。

さらに準備と後片付けをするだけの労力が高齢化で確保しにくくなったからが大きな理由です。

以上がこの記事の概要です。

地方から若者が流失しているからではない?



地方での雇用が減少しているからという理由ではないということが私には意外でした。

どのみち、祭とは何かを見直す気運が高まっているということでしょう。
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今日は隅田川花火大会でした 
Saturday, July 30, 2016, 11:35 PM
7/30 晴 10時 浅草での空間線量は72ベクレル/立法メートル

地元なのに隅田川の花火大会はあまり見たことがありません。
そういえば今日だったっけというぐらいあまり関心はなかったのです。それはなぜかというと前の住居は花火がほとんど見えなかったからです。

4月に転居してから、東の方面(隅田川方向)が意外と開けているので、ひょっとしたら花火の一部ぐらいはビルの谷間から見えるかなという期待は少しはありました。



7時から花火を打ち上げる音が響き渡りました。ベランダに出てみると、ををビルの隙間からちょうど見れるジャン。



をを遠いけども、そこそこよく見えます。



へえ、まあまあ満足していたら、こんどは下流側の第二会場からも打ち上げが始まりました。



打ち上げ花火のステレオ放送や〜



をを、目の前で打ち上げているようなほど迫力満点です。



第二会場は連発が主体の構成で、ドドドドドと腹に響きます。



今まで隅田川の花火大会は(部屋からは見られなかったので)誰も誘うことがなかったのですが、来年はお友達を誘って、ベランダで花火見物をしようと思います。

めずらしく7時から1時間半8時半までベランダから見入ってました。8年ぶりかなこの隅田川の花火をしっかり見たのは。
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「とと姉ちゃん」に見る、出版社はなんで常に金がないのか? 
Friday, July 29, 2016, 01:37 PM
今朝の「とと姉ちゃん」(暮らしの手帖創業者の話)で、創刊五号目にして運転資金が足りなくなってしまいます。
そこで小橋常子は雑誌に料理学校の広告を載せることを決めます。編集長の花山伊佐次は断固反対というお話でした。

実際に暮らしの手帖の社主大橋鎭子(おおはししずこ)と名物編集長・花森安治の話です。

余談ですが、私の知り合いは暮らしの手帖社の編集部に出入りしていたので、実際に花森安治を見たことがあるのだとか。
テレビドラマのイメージとは異なり、パーマにスカート姿のちんちくりんな小太りだったとか。

話を戻して、なぜ出版社はお金がないのか?というと、本や雑誌が売れても、お金が入ってくるまでが3ヶ月後とか半年後と長いからです。

そんなに入金サイクルが長い業界ですから、出版社は常に現金がないのです。

さらにその下請の印刷所や紙問屋はいまだ3ヶ月とか半年といった手形決済なんだそうです。そうやって下流工程はますます金のサイクルが長い業界であることが特徴です。

それと印刷した本や雑誌は、出版取次会社とよばれる会社を通して全国の書店に配本されることも重要です。
トーハン、日販、大阪屋という会社名は聞いたことがあると思います。

ここが出版社に対して本を担保に運転資金を貸し付けているという実体があります。
再販制度(固定価格販売)はこのような取次会社の事情によることです。

書店で販売したお金は一旦流通取次を介して、出版社に振り込まれるので、入金サイクルは他の業界よりも長くなるのです。

この悪環境を脱するためにはどうすればよいのか?

「とと姉ちゃん」では答えの一つとして「広告」を載せることです。

ではもう一つあるのですが、それは何でしょうか?

答えは書店ではなく直接販売です



雑誌には巻末に必ず定期購読の葉書がくっついていることがあると思います。

雑誌編集部に勤めていた知人によると

定期購読の読者は涙が出るほどありがたい



そうですw

1年分前払いですから、定期購読の読者を抱えるほど出版社の資金繰りは楽になるのです。

もしよく読む雑誌があれば、ぜひ年間購読をしてあげてください。

本を愛する私からもお願いします。

たぶん「とと姉ちゃん」でも、定期購読者を集めることで広告を止めることになるのではと思っています。
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宗主国の思想・文化はキラキラ輝いて見える 
Friday, July 29, 2016, 11:35 AM
7/29 晴 10時 浅草での空間線量は87ベクレル/立法メートル

なんで明治・大正・昭和初期には社会主義がもてはやされたのかというお話を副島隆彦先生とちょっとだけしました。

社会主義は「みんな公平に扱え」というキリスト教・プロテスタント(抗議という意味)から派生した概念です。

英国国教会から脱出した信徒を清教徒(ピューリタン)といいます。
このピューリタンたちが、英国国教会を憎しみながら建国した国がアメリカです。

英国国教会と一括りにしましたが、大別するとハイ・チャーチ(国王・貴族が属する宗派)とロー・チャーチ(平民が属する宗派)となります。

信仰においても支配者側と被支配側に分かれています。

だから17世紀から19世紀のヨーロッパの政治はカトリック系とプロテスタント系の宗教戦争状態だったのです。

幕末から明治にかけて、ピューリタンの新興国家であるアメリカはどんどん力を蓄えていきます。

開国後はアメリカの従属国家として、危うい立場を維持しながら今日があります。

異論はあるかと思いますが、概ねこのようなところ。

明治や大正のころの言論人や思想家たちは、アメリカの宗教(思想)を貪欲に学び、奪い取ろうとしていたのです。

一昨年のNHK大河ドラマ「八重の桜」(同志社大学創立者 新島襄と八重の話)でも中盤からさかれていましたが、アメリカのプロテスタント系伝道組織(アメリカンボード)が開国した日本に宣教師を送り込んで、プロテスタント思想を日本にも定着させようとしていきます。

拠点はアメリカの資金援助で建てた私学大学、そして北海道農学校(現北海道大学)です。

わずか四年という短い期間でしたが、静岡に移った徳川家の藩校「静岡学問所」もそうです。そこの人材はは東京帝国大学に接収されてしまいました。

なぜ外国教師から一生懸命貪欲に学ぼうとしたのか?

答えはかっこいいからw



そりゃ、先進国から来た人は光り輝いて見えますよ、キラキラと。
異質なもの(考え)であっても、それが先進国からのものであったら、どうしてもそれに引かれてしまうのは無理のない話。

そして女性にモテる!


だから男は咀嚼して吸収しようと努めるのだという、男の性も否定はできない。

いわずもがな音楽は海外ロックスターの人気ぶりはいまでも健在ですから、今も昔も変わらないと言うこと。

だいだいミーハーなノリで学問や文化は日本にも入ってくるわけです。

ところが、本当に頭の良い人間(知識層のトップ層)ってのは傍観的に捉えているのです。

福沢諭吉やその後には内村鑑三といった人物です。

よく知られた言葉で「和魂洋才」という今では死語があります。単純に西洋科学の導入とみていては、これら先人達の偉大さはわかりにくい。

アメリカの(非ヨーロッパ的)宗教(思想)を日本独自に改編して広げようという大きな目標があったわけです。これが啓蒙思想(主義)というやつ。
これが現代のリベラル主義となっていくわけです。

1970年、1980年代あたりまでは格好良かったし、リベラルを口にする者はモテた(はず)
なんたってアメリカっぽいからw

Gパン履いて、長髪でローリングストーンズを語れば、それだけで先端にいる気分が味わえた。違いますか?
こういうのを「過ぎ去った古き時代」(英語ではオールド・スクール)と言います。

海外ニュースを眺めていると、宗教・人種対立による襲撃事件、テロばかり。エスタブリッシュへの怒りが渦巻いているように見えます。

ヨーロッパ、アメリカがすでにオールド・スクールであると感じずにはいられません。

今こそ日本発の思想が求められている



思想とは何か?ずばり個々の死生観です。

戦時中のアメリカが一番恐れていたのは、スーサイド・アタック(自爆攻撃)です。
70年経って、再びイスラム教徒により苦しめられるとは思わなかったでしょう。

キリスト教VSイスラム教、イスラムの勝ちです。
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きれい事をいくら言ってもこれが現実 
Thursday, July 28, 2016, 10:22 PM
相模原の山の中の障害者施設での惨事について、刺された入所者(51)の両親がインタビューでテレビにでていました。

「かわいそうに、痛かったでしょう」
これはまあ普通の人なら感じること。驚いたのは次の言葉

「せっかくの命をこのような形で奪われることは許されることではありません」

逆に私は被害者の両親のインタビューで驚きました

自分の息子が刺されてているのに論点を一般化



ふつう、自分の身内が殺傷されたら、怒り狂っていきりたつでしょう。
私だったら復讐心に燃えますね。

ところが、テレビででてくる被害者の両親(おそらく70歳代80歳前)は冷静なんです。

いくらかわいい息子だと思っていたところで
息子(51)よりも自分たちの寿命のほうが先なのは自明なこと。

残酷なことをいいますが、親が達者なうちに息子が亡くなることを、ご両親は無意識でも望んでいたのではないでしょうか。

これが健常ではない子供を持つ親心なのではないかな。

だから元介護施設職員の犯行だといえ、それほどの憎しみは高齢の親からは出てこなかったのではないか・・・そんな憶測をしてしまいます。

高齢の親が生きても先は見えています。10年後に息子は60過ぎの老齢になります。

さあ、子供を愛しているご両親が、自分たち亡き後、相模原の山奥でずっと監禁されている自立できない息子を長生きして欲しいと願っていたでしょうかね。

ずばりいっちゃいます。

ご両親の本心は

親よりもわずかに早く逝って欲しい



このように思っているのです。これはタブーですから絶対テレビでは放映されることはないでしょう。

でも自分たちが生きている間に逝って欲しいと思っているだろう事
これが本当の愛の姿なんです。

あああ、言っちゃった・・・
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気軽には書けない障害者施設の実体 
Wednesday, July 27, 2016, 02:59 PM
7/27 晴 10時 浅草での空間線量は82ベクレル/立法メートル

相模原市津久井の障害者施設の事件はどの報道を見ても、歯切れが悪く被害者がどのような人たちであったかは箝口令がひかれたかのようです。

このような施設は余り知られていませんが、どこの都道府県にもあり、ひっそりと運営されています。

私も事件の施設で、東京からみれば奥多摩のむこう側、そんなところに障害者施設があるのかと驚いたぐらいです。

ここで暮らしているのは、介助が必要な重度の知的障害者たちです。
このような施設で働いている人には頭が下がります。またこういう施設は社会的には必要だとも思います。

でもね、実際訪れてみると完全に地域から切り離された隔離施設だということも、感じさせます。近隣の住民らも見て見ぬ振り、関わってはならないという感じが強く感じます。

なんか私も見てはいけないような感覚に襲われました。

外観はきれいで立派な建物ですが、入口はもちろん部屋にもトイレにも鍵がかかっています。廊下には幾重(いくえ)にも関所があり、自由に内部を移動することはできなくなっています。

不慮の事故が起きないように、常に職員が合い鍵を持って付き添っていなくてはならないのです。

外観からは敷地が広い保養施設のようにも見えますが、入居者の年齢別に住んでいるのです。子供ばかりかと思っていたら、60代や70代の入居者も多いです。

つまりこのような施設で50年以上生き続けている人もいるということ。そして職員だけに看取られて終える。こういう人たちが何百人も収容されている(職員はその数倍の規模)という現実を知ると、ますます見てはいけないところを見たという気まずさを感じてしまいます。

入園者のいない静まりかえった動物園、そんなイメージです。

誰が迷惑をかけているわけでもなく、誰が憎んでいるわけでもなく、外からは静かにしか見えません。
そんなところで今回の元職員による惨劇が起ったことは、介護施設関係者には大きな衝撃を与えたというぐらいしかわからないのです。

似たような場所では痴呆老人専用の施設もあります。

定年退職後に請われて老人施設の理事という肩書きで働き始めた方がおっしゃってましたが、どんなに献身的であっても自分が救われるという感覚がないのだそうです。それまでのサラリーマン稼業では仕事を熱心にやれば、昇進とか権限がキャリアと共にあがっていくのですが、永遠と続く不毛さと固定されたキャリアに、どんなタフな精神でも潰れていくのだとか。

意思疎通もできず、罵声をあげてときどき暴れている”人もどき”に精神が壊されていくのだとか。
だから、若い人には絶対に勧めない職場だと言い切っていました。

かつては障害者福祉施設は自治体が運営していました。ですから働き手は地方公務員であったのですが、小泉純一郎と竹中平蔵によって民営化の掛け声で、大方は外部委託となっています。

となると監督者だけが役所で、あとはパートや非正規職員ばかりとなります。キャリアアップもない淀んだ世界となるわけです。

ヨーロッパでは流入する難民があり、日本では介護という大きな問題があります。
そして解決策はありません。一般人はせいぜい見ぬ振りをしておくことしかできない。

だからメディアも表面的な上っ面しか報道しいこともあたりまえです。

過去ログ:柳田国男「遠野物語」と夏目漱石「私の個人主義

100分de名著 遠野物語(柳田国男)を読む
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メディアが取り上げる候補者よりも泡沫候補に入れて選挙で遊ぼう! 
Tuesday, July 26, 2016, 11:12 PM
民放は今朝の障害者施設での惨事ばかりですが、それまではどこも東京都知事選挙の候補者三名だけを執拗にほんとうに些細なことまで報道していました。

小池がなんだ、鳥越がなんだ、増田がなんだかんだと

素人目からいって

統一教会系(安倍晋三の支持団体でもある)がおす小池百合子がいまのことろはリードしています。

東京都連(ヤクザ系土建利権を束ねる森喜朗といった自民党利権集団)の押す増田寛也(ますだひろや)元岩手県知事が追いかけているという状況です・・・と朝のテレビ番組で言っていました。

この増田寛也という元岩手県知事は無能ではない。むしろ有能な知事で岩手県の財政を悪化させたと言われていますが、霞ヶ関に対してはタフネゴシエーター(すご腕交渉人)という顔を持っています。だからこそ、自民党と東京都議員連盟に目を付けられたとも言えます。

野党統一で鳥越俊太郎が担ぎ出されましたが、まず増田にも勝てないでしょうね。プライベートで女を口説いて何が悪いと開き直るぐらい威勢が良ければ、浮動票は流れただろうにね。

どのみち小池か増田のどちらかしか勝ちません



そもそもメディアは自分たちの立場が悪くなる候補者などは徹底的に無視しています。
その背後には悪名高き電通がいます。

ですからオリンピックの招致での裏金を追求すると断言する候補者は最初から報道しませんし、
また最大スポンサーである朝鮮系企業(パチンコやsoftbank、LINEなど)に否定的な候補者も無視します。
テレビ局に否定的な候補者にはイメージ戦略で攻撃します。

このように選挙はすべてテレビ局(広告代理店)主導で運びます



だから投票前にはすべて当選者は決まっているわけです。公職選挙法では世論調査の詳しい結果は報道してはならないから、新聞でも「必死の追い上げ」「接戦」「優勢」とぼやかしていますが、実際は開票前から結果はわかっているわけです。

だったら浮動票である我々は泡沫候補にいれましょうよ



というのが私の主張です。
NHKの政見放送で一点突破の捨て身の主張をしている候補者の話を聞いている方がずっと面白いです。

絶対当選することはありませんから、安心して投票できますし、選挙結果で数百票ぐらいしか獲得できなければ、その数百の一つが俺のだなと腹を抱えて、このつまならい茶番を楽しむことができます。

過去一度も投票した候補者が当選したことはございませんw
それならば

泡沫候補者の人気投票として遊びましょう



そんな楽しみしか都知事選挙にはないのですから。
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フランスの大学入学制度は移民への”過剰な平等主義”で絶賛崩壊中! 
Sunday, July 24, 2016, 08:14 PM
久しぶりに新聞を覗いたら、トマ・ピケティ(フランスのマルクス系経済学者)の記事が目に止まりました。
江戸時代の教育に関して興味があるので、現在のフランスの教育制度にも関心があったからです。

さて、フランスでは18歳に達して教育省が実施するバカロレアという一斉テストで一定の成績をとれば大学の就学資格が得られます。
そしてどこの大学でも入学できる・・・ということになっています。Wikipediaを読むと日本のセンター試験のようなものではなく、大学入学用としては科学系、人文系、経済・社会系と三つのテストが用意されています。もちろん科学系がどの学科でも入学できるので人気が集中していきます。

さらに募集が集中する大学では、志望学生を振り分けるのに抽選としていますが、さらに社会格差をなくすために親の収入が低ければバカロレアの点数を加算し、アフリカ系の人種によっても加算して、純粋な成績以外の要素で入学を認めています。

本来なら入れるはずのフランス人が入学できないという逆差別となっているという根本的な問題を抱えています。

フランスの高校生はそりゃ怒るわ



試験の成績ではなく、非公開の抽選や恣意的な加算で合否を決められたら、馬鹿らしくて試験勉強なんかやってられません。
そういうことで、フランスの学生は選抜方法を公開しろと教育省に対して、烈しく抗議運動を起こしているとのこと。

フランス人の過剰な平等主義という”悪癖”は治らない



私はそう感じます。

教育を求める者には機会を与えるべきだとは思いますが、国民総てが大学を本当に必要としているのでしょうか。
大学にも「多様性」という耳障りの良い言葉ではぐらかしますが、頭脳のよい者が多様に居る状態ならすばらしいのですが、どうも現実は違うようです。

これは日本の公教育にもそのままあてはまります。
高校を卒業していても、分数の計算ができないレベルなんてざらです。三角関数程度でも怪しいのがたくさんいる。

私は高校や大学をでてなければならないという社会風潮には断固反対です。
現代の大部分(の低賃金の)仕事は中学生程度の脳みそがあれば、務まることばかりです。
時間と体力だけ求められているのであって、プロフェッショナルな仕事はわずかです。
15歳までの中学程度で義務教育は十分です。馬鹿にされるから高校や大学に行くという選択は馬鹿げています。

このような風潮に迎合して変質した最たるものが、大部分の”名ばかり大学”です。

ハク付するだけの詐欺ビジネスとしての変質した高校と大学



授業料がべらぼうに高いアメリカ方式が良いとも思えませんが、一概に悪い面がないわけでもない。
あほボンボンからふんだくって、一流教授を高給で雇って、さらに一握りの天才を育成するシステムだからです。

小泉純一郎や安倍晋三なんてのは、米国留学をしているはずなのに英単語ひとつまともにしゃべれない。
あほボンボンは大学の「養分」に過ぎない。慶応早稲田といった有名私大ではね。
良い例は、あの鮫の脳みそといわれる森喜朗元首相。裏口入学を本人が広言してます。

国公立も、あの東大さえも実は金で学位がとれるんです。たぶん最低5千万円あたりから一億ぐらいで寄付口座をつくれば博士という肩書きはくれます。寄付口座はまさに企業の寄付のためにある。

日本にもフランスにも神童を集めて育成するシステムはない



やはり役人が関わるとろくな事がない最たるものが、現在の教育システムです。
フランスの”平等を謳う”選抜方法は役所仕事そのもの。

そうなると、すべてが平均化していきますね。学生の質も指導側の質も。
天才は天才からしか学ぶことはできません。

凡人ですし、もう中年なので、あとは若い世代に期待したいのです。しかし日本の教育システムは天才は生み出さない。

愚鈍も秀才も一緒に混ぜ合わせれば、あとは知らないというのが今の教育制度。
もっともその大学だって玉石混淆の生徒を集められたって、効率的な運営は難しいでしょう。

広く浅くが良いのか、狭く深くが良いのか?



江戸時代の後期では、藩校や蘭塾から一握りだけが江戸に集められて教育し研究させました。

一握りだけです。英才教育されたエリート中のエリートを幕府は早急に育てていったわけです。
国力が欧米列強と比べようもなく貧弱ですから、そうするしかない。

しかし結果はこの方法が明治となっても功を奏したわけです。

乱世では一人の天才を生み出せる体制こそ必要だ



オリンピックイヤーの今年はいっそう強く感じます。
メダル候補となれば、強化委員会からお金が注ぎ込まれます。

人気種目であれば、企業スポンサーも付きます。専属コーチもつけることができます。

オリンピック選手、プロ野球、サッカーといったスポーツでは早め早めのエリート教育が実施されているのに、若い頭脳のほうには何も施策がないというのはおかしな話ではないでしょうか。

フランスと同じようにリベラル頭でしか物事を見ると大事を見逃します。
フランスはもうどうしようもないでしょう。
日本もその後を追っているような気がします。

過去ログ:プロテスタントが社会主義思想を広めた(「人間内村鑑三の探求」畔上道雄著)


(ピケティコラム@ルモンド)大学進学選抜システム 教育の平等、欧州が見本を
2016年7月22日05時00分
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12472457.html?rm=149

 大学入学の選抜方法と、APBというソフトウェアの問題点は、来年の仏大統領選の争点として大きく取り上げられるべき課題だ。APBは高等教育への進学手続きと進学先の振り分けをするシステムで、毎年フランスのバカロレア(中等教育修了と高等教育入学資格を併せて認定する国家資格)取得者ら70万人ほどが登録するログイン前の続き。高校生の団体がAPBのソースコードの公開を求めて奮闘する一方、フィクションの世界にまでこのテーマが登場した。テレビドラマ『バロン・ノワール(黒騎士)』だ。左派のさえない大統領が人気回復のため、職業バカロレア(職業教育リセで教育を受けた就職希望者対象のバカロレア)取得者がIUT(技術短期大学)に入学できる枠を守ろうとするものの、うまくいかない、という話だ。

 はっきり言おう。国民教育省のこの問題への取り組みは本当にひどい。APBの選考基準を不透明なままにして、情報は小出しにしかしない。透明性の向上を約束するが、実行したためしがない。APBを使えばフランスで古くから続く大学入学選考を巡る論争に決着をつけられるかもしれないだけに、この事態はつくづく嘆かわしい。

     *

 周知の事実を確認しておこう。フランスでは高等教育への進学で、2制度が併存する。一つは極めて激しい競争を課すモデル(豊富な資金が与えられたグランゼコール準備学級)。もう一つは大学セクターで、完全な平等が前提だ(バカロレア取得者は全員、選考を経ずに入学できるが、資力に乏しい)。システムの矛盾をAPBは白日の下にさらした。ソフト上で高校生は(準備学級、大学、IUTなどと)進学先を希望順に入力する。選抜実施機関も高校生をランク付けする。しかし、大学は高校生のランク付けが一切できない。

 ただし現実には多くの例外があり、応急措置が施されているが、それを国民教育省が公に認めたことはない。応募数が超過した場合に、無作為の抽選が行われているが、成績、大学からの距離、社会的多様性の実現、さらにはこれら全要素を組み合わせた客観基準を採り入れることは可能なはずだ。(しかし、それは行われず)1学年目に過剰な人数の学生が詰め込まれる。医学部では、1学年目の最後に極端な選抜があり、くぐり抜けるための第1の基準は、個別授業の費用を学生の両親が支払えるかどうか、であることが多いのだ。

 2013年には(社会的経済的に)恵まれない高校出身の成績優秀者の進学枠を、選抜校に確保することを目指すことを国民議会が可決した。しかし、措置が真剣に検討されたことは一度もなく、APBにどう組み込むのかも全くはっきりしないのだ。

 不透明な状態を長引かせるべきではない。国民の広い議論を通じてAPBが正しく使われ、政治が責任を負えば、社会的多様性と機会平等を実現する素晴らしい道具となり得たと思うだけになおさら残念だ。

 具体的に言えば、大学は(学生を選ぶ際に)それぞれの教育課程に適した成績や科目についての客観的評価基準を選べるようにすべきだ。当局は、全バカロレア取得者に進学先を保証し、APBには社会的、地理的基準を分かりやすく組み込まなければならない。成績とバランスをとりながら、社会的多様性と平等という目標を、完全な透明性のもとで実現するためだ。

 実施例は既にある。Affelnetというシステムが08年から中学卒業生を高校に振り分けている。同システムでは成績を(最高)600ポイントに換算して考慮。また、奨学金を受給する生徒(収入が最も低い世帯のうちの約15%)には300ポイントを加算。この措置で社会的多様性は大きく向上した。

 しかし、このシステムにも改善の余地があり、透明性を欠いてもいる。加算される300ポイントのおかげで奨学生は成績とはほとんど関係なく、最上位校への入学が可能になる。これは、望ましくない効果を生む可能性がある。この問題点は、やや恵まれた環境にある生徒に200か100ポイントを与えることで相殺できうる。ただ、こうした加算は、社会的多様性を確保する目標が達成された時点でやめるべきだ。例えば、奨学生が全員、同じ高校を志望してしまう場合があるからだ。再三の指摘にもかかわらず、国民教育省はこの明らかな不具合を修正することを拒んでいる。その結果、2016年度の新学期に、入学者の80%を奨学生が占めた学校もある。すなわち社会的分断の度合いが、改革前よりも大きくなってしまったのだ。中学校での社会的多様性を促進するため、Affelnetを拡充しようとする今こそ、政府は、こうした議論を受け止めるべきだ。

     *

 これが国際的な課題でもあることを付け加えたい。教育へのアクセスにおける平等と公正さを実現するための「欧州モデル」を推進する目的があるためだ。米国のように私立大学が君臨するところでは、経済基盤、つまり入学金や裕福な両親による寄付に基づいた選抜が行われる。それに国家は全く口を挟むことができないのだ。フランスやドイツ、スウェーデンでは、無償教育という原則が確立されている。だからといって、公平で効率的な選抜システムを実行しなくていいわけはない。恣意的な(選抜を行う米国の)私立校の代わりに、(選考基準が)不透明な公立校を置き換えるだけにとどまって、(米国モデルに)取って代わることができるこのモデルの可能性を台無しにしてしまわぬようにしよう。

 (〈C〉Le Monde,2016)

 (仏ルモンド紙、2016年7月10−11日付、抄訳)

     ◇

 Thomas Piketty 1971年生まれ。パリ経済学校教授。「21世紀の資本」が世界的ベストセラーに

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