放射線を養分とする(radiotrophic)菌(やっぱり放射線は必須栄養素だ) 
Saturday, August 6, 2016, 11:35 AM
8/6 晴 10時 浅草での空間線量は92ベクレル/立法メートル

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160803-00010000-giz-prod

チェルノブイリで発見された放射線を好む菌、国際宇宙ステーションへ


ギズモード・ジャパン 8月3日(水)12時10分配信

大西宇宙飛行士のもとへ...!!

7月18日にフロリダのケープカナベラル空軍基地で打ち上げられたSpaceX Dragon、つい先日国際宇宙ステーションに到着し、新たな研究材料を届けました。この中には、チェルノブイリで発見された放射線を好む菌、8種類が含まれています。

チェルノブイリ事故から10年後の1996年に国際原子力機関(IAEA)が提出したレポートでは、放出された放射性物質の量は広島型原爆の400倍と推測されています。

事故により周囲の動植物は完全に破壊されてしまったのですが、それから30年後、放射能汚染されたチェルノブイリで繁殖している菌が発見されてニュースとなりました。事故現場で採集したこの菌を科学者たちが調べたところ、ただ繁殖しているどころか、放射線に向かって成長することが分かり、さらに専門家たちを驚かせました。放射線を好んでいるわけですね。

放射線からどうやって身を守っているのか。この菌の仕組みが、新たなガン治療や極限環境での農業に活かせる可能性があると注目されており、この度宇宙でも実験されることになったわけです。

NASAの研究所でこのリサーチを率いているKasthuri VenkateswaranさんはMotherboardの取材に次のように応えています。どうやらメラニンが、放射線から身を守るキーとなっているようです。

“ 事故現場から採取された菌は立ち入り禁止区域の外で採取されたものよりも多くのメラニンを含んでいました。これは菌が放射能に適応したことを意味しています。そのうち20%は、放射線養分化(radiotrophic)の性質を持っていることが分かりました。つまり彼らは放射線に向かって成長するんです。放射線が大好きなんです ”

研究者たちは放射線による細胞ストレスが原因でこの変化が起きていることを突き止めており、このプロセスを再現できるか実験するとのこと。国際宇宙ステーションに送られた菌のサンプルは微小重力にさらされ14日間育てられた後、地球へと戻されます。そして地上で育てられた全く同じ種の菌と比較されるそうです。

“ これらの菌を宇宙ステーションに送る理由は、ガンやうつ病といった病気を撃退する可能性を持った特別な生体分子を、これらの菌が生み出すことが示されたからです ”

またどの遺伝子が分子の変化の原因となっているか理解することで、乾燥気候でも育つ植物、さらには別の惑星でも育つ作物などの開発にも役立つのではと期待されています。火星移住の夢がさらに現実に近づくかもしれませんね。

*トップ画像は去年国際宇宙ステーションで行われた微生物実験MT-1で使用されたサンプルです。

sourced: NASA via Motherboard


広島の原爆の日ですが、このような記事が掲載されていたので、メモとして貼付けます。この記事からも

生物には放射線の防御機能、さらに活用する能力が備わっている


ことがわかります。

放射線養分化(radiotrophic)ができる全体の20%の菌が、自らを進化させてきたというわけ。

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IBM Watsonが医療分野でみせた実力 
Friday, August 5, 2016, 12:28 PM
8/5 晴 10時 浅草での空間線量は98ベクレル/立法メートル

 昨日、白血病の診断で人工知能(AI)を用いた治療法の検索が大きな成果を上げたと発表されました。

250万もの医学論文を読込み、関連する文献を集め、さらに症例に合致する治療法を見つけ出すことを、わずか10分で済ませることができたということ。

人工知能と言いますが、IBMは人工知能とは呼ばずに、「非構造化データ分析」と名付けているようです。

あくまでも過去の論文やWebデータ、ツイッター、フェースブック、文書ファイルなどのデジタル情報を検索して関連づけるという作業がWatsonの範疇です。

ニュースから、ちゃんとした科学論文という処理すべきデータが適切であれば、データ分析のロジックはほぼ完成に近づいているのだなと感じました。

たとえば遺伝子工学の論文を入力したり、投薬後のデータや膨大な遺伝子情報も自在に検索できるようになると、いままで知られていなかった薬の効能が明らかになることがあるそうです。

先日のNHK教育の番組「サイエンスゼロ」では”ドラッグ・リポジショニング”というタイトルで解説されていました。

それは投薬後のデータをまとめると、既存薬に新たな効果を発見することに繋がり、いまや創薬研究の主役となっているといわれています。

たとえば、心臓の薬が肺癌の転移を抑制しているということ。またよく知られているのはアスピリンという古くからある安価な頭痛薬(消炎剤)が、脳梗塞や血栓の抑制に強い効果があったことなどです。

このことから、患者と健常者の全遺伝子を投薬でどのように反応するかを調べて、患者だけに反応する薬を抽出していけば、なんらかの効果が期待できるのです。

ここらへんはほぼ自動化されていまから、得られた膨大なデータの分析を人工知能で処理すれば、新薬の開発がきわめて効率的かつ迅速に行われるということ。

または個人個人の遺伝子に合わせたオーダーメイド医療になっていくかもしれません。

さて人工知能が過去の知識やデータを掘り起こして、利益を生むすばらしい社会が誕生するかといえば、そうも行かないようです。
マイクロソフトも人工知能「Tay」を公開しましたが、立派な差別主義者(極右)の人格に成長してしまい、すぐに運用は止められました。

入力されたデータによるアウトプット(出力)がコンピュータという機械の宿命です。
いまのところは人格まではコンピュータのロジックでは創り出すことができないのです。

しかし今や最適化(optimization)という論理作業ではコンピュータの右に出ることはできません。

豊富な資金により医療分野だけに絞られていますが、数年後には自動車の自動運転化にあわせてドライブレコーダー、GPS搭載も義務づけられるでしょう。

社会インフラから始り、すべての産業は人工知能配下での運用となっていくことになります。

20年後30年後の近未来はどのように生活が変わるでしょう。
戦後80年目あたりが節目となることは歴史のサイクルが示しています。それは

人工知能による国家社会主義(統制経済)の完成となります



過去ログ:検索キーワード:人工知能:

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これが副島隆彦による”血みどろの原稿”だ! 2 
Thursday, August 4, 2016, 12:19 PM


副島隆彦先生の本作りの裏側をちょっと公開します。

私の場合、ワープロで一気に書き上げます。それをだいたい5回ほど校正してから、論文として提出します。

提出したら、そこからが本番になります。

論旨の矛盾や趣旨の逸脱、書き手の勘違いや知識不足が厳しく吟味されて、場合によっては没原稿となります。

結局は没(不採用)となって、大幅な改訂を余儀なくされました。

できるだけ本文を再利用したいのですが、そういうわけにもいかず半分近くは書き直しとなります。

編集者の厳しい指摘を通り越して、採用となっても、これからがブラッシュアップとなります。ここまででだいたい8回ほど書き直しています。

理解しやすい資料として図表や写真もできるかぎり手書きでもいいので用意します。
まずは最初の読者である編集者が理解できることが、書き手の目標です。
その次ぎには出版社の営業担当に理解してもらわないと、書店に並びません。

商業文章の厳しさは分かっているつもり。
それでも読者も知識があることを前提としていると、大きく足元を救われます。

最初の感想を頂いたのが以下の言葉・・・

小難しくてなんだかわからない



これは誉め言葉ではなく、筆力がなさ過ぎという私への”欠陥品”の烙印です。

上記の写真、副島隆彦先生から送り返されてきた原稿です。
みごとなほど真っ赤っかです。

本日、ゲラを送りました。ゲラとは印刷業界用語で、活字を並べる木箱です。
今は人手で鉛の活字を一文字づつ並べることはないのですが、かつては試し刷りをして、活版職人が脱字や間違いを見直していたのです。

印刷イメージでの最終校正を著者校正というようになったのですが、それでも”ゲラ”は今でも使われますね。

過去ログ:これが副島隆彦による”血みどろの原稿”だ!
後で恥を書く「重ね言葉」を知らずに使っている人が多すぎ!!
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ヒューマンエラーで済まされてきた交通事故 
Thursday, August 4, 2016, 10:38 AM
8/4 晴 10時 浅草での空間線量は95ベクレル/立法メートル

昨晩はドライブレコーダーの普及活動をされている神奈川大学・高安心超安全交通研究所所長の堀野定雄という方のお話を聞きました。

交通事故の多発地帯での事故をドライブレコーダーによる解析、そして当事者への取材を投じて分かったことは衝撃的なものでした。

過失として処理されてきた事故の大部分が必然であった



まったく人間工学を無視した道路の設計や信号により、事故の多くは必須であると強く主張されています。

たとえばと、実際の事故発生の動画を冒頭で紹介してくれました。

神奈川県の川崎市の中心で起きた事故なのですが、ここは魔の交差点といわれるほどの事故多発地帯。

そこで記録用にテレビカメラを設置したところ、すぐに人身事故(タクシーとバイクの衝突)がおきました。

なんと被害者もタクシードライバーという道路で飯を喰うプロであったということ。

撮影した動画を調べたところ、タクシーは衝突直前までバイクが来ることを知らなかったことが判明しました。
またバイク側は同じプロ同士ですから、よもや見えていないとは想像もしていなかったそうです。
そのためどちらも交差点に進入して衝突事故となりました。

警察の事故調査では、タクシーの前方不注意としてかたづけられるのですが、タクシー側は本当に衝突直前までバイクの存在は気づかなかったと主張します。

そこで現場検証をしてみると、あることに気がつきます。

コーナーミラーが死角だらけで役に立っていない



タクシードライバーは交差点進入前に、カーブミラーで往来を確認してから交差点に進入したと主張しています。

なんとこのような事故頻発地域を訪ねると、6割が取付角度が不適で死角だらけだったのです。

カーブミラーの取付業者は十分な視野の確認をしていませんでしたし、全国で統一された取付マニュアルもなかったそうです。

このようなずさんなカーブミラーにより、推測では事故の3割が引き起こされていると主張されています。

見通しの悪い交差点のカーブミラーは信用するな



これに尽きます。

また事故の処理をする警察は法律違反がないかを調べるだけで、事故の原因を分析することはありません。

過去の自己記録を集計して、事故多発の要因と解決策を見つけるという役目はないのです。

なぜなら堀野定雄がそのような事故データを神奈川警察に請求したところ、いっさいそのような資料はないという返事だったからです。

一方では、自動運転化を進める国土交通省はドライブレコーダーによる解析に関心を持ってデータ収集をしているそうです。

なぜなら欧米では国を挙げて、事故要因を分析し、都市計画や道路設計に役立てようと懸命だからです。

世界の交通事故死は年間130万人、ちなみに飛行機での死亡者は600人です。

飛行機ではフライトレコーダーで徹底的に分析を行うのに対して、2万倍以上もの死者を出す自動車事故に対しては事故は運転者の過失として済まされてきました。

過失とは、例えるなら試験管に急須でお茶を注ぐようなこと



堀野定雄氏はあきれかえって話を続けます。細い試験管にお茶を注げばこぼしてしまう。これを過失と呼ぶ前に、なぜ湯呑みに、はたまたバケツに注がないのか?

これが人間工学的な解決策であって、決して神経を集中して急須で注げというものではないのです。

しかし日本ではこのような精神論の結論ありきで、高齢者の死亡と自転車・歩行者の死亡率はどちらも50%を越えて、OECD加盟国でトップなのだそうです。

つまり高齢者と歩行者が交通事故に遭えば二つに一つは死ぬということ。

スェーデンのボルボなどは運転者だけではなく、跳ね上げた歩行者・自転車を守るために、ボディーの外側にもエアバッグ装置を取り付ける試みを公開しています。

また自転車が交通手段として活用されているオランダでは、自転車だけではなく車いすにまでもドライブレコーダーを取り付けて、道路行政や法律改正にむけた研究をしているのだそうです。

日本は自動運転というテクノロジーばかり注目していますが、伝統的に都市計画から道路建設まですべての面で体系的な視点が全く欠如していると堀野氏は強く訴えています。

面積あたりの信号機の数ではダントツで世界一を誇るが死亡率も世界一(笑)

BMWが日本で自動運転車をテストしたそうです。するとどうなったでしょう?

赤信号を察知して止まってばかりで少しも前進しなかった



という笑い話だったとか。逆にドイツの技術者は、なんで赤信号ばかりなのに日本人の運転では渋滞が起きないのだといぶかっていたそうです。

信号の変わり目(黄色)になったらアクセル踏んで交差点に飛び込ませますからね。歩車分離が徹底しているヨーロッパの感覚で自動運転を日本にも持ち込むと、死亡事故だらけになると真っ青になったのだとか。

日本のどこが先進国なんでしょうか。

過去ログ:歩行者・ランナーと自転車、自動車は明確に区分して分離すべきだ
認知症に続く大量殺人兵器ってか・・・

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日本の祭がどんどん衰退する理由 
Monday, August 1, 2016, 04:47 PM
8/1 晴 10時 浅草での空間線量は83ベクレル/立法メートル

日経新聞電子版に『萎縮する祭り 動員250万人「青森ねぶた」の異変 』というタイトルの記事があったので読みました。

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO05320080X20C16A7000000/?dg=1

内容は、人口29万人の青森市にはねぶた祭で観光客が250万人(住民の8倍)が訪れて、その経済効果は238億円というものです。青森市の歳入が1300億円ですから、青森市のGDPにも少なからぬ影響があります。

そのねぶた祭の観光客は20年で3割も減少しているとのこと。

理由のひとつに、祭期間中は騒動を起こす者たちへの規制を強化したと言うこと。
またそれに担当警察への責任が明石花火事故の判決で明確にされたので、一層主催者側への警備の締め付けがきつくなったということです。

こうして祭を主催する側は事なかれ主義に染まっていくという不満が溜っていくという解説です。
主催者側(商工会議所、祭の主催団体)と脱原発派の青森市長は確執があり、市長が招いたスターウォーズのねぶたがお蔵入りとなったという政争の場にもなっています。

つまり内輪もめで、せっかくのメディア向けのネタが潰されているというわけです。

他にも、大型のねぶたはスポンサー名が掲げられるので、大手企業が固定化されているという指摘もあります。
こうしてマンネリが引き継がれていくということ。

もっとも大きな理由は観客の暴徒化予防策らしいです。

全国的に、露天商を制限したり、迷惑客への対策が強化されています。暴力団に対する目も厳しくなっています。

さらに準備と後片付けをするだけの労力が高齢化で確保しにくくなったからが大きな理由です。

以上がこの記事の概要です。

地方から若者が流失しているからではない?



地方での雇用が減少しているからという理由ではないということが私には意外でした。

どのみち、祭とは何かを見直す気運が高まっているということでしょう。
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今日は隅田川花火大会でした 
Saturday, July 30, 2016, 11:35 PM
7/30 晴 10時 浅草での空間線量は72ベクレル/立法メートル

地元なのに隅田川の花火大会はあまり見たことがありません。
そういえば今日だったっけというぐらいあまり関心はなかったのです。それはなぜかというと前の住居は花火がほとんど見えなかったからです。

4月に転居してから、東の方面(隅田川方向)が意外と開けているので、ひょっとしたら花火の一部ぐらいはビルの谷間から見えるかなという期待は少しはありました。



7時から花火を打ち上げる音が響き渡りました。ベランダに出てみると、ををビルの隙間からちょうど見れるジャン。



をを遠いけども、そこそこよく見えます。



へえ、まあまあ満足していたら、こんどは下流側の第二会場からも打ち上げが始まりました。



打ち上げ花火のステレオ放送や〜



をを、目の前で打ち上げているようなほど迫力満点です。



第二会場は連発が主体の構成で、ドドドドドと腹に響きます。



今まで隅田川の花火大会は(部屋からは見られなかったので)誰も誘うことがなかったのですが、来年はお友達を誘って、ベランダで花火見物をしようと思います。

めずらしく7時から1時間半8時半までベランダから見入ってました。8年ぶりかなこの隅田川の花火をしっかり見たのは。
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「とと姉ちゃん」に見る、出版社はなんで常に金がないのか? 
Friday, July 29, 2016, 01:37 PM
今朝の「とと姉ちゃん」(暮らしの手帖創業者の話)で、創刊五号目にして運転資金が足りなくなってしまいます。
そこで小橋常子は雑誌に料理学校の広告を載せることを決めます。編集長の花山伊佐次は断固反対というお話でした。

実際に暮らしの手帖の社主大橋鎭子(おおはししずこ)と名物編集長・花森安治の話です。

余談ですが、私の知り合いは暮らしの手帖社の編集部に出入りしていたので、実際に花森安治を見たことがあるのだとか。
テレビドラマのイメージとは異なり、パーマにスカート姿のちんちくりんな小太りだったとか。

話を戻して、なぜ出版社はお金がないのか?というと、本や雑誌が売れても、お金が入ってくるまでが3ヶ月後とか半年後と長いからです。

そんなに入金サイクルが長い業界ですから、出版社は常に現金がないのです。

さらにその下請の印刷所や紙問屋はいまだ3ヶ月とか半年といった手形決済なんだそうです。そうやって下流工程はますます金のサイクルが長い業界であることが特徴です。

それと印刷した本や雑誌は、出版取次会社とよばれる会社を通して全国の書店に配本されることも重要です。
トーハン、日販、大阪屋という会社名は聞いたことがあると思います。

ここが出版社に対して本を担保に運転資金を貸し付けているという実体があります。
再販制度(固定価格販売)はこのような取次会社の事情によることです。

書店で販売したお金は一旦流通取次を介して、出版社に振り込まれるので、入金サイクルは他の業界よりも長くなるのです。

この悪環境を脱するためにはどうすればよいのか?

「とと姉ちゃん」では答えの一つとして「広告」を載せることです。

ではもう一つあるのですが、それは何でしょうか?

答えは書店ではなく直接販売です



雑誌には巻末に必ず定期購読の葉書がくっついていることがあると思います。

雑誌編集部に勤めていた知人によると

定期購読の読者は涙が出るほどありがたい



そうですw

1年分前払いですから、定期購読の読者を抱えるほど出版社の資金繰りは楽になるのです。

もしよく読む雑誌があれば、ぜひ年間購読をしてあげてください。

本を愛する私からもお願いします。

たぶん「とと姉ちゃん」でも、定期購読者を集めることで広告を止めることになるのではと思っています。
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宗主国の思想・文化はキラキラ輝いて見える 
Friday, July 29, 2016, 11:35 AM
7/29 晴 10時 浅草での空間線量は87ベクレル/立法メートル

なんで明治・大正・昭和初期には社会主義がもてはやされたのかというお話を副島隆彦先生とちょっとだけしました。

社会主義は「みんな公平に扱え」というキリスト教・プロテスタント(抗議という意味)から派生した概念です。

英国国教会から脱出した信徒を清教徒(ピューリタン)といいます。
このピューリタンたちが、英国国教会を憎しみながら建国した国がアメリカです。

英国国教会と一括りにしましたが、大別するとハイ・チャーチ(国王・貴族が属する宗派)とロー・チャーチ(平民が属する宗派)となります。

信仰においても支配者側と被支配側に分かれています。

だから17世紀から19世紀のヨーロッパの政治はカトリック系とプロテスタント系の宗教戦争状態だったのです。

幕末から明治にかけて、ピューリタンの新興国家であるアメリカはどんどん力を蓄えていきます。

開国後はアメリカの従属国家として、危うい立場を維持しながら今日があります。

異論はあるかと思いますが、概ねこのようなところ。

明治や大正のころの言論人や思想家たちは、アメリカの宗教(思想)を貪欲に学び、奪い取ろうとしていたのです。

一昨年のNHK大河ドラマ「八重の桜」(同志社大学創立者 新島襄と八重の話)でも中盤からさかれていましたが、アメリカのプロテスタント系伝道組織(アメリカンボード)が開国した日本に宣教師を送り込んで、プロテスタント思想を日本にも定着させようとしていきます。

拠点はアメリカの資金援助で建てた私学大学、そして北海道農学校(現北海道大学)です。

わずか四年という短い期間でしたが、静岡に移った徳川家の藩校「静岡学問所」もそうです。そこの人材はは東京帝国大学に接収されてしまいました。

なぜ外国教師から一生懸命貪欲に学ぼうとしたのか?

答えはかっこいいからw



そりゃ、先進国から来た人は光り輝いて見えますよ、キラキラと。
異質なもの(考え)であっても、それが先進国からのものであったら、どうしてもそれに引かれてしまうのは無理のない話。

そして女性にモテる!


だから男は咀嚼して吸収しようと努めるのだという、男の性も否定はできない。

いわずもがな音楽は海外ロックスターの人気ぶりはいまでも健在ですから、今も昔も変わらないと言うこと。

だいだいミーハーなノリで学問や文化は日本にも入ってくるわけです。

ところが、本当に頭の良い人間(知識層のトップ層)ってのは傍観的に捉えているのです。

福沢諭吉やその後には内村鑑三といった人物です。

よく知られた言葉で「和魂洋才」という今では死語があります。単純に西洋科学の導入とみていては、これら先人達の偉大さはわかりにくい。

アメリカの(非ヨーロッパ的)宗教(思想)を日本独自に改編して広げようという大きな目標があったわけです。これが啓蒙思想(主義)というやつ。
これが現代のリベラル主義となっていくわけです。

1970年、1980年代あたりまでは格好良かったし、リベラルを口にする者はモテた(はず)
なんたってアメリカっぽいからw

Gパン履いて、長髪でローリングストーンズを語れば、それだけで先端にいる気分が味わえた。違いますか?
こういうのを「過ぎ去った古き時代」(英語ではオールド・スクール)と言います。

海外ニュースを眺めていると、宗教・人種対立による襲撃事件、テロばかり。エスタブリッシュへの怒りが渦巻いているように見えます。

ヨーロッパ、アメリカがすでにオールド・スクールであると感じずにはいられません。

今こそ日本発の思想が求められている



思想とは何か?ずばり個々の死生観です。

戦時中のアメリカが一番恐れていたのは、スーサイド・アタック(自爆攻撃)です。
70年経って、再びイスラム教徒により苦しめられるとは思わなかったでしょう。

キリスト教VSイスラム教、イスラムの勝ちです。
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きれい事をいくら言ってもこれが現実 
Thursday, July 28, 2016, 10:22 PM
相模原の山の中の障害者施設での惨事について、刺された入所者(51)の両親がインタビューでテレビにでていました。

「かわいそうに、痛かったでしょう」
これはまあ普通の人なら感じること。驚いたのは次の言葉

「せっかくの命をこのような形で奪われることは許されることではありません」

逆に私は被害者の両親のインタビューで驚きました

自分の息子が刺されてているのに論点を一般化



ふつう、自分の身内が殺傷されたら、怒り狂っていきりたつでしょう。
私だったら復讐心に燃えますね。

ところが、テレビででてくる被害者の両親(おそらく70歳代80歳前)は冷静なんです。

いくらかわいい息子だと思っていたところで
息子(51)よりも自分たちの寿命のほうが先なのは自明なこと。

残酷なことをいいますが、親が達者なうちに息子が亡くなることを、ご両親は無意識でも望んでいたのではないでしょうか。

これが健常ではない子供を持つ親心なのではないかな。

だから元介護施設職員の犯行だといえ、それほどの憎しみは高齢の親からは出てこなかったのではないか・・・そんな憶測をしてしまいます。

高齢の親が生きても先は見えています。10年後に息子は60過ぎの老齢になります。

さあ、子供を愛しているご両親が、自分たち亡き後、相模原の山奥でずっと監禁されている自立できない息子を長生きして欲しいと願っていたでしょうかね。

ずばりいっちゃいます。

ご両親の本心は

親よりもわずかに早く逝って欲しい



このように思っているのです。これはタブーですから絶対テレビでは放映されることはないでしょう。

でも自分たちが生きている間に逝って欲しいと思っているだろう事
これが本当の愛の姿なんです。

あああ、言っちゃった・・・
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気軽には書けない障害者施設の実体 
Wednesday, July 27, 2016, 02:59 PM
7/27 晴 10時 浅草での空間線量は82ベクレル/立法メートル

相模原市津久井の障害者施設の事件はどの報道を見ても、歯切れが悪く被害者がどのような人たちであったかは箝口令がひかれたかのようです。

このような施設は余り知られていませんが、どこの都道府県にもあり、ひっそりと運営されています。

私も事件の施設で、東京からみれば奥多摩のむこう側、そんなところに障害者施設があるのかと驚いたぐらいです。

ここで暮らしているのは、介助が必要な重度の知的障害者たちです。
このような施設で働いている人には頭が下がります。またこういう施設は社会的には必要だとも思います。

でもね、実際訪れてみると完全に地域から切り離された隔離施設だということも、感じさせます。近隣の住民らも見て見ぬ振り、関わってはならないという感じが強く感じます。

なんか私も見てはいけないような感覚に襲われました。

外観はきれいで立派な建物ですが、入口はもちろん部屋にもトイレにも鍵がかかっています。廊下には幾重(いくえ)にも関所があり、自由に内部を移動することはできなくなっています。

不慮の事故が起きないように、常に職員が合い鍵を持って付き添っていなくてはならないのです。

外観からは敷地が広い保養施設のようにも見えますが、入居者の年齢別に住んでいるのです。子供ばかりかと思っていたら、60代や70代の入居者も多いです。

つまりこのような施設で50年以上生き続けている人もいるということ。そして職員だけに看取られて終える。こういう人たちが何百人も収容されている(職員はその数倍の規模)という現実を知ると、ますます見てはいけないところを見たという気まずさを感じてしまいます。

入園者のいない静まりかえった動物園、そんなイメージです。

誰が迷惑をかけているわけでもなく、誰が憎んでいるわけでもなく、外からは静かにしか見えません。
そんなところで今回の元職員による惨劇が起ったことは、介護施設関係者には大きな衝撃を与えたというぐらいしかわからないのです。

似たような場所では痴呆老人専用の施設もあります。

定年退職後に請われて老人施設の理事という肩書きで働き始めた方がおっしゃってましたが、どんなに献身的であっても自分が救われるという感覚がないのだそうです。それまでのサラリーマン稼業では仕事を熱心にやれば、昇進とか権限がキャリアと共にあがっていくのですが、永遠と続く不毛さと固定されたキャリアに、どんなタフな精神でも潰れていくのだとか。

意思疎通もできず、罵声をあげてときどき暴れている”人もどき”に精神が壊されていくのだとか。
だから、若い人には絶対に勧めない職場だと言い切っていました。

かつては障害者福祉施設は自治体が運営していました。ですから働き手は地方公務員であったのですが、小泉純一郎と竹中平蔵によって民営化の掛け声で、大方は外部委託となっています。

となると監督者だけが役所で、あとはパートや非正規職員ばかりとなります。キャリアアップもない淀んだ世界となるわけです。

ヨーロッパでは流入する難民があり、日本では介護という大きな問題があります。
そして解決策はありません。一般人はせいぜい見ぬ振りをしておくことしかできない。

だからメディアも表面的な上っ面しか報道しいこともあたりまえです。

過去ログ:柳田国男「遠野物語」と夏目漱石「私の個人主義

100分de名著 遠野物語(柳田国男)を読む
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メディアが取り上げる候補者よりも泡沫候補に入れて選挙で遊ぼう! 
Tuesday, July 26, 2016, 11:12 PM
民放は今朝の障害者施設での惨事ばかりですが、それまではどこも東京都知事選挙の候補者三名だけを執拗にほんとうに些細なことまで報道していました。

小池がなんだ、鳥越がなんだ、増田がなんだかんだと

素人目からいって

統一教会系(安倍晋三の支持団体でもある)がおす小池百合子がいまのことろはリードしています。

東京都連(ヤクザ系土建利権を束ねる森喜朗といった自民党利権集団)の押す増田寛也(ますだひろや)元岩手県知事が追いかけているという状況です・・・と朝のテレビ番組で言っていました。

この増田寛也という元岩手県知事は無能ではない。むしろ有能な知事で岩手県の財政を悪化させたと言われていますが、霞ヶ関に対してはタフネゴシエーター(すご腕交渉人)という顔を持っています。だからこそ、自民党と東京都議員連盟に目を付けられたとも言えます。

野党統一で鳥越俊太郎が担ぎ出されましたが、まず増田にも勝てないでしょうね。プライベートで女を口説いて何が悪いと開き直るぐらい威勢が良ければ、浮動票は流れただろうにね。

どのみち小池か増田のどちらかしか勝ちません



そもそもメディアは自分たちの立場が悪くなる候補者などは徹底的に無視しています。
その背後には悪名高き電通がいます。

ですからオリンピックの招致での裏金を追求すると断言する候補者は最初から報道しませんし、
また最大スポンサーである朝鮮系企業(パチンコやsoftbank、LINEなど)に否定的な候補者も無視します。
テレビ局に否定的な候補者にはイメージ戦略で攻撃します。

このように選挙はすべてテレビ局(広告代理店)主導で運びます



だから投票前にはすべて当選者は決まっているわけです。公職選挙法では世論調査の詳しい結果は報道してはならないから、新聞でも「必死の追い上げ」「接戦」「優勢」とぼやかしていますが、実際は開票前から結果はわかっているわけです。

だったら浮動票である我々は泡沫候補にいれましょうよ



というのが私の主張です。
NHKの政見放送で一点突破の捨て身の主張をしている候補者の話を聞いている方がずっと面白いです。

絶対当選することはありませんから、安心して投票できますし、選挙結果で数百票ぐらいしか獲得できなければ、その数百の一つが俺のだなと腹を抱えて、このつまならい茶番を楽しむことができます。

過去一度も投票した候補者が当選したことはございませんw
それならば

泡沫候補者の人気投票として遊びましょう



そんな楽しみしか都知事選挙にはないのですから。
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フランスの大学入学制度は移民への”過剰な平等主義”で絶賛崩壊中! 
Sunday, July 24, 2016, 08:14 PM
久しぶりに新聞を覗いたら、トマ・ピケティ(フランスのマルクス系経済学者)の記事が目に止まりました。
江戸時代の教育に関して興味があるので、現在のフランスの教育制度にも関心があったからです。

さて、フランスでは18歳に達して教育省が実施するバカロレアという一斉テストで一定の成績をとれば大学の就学資格が得られます。
そしてどこの大学でも入学できる・・・ということになっています。Wikipediaを読むと日本のセンター試験のようなものではなく、大学入学用としては科学系、人文系、経済・社会系と三つのテストが用意されています。もちろん科学系がどの学科でも入学できるので人気が集中していきます。

さらに募集が集中する大学では、志望学生を振り分けるのに抽選としていますが、さらに社会格差をなくすために親の収入が低ければバカロレアの点数を加算し、アフリカ系の人種によっても加算して、純粋な成績以外の要素で入学を認めています。

本来なら入れるはずのフランス人が入学できないという逆差別となっているという根本的な問題を抱えています。

フランスの高校生はそりゃ怒るわ



試験の成績ではなく、非公開の抽選や恣意的な加算で合否を決められたら、馬鹿らしくて試験勉強なんかやってられません。
そういうことで、フランスの学生は選抜方法を公開しろと教育省に対して、烈しく抗議運動を起こしているとのこと。

フランス人の過剰な平等主義という”悪癖”は治らない



私はそう感じます。

教育を求める者には機会を与えるべきだとは思いますが、国民総てが大学を本当に必要としているのでしょうか。
大学にも「多様性」という耳障りの良い言葉ではぐらかしますが、頭脳のよい者が多様に居る状態ならすばらしいのですが、どうも現実は違うようです。

これは日本の公教育にもそのままあてはまります。
高校を卒業していても、分数の計算ができないレベルなんてざらです。三角関数程度でも怪しいのがたくさんいる。

私は高校や大学をでてなければならないという社会風潮には断固反対です。
現代の大部分(の低賃金の)仕事は中学生程度の脳みそがあれば、務まることばかりです。
時間と体力だけ求められているのであって、プロフェッショナルな仕事はわずかです。
15歳までの中学程度で義務教育は十分です。馬鹿にされるから高校や大学に行くという選択は馬鹿げています。

このような風潮に迎合して変質した最たるものが、大部分の”名ばかり大学”です。

ハク付するだけの詐欺ビジネスとしての変質した高校と大学



授業料がべらぼうに高いアメリカ方式が良いとも思えませんが、一概に悪い面がないわけでもない。
あほボンボンからふんだくって、一流教授を高給で雇って、さらに一握りの天才を育成するシステムだからです。

小泉純一郎や安倍晋三なんてのは、米国留学をしているはずなのに英単語ひとつまともにしゃべれない。
あほボンボンは大学の「養分」に過ぎない。慶応早稲田といった有名私大ではね。
良い例は、あの鮫の脳みそといわれる森喜朗元首相。裏口入学を本人が広言してます。

国公立も、あの東大さえも実は金で学位がとれるんです。たぶん最低5千万円あたりから一億ぐらいで寄付口座をつくれば博士という肩書きはくれます。寄付口座はまさに企業の寄付のためにある。

日本にもフランスにも神童を集めて育成するシステムはない



やはり役人が関わるとろくな事がない最たるものが、現在の教育システムです。
フランスの”平等を謳う”選抜方法は役所仕事そのもの。

そうなると、すべてが平均化していきますね。学生の質も指導側の質も。
天才は天才からしか学ぶことはできません。

凡人ですし、もう中年なので、あとは若い世代に期待したいのです。しかし日本の教育システムは天才は生み出さない。

愚鈍も秀才も一緒に混ぜ合わせれば、あとは知らないというのが今の教育制度。
もっともその大学だって玉石混淆の生徒を集められたって、効率的な運営は難しいでしょう。

広く浅くが良いのか、狭く深くが良いのか?



江戸時代の後期では、藩校や蘭塾から一握りだけが江戸に集められて教育し研究させました。

一握りだけです。英才教育されたエリート中のエリートを幕府は早急に育てていったわけです。
国力が欧米列強と比べようもなく貧弱ですから、そうするしかない。

しかし結果はこの方法が明治となっても功を奏したわけです。

乱世では一人の天才を生み出せる体制こそ必要だ



オリンピックイヤーの今年はいっそう強く感じます。
メダル候補となれば、強化委員会からお金が注ぎ込まれます。

人気種目であれば、企業スポンサーも付きます。専属コーチもつけることができます。

オリンピック選手、プロ野球、サッカーといったスポーツでは早め早めのエリート教育が実施されているのに、若い頭脳のほうには何も施策がないというのはおかしな話ではないでしょうか。

フランスと同じようにリベラル頭でしか物事を見ると大事を見逃します。
フランスはもうどうしようもないでしょう。
日本もその後を追っているような気がします。

過去ログ:プロテスタントが社会主義思想を広めた(「人間内村鑑三の探求」畔上道雄著)


(ピケティコラム@ルモンド)大学進学選抜システム 教育の平等、欧州が見本を
2016年7月22日05時00分
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12472457.html?rm=149

 大学入学の選抜方法と、APBというソフトウェアの問題点は、来年の仏大統領選の争点として大きく取り上げられるべき課題だ。APBは高等教育への進学手続きと進学先の振り分けをするシステムで、毎年フランスのバカロレア(中等教育修了と高等教育入学資格を併せて認定する国家資格)取得者ら70万人ほどが登録するログイン前の続き。高校生の団体がAPBのソースコードの公開を求めて奮闘する一方、フィクションの世界にまでこのテーマが登場した。テレビドラマ『バロン・ノワール(黒騎士)』だ。左派のさえない大統領が人気回復のため、職業バカロレア(職業教育リセで教育を受けた就職希望者対象のバカロレア)取得者がIUT(技術短期大学)に入学できる枠を守ろうとするものの、うまくいかない、という話だ。

 はっきり言おう。国民教育省のこの問題への取り組みは本当にひどい。APBの選考基準を不透明なままにして、情報は小出しにしかしない。透明性の向上を約束するが、実行したためしがない。APBを使えばフランスで古くから続く大学入学選考を巡る論争に決着をつけられるかもしれないだけに、この事態はつくづく嘆かわしい。

     *

 周知の事実を確認しておこう。フランスでは高等教育への進学で、2制度が併存する。一つは極めて激しい競争を課すモデル(豊富な資金が与えられたグランゼコール準備学級)。もう一つは大学セクターで、完全な平等が前提だ(バカロレア取得者は全員、選考を経ずに入学できるが、資力に乏しい)。システムの矛盾をAPBは白日の下にさらした。ソフト上で高校生は(準備学級、大学、IUTなどと)進学先を希望順に入力する。選抜実施機関も高校生をランク付けする。しかし、大学は高校生のランク付けが一切できない。

 ただし現実には多くの例外があり、応急措置が施されているが、それを国民教育省が公に認めたことはない。応募数が超過した場合に、無作為の抽選が行われているが、成績、大学からの距離、社会的多様性の実現、さらにはこれら全要素を組み合わせた客観基準を採り入れることは可能なはずだ。(しかし、それは行われず)1学年目に過剰な人数の学生が詰め込まれる。医学部では、1学年目の最後に極端な選抜があり、くぐり抜けるための第1の基準は、個別授業の費用を学生の両親が支払えるかどうか、であることが多いのだ。

 2013年には(社会的経済的に)恵まれない高校出身の成績優秀者の進学枠を、選抜校に確保することを目指すことを国民議会が可決した。しかし、措置が真剣に検討されたことは一度もなく、APBにどう組み込むのかも全くはっきりしないのだ。

 不透明な状態を長引かせるべきではない。国民の広い議論を通じてAPBが正しく使われ、政治が責任を負えば、社会的多様性と機会平等を実現する素晴らしい道具となり得たと思うだけになおさら残念だ。

 具体的に言えば、大学は(学生を選ぶ際に)それぞれの教育課程に適した成績や科目についての客観的評価基準を選べるようにすべきだ。当局は、全バカロレア取得者に進学先を保証し、APBには社会的、地理的基準を分かりやすく組み込まなければならない。成績とバランスをとりながら、社会的多様性と平等という目標を、完全な透明性のもとで実現するためだ。

 実施例は既にある。Affelnetというシステムが08年から中学卒業生を高校に振り分けている。同システムでは成績を(最高)600ポイントに換算して考慮。また、奨学金を受給する生徒(収入が最も低い世帯のうちの約15%)には300ポイントを加算。この措置で社会的多様性は大きく向上した。

 しかし、このシステムにも改善の余地があり、透明性を欠いてもいる。加算される300ポイントのおかげで奨学生は成績とはほとんど関係なく、最上位校への入学が可能になる。これは、望ましくない効果を生む可能性がある。この問題点は、やや恵まれた環境にある生徒に200か100ポイントを与えることで相殺できうる。ただ、こうした加算は、社会的多様性を確保する目標が達成された時点でやめるべきだ。例えば、奨学生が全員、同じ高校を志望してしまう場合があるからだ。再三の指摘にもかかわらず、国民教育省はこの明らかな不具合を修正することを拒んでいる。その結果、2016年度の新学期に、入学者の80%を奨学生が占めた学校もある。すなわち社会的分断の度合いが、改革前よりも大きくなってしまったのだ。中学校での社会的多様性を促進するため、Affelnetを拡充しようとする今こそ、政府は、こうした議論を受け止めるべきだ。

     *

 これが国際的な課題でもあることを付け加えたい。教育へのアクセスにおける平等と公正さを実現するための「欧州モデル」を推進する目的があるためだ。米国のように私立大学が君臨するところでは、経済基盤、つまり入学金や裕福な両親による寄付に基づいた選抜が行われる。それに国家は全く口を挟むことができないのだ。フランスやドイツ、スウェーデンでは、無償教育という原則が確立されている。だからといって、公平で効率的な選抜システムを実行しなくていいわけはない。恣意的な(選抜を行う米国の)私立校の代わりに、(選考基準が)不透明な公立校を置き換えるだけにとどまって、(米国モデルに)取って代わることができるこのモデルの可能性を台無しにしてしまわぬようにしよう。

 (〈C〉Le Monde,2016)

 (仏ルモンド紙、2016年7月10−11日付、抄訳)

     ◇

 Thomas Piketty 1971年生まれ。パリ経済学校教授。「21世紀の資本」が世界的ベストセラーに

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映画「武士の家計簿」(2010年 森田芳光監督) 
Sunday, July 24, 2016, 01:03 PM
7/24 晴 10時 浅草での空間線量は88ベクレル/立法メートル

一週間ぶりのブログです。この一週間はワープロ作業でクタクタです。それでもせっかくなのでDVDを借りてきました。

加賀藩御算用家の猪山信之の息子・直之が長男・成之誕生から、幕末に、家計の再建を目指す奮闘の映画です。
原作を読んで映画を観ると、原作とは異なる解釈や娯楽作としてのエピソードが加えられていることがあります。「そろばん武士」という揶揄の言葉は原作ではありません。もっとも原作は家計簿の解説ですからね。

また直之が加賀領内のお救い米(飢饉のさいの非常食)の横流しを発見して、上司の不正を暴いたというエピソードは原作にはありません。しかし、当時の武士階層の困窮からは十分に考えられることです。

堺雅人が演じる猪山直之、この武士は偉かった。「そろばんと筆」が大切だと息子には徹底した教育を。そして父母妻に対しては徹底的な倹約を求めます。

借金が膨らみ、家財道具から着物、本、さらに父信之は刀まで売払ってしまいます。
さらに、借入先には利息の免除を確約させます。

この行為は現代の我々にも参考になります。

直之がまず、出費を抑えるだけではなく、自動的に増え続ける「金利という化け物」の息の根を止めたことが猪山家の存続に大きな寄与をしたということ。

年利18%というとサラ金並の金利です



江戸時代は金利1割程度は普通だったようで、場合によっては2割3割もあります。だから18%という金利は悪くはないのでしょうが、下級武士は貸し倒れとなるリスクが高いので、けっこうな悪条件での契約が多かったようです。

現在はローンに14%に上限が規制されていますが、カードのリボ払い(借金を月々に割った平滑支払い)なんかに手を出したらとんどもない長期にわたって返済が続きます。

むかし高級時計や高級バッグが若いサラリーマンの間で流行ったことがあります。知人がカード払いで次々に買って、たしか毎月の支払いが6万円ぐらいになってました。給与口座から引き落とされますから問題はないのですけども、支払期間が6年でした。しかしその間にもスーツといった追加の購入もするのでほぼ永久に引き落としが続きます。支払いを終えたら総額はだいたい三倍程度の額に膨れあがるのかな。ご祝儀や不幸、また自分に病気などがあったり、最悪職を失うといっぺんに息絶え絶えになります。

しきたりや体面を重んじる武家とよく似たモンだ。
そして銀行というのは不景気でも潰れないわけだと、その仕組みに感心した経験があります。

話を戻して、屋敷内の什器や金になるすべてを売払って換金できる時代は良い時代でもあります。

着物を売払うのですが、原作では売った金額もしっかり載っています。安いものでも60万、高いものは200万円どいう一財産だったことがわかります。

加賀ですから、蒔絵の漆塗りの什器も高かったでしょうね。

現代では売ってもお金になるもの、財産と呼べるものはあるのかと見渡しても思い当たりません。

昨晩も”ポケモンGO”に熱中する人を近所の公園で多く見ました。物が欠乏していた時代ではないので、今ではソフトウェアで消費をさせなければならないというです。そうしないと世の中にお金がまわりません。すべてスマホの内部で完結するへんな世界。

生産性の全くないスマホ経済しか話題とならない



まあ、レンタルDVDを眺めて、こんな感想を書いているのですから、なんですけども古くは映画・音楽のみならずこれからはソフトウェアに関しては(課金が容易な)スマホに流れていくでしょう。

学校の基本教育は大部分がスマホでいいんじゃないのとも思います。



過去ログ: 加賀藩の御算用家のおはなし「武士の家計簿」
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茨城から栃木へ滝を観て鮎を食べる 
Tuesday, July 19, 2016, 09:48 AM
7/19 晴 10時 浅草での空間線量は72ベクレル/立法メートル

旅行をしてきました。


茨城県の水戸から栃木県の宇都宮までぐるっと旅をします。電車はありますがとても不便です。もっとも単線ディーゼル路線を目的にゆったりと旅をするのも面白いかも知れません。

今回は日本三大名瀑のひとつ、袋田の滝(ふくろだのたき)からスタートです。梅雨時期なので雨降りは覚悟の上だったのですが、雨に降られることはなく、炎天下の強行軍でした。

前回に袋田の滝を訪れたのは15年以上前、結城市へいく途中に寄った思い出があります。

エレベータが設置されていて、上から観る展望台ができていました。
なんとかデートスポットとして人気を高めたいという切望があるのか、やたらと願いが叶うパワースポットという表示やら恋人同士のなんちゃらといった掲示があります。
全体を通して茨城県のセンスは悪いです。

有名な滝よりも、ここ「月待の滝」は風情があっていいです。滝の裏側まで歩いていけます。観光客は連休でもほとんどいません。


禅寺の大雄寺(だいゆうじ)は平家物語で壇ノ浦の扇を射落とした那須与一(なすのよいち)の縁の寺です。
すごく悠然として美しさに感激しました。
茅葺の回廊が山寺の風景に溶け込んでいます。

そして次ぎに訪れたのは「那須国造碑」(なすのくにのみやつこひ)です。
西暦700年頃(大和朝廷時代)に、渡来人がここまで来て大陸文化を広めたということを、支配者の息子が顕彰した碑です。これを発掘して1691年に整備させたのが水戸藩主の徳川光圀公(家康の孫)です。

水戸から栃木の方までやってきて調査や文化財保護をしたそうです。
江戸の初期からすでに保存していくのは藩命とされていたという、文化財保護の先進地域だったのですね。

那珂川の観光用の「やす」を観て、鮎を食べました。焼きたては美味しいです。もっとも宿でも鮎づくしでしたけど。

最後に龍門の滝(りゅうもんのたき)という場所を観て帰りました。
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加賀藩の御算用家のおはなし「武士の家計簿」 
Friday, July 15, 2016, 11:17 AM
7/15 曇 10時 浅草での空間線量は71ベクレル/立法メートル

最近のお袋との電話で映画が面白かったと言っていたので、今頃ですが、磯田道史のベストセラー「武士の家計簿」(新潮新書 2003年)を読んでいます。
金沢藩士猪山家の家計簿の幕末から明治にわたる36年分の家計簿からみえる生々しい生活の様子を解説した本です。

猪山家は御算用という藩の財務会計を行う役職の家系で、猪山家7代目信之は現在もそのまま残る加賀藩御守殿門の造営にも関わっています。現在の東大赤門ですね。

信之の息子成之(長男)が生まれて、下級武士の猪山家が武士の体面を保つつつも、教育費用の捻出に悪戦苦闘している様が家計簿からもうかがい知れるのです。

武家の家柄というのは妊娠がわかったときから、いろいろな祝い事やしきたりがあり、生まれても髪おきやお食い初めなどなどの行事が延々と続いています。

娘のお熊のときは鯛の絵を描いて、膳に置いたというのは映画でも描かれています。

しかしさすがに長男にはそのようなことができないので、小さな小鯛を用意させてるところなど、一族総出で期待していることが伝わります。

この長男成之は明治では主計大監という肩書きで写真が残っています。つまり海軍の中枢にまで登り詰めていたと言うこと。(大監という階級の上は総監しかありません)

武士階級の消滅で混乱する中でも幼少から算盤で殴られて育った成之は官僚として大成し、また藩という勤め先がなくなった猪山家では、東京に土地を購入します。

当時は土地とは耕作地のことで、地主として百姓に耕せるか、自らが耕作するしかなかったのです。しかし武士のプライドが邪魔をして没落していく武士の方が多かったようです。

一方猪山家は土地に借家を建てて、人口が増える東京で生きのびていきます。いえ、旧武家の救済にも貸し付けていたそうで、裕福に過ごしたようです。

なぜ猪山家は富裕となったのかというと、爺さん、父、子と揃って御算用係という加賀藩の会計係であったからです。

お金を貸すという行為も、江戸時代は両替屋(銀行)の役目でしたが、明治は猪山家も行ったのです。

そろばんが猪山家を興隆させた



そして明治となっても孫達にも教育にかける熱意は衰えなかったのです。
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さて問題、「数学」と「物理」の違いってな〜んだ?(2−1=0) 
Wednesday, July 13, 2016, 12:34 PM
7/13 曇 10時 浅草での空間線量は87ベクレル/立法メートル

「数学と物理の違いってなあに?」と子供に聞かれたら、みなさんはどうお答えになるでしょうか。

「数学はひたすら計算して、物理は図で具体的に考えることだよ」
「う〜ん、どっちも式ばっかり書いて同じようなもの・・・」

まあだいたい上記のような答えになるのではないでしょうか。

もしくは達観して「一緒だよ」と答えるかも知れません。
たぶん即答できる中学生か高校生はいないと思いますね。


『A子さんはリンゴを二つもっています。一つを好きなB男君にあげました。さてA子さんにはリンゴをいくつ持っているでしょうか』

簡単ですね、A子さんには残りのリンゴ一つです。

はたしてこれは正しいかというと、どうもおかしい。

私の回答は以下です。

『ふたつのひとつをあげたのだから、ちょうど一人一個食べてきれいさっぱりなくなった』

リンゴをあげるという行為は、一緒に食べようという意味です

から、そりゃB男君も悪い気はしないじゃないですか。

数学ではリンゴは一応A子さんの腹に収まっていても一個あると考えるかも知れません。
でも喰ったらなくなるのも自然な考えです。

数学と物理は元来同じものでした。区別もされていません。

しかし1675年にオランダで機械式の時計が発明されると状況は変わっていきます。

時間という概念が発生したからです。

そうなると時間という要素が加わって、天体運動がだんだんわかってきました。

数学ではある一瞬の状況を考えれば良かったのに、時間が加わればその前後の状況も考慮しなければならなくなったということ。
これが独立したのが物理ということ。

はっしょって子供にわかるように説明すれば、「数学を”物語り”にしたのが物理」といえるのではないでしょうか。

例えるなら、運動会のかけっこをカメラで撮ると数学で、ビデオで撮ったら物理となるようなものです。

そんな差でしかないのに、なぜか数学と物理は学校教育では区別されていることを非常におかしく感じるのは私だけでしょうか。

ですから、ニュートンの万有引力の発見(1680年頃)が日本語で紹介された1830年頃(江戸時代後期 鎖国状態)、ニュートンらの海外文献を一生懸命読んだのは、一体誰でしょう。

オランダ通詞(つうじ)と言われる幕府の通訳官たちです。だって幕府上層やお殿様に報告しなければなりませんから。

言うまでもなく、原始の物理学は宗教的世界観が色濃く反映しています。
ところが、カトリックの締め付けが弛み、近代科学が日本にも雪崩れ込んできました。

もともと数学も天文学も化学も文学・美術も区分はなかった



いままで断片的にしか捉えられなかったことが、どんどん動画のようにつながって見えていったのが、幕末から明治の学術発達なのです。


過去ログ:物理学・数学は1600年代に急激に発展したというグラフ
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他人が読みやすい文章とは、ひたすら客観の姿勢を貫くこと 
Monday, July 11, 2016, 10:26 AM
7/11 晴 10時 浅草での空間線量は103ベクレル/立法メートル


私の師匠の副島隆彦先生が常々言っていることなのですが、「他人に読んでもらう文章(本)には主観を入れるな」ということ。

また裏付けのない主張、思い込みがあると筆者自体に興味がある人以外は誰も読まれることはない。
ましてやお金を払ってもらう商品として、手にとってもらうには徹底した客観の視点でなければならないのです。

副島隆彦先生は英語の参考書から始り、宝島の編集者、そして言論というステージで30年も食べている人の重みある言葉です。

隠謀論者ソエジマの本は著者の妄想だらけじゃネエか


という反論が聞こえてきそうです。

しかし、副島隆彦先生の著作を読んでみればわかりますが、どこにも主観(自分本位のきめつけ)がないのですよね。

たとえば、アメリカ大統領選挙はトランプが勝つという内容でも、トランプの人物像とその周囲を客観的に記載しているだけです。
どこにもソエジマがヒラリー嫌い、トランプ好きという感情はないのです。投票者側の感情をそのまま述べているにすぎません。

学生や研究者の論文では、どちらかというと原因結果よりも、文章は考察や持論に比重を置いてしまいがち。

しかも結論は最後まで読まねばわからない。(科学論文は一般的にボトムヘビーな文章となる)

このような文章の最大の欠点は

興味ない人には一切読まれることはない


ということ。研究論文は研究者同士しか読まないのでそれでいいのですが、一般向けではそうではありません。

客観で書け!客観で書け!といわれてもどういう意味か今ひとつわからないですね。

『客観』とは自分の頭の引き出しの中身のこと



その引き出しの数と深さが作家とか評論家といった職業文筆人の問われる所なんでしょうね。

だから筆一本で喰っていくのは、私共が考える以上に凄いことなのです。

私は最近づっと思うのですが、『悟り』とは諦観ではなく、意見や主義・願望を一切脱ぎ捨てた状態ナンじゃないかと。周囲を雑音ととるかなんかの示唆ととるかで天才と凡人が分かれるのではないかと感じています。

しかし、だからといって素人は文字一つも書いてはならないというわけではないのです。

評論という形式は実は誰にでも書きやすい



これをもっと簡潔にしたのがツイッター(twitter)ですね。とにかく誰かの発表や記事を引用して、コメントや意見を書くだけですから。
視点が広くなるため、ブログよりもツイッターに情報収集の重きを置いている評論家も多いようです。

私が毎日読んでいるブログ「株式日記と経済展望」(というタイトルでも株式や経済に関しては皆無)があります。トラ氏というビルオーナーが毎日更新しています。この人のスタイルは、冒頭にニュースソースや他サイトからの引用を載せて、最後にコメントを付けるというスタイルです。引用8割、コメント2割、実はこれが一番安定して楽なのです。

私も毎日これぐらい更新できればなあと、ひそかに目標としているサイトの一つです。1日2000人しか読まれていないのが残念なことですが。

「六城ラヂウムblog」のアクセス数さらにその半分以下ですから、ネット的には泡沫サイトにすぎません。私が罵詈雑言を書き殴ろうが、裸踊りをしていようが誰も気づくこともないのですけどもね。

しかし何で更新をしているかと言われると、少しでも読んでもらえそうな文章を書く(書きたい)ための訓練と思っているからです。

そのために、ニュースソースに対するコメントや解説を試みたのですが、なんせ購読してみた朝日新聞がクソすぎて(笑)たまに読める記事があってもゴミが溜るばかりなので、引越を機に購読を止めました。

まあ全国紙を購読するぐらいなら、書店で本を手にするほうがずっと効率的で低コストです。

書評だけで毎日ブログをかけたらそりゃ凄いことなんですが、そんなことは誰もできません。

多方面を客観で本一冊書けるようになれば、評論家という肩書きで喰っていけるのでしょうね。いや、カリスマ性がないとまあ無理でしょう。評論家とコンサルタントというのは誰でも名乗ることができますし。

過去ログ:これが副島隆彦による”血みどろの原稿”だ!
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エルンスト・マッハ実証主義を貫く姿勢こそ真の科学者なのですが記事がよくない 
Saturday, July 9, 2016, 10:41 AM
7/9 雨 10時 浅草での空間線量は150ベクレル/立法メートル

朝日新聞に、セシウム137/134を飲んだ科学者が紹介されていました。30年前のチェルノブイリで自らも放射能を飲んで排泄までの時間を測りつづけた放射線衛生学研究所長です。

人体実験として合計37万ベクレルのセシウムを飲んだということ。
37万ベクレルってどれくらいの放射能の強さなの?と誰もが疑問に思うでしょう。

「ベクレルは1秒間に崩壊する原子の数」です。ですから37万個の原子がプチプチと崩壊して他の元素に遷移(せんい)する原子の数ということ。

よく考えてください。

目の前のコップに注がれている水の分子ははたしていくつでしょうか。一兆100兆1000兆という小さい数ではないのです。さらに上の単位でないとコップ一杯の水分子の個数は表現できないのです。

メガ(10^6)ギガ(10^9)テラ(10^12)・・・37万ベクレルとは370キロ(10^3)ベクレルです。

文章では10万分の一キューリー(10μキューリー)と説明しています。1gのラジウムが1秒間に崩壊するときの放射能の線量(エネルギー)が1キューリーですから

10万分の1(10^-5)グラムのラジウム原子と同等量



10万分の一グラムって手に取ったり、目で見える量でしょうか?顕微鏡でも見えるかどうかというぐらいの量です。
アホみたいな量です。

放射線研究者から言わせれば、37万ベクレルという放射能物質は、放射能としてかろうじて汚染されている・・・かな?というほど微量な単位なんです。ほぼ検出限界の下限値です。(だから検査器のキャリブレーションとして身体を使うことができた)

ほんとうに汚染されているというレベルはメガやギガといった呼称は付かない



放射能汚染をベクレルで表わすとして、汚染度合いを本気でちゃんと理解しているのではあれば「10の何乗という形でしか表現できないほどの大きさ」になります。たとえば10の23乗とか10の34乗ベクレルといった指数表示でしか表現できないのです。

ギガとかテラという補助単位がつく間はぜんぜん汚染とか人体に有害だというレベルではない。

朝のニュースで福島で数百ベクレルの地下水が海に流れたという報道をしていて、私の回りの放射線技術者はみんな呆れて憤ってました。

数百ベクレルなんて自然レベル



1リッターとか1立方メートル中に自然崩壊する原子が100個あるなんてのは自然な状態です。

なぜなら元素周期表で下に行くほど放射能を有する原子ばっかりだからです。

土壌や岩石、海水にはどこにも放射能元素は普通に存在しているのです



放射能がゼロである自然空間があるわけないだろ!と私を含め、危機感を煽るだけの無責任無教養な報道に怒り心頭でした。

37万ベクレルなんて、笑っちゃうほどの低レベルなんです。

私もこれぐらいの量なら毎日でも飲みますよ


いや、ぜひ飲ませてください!(ラジウム鉱石を放り込んだヤカンの水を毎日飲んでますけども)

今から80年前、アメリカではネバダ砂漠で原爆実験をやっていた頃、兵士にプルトニウムを直接注射するという人体実験をしていました。

何万ベクレルどころか、その数百数千倍もの大量の放射能を身体に直接注射したのです。

おそらくひどい健康被害で早く死んでしまうだろうと予想されていました。実験対象の兵士達は末期がんや病気で余命わずかと診断された方達ばかりです。おそらく実験に志願した兵士達も国家へのご奉公として人体実験に志願したのでしょう。

そうしたらどうなったのか?

なんと予想を覆す結果ばかりで、発がん性どころか、ほとんどに延命効果があり、実験後何十年も生きちゃったという人もいたのです。

この実験結果は兵器としての核開発計画にそぐわないということで、トップシークレットとなりました。

それを情報開示で入手したのがミネソタ大学で放射線の影響を研究していたT.D.Lucky(ラッキー)博士です。

ことごとくそれまで信じ込まされてきた放射線の悪影響を打ち消す結果だったことを発表して日本でも注目されたのはご存じの通りです。

http://digital.asahi.com/articles/ASJ710343J6ZPTIL03H.html?rm=1039
(竹内敬二の窓)

セシウムを飲んだ男たち 悲劇か英雄か


2016年7月5日11時31分

 チェルノブイリ原発事故のあと、「歩く放射性物質」といえるほど体が汚染されたロシア人原子力研究者がいた。体内汚染を測る装置を調整する「基準汚染物」になるため、自ら大量の放射性セシウムを飲んだ。これは、原子力が生んだ悲劇なのか、「英雄的行為」なのか。

私がチェルノブイリ事故の汚染地を初めて訪問したのは1990年6〜7月のこと。1カ月かけてロシア、ウクライナ、ベラルーシを回った。帰国後、千葉県内の施設にある小部屋のようなホールボディーカウンター(全身カウンター)で内部被曝(ひばく)を測った。「セシウムの排泄(はいせつ)半減期は約90日ですが、セシウムがかなり残ってますね」といわれた。条件が異なれば半減期も異なるだろうが、「人間の排泄速度を知るには毎日測るのか」などと思ったことを記憶している。

 内部被曝といえば、長い間気になっていたことがある。チェルノブイリ事故から9カ月後の87年1月、ソ連の医療調査団が来日した。被爆者の治療データ、長期間の追跡システムなどを「唯一の被爆国」日本に聞きに来たのだ。私は広島で一行を取材した。

 そのとき、調査団の一人、パーベル・ラムザエフ氏(当時57歳)は「ロシアでの測定値と比較したいので、私の内部被曝レベルを測って欲しい」と求めた。

 測定した日本の研究者は驚愕(きょうがく)することになる。「日本では、もう少しであの人は放射性物質になるレベルです。そうなると取り扱いに資格がいる」

 私が「その結果を聞いて彼は何と言いましたか」と聞くと、「ロシアでの測定と同じ、と平気だった」。

 ラムザエフ氏は当時、レニングラード(現サンクトペテルブルク)にある放射線衛生学研究所長だった。チェルノブイリ原発の現場に通っていると聞いていた。「放射能を知る人が汚れたものをそれほど多く食べるとは思えないが」「原発事故現場はそんなに汚れているのか」という疑問が残った。

 そして29年後の今年、本当のことを知ることになった。私は今年、チェルノブイリ30年を取材する中で、この話をもう一度調べたくなった。ラムザエフ氏はすでに死去していたが、息子のワレリー・ラムザエフ氏と連絡がついた。何と父親と同じ分野の研究者で、現在は父親と同じ研究所の主任研究員だ。

 彼は驚くべきことを教えてくれた。「父は1986年の秋、志願して同僚の研究者5人と一緒に、セシウム137とセシウム134を計37万ベクレル摂取した」

 放射能溶液を飲むなどして摂取したのである。

 目的はロシアがもっていた全身カウンターの感度などを調整することだ。自分の体の汚染状態は分かっているので、各地の装置で自分を測ればそれらの装置を簡単に調整(キャリブレーション)して、測定のズレをなくすことができる。

 87年の広島での測定は、大量のセシウムを飲んでからあまり時間がたっていないので、まだ体内にいっぱい残っていたのだろう。

 通常は、人間の形をした人形の中にセシウムを入れたものを測って調整する。「ファントム=疑似人間」といわれた。ラムザエフ氏は「歩くファントム」になった。

 放射能を飲むこと自体に驚くが、私はその量に驚いた。37万ベクレルは、10万分の1キュリー。日本の基準では野菜や肉などの一般食品は、摂取の上限が1キロあたり100ベクレルだ。その上限の食品を一気に3700キロ食べた計算になる。

 放射能をこれだけ飲むとどうなるのか。「必ず○○の病気になる」とは言えないが、不気味だろう。もし私が彼だったら、「がんになるにしても何年も先。そのころは結構な年になっているし……」といった計算をしただろう。若い人や子どもでは絶対に許されない。

 ラムザエフ氏以外にも志願者は5人いたという。どういう思いで飲んだかは知る由もない。

 ただ、チェルノブイリ事故が起きる前にも、ラムザエフ氏らはセシウムを飲んで体内での移動や排泄などを調べていた。量は不明だが、以前から体を張っていたのである。

 チェルノブイリ事故を取材する中では、こうした「身を危険にさらす行為」にしばしば出合った。

 事故では炉心が爆発し、火災が起きた。激しい放射線の中で消防士や原発職員らが消火活動に従事した。約30人が急性放射線障害で死亡した。

 爆発で飛び散った炉心のがれきを片付けるとき、あまりに高い放射線でロボットも動かなかった。そこで若い兵士が動員された。悲しいかな高放射線の下でも人間はしばらくは動く。

 空中から消火材や砂を原子炉に落としたのはヘリコプターだ。最初は動きながら落としたが、うまくいかず、高さ200メートルでホバリングした。こうした作業に動員された人たちは種々の病気に苦しんでいる。

 忘れてならないのは、原子力という技術には、本質的にこうした命がけの事態が起こりえるということだ。チェルノブイリでは、その地獄のフタが本当に開いてしまった。福島も似たようなものだ。

 自らの判断で行う、命令で突入する、あるいは雰囲気として強制される――。さまざまな形があるだろうが、大事故になれば誰かがやらなければならない局面に出くわす。

 37万ベクレルの放射能を志願して飲んだ、というのも、似た行為だろう。これをどう評価するか。私は原子力推進の科学者の「矜持(きょうじ)、責任感」のようなものを感じた。「そんな大事故は起きない」ではなく、可能性をリアルに考える。逃げない姿勢を評価したい。

 37万ベクレルという量について息子のワレリー・ラムザエフ氏も「大変に多い」という。彼は「かつての自分の体の汚染」との比較で説明した。

 ワレリー氏は、チェルノブイリ事故によってロシアでは最も汚染された町といわれるブリャンスク州の町ノボズィプコフに住んでいた。事故後に何度も自分の体を測ったが、ピークは1995年測定の「約2万ベクレル」だった。

 なお「2万ベクレル」というワレリー氏の体の汚染も大きかったため、90年代後半には、今度は彼と他の住民の体を「基準物」に使って各国の測定装置の調整を行ったという。ロシア、日本、フィンランド、ドイツの装置などだ。親子で「歩くファントム」になったということだ。

 パーベル・ラムザエフ氏は2002年に心臓発作で亡くなった。息子のワレリー氏は「内部被曝とは無関係だろう」という。

 もしパーベル氏が福島の事故まで生きていたとしたら、何と言っただろう――。ワレリー氏にそう尋ねると、彼はこう答えた。

 「それは分からない。でも、被災者のことを第一に考えたと思う」

     ◇

 たけうち・けいじ 朝日新聞で科学部記者、ロンドン特派員、論説委員、編集委員などを務め、環境・原子力・自然エネルギー政策、電力制度などを担当してきた。温暖化の国際交渉、チェルノブイリ原発事故、3・11などを継続的に取材。著書は、電力業界が日本社会を支配するような社会産業構造がなぜ生まれたかを描いた『電力の社会史 何が東京電力を生んだのか』(朝日選書、2013年)。

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糖質制限の落とし穴とジュースやアイスの甘味料、果糖の怖さ 
Thursday, July 7, 2016, 04:07 PM
7/7 晴 10時 浅草での空間線量は168ベクレル/立法メートル

昨晩のNHKでやっていた糖質制限ダイエットの落とし穴というものを観ました。

通常の食事でご飯などの炭水化物を抜くだけだと、栄養不足になるということ。

食事のカロリーで過半数を占める炭水化物を摂らないのであれば、タンパク質や脂質で補わなければならないのです。

炭水化物は消化されて、血液では糖分として細胞にまで運ばれて、細胞のミトコンドリアで活動エネルギーとして燃やされます。

エネルギー源としては血糖が使われますが、その血糖がなくなると皮下脂肪をエネルギーとして消費していきます。

これが痩せるメカニズムなのですけども、脳細胞は脂肪をエネルギーにする能力がないのです。

そこで脳には筋肉のタンパク質を分解してケトン体に戻して、それをエネルギーとして使い出します。

つまり、体内の脂肪がなくなるまでの飢餓状態が続くと、今度は筋肉がやせ衰えてしまいます。心臓の筋肉までも痩せてしまったという事例が紹介されていました。

ダイエットのつもりが飢餓状態に陥る危険性があるということ



そのため、糖質を摂らないのであれば、タンパク質と野菜を多く摂りなさいと言うお話でした。

まあ、言われなくても昔からそういう食習慣なので、にわか知識はこわいなあと思いました。

昔会社の上司に、痩せたいから蕎麦しか喰わないという人がいて、確かに痩せこけてましたがとても健康的ではない。

また自然農法と玄米にこだわっていたお婆さんがいて周囲にも熱心に勧めるのですが、頭は脂気もなくボサボサ、肌は黒ずんで皺だらけ。
年齢が私とほとんど変わらないことに驚きました。服も麻や木綿を自家染色したものだったので、昔テレビで観た明石家さんまのしっとるケ婆ぁにそっくりでした。

炭水化物を控えめにするのは私もお勧めするのですが、そのぶん脂質やタンパク質を摂らねばならないのです。

つぎに紹介していたのが

糖分は老化を早めると言うこと



特に清涼飲料水や氷菓、乳製品に多く使われる果糖は甘味が強く、コーンスターチから安価に大量に作ることができるので広く大量に加工食品で用いられています。
砂糖に比べて甘味が強いというメリットがあり、血糖値が上がりにくいという特徴もあります。

ところが大量摂取は

・脂肪となって蓄積しやすい(肥りやすい)
・老化を早める

という怖い作用もあるということ。
コラーゲンを糖液に漬けて、たんぱく質を変性させる作用(メイナード効果)を実験でみせていました。

過去にも私が書き続けてきたことですから、内容にはさしたる驚きはありませんでした。

ペットボトル飲料業界は悪魔の業界である


私は最近そう感じています。

過去ログ: 検索キーワード:断糖:

スペシャル・ドリンクって何だ? (それは高糖分でした)
特定保健用食品(トクホ)という浅ましい商売を大企業がするな!!
食事制限で用いられるカロリー(Cal)ってなんだ!?とんでもない単位だった
居酒屋「和民」とマクドナルドは潰れろ、クロネコヤマトは支持する
ビタミンCは心臓疾患のすべてを改善する (NHKためしてガッテン)
花粉症の原因は三度三度の飽食である(私の経験)
現代の亡国病はアルツハイマー(認知症)でしょう
カロリー摂取量は減っているのに糖尿病が右肩上がり(Mg欠乏原因説)
アミロイドβが悪いのではなく、アミロイドβオリゴマーの毒が認知症の原因
「殺してはいけない」は戦場の掟 (増大する認知症老人は世界問題となった)
リウマチに治療法はあるのか(関節リウマチ原因物質特定)
美肌のキーワードは美容液よりもまず「抗糖化」 〜老けて見えないために〜

検索キーワード:清涼飲料:

食品スーパーの品揃えが最近富に悪い
チアシードはダイエット、糖尿病におすすめ(ある医師Kの食べ過ぎ現代人への警告)
売れすぎて生産中止?これぞ鳥井商法(メディアの逆利用)
なぜこんなに引き籠もり精神病者が多いのか?ソフトドラッグ化する食品
カロリーゼロは飲んではいけない 人工甘味料による発症と中毒性 腸内細菌にはオリゴ糖がお勧め
これからは「摂らない」という治療が主流になるだろう
苺の酵母は発酵力が強い

検索キーワード:炭水化物:

疼痛(とうつう)の緩和こそ医療が本来目標とすべきことだ
認知症に続く大量殺人兵器ってか・・・
忘年会の時期は草食系には辛いですね
うつ病者のいる仕事場は「正直マジ勘弁」です

検索キーワード:ビタミンC:

満員電車がインフルエンザウィルスを運ぶ
売れすぎて生産中止?これぞ鳥井商法(メディアの逆利用)
「断糖のすすめ」(炭水化物を減らすと身体は激変する)
アメリカの肥満・がんの原因は糖分だと告発するジェイミーオリバー
若返りにも癌退治にも効く糖質(炭水化物)断ち
電車に乗れば避けられないインフルエンザ
ビタミンコワイコワイひぃ〜(がんリスク17%上昇)

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「トランプ大統領とアメリカの真実」 副島隆彦 日本文芸社 
Monday, July 4, 2016, 10:49 AM
7/4 晴 10時 浅草での空間線量は143ベクレル/立法メートル

5月29日の学問道場の講演会で「次のアメリカ大統領はきまりだ!なぜならば・・・」と題して話されていたので、内容はだいたい掴めていました。

中田安彦氏、古村治彦氏らによるアメリカの新聞やテレビによる報道から得られた、日本では報道されていない大統領選の裏側を、本書では丁寧に解説されています。

本の紹介はこちら→http://www.snsi.jp/tops/kouhou/1908

私が驚いたのは最終章(第6章)「ヒラリーなら第三次世界大戦になる」です。

下層白人層の特に女性層は、本気でヒラリーなら息子や恋人、夫がほんとうに戦地へ赴かねばならないと考えていることです。

なぜ白人であってもそのように考えているのか?
それはアメリカには今でも徴兵検査があるからです。

えっ!?アメリカは徴兵制ではなく、志願制ではないの?
そう驚かれる方も多いでしょう。

260頁を抜粋します。

今のアメリカには「セレクティブ・サービス」selective serviceという徴兵令一歩手前の制度がある。これは徴兵検査でもある。18歳で必ずすべてのアメリカ国民の男子が受けさせられる。

自分の住む市に「リクルーティング・スティション」recruting stationがあって、そこに出頭させられる。そして1F、2Fの判定を受けたら、このFはfailed(フェイルド)の意味で、身体障害者conditional conformityとされて兵役免除(エグゼンプション)となる。

このほかに、1A、2Aの判定を受けたら、「学力があるとして」大学進学などで、兵役の延期(ディファーメントdeferment)が認められる。

ところが、B,Cの判定を受けた青年(高卒者)たちは、軍隊に行かざるを得なくなるようになっている。このアメリカの真実を誰も日本に書いて伝えようとしない。

B,Cの判定とは、「成績不良」「学力不足」そして「素行不良(behavional problem)」の判定なのである。

このB,Cの若者たちは、軍隊にはいるしか他に、事実上、職はない。そのようなアメリカの厳しい現実はできている。

だから2004年のジョージ・ブッシュ大統領(共和党)の再選のときに挑戦したジョン・ケリー(現・国務長官ステイトセクレタリー)が選挙演説で「しっかり勉強しないと軍隊に行くことになるぞ」と言って大騒ぎになったのだ。アメリカ人以外には教えたくない真実だ。

堤美果(つつみみか:注「貧困大国アメリカ」著者)氏でも書かないことだ



アメリカのリバータリアンとポピュリズムという副島隆彦先生の過去のアメリカ思想研究の最新版とも言えます。

とてもお勧めです。タイトルと表紙にエスタブリッシュ層とエセ知識層に嫌われているトランプの顔がでかでかとあるので、流行本かと思われるでしょうが、内容はとても重厚です。

過去ログ;クルーグマンのコラムに登場するコーク兄弟ってなんだ?
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