不謹慎ながらEXCELで感染者数をグラフ化してみた 
Tuesday, April 14, 2020, 07:11 PM
東京都の日別感染者数をグラフ化してみました。
3月2日から発表されている数値
0 1 4 8 6 0 0 3 6 2 2 10 3 0 12 9 7 11 7 2 16 17 41 47 40 63 68 13 78 66 97 89 116 143 83 79 144 178 188 197 166 91 160

本日発表の43日分をエクセルに貼付けてみます。
グラフ化したものがこれ。患者数は対数であることに注意してください。

きれいに右肩上がりであることは一目瞭然です。

せっかくエクセルを使っているのですから、統計分析ツールの”回帰分析”をやってみたいとおもいます。
実験などの生データをプロットしても、滑らかなグラフになりませんから、実データにある程度誤差が含まれているとして、滑らかなグラフを表示させる手法です。

実験では必須の手法ですね。

手計算で一点一点やると大変なのですが、エクセルは一発ですから良い時代だ。
ま、素人ながら回帰分析させたグラフがこれ(注:青線と点線は書き加えています)

そして無責任な考察をしてみると、このままでは一日200〜500人の感染者が発生してしまうことになります。(90日目には累計18,000人程度となる。そして現在の7〜8倍の感染者がいることになる)

少なくともまだまだ増加傾向だということ



医療関係者のみなさまの奮闘に敬意を払います。
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携帯電話があればたいていの仕事はどこででもできる 
Tuesday, April 14, 2020, 08:58 AM
肌感覚ではそれほど都心の人混みは減っているとは思えません。
たしかに2割3割は少ないのでしょうが、全く人通りがないという状況ではない。
飲食店街は静まりかえってますが、スーパーや大規模商業施設には逆に人が多いぐらいです。

上がり電車にはあいかわらずスーツ姿の会社員が多く見受けられます。せめて明るい色を着ればいいのにと思います。

出勤者を7割減らしたい政府に配慮してか、テレビでは街頭インタビューが流れていました。
どうしても出勤しなければならない理由は
・顔をつきあわせなければ業務が廻らない
・製造業だから指示をしなければならない
・営業職だから人と会うのが仕事だ(対面商売だから)
・書類にハンコを押さねばならない
・家だと仕事が出来ない(パソコンが不慣れ)
たとえばこんなものです。

街でインタビューされた会社員は誰も自宅で仕事ができるとは思っていないのです。
おもわずテレビに向かって「貴方が出社しなくたって仕事は廻るぜ」とつぶやきたくなります。

そりゃ、仕事仲間がいて居心地がよいのなら、それは幸せなこと。

でも、自分が会社勤めに向かないからか、大企業ではストレスでしかなかった。このご時世に何の疑問も抱かず出勤している人たちの言い訳にはあきれます。

毎日出勤しなけりゃいけないのは経営者の怠慢だ



ホワイトカラーの仕事なんて電話一本あればたいてい事足りるもの。
一日中デスクに座ってPC画面を眺めているだけという人もいるでしょう。
笑っちゃうのは、さらにその人たちを眺めるだけという役職もいる(笑)

インターネットが普及する前のパソコン通信で仕事をしていたことがあるので、通勤時間というのがいちばん人生の時間の無駄だと思ってます。つぎに無駄だと思うのが出席する誰も決定(決済)権限がないのに顔をつきあわす会議です。

いまだにタイムレコーダーを置いてあるような会社は、時代錯誤で見切りをつけた方がいいぐらいでしょう。
オフィスに座っていることが絶対の条件だといまだに思っている会社の多い事よ。
役所がその最たるところでしょう。霞ヶ関の下請事務屋にすぎないのに頭数ばかりで、何も進まない。

諸悪の根源は出勤を前提とした労働法



パソコンにインストールしたソフトが上手く動かず、問い合せをチャットサービスで行いました。
あーだこうだとチャット画面を睨みながら、1時間以上かかりましたが解決しました。
ドイツ製ソフトなので、たぶんチャット先はドイツだと思うのですが、応対者はドイツ人なのかはわからない。
こっちは昼間だと向こうは夜なので、どこで対応してくれているのかもわからない。
よく考えればスマホ一つあればよいのですから、こっちも全然問題なし。

10年前の経験です。当時はデルコンピュータは電話をすると上海の青島に繋がりました。そこで中国の若い女性が対応してくれるのですけども、それがきれいな日本語なのです。名前は六つのお城ですと言ってもちゃんと理解してくれる。
簡単に解決したので、少しおしゃべりしました。
きれいな日本語なので、留学経験があるのかと尋ねたら、大学で習っただけだとのこと。
さらにサポートのオフィスはサテライトでいくつもあるそうです。日本語学科のある大学の近くだと言ってました。

高給なので志願者が多い人気職だとも言ってましたっけ。そしてこの仕事が大好きだとも。
いつか日本でブランド服を買いに行きたいと言ってました。たぶん収入は日本のOLとたいして変わらないでしょう。

パソコンサポートって日本の家電業界では下層の仕事で、横柄な客を連日なだめる役目のように思われてます。
パートの疲れ果ててうんざりした声で対応され、たらい回しにされる日本メーカーと大違いなので感心しました。

ここからは自分の感想です。
効率的な職住近隣で空いた時間は教養を高めたり、子育てだってできるのでしょう。
若者の仕事に誇りと責任がどうしてこんなに両国で違うのだろうかと考え込みました。

組織で仕事をすることは同じでも、労働を時間でしか規定しない前近代社会と、ITによって個人の質を重視した労働環境では働く意味が違いすぎる。
方や社会が悪い、制度が悪い、経営者が悪いと文句だけで、無為にオフィスという空間で時間を潰す人たち。
方や好きな仕事に集中し、一分一秒を無駄にせず自己研鑚を怠らない人たち。

勝ち目はないよ。

労働法は、人間を生産設備として扱うことで成り立っています。
経営者(資本家)にとって雇用者とは8時から17時まで稼動する機械なんです。
生産設備なんだから時間と場所で束縛されるという、現代では考えられないような前提。

家で仕事ができないという人は単なる会社の生産設備なんですね。マルクス経済の定義そのものだ。

社食完備の大きな都心のオフィスで社員が喜ぶわきゃないわ。
たいてい奢侈(しゃし)なオフィスを構えているどころは虚業です。

たくさん机を並べて向かい合っているなんて役所だけで十分です。

(追記:自分で書いて読み直したら、ずいぶん酷い極端な文章だ。そもそも過去には積極的に誘われた呑み会には出席しますと言っておきながら、その真逆な内容ですから。

あくまでも出社禁止の1ヶ月で仕事のやりかたを見直して欲しいという日本人の凝り固まった概念を見直す有意義な期間であって欲しいという願望です。)
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世界(マクロ)経済はまるで熱力学のようである 
Friday, April 10, 2020, 11:57 AM
世界の中央銀行が日銀を後追いするかのように、自国の国債を買い入れ、低格付けの債権も買い入れ始めたという記事。

2016年(平成28年)9月から日銀が国債を買い入れたことは内外から非難が上がっていましたっけ。
海外からは円安への誘導であり、国内では貨幣価値の下落(インフレーション)を引き起こすと。
それから3年後、アメリカFRB、英国中央銀行、追随して他の英国圏の国家(カナダやオーストラリア、ニュージーランドなど)も中央銀行が国債と債権の買い入れを始めました。

不況の連鎖を封じ込めるため、各国の中央銀行として協調できることは、このような手段しかない。

世界のGDPの総合計は50兆ドル(500兆円)です。かたや金融市場で膨れ上がったマネーは200兆ドル(2京円)、ざっと4倍です。

金融市場は程度の波があっても、膨れ上がることしかできません。もし縮小することになれば、それは世界的な債務不履行(デフォルト)や倒産が発生することです。そして通貨価値の下落(国債も下落)する。

中央銀行としてはなんとしてもそれを避けるしかない。
このように金融市場はつねに一方方向にしか動かないのです。ここでふと思った。

マクロ経済はまるで熱力学のようだ


熱力学のキーワードは「エントロピー」という指標。

このエントロピーという概念は、分散して混じり合ってゆく一方方向で、その逆はない。
例えではコーヒーに垂らしたミルクがよく用いられます。

熱は高いところから低いところへ移り(エントロピーが増大して)、やがて均衡する(同じ温度となる)
熱力学では均衡したところまでを1サイクルとしています。

国家間規模で経済をみると、まるで熱力学のように見えますね。帳簿や銀行に記されるマネーはまさにエントロピーそのものだ。

財布の1円は消えても、めぐりめぐって誰かのどっかに必ず存在する。
また1円の価値があると世間で信じられていれば、中央銀行は1円玉をいくらでも供給できる。

つまり通貨による信用創造は中央銀行が担ってきたのです。いままでは。

その歯止めがなくなるとどうなるかという議論が3年前の日本ではなされていました。
ジャブジャブとマネーを金融市場に流し込んでいると、インフレすなわち日本円の価値が落ちるといわれてました。

言うまでもなくそんなことは起きなかった。
リーマンショックをきっかけに主要国家の中央銀行もそれ以上にジャブジャブとマネーを供給したから。

水を流し込むバケツがあふれそうになれば、バケツを風呂にして、それもあふれそうになればプールにと拡張してきたようなもの。
飲み水とすることもできる清い水であったのですが、それだけでは不足するので浄化していない雨水でもよいとしてきた。
なんたってプールですから、少々汚れた水が混ざっても飲用できた。

ある国だけ抜け駆けして汚い水を流し込んだらどうなるか



言うまでもなく、どぶ水を投入している国は中国です。
IMFが定めるSDR(特別引出権)の通貨、米ドル、ユーロ、日本円、スターリング・ポンドに2016年中国元をねじ込んだことで、信用力があるとばかりに見境なく人民元を投入した。その一部が一帯一路計画であり、ヨーロッパやアフリカで暴れまくる中華資本。

主要国の中央銀行も中国につられて、多少汚れた水であっても流し込まねばならなくなったということ。

ただ、もう飲用できない水を流し込み続ければ、貯めたプールの水はやがて飲めなくなってしまう。

いちどジャンクな債権が混ざりだすと、それだけを取り出すことはできなくなる。
ここで一言「ああ、エントロピーやな〜」

このエントロピーの増大が止まればどうなるのか。

エントロピーが均衡したら、それは終焉(死)であり、混沌です



主要中銀「禁じ手」踏み込む FRBが低格付け債購入


日経新聞web 2020/4/10 4:21 (2020/4/10 8:14更新)

【ワシントン=河浪武史】新型コロナウイルスにより金融危機を上回る経済悪化が想定され、世界の中央銀行が前例のない資金供給策を連発する。米連邦準備理事会(FRB)は一般企業に間接融資する緊急措置を発動。「禁じ手」とされた低格付け債の購入にも着手する。英中銀も英政府に短期資金を直接融通する。中銀による自国国債の買い入れはカナダやオーストラリアなどに広がり、新興国中銀も社債などの資産購入を決断。財政も市場も今や中銀マネーなしで成立しない。

9日の米社債市場では、買い手がつかなかった低格付け債の価格が急反発した。FRBは同日朝、2兆3000億ドルもの新たな緊急資金供給を発表したが、柱の社債購入策にリスクの高い「ダブルB」まで対象として組み込んだ。低格付け債に投資する上場投資信託(ETF)は、価格が7%も上昇し、新型コロナウイルスの影響が深刻化する前の2月の水準まで一気に近づいた。

FRBは08年の金融危機時も企業金融に踏み込んだが、購入対象は償還期間が短く格付けの高いコマーシャルペーパー(CP)にとどまっていた。中銀が損失を出せば基軸通貨ドルの信認が揺らぐだけに、高リスクの投融資は禁じ手だ。今回の社債購入では、償還期間が最大5年と長い商品も対象となり、低格付け債にも中銀マネーを供給。FRBは一気に2重のリスクをとりに動いた。

9日には6000億ドルの枠を上限に、一般企業に間接融資する措置も打ち出した。民間銀行がいったんは融資するものの、FRBがその95%分を買い取る仕組みだ。08年の金融危機時にもなかった異例の策で、FRBの責務は伝統的な金融システムの安定から、商業銀行のような「産業金融」にまで広がってきた。

パウエル議長は9日の講演で「政策を総動員する」と改めて主張した。米経済は「4〜6月期に30%超のマイナス成長になる」(イエレンFRB前議長)と予想される。国際通貨基金(IMF)のゲオルギエバ専務理事も「20年の世界経済は大恐慌以来の落ち込み」と警鐘を鳴らし、政策当局に時間の猶予はない。

米量的緩和は「無制限」となり、FRBは3月だけで米国債を8380億ドルも買い上げた。FRBの総資産は3月に1兆6500億ドル拡大。4月に入っても膨らみ、8日時点で6兆ドルを突破した。今回の支援策で総資産の増加ピッチはさらに加速しそうだ。

米連邦政府は年1兆ドルの財政赤字を抱えるが、その資金供給は事実上、FRBが担う。米議会が決めた2兆ドルの景気対策には現金給付が盛り込まれたが、間接的とはいえ、中銀が家計に資金供給する「ヘリコプターマネー」と同じ構図だ。

緊急措置を繰り出すのはFRBだけではない。英中銀も9日、英政府に短期資金を直接融通できるようにすると発表した。カナダやオーストラリア、ニュージーランドなど主要中銀も、こぞって自国国債を買い取る量的緩和を開始。IMFは9日、世界各国の財政出動が8兆ドルに達するとの分析を公表。世界の国内総生産(GDP)の9%分に相当するが、その巨額の財政出動は中銀マネーで支えざるをえない。

中銀の「非伝統的手段」とされる資産購入は、政策金利の引き下げ余地のある新興国にすら拡大する。3月下旬に全土封鎖に踏み切ったインドでは、中銀が3兆7千億ルピー(約5兆4千億円)の資金を用意して社債やCPなどの購入に乗り出した。

各国当局者は「今は戦時と同じだ」(クドロー米国家経済会議委員長)と緊急措置にためらいをなくしつつある。FRBは次策として、第2次世界大戦時に実行した長期金利のコントロールを検討。20年の米財政赤字は一気に2兆ドルを突破しそうだが、トランプ大統領は「FRBのゼロ金利政策で政府資金は潤沢に調達できる」と主張する。

非常時手段は新型コロナの感染拡大が短期で収束する前提だ。ただ、インドのようにもともと不良債権比率の高い国は、中銀のリスクも一段と高まる。FRBは米財務省から4500億ドル規模の政府資金を受け取り、資金供給時の「損失吸収材」とする仕組みを敷く。バーナンキFRB元議長は「危機時に求められるのは行動する勇気だ」と繰り返すが、リスクを分散する細心の制度設計が不可欠となる。
(貼り付け終わり)


検索キーワード:エントロピー:

デタラメな人為的地球温暖化論を信じ込むな
一万4455発もの核弾頭を持つ国々が文句を言う構図
仮想通貨取引所とは通貨の置き場所ではなく暗号の保管場所にすぎない
近代文明とは原始宗教「天体原理主義」から「数学原理主義」の転換であり、これからは「特徴ベクトル原理主義」へ
宇宙は膨張していない!(エントロピーという学問のでたらめ)
エントロピーという物理概念で解くアジア
数量化という概念が理解できていない人物の戯言は日本に悲劇的な結末を招く
10/1 10時 浅草での空間線量は72Bq/m^3
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世界をいっぺんさせるだろう。ABC予想が証明されたというビッグニュース 
Thursday, April 9, 2020, 12:40 PM


さて、なんのこっちゃ

新聞記事を読んでも、さっぱりわからない。
この記事で出てくる「フェルマーの最終定理」とは
nを2よりも大きな自然数(3,4,5…)とすると
x^n+y^n=z^n
を満たす自然数の解(具体的なx、y、z)がない


ということをなぜかつぶやいた(ノートの端に書き留めた)ピエール・ド・フェルマーさん(1601-1665)のメモが発端です。悩ましいことにその証明は余白がないのでかけないとあったから、後世の錚々(そうそう)たる数学者たちが喧々諤々(けんけんがくがく)となってしまった。

そして1994年、アンドリュー・ワイルズという数学者が証明するまでかかったのです。
このニュースは大きく報道されたようです。

この記事でABC予想というものをはじめて知りましたが、とても単純です。

適当な数を2つ用意して、左辺はその数の素因数の足し算、右辺は掛け算とすれば

当然掛け算のほうが大きくなるが、そうでない場合もあるよ



これが1985年に発表されたABC予想です。

おい、言うだけかよ!と思われるでしょうが、俺はそう考えたのだ、それだけでよい。
京大の望月新一教授が証明したそうです。その発想が

足し算の世界と掛け算の世界は別個にある



その境界ではABC予想が成り立つという理論。すげえな。

数の世界はひとつだけではなく、足し算だけの体系(界)があれば掛け算だけの体系もあると考えた。
関数電卓にはなんであんなにキーがあるかというと、四則演算(+−×÷)以外にも階乗だとか対数といった演算があるからです。

対数の計算というのは面白いもので、掛け算は足し算に、割り算は引き算になっちゃう。
階乗(ひとつづつ数を減らして、すべて掛けた数)も級数という代数演算には必須。
数式にびっくりマークが多くついているのは、そういうこと。

演算(数の計算)は、いわゆる”計算する”というひとつの世界だと思っていたことを、望月新一教授は、「いやいや、そうじゃない。生物界でもオスとメスがいるように、足し算と掛け算は別の世界なんだよ」ということを教えてくれたのです。

いまではコンピュータは手のひらサイズで誰もが何も意識せずに使いこなしています。

でもコンピュータの基本原理は足し算しかできないのです。

ほんとですよ。CPUには加算器(レジスター)という箇所で足し算しかしないんです。
足し算だけで引き算ができるの?と思われるでしょうが、実はできるのです。

アナログ時計で考えると、12時12分の47分前は何分か?という小学生の問題があったとしましょう。
ぐるっと分針を左回りに回せば(つまり60進数の引き算)すればおのずから答えは11時25分です。

でも1時間=60分だから、60分-47分=13分として、この13分を12分に足せば25分と分針の位置は即答で来てしまうのです。
なんでこんなことができるのかというと、丸いアナログ時計もコンピュータの扱える数も有限だから。

専門的には13分は補数といいます。

掛け算と割り算はもっと簡単。16桁のゼロイチゼロイチというビット列を右か左にずらすだけ。
二進数だから右端にゼロを加えたら2倍、左端にゼロを加えたら半分となる。

つまりゼロかイチを操作したい数(二進数)に加えることしかしないのです。

小難しいことを言っているように思われるかもしれませんが、今の情報処理試験でもこれぐらいは常識でしょう。
30年前での資格試験では、コンピュータの動作原理を知っておかねばどうにもならない記述問題でした。

原始的にビットを動かして、簡単な計算をするプログラムの作成をさせられましたっけ。
頭の中はつねに16桁のゼロイチゼロイチ・・・。

小難しい話はここらへんでやめておいて、ようするにコンピュータは足し算の世界の道具であるのです。

だから掛け算の世界があるのであれば、とうぜんその世界のコンピュータもあるだろうよ、とこの記事は述べています。
内部演算はすべて掛け算でするようなコンピュータ。

となれば扱う数も掛け算、べき乗ですから天文級数てきになってきちゃう。

天文級数的な数の先(つまり無限)にはなにがあるのか!?



世界中の数学者がこの考えの行く先に注目しているのです。

検索キーワード:数学者:

曖昧な及第点「可」でも学んでいた方がいいと思うのだがね
経済学とは物理学であり、経営学とは解析学の派生だったのか
書店様へ「隠された十字架 江戸の数学者たち」は歴史読み物です!
実用数学技能検定(公財)お勧め図書としてのご紹介ありがとうございます
数学という学問への概念を根底から覆す現代の奇書
綱吉時代(1680-1709)はバブル景気(元禄景気)だった
新聞の駄文の例「今こそ数学のススメ」
『隠された十字架ー江戸の数学者たち』を読む(1)
平積みされていました!@リブロ浅草店
「隠された十字架 江戸の数学者たち」 (秀和システム)の書評
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三島由紀夫VS東大全共闘〜50年目の真実〜を観てきた 
Monday, April 6, 2020, 11:28 PM

全共闘とその世代(現在の70代前半の人たち)を実は内心軽蔑してました。
左翼思想かぶれであっても結局は、あの激しい学生運動で戦後の日本は何か変わったのか。

全共闘世代の大半は、卒業すれば小役人や大企業のサラリーマンとなって、あれほど糾弾していた体制側に寝返ってしまいます。
ほんの一部の者だけが、言論人となり、芸術方面で活躍し、その信念を貫き、いくばくかの名声を得た。

血気盛んな当時の東大全共闘の人たちも、多くは引退して、今ではただの爺(じじい)です。
今の若者からみれば、70も80も90も同じにしか見えないでしょう。

ただ90代はリアルで戦争体験者(ちょうど学徒出陣の年齢)ですし、70代は戦後生まれの団塊の世代です。

だから学生という身分であっても、方や将校として軍隊に行かねばならぬ身(今は90台、三島由紀夫の前後)と大学構内をバリケードで囲って放水銃しか浴びない(今は70台)とでは大きな違いです。これが三島由紀夫と東大学生らの大きな気概の違い。戦前のエリートは国家の命運と自己は同じことのように考えていた。

戦後、浅間山荘や日本赤軍のよど号のっとりなど大事件がありましたが、先鋭化したエネルギーとしてはそうしてテレビに曝されたともいえます。あれだって彼らなりの正義だったのです。そして三島も狂気に殉じた人のひとりに過ぎない・・・。

この映画を観た直後は

全共闘にも少しだけシンパシーを感じた


これが映画が終わったときの感傷です。

自分はたしかに高校時代の愛読雑誌は「丸」であり「ナイフマガジン」でした。右翼思想ですね。
もちろんポパイやプレイボーイも身近にありましたけど。
三島由紀夫の捉えている天皇制や暴力の定義も、そのまま肯定しています。いまでもです。

この映画は1968年に東大駒場の900号室で行われた三島由紀夫と1000人の全共闘の学生らの公開討論会を撮ったTBSの秘蔵フィルムです。

平野啓一郎と橋爪大三郎が途中途中で解説を挟んでいます。この映画でわかったことは

全共闘も三島の主張も反米愛国では同じである



全共闘(全国共闘会議)という学生運動の派閥を統合するにあたり、共通の目的はなんだったのだろうという疑問は、ある程度この映画でわかりました。
体制(制度・きまり・縛り)を一切開放した地区(空間)を目指したと言うこと。ただ実行の手段がないために、拡散して消えてしまった。

青臭いだけの理想に対し三島は、そこに時間の概念はあるのかと問います。
永続しなければ、たとえ成就しても何も残らないじゃないかということ。

学生側の言い分としては、時間などない、3時間でも一週間でもそれを国(国民)に示せれば成功であるいう。

三島由紀夫(44歳)は20年も世代が違う東大の若者たちに、エネルギー(熱意)だけは称賛しています。

公開討論のあとは、三島と東大の学生らとの共感が漂っていた。

三島由紀夫だって東大法学部OBですし、丸山眞男(たぶん三島もあまり評価していないワル)が上にいる。戦後生まれの学生たちと三島の天皇論が共有されれば、三島の盾の会と全共闘は共闘できた。

もし全共闘と三島由紀夫が歩調を合わせていれば、少しは違った社会になっていたかもしれない・・・感想はそれだけ。

結局の所、この映画はもうこんな青臭い時代はこないというノスタルジーなんだよなあ。

見城徹の「読書としての荒野」の最後は三島由紀夫の檄文で終わっています。見城徹は左翼思想にかぶれなければインテリじゃないと言い放っておきながら、最後は三島由紀夫で終わるのかというと、最終的には右翼も左翼も結局は同じ根であり、ご本人も同じ結論になったからなんでしょう。

つまり三島が討論会で発したように「言霊だけが残れば、あとの世代が解釈してくれる」そういう悲痛な思いを、見城も抱いているからだと自分は思うのです。
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人間の深みとは左翼運動への傾倒と深い挫折の経験がないと生まれない 
Sunday, April 5, 2020, 10:40 AM
見城徹「読書という荒野」をさっそく読み始めています。

 昨日書いたように、著名人との華やかな交流の記録でもある「編集者という病」は70年代から80年代にかけてのエネルギーあふれた時代のノスタルジーを感じます。

ファッションも音楽などの芸術も新潮流があふれて、街中がキラキラと輝いていた時代です。はげしい学生運動やがて終息し、もてあましたエネルギーがギラギラとあふれていた。

過去の対談を書籍としたもので、つまり、編集者・見城徹を通した作家たちの紹介なのです。見城が築いた密度の濃い関係の追憶です。
でも、率直な感想は、「もうこんな時代はないし、見城徹に憧れたとしても、けっして同じような人物にはなれない」(貧乏国家に、もうこのような怪傑は現れないだろうという溜息です)

そういう読後感をもっていました。成功者への妬みでもある。

でもそれは早急で表面的な判断でしかなかった・・・



「読書としての荒野」には前著「編集者という病」からも多くが再掲されています。ここでは表現者とどう対峙していたのかが、深くわかるのです。

さて、この本書は見城徹が青春時代に読書を自分の血肉としてきたかを語っています。

(はじめにP12より抜粋)

だから僕は、読書体験を通して、左翼的な理想主義に一度も傾倒していない人を信用できない。そうした人間は、人としての厚みがない。
 特に経営者はそうだ。左翼的な理想主義とはつまり、世の中の矛盾や差別にたいしてアクションを起そうとする姿勢だ。「この間違った世界を変えなくて生きていかれない」というピュアな感情は、それが実業の世界に入ったとき、イノベーションを起こす源泉となる。
 左翼的でなくてもいい。そうした思索を経ずに、金銭的に再興した経営者は、言葉に重みがない。だから、その企業が掲げている「ビジョン」にも深みがない。一時のブームに乗って成功しても、環境が変化した瞬間に消えていく。
(中略)
正確な言葉で考え抜かないと自己検証ができない。消費者の動きを言葉で捉えきれないのだ。だから、一,二度の成功体験にしがみつくことになる。
 これがもし、豊富な読書体験を経ているのならば、自己検証、自己嫌悪、自己否定を通じて、何度も自分のビジネスを問い直しているはずである。それがないと、一時の成功がもろい基盤の上に立っているものであることを理解できず、過去の成功パターンが通じなくなったときに苦しむことになる。
(抜粋終り)


自分の師匠である副島隆彦も見城徹とまったく同世代。そして同じように高校時代に左翼運動に傾倒しています。つまり当時早熟な若者は、学生たちの死や破滅で、すでに下火であった学生運動を、見城氏は静岡の清水、副島先生は福岡で共に背伸びして体現しているのです。

そしてすぐに浮かれた80年代となり、ぽつんと取り残された疎外感を味わい、また強烈な自負心へと転化して行く。それがこの時代をすごした若者(いまは60代後半)たちの特徴です。

そして彼ら取り残された左翼かぶれたちのカリスマが、吉本隆明なんです。
吉本隆明自身もくるしみ、同じ苦しみを抱いていた早熟の若者、それが見城徹であり、師匠の副島隆彦です。

ちなみに副島先生は見城徹とは似た者同士の親近感をもっているような気がします。過激な知識人しか通じないものがあるのでしょう。
アルコール依存の父という似たような境遇もあります。

見城氏がいう、自己検証、自己嫌悪、自己否定、この三つが読書への動機であり、逆に読書を通して自己検証、自己嫌悪、自己否定を繰り返すサイクルがなければ血肉にならないと断じています。そして仕事への原動力となってゆく。

著者が実行しているボクシング・トレーニングという肉体苦行は読書体験と同根なのでしょう。

後半は角川、幻冬舎での編集者として作家たちの交流です。これがまた濃い関係。

感覚を共有することは表現者と脳みそを同化するという行為で、これを仕事とすることは並大抵のことではない。毎日電車に乗って、給料をもらう生活がどれほど楽かとも思えます。

そう感じるが故に、日々が辛いサラリーマンの方にもお勧めします。本を貪り血肉とすることでしか救いはないのです。

生きているという実感さえ自分でも感じない、ナヨナヨした我々世代(50代)以下にはガツンと頭に一撃を喰らわされること必定です。
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才能ある出版人は気迫が違う。見城徹「読書という荒野」 
Saturday, April 4, 2020, 12:10 PM


今朝の新聞広告から。
出版業界の風雲児とよばれる見城徹氏の「読書という荒野」
まさに今の自分の心をえぐるような文が並んでいます。

単行本の帯はもっと扇情的なハードボイルドです。
「見城徹の読書は血の匂いがする。ただ、
文字を追って『読了』と悦に入っている輩など、
足元にも及ばない。書を貪り喰ったものだけが
知る恍惚の表情を浮かべている。著者の内蔵
を喰らい、口から真っ赤な血を滴らせている」
秋元康


ノックアウトされました。

幻冬舎の社長であり、トップ編集者、この気迫と姿勢を少しでも
自分のものにしたいです。

副島隆彦先生と同じ体臭を感じます。

読後感は後日また述べます。

22時追記:書店で手にして、過去の著書も立ち読みをしました。

集英社から刊行された「編集者という病」(2009年)はそういえば読んだのです。
タイトルとは違って、かつてどこかの媒体で発表した対談集でした。

70年代のスノッブ臭がすごくて辟易したことを思い出した


たとえば松任谷由美(当時は荒井由美)だとか中島みゆきらを代表とする団塊のニューエイジとどっぷり対峙した記録でしかない。

「編集者という病」はスノッブ(上品ぶった鼻持ちならない感じ)がプンプンして、手にしたけれども、途中で放り投げたのです。例えが悪いけども日経新聞「私の履歴書」みたいなもの。
なんの参考にもならん。これはね、書き手の自慰行為なのよ。

でもね、静岡の田舎者が東京で徒手空拳で世を渡って、地位を登り詰めた過程を時代背景とあわせて読み取れば、まあまあ面白いのかも。

見城徹と五木寛之は文体は似ているのかもしれない。

ともかく見城徹は嫌いだけど買ったから読んでみます


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言葉の引き出しがないと深く考えることができなくなる 
Friday, April 3, 2020, 12:37 PM
今日も元気に浅草の空気を吸っております。永寿総合病院から信濃町の慶応義塾大学病院へと拡がり、三色旗のお膝元を直撃しております。

マジヤバで、じわるねー(草)
訳:状況は深刻になり、徐々に拡がりをもちはじめてます、苦笑

まあいつの時代も極端な短縮形や略称が使われていましたし、ナウいやググれといった言葉も会話やメール文化で生まれてます。

言葉はいきものだし、言葉遊び(例:当たり前田のクラッカーやなるほどザワールド)はどの時代でもあった。流行言葉は世相を表わす代表です。

ビビる(怖じ気づく、気後れする)なんて言葉も元々はスラングですし。

それで会話やメールの彩りとなるならば、使い分けのカードとして頭に入れておくことは悪いことではない。

しかし忘れてならないことが一つあります。

言葉は説得のための最重要の武器であること



適切な言葉が用意できないと、説明どころか、自分自身も混乱してしまう。

この記事にあるように「エモい」と一言で片付けられたら、はたして感動したことが伝わるでしょうか。

何についてどう感じたかが全くわからず、逆に愛情がないと受け手は感じます。

そして、冷酷に判断される。こいつは知能が低いやつに違いないと。

これが普通の人間社会の現実です。

自分の感情をありとあらゆる言葉で言い表わせられないと、まず口げんかで負けます。

私が嫌いな言葉は「まあまあ」ですね。
良くも悪くもないという場面で使われるのですが、まあ、愛のない言葉だと思っています。

かつて、書評を求めた方から「まあまあ」と一行あっただけ。

どこがまあまあだったのか、良い点は、悪い点はと具体的な指摘がなくがっかりと失望した経験があります。

ほんとは読んでないのでは?俺に対する虚勢?いやいや、この人とは観点が全く違うのか?・・・どんどん悪い考えが浮かびます。

ネガティブ(否定的)な考えが想起されるのです。

せっかく食事やプレゼントをしても、まあまあと一言だけだったら誰でもやる気を失いますよね。

形容詞一言で済ますと思考能力が痩せ細る



ツイッターやラインの功罪は、感情だけを伝えて考えさせる能力を奪うことです。

反論や異議を認めない同調圧力が強いため、依存すればするほど自分という核を失って行く。

”エモい”で会話が区切られたら、その先の考えが続かない。”まあまあ”と同じ結末ですね。

論理思考「〜だから〜である、なぜならば〜」は必修能力だろう



記事では学童のコミュニケーション能力がどんどん貧しくなっていることに警鐘を鳴らしています。

そして人間形成にも大きな影響があると危惧しています。

実は、この記事で自分の苦い経験を思い出しています。

IT業界やコンサルタント業界ってのは非常にカタカナが多い。会議では
「アグリしたらコミットしてサジェスチョンしてください」
「アボートしてたらリスタートでバックアップじゃね?」
部外者は何を話しているのやら不信感をもち、こっちも説明しているのに理解されずにイライラ。

カタカナ言葉ばかりの業界ってのは、総じて全体が知恵遅れのようでコミュニケーションが薄いです。
思考も単純、まあコンピュータ動作に近づいていくのかな。

外界とは全く違った意味で使われていて、赤っ恥をかいたという経験もあります。



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ニューディール政策ではなく戦争でアメリカは立ち直った。歴史家が触れない真実 
Thursday, April 2, 2020, 07:31 PM
私の頃の歴史の教科書では、世界恐慌(1928年)ではアメリカ大統領はすかさず大規模な景気対策を打って、その後の景気を向上させたかのようなことを覚えさせられました。

ルーズベルトがテネシー河のダムを造らせたりといった大規模な公共事業を積極的に推進したおかげで今のアメリカの発展があるということ。だからルーズベルトは偉い大統領だとされてます。

これを参考に田中角栄の日本改造論が持て囃され、大規模公共工事は良いことだとばかりに、日本国民はずっと思いこまされてきた。しかし、

ニューディール政策は不況脱出には全く効果がなかった



現実はいくら公共事業を進めても、株価は低迷し失業者があふれていた。

このことは歴史研究者や経済学者なら薄々と知っていることです。

アメリカが覇権国家の立場を明確に築くことができたのは、言うまでもなく世界戦争への参戦です。

大量の余剰(surplus)を消費するのには、これしかなかったともいう現実です。

軍産複合体に自動車のみならずタイプライターや織物業までも配下に組み込まれた。

敵国の製鉄所や精油所、生産工場を爆撃し、徹底的に破壊し、そのあとは自国の過剰製品(鉄鋼や石油製品)を売りつけることで、アメリカはめきめきと景気が良くなり覇権を握ることが出来たのです。

ヨーロッパでは面白いことに、戦勝国である英国とフランスは通貨高で工業製品は輸出不振でした。
その間に、設備を一新したドイツが工業国としてすぐに復活してしまいます。

大不況の後には社会構造の変化がおきる



挙国一致、軍産配下となったアメリカの産業では、女性の労働力にも依存して行きます。こうして働く女性はアメリカではあたりまえのようになった。

生産人口が少なかったため、男手だけでは足りない働き手を補うには、女性解放運動(ウーマンリブ)は為政者・経営者側にとっても悪い話ではなかった。

軍産複合体とその配下の協力企業の挙国一致体制は戦後も続いたのです。
それでもIBMやMicrosoftといったIT産業が柱として育った。

一方古い産業では、80年代の日米貿易摩擦、さらには現在の中国との貿易戦争へと繋がっている。

既存の産業は必ず、貿易相手国と摩擦が起こるのは必然なのでしょう。

コロナ沈静後の世界は変わるだろう



学校はオンライン授業となり、仕事は在宅というのがだんだん普通になるのではないでしょうか。

集団や組織での仕事から、徐々に個々で働くことが定着して行くのではないかな。

会社に来ても全く稼ぐこともなく、役にも立たない邪魔なだけの年寄ばかりなんだから、これこそ働き方改革ですよ。

電車にゆられて会社なんかに行きたくない、私みたいなへそ曲がりにとっては良い環境ですw

以下、宮崎正弘氏のメルマガの転載です。

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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和二年(2020)3月31日(火曜日)弐
          通巻6426号   
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「大不況の結末としての第二次世界大戦は景気回復の劇薬だった」
  現在のコロナ災禍を「戦争」と見なす米国歴史家
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 ドリス・カーンズ・グッドウィンという女流歴史家がいる。リンカーンとルーズベルトの評伝を書いて高く評価した。いずれも日本語訳がでている。
ふたりを英雄視している点で、歴史作家といったほうが正しいかも知れない。
 なにしろ「大不況の過程で始まった第二次世界大戦がアメリカの景気回復の劇薬だった」とする女史は「こんかいのコロナ災禍は、戦争を契機に国家を立て直して歴史の教訓を生かすべきだ」と唱えるのだ(TIME、2020年4月6日号のインタビュー記事)。

 「ルーズベルトのリーダーシップに比べたら、いまの(トランプ政権は)コロナ戦争に立ち向かうリーダーシップが足りない」。
 暗喩としてのトランプ大統領批判である。

 大不況の到来はを「ニューディール」とかの政府投資で克服できたというのが通俗なルーズベルト評価だが、実態は左翼にばかり有利な予算をつけて、怪しげな財団を作らせ、わけのわからない事業の予算を配分し、左翼全盛だった。だが、庶民は途端の苦しみに落ち込んでいた。
起死回生のためには軍事産業を活性化させる。そのためには第二次世界大戦の勃発はアメリカにとって最大のチャンスともなったというのが、おおむね正しい歴史の見方だが、米国左翼はFDR(注:フランクリン・デラノ・ルーズベルト)を高く褒めている手前、絶対にこの見解には同意しない。


 それはともかくドリス・カーンズ・グッドウィン女史が続ける。
 戦闘機を短時日裡に5000機つくるなんてまともな要求ではない。けれどもピアノ工場は飛行機のモーターを、タイプライター工場はライフルを、絹織物メーカーはパラシュートを作ったように、戦闘機製造を挙国一致でなしとげ、企業はそれぞれが変貌した」

 なるほど、この文脈ならトランプがGMに人工呼吸器の製造を命令した理由も分かる。
政府と企業が一体化すれば、大規模な戦争継続能力が保持できる。だとすれば、「いまのアメリカはそうするべきでしょう」(ドリス)。

 「大不況で国家が崩壊するという不安が拡がっていった。その恐怖心理を回避し、国を一本化して経済を立て直すという大目標がFDRにはあった。だから国民は信用し、託した。それがリーダーシップです」と彼女はTIMEのインタビューで総括しているが、ある意味で正鵠を得ていると言える。

 歴史の表面をなぞれば、ドリス女史の言っていることに一理あるのだ。
しかしFDRの歴史観、世界観が間違っており、対日戦争を謀略でしかけた背後にホワイトハウスがコミンテルンのスパイで乗っ取られていた事実などは、アメリカ人歴史家らしく、一切無視している。この議論は措く。

トランプ政権がこれから立ち向かうべきは、このコロナ戦争を契機に景気活性化に大胆な舵を切れるか、どうか。
対策を一歩間違えると再選の可能性は薄まるという意味で、しばらくは薄氷を踏む日々が続くだろう。
 
     □◇み◎○△□や○△□◇ざ◎○△□き△□◇◎   

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日本語、このふにゃふにゃした言葉はなんなんだろう 
Tuesday, March 31, 2020, 12:13 AM
 朝日新聞の書評で、私の敬愛するドナルド・キーンが紹介されていたのでメモ代りに転載しておきます。

ドナルド・キーンは日本語が読めたため太平洋戦争では前線の情報兵として働き、戦後はコロンビア大学で教鞭をとります。
コロンビア大学はもともと諜報・情報将校を育成するための学校でした。

キーンの生い立ちから文学者との交流は多くの書籍として刊行されているので、読書階層(Book reader class)はどれかを一度は目を通しているでしょう。

私がドナルドキーンを推すのは、なんとなく倒錯した感覚を覚えて若い人たちがが文学に興味を持つことを期待しているから。

日本の小説をアメリカ人が解説するというのは、違和感を覚えるでしょ?

キーン氏もアメリカ人が古典から現代文学を解説することが、日本人には大きな戸惑い(困惑)を誘導することをある程度見込んでいたと思います。
そして、それだけを武器にメディアで取り上げられることを計算していたと思います。

ドナルド・キーン氏はすごいなあと思うのは、三島由紀夫や川端康成といった文芸界の大御所らと互角に文学論を語ったということです。
まったく気後れがない。
なぜならキーンの探求する真摯な熱意がすごいから。

俯瞰できる者が最高の知識人なのだ



子供の頃、研究対象に深い愛情と熱量さえあれば、人種国籍には関係ないのだなあと感心しました。
現代用語の一言で斬ってしまえばギーク(geek)つまりオタクなんです。

でもアメリカ人の日本文学研究者という異質さを最大に利用し、そして我々日本人に再認識の機会を与えてくれたことに、私は敬意を払います。

新潮選書は、読んでみたいね。たぶん買うでしょう。読書階級には必読だと思います。

さて、この記事でキーン氏は「想像力の源である不完全なものを好み、ぼかしに象徴されるようなあいまいなものを面白がる日本人の特性や美意識について熱く語っている。」と評しています。

キーン氏は日本語というふにゃふにゃ言語を愉しんでいる?



アングロサクソン系言語圏の人からみれば、そう感じるのかもしれない。なぜなら”(神との)契約”という概念が根本にあることに対し。言霊(ことだま)という概念がある国があるということ自体が面白かったのでしょう。

でも、自分は婉曲(えんきょく)を美徳とすることには少々いらいらします。

日本の法律や公文書など、身近なものは契約書なども含めわかりづらいことこの上なし。

そしてばかげた言葉狩りですよ。言葉を変えれば好転するという根拠なき信仰です。
キリスト教圏からみれば、ふにゃふにゃした朝三暮四の土人言語なのだなあと思っています。

そしてこれを最大限に”悪用”しているのが古くは卑弥呼ら政(まつりごと)にたずさわる神官であり、いまは霞ヶ関の官僚。

契約という概念がベースの法律を基準とする西洋と言葉のイメージを重視する独特の感覚の日本人。

イメージを重視するので、日本語は読み手(聞き手、受け手)にも同属性を要求するのです。

この同属性(コモンセンスを共有すること)を強要させるのが、日本語の強みであり、悪いところ。

マジ、超ヤベえ、うざ、これだけで会話が成立する世代とは100%交流できないことが証左です。

過去ログ
鬼・怒鳴門さんのコレクション
ドナルド・キーン「百代の過客」は中学生のときに新聞で読みました
歴史の時代区分は無意味である − デモクラシーの生と死(ジョン・キーン著) 
「連合国戦勝史観の虚妄」(ヘンリー・スコット・ストークス)を早速読んだ


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美しい言葉、知的に感じる文章とはなんだろうか 
Sunday, March 29, 2020, 01:12 AM
どうも、数百メーターしか離れていない永寿総合病院では連日コロナウィルス感染者がでて、たいへんな状況のようです。ここ浅草は年寄ばかりですから、気をつけたいと思います。

まあ引き籠もりみたいなもんだから、正直シャバの様子はわかりまへん。

副島隆彦先生の新刊「経済学という人類を不幸にした学問」(日本文芸社)を読了して、次は小室直樹の名著「数学嫌いな人のための数学」(東洋経済 2001)を読んでいます。
 この本は副島先生から必読だと言われたので、あらためて読み直しております。

副島先生は新刊のために、徹底的に読み直して再発見をいろいろしたそうで、大きく影響されたと言われていました。

似たような書名の「数学を使わない数学の講義」(小室直樹 WAC 2005)がありますが、これは昭和56年(1981)の『超常識の方法』(祥伝社)の改訂版です。

 「数学を使わない数学の講義」は「数学嫌いな人のための数学」をもっと簡単にエッセンスを抜き出したもので、これは読みやすい。
過去にもこの本の感想文を書いています。
データ分析はすべての研究・学問の基礎手法です
数量化という概念が理解できていない人物の戯言は日本に悲劇的な結末を招く
高浜原発再稼働を禁じる仮処分をだした福井地裁は弁証論(科学)を否定した
数学的才能は思想のみならず芸術や音楽の基礎である
数学的思考の根源は「集合論」つまり仲間か仲間ではないかということ
近代思想は数学知識前提である「数学を使わない数学の講義」(小室直樹)

ところが「数学嫌いな人のための数学」は読むのに骨が折れる。

なぜなら使われる語彙がものすごく難しく、全体が固い文章だから頭に入らないのです。

通読して要点だけをとりあえず追っかけるだけでも、頭の基礎体力がないと追いつけない。

でも内容はすごいので、なんとか読み切って感想を述べたいと思っています。

小室直樹先生は、日本人はなぜ数学が弱いのかという大問題を思いも寄らない人文学方面から斬り込んでいます。

とても重要な示唆に富む内容なのですから。
曖昧さをとことん排除したら、文章が固くなるのはしかたがない。

なんせ引き籠もりですから、テレビも観ます。
たまに観るのが、夏井いつき氏が俳句を酷評するプレバトです。

たった17文字で情景を切り出す俳句と、その解説にいつもなるほどと感心しています。
自分には俳句を捻りだせる能力はないなあと思います。

陳腐なことばを連呼されるとヘドが出る



たぶんこの日本でいちばん陳腐な言葉は『いのち』です。
ニュースでも、新聞でも、連日連夜この言葉が踊っています。

大切ないのち、かけがえのないいのち、貴いいのち、いのちいのちいのち・・・

もう少し違う語彙で表現してもらえないでしょうかね。アナウンサーがしたり顔で「いのちを守りましょう」とテレビ画面ですらっと話していても、心に響かない上っ面の白々しさしか感じません。

とっ、こんなことを書いていると、すぐに「調子こいてディスってんじゃねえよ」というお叱りのコメントが来そうです。

もっとも最近までメールで来る「ヤバい」と「ディスる」の意味が全く分からなかったので、そのまま「スルー」しますがねw

スルーの意味も最初はなんのことか、判らなかった。
スルーじゃなくて「放り投げる〔slow〕」が誤用されているのかと思っていた。

無視というそのままの意味ならイグノア〔ignore〕じゃねえ?

そういえば明石家さんまが使い出した(と思っている)「フォローせえや」という言葉も、語源がfollowだとはわかるのですが、会話の補足、さらに話題の提供をする行為のことをフォローというのは全然違うだろ!と思っています。

なぜならfollowには追随(ついずい)という意味しかない。
カルガモの親子のように、先頭にくっついてゆくという行動(動詞)でしかないと思うのですが。

このように変なカタカナ言葉に接すると、気分が悪くなるのはたぶん自分が十分に中年だからだと思うのです。(頭が混乱するから)

70年代の歌謡曲(pops)は美しい日本語だなあ



BSでアリス(言うまでもなく谷村新司・堀内孝雄・矢沢透によるフォークグループ)が再結成したので特集をしていました。
深夜のBSはオールディーズがよくかかっています。

テレビと一緒に口ずさんでみると、ヒット曲は良い歌詞だね。
奇跡、すばらしい、愛してる、いのち・・・くそ陳腐な言葉は全くない。

今の時期なら卒業式にあわせてサクラサクラばっかりの手垢まみれの歌ばかり。どこが感動するのだろうか。
桜の唄といえば『同期の桜』しかないでしょうよ。

今朝の読売新聞の記事「国語力が危ない」についてコメントしようと思いましたが、脱線したので明日以降にします。
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士農工商は身分差別用語ではない 
Tuesday, March 24, 2020, 03:11 AM


今朝の朝日新聞の記事
最新の歴史教科書「詳説日本史」(山川出版)では武士が支配身分でありが、農工商は被支配身分であっても固定的な身分ではないと記されているそうです。

士農工商は序列ではなく『社会一般』という中国古典からの意味



差別用語のように扱われたのは明治政府による旧体制への憎悪を込めたイデオロギーによるものだったのです。

現実の江戸社会では身分階層などというものは被支配層、つまり一般平民には存在せず多様であったということ。

武士・百姓・職人・町人以外にも宗教者、医者、儒学者、芸能者などが小さな職能組織を形作っていたというのです。

フリーメーソンだって元は石工の互助組織だ



ユダヤ陰謀論には必ず出てくる秘密結社フリーメーソンだって自然発生した中世の互助組織です。
仕事現場を渡り歩いて定住できなかったから、いろいろと送金などで助け合うしかなかった。

今で言えば、出稼ぎにでている中国人が、闇銀行を作って送金業務をしているようなことです。

話を日本に戻せば、藩の垣根を越えて自由に移動した者は、どうしても互助組織が自然とできたのでしょう。

寺に戸籍を持てない(流浪の)者は「非人(ひとにあらず)」とされたのですが、これは差別用語ではなく身分であったのです。

また農民は日の出と共に働き、酒や茶を呑むなだの、木綿を着ろ云々といちいちウゼーことをチマチマ書き表して指示したといわれる「慶安の御触書」は実在していなかった。

「慶安の御触書」は明治28年に突然、徳川の悪政として登場する



富国強兵・殖産興業政策のために官吏らに捏造されたものだったのです。政府のプロパガンダで突然、あたかも事実のように歴史に登場したのです。

過去ログ
検索キーワード:士農工商:

インフォーマル経済とはネット上での身分証明が前提の経済である
統計は神に代わって監視するために与えられた道具である
まともな司法制度がないから中村修二氏は日本を去った!?
思想の系譜がわかれば現代の戦争がわかる(つもりになった)
明治文学が面白い!文学研究とは思想史そのものなのね・・・
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クルーグマンによって経済学は人類を不幸にする唾棄すべき学問となった 
Sunday, March 22, 2020, 12:10 AM
副島隆彦先生の新刊「経済学という人類を不幸にした学問」(日本文芸社)を読了しました。


資本論(ガス・カピタール,1867)のマルクスと『雇用、利子、貨幣の一般理論』(The general theory of employement,Interest and money, 1936)のケインズ・・・

この二人だけが経済活動の肝要を明らかにしたのだと、副島先生は述べる。
その後の経済学者たちは彼らの持論を剽窃し改変し、金融政策(マネタリー・ポリシー、ミルトン・フリードマン1912-2006)や自由貿易主義(ネオ・リベラルを標榜するグローバリズム)へと我田引水の論理を展開したに過ぎないのである。一部を抜粋する。

(P94-95)
 この100年間のアメリカとヨーロッパの経済学者で、優れていたのはケインズだ。ケインズだけが天才だった。それ以外は・・・駄目だった。
 この考えは、最近、日本の経済学者たちの間でもブツブツと言われるようになった。ケインズだけが天才で、あとは要らない。余計だった。今のアメリカの経済学者、即ち新古典派なんか、消えてなくなっていい。
 マクロ経済学とは、「国家を経営する経済学」のことだ。大風呂敷と大ドンブル理論を振りかざして、大きく大きく国家の経営を考えることだ。これをケインズが始めた。ケインズだけがマクロ経済学だ。他にはいない。
(中略)
しかし、ケインズ卿(英国が貴族男爵にしたので卿〔サー〕ケインズだ)は、1946年に死んだ。このあとはケインズ・レベルの大天才の処方箋、方策、政策はなくなった。
 人類はこのあとどうしていいのか、わからなくなっている。ケインズの再来ほどの人物が現れて、私たちを導くしかない。
 もうマネタリスト(アーヴィング・フィッシャーが元祖で、ミルトン・フリードマンがワルの親分)も、新古典は総合(ジョン・ヒックスとポール・サムエルソン)も、この2種類ともに滅んでしまって、残党がうごめいている。
 何度でも書くが、新古典派統合(ネオ・クラシカル・シンセシス)の別名が、ニュー・ケイジアンである。彼らが大破産した。ポール・サムエルソンの跡継ぎがポール・クルーグマンだ。この男の大失敗の白状(告白)の中心部分が、本書の第4章である。

(p204)
ケインズは「政府は労働者に(政府自身が大借金をしてでも)職を与えるべきである」という新思想を作った。これがケインズ革命である。
 だからケインズは「修正資本主義」とも呼ばれて、カールマルクスの社会主義〔ソシアリズム〕の、「暴力に訴えてもブルジョア政府(資本家の利益団体)を妥当する」という思想と、対決する思想として、現在も存在する。

(P83)
ケインズが死んで、アメリカでニュー・ケイジアン(という裏切り者)たちが栄えた。彼らは新古典派「統合」といって、何を統合(シンセシス)したかと言うと、ケインズを自分たちの愚劣なる(新)古典派の中に統合し、換骨奪胎したのだ。その頭目が後述するポール・サムエルソン(1915-2009)だ。
 そして、その後継者で愛弟子のポール・クルーグマン(1953-)である。


ノーベル経済学賞が与えられた多変数(連立)方程式や微分方程式による”壮麗な”数式の経済理論は空想のたわごとであった。
すべての基は単純なY(Yield)=M(money)である。

・Yieldとは人類(人間)全部の活動と生産で費やされた(生み出された)こと。うごめきそのもの
・Moneyとは費やされた地球上のお金の総額であり、国家単位ではGDPのこと。

このように等号(=)関係であり、左辺右辺がピッタリ一致していることが重要な発見であったのだと副島先生はまず指摘している。

こんな単純な基本理論は一見当たり前すぎて、「それがどうした?太陽が東から昇って西に沈む事のようなものだ」と、思うかもしれない。

だが読み進めると、副島先生の解説によって、ケインズ理論は経済学の権威により歪曲されインチキ学問へと変貌して行くことを知ることになる。

彼らの論理の前提条件には失業者はいない(製鉄所の工員を教育すればIT技術者になれるという楽天主義〔ファンタジー〕、そして貧乏国でも「売り物」はある(実際は奴隷工場スェットショップの蔓延だ)として、自由貿易〔フリートレイド〕を教条とした。

狂信者によるカルトが現代経済学である



学問道場では20年前から現代資本主義(国際金融資本)に陵辱(まさにレイプ、強姦)されてきた日本とその背後の国際政治の分析・研究に焦点を据えてきた集まりだ。
アメリカ政治の背後にいる特定思想を、それぞれが解釈を行ってきた。

ゴールドマンサックスなどの国際投資銀行など巨大金融資本とそのお仲間であるFRBの動向に関心をもった。
その手駒である米国大統領とクルーグマンやスティグリッツら御用学者による政策決定は、日本にも多大な影響を与えた。


本書によって、ケインズのマクロ経済学(政治と結びついた政策提言)はクルーグマンによって狂信的な超(ハイパー)グローバリゼーションへと改ざんされ日本も米国の圧力によって屈服、追従させられたのだという冷酷な事実を知ることになるだろう。

その忠実な実行者は与党と経団連であることが情けない話だ。

ハイパーグローバリゼーションはドル覇権国の特恵制度にすぎない



そして1990年から日本のGDPは5兆ドル(500兆円)程度で25年以上も横ばいのままだが、米国のGDPは4倍、中国は20倍となった。

しかし、その内訳は富裕層の資産が加速的に膨張したものであり、大多数の国民は不幸のまま、さらに過酷な生涯を強要するものであることを知らねばならない。

アメリカの薄汚い経済理論を盲目的に信奉するビジネスマンは必読の書なのである。

※22日追記:夜中にチビチビとお酒をなめながら書いたこの文章は、副島隆彦の学問道場「重たい気持ちで書く掲示板(通称”重掲”)にもこのまま転載してあります。

ただし、重掲版は相当校正が入っております。

このように書き手の熱量が入るという良い参考になるでしょう。こちらの原本はそのままにしておきます。比較してみてください。これがプロが手を加えた文章なのです。

過去ログ: 検索キーワード:クルーグマン:

デタラメな人為的地球温暖化論を信じ込むな
ノーベル経済学賞の系譜とその問題点
正しい眼鏡をかけろ(スティファニー・ケルトンのMMT論)
資本主義はなくならないが資本の定義は激変するだろう
「トランプ大統領とアメリカの真実」 副島隆彦 日本文芸社
クルーグマンのコラムに登場するコーク兄弟ってなんだ?
けっきょくクルーグマンは何が言いたいの?それはね・・・
浜田宏一出てこーい!クルーグマンに梯子をはずされた大恥豚野郎め!
居酒屋「和民」とマクドナルドは潰れろ、クロネコヤマトは支持する
借金は返済すべきという正義感が景気の息の根を止める
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ビタミンCとナイアシンの摂取で花粉症から貧血、神経痛、さらにはうつ病までも治る! 
Friday, March 13, 2020, 06:08 PM
不健康の王様とも言える副島隆彦先生の弟子のひとり、群馬のゆみこさんから耳寄り情報です。
花粉症にナイアシン(Niacin)というビタミンC製剤で劇的に花粉症が消え失せたという実体験です。

ビタミンCは万能薬です。さらには抗酸化作用があるので美容にもいいことづくめ。
このゆみこさんもお若く溌剌とした魅力たっぷりの女性です。

さてビタミンCは群馬のゆみこさんによると
●Amazonやiherbで買えるナイアシン(500mg)がおすすめ

追記:ナイアシン自体はビタミンC製剤ではなく、どうも”ビタミンB”に属するサプリメントらしいです。ぐんまのゆみこさんはビタミンCと混同しているように思えるので、ご注意ください。ナイアシンとビタミンCは別物ならば、一緒に服用してみます。追記終り

●ドラッグストアで購入するなら以下の数値を目安とする
・ビタミンC:3,000mg/日 (またはそれ以上。分けて服用。)
・ビタミンD3:2,000IU /日 (1日5,000IUで開始、2週間後から2,000IUに減量。5,000IUは125μg、2,000IUは50μgに相当)
・マグネシウム:400 mg /日(クエン酸マグネシウム、リンゴ酸マグネシウム、マグネシウムキレート、または塩化マグネシウムとして)
・亜鉛:20 mg/日
・セレン:100 μg /日

だそうです。

自分は花粉症は食事を3エス(草食・少食・粗食)にしたら消え去ってしまいました。だからあまりサプリメントを積極的に摂ろうとは考えていません。でもビタミンCなら常備しておいて、風邪薬がわりに呑んでも良いかなと思い始めています。

過去ログ:ビタミンC関連
ウィルス性疾病の特効薬はビタミンCである
増感放射線療法コータック(Kortuc)とはなんだ
砂糖の無自覚な大量摂取にご用心
ホルモン剤の影響とエンプティーカロリー(空っぽの栄養)の食事
ストレスが癌となる
食習慣への無知が引き起こす健康格差(工業食品が寿命を縮める)
糖質制限の落とし穴とジュースやアイスの甘味料、果糖の怖さ
特定保健用食品(トクホ)という浅ましい商売を大企業がするな!!
満員電車がインフルエンザウィルスを運ぶ
ビタミンCは心臓疾患のすべてを改善する (NHKためしてガッテン)
売れすぎて生産中止?これぞ鳥井商法(メディアの逆利用)
「断糖のすすめ」(炭水化物を減らすと身体は激変する)
これからは「摂らない」という治療が主流になるだろう
若返りにも癌退治にも効く糖質(炭水化物)断ち

以下学問道場のサイトから転載します。

[2492]わたしはナイアシンの大量摂取で、花粉症の症状が消えた!ビタミンCの大量摂取でウイルスにも勝つ! オーソモレキュラー(分子整合栄養学)、メガビタミン療法のご紹介


投稿者:群馬のゆみこ
投稿日:2020-03-12 14:20:12



群馬のゆみこです。

群馬は今日も、からっ風が吹いています(今日はそうでもないかな)。新型コロナウイルスの恐怖よりも、実際に皆さんが苦しんでいるのは花粉症のほうでしょう。今日はそんな花粉症の皆さんに、福音をお伝えします。

【ナイアシンの大量摂取で花粉症から逃れる】

 わたしも5年ほど前にスギとヒノキの花粉症を発症し、くしゃみ、鼻水、目のかゆみに悩まされてきました。(花粉症に対する薬の治療は一切してきませんでした。)
昨年2019年3月、通っているトリガーポイント治療院の先生に、「ナイアシンを大量に飲むと、花粉症が出なくなるらしい」と教わり、さっそくネットで調べて、アマゾンでアメリカのソラレー(SOLARAY)のナイアシン500咫100カプセル)三個セット¥2,299を買いました。
このトリガーポイント治療院は、2013年に副島先生が「今日のぼやき 広報ページ」でお書きになったトリガーポイントブロック注射をやっている木村ペインクリニックのお向かいにある鍼(はり)の治療院です。身体のどこかに痛みがある人に、一度は試してもらいたい最先端治療です。しばらく前にわたしの兄が遊びに来て、「四十肩が治りきらなくて腕が上がらない」というので、少し強引に木村先生のところへ連れて行き、三本くらい注射をしてもらいました。その日は、だいぶ楽になったようでしたが、わたしが「どう?」と聞くと、「まあな。だって麻酔打ったんだろ?」なんて言っていたのですが、三日後に「治った」とLINEしてきました。

今日のぼやき 広報ページ「1409」 腰痛(ようつう)と首、肩の痛みは治るようである。 「トリガーポイント・ブロック注射」という治療法を紹介する。 副島隆彦記 2013年11月6日: http://www.snsi.jp/tops/kouhou/1700

さて、数日後、ナイアシンが届いたので、昼食後に一粒(500咫飽みますと、ネットの噂通り、30分くらいして肌がチリチリしてきて、顔や手が真っ赤になりました。ナイアシン・フラッシュ(flush: 赤らみ)です。初めてのことで、念のため少し横になったりしました。そして、気付いたら夕方にはもう鼻水が止まっていました!なんという即効性でしょうか!
わたしはこの効果に夢中になり、メガビタミン療法のことを調べ始めました。メガビタミン療法は分子整合栄養学(オーソモレキュラー、orthomolecular)に基づいて、病気を治すには不足している栄養素をばんばん、メガで摂る、という治療法です。カナダの精神科医で生化学者のエイブラハム・ホッファー博士が治療を確立し、ノーベル賞を二度受賞した米国人のライナス・ポーリング博士によって世に広められました。

 広島で「ふじかわ心療内科クリニック」をやっている藤川徳美(ふじかわ とくみ)先生(男性)が、うつ病や統合失調症、発達障害などの患者さんに、メガビタミン療法を指導して大きな成果を上げて、一般人向けに分かりやすい本を何冊も書いてくださっています。
『うつ消しごはん』 『薬に頼らずうつを治す方法』:鬱病、精神疾患、発達障害、ADHD、産後鬱、などの人に。
『医師や薬に頼らない!すべての不調は自分で治せる』:鬱、パニック、摂食障害、リウマチ、発達障害、アトピー性皮膚炎、神経難病、認知症、がん などの人に。こちらが最新刊で、万人向けで一番読みやすく、お勧めです。こんなに素晴らしいメガビタミン療法が広まらないのは何故なのか、とかも書いてあります。
 いろいろな病気は、精神疾患でさえ、貧血が原因で、それを治せばいいみたいです。それを知って、あまり身体の強くないわたしはフェリチン(貯蔵鉄)値をお医者さんで測ってもらいました。フェリチン100以下だと、米国では貧血だそうです。わたしは2019年3月に、フェリチン値が24でした。低い。貧血だ。それから鉄剤(フェルム)を処方してもらい、毎日たんぱく質(お肉、卵)をたくさん摂り、プロテインとビタミン剤も飲みました。メガビタミン療法は、たんぱく質をたくさん食べることが前提です。生命とは、たんぱく質が機能している姿。たんぱく不足では、身体をつくり直せません。詳しくは本を読んでください。・・・で、24だったわたしのフェリチン値は、10ヶ月後の今年(2020年)1月に、なんと約10倍の233になりました!そういえば、曇りや雨の日が憂鬱、ということがなくなりました。それ以前に、メガビタミンを始めてすぐに感じたのは、それまで夕方になると疲れが背中にべったりと張り付いて、目線は床、人の目を見て話すこともできないくらいでしたが、その背中の疲れがほとんどなくなりました。
 「貧血で鉄剤を処方されて飲んだけど、気持ちが悪くて続けられない」という人は、たんぱく不足で胃癖や腸壁がやられているからだそうです。わたしも最初そうでしたが、頑張ってプロテインを飲みながらすると、わたしは一週間ほどで気持ちが悪くなくなりました。

 ナイアシンは、その後も毎日飲んでいて、だんだん飲む量を増やし、今では一日4,500唹んでいます。分かる人なら、「おお〜!(すごい量飲んでるな)」と驚かれるでしょう。というのは、先ほど書いたナイアシン・フラッシュというのがすごくてですね、わたしは皮膚が痒くて痒くてかきむしり、膝や足首がパンパンに腫れました。ナイアシンを飲むと、身体(脂肪細胞)に溜め込んでいるヒスタミンを皮膚から放出させて(赤くなったり痒くなったり)、花粉症のほうにまで回らないようになるみたいです。
フラッシュがすごいので、私は少し不安になりましたが、これもネットで体験談を読んで想定済みでしたから、「これを乗り越えれば楽になる。健康のためなら、死んでもいい!」とナイアシンを飲み続けると、三週間ほどでフラッシュは落ち着きました。

フラッシュの出方は個人差が大きいようです。痒いのが怖い人は、100mgのカプセルも売っていますので、少しずつ始めてください。フラッシュがでない「ナイアシン・アミド」というのもあります。わたしも飲んでみましたが、まったくフラッシュはありません。でも、ナイアシンよりも効果が薄いそうです。あと、フラッシュが気持ちいい(皮膚がチリチリする感じ)、という種類の人もいるそうです。ナイアシンは花粉症だけでなく、不眠やうつ病、精神疾患など、脳にも効くそうです。詳しくは本を買って読んでください。また、仕組みから見ても、ナイアシンで花粉症が治るわけではないようです。

【ビタミンDを大量摂取すれば、花粉症が治る】


そこで、オーソモレキュラー療法で有名な神奈川県、辻堂クリニック 溝口徹(みぞぐち とおる)先生の『花粉症は一週間で治る!』という本もあります。こちらはビタミンDの大量摂取で花粉症が「治る」という話です。ビタミンD が免疫系に作用することが、最近の研究で分かってきたそうです。溝口先生は、ご自身が子供のころから花粉症に悩まされ続けた、筋金入りの花粉症患者で、ご自分でオーソモレキュラーで花粉症を治した先生ですから、信用できます。
ビタミン剤は、iHerb(アイ・ハーブ)で買うのがツウ(安い)と知り、わたしも今はiHerbで買っています。

【『ビタミンCの大量摂取カゼを防ぎ、がんに効く』 生田哲(いくた さとし)著】
 次は、ビタミンCの大量摂取で健康になろう、という話です。詳しくは薬学博士で生化学、医学、薬学などライフサイエンスを中心とする執筆活動をしている生田哲(いくた さとし)さんの『ビタミンCの大量摂取カゼを防ぎ、がんに効く』を読んでもらえれば分かりますが、これもオーソモレキュラーです。
 がん患者に高濃度のビタミンCの静脈注射(点滴)をするのは、本当に効果があるらしいです。風邪やインフルエンザにも効くので、新型コロナウイルスにも効くでしょう。わたしは一日9g(=9,000咫砲離咼織潺鵤辰魄んでいて、もっと飲むべきなのですが、最近手のひらいっぱいのビタミン剤を飲み下すのがつらくて・・・でも、がんばろう、健康のためなら、死んでもいい!

(転載貼り付け 始め)
2020.03.04 【1日3gのビタミンCが新型コロナ予防に効果的/国際オーソモレキュラー医学会】
国際オーソモレキュラー医学会は1月26日付で「ビタミンCがコロナウイルス感染を防ぐ」との声明を発表。今月3日に行われた報道関係者向け説明会では、柳澤厚生会長【写真】が1日3gのビタミンC摂取でウイルス性呼吸器感染の予防・症状軽減効果が報告されていること、ビタミンD3、亜鉛、マグネシウム、セレンにも同様の効果が期待できることなどを解説した。

1990〜91年にチリで行われたヒト介入試験では、風邪症状がある被験者にはビタミンCを1日6g、無症状の被験者にはビタミンCを1日3g摂取させたところ、総合感冒薬または解熱剤による対症療法のみの被験者と比較して風邪やインフルエンザの有症率が85%抑制され、症状の予防および緩和に効果があることが判明。摂取方法については、吸収性を考慮して1回当たり1gを数回に分けて摂取することが望ましいとした。

同じく、ビタミンD3については1日当たり50〜125μgの摂取でA型インフルエンザの予防効果が確認され、血中ビタミンD濃度が38ng/mlを下回るとウイルス感染率が上昇することも報告された。

このほか、高濃度ビタミンC点滴が敗血症による脂肪リスクを大きく低下させること、ビタミンC1gと亜鉛20mgの摂取で風邪に伴う症状の早期改善が認められたこと、マグネシウムとセレンが細胞の代謝や免疫の維持に必須の栄養素であることなどを紹介。高濃度ビタミンCの点滴療法やビタミンDの影響については、すでに中国で新型コロナウイルスの患者に対する臨床試験が開始されているという。

柳澤氏は「これらの栄養素を毎日の食事で摂取するのは難しい」としながらも、「市販のサプリメントを利用すれば、1日当たり100円程度の費用でこれらの栄養素を摂取できる」とし、積極的な予防対策を訴えた。
https://www.health-mag.co.jp/archive/%EF%BC%91%E6%97%A5%EF%BC%93%EF%BD%87%E3%81%AE%
E3%83%93%E3%82%BF%
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(転載貼り付け 終わり)

(転載貼り付け 始め)
2020-02-07 【緊急速報】ビタミンCはコロナウイルスから体を守る
著者:アンドリュー・W・ソウル(編集長)
 コロナウイルスの流行は、高用量のビタミンCによって劇的に流行を遅らせる、もしくは感染を止めることができます。過去数十年にわたり、ビタミンCの強力な抗ウイルス効果は、医療現場において活用されてきました。しかしながら、ビタミンCによるこのような抗ウイルス効果、特にコロナウイルスに対する効果的なアプローチは、メディアではあまり取り上げられることはありません。

 身体がウイルスに攻撃された際、体の抗酸化能力および免疫力を最大化しておくことが、症状の軽減や発症予防のために、とても大切です。人間の体内の環境が最も重要なのです。重篤な疾患を治療するよりも、予防に力を注ぐ方が容易であることは明確です。しかし、深刻性の高い病気に罹患した際には、深刻に治療しなければなりません。医療機関での診察をためらうべきではありません。行くか行かないかの選択肢はありません。もし症状がでてしまった際には、薬と同時にビタミンCを併用することができます。

「私は、ビタミンCによって完治もしくは大幅に症状が緩和されなかったインフルエンザをいまだかつて見たことがありません。」(Robert F. Cathcart, MD)

 オーソモレキュラーニュースサービスならびに国際オーソモレキュラー医学会の医師たちは、今後起こりうるウイルス感染の予防や症状緩和のための栄養療法を推奨しています。 以下の安価なサプリメントの摂取は大人に対する推奨量です。子供に対しては体重によって服用量を変えてください。

・ビタミンC:3,000mg/日 (またはそれ以上。分けて服用。)
・ビタミンD3:2,000IU /日 (1日5,000IUで開始、2週間後から2,000IUに減量。5,000IUは125μg、2,000IUは50μgに相当)
・マグネシウム:400 mg /日(クエン酸マグネシウム、リンゴ酸マグネシウム、マグネシウムキレート、または塩化マグネシウムとして)
・亜鉛:20 mg/日
・セレン:100 μg /日 

 ビタミンC [1] と同時に、ビタミンD [2] 、マグネシウム[3] 、亜鉛[4] 、およびセレン[5]を一緒に摂取することで、ウイルスに対する免疫機能を強化することが示されています。 ビタミンCのウイルス性疾患に対する予防および治療の土台となる情報は、1940年代後半に報告されたポリオウイルスに対する高濃度ビタミンC療法の成功例からきています。この事実に関して知らない人も多く、聞いて驚かれる方も多いようです。その後、数十年にわたり臨床的なエビデンスは蓄積され、1980年にはウイルス性疾患に対するプロトコルが出版されました。 [7] 呼吸器系感染症の予防や治療における、高容量のビタミンCの効果は実証されています。
 ビタミンC自体はメリットがあるが、高容量での使用は効果がない、もしくは体に悪い影響があると考えている方々は、オリジナルの論文をご自身で読むことをお勧めします。これらの医師たちによる研究をはるか昔のことだからと無視することは、それ以上に重要な質問を無視することと同じことです:ウイルス性疾患の大流行が起きているこの状況において、このような重要かつ有益な医療情報がなぜ政府系団体などから国民に対して発信されないのでしょうか。
https://isom-japan.org/news/detail?uid=mRXZx1581068321
(転載貼り付け 終わり)

 そういうわけで、とくに3月15日の副島先生の金融セミナーに参加されるお金持ちの皆さんは、急いでドラッグストアに行ってDHCとかネイチャーメイドのビタミンCを買って飲んでください。一粒に何グラム入っているか、よく確認して、必要量飲んでください。血中のビタミンCは三時間で消費されてしまうそうなので、三時間おきに2g(=2,000咫砲困聴めば、血中のビタミンCを常に高濃度に保てて、完璧です。でも、下痢を起こさないようにご注意ください。ビタミンの必要量は個人差と、健康状態による差がとても大きいそうです。ビタミンCを飲みすぎて腸管から吸収できなくなると、下痢を起こします。わたしは20g(=20,000咫砲らいで下しましたが、兄は9g(=9,000咫砲世辰燭な。とにかく個人差が大きいので、セミナーが終わって、暇なときに、自分の腸管耐用量(下痢を起こさずに経口摂取できるビタミンCの最大量)を探ってみてください。
 ビタミンCは錠剤でなく、アスコルビン酸原末という粉末があり、安価です。が、ものすごく酸っぱいです。原末を買うならニチガ。プロテインもニチガ。兄が、「ここがコスパが最高だ」と教えてくれました。https://www.nichiga.net/

 最後に、アロマテラピー検定1級を保持するわたくしから、ラベンダー精油をお勧めします。ラベンダーには抗感染作用があり、呼吸器系の感染症に効果があります。ハンカチに一滴たらして持ち歩いて、ときどきそれを吸い込む。喉が痛い時、咳がひどい時はマスクに一滴たらして常に吸い込む。とても楽になります。精油は、そのままでは強すぎるので、基本的に油で薄めて肌に塗りますが、ラベンダーは原液で使っても大丈夫です。火傷や切り傷、ニキビなどにちょんちょんと付けると治りが良いです。火傷などは、痛みも早く引きます。

また、アロマオイル(精油)にはこんな話があります。ある小学校で風邪がはやり、何クラスも学級閉鎖になったが、あるクラスの生徒は全員風邪をひかなかった。なぜならそのクラスの担任の先生が、毎朝ティートゥリーの精油を教室の隅に一滴たらしていたから。ティートゥリーも抗感染作用があります。
精油を買うなら、「良質精油」が安くてお勧めです。ここ→https://aromaoil.ocnk.net/ だと思うのですが、久しぶりに検索してみたら、すっかり感じが変わっています。ここだったかなあ。とにかく「良質精油」というお店です。

最後に、オーソモレキュラーは当然ながら「トンデモ」などと言われています。だって、ビタミン剤なんかで治られたら商売あがったり、という製薬会社が潰そうとしますから。
身体に不具合のある人は、ぜひ本を読んで、高タンパク+メガビタミン(そして本当は糖質制限もしなくちゃなんですけど、わたしはそれがゆるゆるで・・・)を自分でやってみてください。これくらいの人体実験ができないようでは、学問道場の会員とは言えません。
おわり
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ウィルスは撲滅したらいけない!人類進化の必要悪なのだ 
Wednesday, March 11, 2020, 11:37 PM
今日の朝日新聞の記事。
長崎大学熱帯医学研究所所長・山本太郎氏の記事ずばり

コロナウィルスを撲滅しようなどとは考えるな!


ということ。

古今東西、ウィルスと人類とは切っても切れない関係だったのです。だから一方的にこちらから手を切ったとしても、それの副作用の方がずっと大きいというのが山本太郎氏の主張。

これは私も100%同意します。

無菌室で育てられた動物が健康的なのか?というと、全く逆。

むしろ人類をはじめ生物の進化とウィルスは密接に関係しているのです。

なぜならウィルスは細胞のDNAレベルにまで影響を与えるから。

詳しいことは省きますが、このようなことは多くの生物学者が唱えています。

ばい菌も裏返せば進化の天使である



免疫を持つ種別が生き残り、支配してきたという人類史が物語っています。

だからばい菌を撲滅したら、自分たちも撲滅されたwという笑えない実例が、スペイン人によるインカ帝国の滅亡の原因説です。

グローバル経済ではコロナウィルスをはじめ、今後も新型ウィルスが登場してくるでしょう。

そしてそのたびごとに騒動が起こり(多くの人が死に)、生き残った者たち(免疫保有者)が新しい世代となっていくということ。

それは歴史の必然であり、普通のことなのです。


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数学力と経済成長率と生産性は正の相関があるのだが、我が国は・・・ 
Monday, March 9, 2020, 10:20 PM
今日の日経新聞に関西学院大学長の村田治氏の寄稿が目を引きました。
高校で文系理系というコースに分けるのをやめろという提言です。

経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA2018)の結果では、日本はOECD参加国中15位/35国であった。しかし数学や科学のスコアでは加盟国では35カ国中で1位と2位を堅持しています。

あくまでも高校1年(中学卒業レベル)での比較がPISAの順位



PISAは国の初等教育の国際水準での比較を目的にしたもので、その背景には『労働資本の質』つまり「働き手のオツムの質」がその国の経済に影響しているという仮定を基におこなわれたもの。

安価で良質な労働力=経済成長?という前近代的資本主義な考えですね。バカらしい。
(追記:なぜバカらしいと思っているかというと、国内産業で働くほとんどの労働者には、頭の良さなどひとかけらも求められていないから。むしろ阻害されてます。無気力にレジを叩くコンビニ店員か棒を振るだけのガードマンのような従順さだけがサラリーマンの存在価値だから。そんなことはないと胸を張れる人は幸運です。)

経済産業省はこれからは『数理資本主義の時代だ!!!』と熱弁していますが、その根本には一にも二にも数学能力だということ。

自分は元々コンピュータプログラマーでしたから、代数学の重要性が骨身に沁みています。
代数学ってなにかというと、方程式にしたり理解する能力です。

難しく言えば、近似式(数列)にしたり、行列式をつくる能力で、古典物理学でもある。
大学から社会人になっても夢に出るほど悩まされましたよ。(もちろん猛勉強もしました)

「おれにはかんけーねー」と思われるでしょうが、身近な例ではコンピュータゲームやカーナビゲーションです。
カーナビはよく使いますが、コンピュータゲームが嫌いなのは、背後でどのような数値演算がなされているかのほうが気になるから。(そして今のゲーム機の能力に感心するだけ)

数学能力=成長率と正の相関がはっきりしている



ハヌシェック(Eric Hanushek)という経済学者が、経済成長と教育の『質』には強い相関があると発表しており、これに文科省と経産省も注目しているようです。

日本はOECDで調査された数学レベルは1位だからいいじゃん!と思われるでしょうが、残念ながら日本はこの相関(数学力=経済成長)のグラフからは逸脱しています。

つまり経済成長も生産性も低い低位国家群にいるのが日本の現状です。なぜならあくまでもPISAは16歳での比較だから。

日本は高校で80%以上を数学嫌いにする欠陥制度だ!



これからは数理資本主義なのに、文系理系という全く意味のない区分けをすることで、将来の人材を永久に立場の弱い労働者(リストラ要員)にしてしまっている。

関西学院大学長の村田治氏は高校生ならば数掘僻分積分)ぐらいは必修とすべきという意見は賛成なのですが、そもそも微分積分とは何か?を知るためには「微分積分=古典物理学」なんです。

それじゃあ古典物理学とはなにかというと、ニュートンによって編み出された力=質量×加速度という考え。そしてその根本は天文学(惑星の運動)なんですね。

数機⊃供⊃靴詫工系(嫌いな言葉だけど使います)にはもちろん必修でしょうが、物理も知っておかないと片手落ちです。

それじゃあ物理ってなに?というと根本は『哲学』なんです



哲学の根本って何?というと「神さま(創造主)はいるの?いないの?」という<問い>でしかない。その上には宗教観があります。

ほらね、結局は人文系学問の領域にいってしまう。宇宙(Universe/Cosmos/Space)を創造力で語ることが現代物理学者です。SF作家とたいして変わらない。新興宗教の教祖になってもよいかも。

結局は数学能力が低いままというのは土人であるということ



だから学力相関から乖離して低成長のままの日本は、土人(islander)の国なんです。
土人の英語訳アイランダーは島国の原住民という意味だから正しいのですが、侮辱語です。




過去ログ:「数理資本主義」時代への準備はできているのか
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秋田県鹿角(かづの)のひとり旅 
Sunday, March 8, 2020, 10:45 PM

秋田県鹿角(かづの)市に所用があり、13年ぶりに訪れました。
東に八幡平(たちまんたい)があり、北には十和田湖があります。
13年前には湯瀬(ゆぜ)温泉で泊り、ラジウムで有名な玉川温泉はへは、ここから八幡平方面に向かいました。
ひさしぶりの鹿角市、ひさしぶりだなあ〜、さらに人が少ないなあw
観光案内所も道の駅も、ドライブインも誰もいないぜw
(ちなみに3月いっぱいはどこも冬期休業なので、この時期に観光する方がバカです)

写真では見えませんが、(訂正 白鳥でした)がたくさん舞っています。朝は鶴の鳴き声でけっこうにぎやかです。八幡平に向かって撮っています。

あー白鳥だ白鳥だ!と騒いだら、ご当地の人には珍しくない風景だから、えっなんで?と言われました。

今年は雪が少なく、暖冬です。それでも朝はまだ氷点下ですが天気が良ければ、昼は汗ばむ陽気。

前回も訪れた小坂精錬所(小坂鉱山)も行ってみました。日曜でも精錬所は稼動しているのですが、それにしても誰もいない。歩いているのは俺だけ。

この前来たときは、もっと観光客や仕事で往来する人が多かったように思うのですが、誰にも会いません。
それよりも、前回はどこで写真を撮ったのだろう。まったく記憶がない。とりあえず一番高い神社に登ってみました。

時間があるので、明治末期の演劇場「幸楽館」を見学しました。

古い演芸場ですが、歴史ある建物なのです。(重要文化財指定になりました)
そして毎年有名な歌舞伎役者が公演されています。今は公演はないので舞台の見学が出来ます。
小坂鉱山の歴史は古く、江戸末期には金銀が、そして明治から大正にかけて銅が採られました。電化も東京とかわらないほど早くなされています。
銅の精錬には電気が欠かせないから。

となりの小坂銅山の事務所も見学してきました。

過去ログ:秋田県小坂町はラドン治療の本場になれる!
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教育先進国シンガポールに学ぶべきこと 
Monday, March 2, 2020, 09:06 AM
シンガポールはマレー半島の先端にある国家で、国土は東京23区と同じ程度です。
人口は564万人と千葉県か兵庫県に近い。中華系が75%、マレー人が15%、インド系が9%。
そんな小国でありながら経済も好調で、教育水準が高いことでも知られています。
金融国家ですが、電子部品や精密機器などの製造業もあります。
天然資源がないにも関わらず、一人当たりのGDPは日本の1.6倍。

もっとも注目して、参考にすべきアジアの国家でしょう。

さてその国の高等教育に関する記事があったので掲載します。

・大学1年生での成績は最初から考慮しない
・「学び方を学ぶ」ことを初年度は重視
・講義形式ではなくグループ討議式授業
・起業家育成のプログラム

さらには卒業生は卒業後も20年間は再履修ができる制度があること。

社会経験を積んで再び戻ることは双方に有益だ



教育制度を戦略的かつ柔軟に変更することで、時代に即した人材を供給し、かつ教育機関も変化させるというたいへん合理的になっているのです。

権威主義しかない日本の大学などとは大違いですね。


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巨大公益企業の不祥事の罪を問わない霞ヶ関、株主 
Monday, March 2, 2020, 12:35 AM
朝日新聞の記事。

関西電力経営陣と福井県高浜町の元助役・森山栄治の根深い癒着が明るみになると、隠蔽に走る監査役ら、そして手前味噌な解釈で違法性はないという関西電力法務部。

電力料金が裏金とキャッシュバックに化けて、どこが適法なんだ!?



あきれた電力会社の体質を、朝日の記事ははっきり書いています。

関電は電気料金を支払う民間を完全に舐めた会社です。
ほんとに腐ってますね。30年前に仕事をしましたが、上から下まで腐った風土でした。
まともな人はついぞ会ったことがなかった。ふんぞり返って、金出すからあとはそちらでという態度だけならいいのですが、完全に目上。それも入社数年の若造がです。

こんな人を見下した体質は、監督官庁(経産省)の役人体質をそのまま見習っているのだと容易に想像できます。

自分は原発再稼働はすぐにすべしという意見です。
なぜなら、いちど発電所を止めると、再稼働には余計なリスクを伴うから。

化学プラントでも製鉄所でも、稼動したら24時間365日ずっと動いているのが普通の状態だからです。(そのように各設備が設計されている)

クルマのエンジンのように、止めたり動かしたりはできないのです。

自動車だって半年や一年動かさなければ、エンジンがかからなくなったり、錆がでてたり、油が漏れたりとトラブルが起こりやすくなります。

だから原発は動かしながら善後策を考えるべきだというのは真っ当な意見なのです。

原発が存在悪なのは、官庁と電力会社、権力者が強固に癒着しているから



原子力発電というシステムが悪いわけではないのに、そこに蠢く人間共が悪人すぎる(頭が悪すぎる)から、悪いイメージしか残らない。

福島第一原発に大事故を招いた東電の幹部らは有罪にすべきであった。

この記事を読むと、関電の八木誠と岩根茂樹も絶対に背任と収賄で刑務所にぶちこむべきです。

そして監督官庁の課長級・局長級以上は厳しく責任を問わなければならない。

原子力活用の討論は、まずここからだ



それを担うのは政治の役目であるのですが、アホバカマヌケな国会議員ばかりで、ぐちゃぐちゃな癒着内閣では望むべくもない。

独裁で経営者の責任を問うのではなく、それならば株主が監視(訴訟)するというのがアメリカの資本主義。

日本は政治も3流なら、統治も3流です。株式資本社会でさえない。


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コロナに伝染(うつ)ってもいいからコンサートで生で観たいのよ 
Wednesday, February 26, 2020, 09:37 PM


いやー、東京ドームのはるか上のバックスタンドからでしたが、Perfumeのパフォーマンスを眺められて、堪能しました。

ステージの3人は小さなフィギィアのようにしか見えません。

それにしてもパフュームも31歳です。だからこそ、観に行きたかった。ベストアルバムを機に活動中断とかもあるかと思ったので。

コンサートの終りに、これからも3人で活動して行くという力強い宣言がされていたので、それは杞憂でした。

本日26日の公演は突然中止となったそうです。
あー昨日にして良かった。もし今日を選択していたら誰を恨めばよいのやら。

過去ログ
3月は引越シーズン、あっちもこっちも
テクノミュージックって言葉は死語
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