isolation(アイソレーション)はモンロー主義ではない 
Wednesday, January 11, 2017, 02:34 PM
1/11 晴 10時 浅草での空間線量は79ベクレル/立法メートル

副島隆彦先生が学問道場でトランプ大統領(まだ”次期”だが実質ではすでに大統領だ)と支持者たちの解説をされています。


トランプ大統領の政策のisolationism(アイソレーショニズム)を孤立主義と訳す新聞社に対してまずは一刀両断。

アイソレートは孤立するという意味をそのまま意味も知らずあてはめているから訳がわからない。

覇権国家アメリカが孤立するわけがない。

副島隆彦先生は「国内問題優先主義」でないと意味が伝わらないと説きます。

ジェームス・モンロー五代大統領が1823年に演説したヨーロッパに対する相互不干渉の宣言をisolationismと混同するのですが、モンローが唱えたのは、ヨーロッパ諸国に南米の植民地化(侵略)を止めろと言ったことなのです。

南米大陸は(おそらくメキシコやカリブ海なども含む)アメリカの権益なのだと脅したのが真実。

建国浅いアメリカがヨーロッパに対して手を出すなと強い姿勢を示したことです。

副島先生が言うには、リージョナル・ヘゲモニー(地域覇権主義)のコトバだそうです。
(そして現在の中国も地域覇権主義です)

トランプのisolationismは国内雇用対策に他なりません。
その背景はアメリカのポピュリズム(populism)です。

副島隆彦先生はpopulismにも言及しています。これも「大衆迎合主義」などと訳わからない言葉に置き換わると何もわかりません。

曰わく『ポピュリズムというのは激しいアメリカ民衆の運動であって、首都ワシントンの政治家や官僚たちの支配をひっくり返してしまおうという、政治的動乱のことです。』

大衆は悪人なのか?

エスタブリッシュメント(支配階層)の立場から視ると悪人(いわゆる情報弱者、もっと言えば衆愚・愚民)だということ。

メディアは弱者擁護のフリをして支配階層の道具ですから、大番狂わせとなったトランプ大統領の登場にあたふたしているわけ。

アメリカの大多数を占める貧乏な市民の怒りは「怒りの葡萄」そのものです。

ポピュリズムはそのまま「民衆反乱」とすべき激しい言葉なのです。

これをポピュリズムだからと高を括っていると、手痛い目に遭いますよ。

間違いなくisolationismは圧倒的な支持をされているわけです。

グローバル企業の生産拠点が米国に移っても日本人には全く関係がない



トヨタがメキシコでの新工場を建てても、はたまた米国にも新工場を建てても、日本国民には関係のない話です。

トヨタの利益の6割は北米での販売からと言われています。

トランプのアイソレーショニズムで我々は打撃を受けるでしょうか?

実は全然関係ありません。なぜなら

グローバル企業は(本社のある)本国にはお金を持ち込みません



北米で稼いだお金は、別の国に再投資されていくだけなのです。または金利の高い国(通貨)となって税金の安い国に貯えられていくだけ。

トヨタやホンダが日本以外のどこに工場を建てようと、日本国民にとっては一銭の関わりもないのです。

トランプのために大変だ大変だと騒いでいるのは日経だけ



日刊経団連新聞が騒いでいるだけです。

アイソレーショニズム大賛成!くたばれグローバル企業です。

EUも右翼政権が次々誕生して、EUはガタガタになっていくでしょう。脱退する国家もこれから出てくるかも知れません。

まさにこれから数年間は大変動と革命の時代になります。ポピュリズム(民衆反乱)の時代が鮮明になったからです。

日本では元号が変わるのは社会動乱を鎮めるため



元号は天皇が交替すると変更されるものと思われていますが、過去には天皇の即位とは別のタイミングで行われることも度々あるのです。

災害や飢饉といった天災や動乱が起る度に元号は変えられたのです。

近い例では江戸末期の孝明天皇のときは数年毎に変わっています。

元号を変えることで怨念を鎮めるとされたからです。

2019年元旦から新元号になるというのはタイミング的にどんぴしゃです。
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運輸業界はパンクしました 
Tuesday, January 10, 2017, 11:46 AM
1/10 晴 10時 浅草での空間線量は68ベクレル/立法メートル

いまも正月休みで急増した荷物で、宅急便業者はパンクしている状況です。

当方でも発送荷物の不着事故が二件発生しています。
東京都内の配送が三日もかかってしまう状況です。

宅急便のウリである翌日配達は年々難しくなっている



メール便(ポスト投函型小荷物)はほとんど止まっているでしょう。10年前でさえクリスマスに出した都内宛てのメール便が二週間もかかったことがあります。それ以降は郵便物はレターパックに切替えました。

ただ受け取り側にも原因がありまして

不在による再配達の頻発が一気にボトルネックとなっている



共稼ぎや一人暮らし世帯が多いので、再配達の二度手間で物流の末端が詰っているのが現状のようです。
これだけ遅配や紛失が発生していると言うことは、宅配業者の受入れ容量をはるかに越えているのでしょう。

私もそうですが不在連絡票がポストに入っていると、申し訳なく思います。

集荷して、まとめて、配送地域へ送って、配達する

最後の配達はどうしてもルーチンワークにならない。受け取り側の都合があるからです。

このボトルネックを解消できる企業が、宅配業者の覇者となるのでしょうね。

トラック輸送の積荷の最適化や集荷経路の最適化は通信技術の発達でコンピュータが計算してくれるのですが、やがては我々受取人の属性(プロパティ)まで配送システムに組み込まれていくでしょう。

たとえば、ここは一人暮らしだから夜間にしかいないとか、妻は在宅しているが夕方は不在がちだといった情報です。

たぶんすでにあるんだろうなあ。

でもさらに人工知能で効率化は進んでいくでしょう。宅配で人が介在するのは玄関口に運ぶだけ。

アメリカでは末端の配達をシェアリングで補いつつある



海外では自宅や別荘を旅行者へ一時的に貸し出したり、自家用車を相乗りやタクシーとして営業できることも開放しています。

Amazonも配達は専門業者ではなく、フリーランスへの委託が増えていくようです。

リソース(人力、設備、時空間)を自社で持たず、下請業者、さらには一般人にまで広げていく試行が進んでいます。

日本だって年末年始や連休といった繁忙期にはパートのおばちゃんを掻き集めたり、学生で賄ってきたのです。ニュースでやっていましたが、パートはもう集まらないのだそうです。

安賃金の単純作業なんて誰だってやりたかねえよw



明治に郵便制度ができたときに、郵便局は地域の名士や地主が設立しました。郵便局長は地域の顔役であったのです。(現在も特定郵便局という名称で存続しています)

そこには郵便を委託される矜持もあり、利用者側からは絶対的な信頼があったのです。

だから日本郵政の民営化など私は大反対です、いまでも。

クロネコヤマトや佐川急便といった民間に欠けているのは「配達地域での信用力」に他なりません。見ず知らずの者が運んでくるか、その土地に住む者が運んでくるかという違いだけです。

郵政の民営化前の話ですが、アルバイト禁止の学校でも年末の郵便局だけは学内で募集されてたっけなあ。ただ子供の感覚では正月に働くのは貧乏ですと広言しているようでバツが悪いものでした。

いま思えば一度体験しておけば良かった。

民泊、白タク、貨物業が解禁されたら質は下がっていくでしょうが、IT時代には避けられないでしょうね。当方の遅配や紛失も配達するアルバイトが原因でした。

身体が空いて時間はあるという人たちは、昔は農林業ですが、これからは運輸業も必然的に吸収していくでしょう。

法律改正が必要となるので、あとは政治判断です。
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「洛中」の選民意識はたまらなく嫌いですが、ご当地の人たちは意に介しません 
Monday, January 9, 2017, 12:06 PM
1/9 小雨 10時 浅草での空間線量は67ベクレル/立法メートル

新書大賞2016第一位の帯が踊る
「京都ぎらい 千年の古都のいやらしさ、ぜんぶ書く」 井上章一著 朝日新書
を新幹線の中で読みました。

旅行雑誌や鉄道会社のCMで京都に憧憬する方も多いことでしょう。さらには教養があると言わんばかりに「京都は日本の誇る観光<資産>」だというテレビタレントもいますね。

あっ、一言で京都KYOTOと言いましても

京都府と京都では指している地域が違いますから



本書では嵯峨(さが)生まれの著者が洛中(京都市の中心地)出身の著名人に無意識下で蔑まされた経験を語っています。

京都御所から西に位置するのが嵯峨で、東に位置するのが山科(やましな)です。ここらへんも洛中の人から見れば京都ではないということ。南の伏見や宇治も京都ではないらしい。

京都府は広いですから、京都と一言で表しても、ぜんぜん普通の住宅街もあります。というか日本海まで京都府なのですから田舎が実際は大部分です。

古寺名刹(こじめいさつ)がなければ単なる枯れた地方都市



メディアが創り上げた幻想(思い込み)というフィルターを外すと、実際はそこらの地方都市となんら変りません。

安っぽいネオン街はあるし、柄の悪いところはとことん悪いですし、暴走族も走り回ってます。

京都の人はしっとりした落ち着きがあるなんていうのは、勝手なイメージです。

京都弁のヤクザ者は怖いですw



大阪弁は早口でまくし立てるようなイメージを多くの人がお持ちでしょうが、大阪でも中心地の商人弁、東側の河内弁、南部の泉州弁、北部の京都弁に近い方言があります。それぞれぜんぜん違います。

京都弁はゆったりしゃべって、語尾に念押しで「〜ねん」「〜へんなぁ」「〜わぁ(かぁ)」、丁寧語で動作は「〜しはる」(例:誰それさんがそないに言いはるねんわぁ)とおばちゃんっぽい話し方w

大阪弁は語尾が「〜や」「〜わ」で終わるほうが多い。(河内弁はもっと汚く「〜じゃ」「〜け」ですが、今はあまり聞きません)

京都の方は意識してなのか、抑揚を抑えて丁寧に話すように聞こえます。
ただ言っちゃうと、京都弁は大阪ではあんまり好かれません。人や立場によっては慇懃無礼(いんぎんぶれい)に感じるからです。

俳優の松方弘樹や近藤正臣が悪役をやっても様になるのは、その顔立ちからではなく、京言葉で本音が隠されているようで不気味に感じます。

ぎゃくに温かみがあり、ほっと落ち着くのも京都弁なんですが、頑なに特有の言い回しを守っているのも京都弁ということ。

存外に「自分は京都(洛中)の人間なんだぞ」という自意識が見え隠れしているというのは、私のうがった見方でしょうか。

京都経済は俺達坊主がいるからという思い上がったコンセンサス



京都の寺院と坊主ほど謙遜や謙虚という言葉から縁遠い存在はないと思います。

祇園を支えているのは坊主だと、なまぐさ坊主は胸を張り、
写真を撮るだけでも金を要求し、ライトアップでまた料金を取る。しかし税金は一致団結して跳ね除ける。
その銭ゲバぶりは本書を是非読んでみてください。

観光都市として盛り立てているのは、精進料理を提供する料理人の工夫や風情の演出に苦心している宿泊業者などです。

その頂点に名刹の坊主がいるという階層が京都にはあるのです。

京都の観光地の人工的な景観が好きか嫌いか問題



拝観料による収入と観光に落ちるお金が京都の景観をよくしていることは認めます。

ただ私はあまり好きではないのです。戦場となった京都は明治では荒れ果てていたそうです。また寺院の領地も大部分は新政府に没収されていきました。

荒れた京都の古寺名刹に驚き、再生に尽力したのが大久保利通なんだそうです。

このように前半は京都市とその周辺の住民の複雑なアイデンティティの吐露と後半は観光都市・京都の歴史の背景となっています。

各地域への成り立ちを通して著者の郷土愛も感じさせます。

私は歴史が好きなのであって、決してハードウェア(建築物)そのものが好きなわけではありません。

この著者は建築研究家なのですが、同じ感情をもっているように感じました。

巻末のエピソードの話です。

数字の「七」を「ひち」と呼びますが、これは関西方面の方言だそうで、朝日新聞によると「しち」なんだそうです。

七条通は「ひちじょうどおり」であり、決して「しちじょうどおり」ではない。
四条と聞き間違えると京都人は憤懣やるかたなしだそうです。

京都嫌いの私でも「七」を「しち」に統一する国語政策には反対です。

京都観光にはぜひ携えて。別の視点で楽しめること請合います!



過去ログ: やしきたかじんもウルフルズも京風弁です
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六城ラヂウムはネット通販業者なのか? 
Sunday, January 8, 2017, 11:37 PM
NHKスペシャル 巨龍中国「14億人の消費革命〜爆発的拡大!ネット通販〜」を観ながら書き込んでいます。

中国のショッピングサイト淘宝(タオバオ)の出店業者を追ったドキュメンタリーです。

李克強が進める景気政策で、内陸部への消費財(衣料や日常品)の通信販売が伸びています。

僻地でも沿岸部と同じ流行の商品が手に入るので人気なのです。

しかし通販業者は100万とも言われており、薄利多売そのものです。

仕入れて売ることはネットで簡単に参入できるようになりましたが、ハイリスク・ローリターンの典型です。

ネット販売こそ資本力が必要である



商売はすべてそうですが、小資本ではできません。とくに初期投資はとても重要です。
パソコンかスマホ一台用意したから通販業ができるかといえば、答えはNO。

AmazonやYahooショッピングに出店するには、まず審査に通ることが必要ですし、クレジット決済にも信販会社の審査に通ることが必要です。

いわずもがな仕入れ代金も必要です。

案外抜けているのが毎月の固定費として宣伝費が必要であるということ。

新規参入業者が何もしないで、いきなりネットで注目されるわけがない。

だから宣伝費も維持費のうちなんです。パソコンだけで経費がかからないと思われがちですが、最低でも年間数十万円はかかります。しっかりしたWebサイトを構築するとしたら50〜100万円はかかってしまします。

Webを自分で作れたらそれが最善ですが、六城ラヂウムも当初は何人かのWebデザイナーに外注したことがあります。

でもねえ、私の理想・考えを理解してもらえず、結構時間とお金を無駄にしました。
今は信頼するパートナーがこのWebを構築してくれて、ほんとうに感謝しています。

私の場合、ネット通販をやりたいという目的で六城ラヂウムを開設したのではなく、あくまでも販売の補助的なものでした。

最初の六城ラヂウムのサイトは凝ったものではなく、簡単なHTMLを書いて載せただけです。写真も数枚だけ。

注文はボタンをクリックして注文となるのではなく、わざわざ電子メールかFAXのみです。

当時流行っていたFlashやアニメーションは一切排除しました。なぜなら当時のネット環境では画面が重くて、スクロールもできなかったからです。だから文字だけ。

最初の注文を今でも覚えていますが、電子メールでした。

何度も読み返して本当なのか逡巡しました。そしてとうとう注文された方に電話をかけて、本当に購入するつもりなのか確認したぐらいです(笑)

だって一日のアクセス数は数件(というかほとんどゼロの日ばかり)だったからです。

Yahooに広告を出したことで徐々に一日100件200件とアクセスだけは上がっていきました。それでも注文をいただけるとは当初は思ってもいませんでした。

パソコンで私の知らない方が、なんらかの理由で訪れてくれているという新鮮な感動だけでした。

開設しても5年間は非常に不思議な感じでした。(当ドメイン開設は12年目経過していますが、それ以前の個人サイト時代を含めれば15年目となります)

六城ラヂウムの店主である私をご存知ではないし、私からも年齢性別がわからない方と商品と金銭のやりとりが発生するわけですから。

信頼していただいたお客様への感謝をしない日々はございません



こうして六城ラヂウムの看板を上げていられるのは、ほんとうに日々アクセスしていただいているからこそです。

現在一日2000件程度です。通販サイトとしてはあまり自慢できる数値ではありません。

一般的には2万アクセスが通販サイトの合格ラインだと言われています。

だから六城ラヂウムは落第サイトなんです(笑)

六城は通販業者だとは自分では思っていない



先日の同窓会で私の稼業を通販業者と紹介されました。あれっ?俺って通販業なんだっけと一瞬考え込みました。

一般に通販業というと、自分で売れ筋を仕入れて、それを店先にみたてたWebサイトで販売するものだと思うのです。

たとえば農家の方が自分の畑で採れた野菜を通販で販売したら、はたして通販業なのでしょうか?

近所に樹木医の植木屋がいますけど、ネットでアドバイスしたり盆栽を販売していますがネット業者ではありません。

私もそうで、あまり通販業者という自覚はそれほどありません。

発信したいという欲望の発散の場が六城ラヂウム



日本を変えたいとか世間に働きかけるというほど大げさな野望はあまりないです。

ただこういう考えの男が一匹いる、それだけなのです。

NHKスペシャル 巨龍中国「14億人の消費革命〜爆発的拡大!ネット通販〜」に話を戻しますが、通販に参入した若者達を眺めていると、あまりにも普通の若者すぎて購買したいという魅力を感じませんでした。

生き残るサイトには毒、狂気、エゴ、エロス・・・際立ったものがなにか一つは必要なのです。

紹介されていた通販サイトの若者達にはそれがないのです。平凡で貧乏な若者。

深夜も注文と発送に忙殺されているだけでした。コンビニ店主と変らないじゃないか。

繰り返しますが、通販は自己主張がないといけないのです。

だから頭がすこしイカれているぐらいが、経営者には向いているかも知れませんよ。
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「無限小」という概念はカトリックで生まれ、そしてイエズス会により排除された。そして「新哲学」となってイギリスの市民革命へとつながった。 
Sunday, January 8, 2017, 05:24 PM
1/8 曇雨 10時 浅草での空間線量は68ベクレル/立法メートル

一昨年2015年8月に岩波書店より発売された「Infinitesimal 無限小 世界を変えた数学の危険思想」(アーミア・アレキサンダーAmir Alexander
足立恒雄訳)の書評をします。この本はアメリカでベストセラーとなっています。

さわりはこちら→過去ログ:数学はプロテスタント系とカトリック・イエズス会系があるのです

本書は17世紀のイタリア・イエズス会による神学論争がイギリスの市民革命へ結びついたという話です。

カトリックの急進勢力イエズス会による「無限小」の排除運動と数学者への弾圧が、イタリア・ローマからイギリスへ舞台が移り物語は大転換します。

イギリスの哲学者トマス・ホップス、そして清教徒の数学者ジョンウィリスにより「無限小」という神学的見地が思想に新風を呼び込み、数学のパラダイムシフトがやがて議会制を求める市民革命のバックグランドとなっていった過程を、<数学という思想>で解説した本です。

プロテスタントの数学者たち、ニュートン、ライプニッツが微分法の発明に結びついたという単純な数学史ではなく、それまでの数多の数学者達の紆余曲折がよくわかります。

■イエズス会は対プロテスタントとして組織された



まず私が初めて知ったのですが、イエズス会とはルターの宗教改革(1517年)から33年も経って拡大するプロテスタントへの対抗として創られたカトリック信奉者の団体であったと言うことです。

イエズス会の創始者はスペイン・バスク地方のイグティナウス・デ・ロヨラ(1491-1556)という貴族出身の騎士です。彼がフランスとの戦いで負傷し治療中に啓示を受けたことにより、フランシスコ修道会に身を投じます。


しかしフランシスコ修道会は彼の異常すぎる熱心さに危機を抱き、すぐに追い出してしまいます。失意のイグティナウスは出身地のスペインに戻り、騎士道に沿った規律の厳しいイエズス会を立ち上げるのです。

■イエズス会は教育こそ最大の布教の武器と考えた



イエズス会はコレジオ・ロマーノ(Collegium Romanum:現在のグレゴリアン大学)という高等学問機関を設立し、プロテスタント勢力が及ぶ諸国から若い学者や貴族の子弟を募集しました。



反教皇の勢力が拡大することに危機を抱いたイグティナウスはローマに学校を創って反撃にでたのです。
そこでは伝統的な幾何学を基礎とした数学を発展させたカトリック教義に沿う物理天文学を研究していたのです。

この戦略は劣勢であったカトリックの勢力の挽回に大きな原動力となりました。

ヨーロッパ中の知識人・科学者はコレジオ・ロマーノで学び、そしてローマ教皇の強力な庇護を授かったイエズス会が反プロテスタントのネットワークを形成していったのです。

そのなかでも重要で中心となった人物はガリレオ・ガリレイ(1564-1652)です。


■ガリレオは天動説を支持したから宗教裁判に掛けられたのではない



それではなぜガリレオは宗教裁判に掛けられたのでしょうか。

1521年の冬、ドイツの修道士・神学教授であるマルティン・ルターが、ヨーロッパ全土を統治するハブスブルク家出身の権力者・皇帝カール五世に免罪符に関する質問状、「95箇条の論題」を教会の門に貼りだしたことからプロテスタント(抗議という意味)派がはじまります。

カトリックから異端者として迫害されたルターはザクセン国のフリードリッヒ公に匿われます。この動きはヨーロッパ諸国に拡がり、プロテスタント派はメディチ家から擁護されて、芸術科学の進展に大きな影響を与えていきます。

一方では同じメディチ家のトスカーナ大公の庇護で研究を続けたガリレオは、科学者ではなく神学者という肩書きも得ていました。科学者ではなく神学者(哲学者)のガリレオに対してイエズス会は執拗な攻撃を加えたわけです。

ガリレオへの攻撃はイエズス会によるメディチ家への攻撃であったのです。政治的対立が原因でガリレオは失脚させられたのです。
私(六城)はこれまで科学の発展はルターの宗教改革により、教義解釈が拡大されて例えばコペルニクスの地動説やニュートンによる物理法則、ライプニッツによる数学の発展が行われたのだと思っていました。

これが大きな過ち(勘違い)でして、実際にはローマカトリックでもアリストテレスが唱えた古代幾何学を継承しつつも、数学者(天文学者)は日々格闘していたのです。

ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)が天体望遠鏡で月を覗き、木星に4つの衛星を発見したことにより、カトリックでも地動説は容認されつつあったのです。

■カトリックは伝統的な幾何学(図形による解析)から無限小という概念に辿り着いた



線分(一本の線)を拡大していけば、それは点の集まりになります。線は点の集まりだと小学校で習うでしょう。

面は線の集まりだと考えられます。糸が並べば布になるように、面とは線の集まりに分解することができます。立体はその面の集まりとされます。

形あるものは面の集まりであり、それは線の集まりに分解され、それはつまり点の集まりと幾何学では考えます。
3Dプリンターが細いノズルで樹脂を積み上げていくと、やがては複雑な立体となることと同じです。

ところがカトリックの自然哲学においては<それ以上の小さい事象は考えてはならない>とされてきました。

なぜなら極小の世界は創造主のみの世界だろうということ。小さいことを追求して行けども、そこには行き先がない。だからそれ以上の探求はしてはならないという不文律があったのです。

「いくら拡大しても見えない<点>は<存在する>といえるのか?」
「いくら拡大しても幅を持たない<線>は線と定義できるのか?」
「面積や容積がないことを存在しているとは矛盾に満ちた定義である」

これが幾何学を基礎としたカトリック教義による無限小への回答です。

現代物理学でも、原子のつぎは素粒子、素粒子の先はクオーク、クオークの先は・・・と順繰りに続く追いかけっこが命題となっています。
やがて空っぽの空間となり、それは物質といえるかということ。

■無限小の概念はカトリックの科学者であるガリレオと弟子のカヴァリエリ、トリチェリの最大の成果である



2000年ものあいだアリストテレス(それがやがてスコラ哲学へとなる)を宇宙観の基礎としたキリスト教カトリックとしては、神が宿る領域(細分できない微小や数えられない無限大)の定義は、そのままキリスト教の瓦解(イデオロギーの破壊)を意味することとしてキリスト教徒のタブーとされたのです。

幾何学のパラドクスへ好んで挑み続けたのがガリレオであり、その弟子であるカヴァリエリとトリチェリでした。

カヴァリエリは体積や面積の求め方、トリチェリは真空を発見した物理学者として知られています。

(カヴァリエリの像)


(トリチェリの画像)



■ジョン・ウォリスという清教徒の数学者が神学論に新たな新天地「無限小」を切り拓いた



高校から習う微分積分はニュートンやライプニッツが発明したものだと単純に教わってきました。ある日突然閃いたかのように思い込んでいました。

これも大きな誤りで、イギリスの王権を守る勢力と議会主導を唱える勢力の闘争の過程で、確立した数学の新天地が「微分積分」であったのです。

教条主義に凝り固まっていた数学という神学論に新たな概念を吹き込むことで、ジョン・ウォリス(1616-1703)という清教徒の数学者はエクレイデス(ユークリッド)幾何学との融和を図ったのです。

無限小という概念は強力で、17世紀中盤から、物理学に「新たな真理」がつぎつぎ発見されていきました。
これを後世の我々は近代化と呼んだのです。


この本の書評は「副島隆彦の学問道場」に掲載してもらいます。
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お正月終了 
Saturday, January 7, 2017, 05:48 PM
本日でお正月休みは終了です。この一週間でなんと体重が2圓眩えました。温泉の体重計で驚きました。
人とはこんなに簡単に体重が増えるものなのだなあ。

さてそこで散歩に出かけました。
自動車で行くことをやめて、あえて電車で歩きます。

さてここはどこでしょう。ちょうど「頭のてっぺんの部分」です。

掘りに沿ってひたすら歩きます。


ずいぶん街並がきれいに感じます。むかしは猥雑な場所でした。



























ひたすら歩く











赤いアクセントがあり、ここらへんがちょうど腰の部分かな












ここらへんはちょうど「足元」にあたります。









もうおわかりでしょう。宮内庁の看板が掲げられています。

堺市の三国ヶ丘駅から大仙公園への経路です。


自転車の町ですから、大仙公園に自転車博物館があり、そこで知人と待ち合わせをしていたのです。

政令指定都市となった堺市は観光資源に力を入れています。

街並や駅舎もずいぶん変わりました。

仁徳天皇陵と称したのですが、今は大仙(だいせん)古墳という名称になっています。

仁徳天皇という説は確証がないからです。有意義な1日でした。

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道明寺合戦:後藤又兵衛終焉の地(小松山古戦場)を望む 
Monday, January 2, 2017, 02:53 PM
慶長20年(1615)5月6日、大阪夏の陣で後藤又兵衛が奮戦した小松山に行ってみました。
真田(信繁)幸村と後藤又兵衛が徳川勢を迎え討ったという場所です。

過去ログ:九度山の真田庵はこちら→和歌山県紀ノ川沿いを散策する(真田庵・慈尊院・華岡青洲の史跡)

幸村軍と道明寺での合流が叶わず、後藤又兵衛は単独で小松山(現在は柏原市玉手山公園という名称)で立て篭もり奮闘します。

この山頂には碑が建てられているそうですが、なんと3日までは休園でゲートは施錠されていました。しかたないので、大和川の支流・石川からの遠望だけであきらめます。


徳川方の伊達政宗軍は、小松山から石川を渡り、誉田八幡(こんだはちまん)へと兵を進めますが、そこで真田(信繁)幸村軍の奇襲に遭い、足止めされました。



写真のマンション方向が誉田八幡です。
真田軍はここから大阪城方面の茶臼山へ退きます。

道明寺や誉田八幡への道には古戦場であったという碑があちこちにあります。が、車線は一本の古い街道なので自動車ではなく、歩きでないと見つけることはできないでしょう。

久しぶりにお参りしようと勇んで出かけたのですが、誉田八幡・道明寺もこの時期ですから、駐車スペースはなく、素通りしただけでした。昔は歩いて初詣に行っていたのです。

ガキの頃住んでいた地域なのですが、そんな歴史がある土地とは知りませんでした。
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30年ぶりの同窓会 
Saturday, December 31, 2016, 01:22 PM
田舎に帰って30年ぶりという高校の同窓会に出席しました。
やっぱりというか案の定というか、当時の先生は10年前には亡くなられていました。
満州引き上げ組だったから、存命であっても相当のご高齢だとは思っていましたからしかたがないです。

正直申し上げると、あまり勉強は好きではなく、学校生活も楽しかったという思い出はあまりなかったのです。

一番人口層の厚い世代ですから、一学年10クラスに47人学級で、小さな学校に増設されたプレハブ校舎でした。

粗製濫造のバブル世代



惰性で通うぐらいならいっそ行かない方が、なんらかの方策が見つかるのではないかと、弱い頭で思っていたぐらいですから。

高校2年生のときに共通一次試験の科目選択を見据えて、理系か文系という選択をさせられます。

数学も物理も英語も国語も歴史も(笑、つまり全科目)嫌いだった私ですが、単にかっこいいからという理由だけで「理系」としました。

今思えばどうでもよい選択を学校は馬鹿にさせるものです。

国語の古典の担任だった先生と面談をしたのですが、ぽろっと「おまえは文系の方が意外と向いているぞ」と言われたことを覚えています。

アホガキだった16歳の私は、国語は嫌いだし、古文なんて暗号文の解読のように思っていたので、そんなことはあり得ないと思っていました。

愛読書は少年ジャンプしかなかったし。

そんなアホガキが後年、吉村昭を愛読し、国語の教科書で読んだだけの森鴎外について論評するなどとは当時は考えも及びませんでした。

数学も物理も大嫌いな授業であったのに、偶然の幸運で大学に入ることができ、そこから社会人となっても苦しめられる(祟られる)とも思いませんでした。

心の内では逃げているつもりなのに、歳をとればいつのまにか近づいていくというアベコベの結果となっています。

正月休み中に数学書を一冊読み上げるつもりでいます。
過去ログ:数学はプロテスタント系とカトリック・イエズス会系があるのです

30年の月日とは不思議なもんだなあと、30年ぶりの同級生とあって感慨を抱きました。

これから30年で自分がどのようになっていくのかというのもわかりませんね。

時が流れるというのは、河に例えられますが、果たしてそうでしょうか。振り返ってみれば決して時間とは水が流れる如き悠久の流れとは感じません。

何本も並んでいるベルトコンベアを渡り歩くようなもの



終わりのない<あみだくじ>を延々とやっているようなもの。
そんなもんじゃないのかな。ちょっとした弾みで違うコンベアで運ばれてしまう。

だから現状がそのまま続くということはありえない。
自分の意志や目標というものは一生の中ではそれほど重要ではないと思うのです。

目標と結果は全く異なることがあるからです。

私の年代では子供がたいていは受験期です。でもねえ100人いたら百通りの生き方になるわけで、親や自分自身がこれから先を思い描くことなどできるわけがない。

ずっと自立する方法ばかりを考えているガキでした。

30歳で副島隆彦先生と出会い、この思想こそ「リバータリアン」という反権力、反国家、
反官僚、反税金、反過剰福祉、反国家干渉だということを知りました。

自分のことは自分たちだけで解決する、そこに国家が干渉するなというアメリカ建国の精神です。

私は教育機関や親が教えることはそれだけで十分だと考えます。

高校生のときに熱中していたのは、キャンプでした。オートバイや自転車で山中に分け入り、焚火でメシを炊いて、寝る。そのまま大学時代もテントを積んで旅をしていました。

コンビニ弁当を喰っているようじゃ碌な大人になりませんぜ(笑)
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六城ラヂウム休業期間のお知らせ 
Wednesday, December 28, 2016, 10:23 AM
12/28 快晴 10時 浅草での空間線量は83ベクレル/立法メート



今年一年ありがとうございました。来年7日より通常業務となります。
良いお年越しをお迎え下さい。
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芸能ゴシップはテレビの稼ぎ頭でしかない 
Tuesday, December 27, 2016, 01:19 PM
12/27 雨 10時 浅草での空間線量は83ベクレル/立法メート

今朝のNHKまでSMAP解散を取り上げてました。どうでもいいニュースの筆頭です。
最後の番組の視聴率は27.4%だったんだとか。
テレビ世帯の半数ぐらいが番組を観たのでしょう。

私はその時間帯はテレビを点けていないので端から興味がない。

これで儲けたのはテレビ局と広告代理店でしょう。もっともレコード会社も過去のレコードをまとめて

SMAPの歳末大売り出し状態でウハウハ



B層を踊らせるには最高の題材です。
どうせ年が明ければ、また何も無かったように元SMAPの面々がテレビに出るだけです。

テレビもラジオでも急にファンを自称する人たちが増えてコメントを残しています。
子供の頃から聞いてましたとか、リクエストしますとか。

私はいい歳こいたテレビタレントとしてしか見てません。

ラジオでも山下達郎のクリスマスイブに次いで、四六時中SMAPの世界だけの花が流れてました。
うっとおしいです。

テレビやラジオ番組の製作者側としては楽だろうなあと思います。
とりあえずネタ枯れの中で鉄板ネタとしてSMAP特集でもやっとけばいいのですから

SMAPのおかげで一休みできる


これが裏方の正直なところでしょう。

ちっくだらねえ。

運行を止める鉄道車両を撮りに集まるという群衆心理となんら変わらない。
鉄道会社の本音は迷惑な存在なんだとか。

テレビにしっかり目と耳を傾けるのは、天気予報と交通情報ぐらいです。
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自動車の発明の方が自転車よりも早いという盲点 
Monday, December 26, 2016, 02:23 PM
12/26 曇 10時 浅草での空間線量は77ベクレル/立法メート

ヨーロッパの工業史を調べております。意外と自動車工業の成り立ちって一般には知られていません。

自動車は三輪自転車の技術を取り入れて生まれた



自転車はもともと馬車の車輪を使って、足で蹴る乗り物として貴族の遊びとして流行しました。
ホビーホースという乗り物です。

足で蹴るのが邪魔くさくなって、前輪にクランクをフランス人鍛冶屋が付けました。

鉄が大量生産される頃になると、馬のいらない乗り物として上流階級で使われ始めました。

今のように二輪になる前は三輪・四輪の方が主流であったのです。馬車をそのまま人力にしたようなものですから。

当時の舗装は道を砕石と石灰で固めただけで、雨だと滑るのでずいぶんのどかにゴトゴトと走ったそうです。

最初はペダルと車輪は直結していたのですが、のちにギアが組み込まれて変速できるようになります。

三輪や四輪はカーブでは内側と外側で回転速度の差ができるので、それを吸収するギア(差動ギア:デファレンシャルギア)が発明されました。

こうして人力三輪時代が続きます。

ここまで来たら言わずもがな、小型の内燃機関(ガソリンエンジン)が登場すると、人力がエンジンに置き換わっていくのです。

1880年代にはベンツが最初の自動車を創ったことになっています。(それ以前にも蒸気エンジンの車はあった)

なんとその頃には、電池を積んだ電動自動車もすでにありました。

自動車が登場する50年前には蒸気機関車による鉄道網が先進国では出来つつありました。日本では江戸時代末の頃です。欧米では電信電話が普及して、大西洋横断ケーブルまで施設されていました。

だからガソリン自動車ってのは結構遅く登場したのです。(明治の中頃ですからね)

自動車が登場してから自転車が普及していった



前輪後輪が同じサイズの現代の自転車の原型が登場したのは、ガソリン自動車が登場してから、さらに遅くて20世紀になってからなんです。

それまではダルマ自転車もあったのですが、とても高価で貴族や金持ちの乗り物でした。実用的な乗り物ではなく、度胸をみせびらかすための道具であったのです。

なんで自転車の発明がそれほど遅かったのかというと

チェーンが発明されなかったから



歯車を組合わせて車輪を回す方式は、三輪四輪自転車の頃には完成していたのですが、軽量で信頼性のあるチェーンはなかったからです。

やがて空気入りゴムタイヤが登場して、自動車、自転車、オートバイ産業が興隆していきます。

自転車産業が自動車やオートバイ産業へとなっていった。最初の飛行機を飛ばしたライト兄弟も自転車店を経営していました。

鋳鉄や歯車を使うミシンメーカーが自転車・自動車産業となっていった例もあります。

自動車の変速機構やステアリング機構、差動ギアなどは、元々は三輪自転車で発明された機構だったのです。

二輪の自転車が人気となり、人力の三輪車四輪車は消えてしまいました。

でも昔のイギリスやフランスでは、人力自動車が馬車とまざって走っていた風景を想像すると、ずいぶん優雅で楽しそうです。

19世紀の一番速い乗り物は蒸気機関車で、それでも時速20キロ程度。馬車では時速6キロだったんだとか。

初期の自転車はヴェロシペデ(Velocipede:馬の駆け足)と呼ばれていました。

その当時では時速10キロぐらいでも十分速かったのですね。
テクノロジーが発展して、何か良いことがあったのだろうかと思います。
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ノロウィルスには注意すべきだが、過敏はよくない 
Saturday, December 24, 2016, 11:58 AM
12/24 晴 10時 浅草での空間線量は78ベクレル/立法メート

牡蠣の美味しいシーズンですが、4年前の流行に迫る勢いで感染性胃腸炎の患者が増えているようです。

牡蠣鍋や牡蠣フライを先日食べましたが、ノロの大流行を知らず生牡蠣を注文するところでした。

外出したら手洗いの励行、罹患者がいたらトイレ、床、ドアノブと触れるところは塩素系漂白剤による除菌といった対策が肝心だそうです。

ノロはブドウ球菌と並んで食中毒の代表的なばい菌です。

現代人は熱を加えることで、食物の消化を良くし、感染も防げたわけです。

そのおかげで腸が短くなり、頭蓋骨の脳の容積が増えたことで類人猿よりも知能も増えたと言われています。

こうして食生活の変化が、少しずつヒトの容姿を変えていきましたとさ。
とダーウィンは進化論で述べています。

進化は自らが行ってきたという説は嘘



猿とヒトの中間が居なくてはなりませんが、そのようなヒトは見たことがありませんし、発掘もされていません。

つまりグラデーションのようになだらかに進化したのではなく、突然新種が現れてくるということ。

オリジナルとDNAが少し異なるだけの生物がいきなり現れるのです。
これは生物学での謎とされています。

生物の進化はウィルスによって成されてきた



中世や近代においてもヨーロッパではペストやチフス、赤痢といった疫病がときどき大流行しています。

日本でも開国で外国船が来ることで、日本にも広まり多数の死者が発生しました。とくに幕末では赤痢はコロリと言われて致死率は高いものでした。

江戸中期の天然痘もオランダ船がもたらしたと考えられています。

そのたびにヒトの体内細菌も新たな外敵のウィルスへ攻撃性をもっていったし、免疫細胞もウィルスを学習していきます。種痘や予防接種はあらかじめ弱い菌で感染させることです。

原始的なウィルスはDNAの運び屋(career)でもある



寄生先の細胞核に侵入して、DNAを組み込むことで感染させます。このメカニズムによって進化していくという説があります。

感染した世代が何世代何十世代を経て、種の大部分を占めるようになる。

そしてまた感染した(DNAが変質した)世代が生まれ、そして種の大半に置き換わっていく。

先日、床屋の店主と散髪の間に雑談をしていました。・・・くみ取り便所だったとか、下町では井戸が使われていたといった類の話です。

「俺たちのガキの頃はギョウ虫や回虫の検便ってあったよねえ」

「あれであとでこっそり職員室に呼ばれたんだよ」

「いや、俺は朝礼で壇上から発表されたよ(笑)」

「えっ、ひとりふたりじゃないの?」

「いや、クラスで何人もいるから別に珍しくもない。毎年連続の奴もいるし
農家のガキばかりで、通学路は野壷がいたるとこにあった」

「放課後はドブや溜め池で亀やザリガニ釣りしたり遊んでたけど、よく考えれば生活排水が流れ込んでたから汚ねえの」

日本で癌が死亡理由の第一位になったのはたしか1970年代以降です。それまでの原因は圧倒的に伝染病でした。水洗便所と下水の発達からです。

しかしその下水からのノロウィルスが、ふたたび魚貝を通して人間に復讐にやってくるのですから、因果は巡るモンだなと思います。
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荻生徂徠(おぎゅうそらい)の墓は三田の慶応大学のすぐそばにある 
Thursday, December 22, 2016, 10:57 PM
目黒に所用があり、暖かいので自転車で出かけました。
港区は馴染みの場所なので、名所旧跡もよくわかっているつもりです。

東京タワーを横目に、慶応大学を過ぎて魚覧坂(ぎょらんざか)方面を抜けて目黒駅までいこうという算段です。

慶応大の横にある二郎ラーメンは昼どきはとうに過ぎているのに行列が出来てました。20年近く前、まだネットで有名になる前に食べたことはあります。が特に狭くて汚いラーメン屋という印象しかありません。

豚の脂の臭いが漂っています。
それを振り切るようにペダルを漕ぐと、ふと道路脇に『荻生徂徠の墓』という石碑がありました。

このみちは何度も往復していますが、いままで気付きませんでした。

「おぎゅうそらいかあ」

とくに急いでいく用事でもないので、お墓を覗いていこうと思います。

荻生徂徠という人物は、江戸時代前期から中期の儒学者です。私も詳しくはないのですが、江戸開府で、中国から輸入された「儒教(朱子学)」という思想は、日本国内で変質していくのです。

その結果が、陽明学(ようめいがく)という回天思想(悪い為政者は誅(亡ぼす)べし)という過激思想へと繋がり、それが明治維新のバックボーン(backbone:背骨)となりました。


陽明学は江戸中期に熊沢蕃山(くまざわばんざん)という儒学者が唱えた朱子学の解釈なのですけども、これが水戸学へとつながっていきます。ちなみに陽明学とは、キリスト教の影響と清の時代の中華思想を儒教的な解釈でまぜあわせたのです。(※この解釈は副島隆彦を筆頭とする我々の説です)

水戸学というのは皇国思想(幕府ではなく天皇中心の国家)です



徳川家の親藩である水戸家が徳川幕府を否定するのですから、まったくおかしな話なんです。

んじゃあ、その熊沢蕃山の元を辿れば、荻生徂徠(おぎゅうそらい)にも辿り着きます。

徳川家康・秀忠・家光と三代で盤石な統治体制を築いた江戸幕府は、武士の教養として「朱子学」を第一としました。

朱子学とは孔子様の教えですけども、為政者にとっても都合がよい。

朱子学とは盲目的な服従を強要する都合の良い思想



だから現在の中国では朱子学(儒教)はぜんぜん人気がない。せいぜい韓国では儒教的思想が強いとされていますが、「強い物に巻かれろ」「弱き者はたかれ」という腐臭が漂ってきます。

朱子学というのは孔子の教えを為政者が都合良く解釈した物なのです。

1650年頃には儒学者は朱子学に対して疑問をもっていた



五代将軍綱吉に召し抱えられると、堂々と朱子学に大局的な見方を取り入れようとしていきます。

儒学者であっても、反朱子学てきな基盤が開府一〇〇年も経つと湧き起こっていくのです。それは荻生徂徠が撒いた種なんです。

幕府儒学者が反儒教という理解しがたいことが開府50年後にはおきたのです



反儒教的思想とはそのまま反幕府思想です。これが歴史の鍵なのです。
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ペルシャ帝国の復活と中国・銀聯カードの発行停止 
Wednesday, December 21, 2016, 11:43 AM
12/21 晴 10時 浅草での空間線量は62ベクレル/立法メート

トルコでロシア大使が暗殺されるという大事件が発生し、ドイツの首都ベルリンでは大型トラックによるテロが発生しました。

ヨーロッパ、中東で大激動が発生しているのに、日本のテレビは何も報じていません。
ひさしぶりに日本に帰った知人は、日本のメディアの脳天気さに驚き呆れていました。ここまでマスコミに馬鹿にされた国民は知らないなということ。

ロシア大使の暗殺事件ですが、大使とは国家統治者(大統領や国王)の名代という地位です。すなわち大使の決定や行動は、そのまま大統領や国王の行為や発言とみなされます。

その大使を殺害したのですから、国家関係上プーチン大統領を狙撃したとみなされてもしかたがない。

ロシアに対してトルコは外交上不利な状況に陥ってしまいました。
やられたプーチンが黙っているわけはありませんから、トルコにIS殲滅の協力を当然求めるでしょう。トルコとしてもロシア軍に全面協力するしか選択肢はありません。

トルコがシリア政府支持側に移れば、トルコ国内が情勢不安になっていきます。
またロシアとトルコの軍事的な結びつきが強くなれば、EU加盟(そしてNATO加盟)は絶望的になります。

これはロシアとしてはとても望ましい状況です。

イランからギリシャまでの第三勢力がかたまりつつある



副島隆彦先生は著書で「カザフスタン(旧ソ連衛星国)の首都アスタナが世界の金融センターになる」と言われています。

ちょうど中国とヨーロッパの中間に位置し、ユーラシア大陸の金融中心地となるということです。中国の一帯一路(新シルクロード)計画もその予想を裏付けています。
アジアとヨーロッパの境界であり、アラブとの境界でもあるるトルコは、ロシアを牽制するためにも周辺国と連帯していかねばなりません。これはロシアとしても願ったり叶ったりです。

まさにペルシャ帝国の復活が現実味を帯びてきたのです。

トルコ軍隊行進曲のかっこよさったらハンパねえ





トルコ民族はオスマン帝国の末裔、真のペルシャ人ですからねえ。EUの勢力低下で反米のペルシャ湾諸国の勢力が拡大していく。

これもすべてヒラリー・クリントンの置きみやげです。オバマはなんとしても幕引きをしたいのでしょうが、サウジアラビアなどのスンニー派諸国からは「裏切り者」の烙印を押されていくのは間違いない。

次期トランプ大統領次第でシーア派を敵視するイスラエルと米国の関係は微妙になっていくでしょう。

中国は米国の利上げで金融危機の瀬戸際にある




宮崎正弘の国際ニュース・早読み <中国、銀聯カードの発行を停止。いよいよリスク切迫

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成28年(2016)12月21日(水曜日)弐
        通算第5145号   
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 「いまごろになって『遅い』って」気がしますがね。
   中国、銀聯カードの発行を停止。いよいよリスク切迫
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 12月20日、中国人民銀行と中央銀行監査委員会は、銀聯カードの新規発行を停止すると発表した。
 銀聯カードとはいわゆる「デュアル・カレンシー」カードで、海外でも使える。わかりやすく言えば、中国で買い物ができるうえ、日本に来ても使える。中国人の爆買いの武器はこれである。

 銀聯カードの2015年の売り上げは7兆9000億元(邦貨換算118兆円強)
 ヴィザ、マスターカードに連携しており、過去十四年間に中国工商銀行、建設銀行、商業銀行、浦東開発銀行などが発行してきた。
 現在流通しているカードは一日の上限が決められているが、期日まで使える措置もとられた。

 消費を冷やすことは景気後退につながるが、中央銀行は外貨流出を深刻に恐れており、同時に人民元の大下落を回避したいとしている。
 現実には人民元の対ドルレートは6・2から6・95まで下落しており、7・0台突破は時間の問題となっている。
 日本円で置き換えてみると、一人民元が22円から15円に下落した。

 「短期的一時的な措置である」と周小川人民銀行総裁は通貨下落の回避が目的と説明したが、「すでに為替介入に8000億ドルを投入している」(ニアル・キンバリー氏のサウスチャイナモーニングポスト、12月21日のコメント)。
 にもかかわらず下落傾向に歯止めがかかっていない。

 過去一年公式統計だけで7280億ドルが中国からオフショア市場へ流出し、とくに第三四半期だけでも2460億ドルが海外へ逃げた。

 市場関係者は『二年以内にあと20%下がる』と予測する向きが多いが、中国人民銀行がもっとも恐れているのはFEDの利上げである。状況は一段と深刻化している。


中国中央銀行の外貨流出が続いています。東京都内で見かけないことはない「中国銀聯カード」の新規発行を停止したという驚きのニュースです。銀聯カードはVISAと連携しており、そのまま世界中で使える中国人の打ち出の小槌です。

これの発行を止めたと言うことはそれほど、外貨流出が危機的であるという現れです。日本円換算で1人民元=16円台です。北京オリンピック前は11円台でしたから、まだ高値圏と思えますが、人民元の下落と外貨流出がセットでやってくれば、AIIB(アジア開発銀行)を筆頭とする中国の対外戦略は大きな岐路にさしかかったと言えます。

中国の金融危機はそのまま発展途上国に波及していく。

金融危機はそのまま治安の悪化、人民解放軍の反乱へとつながっていくのですから、銀聯カードの発行停止というニュースは、世界経済の混乱の予兆でもあるのです。
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星野源と羽生結弦が今の理想の男子像なんだろうなあ 
Tuesday, December 20, 2016, 10:50 AM
12/20 晴 10時 浅草での空間線量は61ベクレル/立法メートル

人気ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』を観ました。普段はドラマは観ないのですが、人気ということで録り溜めておいて一気に観てみました。

人気男優星野源(36)と若くて可愛い新垣結衣(28)が雇用契約で偽装結婚するというラブコメディです。

中性な男を理想とする現代の男性観の時代



現実的ではないという無粋なことは言いません。へんに納得はしました。

今は無菌で真空パックされたような男がモテるのだということ。

ドラマで男はIT企業の中堅社員、女は大学院を出たけども就職先が見つからないという設定です。

二人の実年齢も男で36歳なら、中年と呼ばれる年齢です。女で28歳なら行き遅れと言われ始める微妙な年齢ですね。少なくとも若いと見られる年齢ではないと言うこと。

セックスを求めない男が最良の理想像



女性の好む言葉が「搾取」でして、結婚という契約形態も愛情の搾取であると言い放ちます。
地元商店街を活性化する会合でも、善意の搾取を止めろと発言しています。

だから愛情を求める夫や恋人は重荷と考えています。
これが女性の視聴者にウケる理由でしょう。

しかし男は愛情を常に表現するのが当然という前提



恋愛経験がない男はそういう行為は苦手なので、女はやきもきするというのがこのラブドラマの骨子です。

近ず離れずという高校生のデートのようなのが、流行っているのだなあ。

何年も交際していながら、名前は「さん」を付けるお上品で他人行儀が今どきの女性の正義なんです。

呼び捨てやお前、おいは侮辱の言葉なんだとか。

フェミニズムが行き着いた去勢された草食男子



草食にもなれず絶食男子が急増しているそうです。20代で交際経験なしが3割もいるのだとか。色白で女みたいな手足の男ばっかりです。

私は人口減少をくい止めるには、いっそ国民皆兵制度でもするしかないと思います。

徴兵制ではなく全国民が戦闘態勢

フェミニズムの真逆の世界です。男の役割、女の役割をはっきりさせるべきなんでしょう。

と言いつつも、ヘアスタイルは星野源風にしてもらいにこれから行ってきます。
外面は去勢男子(笑)

(追記)床屋で星野源風にと言ったら「誰それ?」と聞き返されました・・・下町浅草ですからw ピコ太郎風パンチパーマの注文は一件あったそうです。
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卸業界は青色吐息、浅草道具屋街の異変 
Sunday, December 18, 2016, 10:15 AM
12/18 晴 10時 浅草での空間線量は62ベクレル/立法メートル

浅草は小売業や小規模な事業を行うにはとても便利な街です。西には日暮里という繊維問屋街があり、南には手芸用品や皮革が揃う浅草橋があります。

ここ浅草には飲食店向けのかっぱばし道具屋街があります。わたしも包装用品は目の前の道具屋街で購入することが多いです。

ますます棚の商品が少なくなっていく



いつも購入する段ボールが見あたりません。ちょくちょく棚替えをするので店員さんに尋ねたところ「あいすいません、それは製造中止となりました」

かわりにと紹介してもらったものは大きさも中途半端で、しかも値段は3倍です。
諦めて他の代替品を使いました。

2年前にも同様の経験をしております。お風呂にいれるための不織布の巾着袋です。
以前はサイズも色もバラエティーがあったのに、いまや棚にあるのは標準的な色と形の数種類だけ。

すかすかの棚を見つめて、製造業者も卸業者も売れ筋のみに絞っていることがわかります。

そしてますます私の購買意欲がそがれていく・・・値段も高いし

問屋街はひたすら縮小傾向にあります。日暮里もそう、浅草橋もそうです。
以前購入したお店に行ってみると、建物がなかったり、別の業者となっていたりしています。

道具屋街は観光客が来るので賑わいはありますが、本当の客である飲食店経営者やオーナーはめっきり減ったのです。新装開店数が激減したから。

裏手の厨房機器を製造する工場もほとんど閉まったまま。業務用冷蔵庫の店舗も積み出しているところを目撃したことがない。

在庫圧縮は日本全体で進んでいることが感じられます。とくに出版業界の惨状は言わずもがな。

電子出版なら5000円で可能



小耳に挟んだ話です。今年も出版業界は苦しかったそうで、来年も良い展望はありません。
なんせ消費税8%となって大手も弱小も一律売上が半分になったのですから。

来年には雪崩を打って書籍の電子化に大手中小が進むのではないかと囁かれています。

日本は再販価格制度といって新聞社や出版社が決めた定価でしか販売することができません。
そして価格は製造原価に著者印税、出版社利益、取次マージン、書店マージンが加わって決定されます。売れ残りの返本率も大きな影響を与えます。

自費出版をされたらわかるのですが、本はコストがかかるのです。
製版と製本以外は自分でやったとしても、少部数ではとても高く付く。趣味の世界では自費出版されてコミケなどのフリーマーケットで手売りしている方もいますが、商業目的ではないです。

日本にも電子化は漫画以外にも波及していく



消費が縮小していく一方では、いつかは臨界点がやってくるでしょう。既存構造を支えていた柱が一気に崩れていくのです。その兆候は問屋街ででています。死に筋は投げ売りをしてでも身軽になりたいという声なき悲鳴が聞こえてくるようです。

無人運転車が実用化されればタクシー運転手が失業するのと同じように、書籍も印刷は必要な人に必要な時だけというオンデマンド出版が普通になる時代が目前と言うこと。

紀伊国屋だったか、手塚治虫のマンガは目の前の製本機で作っていました。棚にあるのは見本です。
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いちおうリーチに持ち込んだ日露関係ってなところか 
Saturday, December 17, 2016, 10:39 AM
12/17 晴 10時 浅草での空間線量は58ベクレル/立法メートル

一泊二日のあわただしい日露首脳会談の結果は結局、課題解決に向けて協議を続けると言った程度で終わりました。

大騒ぎしたわりには、双方が自国民向けのパフォーマンスであったということ。
日本側としてはプーチンを接待したという実績のみか。

あとはトランプが振り込むかの様子見



流れるか、あがれるかは来年のトランプ大統領のロシアとの融和次第でしょう。

EUはウクライナ問題で対ロシア経済制裁を継続することを会談中に発表しました。

日本にとっては援護射撃です。G7としては同調せざろうを得ませんが、トランプ次第で日米露がいっきに融和に動く可能性が大きい。

日経Webによると、経済制裁の大きな影響は日露貿易の縮小だとプーチンが記者会見で述べたそうです。

エネルギー以外を貿易の柱にしたいプーチンにとっては最も近い国への貿易の縮小は頭の痛い問題です。

ロシアへの経済制裁はヨーロッパ、中国にとって都合がよい



穴埋め分はヨーロッパが担い、中国はロシア産を迂回輸出できる。

ロシアの経済損失はそのまま周辺国の利益となっているということ。一番割を食っているのは、いうまでもなく日本です。

あとはすべてアメリカの新政権次第でしょう。

中国海軍が航海上の米国海軍の無人調査潜水艇をどうどうと奪っていったというニュースが流れています。

すべてタイミング良く出来すぎている感があります。
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サハリン経由のパイプライン施設は双方利益のある経済協力である 
Wednesday, December 14, 2016, 11:30 AM
12/14 雨 10時 浅草での空間線量は69ベクレル/立法メートル

明日、ロシアプーチン大統領との首脳会談が行われます。日露国交正常化にむけてどのような落しどころになるかは、わかりません。

領土問題と経済協力で駆け引きが続いているようです。

私は簡単に妥協する必要は日本にはないと思っています。



外務省が大風呂敷を広げて、和平条約までの締結を目論んでいるようですが、私は海産資源の漁業権交渉と北方四島への渡航可否ぐらいでも、安倍内閣にとっては失点にはならないでしょう。

それぐらいなら外務大臣と通産大臣レベルでの話合いで終わるのですから、プーチンがわざわざ出向いてくるとなると、そんなレベルではないはずです。

国家トップが会談をするということは、それ以前にすでに青写真は出来上がっていると言うこと。それを公表するセレモニーが首脳会談です。

おそらく二島返還+四島周辺の漁業権ぐらいで手を打とうという話なんじゃないかな。

日本にとって重要なのはサハリン経由のパイプライン



陸続きでロシアのガスが届くようになったら、日本のガス料金は最低でも1/3以下になります。(日本石油連盟試算によると1/10も可能とのこと)

過去ログ:ウクライナ紛争「エコロジーという洗脳」で私が希望した通りになってきましたよ

日本の本土内ではガスパイプライン網は完成しつつある



エコロジーという洗脳 地球温暖化サギ・エコ利権 SNSI 成甲書房 2008


に拙論文「環境騒動に乗じてエネルギー自立を目指せ〜天然ガス立国の夢を見る〜」で記していますが、国内では着々と脱石油・ガス化へのインフラを整えているのです。

八年前で国内パイプライン網は首都圏に関しては完成しつつありました。あとは東海・山陽を経て九州にまで伸びれば、ガスの大動脈が出来上がります。

水道と同じようにガス栓を捻ればよい時代がまもなく来ると言うこと。

問題はその供給元が新潟と仙台の液化ガス受入れ施設しかないこと


(九州福岡にも現在建設中のようです)
ガスは輸送コストがほとんどかかりません。パイプラインの一方にポンプで入れれば、一方から吹き出してきます。それがたとえ何百匆神薛厠イ譴討い討癲

水や石油などの液体と違って、パイプに勾配をつける必要もありません。しかもガスは圧縮されるので、東京都市の地下に埋設されているガス管は幹線であっても一番太いやつでも直径30〜50cm程度です。(電信柱程度の太さ、家庭に引き込まれるガス管は25mm程度)

サハリンのガス田で使われているパイプラインを見たことがありますが、石油用と比べれば、はるかに細い(直径50cm)のです。

だから埋設工事って小さなパワーショベルで掘って埋めてきゃいいだけ。東京の都市部では共同溝っていって、水道電気ガスがひとつの溝に埋められているのですけど、電線と一緒に埋められる

だからガスのパイプラインって施設費用が安いし、万が一漏れてもガスは環境破壊はしにくいのです。

エネルギーをロシアに握られるのは不安だというのは杞憂である



よくある論議に、ロシア側にパイプラインの元栓を握られるのは、外交バランスで不利だという意見が聞かれます。例として経済制裁をしたヨーロッパには供給量を絞ったということが挙げられます。

残念ながらそういうことをしたら不利益をこうむるのはロシア側です。

貿易額の大半を石油ガスに頼るロシアにとっては自分の首を絞めること。また日本はLPG/LNGの受入れ施設がありますからアメリカ、サウジアラビア、インドネシアといった産油国からのガス受入れ量を増やせばよいこと。

あと盲点なのが

天然ガスは関東平野に大量に眠っていること



かつては東京の足立区、千葉の市川あたりでも天然ガスが自噴するほど湧いていたのです。東京ガスの本社が東京湾に面したところにあるのもあそこでガスが採れたから。芝浦に東芝があったのも電球をつくるのにガスの炎が必要だったからです。(石油では煤がついてしまう)足立区の知人は、子供の頃は井戸のガスで風鈴をつくる職人がいたと言ってました。

地盤沈下が顕著になったことで地下水の採取が禁止されて、それにともないガスの採取も禁止されました。
いまでは地下水位が上がって、上野駅が浮かんじゃって困ってるような状況です。

だから千葉沖か東京湾にガス採掘施設をつくれば、日本国内だって天然ガスは採れるのでした。

ガスパイプラインと宗谷岬−サハリンの鉄道網は夢の世界



鉄道オタクはシベリア鉄道で東京からモスクワ行の直通電車が走るとにぎやかになっています。
日本からモスクワ経由パリ行の鉄道路線がつながるという夢のある話です。

ただロシアとの平和条約が締結される前に一足飛びにそのような話は現実的ではないでしょう。

まずはサハリンー宗谷岬経由のガスパイプラインが第一歩だろうなと考えます。

過去ログ:天然ガス網が出来上がると日本の防災能力は向上する
日本で純水素社会は案外手軽に実現できるのです
日本の石油製品業界の縮小はますます進むであろう
ロシアからのガスパイプラインは実現するのか
メタンガス発生プラントは都市部周辺でこそ建設されるべき
液化天然ガス(LNG)は壮大な無駄で成り立つ産物です
着実に進む国内天然ガスパイプライン幹線
LPGとはガス代タダという前提なのです
3/12 10時 浅草での空間線量は9Bq/m^3
行動に移す国と行動しない国の明暗 エネルギー問題

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有能といわれる経営者はエゴイストである 
Tuesday, December 13, 2016, 10:53 AM
12/13 晴 10時 浅草での空間線量は69ベクレル/立法メートル

昨日はイギリス産業革命以降、プロテスタント(ピューリタン)の美徳「禁欲・清貧・勤勉」が資本家たちにとって都合の良い教義であるということを書きました。

では同じくオランダから渡ってきたピューリタン(ほぼユダヤ教徒)は「禁欲」であったかといえば、その逆で「強欲」こそ是という人々。

功利主義(人間の欲に忠実であれという考え)に「禁欲」が共存する、まさに屋上屋を重ねた時代が「近代合理主義」であると書きました。

結果、18世紀から19世紀にイギリスにはブルジョアジーという成金階級があらたに生まれ、多くの信心深いプロテスタントは貧困したままでした。

平等であることは権利(lights)だという幻想で操られる民衆



プロテスタントは信じろ、やればできる、あきらめるな、くじけるなと多くの庶民の心の拠り所になったのでした。まるで松岡修造みたいw

宗教は立場の弱い人々のためにあるのです。
(元来、創価学会・公明党も貧乏人・弱者のための救済宗教ですが、いまや率先して政府の従順な集票組織です)

人権(human lights)という概念が誕生したことで、近代思想が確立していったということになっています。

「私たちは〜する権利がある」

たとえば、私たちには雇用される権利があると主張されたとしましょう。こういう団体が現れたら、はたして資本家・経営者たちは困るでしょうか?

あなた方の権利は十分尊重いたします


裏の顔ではベロを出して、喜んでいるでしょう。

そのかわりに最低時給でねとか、夜勤もしてねといった条件提示ができる。それか小出しに条件を呑んで妥協点を低くすることができる。

民主主義だっておなじこと。
小さな満足で大きな譲歩(妥協)を引き出して庶民には「<平等に>不利益を甘受させる」ことが先進国という国の仕組み。

これで国内情勢は安定して万事めでたしめでたし。みんな<平等に不平不満を抱いていること>で不平を抑制するということ。

一致団結の調和と勤労を賛美した社会構造を吉本隆明は「共同幻想社会」と称しました。(ちょっと違うかな)

資本主義下で平等や権利という概念は方便に過ぎない



急成長させた経営者たちは明確な経営ビジョンのある人物としてマスメディアでよく取り上げられています。

はたして有能な経営者は慈悲深い人たちでしょうか。そんなことはないw

ちいさな商店の個人経営者たちだって同じ事。社員や顧客が平等だとは思っているわけはないです。

カリスマと呼ばれる経営者はエゴイストであり強欲(greed)です。スティーブ・ジョブスは数々の逸話があります。ビル・ゲイツだってそう。気に入らなければ社員も客も平気でためらいもなく首を斬る。

こういう頑固な人というのは付合いづらいと普通は思うでしょう。でもダメならダメでつきあわなければいいこと。

気が弱い人は脱サラをしたり、経営側になったらダメだと思います。町内会みたいな組織でも日和見する人がリーダーとなると、たいてい惰性になります。

企業買収でよくみる「のれん代」とはブランド料のことですが、すなわち経営者の個性についた価値ということ。

資本主義貨幣経済では、生命保険のように人の命だって換算されます。あらゆるものは金額がつくのです。

平等に扱えと声高々に叫ぶ人たちほど、経営側からみれば都合が良くなるのです。
みんな平等に低賃金を甘受せよというロジックになるからです。そして一律に生涯尊重されないw

人も物も余剰下(デフレ)でエゴのない人ほど無用な存在である



これからは資本主義ではなく、エゴイスト(どれだけアクが強いか)が資本になる時代になると思っています。

美大を出ても芸術家や作家で喰える人は一握りなことは言うまでもない。
漫画家やアニメ作家志望は数多くいるでしょう。でも出世するのは一握りで、大部分は低賃金の下請作業で終えるんだそうです。

人工知能社会になれば、家畜のような人たちは要らなくなってしまいます。
そういう時代を迎えつつある現代、寄れば大樹という考えは有害無益だと思うのですが、まあそう考える人は少なくないようです。

取り柄もなく不安を抱いたままで齢を重ねていくだけのこと。リバータリアンである私には知ったことではありません。
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イギリスの産業革命で思想(宗教倫理観)はどのように変化したか 
Monday, December 12, 2016, 02:30 PM
12/12 晴 10時 浅草での空間線量は68ベクレル/立法メートル

19世紀のイギリス工業と文化に関して興味があり、以下の本を読みました。

「産業革命の思想と文化」 佐伯宣親(さえきのりちか)著 成文堂 昭和63年

佐伯宣親氏は金沢工業大学の助教授(当時)で、法学や哲学を専門としているようです。

地方の私立工業系大学で哲学を教えているということにも注目しますが、この本はイギリス国内でのピューリタン(清教徒:プロテスタントよりもほぼユダヤ教徒)からの影響を解説していることです。

工業系大学でこそ、哲学は足元を見つめさせる意義がある


・・・と地方工業大学で学んだ私は、今だからこそ思います。微分方程式を教える前に、まず教えることがあるだろということ。それこそ思想体系である哲学です。

(追記)評論家という肩書きで紹介されるが、本当は哲学者(Philosopher)である副島隆彦先生が「理系」(実際にはそんな地頭をもつ奴などどこにもいない)を嫌うのは、学問体系である哲学を全く理解していないからです。理系だと自惚れて自画自賛しているほど滑稽さはないと容赦なく斬り捨てます。だから「理系」からは副島隆彦先生は嫌われるw(追記おわり)

イギリスでは17世紀中頃ヴィクトリア朝時代から産業革命が始まったと言われています。家内工業製産業から工場による大量生産時代へと社会構造が変遷して1870〜1900年あたりがイギリス工業の最盛期でしょう。

それまで大地主である貴族階級に加えて、ブルジョアという資本家層が加わり、富の集中と国民の格差は広がっていきます。

19世紀(1800年代)のイギリスというのは街には捨て子があふれ、浮浪児や大人どころか少女売春(人身売買)もたくさんいたという暗黒の一面もあったのです。治安も悪く、「切り裂きジャック」といった猟奇的、凶悪犯罪も多発していました。

大部分の貧しい層と、シルクハットにフロックコートを羽織る紳士という具合に対極的な格差社会でした。

金持ちたちは歌劇を観たりして日々享楽的に生活し、労働者や農民は油まみれ泥まみれで家族総出で働いても何も変わらない社会です。

今の日本と全く変わらない100年前のイギリス社会



製造設備を持つ富裕層が富を独占し、ほとんどの国民は貧しかったのです。だからイギリスの食事は金持ち以外は貧相なんです。

フランス革命以降のフランスも同様で、ロートレックがムーランルージュ(パリのキャバレー「赤い風車」)のポスターを描いていたのが1891年です。

金持ちたちは着飾り、退廃的な享楽をしていたのです。
これが産業革命によるイギリスとフランスの中流階級以上の生活です。

ピューリタンの哲学者ジョン・ロックがそれまでの国王・貴族による封建制社会ではなく、契約による人民主権論を唱え、名誉革命の正当性を主張しました。この<革命指向的>な思想がプロテスタントによりフランスやアメリカにも伝播していきます。

その後、ロックの思想を継ぐイギリスではジェレミ・ベンサムの唱える功利主義(「最大多数の最大幸福」)、フランスでは「レッセ・フェール(Let us free)」、ベンサム思想を継ぎながらも快楽的なロックに批判的なジョン・スチュワート・ミルは、功利主義の質を重視して女性の参政権といった民主主義思想を定着させていきます。

このような思想の激動期が1800年代後半です。この思想の流れは、すぐに日本にも伝来して明治維新へとつながっていくのです。

けっして坂本龍馬と勝海舟、薩長藩により自発的に革命が起きたわけではありません。

オランダから渡ってきたプロテスタントはブルジョアにとって都合がよい



「産業革命の思想と文化」では断言してあるのですが、産業革命が起きたイギリスではプロテスタントはとても都合がよい宗教道徳であったのです。禁欲・質素・勤労を最上とする教義は、雇用する上で大変重宝したのです。

イギリスは質素倹約を是とする国民により、製品の輸出で世界一の国家となったというのが、この本の要です。

功利主義で人の欲望を是としながら、怠惰・放縦(ほうしょう)を戒めた



中産階級が信奉するプロテスタント(ピューリタニズム)は倹約・勤勉を美徳とする倫理でありながらも、社会全体では功利主義(人間の欲こそ正しい)も容認して英国産業は興隆を極めていきます。

さらにオプティミズム(楽観主義:あとは神さまが尻ぬぐいしてくれるという考え)も加わり、中流階層は上流階層に擦り寄っていったということ。

梯子をハズされて残されたのが、貧困する労働階層です。

今の日本とそっくりだなあ。プロテスタントを義務教育、労働階層は若年層と言い換えてもよい。

「働け・信じろ・贅沢するな」は貴族・ブルジョアにとっては最良の教義



自分たちにお金が流れ込んでくるカラクリを知られると、都合が悪いのです。
そこから目を逸らすためにはプロテスタントの美徳はこれ以上ないブルジョアジーに都合の良い道徳観はないのです。

これが行き着く先は、ご存じの通り
資本家による英国産業の寡占が始まる1900年代は、社会騒動も多くなり、生産品の質も低下していく一方です。

ジャガー、ベントレー、ローバーといった自動車メーカーは外国に買収され、栄華を誇った鉄工業、重工業の工業都市も消えてしまいました。

1975年からのマーガレット・サッチャーはピューリタン(ユダヤ教)が送り込んだいわば「破産管財人」なのです。

プロテスタントに乗っ取られた国家は興隆しても衰退する運命なのです



つまり、資本家からは見れば、資本主義に合致した工業社会には都合の良い人材を確保できる手段であったのです。

プロテスタント(ピューリタン、ユダヤ教徒)でも内輪では、金を取る方便の層と搾取され続ける信者という二分割されていたということ。

これが「近代合理主義」ってやつの真の姿なのです



六城はキリスト教(カトリックもプロテスタントどちらも)は欺瞞偽善があふれておりどちらも大嫌いです。

共産主義はプロテスタントから生まれ、そしてプロテスタントは憎まれた



これがマルクス以降、思想の潮流に加わって何が何だかわからなくなっているのです。
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