小学生でも大学で習う高等数学が解ける時代なのです 
Thursday, October 29, 2015, 03:07 PM
10/28 曇 10時 浅草での空間線量は21ベクレル/立法メートル

あんまり数学の話題ばかり拾っていると、六城ラヂウムの存在意義である”健康”に関係ないとそっぽを向かれてしまいますね。

しかし私には我々日本人のひ弱な思想はいったいどこから来たのだろうという疑問があるのです。

副島隆彦先生がかつてより、サイエンスは西洋宗教の”魔術”として日本に入ってきて、それを”術”のみが受入れていったのだと解説されています。サイエンスは元々は修道士や哲学者が神の存在を知ることができる”秘術”であったのです。

江戸時代中期(8代将軍吉宗頃)から中国経由やオランダ商船から天文学(暦)、測量といった知識が日本にも紹介され始めました。

代数(方程式:当時は天元の術と言った)や微分積分も江戸後期となると日本の数学者達もどんどん貪欲に取り入れて武道とならぶ秘技・流派となっていくのです。

ところが明治4年には学制が発布されて、算塾の秘技であったアラビア数字での筆算が授業で取り入れられています。(それまで寺子屋レベルではそろばん計算ばかりだった)

キリスト教徒の秘術をなぜ術の部分だけ取込むことができたのかというと、すでに崇める対象があったからです。

江戸時代では敬う対象は大権現様(お天道様、家康のこと)であり、大政奉還後は天皇の神格化を強化しました。

これは山縣有朋(やまがたありとも)がキリスト教の布教を認める代わりに、神−キリストー精霊という三位一体論の神を天皇とすることを条件にしたことによります。

こうして明治では廃仏毀釈(はいぶつきしゃく:旧勢力配下であった寺社仏閣を打ち壊す運動)と廃城令が出されて徹底的に殿様と将軍家の象徴を破壊します。

イスラム過激派(タリバーンやISIL)が遺跡を爆破破壊していくのと同じ事です。

本来なら明治維新で日本人の大部分はキリスト教に帰依していくのが成り行き上必然だったのに、キリスト教の勢力はそれほど広がらなかったのは、徹底した切支丹禁教の名残があったことと、カトリックとプロテスタントの勢力を明治政府が上手く上手くあしらって切り抜けたからです。

明治政府による強引な天皇至上主義教育の賜物



NHK大河「花燃ゆ」でちょうど今は初代群馬県令の梶取素彦(かとりもとひこ)が公立学校設立に奔走している場面です。

江戸幕府への絶対的恭順を叩き込まれていた県民を明治政府に従わせるには、天皇を新たな神として信仰させる急務があったのです。また梶取自身も天皇崇拝者でありました。

一方、旧幕臣達や徳川家は天皇は京都にいるお飾り程度にしか感じていません。今でも内閣総理大臣の任命は天皇から形式的に勅令される風習となっていますが、徳川将軍の独裁下にある江戸時代では、庶民にとっては天皇はもっと軽く縁遠い存在だったと思います。

教育機関と兼ねていた寺社仏閣、寺子屋や藩校、町の私塾をすべて破壊してでも、政府管轄の教育制度を儲けた理由の側面には、緊迫であった思想統制があったのは疑いようがありません。

梶取素彦が就任する前には群馬にはまだ江戸幕府支持が多く、進駐した新政府軍にはゲリラ戦を仕掛ける村落があったそうです。今の伊勢崎あたりでは幕府兵の残党狩や協力者の惨殺が見せしめとして行われていたという記録があります。

思想(信仰)とは恐ろしいモンで、明治の教育体制が日本人の「玉」としての天皇家を奉ったからこそ、西洋秘術(サイエンス)は「術」というエッセンスだけを抜き取ることができたのです。

ただしこれが狂信の悲劇へと突き進んでいったことは言うまでもありません。

だから歴史とは善悪二元論に陥ってはいけないものだと思います。

ちなみに私は天皇制の維持は宗教・思想の防波堤として絶対必要だと思っています。

話を戻して、すごく柔らかい数学の本を紹介しておきます。

「とんでもなく面白い 仕事に役立つ数学」 西成活裕 日経BP 2012年

いわばこの本は数学のキモである成り立ちの背景や過程なんぞすっとばして、生産現場や商品開発ですぐに役立つ「技(術)」として高校生あたりでみんな悩んだ数学を再認識してもらおうという趣旨の本です。

数式の成り立ちが掴めたら、設計で使えるという公式がこれとあるだけで、なるべく数式記号が本文中にはないように工夫されています。社会人大学の講義内容がそのまま本にしたようなものなので、パラパラと読めます。

なんでも物事を最適化(最小化)する、いわゆる「無駄取り」は直感や経験だけではなしえません。

そこで事象のモデル化や単純化で三角関数、微分方程式、フーリエ解析といった技術が役立つという内容です。

私は20代前半はずーっと微分方程式、フーリエ解析、そして行列式に苦しめられてきました。とくに社会人では”非線形”という直線グラフでは表せられない事象や挙動を表示するエンジニアリング・プログラマーでした。

当時コンピュータはあっても、自分で使うためには自分でプログラムを組み込まねばなりませんでした。ワープロと表計算ソフトはありましたけど。

いわば自動車に乗りたければ、エンジンから自分で造らないといつまでも走りまわることができない状況です。
しかし中学程度の数学は自作できても、大学レベルの高等数学をコンピュータで誰でも手軽に使えることは、まず夢の世界だったのです。

まして分数の足し算かけ算といった分数表記は、当時のコンピュータではできません。
例えば 1/2+1/3=0.833333・・・となり、5/6の近似値しか得られません。この近似値の誤差が非線形では大きな影響となります。だからコンピュータの結果を常に電卓で概算して常に検証しないといけませんでした。

時代は進んでめんどくさい計算はすべてコンピュータがやります



今は違います。数千円で分数はおろか、行列や統計も答え一発ででる電卓が電気店の店頭に吊り下げられていますし、一万円もだせば大学や大学院レベルの数式もささっと解いてグラフまで描いてくれるコンピュータが販売されています。

えーっと両辺を積分して、この値を代入して、この値を求めてからxの値を・・・などとやる必要はまったくない。

「とんでもなく面白い 仕事に役立つ数学」でも具体的な計算はコンピュータでとなっています。

式さえ入力できれば、あとはコンピュータが何度でもやってくれます。(私にとっては涙がでるような話です)

そんなことよりも、三角関数はゆらゆら揺れているイメージ、急激に増えていく指数関数のイメージ、増減を決定する固有値のイメージ、ぐるっと回転する虚数の世界のイメージなどをしっかり身につけておくことが大事なのだと西成活裕氏(東大教授)は訴えています。

それさえあれば、理屈や解法は後回しにしても、あとはコンピュータが解いてくれるのです。

いままで何でこのような式が波になったり、振り子の式になるのだとうと思っていましたが、イメージすることがこの本の御蔭でできるようになりました。

海外の数学の授業では電卓必須のところが珍しくありません。そしていまや数学教育にコンピュータが猛烈に普及しています。
そこでは、画面のロボットを動かしたりするのに、子供たちが行列や複素数を自在に使って遊んでいるのです。

技術だけは驚くべき速さで世界中に伝播していきます。
いまではフーリエ変換を知らなくてもデジタル化された音楽をスマートフォンで誰もが楽しんでいます。

江戸末期黒船が来た頃、ヨーロッパではすでに蒸気機関車が走り、大西洋間の電信網までありました。
大正8年にはアメリカでもラジオ局が設立されると、日本も6年後にはラジオ放送が始まり、その25年後にはテレビ放送も始まりました。

蒸気機関から鉄道へ、電信から放送へと、応用(application)例はあっという間に世界に広がるのが近代社会の特徴です。

NHK朝のドラマ「あさが来た」は明治期の女性実業家・広岡浅子のお話で、そろばん好きの少女時代が描かれていました。
商家の帳簿管理は男尊女卑で、そろばんは一部の人が用いる技術でした。
それを浅子は打ち崩して、嫁ぎ先で活躍していくというお話です。日本女子大の創立者ですが、計算力の必要性を訴えたかったのではないかな。

なぜか現代においても、数学は頭のええやつだけがやっとけばいい、特殊な能力を持つ人たちの娯楽のように思われています。
一方で海外では、身近な遊び相手としてどんどん子供たちに微分方程式とか複素数が与えられているのです。

これではこれからの日本人は勝負になりません。

幕末−明治にかけて必死に術を学んだ日本人たちはいったいどこにいったのでしょう。
その根源は、いまでも旧態依然の教育にあると私は考えています。

もっともそのように考えている富裕層は子女をさっさと脱出させてますけどね。

過去ログ:夏目漱石「門」の主人公宗助の頭脳は幾何が占めていた
福沢諭吉が唱えた啓蒙思想とは数学知識の普及のことである
物理学・数学は1600年代に急激に発展したというグラフ
そして再び「無」の探求が始まった
異端の数 ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 (2)
情報の非対称性がより固定化された(マイナンバー制度はモラルハザードを引き起こす)
異端の数 ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念(1)
「ゼロ」が怖いよ、怖いよ〜ひぃぃ (数論は神学論争なのである)
「数学×思考=ざっくりと いかにして問題をとくか」竹内薫 丸善出版
そろばんは加算・引き算だけではなく、割算も二乗根も三乗根もでるのか!
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中流のドイツ人はシリア難民が来られるならWillkommen(歓迎)である 
Tuesday, October 27, 2015, 02:35 PM
10/27 晴 10時 浅草での空間線量は28ベクレル/立法メートル

昨晩はドイツの友人が来日して東京モーターショーの関係者として入れるから遊びに来いとのこと。でも断りました。モーターショーなんて20年近く観に行ったことはないし、興味ないしね。

そしたら浅草まで遊びに来てくれたので、ビール片手にいろいろ雑談をしてました。

シリア難民は大変な問題になってるだろうと水を向けると、涼しげな顔で「ああ、そうだねー」と一言。

意外と深い問題とは感じてないようで、「シリア人はやっぱりよく見かけるの?」と訊ねると、フランクフルトやハイデルベルグといった都市部やルール工業地帯にもすでに多くのシリア人はいるが、行き先のないシリア難民は駐独米軍キャンプ地跡などの元兵舎にいれられるんだとか。

そして企業にはドイツ政府から難民の雇用の要請があり、言葉ができなくても、宗教問わず、必ず割当人数以上を雇わねばならないのだそうです。

もちろん雑用や掃除、単純作業しかできませんが、できることを探して仕事を与えねばならないのだそうです。

同い年ですが、帰国したら彼の部署が雇う10名程度のシリア難民の面接を彼がするのだとか。

驚いたことに、それが当然という風にさらっと答えてます。つまり一般的なドイツ人のメンタリティーは難民がいくら押し寄せても、どうにかしてでも仕事を創り出してあげるし、それは俺たちはできると考えているのです。

・・・びっくりしました。

EUの盟主としてメルケルさんが暴走しているわけではなさそうです。あきらかにメルケルの難民政策にたいしては中流階層に属している友人は賛成しているのです。

「仕事が奪われるって?僕らの代わりにはならないよ」と平然としています。

そしてコピー取りや床掃除、ちょっとしたお使いでもいいので仕事を与えるのがドイツ国民の責務のように感じていることが口調から察しました。

もっと感心したのは、日本に来日した理由が、来年インターナショナル高校を卒業する娘さんが日本支社で面接を受けるのだとか。それで父親も受入れてくれる同僚らに挨拶をするために来日したのです。

ドイツの大企業では人事部がまとめて採用などはしない!



「えっ?まだ高校生じゃないの?娘さんは」

「ああ、進学前に働きたいと言ってるし、勉強よりも会社で働きたいと言ってるから・・・」

「それで父親の勤めている会社で働くって言ってるの?」

「うん、それで親子面接となったわけ。子供だけど、なんかできる仕事はあるはずだよ。」

彼の父も同じ会社ですから、親子三代同じ企業となるわけです。
彼も高校卒業と同時にドイツの大企業に勤めて、日本に来たわけです。(そして結婚した)
ドイツじゃ面接する側、日本じゃ面接されるがわと大笑いしてます。

それって超縁故採用だろ!?



ハンディーキャップがあろうと、言葉ができなかろうと、歳が幼かろうと社会にはなんらかの仕事があるというのです。
この仕事はこの給料だと互いが納得したら、すぐに働くことになるだけなのです。

もっとも数年はアシスタントという下働きは誰でも積み重ねなければならないのは、どこも一緒だということ。

そしてシリア人だろうがパレスチナ人だろうが、関係ないのです。

すでに人種、肌の色、国籍がベルリンの壁の崩壊とEU設立と同時にごちゃごちゃです。
あちらで一度だけ彼の職場の人たちと会ったことがありますが、サッカー選手のようなアフリカ系、いかにもフランス人的な長髪パーマのひょっろっとした眼鏡、体格が似ているギリシャ人、色黒でお調子者なポルトガル人、サッカーでムキになるスペイン人、ソフィーマルソーみたいなマダム風の秘書、丸顔童顔の中国人、目が目立つギョロ目のインド人・・・

国境がなくなったのだからこうなるのは必然のこと。大陸(コンチネンタル)の同胞なのだからというわけです。
おどけてルーマニアなどからもきれいで細い女性がたくさん来ので良いこっちゃとのことです。

そして何よりも彼のような一般的な中流ドイツ人は

難民でも高卒中卒でも、企業は仕事を提供する義務がある



このように考えているのです。

VW(フォルクスワーゲン)の事件は、ドイツ国内ではそれほど大騒ぎではないようです。
そしてシリア難民も中流ドイツ人にはどうやらそれほど軋轢を生じているわけではないことを知りました。

国民性という一言では済まない話です。

キリスト教の楽天主義が根底にあるからなのだろうか?



リベラリズムってのはすごいものだな・・・

そして相応の負担はしかたがないと「ドイツ帝国」国民は思っているのだろうか。私にはちょっとついて行けませんわ。
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夏目漱石「門」の主人公宗助の頭脳は幾何が占めていた 
Monday, October 26, 2015, 04:29 PM
明治の文豪達、特に夏目漱石は数学が芸術の基であると考えていたようです。

文芸も絵画も音楽もすべては幾何学に基づいていたという考えは、西洋の知識人達、美術家、作曲家には普通であったでしょうし、開国以降雪崩れ込んできた西洋文化の根本は西洋数学にあると、明治の知識人たちは新鮮に捉えたのです。

朝日新聞に連載されている「門」でも弟小六の学費工面で悩む宗助の心情が冒頭で吐露されています。

(前略)
髪の毛の中に包んである彼の脳は、その煩わしさに堪えなかった。昔は数学が好(すき)で、随分込み入った幾何(きか)の問題を、頭の中で明瞭(めいりょう)な図にして見るだけの根気があった事を憶い出すと、時日の割には非常に烈(はげ)しく来たこの変化が自分にも恐ろしく映った。
(後略)


問題解決の手段として「幾何」が有効である



このように漱石は捉えていたのです。そして文芸論を東京大学の講師時代に上梓していますが、それは代数(方程式)による小説の分析です。

明治中頃から末あたりまでは、役人の登用条件としては、数学の能力が必須だったのでしょう。

いまの公務員試験とは全然違いますね。今の公務員試験は雑学のように思えます。
社会科の試験のようです。(どっかの国の首都名をあげよとかそんなのばっかり)

それならばクイズ王でも名前を変えてやっておけよといいたい。

数学を軽んじていると、集合論も軽んじることになり、やがては法律さえも軽んじていくでしょう。
じっさいに日本の憲法解釈なんて、憲法自体もそうですが、どうにでもなるような代物になりさがっています。

明治頃は実力次第で役人に登用されていたようで、それは数学的素養だったのでしょう。
そんな面を「門」から推し量ることができます。

過去ログ:
漱石は「こころ」で贖罪を問い、「それから」では罪という概念を嫌った
スピリチュアリズムとは無自覚な土人宗教です
室町時代が日本のルネッサンスであった(ドラッガー・コレクション)
夏目漱石の宗教観とインターネット空間が無法地帯であること
「それから」に学ぶ「喰うために働くということは悪徳である」ということ
100年前から女の方がずっと上手(うわて)です(夏目漱石「三四郎」から読む)
勝海舟はフリーメイソン・・・だったらどうだって?
フランス文学(という政治批評)が幕末・明治の知識層に多大な影響を与えた
理系とか理工学部とか理学と工学をいっしょくたにする愚かさ



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福沢諭吉が唱えた啓蒙思想とは数学知識の普及のことである 
Monday, October 26, 2015, 01:15 PM
10/26 晴 10時 浅草での空間線量は32ベクレル/立法メートル

筆算をひろめた男 幕末明治の算数物語 丸山健夫著 2015年 臨川書店

出張が続いたので、電車や待ち時間で読める本を買い求めていきました。日本の数学・物理学の発展のきっかけをペリー来航あたりから明治中期までを解説した本です。

薄くて簡潔、しかも間尺や一石一斗といった単位の解説もありますから、身構えなくてもよいです。

著者は武庫川女子大の先生なので、女子大生相手にした講義をそのまま本にしたようなもので、図表も多く丁寧です。

数学史なんて興味ない生徒に少しでも興味を持ってもらおうという姿勢が、とても好感を持てます。

工学系大学はジョーダン一つもない耐えられないつまらなさです。たぶん今でもよぼよぼの爺が手垢のついたノートを舌で湿らせた指でめくって読み上げるような授業をしているのではないかな。

私が数学嫌いになったのは、技術としか数式を見せてこなかった教師陣たちにあると、この歳になってあらためて恨んでいます。あの教師達はゆるせねえ。

いままでの数学史、和算の歴史の書籍はたくさんあります。サラリーマン研究史家の鳴海風氏の小説もあります。

江戸時代初期のベストセラー「塵劫記」(じんこうき 1627年)の著者吉田由光、八代将軍吉宗のころになると御殿碁打師であり改暦を実行した渋川春海、関流家元の関孝和が活躍します。

そこらへんはさておいて

アラビア数字(0,1,2,3・・・)はいつ頃から広まった?



ペリーがきた幕末では、蛮書調所(開成所)のエリート幕臣達は、すでに使っていたようですが、まだまだ一般的ではありません。多くの寺子屋や商人では計算はそろばんです。

それでも幕末頃には数学書がいろいろ出版されており、それには漢数字とアラビア数字の対応表や筆算の実例が掲載されていました。

幕府が倒れたことで、それまでは幕府の一部専門家たちが秘術としていた西洋式の計算方法や洋書の内容が市井に広まっていったのです。

維新での薩長と幕府の戦いとは関係なく、数学を趣味とする旦那衆たちや算学塾がこぞって求め、また解説する書籍が出回るなど庶民はそれまで禁書とされていた書物を通して、知識を増やしていったのです。

そして子供たちや大人たちに数学を教える塾が大流行でした。
幕末には数学が一大産業となっていたのです。

大人は幾何学や微分積分、子供たちはそろばんでの四則計算といったところです。

数学塾はサービス業の一角でしたから、アラビア数字による筆算も福田理軒(ふくだりけん)の塾では取り入れられています。商人出身なので民衆が求める嗅覚が優れていたのでしょう。

明治政府の学制発布で私塾は壊滅してしまった



明治5年に学制が発布されて、全国に小学校が設立されていくと、それまで私塾で習う数学は科目の一つとなり、塾の存在が薄れていきます。しかも福田理軒が目指していた洋算主体の数学は、公立学校でも洋算に切り替わったことで目論見が外れてしまいます。

塾の師範らは教師として雇用されていきます。師範免許なんてなかったので手当たり次第掻き集めて学校制度が始まったのです。

なんせ数学や物理を教えられるインテリは絶対的に少ないのです。

徳川家は80万石に減らされ駿府(静岡)へ移転させられました。多くの幕臣が付き従って静岡へ移り住み耐乏生活をよぎなくされます。

徳川家は藩校として元幕臣のエリートによる静岡学問所・沼津兵学校を設立しました。

この両校を徳川家は薩長明治政府への切り札として温存を計りました。さすがだね、まさに人材こそ宝ですし最大の武器です。

ところが明治政府は中央集権制度を建前に藩校禁止令をだして、学校はすべて政府認可としてしまいます。このため徳川家が要していたお雇い外国人教師や蛮書調所(開成所)のエリート幕臣達は東京への出仕を求められて帰京することになるのです。

ところが職を失った元幕臣達には新政府に従うことを良しとしない人たちも多かったのです。

そこで福沢諭吉は静岡学問所・沼津兵学校の教師達の再就職先や情報交換のために、啓蒙思想を広く普及するためという名目で銀座に明六社という出版社を立ち上げます。

そこには幕臣であった数学者、物理学者が集結して、日本の教育方針を議論する場として日本を先導していくハズでした・・・

福沢諭吉が目指したのは、窮理学(きゅうりがく)を日本の思想に据えるという壮大な計画だったのです。

窮理学とは数学・物理・天文・化学といったサイエンスすべてであり、神学でもあったのです。

ただ残念なことに洋書の翻訳を通して海外情報を広める明六社の活動は数年で終わってしまいます。
福沢諭吉が慶應義塾に本腰を入れたのも原因であったのでしょう。

そうして元幕臣エリート達は一堂に会することなく、教授や技師、役人、企業家として活躍していくのです。

啓蒙とは数学を基に身を立てることをであり、啓蒙家は身を以て示した



このようにみれば、福沢の興した明六社はたいへん意味があったのです。
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ノートPCの冷却ファンの修理交換 
Sunday, October 25, 2015, 02:45 PM
10/25 晴 10時 浅草での空間線量は28ベクレル/立法メートル

10月7日に愛用のPCのファンが唸り音を出して頻繁に停止するようになりました。ファンの故障で内部温度が上がり自動停止してしまうのです。停止しないまでも、CPUが熱を持つので低速運転になってしまうのです。

とりあえず分解してファンの部品番号で検索すると、香港の部品会社が在庫していることがわかり、国際郵便で発送してもらいました。決済はPaypalというクレジット決済です。
インターネットのありがたさです。

18日かけてやっと到着しました。空箱にころんといれただけ(笑)秋葉原で同型品なら1000円もしないのですが、送料込みで5000円弱もかかりました。東芝の専用品なので東芝の修理センター以外で同型を入手する方法はありません。

さっそくひっくり返して、分解します。
東芝のノートパソコンはたいてい同じ分解手段です。
.ーボートの取り外し
底部のビスに同じグループの番号(この機種はS4というビス)が振ってあるので、それを全部はずす
キーボード側からもPCスロットの固定ボルトを外す。

これで三枚おろし状態になります。

ぜったいに無理に力を加えて剥がさないということと、フラットケーブルは細心の注意で取りはずすということ。

ファン部分が露呈しました。左に新品の部品を並べてみます。
・・・ケーブルがやけに長い

取り外したものと比べてみると、ケーブル長がおおざっぱ
ケーブルを切り揃えてハンダをやり直すこともできますが、もともとのファンも捻ってあります。
無理やり隙間に余ったケーブルを押し込みました。

あとは元通りに組立てて、ビスの種類を間違えないよう、締め忘れがないように注意していくだけです。
精密ドライバーが一,二本あればできる作業です。

壊れたファンを分解してみました。一説ではパーツクリーナーで洗浄して、軽いオイルを軸に注油すればしばらくは異音は収まるということです。

しかし一度すり減った軸は元に戻ることはありません。やはり交換するしかないでしょう。

このブログの更新は、三週間ぶりで自前のPCで更新していますが、ファンの音が消えて快適に動作するようになりました。やれやれ

このPCはハードディスク、キーボードも過去自分で交換しています。
東芝製のPCは同じシリーズならば古いやつを部品取りとしておいておけば、結構流用できることが多いです。

ただ東芝はPC生産から撤退するという話もあるようです。
質実剛健であんまり凝った作りではないので、私は好きなので、まあ存続してもらいたいものです。
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フランスの平等主義は同性愛者にまで及ぶという異常性を糾弾する 
Thursday, October 22, 2015, 01:58 AM
NHK特集「NEXT 架空の子供」という番組を観ました。同性婚が認められているフランスに住む牧村朝子という文筆家が将来iSP技術やクローン技術で同性者同士での子供が作れるようになったらどうなるかという話をしていました。

スプニツ子という科学者?サイエンスライター?が、実際に遺伝子を解析して、女同士の子供をリアルにグラフィックで見せるサービスを紹介しています。

iPSの研究者はマイノリティーが幸せになり、誰も不幸にならないのであれば、将来は同姓間の子供が作れてもいいのではないかといいます。

別の研究者は医療とは具合が悪い当事者が自らの判断で受けるという前提があり、医学で可能であっても、同姓同士で遺伝子を提供して、で何もしらない子供を産み落とすようなことは反対だといいます。

遺伝子操作で遺伝的特徴を引き継いだ人工受精児をつくるのは今でもできるのでしょう。

この番組を観て

フランスの自由平等主義がどれほど危険思想かわかりました



NHK「NEXT」は同性婚を認めた先はどうなるか?すなわち子供を持ちたいという要求を認めるべきだという内容です。

私は特殊であるから、人並みのことをさせろ!といい、それに同調するのがエスプリだとみんな錯覚させられているのです。

フランス人って同性婚を認めたり、結婚制度を軽んじて私生児と片親ばかりだし、人種はごちゃごちゃの国だし、すくなくとも細かいことは向いていないラテン系民族なので金融と工業はお粗末なところがあります。

関係ない話ですが
20年以上前に中古のシトロエンという車を試乗したことがあります。六甲山の下りでブレーキが効かず冷や汗をかきました。ブレーキペダルを全身全力で踏んでも止まらない。

信号で止まる度にそりくりかえるほどの力を込めてブレーキを踏むことの繰り返し。
ヨーロッパ車はブレーキが甘いとは効いていましたが、これほどまで効かないとはと疲れ果てて返しました。

あとで聞いたら、その車のハイドロという油圧サスペンションは油漏れでダメになっていたのだとのこと。
シトロエンは油圧サスとブレーキの油圧は共用されているので、油が漏れたら必然でブレーキの倍力機能がなくなるのだとこのこと。

車屋のオヤジ曰く、シトロエンは100%そういう症状が起きるから、自分で直せるか直して乗る根気がなければだめだとのこと。お買い得車はたいていそうなのだとか。

シトロエンのハイドロは有名な話ですが、もっとすごい例はタイヤの直径がまばらだったという話もあります。つまりリムに嵌らなかったりしてました。もっともフランス製のリム自体もいいかげんな工作精度だったので、両者で現物合わせです。

だから私はフランス製の工業製品の精度などは期待していません。おフランス人が作っていると思ったら大間違いです。色黒なフランス国籍もたくさんいますし、昔話の田悟作のようなものすごい田舎者もたくさんいます。

ルターの呪いがいまでも大手を振っている国フランス



牧村朝子という文筆家とその配偶者というフランス女性にぞっとしましたね。そして進行役としてでてきたスプツニ子というMITの煽動者がでてきて

フランスとアメリカのリベラル思想が鼻につく



シャネルの香水と柔軟剤ダウニーを混ぜ合わせたらさぞかし良い匂いと言わんばかり(笑)

私は思いました、

平等博愛主義は本当に危険な思想だと



レズでも、ゲイでも、子供をつくる権利があると言い出しかねません(実際にそうやって脅迫めいた言葉を言っています)
まさに精神異常者が精神異常者を量産する社会です。

狂っているとしか言いようがない。
そして狂っている輩はなぜか祭り上げられて、狂っている奴が狂っていることを武器にして健常者をどんどん排除する社会になっていくのでしょう。

NHK「NEXT」を観て、一見博愛主義的な思想に流れては絶対にいけないと思いました。

男が男を好きになる、女が女を好きになるのは別に勝手ですが、それはそういうコミュニティー内だけでやってください。

浅草のドンキホーテで着物の人がいたのですが、タバコの銘柄をドスなオッサン声でレジ係に言ったので、こっちが驚きました。
大衆演劇の町ですから、ここでは許されます。

リベラルを標榜する政治家はぜったいに支持をしたらだめだだと思います。

同性愛者や加虐・被虐趣味、異常嗜好はかつては(性的)倒錯者という立派なレッテルがあったのです。

日陰者は日陰でいきる社会が安定した社会構造だと思う



大多数の普通の生活を過ごす我々が、倒錯者に乗せられて何も考えずに同情するような軽はずみなことが、自分たちの首を絞めていることだと言うことをもっと自覚すべきです。
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ラジウムブレスレットのカスタマイズ例 
Wednesday, October 21, 2015, 11:47 AM
10/21 晴 10時 浅草での空間線量は17ベクレル/立法メートル

昨年ご注文いただいたお客様から、ブレスレットのご注文がありました。
ただし水晶をいれてカスタマイズしてほしいとのこと。

水晶以外にも、ピンク色のローズクォーツや黄水晶、アクアマリン、黒曜石(オブシリアン)、針状の模様が入った黄金色のシトリン、翡翠色のクリソプレース、ロードクロサイト(インカローズ)があります。

私はぜんぜん詳しくないです。展示品をつくるために天然石屋さんの勧めるままに購入したものです。

ちなみに高価な玉のトップ3は一位ロードクロサイト、二位クリソプレーズ、三位アクアマリンです。しかもどれも特級品の滅多にない出物だったので購入しておいたもの。
おかげで現金がなくなり、他の素材の仕入れができなかったという思い出があります(笑)

今回は白のラジウムビーズに水晶と銀色のロンデルで華やかなものをご希望されたので、そのようにしました。

黒のラジウムビーズに金色のロンデルを組み合わせても渋いです。

今回用いた水晶はAA級という最上ですが、宝石の中では安価な部類なのでラジウムビーズ一色よりも安くなります。

パワーストーンがお好きな方は、好きな宝石を入れてオリジナルのブレスレットをつくってみてはいかがでしょうか。
通販ページにはお気軽にカスタマイズも申しつけ下さいと記してありますが

パワーストーンの意味や願いを尋ねられてもわかりませんから



そこはご了承下さい。

指定された玉が在庫していれば、できるだけご要望にお応えしますが、できるだけご自身でお願いします。

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宅地や山林が荒廃する元凶は相続制度と固定資産税制の欠陥に原因がある 
Tuesday, October 20, 2015, 03:59 PM
10/20 晴 10時 浅草での空間線量は18ベクレル/立法メートル

私には財産というべきものは持っておりませんので、関係ない話ではありますが、そうはいっても40代ともなると不動産を買う知人友人らも多く聞きます。ローンの支払いよりも入居後で固定資産税の通知ではじめて評価額に関心を持つもんだそうです。

固定資産税は住宅地ですと、毎年の課税額は評価額の1.7%(固定資産税1.4%+都市計画税0.3%)となります。ただし特例があって200m2までは宅地では評価額の1/6となり、200m2超は1/3となります。都市計画税はそれぞれ1/3、2/3となります。

60坪程度で評価額1000万円で宅地は課税されだいたい年間2万8千円あたりでしょうか。

地方では敷地が広くなるので、たいがいは評価額は800〜1000万円に落ち着きそうです。
評価額は全国地価マップというサイトから概算しました。

ということはよほどの僻地でないかぎり、所有する土地に税金は年間3万円程度はかかるということかな。

ただし都市圏中心部はそれの5倍6倍となります。

建物にも課税されますが、築年数で減少していくのでここでは考慮しません。

土地に建物が建ってさえいれば固定資産税は1/6となるので、これまでは相続した空き家でもそのままにしたりして放置されてました。
ここ浅草周辺でも朽ちた長屋やガラスが割れた幽霊ビルなどあちこちで見かけます。

空き家対策で、倒壊や火災の危険性がある住宅は市区町村が指定すれば減免措置が外されて、一気に課税額が6倍となる法律が可決しました。再来年(平成27年)から施行されます。

土地の景観と活用面ではとても評価できると思っています。しかしまだまだこの土地に対する制度は不備、抜け道がある気がします。

朝日新聞の記事では固定資産税は市区町村の財源であるために、評価額を落とさない仕組みとなっていることを指摘しています。
そのため需要がない土地や建物にいつまでも税金がついて回ります。

もちろんそんな土地は物納は認められません。←これがまずおかしい

一度土地建物を所有したら、誰かに譲らない限り永遠に徴税が待っています。
(ただし土地の評価額が30万円以下、建物の評価額が20万円以下なら課税対象にはなりません。)

所有者が亡くなったらいつまでも子や孫、ひ孫へと納税義務が追いかけていきます。 ←所有放棄できない法律がおかしい

買手がいない不動産に役所がつける値段が乖離しすぎ



記事では更地でしか売れない物件にいつまでも税金を払い続けている例や、評価額の1/20以下の捨て値で売却した例が掲載されています。

人口減少で、処分もできず価値がゼロの不動産がこれからもますます広がっていくでしょう。

知人が事業用の土地を捜してました。

目的に適しためぼしい土地があったのですが、土地の形がとても悪いのだそうです。短冊状に所有者が分かれていて、どうやら相続で兄弟か子供に分割されたそうなのですが、道路に面したところの一部だけは、登記簿に記されている人が見つからないのだとか。
トラックの出入りのためにはどうしてもそこの土地も必要なのだとか。

生死さえもわかないので途方に暮れてました。どうやら固定資産税も滞納されているそうです。
たぶん名義変更もせず、放置されており、家族も子孫もそのような土地があるのかさえ知らないのでしょう。

どうするのかと尋ねると、平然と答えました。

「ああ、ついでに全部一緒くたに整地してしまうよ」



とのこと。

「どうせ所有者の家族が見に来ることもないだろうし、ましてや測量士を雇って調べることもないだろ」

つまり更地にして、アスファルトを敷いてしまえば、あとでこの区画は自分のものだと言ったところで、専門家を雇わなければならないし、やらないだろうという目論見です。
もちろん、正式に買い取るつもりでいるのですが、何年経っても所有者が見つからないので仕方ないと笑ってました。
不法占拠でも20年ほどで時効となり、正式に所有者として認められます。

こういう土地はまだ生かされ続けるので救いようがあります。

ただ所有者が入り乱れすぎていて放置せざろうえない土地もたくさんあるのも事実です。
朽ち果てたボロ屋が建っている集落の残骸のような場所も、よくよく探せばあるものです。

私の田舎の話ですが、勝手に農家の廃墟の脇にログハウスを建ててセカンドハウスにしてるひとを見かけました。
その地域では誰も文句はでなかったそうです。
逆に若い家族や若者が来てくれると歓迎されたのかもしれません。

価値がゼロ(もしくはマイナス)の土地を流通する手段が日本にはない



日本の不動産業の完全なシステムの欠陥です。200万円以下では売買額の上限5%の手数料しか認められない業界ですから、低い額では成り立たないのです。売り買いどちらに仲介しても10%です。

手数料を一律にして、これこそインターネットでやりとりするだけとすれば、多少は国土活用に役立つのですが、とにかく日本の土地家屋政策が悪すぎます。農地は農家でなければ買うこともできません。

土地を神聖化せず、もっと手軽に流通する手段、たとえば所有者との連絡が確実に行えるようにするとか等価交換ができるといった柔軟な仕組みがあれば、国土の有効利用につながると思います。

ちょっと飛行場をつくってみるかとか愛車を走らせるサーキット場をつくってみるかといったお金持ちがいるかもしれません。
いや実際に東京湾岸地区にヘリコプターの発着場(展示場)をつくろうとしていた金持ちを知っているのですけどね(笑)


以上まとめると、私の意見は

 ‥亠制度を改善して所有者に連絡できるようにするべき
◆ゞき家には課税の減免制度をやめるべき
 不動産の放棄返納をみとめるべき
ぁ^靴こ曚鉾耄磴垢觴蠖料制を不動産業は根本からかえるべき
ァー治体が主導して土地の流通・活用をうながすべき

となります。

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ポケットラジオ SONY ICF-R300の修理 
Monday, October 19, 2015, 11:28 AM
10/18 晴 10時 浅草での空間線量は14ベクレル/立法メートル

私はラジオ派で、日中はほとんどラジオがつけっぱなしです。旅先でも地元のラジオをよく聞いてます。
一部のAMラジオ局も12月にはFMで放送が開始されます。ラジオ派としてはうれしい限りです。

なぜラジオが好きなのかというと、けっこう社会問題を深く取り上げるからです。

私のお薦めは東京FM(80.0MHz)の夜7時「TIME LINE」とJ−Wave(81.3MHz)の夜8時「Jam the World」です。

ちなみにTimeLinenの今週のテーマは「自己啓発系の危険性」です。書籍紹介や執筆者自身が登場して解説しています。Jam the Worldでは今日は「アメリカの戦争責任を考える」です。

なかなか硬派な話題でしょ。

夜中まで起きているときはNHKのラジオ深夜便がおすすめです。これはAMと同じですがFMだと音がきれいです。

こんな感じでラジオを車中でも寝床でも活躍している愛用のポケットラジオのイヤホンが壊れてしまいました。
プラスチックが加水分解してボロボロに崩れてしまったのです。まあ15年近く使ったから仕方がない。

同じラジオを持っている人もやはりイヤホンがバラバラに壊れてお釈迦になったと言ってました。

しかたなくあきらめて新しいのを買いました。SONY SRF-R431(写真右)というやつで、こんどは両耳のステレオタイプにしてみました。
片耳だけの旧型SONY ICF-R300(写真左)は歩きながら聞いても問題はありませんが、両耳はヤバいです(笑)
注意散漫、近づく車の音も聞こえなくなるので危険です。

自転車で両耳をヘッドホンで塞いでいるやつをたまに見かけますが、あんなことしたらいつ他人に怪我を負わすかわかったもんじゃない。自分が大けがするのは自業自得ですけど。

たいていはセロテープでぐるぐる巻いてなんとかごまかして使い続けますが、それだと耳穴がとても不快です。
そして音がビビッてすごく悪くなります。

そこでホットボンド(熱融解プラスチック)を垂らして素人修理をしてみました。

さっそく聞いてみると音質がこもって、かすかに小さくゴモゴモとしか聞こえせん。高音域が完全に消えてしまいました。

新品のイヤホンをよく観察すると、裏側にスリットがあるのですね。スピーカーも後部は解放しておかないとボゴボゴとしか鳴らないのと同じこと。

1mm程度の細いドリルで慎重に穴を開けました。
音質が良くなるまで慎重にドリルを操作します。イヤホン本体に届くぎりぎりまで、ボンドをそぎます。

結果はきれいな音質を取り戻しました。素人修理はこれぐらいが限界です。ふたたびポケットのお供に復活です。

これからだんだんお鍋料理になるご家庭が多くなっていくでしょう。
カセットコンロの点火はちゃんとできますか?火花が飛ばなくなったら、過去ログで簡単な修理を紹介してますよ。↓

(過去ログ)
カセットコンロの点火装置の修理


家電の修理は人体とおなじだ(液晶モニターの修理)
液晶パネル(タッチパネル)の修理 (ボイラー制御盤)
液晶パネル(タッチパネル)の修理 (ボイラー制御盤)のつづき
これぞ六城ラヂウムMagic!治ります、治します!
現代の電子機器の問題点
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やっぱり発酵させたパンのほうがずっと旨い 
Sunday, October 18, 2015, 11:35 PM


最近は手軽にベーキングパウダーを小麦粉に放り込んで、パンもどきをつくってましたが、やっぱり強力粉+イーストでちゃんと発酵させてパンを焼きました。

シナモンを巻いてみました。やっぱりおいしい。

パン焼き機能のある炊飯器なので、お釜に入れて焼くとこんな形になりますが味はよいです。

過去ログ:薄力粉で簡単、発酵なしですぐ焼けるパン
寒いときは中華まんにかぎる
炊飯器でパンを焼く
まだまだ寒いのでホカホカあんまん
寒い日はあんまん・豚まんをつくってみる
パンぐらい自分で焼こうと思います
寒いので超簡単な蒸しパンはいかが
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今年の銀杏は出遅れて不作でした 
Sunday, October 18, 2015, 01:46 PM
10/17 曇 10時 浅草での空間線量は18ベクレル/立法メートル

先々週皇居を通りかかったら、歩道がすごく臭かったです。毎年の風景で、銀杏がたくさん落ちてそれが踏みつぶされるから。

ああもうこんな季節かと思い、銀杏拾いをしなくちゃなあと思いながらも、そんな気分になれずに過ごしていました。

昨日は天気がよくなったので午後に近所の待乳山聖天(まつちやましょうでん)で銀杏拾いに行ってみました。

境内が植木屋の手できれいに掃かれた後でした。残念。

まだ手入れがされていない場所で拾ってみましたが、この木はサクランボ程度の実しか落としません。
毎年拾っている大きい粒が落ちる参道脇の銀杏(いちょう)は掃かれたのか、もしくはすでに先客がおおかた拾い尽くされたあとでした。

しまった〜出遅れた。

今年は厚手の作業用ゴム手袋で能率アップを図ったのですけども、20分程度で切り上げました。
集めるよりも果肉を取り除いて、しっかり水洗いをして干す作業が大変です。

ゴム手袋をしていないと、銀杏の渋(タンニン)で手がギトギトになります。剥いた果肉はできるだけ土に還して銀杏だけを持ち帰ります。

スーパーのビニール袋いっぱいだったのに、種だけにすると両手ですくえる程度でがっかりする量です。

果肉の渋(タンニン)は現代では需要はないそうですが、昔から柿渋は防水剤や木材の防腐剤、漆器の下塗り、酒造での沈殿剤、少量は下痢止めや降圧剤に用いられてきたのだとか。

東京にはたくさんの銀杏がそこらに植えられているので、なんか活用できれば邪険にされている銀杏は見直されるのではないでしょうか。

銀杏の実はみみずの大好物らしく、朽ちた銀杏の実の下に顔を出すみみずを何度か見ました。

ぎんなんの実はけっこういい肥料になるんじゃないのかな



持ち帰った銀杏の種は、外の水道でしっかり手袋をはめた手で洗います。果肉がついていると臭いからです。

ザルと桶でしっかり洗ったら、あとは数日外に放置しておくだけ。
乾いたら、封筒か古新聞でくるんで、電子レンジで1分ほど加熱してやれば、ポンポンはぜて殻が割れます。

あとは剥いて塩でも振って食べましょう。


過去ログ:銀杏は東京の冬の愉しみです
東京の特産品は銀杏です
東京の摩訶不思議パワースポット巡り
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ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒 適菜収著 
Friday, October 16, 2015, 11:47 PM
10/16 雨 10時 浅草での空間線量は18ベクレル/立法メートル

肌寒いので引き籠もりです。せっかくなので朝から調べ物をしておりますが、気分転換で近所の書店に行ってみました。
今何が売れているのかは小さい本屋の方がわかりやすいですね。

新書コーナーは競争が激しく、毎週のように平積みが入れ替わります。
副島隆彦先生が絶賛していた”現代暴力論「あばれる力」を取り戻す”(栗原康著 角川新書 2015/8)がありました。

手に取ったのですが、ついついとなりの棚に目がいきました。
”ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒” (適菜収著 講談社α新書 2012)

タイトルにつられて手に取ると、ニーチェが100年前に警鐘を鳴らしていたことはそのまま現代の日本の病巣であることがこれでもかとつづられています。すかっと2時間程度で読めますから、通勤電車の行き帰りで十分でしょう。

ニーチェを理解する入門にはお勧めです



適菜収(てきなおさむ)という新進の哲学者は1975年生まれということはちょうど40歳です。副島隆彦先生が絶賛していた栗原康という研究者も36歳だから、論壇には新しい世代が来てますね。私もこの二人には注目したいと思います。

読みふけってしまったので、そのまま晩のおかずの買い物もそこそこに帰りました。早く帰って読みたいから。

B層政治家がB層を騙すニーチェの予言した大衆社会



冒頭は政治状況が小泉純一郎の出現から小沢一郎ら革命を掲げるポピュリストによるオツムが弱い者を踊らせるためにあると著者は断罪しています。

そして社会もB層を対象とした宣伝や報道が続き、B層への迎合エネルギーのスパイラル状況に陥っていると分析しています。

頭の弱い層が最大の勢力となった”大衆社会の最終形態”をニーチェは「終末人間の時代」と呼びました。

民主主義は危険なイデオロギーと喝破したニーチェ



青年期のニーチェはくだらない世の中の根源はジャン・ジャック・ルソー(1712〜1778)が唱えた自然権(動物は生まれつき備わっている普遍的権利)であると見抜きました。衆愚の中に身を置く悲しさは「ツァラトゥストラはかく語りき」(1885)に結実しています。

聖人のツァラトゥストラ(ニーチェ自身の叫び)は山から下りて民衆に「超人」というものを教え諭します。ところが民衆(つまりB層そのもの)は民主主義や平等が大好きで、グローバリズムと隣人愛を唱えて、健康に気を配り、ささやかな快楽で満足するだけで、ツァラトゥストラを嘲笑するだけです。

その民衆(B層)は自分たちが、合理的で、理性的で、客観的なことに深く満足していたのです。これが終末の姿だとツァラトゥストラは嘆いて、もう大衆を相手にはしないと心に決めるというお話です。

キリスト教会は大衆を騙しているとニーチェは主張した



ニーチェは無神論者ではありません。むしろイエスを高く評価しています。ニーチェの攻撃対象はイエスの教えを歪めたキリスト教とそれを広める教会であるのです。イエスは終末論(人の世が終わり救世主が現れ神の世が来る)や三位一体とか神の子といった概念はイエスの教えとは関係ありません。

キリスト教の開祖である弟子のパウロが、イエスが嫌っていたことを崇めるようになったとニーチェは著書”反キリスト者”で指摘していきます。

キリスト教は社会的弱者の負のエネルギー、ルサンチマン(強者への恨みつらみ)と同情の力を利用したとニーチェは指摘しました。そして社会主義者とキリスト教信者の精神は同じ構造だとも言っています。

愚か者、無恥白痴であるほどキリスト教では選ばれし者である



キリスト教の本質は反知性主義です。そして民主主義運動とはキリスト教の活動の一環なのだとニーチェは語ります。

そしてその活動の本尊がルソーであるとニーチェは見抜いていたのです。

そのキリスト教というカルトに戦後はずっと浸食されているのが日本



いやはや、適菜氏のおっしゃるとおりです・・・。

さらにニーチェは辛辣です。ダメ人間たちが「神の前の平等」を武器にしてヨーロッパを支配していると述べています。善良で病弱で凡庸な(笑)人々(すわなち我々のことか)が

本来等しくない人々と等しいと言ったルソーの偽善が大問題



(転載はじめ)確固とした道徳思想と人権思想により、理性的に大量粛正を行ってきたのです。
アドルフ・ヒトラー(1889〜1945)、ヨシフ・スターリン(1879〜1953)、毛沢東(1893〜1976)、ポルポト(1928〜1998)といった民族の歴史から切り離され、超越的な理念により支えられた政体は必然的に恐怖政治にたどり着きます。歴史はそれを証明しています。(転載おわり)


キリスト教はプラトンが用いた詐欺手口を参考にした



ニーチェはプラトンを「高等詐欺」とこき下ろしました。物質界の背後には「イデア」という永遠不変の存在があると説きました。これを<カルト>キリスト教の創立者パウロは「不死の信仰」「地獄」「あの世」というキーワードで権力を握ることに気づいたのです。

理想社会を描き、現実社会を否定する手口は社会主義者や共産主義と共通です。

ニーチェは<真理>などなく、解釈が無限にあるだけと喝破します。つまり事実などは解釈次第でどうにでもなるということ。だから宗教が神の普遍性を説き、そこから派生したイデオロギーは無効であるとしたのです。

キリスト教会が生み出す信仰対象は、腐敗という結果しか導かないとニーチェは断言していたのです。日本はその通りになりましたね。

正しい格差社会が健全な社会構成なのです。幕末〜戦前にかけてエリート(高級官僚)とインテリ(知識人)と大衆は育つ道が違っていたし、誰もそれで不満を覚えなかったのです。ホワイトカラーとブルーカラーは今や死語となりましたが、かつてはその区別はしっかりあったし、大多数がブルーカラー層であったので誰も不平等感はなかったのです。自分たちの基盤であるブルーカラーを大切に扱わねばならないことも、ホワイトカラーにとっては当然のことでした。

ところがキリスト教の唱える近代的理念「平等」はせっかくのピラミッドを崩して、誰もがこんなはずじゃという思いを抱いて過ごす世界にしてしまったのです。

吉本隆明はフーコーを絶賛しながらもなぜか楽天主義!?



左翼に担がれた吉本隆明(よしもとりゅうめい)はミッシェル・フーコー(1926〜1984)を高く評価していましたし、「大衆」の定義を吉本隆明は記しています。

フーコーは大衆とは監獄の囚人のように常に監視対象となり、それが相互監視による同質化を無自覚に意識している者たちであるとしました。

過去ログ:変質したリベラリズムとパノプティコン化する国家
http://www.rokujo-radium.com/blog/index.php?entry=entry150908-115732

仮にもっと比喩を際どくして、知識人と大衆が1000人ぐらいいて、その中から何百人死ななければならないとなったら、少なくとも知識人が全部死んじゃった方がいいし、もし原子爆弾がどっかに落ちてだれかが死ななければいけないならば、まずはアメリカの指導者とソ連の指導者だけ死んでくれればいい、大衆はあまり死んでもらっちゃ困る。
(中略)
 戦争なんかの場合でも、大衆の罪責は免除される。なぜ、そう考えるのかと言うことについては、自分の中にあとからつくった論理みたいなものがあるのですが、論理の以前に完全に疑問の余地なく大衆には責任がいかないように全部免除されているような気がするのです。
(文中の転載からさらに転載)


大衆(B層)による政治などは一年交替の当番制で嫌々なって、大臣席で適当にボタンを押すようなものが理想であると述べたかと思えば、吉本本人に楽天主義によりB層が「まだまだ俺たち大衆はやれる」という意識をうまくくすぐっていたから、「ころっとB層は騙された」と適菜収氏は指摘しています。

副島隆彦曰く、吉本隆明は過激派の教祖様であった



そして(大衆に裏切られ見捨てられていった)敗北者であったのだと副島隆彦先生は評しています。

参考URL:http://www.snsi.jp/bbs/page/1/view/2576
[917]革命思想家 吉本隆明(よしもとりゅうめい)の死 に 際して 投稿者:副島隆彦 投稿日:2012-03-18 02:02:37


ニーチェの口撃はB層政治とB層市民に留まらない



キリスト教の常套手段であるルサンチマン(強者に対する嫉妬混じりの感情)と同情はそのままB層政治にも当てはまります。つまりわかりやすい敵を掲げて、不平不満を煽ること。教養のないタレントをB層への候補者として立てるのは言わずもがなです。

女性の解放運動は女性を自ら劣化させているとニーチェはこき下ろしています。
そして結果、子供の産めない<できそこないの>女が、女に本能的な憎悪を抱くようになると断言しているのです。

まさにその通りですね。日本にできそこないの女がこれだけはびこっちゃって、これからどうしたらいいのでしょうか。
政治はB層に侵されてますから、それははなから無理なことはわかります。

適菜収氏はニーチェ同様に<デモクラシー教><民主教>という宗教に反対する



ニーチェは『二千年の長きにわたってキリスト教徒であったことに対して、私たちが償いをしなければならない時代がやってくる』(権力への意志)と述べました。

適菜氏も、やがて<デモクラシー教><民主教>を信仰してきたことが最悪の結果であったということを思い知るだろうと締めくくっています。
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スポーツになった武道にはたいして興味はありませんけども 
Thursday, October 15, 2015, 12:41 PM
10/15 晴 10時 浅草での空間線量は20ベクレル/立法メートル

スポーツの秋ということで、気候もいいのでなんか身体を動かしてみたいと思う方も多いのではないでしょうか。
単なる散歩をウォーキングと称してぶらぶら歩いたり、流行につられて自転車に乗ってみたりする方もいます。
ただ、ぶらぶら歩きやちんたら自転車にまたがっていても、実際は筋肉や心肺機能の強化にはほとんど効果がないそうです。
気分転換ぐらいにしか効果がない。

体力をつけるためには競歩のような姿勢を20分以上、自転車では急坂を登る練習や荒れ地でバランスとる練習をしないと意味がないそうです。

私がおすすめするのは水泳です。1000m程度1時間程度泳げば体格も体力もすごくよくなります。
私の健康指南の師匠(60代)と久しぶりに会ったら、なんか若々しい・・・10歳は若返って見える。

これまでは頭部が薄くて疲れたサラリーマン風情のオヤジだったのに、ポロシャツ姿が妙にりりしいのです。
胸板も厚く、肩から両腕がたくましくて、あれっ、こんな人だったかなと目を疑いました。

後日電話でそんなことを伝えてみると、スイミングスクールに毎日通い始めたのだとか。
起きたらプールに直行して1000m(25mプール往復20本)、そうして仕事に向かうのだそうです。

ライザップよりもホテルのプールが高コストパフォーマンス



別に公営プールでもいいのですけども、公営は混雑がひどくてレーンが空いてないので私はあまり行きません。
都心ではねらい目はシティーホテルのプールです。規模は小さくてもガラガラなので、レーンを占有して泳げるので近くにあればおすすめです。

私は数年前からずっと自己流の体幹トレーニングを近くの公園でやることが日課です。
ラグビーの五郎丸歩選手ではありませんが、終わりにちょっとした儀式をやります。といってもお祈りをするわけでもなく、お行儀が悪いですが、鉄柵で綱渡りのまねごとをやります。子供たちがいる昼間はやりません、親に白い目で見られるから。

五郎丸歩選手のキック前のポーズは体幹の体軸をあわせるために行う必然の行動なのだそうです。
あれば体幹を意識していないと考えつかない行動で、形だけまねてもだめですね。

広島のエース前田健太(マエケン)投手がマウンド上で行うマエケン体操も有名ですね。

クレーバーな運動選手は各自で体調を測る方法を生み出している



一流選手はそれなりに創意工夫が必要であり、頭を使わない筋肉馬鹿はやはり馬鹿ということを、今度のラグビーワールドカップでもわかります。エディー・ジョーンズという名匠に出会ったからこその勝利です。

翻って日本の伝統的といわれる武術は、流派や亜流が乱立していましたが明治中頃から変貌していきます。
剣道なんて昔は二刀流もあり、構えも上段、中段、下段とさまざま。また要所急所に当てれば勝負ありというルールだったそうですが、面胴籠手(こて)突きの4カ所となったのは明治後期頃のようです。(今は危険な突きはやらないかもしれません。)

竹刀はどんどん軽くなって、たわみを使った条件反射ゲームのようです。本当なら真剣と同じ重量でやるべきでしょう。

本来の剣術とはかけ離れていったのが現代武道です。柔道もしかり、空手もしかり。
武道は生か死かの結果しかないのに、ポイント制ってなんなんだよと観る側はしらけてしまいます。

アンチオリンピックは西洋人でも多くいるようで、古武道教室は外国人に大人気という記事です。

過去ログ:現代武道はスポーツであるから実戦では役に立ちません
浅草は殺陣(たて)の町 居合いとは違う文化です
江戸の剣術道場を歩く
江戸時代の「目付」という役職は何をする役目なのか
坂本龍馬が北進一刀流の免許皆伝者なんて嘘っぱち



昨日、坂本龍馬の北進一刀流の免状があったという証拠が発見というニュースがありました。これを読んで、剣術の達人だというのは早合点です。

北進一刀流は一人の相手に数人で斬り込んでいく戦法で、一人一人が足や胴、首、背中を狙う実践的なもの。戦法の免許皆伝がすなわち竜馬が剣が立つとはとうてい思えませんが、歴史ファンはどうでもいいことかもしれません。

千葉周作はどうも龍馬を娘の佐那(さな)への婿入りを望んでいたらしく、それで娘たちが署名しただけの長刀の免許と国元へ帰る龍馬に兵法の免許皆伝もおまけに付けたのだと私は推測しています。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151014-00050015-yom-ent
龍馬、やはり剣の達人…兵法皆伝の巻物実在記述
読売新聞 10月14日(水)9時31分配信


.中央部分に「北辰一刀流兵法皆伝」と書かれた預かり書の控え
 高知県立坂本龍馬記念館(高知市)が今年6月、北海道の坂本家の子孫から寄贈を受けた資料の中に、かつて剣術の「北辰一刀流兵法皆伝」の巻物が実在したとの記述があり、その後火災で失われたと説明していたことがわかった。

 幕末の志士・坂本龍馬については、「本当に剣の達人だったのか」と龍馬ファンらの間でしばしば疑問が投げかけられてきただけに、資料の記述は、この謎に迫るきっかけとなりそうだ。

 龍馬が愛用していた脇差しが86年ぶりに公開されることを発表した8日の記者会見で、同記念館が明らかにした。

 龍馬は1853〜54年と、56〜58年の2度、江戸の北辰一刀流・千葉定吉の道場で修行。「長刀(なぎなた)」の目録が残されているものの、剣術の目録や皆伝を示す記録は現存していない。護身用にピストルを持ち、近江屋では刺客に倒されたことなどもあって、「本当に剣術の達人だったのか」と指摘する見方も多い。

 今回、記述が見つかったのは、坂本家の子孫・坂本弥太郎が、1913年に北海道の小学校で開かれた「坂本龍馬遺品展」に出品するため、龍馬の養子・坂本直(高松太郎)の妻・留から借りた遺品の預かり書の控え。10年に「秘伝巻物」として、北辰一刀流の「兵法箇条目録」「兵法皆伝」「長刀兵法皆伝」を借りていたことが記録されている。

 さらに、29年に東京で開いた「土佐勤王志士遺墨展覧会」の出品目録控えには、「千葉周作より受けたる皆伝目録は全部焼失せり 於釧路市」、同様に坂本家が遺品の多くを現在の京都国立博物館に寄贈した際の「寄贈品目録控え」(1930年)にも、同様に「焼失せり」と、記載されていることが判明。いずれも弥太郎が記している。13年12月、北海道釧路市であった火事で坂本家も被災、遺品などが焼失していることから、この際に皆伝の巻物が失われたとみられる。

 坂本龍馬記念館の前田由紀枝学芸課長は「龍馬が剣術の達人だったことを疑われることも多かったが、本当に達人だったことの裏付けにつながる資料だ。武士の魂である刀と、同時に表に出たことも感慨深い」と話している。

 預かり書の控えは現在開催中の「坂本家・家族の絆」展で、今後公開される。(畑本明義)
最終更新:10月14日(水)9時32分

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ガンはウィルスによって引き起こされる(喉頭ガンの原因はHPV?) 
Wednesday, October 14, 2015, 11:01 AM
10/14 晴 10時 浅草での空間線量は18ベクレル/立法メートル

なかにし礼氏、歌手のつんく♂氏と喉頭ガンが話題にのぼりました。
胃ガンはピロリ菌で引き起こされるという因果関係はすでに定説となっていますが、新聞記事で子宮頸ガンウィルス(HPV)が咽頭がんの原因であるという調査結果がありましたので転載しておきます。


咽頭ガン患者119名中HPV感染者が74名と62%を占めていたこと。そして85%が子宮頸ガンを引き起こすタイプであったということです。保菌者74名中男性59名で女性は15名と圧倒的に男性が占めているということでした。

HPV(Human Papillomavirus Virus)というのは、身近なありふれたウィルスらしく、本来は低毒性か無害なのだそうですが、何百もの種類があり、そのいくつかが悪さをするみたいです。

粘膜で繁殖するウィルスなので、性器と気管部に留まるのだとか。
保菌者は女性が当然多く一説には性交経験者の半数ともいわれています。性交で男性に感染することはあまりないのだそうです。

HPVは接触した皮膚から感染するそうで、ほとんどが無症状で1、2年程度で自然消滅してしまうのだとか。でも免疫力が落ちたらタイプによってイボや腫瘍になるそうです。

風邪や免疫力がおちたら皮膚で増殖するヘルペスウィルスみたいなものかな。

大村智(おおむらさとる)氏のノーベル賞は微生物からの抗生物質の発見であり、採集場所はゴルフ場の土でした。
こつこつと微生物を収集してきた成果であると同時に、目に見えない世界はまだまだ未開なんだと感心しました。

感心したといえば、昨日は農林水産省出身者によるインフルエンザという人獣共通の伝染病について話を聞きました。

インフルエンザにもいろいろなタイプがあって、ほとんどは低毒性ですが、H5やH7というタイプは重篤になるのです。
亜種をふくめると100種ぐらいになるのかな。

インフルエンザウィルスはどこからくるのか?



ごくまっとうな疑問の質問がありました。

いまでは国を超えて人が行き交う時代ですから、人による感染経路は当然としても、農水省が重視しているのは当然豚や鶏から人間に感染するルートです。人間と違って風邪気味でんねんと訴えることはできませんし、予防接種もできるわけありませんから、感染が発見されると壊滅的な影響を畜産業界に与えます。

一般的に湿度が落ちる冬季に流行して、夏季には沈静化してしまいます。

インフルエンザの運び役は渡り鳥


渡り鳥が運んできて、それが現地の動物へ感染していくそうです。
だから毎年越冬したインフルエンザウィルスが、白鳥や鴨などにより運ばれてくるのだとか。

それが野生動物や直接畜舎に持ち込まれて、そこから人間にも感染していくのだそうです。渡り鳥から人間へ直接感染することはまれなんだとか。

逆に人間から豚や鶏に感染することはあります。

こんな話を聞いていて、まったく別のことを考えていました。

人間(生物)の進化はウィルスによって行われている



病気になるのも、DNAが変異して耐性をもつのもすべてはウィルスによるものではないのか?

毎年インフルエンザの流行はニュースになりますが、種類の多いインフルエンザウィルスの内、致死にいたるほど悪性なのは数種類だけ。あとは軽微な症状なのだそうです。

つまりインフルエンザウィルスに感染していても、ちょっと鼻声だなとか咳程度で終わってしまい自覚症状もないまま完治してしまう人がたくさんいるのです。

男も子宮頸ガンワクチンを打つ時代が到来!?



PHVは性交で感染が広がることはないそうです。なぜなら男性器には繁殖する湿気がないから。たまに皮かぶっていて常にしめっているやつはいるかな。包茎は強制で切り取ってしまえ(笑)
しかし接触で感染してしまうのであれば、男性にも子宮頸ガンワクチンを打たないと、女性だけでは片手落ちではないのかな?という疑問が湧きますね。

男も子宮頸ガンワクチンを打たれて、女性がバイアグラを飲む時代がやってくる!?
これが正しいジェンダーフリーの世界です。あ〜やだやだ。
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物理学・数学は1600年代に急激に発展したというグラフ 
Tuesday, October 13, 2015, 12:00 PM
10/13 晴 10時 浅草での空間線量は18ベクレル/立法メートル

「数学記号の誕生」(ジョセフ・メイザー著 松浦俊輔訳 河出書房新社 2014)

数学史の本では昨年出版された新しい本です。
体育の日はこれを読んでいました。

これは現代私たちが高校時代に悩まされた、あの忌まわしい(笑)微分積分記号や二次方程式とか、それよりもアラビア数字(0,1,2,3,4,5・・・)がどのように世界に定着していったのかを記した本です。

2500円もしますが、その価値はあるなあ。
最初は訳が固すぎて頭に入りませんが、世界史と数学史を一緒に勉強できるのでお得です(笑)

だいたいこのアラビア数字というやつはアラビア発祥ではありません。

ヒンドュー教のサンスクリット文字とペルシャ地方の文字が商業で用いるために発生したのが、現代のアラビア数字の原型です。

アラブを旅行した方はおわかりですが、中近東ではアラビア数字はほとんど目にしません。
空港で両替したお札から、バスや電車の時刻表はすべてアラビア<語>の数字です。なじみのない数字の記法なので「世界の歩き方(アラブ編)」の解説をひとときも離さずに、ひたすら解読するはめになります。

コインがいくらするのもわからないので、適当にコインを渡したらボーイが宙返りするような勢いで喜んでました。
あとで知ったのですが、最高額だったらしく(当時で500円ほど)、日当にあたるほどなんだとか。以後注意して渡すようにしました。

アラビア数字は本来ならばインド数字と呼称すべきなのですけども、インドとイスラム圏の交易で使われたためにアラビア数字と商人で使われたのが、呼称の始まりなのでいたしかたないかもしれません。

1200年頃になってアラビア数字はヨーロッパでも使われ出した



ローマ数字(、供↓掘↓検↓后ΑΑΑ砲老彁擦砲鷲塋悗如△泙織璽蹐發覆い里脳取引でははなはだ不便です。
そこでゼロという<位取りの記号>を用いた記述がヨーロッパの商人も使い出したのです。

この便利な数字をヨーロッパに紹介したのが、フィボナッチ(1170-1250頃)というイタリアの数学者がリベル・アバチという書籍で紹介して広く知られるようになりました。

フィボナッチというと、ウサギのつがいが毎月子供を産んでいくと一年後には何匹になるかというよく知られた算術問題で有名です。高校でもフィボナッチ数列という名前で教科書に載っていますね。

フィボナッチさんはイタリア商人の息子なので、貿易で使われる数字になじみがあったのですね。インド数学には10進数で位取りには0をつけるだけで良いために、筆記計算に適していることを認めて紹介したのです。

ギリシャやローマでは百千万という数詞が日本と同様にあり、そろばんでは良くても大きな数字を計算には手間がかかって不便だったからです。じっさいに0を使わないで、筆算すると、そのめんどくささは実感できるでしょう。

さあ、ヨーロッパに数字を使った解決方法(代数という数字だけの算術方式)が導入されると、爆発的に数学が進歩しました。

それまでは幾何学(天文学)という図形、つまり定規とコンパスだけで解くことが数学の能力であったし、それはキリスト教聖職者たちの秘技でもありました。

「異端の数 ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念」(林大(はやしまさる)訳 早川書房 2003) ではゼロと無限という概念はキリスト教では考えてはいけないという考えであったので、インドで0が使われてもヨーロッパでは300年も使われずにいたのです。

1400年までは「+−×÷√」という算術記号はなかった



数学者といっても数式をだらだら書くことはなく、文章で書いてます。
だから数学者は神学者でもあり文学者でもあったのです。

数学が嫌いになる理由が数学記号と数字ばかりの字面だと思います。
なぜなら私も大嫌いでしたし、吐き気とめまいを覚えましたから。

ただ学生時代に同級生が、ナビエストークス方程式などを眺めてつぶやいた一言が「・・・美しい」でしたから、文学的な要素が多分にあることは認めますし、数学を専攻する人は式に芸術性を求める傾向が強いのだとか。

1400年以前に生まれていたら、きっと理系科目の数学や物理が好きになれたのにと思います。

機械時計の発明が物理学・天文学・航海術を飛躍させた



1675年に機械式時計がオランダの天文学者、ホイヘンスによって発案されたことが物理学を発展させたのです。
それまでの物理や数学は、幾何学(図形を用いた解決法)と代数学(数式を用いた解決法)です。

そこに時間という概念が加わって、物理運動(地球や太陽、月などの運行)がだんだんわかってきました。
それまでは時刻は月の満ち欠きと日の出日の入りで測るしかなかったからです。

ところが月の周期も日照時間も一定ではありません。農業ではこれでも良かったのでしょうが、測る物差しにはなり得なかったのです。

天文観測で不可欠な時間計測ができるようになって、運動の解析が1600年代後半から飛躍的に発展しました。

ゼロや無限に限りなく近い「極限」という概念が物理学を生み出した



ニュートンとライプニッツが微分積分という算術を発案して、これがすごい成果を生み出していきます。
ゼロであってゼロじゃない、無限であって無限でないが、とにかく果てしない先の値という<ごまかし>でゼロ/無限を忌むキリスト教会を騙して(なだめて)、あらたな微分積分という<宗教>概念を発表していきます。

ええ、微分積分はキリスト教の新宗派だったのです。無限とゼロに神が宿ると半分本気でニュートンは考えたのではないでしょうか。

1600年1700年あたりの科学知識が、我々が中学、高校で習った覚えのある数学や物理です。

そして意外と私を悩ました数学や物理は、中世以降で急激に発達した学問であることがわかります。

「数学記号の誕生」(ジョセフ・メイザー著 松浦俊輔訳 河出書房新社 2014)からグラフを掲載しておきます。


このグラフを眺めると、発展の度合いが冪状(べきじょう:急激に立ち上がるグラフ)であることがわかります。

ゼロが使われ出して、数式での計算が一般化すると(それまではすべて文章で記述されていた)、連立方程式やら、その解で小数点やマイナス、虚数という概念が生まれ、数字自体でも無理数(分数や有限な小数で表せない数、例では円周率π)の研究が進みました。

この急激な数学の発展にはワオと声を上げずにはいられませんね。

鎖国下の日本でも<なぜか>この潮流に追随するかのように数学は発展した!?



この先には先のノーベル賞を受賞した素粒子、ニュートリノの世界があるのです。

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さて問題、「数学」と「物理」の違いってな〜んだ?(2−1=0)
高校で習う微分積分と大学からの微分積分は世界観が違うのです
神(GOD)はサイコロをふるのか (人間に『自由意志』はあるか)
表計算ソフトEXCELが好きな人は数学的な素養がある
数学ができる人とは、すべてが数学的に関連していることを直感で持つ人である
エルンスト・マッハの実証主義はかつて高校物理で必修だった
福沢諭吉が唱えた啓蒙思想とは数学知識の普及のことである
奈良時代から数字に強くないと役人にはなれません
机の中で増殖する電卓たち
小学生でも大学で習う高等数学が解ける時代なのです
日本に「0」と「マイナス」の概念が入ったのはいつ頃なのか?
幕臣開国派にも幕府解体を目指す派閥と幕府存続で近代化を目指す派閥がいた
「怒濤逆巻くも 幕末の数学者小野友五郎」 鳴海風著
数学的才能は思想のみならず芸術や音楽の基礎である
わかりやすく理解してもらうことは大変困難であり、一番知的な作業である
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ドナルド・キーン「百代の過客」は中学生のときに新聞で読みました 
Sunday, October 11, 2015, 05:54 AM
昨晩のNHKスペシャル「私が愛する日本人へ〜ドナルド・キーン 文豪との70年〜」を観ました。
http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586635/index.html

日本語に堪能だという理由で太平洋戦争ではアッツ島に海軍として従軍していたことから、戦後は川端康成、谷崎潤一郎、三島由紀夫、司馬遼太郎ら昭和の代表的な作家らとの交流、コロンビア大学の日本文学の教授として書いていた朝日新聞の短い連載でした。たしか昭和58年頃ですから35年ほど前となるでしょうか。

タイトルの「百代の過客(はくたいのかかく)」は有名な松尾芭蕉の奥の細道の冒頭です。
月日は百代の過客にて行き交ふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯をうかべ、馬の口をとらへて老いを向かうる者は、日々旅にして旅を栖(すみか)とす。古人も多く旅に死せるあり。


小学生は宮城県で過ごしたので、なんとなく東北には郷愁があり、それでタイトルに惹かれて新聞の連載を読んでいたのだと思います。奥の細道も教科書で習ったばかりですから。

松尾芭蕉ははたして幕府の隠密(スパイ)だったのか



今では松尾芭蕉と同行者の曽良の旅は、自由な往来ができなかった元禄2年(1689年)であることや、芭蕉が三重県伊賀出身であることから芭蕉は情報収集が目的だったのではという説があります。

芭蕉は江戸深川に住み、そこから奥州へ旅立ったので、いまでも居住跡には芭蕉記念館が建っていますし、隅田川のほとりには庵を模した公園があります。

深川の前はどこにいたのかというと、文京区水道という神田川沿いに住んでいたそうです。飯田橋と早稲田の中間あたりです。地名が水道というだけあり、江戸に引かれた貴重な水源であった神田川の関門を監視する小役人だったそうです。

なんでそんなことを知っているのかというと、東京に出てきたときに住んだのが、まさに水道だったからです。
そこで句会を開いたり、大名や大店の商人のところへ出向いて指導をしたりしていたのだとか。奥の細道を出版する前から、俳人界では一目も二目もおかれた存在だったのです。

私は芭蕉がスパイであったという説はファンタジーだと思ってます。裏の顔があったらという願望も兼ねた空想ですね。
芭蕉の生き方にあこがれても、我が身を省みれば嫉妬混じりの感情が、いつのまにか隠密説を生み出したのではないでしょうか。
もしくは感性豊かな江戸時代のヒーロー像を妄想して愉しんだ結果が一人歩きしたのでしょう。

だいたいスパイが華やかに目立つ存在だったら、なにかと不都合じゃないですか。

芭蕉がスパイであるのならば、世界中で公演して要人とも会っていたビートルズはみんなMI6(イギリスの諜報部)のスパイだというのと同じぐらいの滑稽さをもっていると思います。

そんなことを考えるよりも、純粋に芭蕉の句を愉しみながら巡ってみる方がずっとおもしろいです。

ドナルド・キーンは対日本のエージェントであるのか



もともとコロンビア大学は海外研究のために創立された学校ですから、そこから輩出された人物は外交官やエージェントとして活躍していきます。若いドナルド・キーンも海軍の情報官が経歴のスタートです。

芭蕉がスパイであるかというよりも、ドナルド・キーンがスパイかといえば、ご自身のキャリアが米国海軍のスパイですから、とうぜんイエスです。

中学生であった私が、日本兵の手記を読み、軍事情報を上部へ報告する仕事をしていた若きドナルド・キーンが、戦後もどうしてそれほど谷崎や三島に傾倒するのだろうかという興味から、毎日の連載を楽しみにして読んでいました。

朝日の連載は読みやすいコラム調でしたし、長期連載の最終回はたしかアメリカへ帰国する場面で終了という、アウェーで短文を寄稿し颯爽と去っていく知識人の姿はまさに芭蕉の現代像のようにも思えました。

私がドナルド・キーンを知る機会となった新聞連載「百代の過客」は昨晩のNHKスペシャルでも川平慈英(キーン役)と斉藤由貴(編集者役)で再現されていました。

ドナルド・キーンの連載から三島由紀夫を読み始めたきっかけでもあります。中学生の頭では、それまでは市ヶ谷で割腹自殺した狂人というイメージしかなかったのです。

古典から現代作家までの日常を網羅したこの読みやすい本は、いつまでも色あせない名著であると私も思います。
またドナルド・キーンという老齢である研究者は、大勢が評価するとおり最良の紹介者であり、日本文学の最大功労者だと思います。

ふたたび「百代の過客」(ドナルドキーン著)を手にしてみたくなりました。

勉強嫌いの中学生であった私が毎日読んでいたくらいですから、読みやすい本であることは間違いありません。いまどきのスマホばかりいじっている中高生にももっと読んでもらいたいものです。
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そして再び「無」の探求が始まった 
Friday, October 9, 2015, 12:51 PM
10/9 晴 10時 浅草での空間線量は22ベクレル/立法メートル

梶田隆章教授のノーベル物理学賞受賞で、ふたたびニュートリノという聞き慣れない言葉が賑やかになりました。

素粒子物理学は科学の王道、頂点の学問ですからここで日本人が先頭に立っているということは素直に喜びたいと思います。

この学問がなぜ科学の頂点なのかというと、16世紀から続く宇宙の探訪の道のり、すなわち聖書の唱える天地創造の仕組みだからです。

明治初期までは数学と物理という科目はなく、一緒くたに窮理学(きゅうりがく)と呼ばれて、さらにその昔は教会で修道士が研究した神学の一部でした。

ですから現在の素粒子物理学は、いまでいう「文系科目」だったのです。数学もね。
ついでにいえばみんな嫌いな(笑)「微分積分」も最初は極値という誰も到達できない概念を用いた宗教だったのです。

一流の数学者や物理学者は口々に「文系だ理系だという区別がおかしいし、害悪だ」とおっしゃっています。私もそう思います。

ドイツあたりでは哲学(思想史)は高校生あたりでも習っています。ドイツのハイデルベルグには哲学の道という公園がありますが、石畳が敷かれた小山で古色蒼然としたハイデルベルグ大学や図書館もネッカー川の畔にあり、とても風光明媚な場所でした。

著名な哲学者たちがここで散策して思索に耽ったのでしょう。私はニーチェが一番だと思っています。
人気観光地ですが、大学生もたいへん多いです。

ちなみにハイデルベルグ大学は医学部や数学・物理・化学といった理学部もあるようですが、人文社会系(経済・法学・哲学など)も同じ校舎にあるみたいです。つまり日本のように理系だ文系だという区別がないように建物から感じられます。

日本でいう理系学科文系学科は、どれももとは神学の系統ですから区分する方が無理ということ。これがヨーロッパ人のフツーの感覚だと思います。

日本の大学は「国際○○学部」とか「総合○○学部」とか「○○システム学部」とかカタカナで何いってんのか訳のわからない学部名や学科名をつけてますけども、そんな小手先の人気投票で目立とうというあざとい馬鹿大学が増えてます。

国際とか総合とつく会社や大学は要注意



総合と謳うことは逆に言えば専門がないということで、なんでもダボハゼでやりますよという言い草そのものですし、国際と謳うことは田舎者であると白状しているようなものか、詐欺会社(笑)

総合○○というブラック企業に勤めていたことがあるので身にしみてます(笑)

話を戻して、小柴昌俊教授に続く梶田隆章教授のノーベル物理学賞受賞で、まだまだ「無」とはなんぞやという探求が続いているのだなと感じました。

いままでは真空の宇宙は無とされてきましたが、どうやら素粒子や暗黒物質(ダークマター)と呼ばれる物質に満ちていると考えられています。梶田教授のニュートリノに質量があるという発見は、ふたたび「無」とはなにかを素粒子物理学、天文学に突きつける結果となりました。

原子を分解して、中性子・陽子となり、その中性子と陽子を分解して、素粒子となり、その素粒子はもう分解できないということになっています。

その素粒子の中にあるのは空間なんだそうすけども、空間であるための要素は光の速さが鍵となるそうです。空間の速度が光速以下となる、空間が震えだし、その震えが物質なんだとか。震える空間が「無」であるのかというと、どうもそうではないらしい。

梶田教授のニュートリノに質量があるという発見で、再びニュートリノの先にある「無」の探求が始まったのです。

私は無は光速を超えた世界が無であると考えています



過去ログ:
異端の数 ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 (2)
異端の数 ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念(1)
Newtonの法則で銀河系の全質量までわかる!(数学の力)
般若心経(Heart Sutra)262文字の世界 (最新素粒子物理学との共通点)
「引力」ではない!「押しつけられる力」なのである(暗黒物質の正体)
ノーベル賞南部博士「物質の根源は波動」であるという話
高校生あたりで凡人か一級の研究者になるかわかるんだな
素粒子論の世界では「超能力」は実在する
過去遡及効果として観る「安堂ロイド」
「引力」ではない!「押しつけられる力」なのである(暗黒物質の正体)
数量化という概念が理解できていない人物の戯言は日本に悲劇的な結末を招く
二人の物理学者、湯川秀樹と武谷三男 物理学者軽視のツケ
自転車はなぜ倒れないのか?通説の誤り (実証主義こそが科学的である)
「飛行機がなぜ飛ぶか」分からないって本当? (自称理系でもよくわかってないのです)

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薄力粉で簡単、発酵なしですぐ焼けるパン 
Wednesday, October 7, 2015, 03:07 PM
10/7 晴 10時 浅草での空間線量は28ベクレル/立法メートル

昨晩ノートパソコンがいきなり騒音を出し始めました。発生源は内部のファンです。
小型のノートパソコンで壊れやすい箇所は、まずは液晶画面、AC電源コネクタでしょう。
内臓ハードディスクもかつてはいつか壊れることが前提で、少しでも振動や異音が出ると交換しましたが、最近では信頼性が高くなったと思います。

ですから心の準備はしていたのですが、予期せぬ部品が壊れるとお手上げです。
さっそく秋葉原に行ってみました。

同型品があれば、そのまま買うつもりでしたが、どこにもない。ハードディスクを入れ替えれば済みますから。

しかたなく手ぶらで帰りました。

だめもとで分解して、ファンに張ってある部品番号で検索したら、CPUファンという台湾?香港の会社がヒットしました。どうも世界のノートPC用ファンを扱っている商社のようです。クレジットカードで注文ができるので、注文してみました。

5000円程度で治ればおなぐさみです。
それまでは古いPCを引っ張り出して更新していますが、古いPC(2000年製)の方が速くて快適(笑)WindowsXPでも素で使えばめちゃめちゃ速いです。

手が空いた時間にパンを焼いてみました。

材料:薄力粉200g程度、牛乳150cc程度、砂糖大匙2杯、塩一つまみ、サラダ油大匙1杯、ベーキングパウダー5gといつものように適当にぶち込みます。
今回はイースト菌で発酵させずに、ベーキングパウダーで膨らませます。

ヨーグルトを大さじ二杯ほどを忘れずに



昨日朝のテレビでやっていたのですが、ヨーグルトが適度な酸性で、薄力粉でもグルテンの結合が強くなりパンらしくなるのだとか。

薄力粉でパンをつくるには、蒸し器で蒸してしまうのが一番手軽で失敗しないのですけども、今回は電子レンジのオーブン機能で焼いてみました。

発酵しないので手間いらず。ボールで練って、あとは丸くしてオーブンに放り込むだけ。
180度20分弱といったところでしょうか。

左が焼けた直後です。上面が焦げるので途中までアルミホイルをかぶせておきます。
焼く前に小麦粉を少し振っておくと、粉が吹いているようになります。本場のパンらしいでしょ。

切ってみました。普通のパンっぽい。

強力粉でつくったパンよりも、どちらかというとクッキーに近い風味です。
それでふかふかのパンの食感ですから、これはこれで十分おいしいです。

寒くなったらあんまん/肉まんで薄力粉は大活躍しますけども、毎朝焼きたてのパンも薄力粉とベーキングパウダーがあれば簡単にできることがわかりました。

リンゴのジャムをつけて食べてみました。
なんちゃってパンですが、おいしいですよ。

市販の食パンは食べられません。材料を読んでみれば、贈粘剤や乳化剤、香料、合成保存料、ふかふかさせるための臭素酸カリウム(美容院で使われるパーマ液と同じ)、植物油から作られるショートニング(別名プラスチックオイル)という物質が使われています。

自家製の小麦粉とバターだけのパンは腹持ちがいいですが、市販のパンはスカスカです。
食品添加物で無理矢理膨らませただけの代物ですから。

市販の食パンは原材料を読めばとんでもない暴利ともいえます



自分でパンを焼いても材料費なんて一斤あたり100円もしないのではないでしょうか。
小麦粉、牛乳少々、砂糖・塩、ヨーグルト、ベーキングパウダー、どれも数10円分です。
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異端の数 ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 (2) 
Tuesday, October 6, 2015, 03:05 PM
10/6 晴 10時 浅草での空間線量は33ベクレル/立法メートル

「異端の数 ゼロ」(林大 早川書房 2003)を読了しました。
前半はゼロが中世になって西洋キリスト教圏に受入れられるまでの過程とその後
後半は現代物理学・天文学においてもアインシュタインらがゼロという特異点に苦しんだ過程です。

西暦1500年あたりまでは、ローマおよび周辺キリスト教国ではゼロは触れてはならない数であったのです。

古代エジプトから発生した幾何学(測量や建築、暦)はギリシャに広がりましたがゼロは生まれませんでした。
バビロニア地方(ペルシャ、今の紛争が絶えない中近東)にはそろばんの空の桁を表す表記はありました。

マヤ人は日時がゼロから始まる独自の暦を持っていました。21世紀の最初の年は2000年なのか2001年なのかという大論争がありましたが、この暦であればそんな問題もなかったのです。

不幸なことに現代の暦はゼロのないエジプト人そしてローマ人がつくったものです。

ギリシャ人はその宇宙観からとことんゼロを嫌った



なぜならギリシャ教の神は「比率」だったからです。いわゆる黄金比などと呼ばれている比が奥義です。ギリシャ教の指導者はご存じピタゴラス!
急進で過激な思想家です。エジプトの幾何学から形に神の意志があると信じ、数学と図形は同じ意味とされていました。

だから定規とコンパスで計算することが奥義とされていましたし、宇宙も幾何学的な構造をもつと信じられていました。弦の振動や黄金比といったものが真理であったのです。

だからゼロという概念がないという宇宙観がギリシャ哲学であったのです。

ギリシャとペルシャで戦争が起こり、ペルシャ数学がギリシャにも伝わると、ギリシャ哲学者は頭を悩ますことになります。

たとえばゼノンの「アキレスと亀(アキレスのパラドックス)」・・・極限というゼロに近づける概念です。

やがてアルキメデスがギリシャに誕生し、王冠を壊さずに金がまがい物を知る方法や、細分割して放物線の面積を求める方法などを発見していきますが、不幸にも侵攻したローマ兵に殺されてしまいました。

こうしてローマはゼロを受入れることなく、時が流れてしまいました。

それではゼロはどちらに向ったかというと、西のヨーロッパではなく、東に流れ、インドやアラブ世界で大活躍します。

ヒンデゥー教では「無」は重要な概念です。アラブではアラビア数字となり、古代ユダヤ教においては数字に意味があるという神秘主義であり、ゼロも意味ある数と受入れられました。

時が流れて、キリスト教圏もイスラム圏と貿易をする上でゼロは欠かせなくなります。イタリア商人らが計算に便利なアラビア数字を使い出したのが1200年頃、そして実用的なので教会は反対しつつも、アラビア数字はヨーロッパで受入れられていきます。

ゼロを異端とするカトリックとルネサンスで花咲く数学・美術



ヨーロッパの哲学論争には「無」と「無限」が論争の種となりました。
美術では遠近法(無限遠は一点に集まるという手法)、天文学ではアリストテレスの天動説からプトレマイオスの地動説へ、そしてコペルニクスの現代の太陽系モデルの提唱、そしてケプラー、ニュートンといった修道士たちがぞくぞくとカトリックの宇宙観へ反旗を翻していきます。

無と無限を否定するイエズス会にもデカルトが座標を用いることで幾何学が代数に融合できることを発見します。

ニュートン、ライプニッツが「微小」の概念を取り入れて微分積分という強力な概念を構築します。

フランス革命頃になると、果てしなく永遠と続く式も考えられるようになります。級数という概念ですね。
微分積分という新しくて強力な道具を手に入れた数学者達は、どんどん不可侵と思われていた領域へ斬込んでいきます。

18世紀にはマクローリン、テイラーというイギリスの数学者は無限に続く式も、収束するという概念を確立します。
19世紀にはガウスが虚数という概念を用いると、多次元の式でも解を求めることができることを発表します。デカルト座標が複素平面という不思議な面へと数字の世界が拡大していきます。

デカルト平面では直線でも、複素平面では円となります。さらに3次元の複素空間では球となります。

直線の運動も複素数の世界では球面の動きになる


リーマンはゼロと無限とは複素数の世界では、ちょうど地球儀の極点となることに気づきます。

こうして19世紀あたりで数学者達はゼロと無限の概念を掴みつつありました。
このゼロと無限の概念は物理学へと移り、ブラックホール理論やビッグバンという宇宙の構造をしらべる手段へと進化していくのです。

どちらも「ゼロ」という特異点、ブラックホールは重力が一点に集まったら、ビッグバンは宇宙の始まりのゼロ秒はどうであったのかを考え抜いた末の概念です。

ブラックホールの存在は確認されていますが、ビッグバンは調べようがありません。
宇宙が膨張しているという説は最近では揺れ動いています。

このように本書は非常に壮大なゼロの物語です、そして残念ながらまだ未完です。

これからもゼロに注目していきましょう。生きているうちに新たな発見がされるかもしれません。



過去ログ:異端の数 ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 (1)
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日本に革新思想が根付かないのは、無信仰な国民性だからです 
Monday, October 5, 2015, 08:17 PM
私はあまりイデオロギー的なものには関心がありません。先日の安全保障集団的自衛権関連法案でも、是非に関しては、たいした感想は持っておりません。

間違っても国会前にデモに出かけるようなことは、たとえ物見遊山的な気分であっても近づくことは生涯ないでしょう。
なぜなら、煽動(Agitetion:アジテーション)に乗ったところで、碌な事はないと思っているからです。

合成の誤謬(ごびゅう)が多数決主義では避けられないから



「合成の誤謬(ごうせいのごびゅう)」という言葉は小室直樹が使った言葉で、民主主義として小さなベクトルが集まっても、総体的にはとんでもない方向性をもって、誰も望まない結果となってしまうということ。

いくら反戦を叫んでも、それでは戦争回避のためにはどのような結論となるかというと、他国から軍事挑発を受けないだけの軍事力、核武装が日本には必要であるという結果になるようなことです。

964と呼ばれる税の不公平感を叫んでも、それでは広く獲るという政策で消費税が導入されて、物価が上がり負担感だけが増えた真逆の結果となりました。

このようにますます悪くなるという感情しか持ち合わせていないので、民主主義ほど救いようのない制度はないなあというのが生まれてこの方ずっと抱いている感情です。

選挙はなるべく行きますが、三日もすれば忘れるお祭りのようなものでしかありません。暇つぶしで行う人気投票のようなものです。民主党政権にも最初から期待はしてませんでしたし、やっぱりなあという結果でしかありません。

右翼と言われてもピンとこないのは右翼という存在がないから



集団的自衛権関連法案に関しては、日米安保が軍事同盟であるから、国家間で戦力を融通することは常識であり、国連においても自衛権は国家が持つ権利と認められています。

そんなことを語って、「おまえは右翼だ」と言われても私にはさっぱりわからないというのが正直な気持ちです。
なんたって手本とする立派な右翼主義者という人物が今の日本にはいませんから(笑)

国のために命を捨てられるか!?と言われたら、私は「はい」としか答えられませんね。これで右翼扱いされたら、国も家族も捨てて逃げ回るのが左翼なのか?と聞き返したくなります。

信仰のために死ねるのが真の「左翼」である



左向きの主義は革新とかリベラルとか言われますが、日本の場合は単に貧乏人が国に「もっと金よこせ、面倒みろ」と言い合う集団でしかないです。(副島隆彦談)

本当の左翼というのは楽観主義(Optimizm)が根底にあります。そしてキリスト教信仰者が「神さまが最後は尻を拭いてくれる」という信念で、現状を変えれば(多少の混乱があっても)最後は最善が導かれるものだという考えです。(これも副島隆彦談)


フランス革命でルイ16世を処刑し、その後ナポレオンが登場して独裁と経済混乱、ロシア、そしてイギリス・オランダ・プロイセン(ワーテルローの戦い)との戦火が続きました。

その後はフランスという国は再び貴族の統治となり、政体がかわるたびに革命が起きるという<どーしようもない状況>が第二次大戦後のドゴール政権あたりまで続きます。以下のURLは面白くてよくわかります。
参考URL:http://matome.naver.jp/odai/2136192419623285901?&page=1

現状を変えれば、多少の混乱があっても神さまが最後は良い方向へ導いてくださるというのが、革新思想です。これはフランス人の精神構造がそうなっているから仕方がない。

日本では創価学会を母体に持つ公明党が本来であれば、革新であるべきなのに、なぜかちっとも、まったくの期待はずれ(爆)なほど革新性を持ち合わせていません。ここが革新でなければ日本の革新政党はどこなのでしょうか・・・つまりないということ。

イスラムへの風刺画が引き起こしたテロ事件(シャルリー・エブド事件)は日本人には理解しがたいことです。導火線の前でライターを点けるような行為を愉しむのが、フランス国民の根底に流れる革新気質なのです。

保守思想は本来は個人主義である



なぜか日本では保守とは国家主導もしくは米国追従とされ、革新は反財界・反官僚か反米となっています。
だから反米保守とかポチ保守といった訳わからない言葉がでてきてしまいます。

評論家の福田恆存(ふくだつねあり)は保守とは「自分の立ち位置をしっかり考え抜いて道を拓く主義」と説いています。だから宗教信念やイデオロギーに乗せられて、政治の賛否を問う行為は愚かであるとしています。

朝日新聞の記事では文芸評論家の浜崎洋介氏と北大の中島岳志氏のコメントが載っています。どちらも若手でありながら鋭い。コメントの一部を転載します。

福田は、人は本質では自由なんて求めていないのではないかと書く。では何を求めているのかといえば、自分がいなければ時間が停滞するという実感で、特定の役割を果たし、役割を果たす自分を味わうことことこそが人間の生きがいだと言う。

福田は人間の理性が完全な世界を作り出せる、とは考えない


不完全な人間は、過去に依拠しながら、微調整を繰り返すしかないと考えた人なんです。


私も同感ですから、真性保守と言えます。

参考URL:これから日本のために福田恆存をかんがえよう
http://culturestudies.jp/interview/vol03/#.VhJUoeztmko
この人に聞きたい 中島岳志さんに聞いた
http://www.magazine9.jp/interv/nakajima/index1.php

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