パンぐらい自分で焼こうと思います 
Monday, October 7, 2013, 11:07 AM
10/7 曇10時 浅草での空間線量は136ベクレル/立法メートル

市販の食パンが嫌いで、試しに自分で焼いてみたところ、意外や簡単にできたのでそれ以来は自分でパンは焼いています。

自動パン焼き器なんてものは必要ありません。
シリコン鍋とボールのみ。

あとはオーブン機能のある安物の電子レンジで焼くだけ。

粉だらけになるから嫌だという人もいますが、混ぜるのもこねるのもボールの中でやってしまうのでほとんど汚れません。錬るのは空中で強く握ってあげればいいのです。


手やボールにベタベタくっつくのであれば水分の多すぎです。お餅程度の固さであれば、手にも付かずボールも(手のひらも!)つるつるピカピカになります。つまり後片付けも水でさっとすすぐだけ。

イーストは市販の物が簡単で失敗ありません。小サジ一杯しか使わないので、業務用を一箱買えば当分買う必要がありません。
その日の気分で胡麻やレーズン、ドライフルーツを混ぜて焼けばできあがり。

数日毎にやっているので慣れたもの。失敗はレンジの中に入れっぱなしで忘れてしまうこと。発酵しすぎるときめが粗くて固くなってしまいます。

じっくりパンが膨らむのを待っているのは嫌だという時
薄力粉を使ってパンケーキか蒸しパンにしてしまいます。作業時間は15分程度かな。



簡単パンケーキの作り方
 薄力粉180g
 砂糖大さじ1ー2杯
 ベーキングパウダー(重曹)小さじ1-2杯(多いと苦くなる)
 塩ひとつまみ
 +香り付にバニラエッセンスやシナモンをお好みで
 +ヨーグルトを大さじ1加えるとモチモチになるという話もあります

 牛乳1カップ(180cc)
 卵1個

ボールで混ぜて、フライパンで焼きます。最初は生地を入れるとフライパンの温度が下がるので焼き始めは中火、ぶつぶつと表面に気泡がたてば弱火にします。砂糖で焦げやすいことと最初から弱火だと膨らまないことに注意すればあとは簡単です。


溶かした黒砂糖に火を通したカラメルソースをかけて食べてみました。
ジャムやバター以外にハムエッグを添えてパン代わりでもいいですね。

過去ログ:本日の焼きたてのパン
鍋でパンを焼く
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家族の責任どこまで 徘徊中線路に…遺族に賠償命令 
Sunday, October 6, 2013, 12:02 PM
10/6 雨10時 浅草での空間線量は143ベクレル/立法メートル

2007年に起きた徘徊老人(91歳)による列車遅延の損害賠償請求で介護家族への賠償命令の判決が下りました。
死亡した痴呆老人には「責任能力はない」とのことで、男性の妻、そして長男に監督義務があるとしています。他の兄弟は同居していないために「介護に深く関わっているとは認められない」として賠償義務はないという判決です。

法律解釈ではそうなるのでしょうが、登場人物は全員高齢者です。
痴呆老人には「責任能力はない」とはいえ、その妻といっても85歳。その妻に監督責任を負わせるというのも酷な話です。

全く出口のない問題です。特に痴呆老人や精神病を抱えている家族や夫婦にとっては。

大正から昭和前期あたりでは65歳以上が人口に占める割合は5%でした。現在は20%、全国の100歳を越える老人は2万人です。これからは5人に一人から4人に一人が65歳以上という時代を迎えます。

義務や権利という言葉では隠し通せない現実問題



年金問題に絡んで定年延長や社会保障制度の議論がありますが、はっきりしていることは民主主義では解決できない問題です。

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強欲な0.01%が引き起こす米議会の対立(リバータリアンのせいではない) 
Saturday, October 5, 2013, 01:32 PM
強欲な0.01%が引き起こす米議会の対立(リバータリアンのせいではない)

10/5 雨10時 浅草での空間線量は150ベクレル/立法メートル



本日の朝日新聞クルーグマンの記事を掲載します。

ウォール街の経営者達がいかに強欲(greed)であるかがわかるでしょう。リーマンショックを引き起こした張本人達であり、国民の税金が投入されて救済されたにもかかわらず、報酬に対する税金に反対しています。それどころかなぜ自分たち特権階級が犠牲にならなくてはならないのかという持論をあちらでは広言しています。

0.01%の富豪層が露骨な権利意識を表明している



ウォーレン・バフェット(Warren Edward Buffett)の投資会社バークシャー・ハサウェイ(Berkshire Hathaway)の副会長・チャーリー・マンガーことチャールズ・マンガー(Charles Thomas Munger)もウォール街への巨額救済策に対して、より米国民は財政難下の米国で「ただがまんし、耐えるべきだ」と言い放っています。


「富裕層が迫害されている」という彼らの主張は、少数意見ではない。新聞にも出ているし、昨年の大統領選でもロムニー候補の選挙運動の中心テーマになっていた。
(中略)
全世界が服従してくれないという彼らの愚痴や怒りが、やがて現実的な政治の結果としてあらわれるかもしれない。
「0.01%の怒り」を怖れよ!
(NYタイムズ・9月27日付)


人口0.01%の富豪達はアインランド著「肩をすくめるアトラス(Atlas Shrugged)」で描写される資本家達(庶民からは搾取する側と糾弾される)のようであるといぶかります。

ところが、0.01%は「人民へ再配分される富も自分たちに環流させよ」と特別扱いを主張しているに過ぎないとクルーグマンは指摘しています。

アインランドが小説で示したリバータリアンと強欲な富豪達は似て非なるものです。

これはアイン・ランドではなくアンシャン・レジーム(旧体制)である



ニューケイジアン(新ケインズ主義)のクルーグマンがこのような発言をしていることが意外でしたので掲載しておきます。
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もうこれ以上は米国債を発行するなという米国民の健全な反応である 
Friday, October 4, 2013, 12:24 PM
10/4 曇11時 浅草での空間線量は160ベクレル/立法メートル

米国議会では国債発行額の上限引き上げ論議が紛糾していて一部政府機関のロックアウトがニュースとなっています。

大きな政府(国家)を望む派と小さな政府を望む派との対立で、オバマ政権の弱体化が指摘されています。小さな政府を望む派の代表はティーパーティー(茶会)と呼ばれる党派で、リバータリアンという思想です。

要するに他国に干渉せず、国家は自国の保安にだけ注力せよという考えです。また金融では私企業の連邦準備銀行 (Federal Reserve Banks)制度に反対しています。FRBは1913年(大正2年)にJ.P.モルガンが設立した他国の中央銀行を模したものです。翌1914年に世界覇権が欧州ロスチャイルド家から米国ロックフェラー家へ移った年(副島隆彦説)と時期が重なっています。その通りでアメリカ金融が丸ごと乗っ取られた年です。

オバマ政権の弱体化と論評されていますが、シリアへの武力介入で6割以上の国民が反対していること、また国債発行をこれ以上増やすなという声が議会内で大きな勢力となっていることに、私はアメリカ議会の健全性を感じています。
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日の丸は海上で使うには不具合だから旭日旗が生まれたことを知ってます? 
Thursday, October 3, 2013, 02:00 PM
10/3 晴10時 浅草での空間線量は154ベクレル/立法メートル

お隣のバ韓国では何かというと旭日旗を目の敵にしますよね。
同調するそぶりを示すアホ左翼もいるようです。

なぜ帝国海軍は日の丸ではなく旭日旗というオリジナルデザインを作ったのでしょう。

もともと日本国旗「日の丸」は坂本龍馬が国旗として提案したという説があります。
海外交易を目指していた龍馬はイギリスや米国の商船で掲げられている信号旗を国旗として流用したわけです。
それまでは薩摩藩は島津家家紋、長州は毛利家家紋を掲げて外国との交易をしていたのです。鎖国下ですから国際法を守ることなく密貿易です。

開国にあたり国際法に則り、船舶の海外航海では所属国を示す国旗を掲揚しなければならないのですが、日本にはその国旗がない。
そこで龍馬は海外の通商船に掲げられている信号旗1番を国旗としてとりあえず流用したという説です。

島津家の家紋に近いという理由で薩摩の面目を保とうとしたことも考えられます。

ところが海上での日の丸は大きな不具合があります。

日の丸は「1番」を示す国際法で定められた信号旗


なのでみだりに掲揚すると違う意味に誤解されるのです。

船舶上で掲揚する旗は飾りではなく、陸地や他の船舶への指示や意思表示で使われます。
たとえば競技では「日の丸」は1を意味するので、海域でコースや地点が定められている場合は、1番コースを航行という意味となります。

特に軍隊における艦隊行動では旗の誤認は避けなくてはなりません。

そこで生まれたのが日の丸を派手にすることで信号旗との誤認を避けたのです。

旭日旗が帝国主義を想像するから嫌だというならば、日本国旗も変えなくてはなりません。現在でも各国の艦艇の旗は自国旗に手を加えたデザインになっていますから。

ちなみに航空自衛隊旗は鷲をモチーフにした旗です。あんまり見かけませんね。


日の丸が国旗でなくなるときは、明治から現代まで続いた”国体”が無くなったときです。
ちなみに旭日旗(海上自衛隊旗)はデザイン的も視覚的にもすごくいいなあと思っています。これが国旗ならば眼がチカチカしてしまいますけどね。
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自由民権運動は神を否定することから始まった一種の宗教活動である 
Wednesday, October 2, 2013, 02:04 PM
10/2 雨10時 浅草での空間線量は158ベクレル/立法メートル

幕末から明治にかけて西洋からの哲学と神学論が日本に入ってきました。
それまではオランダやイギリスから長崎の出島を経由して幕府の海外研究機関・蛮所調書(ばんしょしらべしょ:現在の東京大学)にもたらされ、蘭学者といわれる学者達が幕府上層に報告しておりました。

交易や長崎からでもたらされる情報が各藩にもやがて知れ渡ります。
緒方洪庵は医学や佐久間象山は兵学を幕末に紹介して、教え子達が後の討幕運動、明治新政府の重鎮となったことは言うまでもないでしょう。

西洋の近代学問を学ぶ前に前提となる設問があります。

神は存在するかどうか?


カトリックではGodを天主・創造主、その天はデウスと称しています。

天文や物理学者、数学者たちが口にする「神の領域」で使われる神とは森羅万象を司る場ということで英語ではデウスとなるそうです。

これが近代思想の根本。西洋では18世紀に確立した考えです。
イギリスやフランスの思想家達、フランスではポルデール、モンテスキュー、イギリスではジョン・スチュワート・ミル、そしてジョン・ロックらが西洋での人権思想を導き出したのです。
特にジョン・ロックの功績が偉大である(副島隆彦談)

ヨーロッパのアンチカトリック(プロテスタント)運動は以下の思想の流れを生み出しました。
1)創造主はいるだろうが、人間界に積極的に関わっている(theism:超絶主義)
2)創造主はいるだろうが、人間界には関与しない(deism:理神論)
3)宗教は信じません(nonbeliever:無信仰者)
〜〜↑ここまでは欧米社会では許される〜〜
4)想像主はいるかどうかはわからない(agnostism:不可知論)
5)創造主などいない(atheism:無神論)→破壊活動家と同義
〜〜↑ここらへんは危険分子思想とみなされる〜〜
おまけ)八百万(やおよろず)すべてに神は宿る(punthism:凡神論)

ニーチェら哲学者はnonbeliever:無信仰者です。ニーチェをよく引用し参考にした森鴎外も自信が無信仰であることを前提に山県有朋に南北朝正閏論(なんぼくちょうせいじゅんろん)を直接語っています。西周も同様な立場です。

明治の知識層の多くは(deism:理神論)である




なぜ断定できるのかというと、deismの流れでカトリックの三位一体(triteriam)を否定したユニテリアン(Unitarianism)がプロテスタントの真髄ですし、そのプロテスタントの国から近代学問が導入されれば、当然そういう結論になります。

ユニテリアン思想はそのままフリーメイソンの標榜する思想と重なっています。

儒教、カトリックが唱える自然法(Natural Raw)はなるがまま天が采配するという考えです。身分制度も領主・指導者も自らが変えることはできないという考えです。

プロテスタントは天は我々の生活には関与しない。それならば人間自身で変えることができる。自然権(National Light)という思想が発展します。これは中世の封建主義体制では危険思想です。

明治維新は欧米列強国により軍事的に脅されて徳川幕府は開国をのんだとしていますが、そんなことはない。

薩長がそれぞれ小競り合いをしただけで、日本 対 外国という戦いはないのです。

徳川幕府のエリートにも西洋の自由民権思想を無視することはできなかったのですから。
自由民権、民主主義というと近代文明下では金科玉条のように守るべき規律のように小中学校から教え込まれますが、本来は

神がいないのならば自分たちで変えるしかない



という神学論争で芽生えた思想です。民が主となって世を司るという考えは一見すれば私たち市井に住む者にとっては心地よい言葉です。

しかし一方で自主独立が尊重されるアメリカは常に戦いの歴史です。

民主の「民」はいくらでも世論操作ができるからです。1914年は欧州ロスチャイルド家からアメリカ・ロックフェラー家へ世界覇権が移った年です。

デモクラシー(democracy)は1914年(大正3年)を境に変質していった

(副島隆彦の説)

日本でも大正デモクラシーという社会運動が発生し、その後の日本社会を大きく変えていきました。
世界でも革命が勃発した時代です。

デモクラシー万歳!・・・とは後世の歴史家は評価しないでしょうね。

アメリカを例にすればロックフェラーの巨大金融資本によるデモクラシーに民意は反映されないからです。

「アメリカには過去一度もデモクラシーはない」(副島隆彦)



来年4月から消費増税が決定しました。まるで増税しないと国が滅びるような論調ばかりです。
税金が増えて喜ぶ奴などいるわけないのに、大手柄のように話す安倍晋三首相が大写しです。

そろそろ明治から日本に入った民主主義というタチの悪い”宗教信仰”を止めてほしいです。

「馬鹿はバカなりに生きていきますから


政府は我々の生活にかかわらないでください!」


と声を大にして言いたいです。
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森鴎外はなぜ男爵になれなかったのか 
Tuesday, October 1, 2013, 02:11 PM
10/1 小雨10時 浅草での空間線量は152ベクレル/立法メートル

この数週間はずっと森鴎外が死の間際(大正11年)まで希望していた爵位(男爵)を与えられなかったのかを考えています。

ブログに過去書いてあるように、当初は軍医時代に日清日露戦争で全兵士の半数近い脚気死病者を出してもなお、病原菌説に固執し、海軍・高木兼寛の栄養説を執拗に攻撃したからと考えていました。

もしそうであるならば、帝大医学部同期であり軍医時代の上司である青山胤通(あおやまたねみち)や小池正直(こいけ まさなお)らはもっと重罪です。ところが二人とも男爵という爵位が与えられています。

「森鴎外 国家と作家の狭間で」(山崎一穎・跡見学園女子大教授 2012年)では宮内庁帝国博物館長時代に火事で建物が焼失しているから、これが爵位をあきらめた原因だとしています。

それならば「鴎外はなぜ袴をはいて死んだのか」(志田信男 2009年)で指摘しているように、なぜ病の床で袴を履いていたのかがわかりません。友人の賀古鶴所(かこつるど)は鴎外が死去するまで叙爵運動を文芸仲間や有力政治家に対して行っているからです。

鴎外を調べれば調べるほど、文芸や美術方面でも功績は大きいのです。
またドイツの衛生学を元に東京都(当時は東京市)の都市計画にも意見を述べています。

医学書から兵学、童話や文芸、新聞、雑誌などなど西欧の雑誌を手当たりしだいに翻訳して日本で寄稿したり、自らの雑誌「スバル」で発表しています。

これを軍医時代にやっています。俗に言う「小倉左遷」の4年間で知識人鴎外の下地が出来上がりました。石黒忠悳(いしぐろただなお)曰く「あの若造の鼻っ柱を一度へしおらねばならぬ」とまで言わせるほど自意識が高く出世欲を隠そうとしない鴎外は、人間として一肌剥けた時期です。

母親の従兄弟である西周(にしあまね)は山県有朋の軍事顧問であり、その足跡を鴎外も追っています。とうぜん西と同様に男爵の称号が与えられるはずだったのです。

貴族院で議員として発言する西を見て、いつか自分もと思っていたでしょう。

ところが西周以上に文壇や新聞で名を上げても、叙爵の話は来ない。

そのなぞを明治・大正の有力者たちの思想から追っているのですが、本によってばらばら正反対です。文学部の教授たちがテーマにする理由がわかるような気がします。

鴎外の短編小説の文体は夏目漱石に比べると読みにくいし、全編通じてのニヒリズムにあふれていかにも”洋行帰りのイヤミ”調です。だからたいへん人気がない。

新聞連載「鴎外漁史とは誰ぞ」なんて連載中止を求める葉書が殺到したぐらいですから。
文筆家としての名声に対するアンチの多さが爵位を与えないという理由とも思えません。

西周の著作などほとんど知られていません。読んでもだらだら苦悩がつづっているだけで面白くもない。

森鴎外の研究者はからなず二面性(官僚と文筆家)を指摘しますが、鴎外にとってはどちらも自身の啓蒙思想からは極端ではないでしょう。

自分の理想(西欧の自由平等民権思想)は啓蒙しなければならないという信念があるからです。それだけ強い確信がなければ二足わらじはできません。

幕末から明治の知識人(エリート・インテリ)はとてつもなくすごい



頭の回転、構造が現代の私たちよりもだいぶ違うのかもしれません。
文明で日に日に馬鹿になって行ってますから。

近々、鴎外が男爵になれなかった理由を発表します。文学者たちが見逃していることをまとめたいと思います。
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消費税8%でスタグフレーションが加速 
Monday, September 30, 2013, 01:25 PM
9/30 晴10時 浅草での空間線量は144ベクレル/立法メートル

明日10月1日に安倍晋三首相が来年4月に消費税8%への引き上げを宣言するそうです。

ここ浅草では古い木造家屋の一角が取り壊され、あちこちでマンション建設が進んでいます。スカイツリーのため墨田区・台東区・足立区・荒川区といった下町、はっきり言えば格下の地域でありながら高層マンションという不釣り合いな建物が乱立するようになりました。

神戸市長田区の現状と似てきています。

いままで低層住宅だったところが一気に何倍もの戸数になります。もちろん需要を見込んでの建設ではなく、金融緩和によるマネーが不動産デベロッパーに流れ込んだためです。

おそらく売れ残りがたくさん出るでしょう。不動産価値の下落で銀行融資も停滞します。
実需のない建築ラッシュの行き先は再びデフレスパイラルへ向うと見ています。

円安による石油価格の上昇は輸送コストから食料品まで波及しています。

典型的なスタグフレーション(不景気下でのインフレ)であることを実感します。
このような状況で増税宣言とは狂気の沙汰です。

嘆いていても仕方がないので、パンを焼きました。
完熟バナナが安売りされていたので、それを2本ちぎってパンの具にしてみました。

パン生地に生でバナナを入れると、バナナからの水分で生地が水っぽくなるので、あらかじめバナナは電子レンジで加熱しておきます。
ここで分離した甘い汁は生地に混ぜて発酵させると香りが残ります。
潰したバナナを生地で巻いて焼いてみました。大成功!砂糖を使わなくても甘い菓子パンのできあがり。
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“復興“はしたけれど 〜神戸 新長田再開発・19年目の現実〜 
Saturday, September 28, 2013, 02:26 PM
9/28 曇10時 浅草での空間線量は127ベクレル/立法メートル

NHK教育の深夜にETV特集というドキュメンタリーが放映されていました。

神戸市長田地区は阪神大震災で大火災があった場所です。
震災前は古い住宅密集地でサンダルなどの軽工業や小さな商店街がある”汚い”街でした。

それが火災によって神戸市がかつての頓挫していた都市計画が急遽推し進められ、街は一変しました。高速道路や鉄道の車窓から見える長田地区は高層マンション、商業ビルが立ち並び復興が感じられます。だいたい6年後には大火災があった痕跡などは無くなったように他府県の人間には見えました。

復興の名の下に行われた高層ビル・住宅が苦しめている



その非情な現実をドキュメンタリーで追った番組です。
かつての古いアーケードはショッピングモールに変わり、渋谷のような人があふれる街に成るはずでした。ところが人はまばら、シャッター街となった現実があります。

商店を失った被災者は借金をして神戸市が建てた店舗を購入し、売上から返済していくはずでした。綺麗な街となり人はあふれて、売上もあがり、近代的なビルの区画は自分たちの財産となるはずでした・・・。

商業ビルは維持費・共益費も固定資産税も震災前の数倍となった



もともと薄利多売の安さがうりの商店街であったのですが、かつての良さが一切なくなりました。今でもショッピングモールのほとんどはテナントが入らず、購入してしまった元商店主が逃げるに逃げられず、好転の見通しも見いだせないまま来年で20年が経とうとしています。

借金だけが増えていく・・・その原因は”復興”の名の下にデベロッパーと神戸市が共謀して大規模開発を行ったことです。

国からの復興支援金目当てに地方自治体とゼネコンが踊った



そこに縛り付けられた住民は箱物の維持のために働かせられているようなもので、復興とはなんであるかと問いかけています。

解説では資産価値が10年で1/3となっていますが、現在の売値は番組中で

20年で1/10・・・でも売れない、借り手がない



商業ビルの固定費が高くて、客もいなければ見向きもされないでしょう。
マンションでも築20年で外壁やエレベーターの大規模修繕が行われるでしょう。
また20年前の建築物ならば、光ファイバーやケーブルテレビなどの通信設備もないはずです。商業ビルで通信設備が古いのは致命的です。

神戸市は現在も長田地区の再開発計画を遂行中で、全体の3/4が終り、のこり1/4の高層ビル群を建設しています。
ショッピングモールの大半は空いたままにも関わらず。
ますます老いていく住民達・・・

貧乏人が住みやすい街が住みよい街なんだよ


私はそう思います。

東北の被災地は長田を悪い手本にして欲しいと住民が訴えていたことに胸が痛みます。


NHK【ETV特集】“復興“はしたけれど
〜神戸 新長田再開発・19年目の現実〜
http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2013/0921.html
1995年の阪神・淡路大震災で深刻な被害を受けた街がある。神戸市西部の新長田地区。震災後、神戸市はこの街を復興させようと総事業費2,700億円の巨大開発計画を打ち出した。新長田駅南再開発事業。被災地を商業ビルや高層マンションなど44棟が建ち並ぶ「神戸の西の副都心」として再生しようとしたのである。震災で焼け出された商店主たちは、新しい街づくりに再起の希望を託した。

それから19年目を迎えた新長田。再開発ですっかり生まれ変わったはずの街に異変が起きていた。真新しい商業ビルの中にシャッターを閉じたままの場所が目立つのである。再開発によって生み出された店舗スペースが大量に売れ残り、商店街を訪れる客の数は震災前より減っている。借金をして再開発事業に参加した商店主の多くが深刻な経営悪化に苦しんでいた。震災前から新長田で商売をしてきた老舗の商店主はいう。

「店を売りたくても買い手がない。貸したくっても借り手がない。10年かそこらで資産価値が3分の1に落ちてしまう街なんてほかにあると思う?・・・ちょっと酷すぎるわ」

いま東日本大震災で再び注目される「復興」、震災から19年目を迎えた神戸の知られざる現実を伝える。

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高速増殖炉は世界でロシアだけが運転しています 
Friday, September 27, 2013, 05:51 PM
9/27 晴10時 浅草での空間線量は125ベクレル/立法メートル




ロシアは新型増殖炉BN800(88万Kw)を建設中という新聞の切り抜きです。
既に運転中のBN600(60万Kw)は稼働率78%という実績です。

日本のサラリーマンの年間稼働率(週休二日+盆暮れ休暇+有給)は70%前後ですから、日本の会社員よりずっと働きづめです(笑)

ロシアというと古い施設を騙し騙し使っているというイメージですが、とんでもない誤解です。78%の稼働率はほとんど常時稼動しているような状況です。

ちなみに日経BPオンラインによると

日本の火力発電所は稼働率は30%程度



まあピークにあわせて待機させたり、整備点検のために必ず発電設備は2基で運用されて、一つが稼働中なら一基は停止という日本の贅沢な運用方法なので50%以上の稼働率は無理なのですけども。

ロシアはすごいです。

ちなみに私は原子力発電自体は肯定しています。ただし経済原則を無視した野放図な建設や稼動には反対の立場です。発送電分離は最低の条件です。
感情的にも独占禁止法違反の国内電力会社は嫌いです。

完成から22年経っても壊れたままの「もんじゅ」



かたやもんじゅの11年前に完成したロシアBN600は現在も稼働率78%という驚異的な信頼性です。

ついでに言えばもんじゅは再稼働のメドは全くたっていません。

もうひとつの問題は、ウラン燃料の価格が安くなっているので増殖炉で燃えないウラン238を燃えるウラン(プルトニウム239)にするコストと釣り合わないという現実があります。

日本では原発が政治家と官僚の道具になっている間に、ロシアでは新型炉を作っています。
この差はどうしてできたのでしょうか。

技術立国?笑っちゃいます。
日本には哲学(科学の真の理解)がないからこうなるのです

わかりやすく言えば国家としての意思の違いなのでしょう


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噴火と地震は一緒に別の場所で起こるという理論 
Thursday, September 26, 2013, 11:09 AM
9/26 曇10時 浅草での空間線量は138ベクレル/立法メートル

地球は地震と噴火の頻発時期に突入したようです

昨日のパキスタンM7.4では沖合に小島が出現しました。
一日で島が現れるなんてびっくりです。

今朝はペルー沖でM7.2の地震が発生したそうです。

同時に阿蘇山の噴火レベルが上がりました。

アメリカでは何人かが同じ日時でカリフォルニアでの地震を予言しています。

「10月3日頃M9.7の大地震がカリフォルニア沖で連続して起きる」

スーパープルーム(プルームテクトニクス)によると
http://youtu.be/5236bAlbuMw

地球内部のマントル層の温度は均一ではなく、プレートが沈み込む地域(日本では太平洋側)は冷えていてタヒチあたりでは高温であるという説です。温度分布が不連続なのです。

その鍵が海水です。プレート境界から海水がマントル側に浸透し、マントル温度を下げ、数百卉話罎隆篝个海水を含むことで柔らかくなって流動化しやすくなります。沈み込む大陸と吹き上がるマグマ群(スーパープルーム)となって地球内部をマントルがダイナミックに巡るという理論です。
プレートテクニクスというマントル対流で大陸がゆっくり動くのではなく、
プレートの沈み込みとマグマの噴火はペアだということです

すなわち巨大地震(プレートの沈み込み)があれば、地球のどこかで大きな火山活動が発生するのです。

日本では阿蘇山の噴火危険レベルが突然上がりました。
噴出ガス(二酸化硫黄)が急増したためです。

他にも富士山、蔵王の噴火の可能性もあるようです。特に蔵王は有史では噴火していませんから、お釜が無くなるかもしれません。

阿蘇山も7300年前に噴火したときは福岡、大分まで火砕流が到達したとのこと。北海道にまで火山灰が積った痕跡があるそうです。どんな規模でしょう。

300年前の富士山の寛永大噴火と同時期にはカナダ・アメリカ西海岸一帯で連続して沈み込み(地震)があったそうです。産業技術総合研究所のWebによるとカスケード沈み込み帯では平均14mも海岸線が動いています。
日本の太平洋岸での津波は古文書によると推定5.4m前後です。

噴火と地震は一緒に別の場所で起こる



10月3日を楽しみにしておきます。たぶん何も起こらないと思うけど。

参考ブログ:Walk in the Spirit
http://plaza.rakuten.co.jp/555yj/diary/201309250001/
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ウィルスによって原始生命が生まれたという発見 
Wednesday, September 25, 2013, 12:44 PM
9/25 雨10時 浅草での空間線量は155ベクレル/立法メートル



昨日はエクボ株式会社の清水社長らとお話をしました。
エクボ株式会社さんでは細胞エネルギーに着目した製品を開発している会社です。
細胞核の横にミトコンドリアという器官があります。教科書ではミトコンドリアは酸素を使って熱(エネルギー)を出す細胞の発電所のようなものと説明されていますが、清水氏はさらに
ミトコンドリアにも細胞核と同じように遺伝子を持ち、ちょうど細胞内に寄生するウィルスのような存在と説明されました。
このミトコンドリアをより発動させるために、ガンマ線、微細動、赤外線特殊光線といった具合に体表面に作用する器機を造られてきました。さらにより深い部位にも作用する放射線を加えて「細胞のエネルギー支援」のツールは揃ったそうです。次のステージにご期待下さいとのことです。

そんな話を伺いながら、新聞に目を通すと細菌並みに巨大なウィルスが発見されたことで生命の誕生に新しい仮説が生まれたという解説が掲載されていました。(朝日2013年9月23日朝刊)

ウィルスは単純な遺伝子が蛋白質の膜に包まれた単純な構造です。蛋白質が合成できないので自己増殖できず、エネルギーも生み出せないために、他の細胞に寄生するしか存在できません。そのためウィルスは<本物の>生物とは区分されませんでした。

巨大ウィルスは遺伝子が千個(通常は十個程度)、蛋白質をつくりだす遺伝子も確認できたり、真核細胞(我々の体の細胞)とDNAが同じ領域が確認できるなど、定義を覆す発見がなされました。

細菌に近いウィルスということで、生命の進化を知ることで重要な発見となりました。

ウィルスはインフルエンザなどの病気の原因ですが、逆にはウィルスに感染しなければ原始生命が誕生しなかったのです。

エクボの清水社長が説明されていたように、ミトコンドリアだけ取り出すとウィルスそのものです。ミトコンドリアにもDNAがあるからです。

つまりミトコンドリアは元来はウィルスであり、これが寄生することで真核細胞へ劇的に進化したのです。(仮定です)

癌の最新治療法はブドウ球菌のDNAを変えて、癌幹細胞に感染させて増殖の蛋白質を作り出せないようにするというものです。薬も手術もいらない。服用だけで終り。
治癒が難しい脳腫瘍への治療にむけて動物実験が進められているのですが、臨床実験まで早く進めたいとのこと。なんたってブドウ球菌は体に存在するありふれた菌ですから副作用もないのです。

ウィルスは生命の発生にも健康の維持にも必要不可欠



消毒という考えが間違いであることを理解しましょう。すべては共存なのです。



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JR北海道を「国鉄」として会社丸ごと動態保存しましょう 
Wednesday, September 25, 2013, 12:02 AM
さあ共産主義のみなさん!「鉄ちゃん」「鉄子」と呼ばれる鉄道マニアのみなさん!
偉大なる昭和の遺産JR北海道をまるごと「国鉄」として文化遺産登録を陳情しましょう。

国鉄時代の車両を使い続け、社員にはプロレタリアートとしての尊厳が隅々まで行き届いているJR北海道を応援しましょう。
ボロい車両(たまに燃える)、線路ガタガタで乗り心地最悪(たまに脱線)、運転士は自己弁護のためにATSさえハンマーで叩き壊すその短絡思考・・・。

すばらしい!
すみずみまで行き届いている共産主義思想!

ソ連は崩壊し、昭和が終わって四半世紀過ぎても存在する”共産主義”がいまでも北海道にはあった(感嘆)

これは大発見です。絶滅していたシーラカンスが発見のようなもの。
最近ではサカナクンが発見したクニマスのようなものか。

線路や車両のみならず会社まるごと日本の文化遺産として守らなくてはならない。
後世に「国鉄」とはどんな鉄道(会社)であったのかをちゃんと遺さなくてはいけないと思います。

便器から枕木が見える便所、直角の背もたれ、ワックスの臭いがきつい床板、時折充満するディーゼルスメル、問答無用の横柄な車掌、やたら長い停車時間などなどローカル鉄道での旅なんてそんなもん

ぜひとも嫌煙などという馬鹿な風潮にめげず、かつてのように全席灰皿を再び常備して欲しいものです

冷凍ミカンでも食いながら、くわえ煙草で足でも投げ出して「ったくよ〜」と悪態をつきながら北海道の景色を横目に、いつ着くかわからない旅をしてみたいものです。

JR北海道なんて一生で何度のるかといえば、多くても数回。北海道に住む人はクルマでしょうからたいして遅れても運休しても関係ないのでは。迷惑被るのは旅行客ぐらいでしょう。

遅れる止まるも旅のハプニングという余裕があればいいのです。

かつての「国鉄」の風情を味わいたいものです。つうかまんま「国鉄」だろとツッコミながら独り言をいいながらの旅もいいのではないでしょうか。

国鉄時代の時刻表は楽しかったのですが、JRとなってどんどん赤字路線や本数削減で面白くなくなりました。

国鉄時代の青春18切符で旅した世代としては、今のJRはあまり楽しくないです。

ローカル線の乗換ほどスリリングなものは無かったのですから

JR北海道、べつにいいじゃんこんな会社が一つぐらいあったって

お堅いこというなよと、東京に住んでいる私は思います。

北海道の貨物列車脱線事故をトップでニュースにするほどのことかということです。

90%以上の国民にとってどうでもいい話です。

(思いつきの軽口です)
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福島第一原発3km圏でも10〜20μSv/h、実際はこんなもんです 
Tuesday, September 24, 2013, 11:21 AM
9/24 晴10時 浅草での空間線量は156ベクレル/立法メートル



ラッキー博士が唱えるホルミシス効果が期待できる実効線量の中央値は100μSv/hです。

第一原発3km圏内でもさらに1/10〜1/5の低線量



副島隆彦先生と爆発後に正門前まで行って測定したのですから、10μSv/h前後という測定値は正しいと思います。正門前は2011年3月末で約800μSv/hでした。それでも5号6号を眺望できる南西3km程度の地点でも20μSv/hあたりで、ほんの少し離れた地点でたったこれだけということがわかり、当初の緊張感はなく、ピクニック気分になったことを思い出します。

だいぶ斑(まだら)で、意外に南西の線量が高いのですね。
ほとんど雑木林で工事用の事務所や資材置き場が点在している程度で何もないです。

そんな場所でも先祖代々とか生活拠点がとか言い出すんだろうなあ。
そして税金が投入されると思うとやり切れなくなります。



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明治に入ったのは西洋技術とそして神学論だった 
Monday, September 23, 2013, 10:11 PM
この数日間は開国から明治にかけての日本の知識階級とその背景の理解に没頭しております。
現代の私たちが当たり前と捉えていることは、どれもこれも明治に西洋から知識階級が導入したものです。

明治初期の知識階級とは幕府の蘭学者(蘭医)・儒家出身の学者達と渡航経験者達です。

森有礼(もりありのり)がそれらの人々を集めて明治六年に設立した出版社が「明六社」です。明治啓蒙運動と語られています。その明六社からは後の政府の有力者、官僚として逓信、鉄道、教育を率いていきます。また誰もが知っている出版社も明六社の集まりから始まります。

福沢諭吉だけは官職に就かず独自に慶應義塾を設立します。
伝記を上っ面だけ読んだだけでは、福沢諭吉は渡米でも文化に興味を示さず、キリスト教(プロテスタント)にも関心を示さなかったとのこと。
彼の遺した言葉「和魂洋才」「士魂商才」その通りに進んだのだと思いこんでいました。

副島隆彦先生から大きな誤りを指摘され、自分の無学を恥じ入りました。

福沢の息子二人は慶應義塾に神学部をつくろうという動きまであったのです。
福沢諭吉のすごいところは、岩倉使節団でアメリカ、ヨーロッパを見聞した際に、プロテスタントから近代神学論へ移ったことを実感したようです。

だからプロテスタントではなく近代神学を積極的に取り入れようとしたのが実状でした。

なんで西洋技術を日本に紹介するのに神学論が重要になるのかがわからないと、明治期の思想転換の背景が見えてこない。

山本覚馬と新島襄が行った明治での役割も見えてこない


その後、教え子の徳富蘇峰(とくとみ そほう)や同志社大学神学部の立ち位置がはっきりとわかるのです。

当時の知識(エリート)層はフィロソフィー(哲学)とテオロジー(神学)とサイエンス(科学)は同一に捉えています。テクノロジー(技術論)はその下の学問。

あちゃー、いままで年表とwikipediaぐらいしか見ていないから、大局を見誤っていたのです。
福沢諭吉が渡航経験者の中でずば抜けて進歩的であったのかを思い知らされました。

昨日の朝日新聞には統計学の紹介が社会学者によりなされています。
なぜ社会学で統計が重視されたのか
明治政府により渡航した学者でも統計学を修めて大学で指導者となった人も何人かいます。

統計学の成り立ちは17世紀あたりで西洋での実証主義、実在主義?により数量化という近代科学思想の成立によりできた学問です。
神学論争の中で、神の存在から「数で示せ」という考えに行き着いたのです。

社会構造を数で解き明かすことが命題となり、生まれた考えなのだそうです。後に確率論や物理学へと枝が別れていったのでしょう。高校・大学と全くわからなかったのでジンマシンがでるほど苦手です。

サイエンスがルネッサンスを経てプロテスタントの中で生まれ、さらに進んだ神学論の過程で統計学が成り立ったことを知れば、社会学者が統計を語ることは自然なのです。

副島隆彦は種々の学問体系が神学論争で生み出されてきたのは文系には常識なのに、その恩恵を受けている理工系学生には全く自覚がないことに呆れています。その要点が海外との大きな隔たりだと指摘しています。

40半ばでこんなことも知らなかったと恥じ入るとともに、幕末のエリートの凄みと貪欲な知識欲に感嘆し、平伏するしかありません。

明治期の権力闘争の裏にはエリート階級による「日本のルネッサンス運動」が隠れていたのだということを知りました。


もしこの時代に生まれていたら何をしていたのだろうと考えます。田舎の家具大工でもやっていたのでしょうね。



同じ書評面に、「政令指定都市」(阪大教授 北村亘著)の書評が出ていました。同じ年齢で同じように考えているもんです。
大阪出身者としては堺市長選で対立軸が感情論だけで真っ当な討論になっていないのは残念です。



過去ログ:人口減少下では政令都市などいらない (大阪府「都」構想は賛成)

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思想の系譜がわかれば現代の戦争がわかる(つもりになった) 
Wednesday, September 18, 2013, 11:46 PM
9/18 晴10時 浅草での空間線量は154ベクレル/立法メートル

昨日は164でしたから急激に空間線量は下がっております。来週にかけて所用があるのでブログの更新は滞りがちになります。

シリアへの軍事制裁で現政権の転覆を謀るアメリカはどうしても軍事行動への大義名分を得るために国連を強く揺すぶっています。シリアへの軍事行動の前に国連内部ではアメリカとロシア・中国の闘いが行われているのです。

ニュースではシリア独裁の圧政からシリア国民を守りたいから武力行使に結びつけたいアメリカ擁護に終始しています。
また解説ではイスラム教のシーア派(主流派)とスンニー派(米国寄り少数派)との対立としていますが、はたしてそんな単純なものでしょうか。
中東ではイスラム圏とキリスト教圏(+ユダヤ教のイスラエル)との戦いといった一元的な宗教対立として解説されます。私から見れば全く矮小化した見方です。

宗教対立なら欧米諸国が積極的に加わる理由がありません。当然わが国日本もです。夫婦喧嘩に赤の他人が口出すようなもの。

それじゃあなんでアメリカやフランスはシリアの政権転覆に積極的なのでしょうか。それは

リベラル主義という革新(過激)な民権思想が根本にあるから



リベラル思想から見れば前近代的な保守思想は討ち滅ぼさなくてはならないのです。そして他国にも人権主義を掲げれば正当性があるため武力行使に反対できないのです。

このようにリベラル思想とはある面カルト的であり、保守思想よりもより好戦的な面があると言えます。

ほんとうに

リベラル思想というのは社会主義者から見ればお節介で迷惑な思想


です。

日本ではイギリスの煽動によりリベラル主義の勢力で旧来の思想の抹殺が行われたのは、明治維新での鳥羽伏見、戊辰戦争、そして明治9年の武士反乱の鎮圧に続く西南戦争です。

このように旧藩の薩長か賊軍かの分け隔て無く、武士階級の抹殺を10年掛けて明治政府は実行したのです。

きっかけは明治6年に公開された民選議院設立建白書が原因です。これが士族の反感を買い、武力蜂起に繋がりました。
なぜ士族は憤ったのでしょう。

それは江戸時代に確立した近代思想によるのです。新井白石らにより朱子学(儒教)の天賦人権論(てんぷじんけんろん)が幕末まで主流だったからです。つまり天が人の身分立場を決めるという中国思想からの教えが主君も臣民も庶民すべての道徳観でした。

士農工商といった身分制度も荻生徂徠(おぎゅう そらい)により儒教的解釈として裏付けられるのです。
また逆に能力のあるなら家筋ではなく、人そのものを登用するという考えを幕府へ進言したのも徂徠です。そして徂徠の思想は徳川幕府の政策基本となります。

明治維新で政権がかわると、英米独を習った政治制度の刷新には西洋の自由民権主義が前提となります。

そこで具合が悪いのは政治中枢で頑強な対立となる儒教的思想です。

どれほど明治政府が急進的であったかというと

太平洋敗戦時の昭和天皇による人間天皇宣言のひな形は明治維新前後にすでに加藤弘之(幕末の蘭学者、東大総長)により考えられていたのです。

神聖化されていた天皇家を華族のひとつとするという腹案は明治政府がすでに持っていたのです。

それでも明治政府は旧来の天皇制を維持せざろうえませんでした。明治政府の革新派が10年掛けておこなった儒教思想の一掃はできなかったのです。革新派は幕末・薩長の海外留学組です。

夏目漱石が三四郎の文中で「明治の思想は西洋の歴史にあらわれた300年の活動を40年で繰り返している」と述べたようにリベラルと儒教色の濃い封建主義を繰り返したのです。

明治政府は西洋の思想をまるまる取り入れることは出来ませんでした。

幕末の蘭学者、佐久間象山(さくましょうざん)や横井小楠(よこいしょうなん)らでさえ儒教(朱子学)を捨て去ることは出来ず、朱子学を基に西洋思想を理解しようとしたのですから。

明治政府の啓蒙家も同じように朱子学との整合性に腐心しました。そして朱子学(徂徠学)を国の概念の基礎として、政治中枢には西洋のリベラル思想が「木に竹を接いだように」載せられたのです。

太平洋戦争も思想から見れば東洋の保守思想と西洋リベラル思想による戦いだったのです。
そして思想の対立は戦争でしか解決できなかったのが歴史による真実なのです。

敗れた国は勝った国により国家中枢から敵対思想者を徹底的に排除することは、我々が現在体験していることです。

しかし日本は一時的にリベラルとなっても必ず揺り戻しがあります。

日本は今でも江戸時代からつづく儒教(朱子学)が根強く残っています。



なぜそのようなことが言えるのか。

儒教の教え「五倫五常」から「仁・義・礼・智・忠・信・孝・梯」といった漢字は昭和あたりまでは人名でよく使われていますし、忠孝、勤労、夫婦関係(例:内助の功)といった道徳が我々の脳裏に染みついています。

また

「愛国」という概念も儒教から来ています



このように現代の日本人でも江戸時代中期からの思想を引き継いでいる部分があるのです。
そしてこれからも何代にも亘って引き継がれていきます、日本民族が激減するほどの大戦争がないかぎりは。


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明治文学が面白い!文学研究とは思想史そのものなのね・・・ 
Monday, September 16, 2013, 07:44 PM
9/16 暴風雨 10時 浅草での空間線量は186ベクレル/立法メートル



お恥ずかしながら、齢40を過ぎるまで国文学や英文学といった学問は小説を読んで時代背景や風俗風習を調べる趣味的な愉しみの学問だと思っていました。

大学生にもなって読書感想文を延々と書き連ねるなんてまっぴら御免と思っていました。
試験や卒業論文といっても、自分の選んだ作家についてまとめれば良いのだから、学校で習うほどでもないんじゃないのと思っていましたし、文学部はほとんど女性ですから、お茶お華に準ずる嫁入り修業のための学部なんだろうと思っていたぐらいです。

理工系学部はなんだかよくわからない実習や実験で一日が過ぎるのに、文系の学生はたまに学校に来てくっちゃべって帰るだけですから羨ましくてしかたがない。英文学科なんて映画を解説付で観るだけ。哲学科なんて何のお役に立つのだろうと異星人のように思っていました。

そんな私でも近代医学の成り立ち上、森鴎外を調べていくうちに幕末から明治にかけて思想の変遷に興味が湧くわけです。

江戸中期までの儒教(朱子学)主体から八代将軍吉宗に重用された儒学者・荻生徂徠(おぎゅう そらい)で”近代”思想の萌芽が生まれるのです。

幕末まではこの徂徠学が徳川幕府臣民の思想になるのです。共産主義に近い考えです。

幕末には長崎からオランダ経由で、横浜からイギリス経由で、そして幕府から欧米への留学生を経由して、西洋の近代思想が持ち込まれていきます。

この西洋思想に対して尊皇攘夷を訴える朱子学を基にした水戸学が注目されるわけです。あくまでも西洋に対する対抗思想としてですね。水戸学は江戸時代では決して主流ではなかったと思います。なんたって儒教が基ですから士族には人気があっても庶民からは好まれない。

封建制を支えた朱子学と士農工商という身分制度の正当を裏付けた徂徠学、過激な排他主義を唱える水戸学、そして西洋の近代思想を推し進めたい幕府・薩長らの留学組が混沌としている状況下で明治時代が始まるのです。

夏目漱石や森鴎外の文学は、その狭間で表現者として生きた葛藤そのものなのです。

幕府の留学生であった中津藩下級武士の福沢諭吉なんかは、葛藤せずに良いところは真似ると割り切った考えで西洋技術や思想を取り入れます。佐久間象山(さくましょうざん)の思想「和魂漢才(わこんかんさい)」をそのまま真似ています。

福沢諭吉はキリスト教には一切感化されません。関心も持ちませんでした。

ところが幕府や藩の知恵袋として重用されていた人物は、いきなり思想転向はできません。
明治政府中枢でも江戸幕府からの思想(徂徠学)と欧州洋学組の衝突が維新後も10年以上続きます。

明治維新にいたる離合集散がわかりにくいのは思想が乱立していたからです

明治9年には九州各地で士族の反乱が発生し、最終的には元士族として西郷隆盛は同じ薩摩出身の大久保利通(洋行組)に排斥されてしまいます。

維新後の混乱は従来の思想(徂徠学)と西洋思想(自由民権)の対立です



ただし幕末の選ばれし留学組が紹介した西洋思想(人権や平等という思想)は欧州では数世紀前で確立した思想です。

蘭学者は留学して、それまでは机上の論だと思っていたのが、実際の社会に根付いていることに驚き焦ったでしょうね。日本の政治制度が封建制と身分制度を前提としていることが近代化の足かせとなること憂慮したはずです。

明治政府は実務のために江戸幕府の旧幕臣らを雇用しています。そして幕府お抱えの学者も新政府で学者として引き続き待遇されます。

西周(にしあまね:幕府の蘭学者、日本人初のフリーメイソン会員、「哲学」の名付け人)や加藤弘之(かとうひろゆき:幕府の洋学者、東京大学初代学長)らです。

西周は森鴎外の大叔父で、鴎外が島根県の津和野から上京した際には下宿しています。
そして鴎外は西周に反撥していくのです。皮肉なことに軽蔑していた西周が終生課題としていた個人思想と従来の思想との整合性で、森鴎外も終生苦しむのです。

同様に夏目漱石も同じ問題に直面し苦しみます。

もっとも夏目漱石と森鴎外を比較すると、夏目漱石が圧倒的な人気です。森鴎外の新聞連載小説は当時も人気が無くドイツ語やオランダ語がそのまま文中に出てくるので、たいそう不評でした。漱石は江戸っ子ですから軽妙な語り文体ですが、鴎外は津和野の田舎者なので江戸弁になじめず、夏目漱石を妬んだという逸話も残っています。

そんな森鴎外も軍医退職後の大正時代の作品は人気を博しましたし、良いです。前半の著作は糞つまらなく腹が立ちますけどね。

幕末から明治にかけてヨーロッパ思想を取り入れようという啓蒙主義が知識階級に広がりました。洋行組が明六社という出版社を設立して西洋思想を拡げようとするのですが、すぐに挫折してしまいます。

明治文学とは新旧との対立といえば簡単ですが、思想史を追う上では具体性のある立派な資料なのです。

だから読めば読むほど面白い。現代文学よりも、明治維新前後の日本人はどのような考えを持っていたのかを知るにはうってつけです。

なんで今まで読まなかったのかなあと後悔しています。

ちなみに江戸時代以前の思想を辿れば、最終的に日本書紀と古事記に行き着いてしまうので底はそれほど深くないです。

逆に当時のヨーロッパ思想やインド・中国思想に手を出すと、どんどん泥沼に入り込みます。
師匠の副島隆彦(そえじまたかひこ)先生を<生暖かく>見ていてそう思います(笑)
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ヤマトよお前もか! メール便紛失、低下する雇用者のモラル 
Sunday, September 15, 2013, 05:39 PM
9日に送ったはずのクロネコヤマトのメール便が紛失しました。
お客様から今だ不達とのご連絡をいただき、あわててクロネコヤマトの追跡画面で確認すると、確かに9日に浅草の営業所で受付されているのですが、それ以降は何も記録がありません。

投函されていれば配達した営業所と投函済みの日付が表示されるのです。
6日も経っているのに記録がありません。


同日に送った宅急便でしたら以下のように配達記録が表示されます。

あわててコールセンターに電話をしました。調査結果は折り返しご連絡しますとのことですがなかなか連絡がないので再び送ることにします。今度は宅急便で。

宅急便で送った後に、どっかの配送センターで見つかったから配達しますとの連絡がありました。

待っていても仕方がないから同じ物を宅急便で送ったことを話して電話を切りました。

北海道や沖縄ならわかりますが、封筒一通送るのに6日以上かかるのはどうなっちゃってるのと思います。
それ以上にせっかく追跡できるのに、現場では全く記録されていないのです。

年末にクロネコのメール便でカレンダーを送ったことがあるのですが、届いたのは正月松の内がとうに過ぎた頃・・・送り先からは今さらカレンダーを送ってくれてもという恨み節を聞かされた経験が甦りました。
同じ都内でも実に二週間もの時間がかかったことになります。

浅草のクロネコの営業所の所長曰く

メール便は保障対象外だからどうしようもないね



とのこと。本業じゃないから紛失遅滞の責任はないと言わんばかりです。

小泉政権から続くデフレ下で、労働者の賃金は下がり続けた結果、モラルの低下は身近に感じるのです。
著しい破損と遅滞が発生したので佐川からヤマト運輸へ運送業者を変更した経緯があるのですが、私の心境は

ヤマトよお前もか!


といったところです。浅草の佐川やクロネコの配達員は感じが良いのですよ。

ところが発送先の配達員の程度が低いと、腹いせに乱暴に扱われたり、配達しないで放置されたりするようです。ちなみに今回も配達事故が起きたのは愛知県です。大丈夫か愛知県の配達員さんたち?

クロネコのメール便は低額で記録が残るので、重宝していたのですが、封書はすべて郵便局でレターパック350円か普通郵便に戻します。
クロネコメールでも紛失にはなんの保障もないし、配達記録も取らないのであれば、郵便メールと一緒ですから。

(追記)ダイレクトメールでパンフレットがポストに入っていました。これもクロネコメール便です。つまりクロネコメールは本来は一斉同報のためのサービスなのでしょう。
だから一週間でも二週間でも配達が遅延しても最後は届けばいいというサービスとクロネコヤマトは捉えているのでしょう。
メール便というサービス名で郵便と同じと捉えていた私が悪いのです。
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「血盟団事件」と「GHQによる検閲・諜報・宣伝工作」 
Sunday, September 15, 2013, 02:50 PM
9/15 雨 10時 浅草での空間線量は184ベクレル/立法メートル

本日の朝日新聞の書評です。


血盟団事件は5・15事件(1932年・昭和9年)の三カ月前に発生した暗殺事件です。4年後に2・26事件が起こります。
首謀者は日蓮宗僧侶の井上日召(いのうえにっしょう)です。

学問道場で吉田祐二氏がその背後と人脈を解説されています。

リンク:今日のぼやき 「1336」【昭和史の謎を暴く】井上日召(いのうえにっしょう)と山本玄峰(やまもとげんぽう)は何者であったか? 井上準之助を暗殺した血盟団事件の本当の首謀者は誰か? 吉田祐二・筆 2012年10月14日
http://www.snsi.jp/tops/boyaki/1627
※会員専用なので非公開です


「血盟団事件」とは、井上日召(いのうえにっしょう)という人物が指揮した暗殺事件であり、前大蔵大臣・井上準之助と三井財閥巨頭・団琢磨(だんたくま)が殺害された。そのほかに当初暗殺ターゲットにしたのは三井財閥代表・池田成彬(いけだせいひん)や重臣の西園寺公望(さいおんじきんもち)、前外務大臣・幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)、前内閣総理大臣・若槻禮次郎(わかつきれいじろう)、貴族院議長・徳川家達(とくがわいえさと)、内大臣牧野伸顕(まきののぶあき)、枢密院議長伊東巳代治(いとうみよじ)、内閣総理大臣犬養毅(いぬかいつよき)らがいた。しかし、成功したのは井上準之助と団琢磨の2名のみであった。


amazonの内容紹介から抜粋

事件の鍵となる人物の周辺取材では、井上涼子氏(井上日召娘)、團紀彦氏(團琢磨曾孫)、中曽根康弘元首相(四元義隆と親交があった)へのインタビューを行ないました。また元血盟団のメンバー川崎長光氏に話を聞くこともできました。

海軍士官、エリート帝大生、定職に就けない若者など交わることのないはずだった人々が、カリスマ宗教家の井上日召と出会い凶行に走る――。
事件後八十年を経てその真相に迫ったノンフィクションです。



朝日新聞書評より

この本には血盟団員の側から見た時代に対する憤懣(ふんまん)と、彼らのかなり一方的な言い分しか書かれていない。


中曽根康弘元首相と親交があったという四元義隆(よつもとよしたか)とは内大臣牧野伸顕(まきののぶあき)を暗殺しようとした血盟団員で事件後に近衛文麿の書生や鈴木貫太郎首相秘書を務め、戦後政界の黒幕的な存在として知られ、中曽根康弘や細川護煕などの歴代総理に影響力があったとされています。

吉田祐二氏によると四元義隆は治安維持法で収獄されていた日本共産党を率いる田中清玄(たなかせいげん、きよはる)を右翼に転向させています。出獄後は井上日召の師匠である山本玄峰(やまもとげんぽう)僧の元で修業し、戦後右翼の親玉となっていきます。

吉田祐二氏の今日のぼやきから転載

 田中清玄は刑務所内で「転向」したという。1941年(昭和16年)に出所後は山本玄峰のいる静岡・三島の龍沢寺で修業している。この龍沢寺には鈴木貫太郎、米内光政、吉田茂、安倍能成、伊沢多喜男、岡田啓介、迫水久常(さこみずひさつね)、岩波茂雄、三井の池田成彬や侍従の入江相政(いりえすけまさ)ら多くの人士が出入りし、多くが軍部を批判していたという。

 田中に玄峰を紹介したのは、四元義隆である。
(転載終り)


 田中清玄の元に集まった人物に岩波茂雄という名前も見えます。ご存じ左翼御用達の出版社「岩波書店」の創業者です。

さらに吉田祐二氏の今日のぼやきから転載します。

●山本玄峰の正体

 このように、戦前戦後を通じて日本の右翼人脈に大きな影響を与えた山本玄峰という人物はいったい何者なのだろうか。玄峰はうえでみたように禅の高僧として各界著名人から師事されている。特に鈴木貫太郎に終戦を勧め、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の文言を進言したり、天皇を国家の「象徴」と定義するよう発案するなど、国家の中枢に関わったという。
(転載終り)



たった一人の僧侶が戦前戦後を通して政治中枢に深く関わることができるのか?



吉田祐二氏の論文では、山本玄峰という人物はたった一人で1923年(大正12)にアメリカ、ヨーロッパ、2年後にはインド、10年後に中国を巡行しています。驚くことに当時のウォレン・ハーディング大統領(Warren Gamaliel Harding, 1865-1923)に面会しているのです。

ハーディング政権とはオイル政権であり、つまりはロックフェラー政権であるのです。そしてハーディング自身は白人至上主義と唱える獄右翼団体KKKのメンバーであり深い関わりを持ちます。

つまり極右翼のネットワークKKKと山本玄峰は接点があったという事実です。

さらに吉田祐二氏の今日のぼやきから転載

 山本玄峰は、そのような大統領に会いに行ったのである。ということは、当時アメリカで勢力を競い合っていた欧州ロスチャイルド系のアメリカ代表であるモルガン派勢力と敵対するということである。日本におけるモルガン派勢力とは、モルガン商会の代表トーマス・ラモントと懇意にしている井上準之助ということになる。

 ゆえに、井上準之助を暗殺した血盟団事件とは、世界史的な文脈でみると、ロックフェラー対モルガンの、日本における代理抗争であったとみることができるのである。
(転載終り)


明治維新から戦後、そして現在まで右翼左翼という隔たり無く、思想闘争が支配階層で繰り広げられているのです。

同じ紙面には岩波の「GHQの検閲・諜報・宣伝工作」(山本武利著:岩波現代全書)の書評も載っていました。なんという偶然でしょう、はたまた編集者は故意に同時に載せたのでしょうか。


GHQは2万4千人もの日本人を動員させて、大日本帝国型とは異なる言論統制を行います。

言論統制とは具体的にどうすると思いでしょうか?

植草一秀氏や佐藤勝氏、高橋洋一氏のように冤罪を検察の特捜部がでっちあげて、二度と愚民化装置テレビ業界にでられなくし、文壇での影響を無くすことでしょうか。

検察の特捜部もアメリカの番犬としてGHQが創設した組織です。

もっと簡単なのは流通をさせないことです。

書籍の取次にはトーハンと日販、amazonの取次を行う大阪屋があります。トーハン、日販で国内流通の7割を占めます。学校の教科書は日教販、全国図書館へ卸す日本図書館協会という文部科学省の天下り団体も取次店です。

トーハンの副会長はセブン&アイフォールディングス、イトーヨーカドー取締役会長の鈴木敏文です。

出版取次という会社は出版社の本を書店に運ぶだけではありません。
書店の売り掛を回収し、出版社に貸し付ける金融業でもあります。売れ行きの良い本には出版社に金を貸して印刷させるのです。

トーハンと日販の意向に沿わない本は印刷もできなければ書店にも並びません。

GHQが組織した2万4千人の日本人検閲者とは誰なのかというと、当時の出版取次業界が総出でGHQに協力したのです。

「鈴木敏文 トーハン」で検索すると、書籍流通に大きな影響を持つことがわかるでしょう。一声で書店の棚から消すことも可能なのです。

GHQによる言論統制に協力した出版取次という事実の記述はないでしょうけどね。放送業界の電通や出版業界でトーハンや日販の批判はタブーなのです。
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人口減少下では政令都市などいらない (大阪府「都」構想は賛成) 
Saturday, September 14, 2013, 03:38 PM
9/14 晴 10時 浅草での空間線量は184ベクレル/立法メートル

大阪府堺市の市長選挙が明日公示されます。争点は政令指定都市という行政単位を廃止して大阪府と大阪・堺市の二重行政という無駄遣いをやめようということです。

大阪に住むと行政組織・施設の無駄を常に感じます



似たような名称がたくさんあって、名称を正確に記しておかないと後で大変なことになります。

たとえば高校でも大阪府立と大阪市立がありますし
大学でも大阪府立と大阪市立があります。
工業試験所でも大阪府立産業技術総合研究所と大阪市立工業研究所がありますし
港湾施設やプール・体育館でも大阪府営と大阪市営があって、当然大阪市民以外で大阪市営施設の利用は割増料金を取られることになります。

増える人口に行政職員の手が回らなかった戦後復興期に<苦し紛れに>作られた政令指定都市という制度自体がすでに役目を終えていることは明白です。

橋下徹大阪市長が指摘するように、大阪府内には似たような名称の公立施設がいくつもあることに気付くでしょう。そしてこれがまた不便。

人口減少下による税の効率化は行政単位を大きくするしかないと私も思います。

狸しか歩かない山道を舗装するよりも、人口集中地区の整備に大阪府の税金を投入した方が政令指定都市の住民にとってもメリットがあるように思います。

東京に比較すると大阪市は公園は少ないし、虫食いの開発で街並みは汚いし、大阪市営地下鉄など鉄道網もお世辞にも便利とは思えません。

なぜなら都市整備や交通は政令指定都「市」の管轄であるため、公共事業の規模がいつまでも「市」レベルだからです。

市営地下鉄は市外へ延伸すると別料金になります


同じ線路でも途中から第三セクターになって、運賃が跳ね上がるのです。

東京の地下鉄は都営も営団どちらも私鉄と相互乗り入れしているので、地下鉄に乗ればそのまま羽田や成田空港へ行けます。
対して関西空港は大阪市営地下鉄から駅を出て、ひたすら歩いてJRか南海に乗り換えなければなりません。大阪空港なんて御堂筋線で阪急に乗り継いで蛍池駅で降りてバスかモノレールで行かなくてはなりません。

大阪は重たい旅行鞄を抱えて何度も乗り換えないと飛行機に乗れません



大阪は公共機関も公共施設もまとまりがなくてゲンナリします。自動車が手放せません。
交通機関が大阪市とJRと私鉄各線で分断されているからです。

これは横浜市にも共通で、渋滞が続く細く曲がった道路とバスしかない貧弱な公共交通機関、都市景観の悪さが挙げられます。

人口減少下の日本に於いては行政区分は政令指定都市といった例外を廃して、管轄を大きくするほうが税金の使い道としては効率的でより実益が高いと思います。


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