法律とは弱者側が連合して制定するべきものである。国際法であっても 
Monday, March 8, 2021, 11:55 AM
 更新が止まってました。というのもたいした記事がなく、連日官僚接待事件と緊急宣言延期のわだいばかりでしたから。そして10年となった東日本大震災関連ばかりです。

ひさしぶりにガツンと頭を殴りつけるような胸のすく良い書評を拝見しました。



幕末維新の頃、世界には「万国法」という国家観の普遍的な方があると思われていた。


書き出しからすばらしい。

幕末維新伝記でかならず登場する『万国公法』などというファンタジーがあり、それを胸にしまって活躍する坂本龍馬像が出来上ってしまいました。

海外のルールにすぎないものを後生大事に金科玉条とする姿勢がいかにも嘘くさい。

そう思っています。

評者の加藤聖文氏はさらに畳みかけます。

だが、いまでも日本では国際法に幻想と期待を抱いている者が多い。


小室直樹氏も同じ事を書いています。国際法、国連が指導役・指南役を担うような幻想を持つことはやめろとね。

過去ログ: 龍馬がよりどころとした「万国公法」は今では全くのフィクションである
新自由主義と共産主義は表裏一体
安保改正反対派に問う「それでは中国が攻めてきたらどうする?」
クラウゼヴィッツ「戦争論」的には中国の一貫した態度には感心します
国連やNATOの「集団安全保障」活動を「集団的自衛権」と印象工作する朝日新聞
数量化という概念が理解できていない人物の戯言は日本に悲劇的な結末を招く
3分で読む小室直樹「新戦争論」(学問道場版)
小室直樹「新戦争論」を今こそ読む(5)  国際社会と国家を理解することが真の平和主義
小室直樹「新戦争論」を今こそ読む(4)  国連を国際社会と混同する文化的原因
小室直樹「新戦争論」を今こそ読む(3) 国連の幻想と国境の思想
小室直樹「新戦争論」を今こそ読む(2) 言葉を翻弄したことで文明史を曇らせた
小室直樹「新戦争論」を今こそ読む(1) 平和主義者が戦争を引き起こす

寄り合い所帯の利害関係の調停の場に過ぎない存在の国連がまるで世界政府かのように考えている人が案外多いです。学校で左翼教師からそのように習ったからでしょうね。

国際法の誕生(中井愛子著 京都大学学術出版会)では欧州で成立した国際法の歴史をひもとけば、その起源は19世紀前半の欧州の植民地であったラテンアメリカ諸国に遡るそうです。

領土問題と宗主国からの脅威に対抗するためにラテンアメリカ域内にて制定された法が、宗主国に伝播していったとのこと。

法は強者側が強要するのではなく、弱者側が対抗するために創るもの



欧州国際法を非欧州諸国が受入れて現在に至るといった一般的に信じられている国際法観をひっくりかえすものだ


そして結びに
日本は国際法遵守を唱えるだけではなく、アジア諸国を巻き込んで国際法のイニシアチブを発揮することが必要だ。


この見事な短文の書評を全官僚、国会議員がしっかり読めと言いたいです。

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なぜ渋沢栄一のドラマがいままでなかったのだろうか 
Thursday, February 25, 2021, 09:50 AM
 幕末明治のドラマでは脇役で登場することがあっても、今までなぜか澁澤を主人公としたドラマは記憶がない。

そもそも深谷の惣庄屋(百姓の代表、村長)の息子が数年後にフランスを外遊するというだけでも、驚きなのにその後の八面六臂(はちめんろっぴ)な活躍は想像を超えています。

だから大河ドラマ向きではなかったのかな。


論文集「フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした」(成甲書房)では渋沢栄一を以下のように書きました。
(転載始め)
■大久保一翁も勝海舟も維新後は内幕を一切語らずに世を去った
横井小楠の朋友である徳川幕府重臣の大久保(おおくぼ)一(いち)翁(おう)(忠(ただ)寛(ひろ))が蕃書調所(ばんしょしらべしょ)の初代所長です。そして弟子が勝海舟です。 この大久保は幕末には勘定、海防、外国掛といまでいう大蔵大臣、国防大臣、外務大臣とほとんどの要職に請われて就いたひとです。しかし元の役は大目付(おおめつけ)という藩や朝廷に反逆の兆しがないか監視する立場です。今で言えば江戸版CIA長官でしょうか。つまり当時の国内諜報網のトップなのです。
佐久間象山一門の兄弟子である勝海舟の連絡係として坂本龍馬は活躍しています。 千葉道場に通っていたのは他にも渋沢栄一や福沢諭吉もいます。 このように千葉道場を単なる町の剣術道場と見るのは間違っています。諜報機関の表看板であったにすぎないのです。

土佐藩内では脱藩浪人の坂本龍馬は千葉道場で修業したとされますが、実際は土佐藩から密命を受けた技術者として軍艦操練所の勝海舟との連携を大久保一翁の配下で練っていたのです。
(転載終わり)



つづいて論文集「明治を創った幕府の天才たち−蕃書調所の研究」(成甲書房)でも渋沢栄一を以下のように書きました。
(転載始め)
剣術の稽古で道場に通うことが当然とされた若いインテリ武士たちにとっては、千葉道場はかっこうの隠れ蓑であったろう。後世に日本の近代資本主義の父とたたえられる渋沢栄一は、埼玉深谷の惣庄屋(百姓の代表、村長)の息子である。この頃(一八六一年)の渋沢は、千葉道場に通う浪人であった。六年後の一八六七年(慶応三年)には徳川昭(あき)武(たけ)(慶喜の弟)に帯同してフランス・パリ万博を外遊している。
風雲急を告げるように描かれるチャンバラ劇のような幕末の様相は決して「竜馬が行く」(司馬遼太郎というワル作家)のような下級藩士たちの青春群像ではない。後の明治新政府の要人となる人物たちは、幕末にすでに蕃書調所で用意されていたのである。倒幕計画を実行するグループの中心に勝海舟と坂本竜馬が含まれていたに過ぎない。坂本竜馬が起文したことになっている船中八策や亀山社中での活動も、すべてはフルベッキやグラバーたち貿易商人(武器商人)らフリーメーソンが指図したのである。
(転載終わり)


龍馬と同じく改革派の工作員(インテリジェンスオフィサー)として育てられていたからですよ


というのが自分の見方

科学分野では幕府の西洋研究機関「蕃書調所(ばんしょしらべしょ)」で、そして諸外国に対抗すべく産業振興分野では絹や藍染といった繊維産業が盛んな地域で適役だった渋沢栄一に白羽の矢が立ったのでしょう。

この記事にあるように、深谷は大きな藩がなく侍が支配する地域ではなかったことが大きな要因でもあった。
藩益を優先してしまう心配がないということが徳川幕府にとって都合が良かったのです。

まあ大河ドラマですから奇想天外な展開になってゆくのでしょうけどね



過去ログ: 数学世界の俯瞰図をほんとうは最後にお見せしたかった
吉村昭の書斎が三鷹市で整備されるそうです
源了圓で分かる人は知識(インテリ)層ですね
「本当は恐ろしいアメリカの思想と歴史」は近代思想を俯瞰するための最良本だ
『隠された十字架ー江戸の数学者たち』を読む(1)
森鴎外だったら新元号はなんとしていただろうか
漢文聖書初版、京都の寺で発見 研究用か世界的に貴重(京都新聞)
演繹法、帰納法、形而上学は頭を使うための基礎素養である
データ分析はすべての研究・学問の基礎手法です
正直言って坂本龍馬タイプは苦手です
『明治を創った幕府の天才たち』をぜひ読んでください
『フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした』読書感想の掲載
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お医者さんという職業には理学的アプローチと工学的アプローチの二通りがある 
Monday, February 22, 2021, 02:01 PM
昨日は親戚のお宅で雑談していました。
アメリカ留学もされたお医者さんの家系で地域医療でご活躍です。

副島隆彦先生もお悩みの脊柱湾狭窄症、つまりは腰周辺の神経痛なんですが、やはり今も完治ができない難病だとか。

「痛み」だけでも取って欲しいと患者なら誰もが願うのですが、そこが一番難しい

痛みを取るのは鎮痛剤や麻酔薬を使う手段もあるが根本解決ではない
時期に効かなくなるとますます強いクスリへとなってゆく

外科的に手術で悪いところを切るという手段もある。
むしろこっちの方が一般的な医者なのかもしれない。

人間も機械と同じで具合の悪いところは切ったり、繋ぎ直したりすれば良いというエンジニアリング的な考えです。

心臓がダメになったら入れ替えろ、腎臓が機能しなくなったらフィルターで代替しようという発想。

西洋医学ではよくある発想です

ウィルスが病原であるという理屈が常識のように報道されていますが、たかだか120年前にウィルスを顕微鏡で存在を確認できたことで生まれた考えです。

病気はすべてばい菌によって引き起こされるというドイツ医学を信奉したのが、陸軍軍医総監であった森鴎外です。

結果、日露戦争では脚気で数千という兵士を死にやった

ビタミンBの欠乏症だという説はあったのに、頭ごなしに拒絶したのです。

原因があって結果があるのだから、原因を排除したらいいという単純な理屈

これは水漏れしたら管を付け替え、ポンプが壊れたら入れ替えるという水道管屋となんらかわらない。

むしろこんな発想でいいのなら、配管屋さんや手先の器用な工芸師でも構わないです

でも現実は「手術は成功しました」→「寿命は縮みました」という例が多い

手術を断固拒否した医者のご婦人



痛み止めだけで先日まで社会活動を精力的にされていました。

ええ、昨日雑談で訪れた相手です。

癌宣告から16年目です

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小説家になるためには科学的な思考が必要なんだなあ 
Sunday, February 21, 2021, 01:30 PM
文筆を職業とする人はそうとう頭が良いのだろうとは思っていますが、やっぱり森鴎外も太宰治も早熟で抜群の頭脳を持っていましたよ・・・という身も蓋もない話

森鴎外は16歳でドイツ語の医学専門書の翻訳を手がけ、その直筆の冊子が発見されたという記事。もうひとつは太宰治の旧制青森中学(現・青森高校)の成績表では数学の代数が満点で運動神経も良かったという記事。

鴎外はほとんどバイリンガル(またはポリグロット)で多言語を理解できた。母国語以外にいくつもの言語が入ると、普通の脳力では精神障害を引き起こしてしまう。
太宰は意外にも数学が得意でした。


長い文章を破綻することなく書くことはそれ相当に頭のデキが良いのです。

でも訓練である程度は補えるとも思っています。
コンピュータプログラムって実は誰でも書けると思っています。今はコンピュータ言語もずいぶん進化してわかりやすくなってます。

短い文章(センテンス)を貯めて貯めて、さいごにそれをブロックのように積み上げていくような作業です。

小説も登場人物を何人か用意してそれぞれを動かし物語を進めていくので、意外とプログラムを書くようなものかもと密かに思っています。私が熱中したプログラムはオブジェクト指向というもので、まさにキャラクター(人格)をそれぞれの構成要素(ボタンやウィンドウ)にあてはめていく愉しく面白い作業でした。

代数学は入力(インプット)に対して出力(アウトプット)という関係性を考える学問だから、太宰は数学が得意だったんだろうなあ。




過去ログ:映画イミテーションゲーム(The Imitation Game) を観てきました

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江戸時代中期から降って湧いたような皇国史観は朱舜水の受け売りであった 
Sunday, February 14, 2021, 10:59 PM
在野の日本思想研究者として活躍している田中進二郎氏の学問道場への投稿がなるほどと思ったので、こちらにメモしておきます。

日本史では幕末動乱で避けて通れない「水戸学」という皇国史観が、それも徳川譜代の水戸徳川家から発生したのかが疑問に感じていました。水戸光圀がいくら蘭癖(らんぺき:舶来贔屓、西洋かぶれ)であったとしても、一個人の思考がそのまま藩の思想にまで昇華するには無理がある。

田中進二郎氏によると、それは大日本史編纂における朱舜水(1600-1782)の存在だからだという。
まさに盲点ともいえる指摘です。

幕末から戦前までの過激な国粋主義は朱舜水の入れ知恵であった



反清政権の朱舜水は明復興を狙ってどうしても日本(徳川幕府)の協力が必要であり、そのためにも中華思想を日本にも移植しなければならなかったのです。
こうして天皇を中心とした国家観を日本にも、それも天皇重視の思想を体制側に根付かせることに成功したのです。

巧妙に改竄された歴史は50年100年後に強烈な支配道具になる



蛤御門の変(1864)あたりから一枚板であった藩幕体制が急激に瓦解していきます。
徳川将軍家を頂点としたそれまでの儒教(朱子学)が中華思想と同じく天皇を中心とした本来の独裁体制を是とするようになってしまった。

そして戦後にはGHQにより(朱舜水により作られた)皇国史観と大日本史で有名となった七生報国を大義とした楠木正成親子の物語等々が一切消されて、教育現場ではなかったことにされてしまった。

ところがどっこい、森喜朗の失言でずいぶん叩かれてますが、水戸学系の思想(日本会議系)をもつ国会議員は多い。

自分はどっちが良い悪いとかは思っていません。
女の話は長くてつまらんと男なら誰だって思ってますもんw



[2974]亡命中国知識人の朱舜水が江戸時代の政治思想を変えた


投稿者:田中進二郎
投稿日:2021-02-12 17:04:05
引用

昨年、副島隆彦先生の監修で、『秀吉はキリシタン大名に毒殺された』(電波社刊)を書いた田中進二郎です。

2/9に重たい掲示板↓で副島先生に、拙著を紹介していただきまして、ありがとうございます。1/17の学問道場の定例会でも、六城雅敦研究員による『江戸時代の知識人はみなキリシタンである』という発表の中で、紹介して、いただきました。

これから、拙著「秀吉毒殺本」を読もうという方には、完全版として、電子書籍の方をおすすめします。単行本にあった、誤記や訂正箇所を改めています。

副島先生の著書を大量に紹介している、ユーチューバーのごんべえさんが、大河ドラマの『麒麟が来る』の最終回について、副島先生の『信長はイエズス会に爆発され、家康は毒殺された』と拙著『秀吉毒殺本』の視点から、意見を述べている。↓

「読書中毒 アラ還」

https://youtu.be/Oh5vlTLxNw0

日本の読書人たちのあいだに、『麒麟が来る』への怒りがかなりあるでしょう。Amazonの戦国安土桃山時代本ランキングを見ると、それが分かります。「光秀は天海上人だ」説が、これからどんどん主流になってくるでしょう。

−−−−−

ところで以下は、私田中の続編の原稿です。江戸時代に日本に亡命してきた中国知識人の朱舜水(しゅしゅんすい 1600ー1682)について、書きました。かなり長文になります。


明治維新の原動力となったが、太平洋戦争後は皇国史観、狂信的であるとして、捨て去られた水戸学について考察する。現代日本の研究機関で水戸学を研究すると、「右翼人間」と思われるそうである。戦前の狂信的な天皇崇拝、天皇原理主義は、敗戦後、徹底的にアメリカのGHQによって除去された。しかし、それでも現在の保守派・右翼は、東条英機をはじめとするA級戦犯を合祀した、靖国神社に参拝するカルト・オブ・ヤスクニが多い。森喜朗・元首相の「日本は天皇を中心とした神の国である」という発言(2000年)もそこから出てきている。
  2016年に出版され、ベストセラーになった菅野完(すがの・たもつ)の『日本会議の研究』(扶桑社新書刊)は、神道系団体(生長の家 等)が、全共闘時代に保守の側から対抗する形で復活した。自民党議員(清和会系)も動かしている。そして、国民の知らないところで、憲法改正を実現しようとしている実態を、暴いた。
これらの起源と言っていい水戸学はいかにして歴史に現れたのか。

●朱舜水の指導で、『大日本史』の編さんが始まる

 水戸黄門(徳川光圀 みつくに 1628−1700)は、時代劇の中では、全国を漫遊する。
しかし、実在の水戸黄門(光圀・義公)は、行動の自由もなくて、水戸と江戸を往復する以外は、水戸領内の巡察と、鎌倉に数回訪れたのみだ。
黄門様の側近で有名なのは、助さん、格さん。助さんのモデルは佐々宗淳(ささそうじゅん)、格さんのモデルは、 安積澹泊(覚兵衛 あさか たんぱく 1656−1738)である。二人は水戸生まれの儒学者である。
徳川光圀は、長崎に亡命してきた中国知識人・朱舜水(しゅしゅんすい 1600〜1682)を江戸、水戸に招き、教えを乞うた。天皇崇拝の日本通史である『大日本史』の編さんを開始した。安積も佐々もこの事業の責任者、総裁だった。安積澹泊は、1660年にわずか10歳で、朱舜水のもとで学び始めている。

『大日本史』の編纂は、最初、江戸の駒込にあった水戸徳川家中屋敷(現在の東京大学農学部の敷地)の中で始まっている。彰考館(しょうこうかん)という。ここには、全国からの儒学者、歴史学者が30名も集められ、史局員となった。水戸藩の江戸屋敷はほかに、小石川の上屋敷(後楽園と現在の東京ドーム)と、隅田川沿いの浅草、小梅に下屋敷があった。

 彰考館はのちに、水戸城の二の丸の敷地内にもつくられ、50名体制に拡充された。光圀没後も、編纂は長い中断期間はあったものの、延々二百年以上続けられた(完成は1906年 全397巻) 光圀の大日本史編さんが、水戸学の始まりとなった。

●朱舜水が、文天祥崇拝を日本に移し変えた

朱舜水については、副島隆彦先生と石平(シーピン)の対談本『中国人の本性』(徳間書店 2013年刊)で次のように解説されている。
(引用開始)
石平: 水戸光圀は朱舜水からそれほどの影響を受けたのですか?

副島: 影響などというものではありません。水戸光圀は朱舜水から、司馬遷の『史記』の書き方を教わったわけです。隠元禅師(1592−1673)は江戸時代、1654年の63歳のとき、弟子たち20人を引き連れて日本へ渡ってきました。その5年後に朱舜水も日本に永住を求め、日本国学の思想も吹き込んだ。

石平: その国学が水戸学につながって、幕末維新を動かしていったわけですね。

副島: つながったどころか、この国粋思想(排外主義 ショービズム)しかなかったと思います。日本の「尊王攘夷」は中国知識人から教えられたものです。それなのに、「中国から最高級の亡命知識人たちが日本に来た」という真実を、日本の右翼言論人たちは隠そうとしている。日本の各宗派の僧侶たちもこの真実を隠して、地力で高度の仏教思想を築きあげた振りをしています。
(中略)
副島:朱舜水は楠木正成の息子である正行(まさつら)との「桜井の訣別」とか足利尊氏に敗れて自害した「湊川の決戦」の故事を初めて日本の正史として高く評価した人です。
二・二六事件の青年将校たちも、水戸学が築いた「日本の国体」なるものに心酔しました。
だから戦争中に狂ったように崇拝して、今でもあちこちに楠木正成の碑と銅像があるのです。

石平:神戸市にある湊川神社には楠木正成の墓碑(嗚呼忠臣楠子の墓 ああちゅうしんなんしのはか)がありますね。

副島:その墓碑の裏面には、朱舜水のつくった賛文(陰記)が書かれています。今は誰も読めません。この湊川の墓碑の建立(1692年 元禄五年)によって、楠木正成の威徳が極端にまで宣揚されるようになりました。後の幕末勤皇思想の発展につながり、明治体制の精神的指導力にまでなりました。さらに、神がかりといえるほど軍国主義の本尊に祭り上げられました。そして敗戦でアメリカに打ち倒されました。
【P47〜51】
(引用終わり) 

田中進二郎です。
以下に、朱舜水の裏面の碑文の書き下し文を挙げる。石碑は難解な漢文である。1692年建立、この年から十年後の元禄十四年(1702年)、「忠臣蔵」の赤穂浪士の討ち入り事件が起こっている。


楠公碑陰記 (なんこうひいんき)      
朱 舜 水 
忠孝天下に著(あら)はれ、日月天に麗(つ)く。天地に日月無ければ、則ち晦蒙(かいもう)否塞(ひそく ふさがる 逼迫する)し、人心に忠孝を廢(はい)すれば、則ち亂賊相尋(あひつ)ぎ、乾坤(けんこん 天地のこと)反覆す。余聞く、楠公諱(いみな)正成は、忠勇節烈にして、國士無雙(国士無双)なり、と。其の行事を蒐(けみ)するに、概見(適当に見ること)すべからず。大抵、(楠)公の兵を用ふる、強弱の勢ひを幾先に審(つまび)らかにし、成敗の機を呼吸に決す。人を知りて善く任じ、士を體(たい)して誠(まこと)を推(お)す。是(ここ)を以て、謀(はかりごと)中(あた)らざるなくして、戰(たたかひ)克(か)たざるなし。心を天地に誓つて、金石渝(かは)らず。利の爲に囘(かへ)らず、害の爲に怵(おそ)れず。故に能く王室を興復し、舊都(きゅうと古い都ー京)に還(かへ)せり。諺(ことわざ)に云ふ、前門に狼を拒(ふせ)いで、後門に虎を進む、と。廟謨(びょうぼー朝廷のはかりごと)臧(よ)からず。元兇(足利尊氏のこと)踵(きびす)を接し、國儲(こくちょ− 君主の後継者・護良親王)を構殺(無実の罪に陥れること)し、鐘簴(しようきよ)を傾移(けいい)す(足利尊氏が後醍醐天皇を京から奈良の吉野追い出したことを指す)。功成るに垂(なんなん)として、主を震(おどろ)かす。策善(さくよ)しと雖(いえど)も、庸(もち)ひられず。古(いにしへ)より未だ、元帥前を妒(ねた)み庸臣(ようしん)斷を專(もっぱら)らにして、大將能(よ)く功を外に立つる者あらず。之(これ)を卒(?)ふるに、身を以て國に許し、死に之(ゆ)いて佗(他)なし。其の終りに臨み、子(楠木正成の子 正行 まさつら)に訓(をし)ふるを觀(み)るに、從容(しようよう)として義に就き、孤に託し命を寄せ、言(げん)私(わたくし)に及ばず。傭蕁覆擦い舛紊Α貌を貫くに非ざるよりは、能(よ)く是(か)くの如く整ふに暇(いとま)あらんや。父子兄弟、世々に忠貞を篤くし、節孝一門に萃(あつ)まる。盛んなる哉(かな)。今に至りて、王公大人、以て里巷(りこう)の士に及ぶまで、口を交へて之(これ)を誦説して衰へず。其れ必ず大いに人に過ぐる者あらん。惜しいかな、筆を載する者、信を考ふる所なく、其の盛美大を發揚(はつよう)すること能(あた)はざるのみ。
  右は、故(もと)河(内)・攝(津)・(和)泉三州の守(かみ)、贈(おくる)正三位(しょうさんみ)近衛中將楠公の贊(さん)、
明の徴士(ちょうし)、舜水朱之瑜(しゆ)、字(あざな)魯璵(ろよ)の撰する所、勒(ろく)して碑文に代へ、以て不朽に垂(た)る。

(楠公碑陰記おわり)

田中進二郎です。
江戸時代には、湊川神社には、この顕彰碑だけがあって、社殿などはなかったことが、当時の名所図会(めいしょづえ)に描かれている。水田や松林などの中に、この碑だけが屋根で囲われてあった。頼山陽(らいさんよう 1780−1832)がここを訪れて、漢詩を読んだ。
幕末になると、東上する吉田松陰、西郷隆盛、坂本龍馬ら志士たちが、必ず神戸の湊川を訪れて、この碑文の前で、頭を擦りつけて、尊王を誓って涙を流した。どれだけ涙を流せるかが、本当の志士であるかどうかの基準とされた。

これは、朱舜水が、南宋の政治家で軍人の文天祥(ぶんてんしょう 1236−1283)をそっくりそのまま日本の楠木正成に移し変えたものだ、と言える。文天祥は元の皇帝フビライ=ハン(1215−1294)と最後まで抗戦するも、捕らえられる。獄中で、フビライに「大臣にしてやるから、臣下になれ」、と何度も言われるが、拒否し、南宋に忠義を貫いて処刑された人物である。
文天祥の死は、日本史の二度の元寇(1274年 文永の役、 1281年 弘安の役)のすぐ後だ。
しかし、楠木崇拝が、中国に原型があり、亡命中国人が日本に伝えたのだ、ということを知っている日本人は、戦前にはいなかった。

『空気の研究』で知られる故・山本七平(1921〜1991年)は、次のように書いている。
『現人神(あらひとがみ)の創作者たち』(山本七平・小室直樹 共著 文藝春秋社1997年刊)p48より引用する。

(引用開始)
楠公(楠木正成)を発見し、これに賛を書いたのが、中国人朱舜水だなどということは、戦前の日本人にありえざることだったのだろう。(中略)
楠公碑は、講談にも副読本にも歴史教科書にもでてきて、私たちの世代の人間はいやおうなく覚え込まされたが、その表面の「嗚呼忠臣楠子之墓」が、光圀の自筆であることは語られても、裏面の文章は朱舜水であることは、まったく語られなかった。と同時に、そのすべては戦後に消されてしまった。

(引用終わり)

●朱舜水と同郷の黄宗羲(こうそうぎ)の復明(ふくみん)運動

朱舜水が、日本に亡命するに至った、当時の東アジアの情勢を次に見てみよう。
明末清初に、満州の女真族を統一したヌルハチ(太祖 位1616−26)は後金(こうきん)を建国した。彼はもともと、軍人ではなく、商人であった。遼東地方で薬用の人参や貂(てん)の毛皮の交易を行いながら、利権を独占して、力を握った。
ヌルハチに巨大な権力を与えたのは、皮肉なことに、スペイン帝国がもたらした銀と、明朝のバブル経済であった。
故・岡田英弘博士は、『読む年表ー中国の歴史』(WAC 2015年刊)という新書の中で、次のように書いている。

(以下引用する)
メキシコから太平洋をわたってきたスペイン人が1571年、フィリピンにマニラ市を建設してからメキシコ産の銀が流れ込み始め、そのおかげで中国では空前の消費ブームが起こった。その結果、女直人(マンジュと呼ばれた。これが満州という地名の語源である)たちの住む森林地帯の特産品である高麗人参と毛皮の需要が高まり、ヌルハチたちも富を蓄積することができるようになったのである。
(中略)
ヌルハチとしては、できれば明と平和的な貿易を再開したかったのだが、明の朝廷では主戦論ばかりが幅をきかせていた。・・・そうした事情で、戦争がずるずると続いた。
【P225】
(引用終わり)

田中進二郎です。
岡田英弘博士と同様のことを、故・西村三郎(京都大学名誉教授)が『毛皮と人間の歴史』(2003年刊)で指摘している。大興安嶺(だいシンアンリン)山脈からアムール川流域、長白山脈の奥地から、貂(テン)皮をはじめとする特産品が、遼東南部、つまり建州を通って、中国本土へと運ばれた。それらの見返りに、中国からは、朝廷からの下賜品や交易市で入手された物品が、再び建州を通って、北の辺境の地の隅々にまで流れていった。だから、ここから、ヌルハチとその一族が、後金国(のちの清帝国)が生まれたことは不思議ではない、と西村三郎氏も書いている。

ヌルハチが病没し、次のホンタイジ(皇太子の中国読みがホンタイジ 太宗 位1626−43)のときに、国号を清と改めた。清は1637年に、李氏朝鮮を服属させた。丙子(へいし)の役(1636-1637)。
この戦いで、朝鮮の宮廷も、明の朝廷と同様に、門閥貴族階級である両班(ヤンパン)が、いたずらに徹底抗戦を唱え、和平の道を自ら閉ざしてますます窮地に陥っていった。
朝鮮王・仁宗は、12万の大軍を率いるホンタイジの前で、屈辱的な三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)を行った。
この戦役を描いた最近の韓国映画に、『天命の城』(2017年公開)がある。

明が1644年に李自成によって、滅ぼされた数十日後に、清の次の皇帝(順治帝)の後見人ドルゴンが李自成を破り、北京紫禁城に入城。こののち、清軍は、漢民族も軍に編成して(漢軍八旗)、女真族の風習である辮髪(べんぱつ)も強制するようになった。清に対する漢民族の抵抗運動が、中国南部の江南地方で起きていた。
なかでも、大きかった反乱は、揚州(現・江蘇省揚州市 南京から100キロ北)においてのものだった。この地で、「揚州十日事件」という悲惨な虐殺事件がおきている。

明の遺臣たちは、南京を拠点として清に抵抗した(南京は、明朝の最初の首都だった )。長江流域の諸都市も、明の遺臣にならった。 が、翌1645年、清の大軍が、揚州を包囲して攻め落とす。その直後、80万人という住民の大殺戮がおこなわれたという。これは中国の王朝の残酷史の中でも、特筆される出来事だ。
(『蜀碧・揚州十日記(しょくへき・ようしゅうじゅうじつき)』東洋文庫所収。『揚州十日記』は1805年(文政年間)に日本でも刊行されている。江戸時代の日本の読書人がこの本を読んだ。そして震え上がった。)

●朱舜水と黄宗羲の出身地−余姚(よよう)−について

朱舜水の出身地の余姚(よよう)県は、 上海とは長江を隔てた南の対岸にある。対岸といっても200キロも離れている。王陽明が学塾・を開いた陽明学の聖地である。だから、朱舜水も、はじめは陽明学者だった。
余姚(よよう)県出身の陽明学者は他にもいる。『明夷待訪録』(めいいたいほうろく)を著した黄宗羲(こうそうぎ 1612−1695))だ。

黄宗羲の父親も、明の復興を企てる政治結社・東林党に属していた。そのため清の政府によって殺されている。その仇を討つために、彼は生涯懐に刀を入れて持ち歩いていた、という。黄宗羲は東林党の精神を引き継いで、政治結社・復社(明を復興する組織)に参加した。清が中国本土に侵入してくると、郷里の子弟を組織して義勇軍を結成、清朝支配に抵抗した。
黄宗羲は、明の皇族で、福建省を支配した魯王・朱以海(ろおう・しゅいかい)の政権に協力し、1649年には長崎を訪れ、日本の江戸幕府(3代家光の時代)に反清の援軍を要請した。この時の要請は果たせず、結局「反清復明」の運動は絶たれてしまい、以後は故郷の余姚で、著述に明け暮れる日々を送った。

この、黄宗義の『明夷待訪録』によって、湯武放伐論という易姓革命の思想が生まれた。
易姓革命は王朝の姓が易(か)わり、天命が革(あらた)まる。と言う意味だ。王朝交代は正当だ、とする考え方だ。もともと孔子の百年後に現れた孟子が説いた。

この本は、明から清への交替を経験した黄宗義が、明朝末期の社会混乱の原因や理由を考察し、君主専制の否定、「民本重民」の思想をのべたものである。この時代の政治評論集として白眉(はくび)であると評価されている。黄宗義の『明夷待訪録』は中国のルソー、中国の「民約論」として清朝末期にもてはやされ、「排満興漢」の起爆剤になった。
(参考ー副島隆彦・石平 対談集『中国人の本性』徳間書店刊)

 
黄宗羲の秘密結社は、ずっと続いていった。今も中国フリーメイソンの祖と崇められている。一説には、中国フリーメイソンの組織は一億人いるそうだ。華僑(かきょう)はみんな中国フリーメイソンだ、という見方もある。

このように黄宗羲と朱舜水は、王陽明の故郷の余姚で、陽明学を学び、復明運動を行ったところまで同じである。このことは、戦後の日本の陽明学の研究者たちが言わないことだ。
そして、清代の陽明学は、王陽明の教えとは変質して、経世学(けいせいがく)になっている。
彼らの同時代の考証学者の一人・顧炎武(こ えぶ1613−1682)は、「経世致用」(けいせいちよう)をスローガンに掲げた。、朱子学(空虚な理気ニ元論、大義名分論)などに対して、自分の学問を経学と称した。朱子学の抽象的な議論を嫌った。

ヌルハチ、ホンタイジ、順治帝の後に、康煕帝(こうきてい 位1661−1722)が即位すると、いよいよ清帝国の隆盛ははっきりしたものになった。もはや漢民族の抵抗運動の時代は終わった。この時代は、清代の盛世(せいせい)と呼ばれる。康煕、雍正(ようせい)、乾隆帝(の前半)まで清朝は繁栄を続けた。
 だから、反清運動は革命路線を捨てて、「経世致用』を説いて、現実社会の役に立つことを目指した。

●国姓爺=鄭世功はキリシタンだった

ところが、朱舜水や鄭世功(ていせいこう)はなおも、日本の徳川政権の力を借りて、明の復興を企図したのである。
朱舜水は、鎖国政策下の日本へ、鄭成功の救援を求める日本請援使として派遣されていた。1647年、51年、53年、58年にそれぞれ長崎に立ち寄っている。鄭成功軍が南京攻略戦で敗退した後、59年朱舜水は明の復興運動(復明運動)を諦め、日本の長崎へ亡命を希望する。鄭成功は、オランダ東インド会社の支配する台湾を攻略するが、翌年の1662年に、39歳の若さで死んだ。


鄭成功は、日本人の母を持っているが、母子ともに熱烈なキリシタンであった。 彼の活躍を、近松門左衛門(1653−1725)が人形浄瑠璃の脚本『国姓爺合戦』(こくせんやかっせん 初演 1715年)で和藤内(わとうない)として描いた。 近松が国姓爺=鄭世功を主人公にしたのは、彼もまた、隠れキリシタンであったからにほかならない。

古川愛哲著『江戸の歴史は隠れキリシタンによって作られた』(講談社α新書 2011年刊)には次のように記されている。

−若き日の近松は、京で雑掌として一条恵観と、その兄の後水尾帝にも仕え、とくに後水尾帝(1596−1680)からは和歌を賜っている。

一条恵観の兄である後水尾天皇の后と母が早くにイエズス会の説教を聞きに京の教会を訪れたことを、イエズス会のルイス・フロイスが記録している。このように戯曲を書く前の近松は、キリシタンゆかりの人々に囲まれて成長をしたことになる。おのずから近松門左衛門の精神は、隠れキリシタンによって形成された。−

■参考ー鄭成功の母 田川マツについて

『日本女性人名辞典(普及版)』p.646-647より引用します。

田川マツ (生年不詳〜1646)

鄭成功の母。肥前の国平戸、川内浦の住人田川七左衛門の娘。明の泉州(中国福建省)出身の鄭芝竜と契って、福松と七左衛門を生んだ。福松が後の鄭成功である。芝竜は平戸老一官と称して藩主の寵を受けた。のちオランダ船で南に行く途中海賊に捕えられたが才幹を認められ、頭目の死後は、党類を率いて中国南部の沿岸を攻め、明朝に帰順し、富貴権勢赫々たるものがあった。子供たちは平戸に残っていたが、福松は単身渡海し、一五歳で南京の太学に学ぶ。二一歳の時、明王隆武に謁し、国姓朱を賜り、成功と改名、軍部督となった。人々は国姓爺と敬称した。のち平戸の母を中国に招き、よく尽した。清が起り、明王が危険に瀕した時、芝竜は清に降ったが、マツは泉州安平城内で憤死した。平戸 川内浦千里ケ浜に、鄭成功の児誕(じたん)石と葉山鎧軒撰文の碑が立つ。(『史都平戸』『長崎女人伝』)

(引用終わり)

田中進二郎です。このように、日本に亡命してきた朱舜水は、陽明学、経世学、そしてキリスト教(これらは同一だった)の背景を持っていた大学者だった。
だから、長崎にやってくると、当時の儒学者たちが、次々と朱舜水に教えを乞うた。山鹿素行、伊藤仁斎、山崎闇斎(あんさい)、浅見絅斎(あさみ けいさい)たちも思想を変容させていった。次回はそれについて書きます。
(続く)

田中進ニ郎拝

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気違いだらけの時代に坂口安吾の未発表作品が発見された 
Thursday, February 11, 2021, 07:33 PM
ニュースで坂口安吾(1906-1955)の未発表作品が発見されたと報じていました。

坂口安吾は新潟の人で昭和10年頃の執筆だと推測されています。

芥川龍之介と同世代であり、大恐慌さなかで浮沈を繰り返した人というイメージです。

似たような時代になったもんだと思います。

ちょうど越後(新潟)におりまして、せっかくだから江戸末期の大豪農伊藤家の屋敷を見学してみました。
阿賀野川沿いのへんぴな場所で北方文化博物館という名称で昭和25年から一般公開されています。



ただ庭園も雪で埋り、冬期は閉鎖している建物も多いので人はまばらです。昨日は1名しか入場者はいなかったそうな。でも今日は自分たちで15名の来場者だったそうです。

ぷらぷら見物して、ちかくに坂口安吾の墓もあるそうなので寄ってみました。

坂口家代々の墓に納められていると教育委員会の説明文にありました。


気違いばかりの世の中には気違いの作家が生まれるんだなあと1人感慨に耽りました。

(追記)新潟市内に残る坂口安吾の生家です


過去ログ:きちがい教育委員会 はだしのゲンを叩く
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10年も経てば普通の工事現場だぜ・・・ 
Friday, February 5, 2021, 11:16 AM


福島第一原発事故から10年目をまもなく迎えようとしています。
もう10年も経ったのかという感慨と、あっというまだなあと驚きを覚えます。

事故から2週間後に計測器を持って原発の入口まで行ったことが昨日のことのようです。

周辺の放射能濃度は急激に下がっており敷地内でさえ98%は防御服は不要なんだとか。

もっとも事故後2週間で原発正門(原子炉から100mぐらいの地点)でもたしか数百μSv/hという数値だったので気が抜けた。

正門の地表でさえ1ミリシーベルト毎時(1000μSv/h)程度でした。

シーベルトという単位は身体が受ける熱量(すなわちエネルギーです)をわかりやすく現した単位で、ジュール(J)やカロリー(Cal)と同系列のもの。

放射線の強さの絶対値ではなく、身体への影響度の指標です。

具体的には短時間で数シーベルトを浴びると、目眩の自覚、目の水晶体の蛋白質が変性したり、腸の粘膜が壊れて下痢をしやすくなるといった自覚症状がでると言われている。
そして長期的には遺伝子損傷により癌の発生率が急上昇すると考えられています。

また熱と同じく、瞬時に大量に浴びると皮膚は熱傷のような損傷を受けます。
勘違いされやすいのは、放射線単位は一時間当たり、2週間当たり、1年間当たりといった具合の積算値なんです。

40度の温泉に毎日1時間浸かったら、体温との差4度なので365日で1,460℃の熱を身体は受けた・・・と考える人など誰もいないですよね。
鉄さえも溶ける熱を身体は受けたのだからアブナイアブナイと言っているような滑稽なこと。

積算値はなんのためにあるのかというと、昔は白黒フィルムしか簡易な計測装置がなかったから。
作業員の胸に貼って、2週間後に濃淡で被爆量を推測するしかなかったためです。

さらにμSv/hとは「健康被害が予想される線量の100万分の一(マイクロ)」という、放射線はよくわからんがとりあえずそれだけ微量ならまあ問題ないだろうとエイヤっで定められた単位だから。

そもそも低レベルの放射線によって病気になったという明確な健康被害が実証されてないから。いまでもそんなものはない。

福島第一原発敷地内で一番高いところで235μSv/hだったそうです。

ちなみにT.D.Luckey教授が提案したホルミシス(微量放射線は健康によいという理論)では1ミリシーベルト毎時(1000μSv/h)が健康効果の目安(100μSv/h〜10Sv/h)の中央値です。

六城ラヂウムで一番線量が高いのが源珠Extraで200μSv/h以上です。値段も一番高い

それを4時間も全身で浴びられるのですから、福島第一原発の作業員は儲けもんです。どんどん健康的になっちゃう。

貯水タンクの水なんて放出するか、おいしい水で売って欲しいもんです。

あっ、ちなみに、おいしいと言われる山の湧水は1000ベクレルぐらい普通にあります。地下鉱物から放射性同位体が溶け込んでいるから。

この程度は普通の水です。火葬場の人間の灰だってその程度のベクレルありますから。

コロナ騒ぎと同じで、メディアと市民団体らの原発コワイコワイは飽きました。

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日本で税金を徴収するのはインフレを抑制する目的でしかない 
Monday, February 1, 2021, 10:32 AM
ヤフーでMMT(現代貨幣理論)に対する子供の質問がとても納得したので転載します。

中央銀行と政府貨幣とは発行主体が違うものなのですが、わかりやすくお金という一括りで説明しています。

インフレ防止の役目はお金の供給を調整できる中央銀行(日銀やFRB)のみが担うものと考えられていました。

また中央銀行には通貨の価値を維持するため、政府支出(国債発行)の抑制という役割もあります。

ところが先進国での量的金融緩和(QE)で裏付けのないお金を大量発行し、コロナ禍での経済支援で大規模な支出を繰り返した結果どうなったか?

地球上のお金は急膨張したはずです。もっとも中央銀行のコンピュータの数字が増えただけで通貨の価値は何も影響がなかった。

金余りで買われる株や土地・金といった有形資産が値上がりしてしまった。

貨幣価値は下がる(インフレ)どころかデフレになりっぱなし



MMT(現代貨幣理論)には批判がありますが、現実社会ではすでにMMT通りになっていると思ってます。

国内消費がガタガタになっているのですから、もっともっと国民には支給しても問題ないはず。

消費税などは即刻撤廃すべきです。

赤字国債はいくら発行しても問題ないし、それはいつでも(政府発行通貨で)帳消しにできる性格のものです。

過去ログ:お金は日本銀行券と政府貨幣の二種類があるって知ってました?

んじゃ税金はなんのために徴収されるのかというと、インフレ抑制のためだけだったということ。

貨幣価値が落ちないのならばいくらバラ巻いてもいいというのがれいわ新撰組の山本太郎とか三橋貴明の主張。

自分はもっともだと思います。ベーシックインカム大賛成。

あぶく銭をもらって気分が悪いなんていう奴はペテン師が偽善者です


とにかく消費活動が活発な世代へ重点的にお金を渡すこと。10万円程度のケチな額じゃだめだ。

すぐにひょっとこケツの穴大臣をクビにして財務省役人の頭を改造しないと日本はこのまま衰退するだけです。


ヤフーニュースより
https://news.yahoo.co.jp/articles/7aff21ac99f0c962dd6627f4d9cc21f90806ab41
(転載始め)
13歳の疑問に経済学者のまさかの回答「政府は好きなだけお金を刷っていいの? だとしたら、なぜ税金は必要なの?」

大学無料も可能?MMT(現代貨幣理論)って?

英ブリストル在住の13歳、エイミーの質問:
「政府は必要な時にいくらでもお金を刷れるの?だとしたら、なぜ税金は必要なの?」
「政府(及び中央銀行)は、お金を刷ってその量を増やして、病院や学校など(資金不足に陥っている)公共サービスに直接お金を渡した方が良いのでは? その方がきっと簡単だし、問題改善につながって良いのではないかと思うのですが…」

エイミーは「お父さんに聞いてみたけれど、分からないと言われたので、投稿しました」と、米メディア「NPR」の番組「プラネット・マネー」に語っている。この素朴な疑問に対し、同番組は経済学者でMMT(現代貨幣理論)の主唱者の一人であるステファニー・ケルトン教授を招き、下記のように回答している。

MMTとは、マクロ経済学理論の一つだと言われており、近年注目を集めている。きっかけは、グリーン・ニューディールや、多額の学生ローンを背負った若者の救済を訴える米国民主党左派のアンドレア・オカシオ・コルテス(AOC)下院議員ら支持したことが大きい。

通常、困窮する市民を救済するとなると、「その財源はあるのか、確保できるのか」が議論になりがちだが、MMTは、大雑把に言えば「インフレにならない限り、政府は必要なだけにお金を刷って使ってよし。財政赤字に悪影響はない」、「もしインフレになったら、税金を増やせば良い」との考えを示している。

さて、ケルトン教授によれば、前述のエイミーの問いには、大きく以下の3つの疑問が含まれているという。

\府は好きなだけお金を作る(刷る)ことができるのか?
ケルトン教授の答え:
政府が扱うお金とは、概ねキーボードでコンピューター上に打ち込むものに他ならない。例えば、空母が必要だとすれば、空母を作る人たちにお金を打ち込むだけで、その金額分のお金をいちいち刷っているわけではない。

なので、この質問は「政府は欲しいものを買う余裕があるのか」と言い換えることができ、それに対する答えは「イエス」。他にも、

・これから1000本の橋を作る余裕はあるのか? ──イエス
・国民の大学費用を無料にする余裕はあるのか? ──イエス

ただし、この理論は「自国の通貨を管理している政府にのみ適用され、別の通貨で借りている国では機能しない」と話す。つまり、アメリカやイギリス、日本では適用できるが、ギリシャやベネズエラではできない。なぜなら、前者はユーロを使い、後者は米ドルの借金を抱えているからだ。

実際、アメリカではコロナ対策として、これまでに総額約4兆ドルを費やしている。そんなお金が一体どこにあったのか(そもそもあるのか)、との声も少なくないが、その巨額な政府支出は、パンデミックの被害を受けた産業を支え、失業や収入減に苦しむ市民救済に当てられている。

この莫大な支出の影響で、昨年度の連邦政府の赤字は、「第二次世界大戦以降で、最大値になるだろう」と、米誌「カンバセーション」は述べているが、一体、政府は賄えるのだろうか。

一般的に、政府支出は税金、または借入金のいずれかによって賄われるものだ、と考えられているが、MMTの視点は異なる。税金を集めたり、お金を借りたりして「財源」を確保せずとも、政府は必要なだけお金を作って、使うことができると説く。

よって、このMMTの論理に従えば、莫大な支出を賄えるかどうかの答えは「イエス」、「インフレが確認されないのであれば、支出は続けて大丈夫」となる。

∪府は必要な時に必要な分のお金(財源)を用意できるのならば、なぜ市民に課税するのか?
ケルトン教授の答え:
端的に言えば、「インフレのリスクを防ぐため」。市場に投下したお金の一部を取り除かなければ、インフレになる可能性がある。なので、その一部を取り除くために、政府は課税する。

いわば、課税や増税はあくまでもインフレ防止策であり、そのために必要なのだと、彼女は説く。

これと,療えを合わせてエイミーの質問に答える形に言い換えば、「学校や病院など資金不足に陥っている公共サービスを改善するために増税する必要はない」。なぜなら、改善したければ、その「財源はほぼ無制限にあるのだから」というのが、MMT提唱者の考え方だ。

では、税金を回収してもインフレが起きてしまったらどうするのか。

彼女は「インフレが発生したら、それは政府が多額の支出をしている可能性があることを示しているので、そのいくらかを引き戻すために、すぐに税金を引き上げることで対処できる」という。ただし、これには「現実的ではない」との指摘や、反論も少なくない。なぜなら、増税には多くの場合、反対の声があり「すぐに増税」するのは現政治体制では難しいからだ。

だが、この反論に対し、MMT提唱者らは「インフレが起きたら(上院、政治家を挟まず)自動的に増税する」システムを導入するれば可能だと主張していると、NPRはいう。

他にも、MMTへの反論には、「政府が見境なしにお金を投入し続ければ、ジンバブエやベネズエラのようなハイパーインフレーションになるのでは」などがあるが、彼女は「ハイパーインフレーションはそう簡単には起きない」と返す。

17年に米政府が行った「1.5兆ドルの減税、3000億ドルの追加支出」を例に挙げ、「インフレになりましたか(ならなかったですよね)」と、NPRに語っており、また、米紙「ニューヨークタイムズ」には、90年代より「日本は巨額の財政赤字だがインフレも金利上昇も起こっていない」と、述べている。

ちなみに、前述の多額の新型コロナ救済処置(支出)がインフレを引き起こすか否かについては、「カンバセーション」がこう説明している。

救済金(支出)の多くは、パンデミックがなかった場合に、企業や労働者が得るはずだった収入をカバーするものとして使用されている。そのため、救済処置として発行したお金によって、物価の上昇(インフレ)は起きない。仮にもし、企業や労働者がコロナ禍でも通常通りの賃金・利益を得ており、そこに同等の救済金が発行されたとすれば、インフレが発生するかもしれない。

では、政府は本当に好きなだけお金を作り、使ってしまっていいのか?
ケルトン教授の答え:
政府は、国の経済スピードリミットまで使うことができる。スピードリミットとは、その国の経済が、投下したお金をインフレが始まる前にどれだけ回収できるかを指す。なので、政府が考えるべきは、十分な財源があるかどうかではなく、自国の経済に投下資本を回収するのに十分な資源(人や設備、生産力)があるかどうかだ。

そもそも国の経済とは、「お金」だけの話ではなく、雇用や生産量などの話も関わってくる。そのため国が行う「課税と支出」、これは一般家庭の「収入と支出」とは、根本的に違うものだという。従って、「国のお金の流れについて考えるときは、日常レベルのお金とは違う見方をする必要がある」と、回答している。

国のお金は、個人の銀行残高や天資源のような「使い続ければいつか枯渇してしまうものではない」。それゆえ、「お金が十分にあるか否かよりも、お金に何をしてもらいたいのかを考えるのが重要だ」と、彼女はいう。

このMMT提唱者による回答にエミリーは満足していたが、前述の通りMMTにはバランスの概念を欠くなど弱点を指摘する声もあり、実用的な解決策かどうかについては、まだまだ疑問があるようだ。

COURRiER Japon
(転載終わり)





過去ログ:MMT:

正しい眼鏡をかけろ(スティファニー・ケルトンのMMT論)
G20のキーマンは米国でも中国でもロシアでもなく、あの国なのだ


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『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』 
Thursday, January 28, 2021, 06:57 PM
デヴィッド・グレーバー著『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』の書評を学問道場で吉田祐二氏がされていたのでじっくり読みました。

 ブルシット・ジョブという言葉に既視感があるなあと思っていたら、NHKの「100分de名著」のマルクス資本論の解説で出てきたからです。

ブルシット・ジョブをクソどうでもいい仕事と邦訳されていますが、吉田氏によると

(転載始め)原題は『Bullshit Jobs - A Theory』だから、直訳すれば『インチキ仕事たちについての一試論』である。「bullshit」にはクソshitという意味は無い。(転載終わり)


字面から”牛のクソ”なのですが、意味はいんちき、でたらめというくだけた会話で使われるスラングのようです。すくなくとも上品な言葉じゃないね。

NHKの100分de名著・資本論ではマルクスは生産において労働行為が構想と実行が分離されていく弊害を説いています。

単純労働者には生み出す剰余価値(生み出した価値から賃金を差し引いた価値)しか指標とならず、労働者にはステップアップの機会は永遠に与えられなくなる。

ましてや機械(将来はAI)との競争状態となれば給与さえも抑えられてゆく。

生産効率が分業によって飛躍的に上がり、さらに機械化で管理者が計器を眺めるだけという状況になるほど、労働者は生産機械の一部に過ぎなくなってゆく。

コンピュータの指示通りに荷物を運ぶだけの人、またいくつものコンピュータを眺めているだけの人と”クソどうでもいい仕事”が連鎖してい生み出されてゆくというのが資本論でマルクスが指摘していたのです。

現実にここ30年で雇用者の精神疾患は右肩上昇し、自動化されても長時間の拘束による健康被害も減っていない。

マルクスはその解決として、コモンという概念を提唱した。
生産設備(工場だけではなく農地や放牧地も含む)は働き手全員で共有し、それぞれの能力にあわせた生産を行い、またそれぞれが必要に応じてもらえばいいのだとしたのです。

資本主義はお金(資本)を投じて、そこから利潤を得て、それをまた投資するという膨張が止まらない不完全な仕組みであるのです。

農耕が主な産業の時代では、農産物を換金して、食糧(農産物)を得るという循環であった。
得られた農産物以上の価値は生み出されなかった。

しかしイギリスでの産業革命以降はお金が工業製品を生み、そして投資した額以上のお金が得られる。

150年前にマルクスが指摘したとおり、こうしてブクブクと膨張しだしたのが今の社会です。

これが行きすぎると、労働の価値はますます低く見られ、投資だけが価値ある行為とみなされていく。
その結果、企業経営者(資本家)と労働層が完全に分断された社会となったのです。

デヴィッド・グレーバーによれば、中世封建社会に逆戻りしているのだということ。

資本家・経営者は家臣で周りを固め、その下には奉公人、奴隷を従えたピラミッド構造となり、何のことはない中世の宮殿組織と同じ事なのだと言うこと。

そこにはおべっか、ごますり、取巻き、使いっ走りの連中が跋扈するだけの世界
ゴミを捨てる、屋敷を補修する、水を汲むという労働者は蔑まれる存在にすぎなくない。

資本主義をグレーバーは経営封建制と名付けたが、それは現代風を装った奴隷制度に過ぎないのである。

ケインズ(John Maynard Keynes、1883−1946年)は21世紀には生産効率が向上して一週間に15時間も働くだけで十分な世の中になるだろうと予言しました。余暇をどう過ごすかに頭を悩ますことになるともね。

肥大する一方の資本主義は限られた資源の奪い合いに行き着く。
だからこそ生産調整し、労働時間は絞らないと、社会は持続しないという警告もしています。

はたしてそのようなことは可能でしょうか。

もともと社会的な意義のない”ブルシット・ジョブ”とは労働量(働く時間)と同義ではないので無理な話です。

ケインズの理想は労働時間=生産量というシンプルな世界だから。

現実社会は重層的なブルシットジョブで構成されているからです。国会答弁とみていると国会議員こそブルシット・ジョブそのものです。飾りか操り人形です。

検索キーワード:マルクス:

携帯電話があればたいていの仕事はどこででもできる
クルーグマンによって経済学は人類を不幸にする唾棄すべき学問となった
経済学とは・・・群衆心理学のことなのだ
ミルだって代議制民主主義が絶対的だとは思っていないのよ
資本主義のパワーゲームとはこういうものなのだなあ
増税で景気が良くなるなんてロジックを貴方は信じられますか?
なぜ西側諸国では共産主義国家を忌み嫌うのか?
「孔子学院」(中国共産党の宣伝機関)は日本にもあるの?
これからは社会主義(急進左派)だというマルクス派ピケティの願望
イギリスの産業革命で思想(宗教倫理観)はどのように変化したか

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「個人の感想です」ですべて許されるか 
Thursday, January 28, 2021, 12:05 PM
昨日健康博覧会に出展されていた薬事法ドットコムさんの冊子を読んでいます。「実録景品表示法」(林田学著 ダイアモンド社2020/7)



景品表示法、薬事法は広告宣伝をする上でどんな業種であれ、最低限意識しなければならない法律です。

この法律の目的は
優良誤認を喚起させる表現を徹底的に排除する
こと、そして
消費者に正統な医療を受ける機会を奪わないようにすること
のふたつです。

だから明確な実証ができなければ監督官庁(主に消費者庁だが県庁薬事課の場合もある)から行政処置、是正措置命令が速やかに行われます。

ただ、この法律は恣意的な面が大きく、こうすれば大丈夫という答えがない。

テレビ通販番組で大げさに”腰回りが痩せた!””美肌になった!””いつも若々しく健康はつらつ!”といったタレントの驚きの隅に「個人の感想です」という文字が隅に表示されて、これがまるで免罪符のようになっている。

いつも思うのですが、体験談で景品表示法を回避しているつもりならば、その企業のコンプライアンスは甘い。

なぜならたとえそのような文言を表示したとしても、その表示方法にまで追求されるから。
タレントには「個人の感想ですが、肌が、腰が・・・」と前置きさせなければならないと指摘されたら、おしまい。

別の製品紹介では画面を見ると左下には何人に何ヶ月使用して何割になにがしかの作用があったといったといった文言が表示されていることもある。

でも実験した証拠があるから問題ないとはならない。
統計的な不備、たとえばサンプルが数名だけだとか、社員を対象にしたとか、特殊な条件下といったことであれば実証としては認められない。

中小企業、大企業も関係ない。

ここ10年間だけでも日産自動車、三菱自動車の燃費表示、マクドナルドのCMで成形肉をあたかも牛ブロック肉のように表現したこと、空気清浄機や消毒薬(クレベリン)、イソフラボンや水素水、加圧シャツ・・・ありとあらゆる商品が景表法により是正措置や行政処罰が下っています。

新聞テレビでの謝罪広告と商品回収のみならず、今年8月からは課徴金(罰金)も強化されます。
上場企業なら株価下落で株主訴訟をされることもある。

だからこそ消費者庁に睨まれるのはぜったい避けたいのは誰もが思っていること。

でもテレビ通販や健康雑誌みているとヒヤヒヤもんの表現を多用しているところもあります。そして小さく例の魔法の言葉。
甘いね

秋田の玉川温泉がずいぶん注目された頃、もう20年近く前になりますかね。

猫も杓子も「玉川の湯」「玉川温泉の石」とあちこちで見かけました。
岩盤浴ブームで食い詰めた広告屋や砕石場をもつ土建屋などが便乗して、あたかも玉川温泉の貴重な石と宣伝した。

玉川温泉は秋田鹿角の湯瀬観光さんが運営する温泉です。
湯瀬観光さんが消費者庁に異議を申し立てたのかはわかりませんが、一斉に業者が摘発されました。
当時の記事をいまでも保管しています。

悪徳業者というよりも、基礎的な鉱物知識もないアホばかりで、もちろん景品表示法や薬事法の知識などクソ喰らえみたいなところばかりでした。こちらも糞味噌一緒に見られるのが嫌なので、この摘発には内心喜びました。

六城ラヂウムは創業からずっとこの法律は強く関心を持っており、取引先にも遵守を強くお願いしています。
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ビックサイトの健康博覧会にいってみた 
Wednesday, January 27, 2021, 04:21 PM
数年ぶりにトレードショー健康博覧会に行ってみました。寒いし天気も悪いし、なんたって緊急事態宣言下ですから、例年ほどは人はいないだろうと思っていました。

案の定閑散としてます。

ブースを展示する側も無人であったり、対応する人を絞っています。
入場客がふだんの半分以下だからか、どこも手持ちぶさたといった感が漂ってましたね。

今年は水素(水)と酸素(チャンバー)を推しているのかな。まあ代り映えはない。
あとは健康食品や自然食品ぐらい。

必ず観るブースは「長野セラミックス」さんです。

ラジウム製品では老舗ともいえますし、機能性焼結(セラミック)製品を各種出しているラヂウム業界内では大手です。

というか、今ではウチか長野セラミックスさんぐらいしかラヂウムボールの供給元はないです。

ここの特徴はいろいろな素材を用意して、ブレンドしていること。

たとえば水素重視ならばマグネシウム合金を配合したり、ケイ素重視ならばシリカ分を多くするといった新製品を出していました。

今までボトルに入れる飲料用の製品にはプラスチック容器だったのですが、ステンレス容器になっていました。衛生上ではステンレス容器じゃないとね。プラスチックは長く使うとカビが生えたり割れてくだける可能性があります。熱湯に浸けるのもだめだし。

ご挨拶だけして次はファイテン(phiten)さんを観に行きました。
伝導性のゴムや繊維をネックレスにしたり、下着にして大当たりした会社です。
ここ浅草にも支店があります。

一区画だけの出展で、足を揉む機械を展示しているだけでした。

たぶんSIXPADという電気パルス製品を出している名古屋のMTGをライバル視しているんだろうなあと思います。

となると国内で一番大きいギフトショーのほうに注力するだろうね。

SIXPADのMTGやゲルマニウムローラーといった美容品のヤーマンといった大手が出展していないので、やっぱり小粒なところばっかりといった感想です。

景品表示法対策を指南する法律事務所のブースで本を頂いてきました。

出展企業も少なくて客も少ないので、小一時間もせずに一通り巡ってしまいました。

帰りはお台場から有明、豊洲を経由して帰ります。

有明のオリンピック会場は工事をしている様子もなく囲われたまま。

東京ビッグサイトの周辺は場末な場所で、倉庫群やトラックヤードだったところがマンション群になっております。

いままでプロレスのノアが興行していた場所はポルシェのディーラーになっていました。

豊洲、有明から東雲(しののめ)界隈は元々は石川播磨重工や三井造船、そして荷役や鉄工品の陰鬱な工場群でした。大型トラックと船舶の排気ガスで空気も悪くて好きな場所ではなかった。

表面上はいくらきれいな高層マンションが建ち並んでも、かつてのイメージが頭によぎります。


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アルツハイマー予防薬と老化細胞除去薬 
Monday, January 25, 2021, 07:14 PM
昨日の新聞には薬の記事が二つありました。
アルツハイマーの”予防”薬だそうで、その治験が始まるとのこと。
脳みそにアミロイドβが溜まっちゃって惚けちゃったのは治せないのですが、その予備軍になる前に阻止しようという試みだそうです。

国内での治験参加者は東大や国立長寿医療研究センターにて募集するそうです。

無症状の55〜80歳が治験対象

自分は年齢が足らないので参加できませんね。

そもそも自分で呆け気味だから参加しようという自発的な人はいるのかな。
治験に参加しろよと言いたい人はいるんだけどさ

そういう人はまず参加しないだろうね。(自分がおかしいとは感じていないから)

切実に必要性を感じる職種は頭脳労働者なんでしょうが、医者とか弁護士といった士業でしょう。

中国だったら強制的に二グループに分けられて、10年20年という長い期間で経過観察できるんでしょうけども。

こういう長期の治験は国際連携でやらないと無理でしょう。

もう一つは体内にあるアミノ酸の一種「GLS1」の働きを阻害すると、老化細胞が自滅していくメカニズムを東大が発見したという記事。

体内での老化による疾病(例では非アルコール性肝硬変、動脈硬化、慢性糖尿病)にマウスでは効果があることが実証されたそうです。

誰もが嫌がる「老化と惚け」に日本では結構いいせん行ってるねという記事でした。

ただ人生120年時代とか150年時代なんてゴメンだね。

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スポーツはもっと積極的に二刀流をめざすべきだろう 
Friday, January 22, 2021, 05:31 PM
新聞のスポーツ欄は普段は読みませんが、ふと目にした記事を載せます。

高校総体のスピードスケート5000mで諏訪の高校生、松本一成選手が初優勝です。
その松本一成選手はマウンテンバイクでもアジア選手権ジュニア部門の覇者でもあるのです。

スケートと自転車という二刀流で頂点にいるということ。
どちらでも世界を相手に出来るなんてすごい。

自転車競技ではスケートやクロスカントリースキーの出身が多いです。
使う筋肉が似ていることと、夏場のトレーニングに自転車がよく使われるから。
心肺能力が必要な種目では水泳出身も多いかもしれません。

冬季オリンピックのスノーボード選手が、今度正式種目となったスケートボードを兼ねることもある。
これはほぼ同じスポーツと見なせますがね。

身体能力が高い人はスポーツ種目を替えたとたん能力が開化するという例も多い

逆に小さいときからスパルタ式で一つの競技ばかりさせられていた”スポーツエリート”は寿命が短いですね。

高校総体を20年ほど前に運営の手伝いをしたことがあります。
そこは私立大学のスカウトの場でもあります。

でもせっかく大学生になるのなら違うスポーツをやりたいと思うこともあるでしょう。
周りが進路を決めてしまうという不満を直接訊いたことがあります。

大学でスパッと辞めてしまう人も結構多い。

日本でスポーツを続けて、それを職業にするには体育教師か指導者しかありませんから自分で見切るのでしょう。

それが証拠に私立大学のスポーツ入学で入った生徒は、凡庸な成績しか残せなかったら普通に就職していきます。
そして一切やらない。

こうしてスポーツ人口は少子化人口減でどんどん減っていくのです。悪循環です。

サッカー選手が野球をやっちゃいけない法律があるわけじゃなし、ラグビー選手が相撲を取ったらいけないわけでもない。

それなのに日本のスポーツというと、その道一本で精進するみたいな精神論があるようで気味が悪いです。競走馬でも育てているつもりなんだろうか。

若いときには未知の可能性があるのだから二つ三つ違うスポーツをやるということも、能力が伸びるときにこそやってみる方がいいと思うのです。

トライアスロンなんて、水泳と自転車とマラソンの三人が遊びで始めたのが発祥なのですから。


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脱炭素をめざすなら新型原発こそが切り札だ 
Friday, January 22, 2021, 03:59 PM
大規模で原始的な原発は今後も安定した電力源に成り得るかというと課題がありすぎます。

だからこそ、安全で小型で、放射性廃棄物が少ない新型原子炉を国家プロジェクトとして開発すべきだと思っています。

菅内閣も脱炭素社会というスローガンで政府方針に盛り込んだようです。
そしてオイル業界を敵に回してでもバイデン大統領もクリーンエネルギー政策を推進するようです。

1)電力業界は既存原子炉の改修による延命措置を要望し
2)アメリカGEは小型で安全なSMR型を推して
3)日本政府は高度な技術レベルを要求する高温ガス炉を目論んでいます

いちばん実用化が先の先なのが政府案の高温ガス炉です

だいたい金属ナトリウムを熱媒体にして大失敗した増殖炉ふげんに懲りていないのかいな。
菅内閣と文部科学省の原発利権があけすけです。あーやだやだ。

一方で小型原子炉はメリットがいっぱいあります。需要があるところに設置すれば遠距離の送電線が要らない。需要にあわせて細かな出力制御ができるなど。

三菱も東芝も撤退したいまでは、日立だけが原子力企業です。
ぜひ早期実用化をめざしてほしいです。

でも40年か50年後です。



検索キーワード:原発:

科学的な思考ができない人たちの「はやぶさ2」熱狂の違和感
要旨がはっきりした文章の見本例
アメリカでは既にメルトダウンしない新型原子炉が実用化寸前です
裁判官という、この思い上がった人格こそ糾弾されるべきだ
Facebook上の発言をFacebookが評価するのは矛盾を生む
国産天然ガスを利用する発電会社から電気を買いたい
美しい言葉、知的に感じる文章とはなんだろうか
巨大公益企業の不祥事の罪を問わない霞ヶ関、株主
サッチャリズムへの怨嗟が今の英国BREXIT運動なのにサ

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『昆虫食』というけれど、ありきたりの食材になってゆくだろう 
Wednesday, January 20, 2021, 03:13 PM
ゲテモノ喰いというイメージがいまではあるようですが、周りが田んぼだけだった小学生のころは、稲が実り始めるとイナゴが必ず食卓にありました。
隣に住む農家の大家さんから毎年大量に届けられていたから。

ビニール袋にパンパンに詰められたイナゴ君たちをみるとさすがに「うぉー」となります。それが晩には佃煮にされ、ご飯のおかず、酒の肴となり味はけっこういけます。
当時スーパーの店先には駆除した雀が串焼きにされてましたし、大きな桶ではドジョウがたくさん泳いでいました。

だから普段でも土鍋で煮られたドジョウがあり、脇にはイナゴが山のようにあったのが、私の子供の頃の食卓です。
肉なんかそんなに毎日でた記憶がないなあ。

蜂の子を食べたのは大人になってから。
アウトドア雑誌で紹介されていた山里の食卓、囲炉裏を囲んだ食事に興味を持っていました。

竹筒で燗した日本酒、串焼きの岩魚(いわな)や山女魚(やまめ)、朴葉(ほおば)に載せた味噌、そして蜂の子
・・・味は覚えてないです。

似たようなものでどっかの養蚕が盛んだった地で蚕を食べたような気もします。
たぶん居酒屋で蝮(まむし)酒と並んで普通にメニューで提供されていました。

こういうものはその土地の食文化ですから、積極的にためしてみたいものです。

ただし、東京で放映されている旅番組では芸人やタレントが罰ゲームのようなノリで騒いでいる画面を観るたびに不快です。

その土地では食べ物なのだから、静かに喰えと毒づきながらチャンネルを変えます。

そうだそうだ、小学生のときは同級生の家では田んぼで掴まえた食用蛙は普通に唐揚げになってた。

鶏肉と同じでおいしいそうです。

四つ足を食い始めたのは長い長い人類史ではつい最近のことなのですから、また日本古来からの食事に戻るだけのこと。

昆虫ではありませんが、蛇の加工品を頂いたことがあります。浅草の蛇善という有名なお店の高級品。
脂気のない魚のような味です。

記事ではコオロギを取り上げていますが、食糧危機に備える意味も込めて、生きるための知恵としてもっと広めて欲しいですね。

究極は、人間も最後は食料原料になること。

これこそがSDGs「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の最終到達点ではないでしょうかね。


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滝業ができる寺(メモ) 
Monday, January 18, 2021, 11:59 AM
昨日の新聞にふるさとが紹介されていたのでメモです。

勝光寺(しょうこうじ)では滝業ができる寺として知名度があるそうです。
へえ知らなかった。

きっと大阪のテレビではよく取り上げられるのでしょう。

全国紙に載ったことで知りました。

冷水浴は健康によいです。気合を入れるときには、自分も冷水で目を覚ます。
とっても寒いときは・・・膝下だけでもいいです。


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数学世界の俯瞰図をほんとうは最後にお見せしたかった 
Monday, January 18, 2021, 09:05 AM
昨日は副島隆彦先生の定例講演会におりました。

前座として一時間だけ自分も少しお話をさせていただきました。

今回の会場に掲げられたタイトルが

悪辣なディープ・ステイトと闘い続けるトランプとアメリカ国民


すごくおどろおどろしいお話でした

キーワードはディープ・ステート
そして頑強に対抗するトランプと軍隊
ワシントンDCは戒厳令状態です。アメリカはとうとう分裂する。

全米7割のトランプ支持者たち(バイデンは3割に過ぎない)の怒りが爆発する時が迫っているようです。

通常は副島先生の講演の前に、出版された本を紹介させてもらう時間をいただけるのです。それがもう7年前のこと。


前回上野博物館で講演させていただいたとき、『フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした』が刊行され、『蕃書調所の研究』(成甲書房)に取りかかっているタイミングでした。



今回もお時間をいただけると思っていたのですが、一年半近く副島隆彦先生の講演会が開くことが出来なかった。

やっと会場の定員数が半分という条件で開催できるようになり、お話をさせていただきました。

私のお題は

『日本の知識人はみんな隠れキリシタンだった』

世界情勢が緊迫しているのに、なんか場違いだった(笑)
本来なら2019年の11月か12月の講演会でお話しするつもりでしたからね。



1時間で伝えるということは大変難しく感じます。
前回に続いて今回も強く感じました。

マイクを握り、ポインターを握るために話ながらパソコンの操作ができないのです。

一番悔やむのが、運営者が変わったことでスムーズな進行ができなかったということです。次回はもっと滑らかにやりたいものです。

江戸時代の数学者、関孝和らのお話と何を研究したのかをお伝えしたかったのですが、伝え切れたかどうかは心許ない。


そして最後にお見せしたかった壮大な『数学世界の俯瞰図』(東京理科大の数学体験館に掲げられている大きな図)を見ていただけなかったことです。
(※唯一掲載された科学雑誌(現在は廃刊)のコピーをここに載せますが、著作違反であればすぐに削除します)

著作権がありますから、自分が参考にして作成した簡略図をここでも再掲しておきます。

いろいろな言語があるように、数学といってもいろいろなグループがあり、しかもそこで使われる用語も違います。
数学が苦手という方は、まずこの広大な地図を眺めてみると、何が解らないかがわかるかもしれませんよ。

『宇宙』は英語では3つの単語があります。

余談ですが、ノーベル賞を狙っている方は右下(Space)か真ん中(COSMOS)の分野を、フィールズ賞を狙う方は左上(Universe)の分野をお勧めします。
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学校の歴史教科書を元に脚色されたような本です(半藤一利の歴史物) 
Thursday, January 14, 2021, 03:43 PM
半藤一利が享年90で亡くなられたので、久しぶりに著書を手に取ってみました。

『幕末史』半藤一利 新潮社 2008年

ペリー来訪(1853)から西南戦争後(明治11年)までを時間軸で区切って章分けした構成となっています。

歴史教科書に細かく解説を加えたのが半藤一利の特徴



いろいろと余白に書き込んであり、当時の自分がどのように読んでいたのかがわかります。

正直、布団に入って読むには丁度良かった。
章分けされているので、少しずつ読み進められるから。

この本はベストセラーとなった『昭和史』の2匹目のドジョウでつくられたもの。

人物やその役割を知るなら半藤一利の本は便利かもしれません。

ただ司馬遼太郎の史観に共感している箇所がたくさんある。主観も強い。

なぜなら兵隊にはなっていないが、東京大空襲で爆弾が降り注ぐ恐怖を経験しているから。

『ノモンハンの夏』では司馬遼太郎と心底で共闘しているわけです。

双方ともに共通する上級階層に見棄てられたという憎しみ



『日本の一番長い日』は映画になりましたね。玉音放送を阻止するためのクーデター部隊と天皇の警備隊との闘い。

これは軍事ジャーナリストとの仕事を通じて元将校を取材したノンフィクションなので読み応えがあります。

半藤一利の著作でお勧めは『日本の一番長い日』、これぐらいしかない。

『昭和史』『幕末史』も売れた本の割に”読了したという満足のない本”です

なんでかなーとあとがきを読み直したら、慶応大学の夜間社会人講座で話したものをテープ起ししたものなんです。

歴史に興味を持つお年寄りたちに語っているので、どうしても迎合的な文や同意を促すような文がある。

自分で調査した『日本の一番長い日』というノンフィクションではなく、歴史作家たちのダイジェスト版にすぎない。

それを一冊で読めるというお得感ぐらいしか感じませんでした。

だから『昭和史』は買う気もなかったのでしょう。今思えば。

『漱石先生ぞな、もし』の方に興味があります。
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啓蒙主義(Enlightenment)の意味を正しく説明できますか? 
Tuesday, January 12, 2021, 10:38 AM


啓蒙(けいもう)という言葉は日本の近代史の中でよく見かけます。
それじゃあこの言葉を正しく理解している人はどれだけいるのでしょうか。

『福沢諭吉が明治の啓蒙家であった』



このような一文で、具体的に諭吉がどのような考えで行動を起したかをすらすらと言える人は少ないでしょう。

副島隆彦先生の担当編集者である小笠原豊樹氏はドイツ哲学の研究者であり著作もお持ちです。

自分の執筆ではこの『啓蒙』については熱を込めた説明をしていただきました。君主制に対しては批判的な考え。

英語のEnlightenmentは光を射すという意味です。暗闇(盲)の状態を明るくするということ。

この記事ではドイツの名宰相メルケル氏の発言からどれほど啓蒙主義を重んじているかがわかります。

人は科学的な思考を重んじて理性を進歩する(させる)のだ


という頑なな考えです。

キリスト教の教義から一歩離れて”科学的”な思考を重視するユニテリアニズムとも近い考えです。

ところが啓蒙という単語のイメージは堅苦しく、インテリが旧来の思考に固執する愚民を指導するかのように捉えがちです。

曖昧模糊な左翼用語と一緒になって攻撃的な感じさえします。

漢字の語源の元である中国古典『風俗通義』での意味はそれで正しいのです。

でも本来は自分で考えて行動する、自主独立の精神なんです。

この記事では中国の”儒学的な啓蒙の概念”がヨーロッパに逆流して融合してしまったとも指摘しています。

個人の概念に過ぎないのに、帝国主義にも都合良く啓蒙活動は利用されたのではないでしょうか。

明治の知識人が命がけで訴えた啓蒙主義と現代に濫用される啓蒙主義はニュアンスが違うことを頭に入れておきます。

過去ログ:
『福沢諭吉 フリーメイソン論』は歴史捜査手法による完璧な論証である
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コロナで死ぬのはネアンデルタール人 
Saturday, January 9, 2021, 12:18 PM
NHK教育 サイエンスZERO

「新型コロナ“第3波”まっただ中! 全論文解読から見えた戦略SP」

新型コロナ緊急特集。冬の到来とともにかつてない勢いで感染が拡大している。NHKが開発した人工知能AIで世界の20万本の最新論文を徹底解読、新型コロナと闘うためのカギを探る。寒く乾燥しがちな冬の気象条件がコロナの感染にどう影響し、どう対策すればいいのかも見えてきた。感染したときに注意するべき症状とは?気になるワクチンについては国立感染症研究所の専門家が徹底解説!今知っておきたい情報満載でお届けする。



湿度が10%になると粘膜が異物を輩出する能力が50%の時と比べて著しく低下することがコンピュータシミュレーションで判明。

4万年前に絶滅したネアンデルタール人のDNAを持つ人が重篤となることが判明

特徴的な15箇所中13箇所が重篤な患者に共通であった。

死者が多い東南アジアではネアンデルタール人由来のDNAを持つ人が30%。しかし日本や中国など東アジアではほとんどいない。

mRNAワクチンに関すること
プラセボ群に対して90%の抑制効果があった。実際の摂取にアレルギーを持つ人がアナフィラキシーを起こした例があったが、これは通常の人には起こらない。

一方ではアメリカでは優先してワクチンを打つ医療従事者は予定の3割しか接種されていません。また医療従事者の4人に1人が拒否しています。

あまりにも接種拒否が多いので、アメリカの病院では特別ボーナス(500ドル程度)を与えたり、レストランの無料クーポンといった飴を配っているそうです。

医療の現場にいる人たちは薄々と何か感じているのではないでしょうか。

実験用モルモットに自分もされていると



私は非常事態宣言には冷ややかです。一部の持病を持っている人、つまり不健康な人だけが重篤になるのは仕方がない。どのみち例年インフルエンザでも亡くなるのですから。


        2021/1/8 No.4331
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   今日のNews
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●米疾病対策センター(CDC)によると、全米にすでに2100万回分のワクチンが
供給されているにもかかわらず、7日までに1回目の接種を受けたのは約600万人に
とどまる。連邦政府は昨年末までに2000万回分のワクチン接種完了を目標に掲げて
いたが、これには遠く及ばない状況だ。
保健当局によると、医療従事者の約25%がワクチン接種を拒んでいる。
  ロイター 2021年1月7日 
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   佐々木の視点・考え方
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★新型コロナ感染症向けワクチンの配布が始まって1月弱経っていますが、
接種する人数が予想をはるかに下回っているそうです。

昨年末までに2千万本の接種予定だったのに、1月7日までに6百万本の実績
ですから、予定の3割しか接種されていないようです。

ワクチン接種は、最初に、罹患者と密接に接触する医療関係者に接種しています。
つまり、一般の人より医学的な知識が高い人たちです。

医学知識が高い医療従事者の4分の1もがワクチン接種を拒否するのは何故でしょう。

これは、ワクチン認可があまりにも早すぎたことへの不安です。
WHOは昨年1月に、不安からワクチン接種を忌避する人が多くいることが、
世界の健康に対する脅威として挙げていましたが、それが実現しました。

一般人の立場では「急ぎ過ぎは安全であるはずがない」というのが自然な感覚です。

まして、開発過程を見れば、ワクチン接種後の経過観察が貧弱であり、
どんな副作用が起きるかの確認がされていません。

治験のワクチン接種が始まったのは、早い人で昨年10月ですから、接種した
数百人の人の、3か月の経過観察しかないのです。
こういう人に副作用が出るよという注意喚起そのものがないのです。

早期にワクチン接種をする人は、人体実験をされていることになります。

現在のワクチン接種拒否が続けば、国や地域に集団免疫ができるまでの時間が、
予想されていた今夏よりも遅くなることになりそうです。

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