人気歌手が就任式での歌唱を拒否するのはメディアが怖いからだ 
Wednesday, January 18, 2017, 09:45 PM
乗っ取られているアメリカメディアをそのまま伝えるNHKニュース(爆)によると

高感度の高い歴代の大統領のではトランプは最低の40%なんだそうです。ちなみに高い順に並べるとオバマ(79%)カーター(78%)、クリントン(65%)、ブッシュ父、レーガン、ブッシュ(子)

操り人形のような大統領がメディアによると高感度トップw



決断しない大統領のオバマ、そして日和見のカーター、三位がクリントンというのは爆笑です。

そもそもアメリカ人の65%は民主党なのか?

んなわけがない。昔職場にアメリカ人が何人かいましたけど。(ネオコンと国際金融の操り人形の)クリントンなんて絞め殺したいというアメリカ人ばかりでしたよ。

ブッシュ親子が好感度が高いといっても、オヤジは元CIA長官、息子はアル中で文盲という支配階層(エスタブリッシュ)からは扱いやすいから人気と言うだけ。

レーガンも三流俳優で、勝手に敵をつくっては国民を煽っただけ。軍需産業・ペンタゴンにとっては扱いやすい人物でしょう。

トランプを嫌うのはメディアとその親玉の支配層だけ



トランプの就任式は不人気で人が集まらない、栄誉であるはずの歌手も次々辞退や固辞とニュースは煽っています。

はたしてそうでしょうか?

就任式で歌って欲しいと要請を受けた歌手ならば、どんな支持をされていようと歴史に残る名誉だと思うでしょう。

それを辞退するというのはそれだけ

マスメディア(テレビ・新聞・雑誌)からの報復・イジメが怖いから


にすぎません。

トランプは素早く、ツイッター(twitter)で高感度調査などデタラメだとツイートしています。
その通りでしょう。

ニュースでは就任式は人も少なく盛り上がらないでしょうと一生懸命ケチをつけています。

はたしてそうでしょうか?

歴代トップの大量の人々が就任式典に押し寄せるでしょう



反トランプ主義者がデモをすると、わざわざテレビでは報道しています。

私は馬鹿だなあと思います。

なぜなら、そうやってトランプを陥れようとしたら、逆に親トランプが押し寄せて来るじゃないですか。

マスメディアは馬鹿なのか、あえて煽って就任式で群衆騒動を起させようとしているのか!?

たぶん私の見方はあたっていると思います。

就任式で対立するアメリカ国民という絵を撮りたいのでしょう。

アメリカメディアは俺たちが権力だという臭いが強すぎて頭に来ます



とくにワシントンポストの偽善ぶりったら・・・

ああくだらない。アメリカメディアで世界がわかるなんていう英語学校の宣伝文句がありましたが、

日経新聞を読めば株で勝てます(んなわけない)


と言っているのと同じ事。

アメリカ発のニュースと日経発のニュースほど逆張りに適したソースはないですね。

トランプが不人気なら何でこれだけ株式が上がっているんだ?それには全く触れません。

アメリカも日本もマスコミは自分たち願望を述べるだけの媒体なのです



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無料サーバーはトラップだらけ(Webブラウザーが重い理由) 
Tuesday, January 17, 2017, 11:34 AM
1/17 晴 10時 浅草での空間線量は95ベクレル/立法メートル

Webのブラウジングでいつまでも読み込んでいてイライラした経験は誰でもあるでしょう。
スクロールしたいけれども、なかなか読込中の表示が消えません。

比較的動作が速くてメモリーの占有が少ないと言われるGoogleChromeでさえ、毎度毎度画面が凍ります。

ネットで重いブラウザーを改善する方法はいくつか載っているので、試してみました。
・キャッシュを削除する
・設定で予測サービスや事前読込を止める
・自動入力を止める

などです。

それでもChromeを閉じた状態でさえ、PCの負荷がとんでもなく高くなります。Wordの文字入力ができないくらい重いのです。

Windowsのタスクマネージャーを立ち上げてみると

Chromeを閉じても、Chromeはいくつも動いている



重くなる理由は一度Chromeを立ち上げると、シャットダウンするまでChromeが背後で動いているということ。

Google自体がCIAでありChromeがスパイウェアだと言われる所以です。

何をしているのか?当然PCの監視や情報収集なのです。だから文字入力が極端に重くなる。

Chromeの設定でバックグランドアプリの処理の続行のチェックを必ず外しましょう。


画面のスクロールができないほど重くなる理由はただ一つ

広告アプリ(Adobe Shockwave Flash)が動作すると一気に負荷が高くなる



無料で利用できるブログや無料サーバーにはショックウェーヴ フラッシュが必ず埋込まれています。Yahooや楽天、大手新聞でもかならず読み込まれて起動しています。

動きがある画像には必ず使われています。

閲覧者はかならずショックウェーヴ・フラッシュの画像を読み込まねばならない。そしてショックウェーヴが立ち上がると、閲覧状況やクリックといった動作がすべて送信されるようになります。

Shockwaveもたちの悪いスパイウェアと言えます。

chromeのタスクマネージャーを立ち上げると、プラグイン「shockwave」が我が物顔でのさばっています。

常にタスクマネージャーでプラグインを殺すと快適になる



メモリー、CPU能力を使い切るのはプラグインであることに間違いはありません。スクロールが重いなあと感じたら、すぐに[SHIFT」+「ESC]でタスクマネージャーを表示して殺しましょう。


そうすれば古いパソコンでも快適にブラウジングできます。

無料サーバーはスパイウェアの仕込み道具であることを肝に銘じましょう



アクセス数稼ぎだけ、または広告をちりばめただけのブログが多いのは事実。また事業者もアクセスが稼げればそれが広告収入なのでそれでよい。通信会社も広告表示による余分なパケット料が黙っても入ってくるからそれでよい。

無料サービスはIT業者(新手の広告業)と携帯電話会社にとって閲覧者からも小銭と情報を抜き取るよいツールなのです。

このブログは自社のサーバーで動かしています。ご安心下さい


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岡潔(おかきよし)をご存じでしょうか 
Sunday, January 15, 2017, 06:09 PM
1/15 晴 朝10時の浅草の空間線量は98ベクレル/立方メートル

正月に読んだ読売新聞の書評で「数学する身体(しんたい)」(森田真生(もりたまさお)著 新潮社)というものがあり、タイトルだけで興味があり、いつか読んでみたいと思っていました。

ちょうど大著「無限小」(アーミア・アレキサンダーAmir Alexander 足立恒雄訳 岩波書店)を読了したので、つぎの本を探していたからです。

2015年10月発刊の本ですが、丸善には平積みされていました。

どれどれ、と手にしてみました。著者は1985年生まれの若い数学者です。

数式は一切ありません。岡潔(1901-1978)という明治34年生まれの日本の大数学者を信奉する著者が、岡の遺した著作や講演記録を回想していくというものです。

だから岡潔の著作も少しは読んでおかないと、理解ができません。

かいつまんでページをめくってみました。ハードカバーでけっこうきつい・・・

ちゃんと隣には岡潔の随筆集や小林秀雄と対談の文庫本もありました。

そっちから読み始める方が理解が早いかもしれません。

パラパラと読んで知ったのですが、岡潔という数学者は1960年に文化勲章を授与され、その功績はとても大きな人だと言うこと。それまで世界の数学者が挑戦してきた多変量解析という手法を確立したことです。

多変量解析とは何か?
・・・知りません。書店に行けばこの手の本は数多並んでます。

とにかく応用数学の世界にとてつもない影響を与えたということはわかりました。

しかしそれだけではなく、岡潔(1901-1978)という数学者は思想家としての面でも随筆集から、世の理系学生に影響を与えたと言うこと。

森田真生氏も東大理学部時代に、同級生から紹介されたことでのめり込んだそうです。

この岡潔という破天荒な数学者は、戦争中と戦後しばらくは和歌山県紀見村という場所に住んでいたそうです。

現在の大阪府と和歌山県の県境で、現在はトンネルがあり、国道371号線は峠を越えずに真っ直ぐ紀ノ川に向って下っていきます。

この紀見峠は私が好んで自転車で通ったところで、峠には農家が点在してとても明るい雰囲気の集落です。

ここに岡家の本家があり、現在も岡潔と夫人の墓があるそうです。

驚きました。帰省が楽しみです。
岡潔の著作が今年の課題図書となる予感がします。

(追記)幕末の思想家・横井小楠(よこいしょうなん)は熊本から江戸へ向う際に、楠木正成の居城であった大阪南部の千早赤坂村(ちはやあかさかむら)を経ているのです。
伝記で登場する千早赤阪村の宿はいまでも旧家として残っているそうです。(未確認)
大阪南部は偉人たちが行き交ったのです。という私の田舎自慢はおわります。

過去ログ:南河内の恵みを銀座で愉しむ
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拘束すること/されることが当たり前という風潮をあらためるべき 
Saturday, January 14, 2017, 01:14 PM
1/14 晴 10時 浅草での空間線量は98ベクレル/立法メートル

労働時間に対して日本の労働生産性は先進国では最低に近いレベルにあります。

私も会社員時代に経験がありますが、数合わせだけで会議や作業につきあわされたり、上司が帰らないから部署全体がダラダラと夜までいました。誰も帰られない。

親会社からの出向者や天下りのトップがいると最悪でした。下っ端までくだらないご機嫌取りにつきあわされます。

先日会った大手重工の子会社で働いている会社の友人も、仕事は5時に終わっても8時以降しか帰宅できないとぼやいていました。平日には子供と話したことがないそうです。

なんでこんな状況が普通だと思うのでしょうか。

コンピュータネットワークで処理できる時代になっても何も変わっていません。

長時間拘束されて創造力を高めろなんて無理な相談



ドイツの友人を訪ねたことがありますが、平日の昼3時には社員がサッカーをやっていました。

朝8時に出社しているから午後の3時には社員は帰ってしまうのです。

夏は夜の9時まで明るいので、家族と過ごしたり演劇をみたり、趣味の時間です。
だからドイツの夕方(といっても昼のように明るい)はいつも祭のようににぎやかです。

郵便局や市役所はさらに早く2時に業務が終わりますが、それでも社会全体ではしかたがないと許容しています。(公的サービスが早く終わることに不満を言う人はもちろんいます)

8時間(1/3日)以上を他人に使わされてたまるか



友人曰わく、社会主義政党が政権をとってからは、労働時間の短縮が既定路線となったそうです。ドイツにも古い層には四六時中ガムシャラに働いていた人もいますが、老人の昔話です。

シリア難民が職場にはいるそうです。政府の指示で一定規模以上の事業所では必ず指定された数だけ難民を雇用しなければならないのです。

友人はマネージャー(部長)クラスなので、言葉もつたなく年齢もバラバラの彼らに仕事を与えなければならない。

だからコピーは必ずコピー係に渡す。ゴミ箱の中を自分で捨てに行ってはならないというルールを定めたのだとか。

そんなことは社員が自分でやるのがあたりまえなのでしょうが、余剰の人員を抱えさせられているのですから、非効率でよいのです。

ドイツ人が偉いなあと思うのは、難民たちには仕事(簡単な作業)を割り当てて法に則った基準の給与を払っていることです。

自分の仕事と他人の領分をはっきりと線引きしてある



隣の人が仕事を抱えてパンクしていても手伝うことはないようです。まったく他人は考慮していないし、もしそのような人員がいれば、それはマネージャーの責任だという考えが浸透しているからでしょう。
マネージャーが手に負えないことは経営陣の範疇なので、管理職もストレスがない。

ドライな職場でしょうか。いえいえ就業時間が終わると社員同士でパブで飲んだり、スポーツをしたりとめちゃめちゃ家族的でした。ちいさな子供を連れてくる夫婦もいましたね。

日本では勤務が終えたら会話もせず一目さんに帰宅するのとは全く逆です。

なんたってドイツでは仕事は人生の一部であって大部分は家族や友人らと過ごすのが普通であるから。

ドイツの中流家庭は時間の余裕があって、楽しいです。夜が長い長い。

キリスト教圏は安息日という概念も根強い。
イスラム圏でも同様で昼休みは蕎麦屋なみです。銀行なんていつもシャッターが閉まっているのでいつ空くのかと思ったぐらいです。
土日には空いてないしね。

拘束時間が減ってもGDPは上がり続けた



1990年に東西ドイツが統合して労働者が膨れあがりました。そのために労働時間に制限をもうけて雇用者を増やそうとしたのでしょう。
それまででも先進国で拘束時間が短い国家だったのに、政府は強制的に労働時間をさらに削減していきました。

どうなったかというと内需も増えて出生率だって上がった。
グローバル企業は海外に流れてもドイツ企業は競争力がなくなったでしょうか。そんなことはない。

いったいこの違いはどこからくるのでしょう。

『個』を善とする社会と『従属』を善とする社会



まあ明治からの儒教的な根強い思想と西洋的価値観の葛藤は明治文学の骨子です。

英語で「I am」とは、日本人が考える以上に強い言葉なんです。

「わたしは」と変換したら意味がわからない。be動詞は存在するという意味です。

「(神のもとで)私が居る」ということ。従属する先は天(ヘヴン:宙:God)ということ。

夏目漱石が書いた「私の個人主義」から100年経っても日本は何も進化していないと言うこと。

明治時代の方がよほど住みよい社会だったでしょう。
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善も悪も右も左もない、どちらの意見があってもよい 
Friday, January 13, 2017, 01:16 PM
1/13 晴 10時 浅草での空間線量は87ベクレル/立法メートル

私はニュースを読んで個人的に嫌いな気分になる主義や思想があります。だって人間は感情の生き物ですから。

たとえば性差別撤廃を唱えるフェミニズム、人権を擁護せよと騒ぐ騒ぐ韓国の特殊な団体、それにつながるオスプレイの飛行を反対する団体、皇室の男系維持を唱える団体・・・

背景に宗教がいようと、他国の工作が垣間見えようと意見は意見です。

どのみち政治的な力で落しどころが国民の知らないところで決まる



正しい判断や正しい選択だったかなどは後世となってやっと議論ができるようなものでしょう。

明治維新(反政府勢力による革命)を我々は正しいことだったと習います。ところが。

私の高祖父(曾祖父(ひいじいさん)の父)は幕末に仙台藩(伊達家)の藩士の家に生まれています。江戸幕府瓦解で仙台藩が解体されたことで貧窮します。曾祖父は動乱のさなか(明治1年)に生まれて東北地方(旧仙台藩領地)の土木技師となって小役人として生涯を終えました。

明治大正昭和と生きた曾祖父は旧仙台藩ネットワークで職場を転々としたそうです。

記録からその当時の心情をを読み解くと、高祖父と曾祖父は仙台藩士族として明治政府には恨みがあったようです。国民全員が文明開化だ明治万歳!などと思っていたわけではありません。

一番良い例は、私の名字が伊達藩主に対する忠義、仙台から離れても伊達藩主への大恩を忘れまじとして明治の始めに改姓されたのです。
藩主への喪のさいにそれまでの石川から六城になっているのです。私の名字には深い忠臣の意味があるのです。

我々は無力であるが権力への批判の目は養わなければならない



副島隆彦はレジスタンス(Resistance)側の目で視ろと言います。権力(power)には常に抵抗(resistance)しなければ、単なる愚衆だということ。

だから権力者、政治家、高級官僚、大企業経営者はては学校教師にまで、批判の目を片時も忘れるなと言います。

それが煽動活動となって、いわゆる極左翼や極右翼、ネット右翼となってもそれも意見の一つなのでしょう。しかし

その力学関係(利害関係)を傍観できる分析力こそが、現代の水飲み百姓層から脱却し知識人への第一歩なのだとおっしゃいます。

一方の主張に気軽に同意してはならない



これはサラリーマンの処世術です。熟慮をするフリをしておくということ。または無関心を装う。

すぐに行動にうつる人はいつの時代も捨て駒、踏み台、数合わせとして最後は斬り捨てられていく。

支配権力の恐ろしさは、大なり小なりの秩序を強制します。

皇族典範の改正問題から、組織、教育とあらゆるところでみることができます。

下位に序列された側の恨みは革命の歴史です。そして恨みは遺伝子として残っていく。

ポピュリズム(populizum:大衆革命主義)はうっぷんした大衆の爆発の場であり、それがいままで歴史を塗り替えてきたことを忘れてはいけないのです。

知識人は一方的な偏りに向けば自滅する



ジャーナリズムが腐っていくのは、権力が腐敗していくのと同じく自然の成り行きです。

そのなかで個人ができることは、反権力(反パウアー)を基本に紙つぶて(筆誅)を紙やネットで発信していくだけなのです。

右翼の恥部は『反共産』、リベラルの恥部は『共産主義』



うん、なかなかの名言だw

すぐにあっちが正義だこっちが正しいと浮ついた評価をする私が諫められたので、ちょっと思いついたことを書き並べてみました。
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闇勢力に蚕食(さんしょく)された株式市場自体が既にゾンビなのだ 
Friday, January 13, 2017, 01:49 AM

ザ・粉飾 暗闘オリンパス事件 (講談社+α文庫) 1016/8 山口義正

5年前に発行された「サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件」(山口義正著 講談社)が文庫版になっていました。

書店で目にして、あとがきを読むと5年が経ち、だいぶ文庫版では加筆されたようです。
それはなにかというと、監査法人や社外取締役の役目が発揮されるどころか

状況はますます悪く

粉飾決算は一部上場の名門大企業にまで及んできた


ということ。

著者の山口義正氏は、あれほど危険を賭した告発を世に知らしめたのに、それいこうもオリンパスに続く企業が後を絶たない。それどころかもっと大資本の企業にまで侵蝕されていると嘆いています。

大企業の経営陣に食い付いているのは、小遣い稼ぎのチンピラヤクザではなく、いまや粉飾指南の魑魅魍魎(ちみもうりょう)だということ。
ハゲタカファンド、怪しいコンサルタント、実体のないオフショアファンド、株価つり上げのためにあるような「ハコ銘柄」、政治家・・・

パナマ文書のペーパーカンパニーの代表者として詐欺師がちらほら



死肉に食らい付く吸血生物のようなもので、いちど食い付かれたらふりほどけない。

コーポレートガバナンスという掛け声は、たんなる建前となっている(形骸化)したことに株式債権記者であった山口義正氏は諦観しつつあります。

東芝につづいて他の日本の代表企業が粉飾の疑いがでてくれば、まちがいなく東京株式市場は死ぬでしょう。

(私は株式市場はすでに個人投資家がお金を注ぎ込む先ではないと思っています)

タックスヘブン(租税回避国)への動きが垣間見えるパナマ文書の解析を山口義正氏は現在されているそうです。次作をたのしみにしております。

「サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件」の書評といえない書評を学問道場の掲示板で過去しておりますので、こちらに再掲します。


http://www.snsi.jp/bbs/page/2/view/2853


[256]ジャーナリズム(Journalism)の教本として読む「サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件」(山口義正著 講談社)
投稿者:六城雅敦
投稿日:2012-07-21 11:48:45

ボツとなった書評ですが夏休み読書感想文としてこちらに投稿しておきます。オリンパス事件の発覚から月日が経った今では青臭い文章です。赤っ恥ものですが書評とはどうかくかという<だめな参考>としての意味があるかと思うので載せておきます。

書評として適していないのは以下の3点です。

1)評者の見解が大部分であることがダメ
 書評というのは全体の6割から7割を本書の要約に費やし、残りの3割で自分の見解を述べるというスタイルが米国大学では鉄則なのだそうです。読み手は本が述べているのか、評者が述べているのか判断できないので混乱を招きます。

2)コラムニストの紋切り型の論調であることがダメ
日本は企業統治(コーポレートガバナンス)ができていないからこのような経済事件となったという一般的な論調に流されがちになります。解説に徹し、別の視点を加えるといったわかりやすさが足らないのです。
またその後解任されたウッドフォードは解任不当の裁判で12億円もの和解金を受け取っています。はたしてウッドフォードは正義の味方だったのかという疑問にも言及していません。

3)読みにくい、わかりにくい
趣旨が散っているので理解しにくいとの指摘で推敲を重ねたのですが、結局読むに値する文章にはなりませんでした。書評とは「要約する技術+自分の視点を簡潔に述べる技術」であることがお恥ずかしながらわかりました。

このような欠点があることを踏まえてお読み下さい。
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ジャーナリズム(Journalism)の教本として読む
「サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件」(山口義正著 講談社)


六城雅敦です。本日は平成24年5月15日です。3月28日に発売された「サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件」を遅くなりましたが書評します。
本著は今年度の雑誌編集者が選ぶ第18回雑誌ジャーナリズム大賞を受賞しています。

著者の山口義正(やまぐち よしまさ)氏は日本公社債研究所(現:格付投資情報センター)のアナリスト、ブルーンバーグや日経新聞の記者を経て、現在は経済ジャーナリストとして独立しています。経済誌やビジネス誌での記事で名前を見かけるほか、テレビで株式市場の解説などテレビやインターネットメディアでも活躍の場を拡げられています。とはいえ記者クラブに属していない取材費など持ち出しの一匹のフリージャーナリストです。

その山口氏は昨年6月にオリンパス社の架空巨額買収の疑惑を雑誌FACTAで発表し、株式市場に激震を走らせました。その結果、菊川前社長を含め関係者7名が逮捕されました。巨額損失が露呈した結果、映像や医療機器の手堅い優良企業として知られていたオリンパス社は自己資本が毀損してしまい資本提携先を模索するまで凋落しました。買収企業の実態がない(ペーパーカンパニー)であるので実質は234億円もの債務超過状態となっていたことが山口氏の取材と報道で白日に晒されました。
それでもオリンパス社は未だ常識外れな買収企業ののれん代を有価証券報告書には計上し、財務諸表ではその他資産としてのれん代を貸借対照表に計上することで財務上は体裁を繕っています。

本書の内容は山口義正氏が趣味のカメラ仲間とのたわいのない会話からオリンパスの不透明な会計処理に半信半疑ながら興味を持ちます。やがて優良会社と信じられてきたオリンパス社の巨額経済犯罪をスクープする経緯を記したドキュメントです。FACTAで記事をお読みの方には新味はないでしょう。

しかし経済誌記者であった著者の経験から財務諸表の不自然な会計支出を読み解き、取材を進める過程はまるで推理探偵小説のようです。
さらにこの本の特筆は文中の至る所で経済ジャーナリストである著者がジャーナリズム(Journalism)を自問している点です。

■オリンパス巨額事件の概要


新聞記事では連日掲載されていたので改めてここで述べる必要はないので、おさらいとして産経ニュースから転載します。罪状は有価証券報告書の虚偽記載となります。逮捕者は旧会長、旧副社長、旧監査役と3社のコンサルタント社長ら4名の計7名です。

(産経ニュース 転載始め)
菊川前会長ら逮捕 指南役含む7人
2012.2.16 22:12
 オリンパスの損失隠し事件で、東京地検特捜部と警視庁捜査2課は16日、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の疑いで、前会長の菊川剛容疑者(70)ら旧経営陣3人と、損失隠しの指南役とされる元証券会社取締役、中川昭夫容疑者(61)、コンサルタント会社社長の横尾宣政容疑者(57)ら計7人を逮捕。法人としてのオリンパスも立件した。粉飾額は約1100億円。特捜部などは海外当局とも連携し、巨額損失隠しの全容解明を進める。
 ほかに逮捕されたのはオリンパス前監査役の山田秀雄(67)▽前副社長の森久志(54)▽コンサル会社取締役、羽田拓(48)▽同元取締役、小野裕史(50)−の各容疑者。
 特捜部や警視庁の調べによると、菊川容疑者らは含み損を抱えた金融商品を海外の投資ファンドに移し替える「飛ばし」により、純資産額を約1100億円水増しし、平成20年3月期までの2年間、虚偽の有価証券報告書を関東財務局に提出した疑いが持たれている。菊川、山田、森の3容疑者は、これまでの特捜部の聴取にいずれも容疑を認めていた。
 同社は財テク失敗により、1990年代から金融商品の含み損が生じた。このため森、山田両容疑者は少なくとも平成10年ごろ、横尾、中川両容疑者らに相談し、英領ケイマン諸島にファンドを創設するなどして「飛ばし」のスキームを考案し実行。菊川容疑者を含む歴代社長は定期的に報告を受け、了承していたとされる。同社がファンドに飛ばした損失は15年の時点で1177億円。18〜20年に行われた国内外4社の買収で支払った計1348億円を還流させ、穴埋めに充てていた。損失穴埋めのために利用された助言会社への支払いについては取締役会が契約に関する決定を菊川容疑者に一任していた。

●有価証券報告書の虚偽記載
 上場企業は事業年度ごとに、財務諸表や経営状態などに関する重要事項を記載した有価証券報告書を国に提出する義務がある。虚偽記載を禁じた金融商品取引法の罰則は、平成18年の法改正で強化され、個人に対しては10年以下の懲役または1千万円以下の罰金が、法人には7億円以下の罰金が科される。
(転載終り)

上記の新聞記事で十分理解できたというのであれば、これから先をお読みいただく必要はありません。

■山口義正が暴いた上場企業に巣喰う野村證券OBとスキームにすがる経営者像



東証の開示基準に満たない資本や収益規模の会社を買収して「損失を『飛ばす』」スキームには証券や銀行のOB、今回の事件には野村證券OBが関わっています。一方、経営側は株主と社員を欺くために買収した子会社を新規事業としてまとめ、子会社(オリンパスビジネスクリエイツ)の配下に集約しています。このような黒字化することもなく掃きだめとなった新規事業部門を、会長である菊川剛(つよし)や財務担当副社長の森久志らは悪質なことに英国人マイケル・ウッドフォードを25人抜きで社長に抜擢し、膨らむ損失の処理をさせようとしました。
つまり菊川に忠誠を誓う役員に傷を負わさず、損失問題は英国人の新社長に責任を押しつければ良いと考えたのでしょう。まるで違法風俗店のオーナーがぺーぺーの若造を店長にして摘発の身代わりさせるように。
しかしこの目論見は「策士策に溺れる」の諺の通り、山口義正が投稿したFACTAの記事で瓦解していきます。

著者のその後の調査でオリンパスはどす黒い疑惑で有名な投資業社ジェイブリッジ(東証二部)からアルティス社の残り株式を買い上げて完全子会社としていることを知ります。
ウッドフォードの調査でも英国医療機器会社ジャイラスの買収には野村OB佐川肇、中川昭夫が設立した会社を通して株式が売買されています。ジェイブリッジの元社長は桝沢徹(ますざわとおる)という和光(現みずほ)証券のOBです。
ファクタ12月号ではオリンパスの社外取締役である林純一(野村OB)も横尾宣政と同じように自社で生成したファンドをオリンパスに買い取らせる手段でジャイラスの買収に噛んでいます。
このようにオリンパスは優良企業どころか、内、外から蛭が喰いつかれるように証券OB達(主に野村)が喰い付いていたのです。
このような輩が跋扈する背景には、20年もの償却期間が認められる「のれん代」で損失隠しを認めている現状もあります。

(P217 転載はじめ)
これでは日本の経済全体がオリンパスに再度粉飾決済を是認し、黙認したようなものだ。こうした判断に、巷間噂されているような政治サイドや中央省庁の意向が働いているとすれば、これは「官製粉飾決済」と言って差し支えない。
日本の経済社会が総ぐるみで過ちを隠し、見て見ぬふりとして口を閉ざすなら、「これはまるで・・・・・・」と思っていい。「まるで日本社会全体がオリンパスになったようなものではないか」と。そしてこれは、日本が守りたかった東京市場の質なのか、投資家なのか、オリンパスなのか、銀行や監査法人などの関係諸方面のメンツなのか、という問題をはらんでいる。
(転載おわり)

目に見える社会的影響はなかったように見えるものの、日経225銘柄指定の大企業が闇勢力の資金源になっていたということで日本経済全体の信用低下をますます招いたことや、ライブドア事件を上回る巨額損失の隠蔽でありながら上場維持という玉虫色の裁定を下した東京証券取引所の遵法精神まで海外から疑われている結果となったことです。
著者は今回の事件を「官製粉飾決済」事件とまで呼んで野放図な政府を糾弾しています。

著者も執筆時には事件規模の大きさに驚き、その影響を怖れていたのですが、予想に反して世間はおろか利害が関係する厚生年金基金や保険会社といった機関投資家でさえも平穏を保っているように見えます。
2月の菊川剛前社長ら関係者7名の逮捕ですべて終わったとして体裁を繕っている政府、経済界の態度が私はとてつもなく不気味で恐ろしく感じます。

■ 善人は悪であるという実業界の常識



本書を勧善懲悪(かんぜんちょうあく)のカタルシスを味わうだけで良いのかという読み方もあります。著者の山口氏もそのような一方的な世論形成に荷担してしまうのではと躊躇しているように思います。
日本を代表する株式指標、日経225に採用されているオリンパスには取材に訪れたことがあるでしょう。社長以下役員とも面識がある可能性は高いのです。またはテレビ番組のようにアメリカ市場を開拓した医療分野やデジタルカメラでの躍進の原動として菊川以下役員を持ち上げていた過去もあるかもしれません。(ニコニコ動画上にウッドフォード前社長と田原総一朗との公開インタビューで山口氏は以前に菊川と面談していることを明かしている。そして当時は親分肌で記者の面倒見がよいという印象があったと語っている)
今回のオリンパス事件は過去の資産運用で1100億円もの損失を出したことが原因にあります。菊川自身も子飼いの役員達と同じように、前社長の岸本正壽(きしもとまさとし)に忠誠を誓い、役員の道を歩いてきたのでしょう。
野村證券を通した資産運用を行ってきたのは菊川の1,2世代前の経営陣です。勇退した前経営陣を守るために嘘をつき重ねて来たという実状があると思います。
すなわち立場を譲る代りに損失処理という重みも担わされているのが、菊川剛ら役員であると言えます。
菊川剛や副社長の森久志らは果たすべき義理を理解しているからこそ野村OBらの金融詐欺師と共に暗黒面へ堕ちていったのです。(チームFACTA著「オリンパス症候群」では投資家を欺いても良心が痛まないのは「ウチ」という概念が日本企業に根強いからだと喝破しています。)
清濁併せ持つ者しか経営トップに慣れないことは経済記事畑を歩んできた著者は十二分にわかっていることです。悪い奴ほど有能、これがビジネス界のコンセンサスです。それが故にジャーナリストの立場で悩む姿が本書から浮かんできます。

正義感だけで取材を進めるのでしたら情報源さえあれば誰でもできるかもしれません。しかし上場企業経営者を取材し、企業組織による圧力や工作を知っているからこそ、文章で糧を得ている著者の用心深さは見習わなければなりません。

これからは本書を別の視点、すなわちプロのジャーナリストとして商業文章で生計を立てるための教科書として読み解いてみたいと思います。大事なジャーナリストの資質が彼の文章から読み取れるはずです。以下に気づいた事項を列挙します。

■ ジャーナリストに味方はいない(IR担当役員とグルの証券会社)



東証のブースを職場とする著者はオリンパス記事を掲載したファクタ8月号が発売されても下落局面でオリンパスを買い推奨するアナリストがいることを知ります。過去に企業買収に懐疑を抱いていたアナリストでさえ買い推奨をしていることに著者は驚きます。
アナリストと言っても、そもそも証券会社にとっては公募増資や社債発行の主幹事やシンジケートというおいしい役割があるために正しい投資判断という目的で用意された職種ではなく、証券市場を揺さぶるような事態においてもアナリストの判断は単なる営業ツールに堕している面があると指摘しています。財務担当と証券会社アナリストが連れだって内外の大口投資家を巡ることもあるのだそうです。

このようなお手盛りな証券業界は驚くに値しなくてもマーケットを監視する東京証券取引所の広報担当の返答は驚くべきものです。

(78ページ抜粋 転載はじめ)
後日、東証から得た公式なコメントは「開示基準を厳しくすると、ニュースリリースが多くなり過ぎてしまい、投資家は情報の取捨選択が難しくなってしまうため仕方がない」との内容だった。非公式には「こうした問題は一義的にオリンパスと、これに適正意見を与えている監査法人の問題と考えている」という内容だった。
(転載終り)

つまり上場企業の不正経理を監視し市場の信頼を維持するべき東京証券取引所はその役を為していないのです。証券アナリストでもある著者にとって証券取引所は職場であり、その職場での事なかれ主義な回答にたいする落胆ぶりは想像に難くありません。

証券会社のアナリストは真相の追求よりも株式の商いだけに注目するのは当然として、東証でさえ関心を寄せない状況に、孤軍奮闘する著者は追い詰められていきます。このまま事態が動かないと暴露記事を書いたジャーナリストとしてオリンパスから反撃を受けて徹底的に干されることになるからです。テレビ出演もやがて無くなってしまうでしょう。
(※山口義正氏は本書発売の4月に株式マーケット番組キャスターを降板させられています。)
オリンパスはファクタ8月号が発売された翌月には新聞各紙への広告の出稿を大幅に増やしています。全面広告から経済誌のウェブにまで広告を載せてメディアへの懐柔を謀っています。
テレビ番組では戦後の胃カメラ開発を題材としたNHKプロジェクトXのぱくりドラマ「光る壁画」(原作は吉川昭の有名小説)まで単独スポンサーで放映するといった手際の良さまで披露しています。オリンパスの宣伝部長という経歴がある菊川らしいメディア懐柔策と言えるでしょう。日経新聞との癒着は根深く、逮捕の2ヶ月前に行われた日経主催の世界経営者会議では菊川剛を講師として招集しています。


■ 不正企業を庇う経団連



公益通報者保護制度という法律が制定されていますが、この法律は経団連が密告社会を助成するという理由だけで反対し骨抜きにされています。経営トップの犯罪行為への抑止力になっていないことを著者は知ります。庇護対象は「労働者」であって退職者には適用されないなど全く摘要しにくい法制度であることを指摘しています。
こうしている間にも内部通報者の深町(仮名)には窃盗や業務上横領、守秘義務違反といった罪状で起訴される可能性があるのです。

最近でも読売巨人軍球団社長(清武 英利きよたけ ひでとし)がコンプライアンス違反として渡辺恒雄の人事介入や獲得予定選手への裏金を暴露したことで解雇されましたが、読売新聞社は清武氏を業務上横領、守秘義務違反、窃盗で起訴しています。その公判がまもなく行われます。
このように暴露する側は弱い立場であり、丸裸の状態で闘わなくてはなりません。朝日新聞が巨人軍の裏金をつついた程度で、その他のメディアはだんまりです。

■マスメディアの役割を放棄している大手新聞



著者が投稿したFACTAの記事はマイケルウッドフォード氏の解任騒動でFT紙や英国内で大々的に取り上げられます。そのような状況では大手新聞社も重い腰をあげるようになり、記者も著者に連絡を入れるようになります。
「情報交換」という要件ですが、交換する情報など先方から一介のフリーに寄越すこともなく、欲しい情報は「内部告発者」その者を教えろという態度に憤慨して、以降は接触してくる新聞記者とは会わなくなります。記者クラブのサラリーマン記者にとってフリーランスは手足程度にしか思っていないのでしょう。
しかも取材行為もジャーナリズム精神に基づいた行動ではなく、企業サイドへ売るための情報を求める姿に元新聞記者でもある著者はマスコミにも幻滅しています。オリンパス社の記者会見では明らかに菊川擁護と受け取れるような質問をする記者がいることが証左であると指摘しています。

■ジャーナリストはサムライの気概を持つ



オリンパスの会計処理の最大のキーワードは「のれん代」と呼ばれる買収企業の対価に上乗せされるブランド料です。アナリストの経歴からこれほど不透明で恣意的な項目はないと感じていたのでしょう。並の投資家であれば看過してしまう項目を突破口に、徐々に裏側に潜む経営陣の暗部をさらけ出していきます。
証券会社の調査担当や新聞社の経済記者など分析を稼業とする人々は多々いるにも関わらず、懐疑を示してもオリンパス社の計上する「のれん代」に言及した専門家はおりません。

ジャーナリストの最初の壁は商業誌の限界です。商業誌には広告という収入、証券会社には主幹事という美味しい役割があるために顧客のためなら多少なら目をつぶるためです。
またオリンパスの被災工場の取材記事を組合の労使協定でボツにされたりしました。このように「上の都合」が降りかかってくるのがジャーナリストという職業の辛いところです。

さらにフリージャーナリストと雇われ記者の大きな違いは明日も同じ日ではないことです。明日には東証アローズから市場解説を生中継でするキャスターという職もくびとなるかもしれない。
しかしジャーナリストとして大きなパンドラの箱であることがわかるにつれて引き返せない道であることを彼は文中に言外で吐露しているのです。

山口氏のジャーナリスト観とは葉隠の「武士道と云うは死ぬことと見付けたり」であると自覚しているのでしょう。しかし情報提供者の深町(仮名)には同じ辛い境遇を味わせたくないという板挟みに著者は苦しんでいます。

■情報提供者は徹底的に隠せ



冒頭から登場するオリンパス社員で情報提供者の深町(仮名)と著者(山口)の関係はカメラ同好の士であるだけではなく、文中に何度も登場させることで著者の心情の代弁者でもあるように見えます。そのために本書はノンフェクションでありながらも、主人公(山口)を中心とした経済小説を読むように理解しやすい文章です。

冒頭で断っているように深町(仮名)を特定されないように注意深く書かれています。そのため年齢や所属どころか性別でさえわかりません。
当初は居酒屋で気楽に会い撮影旅行をする同年代の友達であるような記述です(道中にカーステレオでHigh−Lowsをかけて盛り上がっている等)が、一方で自社の経営問題に強く嫌疑を抱いていることがわかります。また流出した取締役会の核心に迫る書類を一瞥して憤慨するなど、どうも年代的には上、事業部長や部長それも財務方面に近い立場であるように思えます。社員の代弁として問題が大きく報道されるにつれて立場や家族を抱えている心配の描写など心理描写が記述されています。メールでは著者を「キミ」と呼びかけています。

このように文中からは一貫した人物像は掴みきれません。なぜなら本文の流れに沿った「出来すぎた脇役像」だからです。

個人のように本文では扱っていますが、実際の内通者は複数かもしれないし冒頭導入部分の旅行相手は恋人なのかもしれません。著者が注意深く徹底して隠す深町(仮名)にも注目すると本書はどれだけ著者が情報源の秘匿に注意を払っているかがうかがい知れるでしょう。おそらく情報源を隠すために雑多な状況を挿入して攪乱させているのです。

■情報流出者は執拗に追いかけられることを肝に銘じる



月刊FACTAでオリンパスの巨額損失隠しが発表されて山口にも取材が殺到します。文中では「釣り針」と呼んでいる罠について説明があります。これは取材対象側が逆に内部情報を探す目的で流すガセや配布文章で判子の位置や文言を少しずつ変えて流す方法です。
また「たれこみ」として匿名で接触を試みるなどの至る所に釣り針が仕掛けられています。

情報源を知られることは全ての終りであるため、接触相手、たれ込みすべてを疑わなければなりません。情報交換を求める新聞記者でさえも企業側に立つものがいるようです。

■企業発表を額面通り受け取らない



なでしこジャパンによるワールドカップサッカー優勝の話題でもちきりの頃、オリンパス社は外人社長の登用でメディアは驚きと好意に満ちたニュースを流しています。まだヒラ取締役でもない英国法人子会社の社長が本社25人の役員を飛び越して社長就任というニュースに著者は疑問に感じています。その引っかかりと深町(仮名)からの内部情報が結びついたことで背後の悪事へと繋がっていきます。
きれい事の内容から腐臭を嗅ぎ取れるかが能力であることがわかります。

■ 日本のマスメディアは信用成らないことを繰り返し自覚する



反撃を警戒しつつ、オリンパスの巨額損失隠しという最大のスクープをどこで発表するかで著者は逡巡します。
広告を出稿していない出版社はないか、影響力や読者層、または企業圧力に負けない体力など考え抜くと、日本にはスクープを発表できる媒体はあまりないのです。
週刊東洋経済や朝日新聞のアエラへ掲載を打診したこともしたそうですが、何も返答はなかったようです。「山口義正(やまぐちよしまさ)」は無名のフリーライターではありません。過去にもエコノミストといった経済雑誌、日経新聞で署名記事を連載しているのです。ところがその著者の企画提案には全く返答も連絡もよこしていないのです。このようなマスメディアの冷淡さに著者と深町(仮名)は失望していきます。

■監督官庁はあてにならないと自覚すること(東証もその一味)



東京証券取引所の公式回答は前述しました。
公益通報者保護制度という法律もザルです。
監督官庁、私にはわかりませんが、この場合は検察庁特捜部、財務省、証券管理委員会あたりでしょうか。どうにせよ、今回の事件は著者には幸運にも海外での報道が加熱してくれたおかげで特捜や警視庁捜査二課、証券取引委員会が動いてくれたのであると思います。
消防車を呼ぶにはたき火程度ではなく大火事である必要があります。独力で記事を燃え上がらせた著者の力量が推し量れます。

■プロライターは自分のスタイルを持つ



雑誌FACTAの名物編集長、阿部重夫氏の文体も本書では紹介しています。手直しをうけた原稿には強烈な言葉のスパイスがちりばめられており、読者はえげつない言葉とそのリズムに酔いしれるのです。「笑わせちゃいけない」「悪いジョークだろう」「トドメはこれからだ」と挑発する文言は阿部節と業界ではささやかれているようです。
著者もオリンパスのCMコピーをもじったりして阿部節に近づけようとしていますが、同じモノ書きとして格の違いを思い知らされている文面は、そのまま学問道場の執筆者と副島隆彦先生との関係のように思えます。(副島隆彦の場合は「ソエジー節」として2ちゃんねるやアマゾンの書評欄だけですが)

私のような読者は熱さを感じる文章を望んでいます。山口氏の次の著書ではなんらかの節がついているか、意地悪くも楽しみになりました。

■ジャーナリストの領分で悩むこともある



ウッドフォード氏はオリンパス英国子会社を成長させ、雇用を増やした功績で英国ではナイトの称号を与えられた名士です。著者は騎士道を重んじるウッドフォード氏へ一方的に肩入れすることは、時々ジャーナリストの本分から外れているのではと自問しています。
ウッドフォードと海外投資銀行との接触を密にすると無用な「外資脅威論」を刺激するかも知れないと憂慮しています。このように、こちらに義があるからとはいえ、過剰な肩入れはジャーナリストという立場上できないことを述べています。

■ ジャーナリストの教科書として読むべし



本文中には昨年3月26日に雑誌のルポのために震災直後の福島を巡り工場の被災状況を取材している記述があります。なんと同月同日には副島隆彦先生と我々弟子は第一原発へ突撃撮影を敢行して、奇遇なことに著者と我々はほとんど同時に小名浜港で打ち上げられた漁船群を眺めていたのです。

副島先生も雑誌社に記者の同行を打診したところ様子見を決め込むところばかりで、結局同行取材する社はなく三日間にわたる学問道場の単独行となったわけです。著者も雑誌記者の名目で取材を続けていますが、正社員との労使合意で危険地帯への取材は拒絶されてしまい、とばっちりで非正規社員である著者の記事は核心の危険地帯での取材はボツとなってしまったのです。

最後に、本書は単なる「ワンマンであった菊川剛前社長がオリンパスを私物化して巨額な損失を野村證券OBらと共謀して飛ばした経済事件の顛末」として注目され、やがて忘れ去られていってしまうでしょう。しかしフリージャーナリスト一人による孤独な戦いの記録でもあり、ジャーナリストという職業の手引き書としては末永く読み継がれることを望まずにはいられません。(了)
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isolation(アイソレーション)はモンロー主義ではない 
Wednesday, January 11, 2017, 02:34 PM
1/11 晴 10時 浅草での空間線量は79ベクレル/立法メートル

副島隆彦先生が学問道場でトランプ大統領(まだ”次期”だが実質ではすでに大統領だ)と支持者たちの解説をされています。


トランプ大統領の政策のisolationism(アイソレーショニズム)を孤立主義と訳す新聞社に対してまずは一刀両断。

アイソレートは孤立するという意味をそのまま意味も知らずあてはめているから訳がわからない。

覇権国家アメリカが孤立するわけがない。

副島隆彦先生は「国内問題優先主義」でないと意味が伝わらないと説きます。

ジェームス・モンロー五代大統領が1823年に演説したヨーロッパに対する相互不干渉の宣言をisolationismと混同するのですが、モンローが唱えたのは、ヨーロッパ諸国に南米の植民地化(侵略)を止めろと言ったことなのです。

南米大陸は(おそらくメキシコやカリブ海なども含む)アメリカの権益なのだと脅したのが真実。

建国浅いアメリカがヨーロッパに対して手を出すなと強い姿勢を示したことです。

副島先生が言うには、リージョナル・ヘゲモニー(地域覇権主義)のコトバだそうです。
(そして現在の中国も地域覇権主義です)

トランプのisolationismは国内雇用対策に他なりません。
その背景はアメリカのポピュリズム(populism)です。

副島隆彦先生はpopulismにも言及しています。これも「大衆迎合主義」などと訳わからない言葉に置き換わると何もわかりません。

曰わく『ポピュリズムというのは激しいアメリカ民衆の運動であって、首都ワシントンの政治家や官僚たちの支配をひっくり返してしまおうという、政治的動乱のことです。』

大衆は悪人なのか?

エスタブリッシュメント(支配階層)の立場から視ると悪人(いわゆる情報弱者、もっと言えば衆愚・愚民)だということ。

メディアは弱者擁護のフリをして支配階層の道具ですから、大番狂わせとなったトランプ大統領の登場にあたふたしているわけ。

アメリカの大多数を占める貧乏な市民の怒りは「怒りの葡萄」そのものです。

ポピュリズムはそのまま「民衆反乱」とすべき激しい言葉なのです。

これをポピュリズムだからと高を括っていると、手痛い目に遭いますよ。

間違いなくisolationismは圧倒的な支持をされているわけです。

グローバル企業の生産拠点が米国に移っても日本人には全く関係がない



トヨタがメキシコでの新工場を建てても、はたまた米国にも新工場を建てても、日本国民には関係のない話です。

トヨタの利益の6割は北米での販売からと言われています。

トランプのアイソレーショニズムで我々は打撃を受けるでしょうか?

実は全然関係ありません。なぜなら

グローバル企業は(本社のある)本国にはお金を持ち込みません



北米で稼いだお金は、別の国に再投資されていくだけなのです。または金利の高い国(通貨)となって税金の安い国に貯えられていくだけ。

トヨタやホンダが日本以外のどこに工場を建てようと、日本国民にとっては一銭の関わりもないのです。

トランプのために大変だ大変だと騒いでいるのは日経だけ



日刊経団連新聞が騒いでいるだけです。

アイソレーショニズム大賛成!くたばれグローバル企業です。

EUも右翼政権が次々誕生して、EUはガタガタになっていくでしょう。脱退する国家もこれから出てくるかも知れません。

まさにこれから数年間は大変動と革命の時代になります。ポピュリズム(民衆反乱)の時代が鮮明になったからです。

日本では元号が変わるのは社会動乱を鎮めるため



元号は天皇が交替すると変更されるものと思われていますが、過去には天皇の即位とは別のタイミングで行われることも度々あるのです。

災害や飢饉といった天災や動乱が起る度に元号は変えられたのです。

近い例では江戸末期の孝明天皇のときは数年毎に変わっています。

元号を変えることで怨念を鎮めるとされたからです。

2019年元旦から新元号になるというのはタイミング的にどんぴしゃです。
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運輸業界はパンクしました 
Tuesday, January 10, 2017, 11:46 AM
1/10 晴 10時 浅草での空間線量は68ベクレル/立法メートル

いまも正月休みで急増した荷物で、宅急便業者はパンクしている状況です。

当方でも発送荷物の不着事故が二件発生しています。
東京都内の配送が三日もかかってしまう状況です。

宅急便のウリである翌日配達は年々難しくなっている



メール便(ポスト投函型小荷物)はほとんど止まっているでしょう。10年前でさえクリスマスに出した都内宛てのメール便が二週間もかかったことがあります。それ以降は郵便物はレターパックに切替えました。

ただ受け取り側にも原因がありまして

不在による再配達の頻発が一気にボトルネックとなっている



共稼ぎや一人暮らし世帯が多いので、再配達の二度手間で物流の末端が詰っているのが現状のようです。
これだけ遅配や紛失が発生していると言うことは、宅配業者の受入れ容量をはるかに越えているのでしょう。

私もそうですが不在連絡票がポストに入っていると、申し訳なく思います。

集荷して、まとめて、配送地域へ送って、配達する

最後の配達はどうしてもルーチンワークにならない。受け取り側の都合があるからです。

このボトルネックを解消できる企業が、宅配業者の覇者となるのでしょうね。

トラック輸送の積荷の最適化や集荷経路の最適化は通信技術の発達でコンピュータが計算してくれるのですが、やがては我々受取人の属性(プロパティ)まで配送システムに組み込まれていくでしょう。

たとえば、ここは一人暮らしだから夜間にしかいないとか、妻は在宅しているが夕方は不在がちだといった情報です。

たぶんすでにあるんだろうなあ。

でもさらに人工知能で効率化は進んでいくでしょう。宅配で人が介在するのは玄関口に運ぶだけ。

アメリカでは末端の配達をシェアリングで補いつつある



海外では自宅や別荘を旅行者へ一時的に貸し出したり、自家用車を相乗りやタクシーとして営業できることも開放しています。

Amazonも配達は専門業者ではなく、フリーランスへの委託が増えていくようです。

リソース(人力、設備、時空間)を自社で持たず、下請業者、さらには一般人にまで広げていく試行が進んでいます。

日本だって年末年始や連休といった繁忙期にはパートのおばちゃんを掻き集めたり、学生で賄ってきたのです。ニュースでやっていましたが、パートはもう集まらないのだそうです。

安賃金の単純作業なんて誰だってやりたかねえよw



明治に郵便制度ができたときに、郵便局は地域の名士や地主が設立しました。郵便局長は地域の顔役であったのです。(現在も特定郵便局という名称で存続しています)

そこには郵便を委託される矜持もあり、利用者側からは絶対的な信頼があったのです。

だから日本郵政の民営化など私は大反対です、いまでも。

クロネコヤマトや佐川急便といった民間に欠けているのは「配達地域での信用力」に他なりません。見ず知らずの者が運んでくるか、その土地に住む者が運んでくるかという違いだけです。

郵政の民営化前の話ですが、アルバイト禁止の学校でも年末の郵便局だけは学内で募集されてたっけなあ。ただ子供の感覚では正月に働くのは貧乏ですと広言しているようでバツが悪いものでした。

いま思えば一度体験しておけば良かった。

民泊、白タク、貨物業が解禁されたら質は下がっていくでしょうが、IT時代には避けられないでしょうね。当方の遅配や紛失も配達するアルバイトが原因でした。

身体が空いて時間はあるという人たちは、昔は農林業ですが、これからは運輸業も必然的に吸収していくでしょう。

法律改正が必要となるので、あとは政治判断です。
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「洛中」の選民意識はたまらなく嫌いですが、ご当地の人たちは意に介しません 
Monday, January 9, 2017, 12:06 PM
1/9 小雨 10時 浅草での空間線量は67ベクレル/立法メートル

新書大賞2016第一位の帯が踊る
「京都ぎらい 千年の古都のいやらしさ、ぜんぶ書く」 井上章一著 朝日新書
を新幹線の中で読みました。

旅行雑誌や鉄道会社のCMで京都に憧憬する方も多いことでしょう。さらには教養があると言わんばかりに「京都は日本の誇る観光<資産>」だというテレビタレントもいますね。

あっ、一言で京都KYOTOと言いましても

京都府と京都では指している地域が違いますから



本書では嵯峨(さが)生まれの著者が洛中(京都市の中心地)出身の著名人に無意識下で蔑まされた経験を語っています。

京都御所から西に位置するのが嵯峨で、東に位置するのが山科(やましな)です。ここらへんも洛中の人から見れば京都ではないということ。南の伏見や宇治も京都ではないらしい。

京都府は広いですから、京都と一言で表しても、ぜんぜん普通の住宅街もあります。というか日本海まで京都府なのですから田舎が実際は大部分です。

古寺名刹(こじめいさつ)がなければ単なる枯れた地方都市



メディアが創り上げた幻想(思い込み)というフィルターを外すと、実際はそこらの地方都市となんら変りません。

安っぽいネオン街はあるし、柄の悪いところはとことん悪いですし、暴走族も走り回ってます。

京都の人はしっとりした落ち着きがあるなんていうのは、勝手なイメージです。

京都弁のヤクザ者は怖いですw



大阪弁は早口でまくし立てるようなイメージを多くの人がお持ちでしょうが、大阪でも中心地の商人弁、東側の河内弁、南部の泉州弁、北部の京都弁に近い方言があります。それぞれぜんぜん違います。

京都弁はゆったりしゃべって、語尾に念押しで「〜ねん」「〜へんなぁ」「〜わぁ(かぁ)」、丁寧語で動作は「〜しはる」(例:誰それさんがそないに言いはるねんわぁ)とおばちゃんっぽい話し方w

大阪弁は語尾が「〜や」「〜わ」で終わるほうが多い。(河内弁はもっと汚く「〜じゃ」「〜け」ですが、今はあまり聞きません)

京都の方は意識してなのか、抑揚を抑えて丁寧に話すように聞こえます。
ただ言っちゃうと、京都弁は大阪ではあんまり好かれません。人や立場によっては慇懃無礼(いんぎんぶれい)に感じるからです。

俳優の松方弘樹や近藤正臣が悪役をやっても様になるのは、その顔立ちからではなく、京言葉で本音が隠されているようで不気味に感じます。

ぎゃくに温かみがあり、ほっと落ち着くのも京都弁なんですが、頑なに特有の言い回しを守っているのも京都弁ということ。

存外に「自分は京都(洛中)の人間なんだぞ」という自意識が見え隠れしているというのは、私のうがった見方でしょうか。

京都経済は俺達坊主がいるからという思い上がったコンセンサス



京都の寺院と坊主ほど謙遜や謙虚という言葉から縁遠い存在はないと思います。

祇園を支えているのは坊主だと、なまぐさ坊主は胸を張り、
写真を撮るだけでも金を要求し、ライトアップでまた料金を取る。しかし税金は一致団結して跳ね除ける。
その銭ゲバぶりは本書を是非読んでみてください。

観光都市として盛り立てているのは、精進料理を提供する料理人の工夫や風情の演出に苦心している宿泊業者などです。

その頂点に名刹の坊主がいるという階層が京都にはあるのです。

京都の観光地の人工的な景観が好きか嫌いか問題



拝観料による収入と観光に落ちるお金が京都の景観をよくしていることは認めます。

ただ私はあまり好きではないのです。戦場となった京都は明治では荒れ果てていたそうです。また寺院の領地も大部分は新政府に没収されていきました。

荒れた京都の古寺名刹に驚き、再生に尽力したのが大久保利通なんだそうです。

このように前半は京都市とその周辺の住民の複雑なアイデンティティの吐露と後半は観光都市・京都の歴史の背景となっています。

各地域への成り立ちを通して著者の郷土愛も感じさせます。

私は歴史が好きなのであって、決してハードウェア(建築物)そのものが好きなわけではありません。

この著者は建築研究家なのですが、同じ感情をもっているように感じました。

巻末のエピソードの話です。

数字の「七」を「ひち」と呼びますが、これは関西方面の方言だそうで、朝日新聞によると「しち」なんだそうです。

七条通は「ひちじょうどおり」であり、決して「しちじょうどおり」ではない。
四条と聞き間違えると京都人は憤懣やるかたなしだそうです。

京都嫌いの私でも「七」を「しち」に統一する国語政策には反対です。

京都観光にはぜひ携えて。別の視点で楽しめること請合います!



過去ログ: やしきたかじんもウルフルズも京風弁です
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六城ラヂウムはネット通販業者なのか? 
Sunday, January 8, 2017, 11:37 PM
NHKスペシャル 巨龍中国「14億人の消費革命〜爆発的拡大!ネット通販〜」を観ながら書き込んでいます。

中国のショッピングサイト淘宝(タオバオ)の出店業者を追ったドキュメンタリーです。

李克強が進める景気政策で、内陸部への消費財(衣料や日常品)の通信販売が伸びています。

僻地でも沿岸部と同じ流行の商品が手に入るので人気なのです。

しかし通販業者は100万とも言われており、薄利多売そのものです。

仕入れて売ることはネットで簡単に参入できるようになりましたが、ハイリスク・ローリターンの典型です。

ネット販売こそ資本力が必要である



商売はすべてそうですが、小資本ではできません。とくに初期投資はとても重要です。
パソコンかスマホ一台用意したから通販業ができるかといえば、答えはNO。

AmazonやYahooショッピングに出店するには、まず審査に通ることが必要ですし、クレジット決済にも信販会社の審査に通ることが必要です。

いわずもがな仕入れ代金も必要です。

案外抜けているのが毎月の固定費として宣伝費が必要であるということ。

新規参入業者が何もしないで、いきなりネットで注目されるわけがない。

だから宣伝費も維持費のうちなんです。パソコンだけで経費がかからないと思われがちですが、最低でも年間数十万円はかかります。しっかりしたWebサイトを構築するとしたら50〜100万円はかかってしまします。

Webを自分で作れたらそれが最善ですが、六城ラヂウムも当初は何人かのWebデザイナーに外注したことがあります。

でもねえ、私の理想・考えを理解してもらえず、結構時間とお金を無駄にしました。
今は信頼するパートナーがこのWebを構築してくれて、ほんとうに感謝しています。

私の場合、ネット通販をやりたいという目的で六城ラヂウムを開設したのではなく、あくまでも販売の補助的なものでした。

最初の六城ラヂウムのサイトは凝ったものではなく、簡単なHTMLを書いて載せただけです。写真も数枚だけ。

注文はボタンをクリックして注文となるのではなく、わざわざ電子メールかFAXのみです。

当時流行っていたFlashやアニメーションは一切排除しました。なぜなら当時のネット環境では画面が重くて、スクロールもできなかったからです。だから文字だけ。

最初の注文を今でも覚えていますが、電子メールでした。

何度も読み返して本当なのか逡巡しました。そしてとうとう注文された方に電話をかけて、本当に購入するつもりなのか確認したぐらいです(笑)

だって一日のアクセス数は数件(というかほとんどゼロの日ばかり)だったからです。

Yahooに広告を出したことで徐々に一日100件200件とアクセスだけは上がっていきました。それでも注文をいただけるとは当初は思ってもいませんでした。

パソコンで私の知らない方が、なんらかの理由で訪れてくれているという新鮮な感動だけでした。

開設しても5年間は非常に不思議な感じでした。(当ドメイン開設は12年目経過していますが、それ以前の個人サイト時代を含めれば15年目となります)

六城ラヂウムの店主である私をご存知ではないし、私からも年齢性別がわからない方と商品と金銭のやりとりが発生するわけですから。

信頼していただいたお客様への感謝をしない日々はございません



こうして六城ラヂウムの看板を上げていられるのは、ほんとうに日々アクセスしていただいているからこそです。

現在一日2000件程度です。通販サイトとしてはあまり自慢できる数値ではありません。

一般的には2万アクセスが通販サイトの合格ラインだと言われています。

だから六城ラヂウムは落第サイトなんです(笑)

六城は通販業者だとは自分では思っていない



先日の同窓会で私の稼業を通販業者と紹介されました。あれっ?俺って通販業なんだっけと一瞬考え込みました。

一般に通販業というと、自分で売れ筋を仕入れて、それを店先にみたてたWebサイトで販売するものだと思うのです。

たとえば農家の方が自分の畑で採れた野菜を通販で販売したら、はたして通販業なのでしょうか?

近所に樹木医の植木屋がいますけど、ネットでアドバイスしたり盆栽を販売していますがネット業者ではありません。

私もそうで、あまり通販業者という自覚はそれほどありません。

発信したいという欲望の発散の場が六城ラヂウム



日本を変えたいとか世間に働きかけるというほど大げさな野望はあまりないです。

ただこういう考えの男が一匹いる、それだけなのです。

NHKスペシャル 巨龍中国「14億人の消費革命〜爆発的拡大!ネット通販〜」に話を戻しますが、通販に参入した若者達を眺めていると、あまりにも普通の若者すぎて購買したいという魅力を感じませんでした。

生き残るサイトには毒、狂気、エゴ、エロス・・・際立ったものがなにか一つは必要なのです。

紹介されていた通販サイトの若者達にはそれがないのです。平凡で貧乏な若者。

深夜も注文と発送に忙殺されているだけでした。コンビニ店主と変らないじゃないか。

繰り返しますが、通販は自己主張がないといけないのです。

だから頭がすこしイカれているぐらいが、経営者には向いているかも知れませんよ。
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「無限小」という概念はカトリックで生まれ、そしてイエズス会により排除された。そして「新哲学」となってイギリスの市民革命へとつながった。 
Sunday, January 8, 2017, 05:24 PM
1/8 曇雨 10時 浅草での空間線量は68ベクレル/立法メートル

一昨年2015年8月に岩波書店より発売された「Infinitesimal 無限小 世界を変えた数学の危険思想」(アーミア・アレキサンダーAmir Alexander
足立恒雄訳)の書評をします。この本はアメリカでベストセラーとなっています。

さわりはこちら→過去ログ:数学はプロテスタント系とカトリック・イエズス会系があるのです

本書は17世紀のイタリア・イエズス会による神学論争がイギリスの市民革命へ結びついたという話です。

カトリックの急進勢力イエズス会による「無限小」の排除運動と数学者への弾圧が、イタリア・ローマからイギリスへ舞台が移り物語は大転換します。

イギリスの哲学者トマス・ホップス、そして清教徒の数学者ジョンウィリスにより「無限小」という神学的見地が思想に新風を呼び込み、数学のパラダイムシフトがやがて議会制を求める市民革命のバックグランドとなっていった過程を、<数学という思想>で解説した本です。

プロテスタントの数学者たち、ニュートン、ライプニッツが微分法の発明に結びついたという単純な数学史ではなく、それまでの数多の数学者達の紆余曲折がよくわかります。

■イエズス会は対プロテスタントとして組織された



まず私が初めて知ったのですが、イエズス会とはルターの宗教改革(1517年)から33年も経って拡大するプロテスタントへの対抗として創られたカトリック信奉者の団体であったと言うことです。

イエズス会の創始者はスペイン・バスク地方のイグティナウス・デ・ロヨラ(1491-1556)という貴族出身の騎士です。彼がフランスとの戦いで負傷し治療中に啓示を受けたことにより、フランシスコ修道会に身を投じます。


しかしフランシスコ修道会は彼の異常すぎる熱心さに危機を抱き、すぐに追い出してしまいます。失意のイグティナウスは出身地のスペインに戻り、騎士道に沿った規律の厳しいイエズス会を立ち上げるのです。

■イエズス会は教育こそ最大の布教の武器と考えた



イエズス会はコレジオ・ロマーノ(Collegium Romanum:現在のグレゴリアン大学)という高等学問機関を設立し、プロテスタント勢力が及ぶ諸国から若い学者や貴族の子弟を募集しました。



反教皇の勢力が拡大することに危機を抱いたイグティナウスはローマに学校を創って反撃にでたのです。
そこでは伝統的な幾何学を基礎とした数学を発展させたカトリック教義に沿う物理天文学を研究していたのです。

この戦略は劣勢であったカトリックの勢力の挽回に大きな原動力となりました。

ヨーロッパ中の知識人・科学者はコレジオ・ロマーノで学び、そしてローマ教皇の強力な庇護を授かったイエズス会が反プロテスタントのネットワークを形成していったのです。

そのなかでも重要で中心となった人物はガリレオ・ガリレイ(1564-1652)です。


■ガリレオは天動説を支持したから宗教裁判に掛けられたのではない



それではなぜガリレオは宗教裁判に掛けられたのでしょうか。

1521年の冬、ドイツの修道士・神学教授であるマルティン・ルターが、ヨーロッパ全土を統治するハブスブルク家出身の権力者・皇帝カール五世に免罪符に関する質問状、「95箇条の論題」を教会の門に貼りだしたことからプロテスタント(抗議という意味)派がはじまります。

カトリックから異端者として迫害されたルターはザクセン国のフリードリッヒ公に匿われます。この動きはヨーロッパ諸国に拡がり、プロテスタント派はメディチ家から擁護されて、芸術科学の進展に大きな影響を与えていきます。

一方では同じメディチ家のトスカーナ大公の庇護で研究を続けたガリレオは、科学者ではなく神学者という肩書きも得ていました。科学者ではなく神学者(哲学者)のガリレオに対してイエズス会は執拗な攻撃を加えたわけです。

ガリレオへの攻撃はイエズス会によるメディチ家への攻撃であったのです。政治的対立が原因でガリレオは失脚させられたのです。
私(六城)はこれまで科学の発展はルターの宗教改革により、教義解釈が拡大されて例えばコペルニクスの地動説やニュートンによる物理法則、ライプニッツによる数学の発展が行われたのだと思っていました。

これが大きな過ち(勘違い)でして、実際にはローマカトリックでもアリストテレスが唱えた古代幾何学を継承しつつも、数学者(天文学者)は日々格闘していたのです。

ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)が天体望遠鏡で月を覗き、木星に4つの衛星を発見したことにより、カトリックでも地動説は容認されつつあったのです。

■カトリックは伝統的な幾何学(図形による解析)から無限小という概念に辿り着いた



線分(一本の線)を拡大していけば、それは点の集まりになります。線は点の集まりだと小学校で習うでしょう。

面は線の集まりだと考えられます。糸が並べば布になるように、面とは線の集まりに分解することができます。立体はその面の集まりとされます。

形あるものは面の集まりであり、それは線の集まりに分解され、それはつまり点の集まりと幾何学では考えます。
3Dプリンターが細いノズルで樹脂を積み上げていくと、やがては複雑な立体となることと同じです。

ところがカトリックの自然哲学においては<それ以上の小さい事象は考えてはならない>とされてきました。

なぜなら極小の世界は創造主のみの世界だろうということ。小さいことを追求して行けども、そこには行き先がない。だからそれ以上の探求はしてはならないという不文律があったのです。

「いくら拡大しても見えない<点>は<存在する>といえるのか?」
「いくら拡大しても幅を持たない<線>は線と定義できるのか?」
「面積や容積がないことを存在しているとは矛盾に満ちた定義である」

これが幾何学を基礎としたカトリック教義による無限小への回答です。

現代物理学でも、原子のつぎは素粒子、素粒子の先はクオーク、クオークの先は・・・と順繰りに続く追いかけっこが命題となっています。
やがて空っぽの空間となり、それは物質といえるかということ。

■無限小の概念はカトリックの科学者であるガリレオと弟子のカヴァリエリ、トリチェリの最大の成果である



2000年ものあいだアリストテレス(それがやがてスコラ哲学へとなる)を宇宙観の基礎としたキリスト教カトリックとしては、神が宿る領域(細分できない微小や数えられない無限大)の定義は、そのままキリスト教の瓦解(イデオロギーの破壊)を意味することとしてキリスト教徒のタブーとされたのです。

幾何学のパラドクスへ好んで挑み続けたのがガリレオであり、その弟子であるカヴァリエリとトリチェリでした。

カヴァリエリは体積や面積の求め方、トリチェリは真空を発見した物理学者として知られています。

(カヴァリエリの像)


(トリチェリの画像)



■ジョン・ウォリスという清教徒の数学者が神学論に新たな新天地「無限小」を切り拓いた



高校から習う微分積分はニュートンやライプニッツが発明したものだと単純に教わってきました。ある日突然閃いたかのように思い込んでいました。

これも大きな誤りで、イギリスの王権を守る勢力と議会主導を唱える勢力の闘争の過程で、確立した数学の新天地が「微分積分」であったのです。

教条主義に凝り固まっていた数学という神学論に新たな概念を吹き込むことで、ジョン・ウォリス(1616-1703)という清教徒の数学者はエクレイデス(ユークリッド)幾何学との融和を図ったのです。

無限小という概念は強力で、17世紀中盤から、物理学に「新たな真理」がつぎつぎ発見されていきました。
これを後世の我々は近代化と呼んだのです。


この本の書評は「副島隆彦の学問道場」に掲載してもらいます。
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お正月終了 
Saturday, January 7, 2017, 05:48 PM
本日でお正月休みは終了です。この一週間でなんと体重が2圓眩えました。温泉の体重計で驚きました。
人とはこんなに簡単に体重が増えるものなのだなあ。

さてそこで散歩に出かけました。
自動車で行くことをやめて、あえて電車で歩きます。

さてここはどこでしょう。ちょうど「頭のてっぺんの部分」です。

掘りに沿ってひたすら歩きます。


ずいぶん街並がきれいに感じます。むかしは猥雑な場所でした。



























ひたすら歩く











赤いアクセントがあり、ここらへんがちょうど腰の部分かな












ここらへんはちょうど「足元」にあたります。









もうおわかりでしょう。宮内庁の看板が掲げられています。

堺市の三国ヶ丘駅から大仙公園への経路です。


自転車の町ですから、大仙公園に自転車博物館があり、そこで知人と待ち合わせをしていたのです。

政令指定都市となった堺市は観光資源に力を入れています。

街並や駅舎もずいぶん変わりました。

仁徳天皇陵と称したのですが、今は大仙(だいせん)古墳という名称になっています。

仁徳天皇という説は確証がないからです。有意義な1日でした。

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道明寺合戦:後藤又兵衛終焉の地(小松山古戦場)を望む 
Monday, January 2, 2017, 02:53 PM
慶長20年(1615)5月6日、大阪夏の陣で後藤又兵衛が奮戦した小松山に行ってみました。
真田(信繁)幸村と後藤又兵衛が徳川勢を迎え討ったという場所です。

過去ログ:九度山の真田庵はこちら→和歌山県紀ノ川沿いを散策する(真田庵・慈尊院・華岡青洲の史跡)

幸村軍と道明寺での合流が叶わず、後藤又兵衛は単独で小松山(現在は柏原市玉手山公園という名称)で立て篭もり奮闘します。

この山頂には碑が建てられているそうですが、なんと3日までは休園でゲートは施錠されていました。しかたないので、大和川の支流・石川からの遠望だけであきらめます。


徳川方の伊達政宗軍は、小松山から石川を渡り、誉田八幡(こんだはちまん)へと兵を進めますが、そこで真田(信繁)幸村軍の奇襲に遭い、足止めされました。



写真のマンション方向が誉田八幡です。
真田軍はここから大阪城方面の茶臼山へ退きます。

道明寺や誉田八幡への道には古戦場であったという碑があちこちにあります。が、車線は一本の古い街道なので自動車ではなく、歩きでないと見つけることはできないでしょう。

久しぶりにお参りしようと勇んで出かけたのですが、誉田八幡・道明寺もこの時期ですから、駐車スペースはなく、素通りしただけでした。昔は歩いて初詣に行っていたのです。

ガキの頃住んでいた地域なのですが、そんな歴史がある土地とは知りませんでした。
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30年ぶりの同窓会 
Saturday, December 31, 2016, 01:22 PM
田舎に帰って30年ぶりという高校の同窓会に出席しました。
やっぱりというか案の定というか、当時の先生は10年前には亡くなられていました。
満州引き上げ組だったから、存命であっても相当のご高齢だとは思っていましたからしかたがないです。

正直申し上げると、あまり勉強は好きではなく、学校生活も楽しかったという思い出はあまりなかったのです。

一番人口層の厚い世代ですから、一学年10クラスに47人学級で、小さな学校に増設されたプレハブ校舎でした。

粗製濫造のバブル世代



惰性で通うぐらいならいっそ行かない方が、なんらかの方策が見つかるのではないかと、弱い頭で思っていたぐらいですから。

高校2年生のときに共通一次試験の科目選択を見据えて、理系か文系という選択をさせられます。

数学も物理も英語も国語も歴史も(笑、つまり全科目)嫌いだった私ですが、単にかっこいいからという理由だけで「理系」としました。

今思えばどうでもよい選択を学校は馬鹿にさせるものです。

国語の古典の担任だった先生と面談をしたのですが、ぽろっと「おまえは文系の方が意外と向いているぞ」と言われたことを覚えています。

アホガキだった16歳の私は、国語は嫌いだし、古文なんて暗号文の解読のように思っていたので、そんなことはあり得ないと思っていました。

愛読書は少年ジャンプしかなかったし。

そんなアホガキが後年、吉村昭を愛読し、国語の教科書で読んだだけの森鴎外について論評するなどとは当時は考えも及びませんでした。

数学も物理も大嫌いな授業であったのに、偶然の幸運で大学に入ることができ、そこから社会人となっても苦しめられる(祟られる)とも思いませんでした。

心の内では逃げているつもりなのに、歳をとればいつのまにか近づいていくというアベコベの結果となっています。

正月休み中に数学書を一冊読み上げるつもりでいます。
過去ログ:数学はプロテスタント系とカトリック・イエズス会系があるのです

30年の月日とは不思議なもんだなあと、30年ぶりの同級生とあって感慨を抱きました。

これから30年で自分がどのようになっていくのかというのもわかりませんね。

時が流れるというのは、河に例えられますが、果たしてそうでしょうか。振り返ってみれば決して時間とは水が流れる如き悠久の流れとは感じません。

何本も並んでいるベルトコンベアを渡り歩くようなもの



終わりのない<あみだくじ>を延々とやっているようなもの。
そんなもんじゃないのかな。ちょっとした弾みで違うコンベアで運ばれてしまう。

だから現状がそのまま続くということはありえない。
自分の意志や目標というものは一生の中ではそれほど重要ではないと思うのです。

目標と結果は全く異なることがあるからです。

私の年代では子供がたいていは受験期です。でもねえ100人いたら百通りの生き方になるわけで、親や自分自身がこれから先を思い描くことなどできるわけがない。

ずっと自立する方法ばかりを考えているガキでした。

30歳で副島隆彦先生と出会い、この思想こそ「リバータリアン」という反権力、反国家、
反官僚、反税金、反過剰福祉、反国家干渉だということを知りました。

自分のことは自分たちだけで解決する、そこに国家が干渉するなというアメリカ建国の精神です。

私は教育機関や親が教えることはそれだけで十分だと考えます。

高校生のときに熱中していたのは、キャンプでした。オートバイや自転車で山中に分け入り、焚火でメシを炊いて、寝る。そのまま大学時代もテントを積んで旅をしていました。

コンビニ弁当を喰っているようじゃ碌な大人になりませんぜ(笑)
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六城ラヂウム休業期間のお知らせ 
Wednesday, December 28, 2016, 10:23 AM
12/28 快晴 10時 浅草での空間線量は83ベクレル/立法メート



今年一年ありがとうございました。来年7日より通常業務となります。
良いお年越しをお迎え下さい。
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芸能ゴシップはテレビの稼ぎ頭でしかない 
Tuesday, December 27, 2016, 01:19 PM
12/27 雨 10時 浅草での空間線量は83ベクレル/立法メート

今朝のNHKまでSMAP解散を取り上げてました。どうでもいいニュースの筆頭です。
最後の番組の視聴率は27.4%だったんだとか。
テレビ世帯の半数ぐらいが番組を観たのでしょう。

私はその時間帯はテレビを点けていないので端から興味がない。

これで儲けたのはテレビ局と広告代理店でしょう。もっともレコード会社も過去のレコードをまとめて

SMAPの歳末大売り出し状態でウハウハ



B層を踊らせるには最高の題材です。
どうせ年が明ければ、また何も無かったように元SMAPの面々がテレビに出るだけです。

テレビもラジオでも急にファンを自称する人たちが増えてコメントを残しています。
子供の頃から聞いてましたとか、リクエストしますとか。

私はいい歳こいたテレビタレントとしてしか見てません。

ラジオでも山下達郎のクリスマスイブに次いで、四六時中SMAPの世界だけの花が流れてました。
うっとおしいです。

テレビやラジオ番組の製作者側としては楽だろうなあと思います。
とりあえずネタ枯れの中で鉄板ネタとしてSMAP特集でもやっとけばいいのですから

SMAPのおかげで一休みできる


これが裏方の正直なところでしょう。

ちっくだらねえ。

運行を止める鉄道車両を撮りに集まるという群衆心理となんら変わらない。
鉄道会社の本音は迷惑な存在なんだとか。

テレビにしっかり目と耳を傾けるのは、天気予報と交通情報ぐらいです。
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自動車の発明の方が自転車よりも早いという盲点 
Monday, December 26, 2016, 02:23 PM
12/26 曇 10時 浅草での空間線量は77ベクレル/立法メート

ヨーロッパの工業史を調べております。意外と自動車工業の成り立ちって一般には知られていません。

自動車は三輪自転車の技術を取り入れて生まれた



自転車はもともと馬車の車輪を使って、足で蹴る乗り物として貴族の遊びとして流行しました。
ホビーホースという乗り物です。

足で蹴るのが邪魔くさくなって、前輪にクランクをフランス人鍛冶屋が付けました。

鉄が大量生産される頃になると、馬のいらない乗り物として上流階級で使われ始めました。

今のように二輪になる前は三輪・四輪の方が主流であったのです。馬車をそのまま人力にしたようなものですから。

当時の舗装は道を砕石と石灰で固めただけで、雨だと滑るのでずいぶんのどかにゴトゴトと走ったそうです。

最初はペダルと車輪は直結していたのですが、のちにギアが組み込まれて変速できるようになります。

三輪や四輪はカーブでは内側と外側で回転速度の差ができるので、それを吸収するギア(差動ギア:デファレンシャルギア)が発明されました。

こうして人力三輪時代が続きます。

ここまで来たら言わずもがな、小型の内燃機関(ガソリンエンジン)が登場すると、人力がエンジンに置き換わっていくのです。

1880年代にはベンツが最初の自動車を創ったことになっています。(それ以前にも蒸気エンジンの車はあった)

なんとその頃には、電池を積んだ電動自動車もすでにありました。

自動車が登場する50年前には蒸気機関車による鉄道網が先進国では出来つつありました。日本では江戸時代末の頃です。欧米では電信電話が普及して、大西洋横断ケーブルまで施設されていました。

だからガソリン自動車ってのは結構遅く登場したのです。(明治の中頃ですからね)

自動車が登場してから自転車が普及していった



前輪後輪が同じサイズの現代の自転車の原型が登場したのは、ガソリン自動車が登場してから、さらに遅くて20世紀になってからなんです。

それまではダルマ自転車もあったのですが、とても高価で貴族や金持ちの乗り物でした。実用的な乗り物ではなく、度胸をみせびらかすための道具であったのです。

なんで自転車の発明がそれほど遅かったのかというと

チェーンが発明されなかったから



歯車を組合わせて車輪を回す方式は、三輪四輪自転車の頃には完成していたのですが、軽量で信頼性のあるチェーンはなかったからです。

やがて空気入りゴムタイヤが登場して、自動車、自転車、オートバイ産業が興隆していきます。

自転車産業が自動車やオートバイ産業へとなっていった。最初の飛行機を飛ばしたライト兄弟も自転車店を経営していました。

鋳鉄や歯車を使うミシンメーカーが自転車・自動車産業となっていった例もあります。

自動車の変速機構やステアリング機構、差動ギアなどは、元々は三輪自転車で発明された機構だったのです。

二輪の自転車が人気となり、人力の三輪車四輪車は消えてしまいました。

でも昔のイギリスやフランスでは、人力自動車が馬車とまざって走っていた風景を想像すると、ずいぶん優雅で楽しそうです。

19世紀の一番速い乗り物は蒸気機関車で、それでも時速20キロ程度。馬車では時速6キロだったんだとか。

初期の自転車はヴェロシペデ(Velocipede:馬の駆け足)と呼ばれていました。

その当時では時速10キロぐらいでも十分速かったのですね。
テクノロジーが発展して、何か良いことがあったのだろうかと思います。
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ノロウィルスには注意すべきだが、過敏はよくない 
Saturday, December 24, 2016, 11:58 AM
12/24 晴 10時 浅草での空間線量は78ベクレル/立法メート

牡蠣の美味しいシーズンですが、4年前の流行に迫る勢いで感染性胃腸炎の患者が増えているようです。

牡蠣鍋や牡蠣フライを先日食べましたが、ノロの大流行を知らず生牡蠣を注文するところでした。

外出したら手洗いの励行、罹患者がいたらトイレ、床、ドアノブと触れるところは塩素系漂白剤による除菌といった対策が肝心だそうです。

ノロはブドウ球菌と並んで食中毒の代表的なばい菌です。

現代人は熱を加えることで、食物の消化を良くし、感染も防げたわけです。

そのおかげで腸が短くなり、頭蓋骨の脳の容積が増えたことで類人猿よりも知能も増えたと言われています。

こうして食生活の変化が、少しずつヒトの容姿を変えていきましたとさ。
とダーウィンは進化論で述べています。

進化は自らが行ってきたという説は嘘



猿とヒトの中間が居なくてはなりませんが、そのようなヒトは見たことがありませんし、発掘もされていません。

つまりグラデーションのようになだらかに進化したのではなく、突然新種が現れてくるということ。

オリジナルとDNAが少し異なるだけの生物がいきなり現れるのです。
これは生物学での謎とされています。

生物の進化はウィルスによって成されてきた



中世や近代においてもヨーロッパではペストやチフス、赤痢といった疫病がときどき大流行しています。

日本でも開国で外国船が来ることで、日本にも広まり多数の死者が発生しました。とくに幕末では赤痢はコロリと言われて致死率は高いものでした。

江戸中期の天然痘もオランダ船がもたらしたと考えられています。

そのたびにヒトの体内細菌も新たな外敵のウィルスへ攻撃性をもっていったし、免疫細胞もウィルスを学習していきます。種痘や予防接種はあらかじめ弱い菌で感染させることです。

原始的なウィルスはDNAの運び屋(career)でもある



寄生先の細胞核に侵入して、DNAを組み込むことで感染させます。このメカニズムによって進化していくという説があります。

感染した世代が何世代何十世代を経て、種の大部分を占めるようになる。

そしてまた感染した(DNAが変質した)世代が生まれ、そして種の大半に置き換わっていく。

先日、床屋の店主と散髪の間に雑談をしていました。・・・くみ取り便所だったとか、下町では井戸が使われていたといった類の話です。

「俺たちのガキの頃はギョウ虫や回虫の検便ってあったよねえ」

「あれであとでこっそり職員室に呼ばれたんだよ」

「いや、俺は朝礼で壇上から発表されたよ(笑)」

「えっ、ひとりふたりじゃないの?」

「いや、クラスで何人もいるから別に珍しくもない。毎年連続の奴もいるし
農家のガキばかりで、通学路は野壷がいたるとこにあった」

「放課後はドブや溜め池で亀やザリガニ釣りしたり遊んでたけど、よく考えれば生活排水が流れ込んでたから汚ねえの」

日本で癌が死亡理由の第一位になったのはたしか1970年代以降です。それまでの原因は圧倒的に伝染病でした。水洗便所と下水の発達からです。

しかしその下水からのノロウィルスが、ふたたび魚貝を通して人間に復讐にやってくるのですから、因果は巡るモンだなと思います。
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荻生徂徠(おぎゅうそらい)の墓は三田の慶応大学のすぐそばにある 
Thursday, December 22, 2016, 10:57 PM
目黒に所用があり、暖かいので自転車で出かけました。
港区は馴染みの場所なので、名所旧跡もよくわかっているつもりです。

東京タワーを横目に、慶応大学を過ぎて魚覧坂(ぎょらんざか)方面を抜けて目黒駅までいこうという算段です。

慶応大の横にある二郎ラーメンは昼どきはとうに過ぎているのに行列が出来てました。20年近く前、まだネットで有名になる前に食べたことはあります。が特に狭くて汚いラーメン屋という印象しかありません。

豚の脂の臭いが漂っています。
それを振り切るようにペダルを漕ぐと、ふと道路脇に『荻生徂徠の墓』という石碑がありました。

このみちは何度も往復していますが、いままで気付きませんでした。

「おぎゅうそらいかあ」

とくに急いでいく用事でもないので、お墓を覗いていこうと思います。

荻生徂徠という人物は、江戸時代前期から中期の儒学者です。私も詳しくはないのですが、江戸開府で、中国から輸入された「儒教(朱子学)」という思想は、日本国内で変質していくのです。

その結果が、陽明学(ようめいがく)という回天思想(悪い為政者は誅(亡ぼす)べし)という過激思想へと繋がり、それが明治維新のバックボーン(backbone:背骨)となりました。


陽明学は江戸中期に熊沢蕃山(くまざわばんざん)という儒学者が唱えた朱子学の解釈なのですけども、これが水戸学へとつながっていきます。ちなみに陽明学とは、キリスト教の影響と清の時代の中華思想を儒教的な解釈でまぜあわせたのです。(※この解釈は副島隆彦を筆頭とする我々の説です)

水戸学というのは皇国思想(幕府ではなく天皇中心の国家)です



徳川家の親藩である水戸家が徳川幕府を否定するのですから、まったくおかしな話なんです。

んじゃあ、その熊沢蕃山の元を辿れば、荻生徂徠(おぎゅうそらい)にも辿り着きます。

徳川家康・秀忠・家光と三代で盤石な統治体制を築いた江戸幕府は、武士の教養として「朱子学」を第一としました。

朱子学とは孔子様の教えですけども、為政者にとっても都合がよい。

朱子学とは盲目的な服従を強要する都合の良い思想



だから現在の中国では朱子学(儒教)はぜんぜん人気がない。せいぜい韓国では儒教的思想が強いとされていますが、「強い物に巻かれろ」「弱き者はたかれ」という腐臭が漂ってきます。

朱子学というのは孔子の教えを為政者が都合良く解釈した物なのです。

1650年頃には儒学者は朱子学に対して疑問をもっていた



五代将軍綱吉に召し抱えられると、堂々と朱子学に大局的な見方を取り入れようとしていきます。

儒学者であっても、反朱子学てきな基盤が開府一〇〇年も経つと湧き起こっていくのです。それは荻生徂徠が撒いた種なんです。

幕府儒学者が反儒教という理解しがたいことが開府50年後にはおきたのです



反儒教的思想とはそのまま反幕府思想です。これが歴史の鍵なのです。
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ペルシャ帝国の復活と中国・銀聯カードの発行停止 
Wednesday, December 21, 2016, 11:43 AM
12/21 晴 10時 浅草での空間線量は62ベクレル/立法メート

トルコでロシア大使が暗殺されるという大事件が発生し、ドイツの首都ベルリンでは大型トラックによるテロが発生しました。

ヨーロッパ、中東で大激動が発生しているのに、日本のテレビは何も報じていません。
ひさしぶりに日本に帰った知人は、日本のメディアの脳天気さに驚き呆れていました。ここまでマスコミに馬鹿にされた国民は知らないなということ。

ロシア大使の暗殺事件ですが、大使とは国家統治者(大統領や国王)の名代という地位です。すなわち大使の決定や行動は、そのまま大統領や国王の行為や発言とみなされます。

その大使を殺害したのですから、国家関係上プーチン大統領を狙撃したとみなされてもしかたがない。

ロシアに対してトルコは外交上不利な状況に陥ってしまいました。
やられたプーチンが黙っているわけはありませんから、トルコにIS殲滅の協力を当然求めるでしょう。トルコとしてもロシア軍に全面協力するしか選択肢はありません。

トルコがシリア政府支持側に移れば、トルコ国内が情勢不安になっていきます。
またロシアとトルコの軍事的な結びつきが強くなれば、EU加盟(そしてNATO加盟)は絶望的になります。

これはロシアとしてはとても望ましい状況です。

イランからギリシャまでの第三勢力がかたまりつつある



副島隆彦先生は著書で「カザフスタン(旧ソ連衛星国)の首都アスタナが世界の金融センターになる」と言われています。

ちょうど中国とヨーロッパの中間に位置し、ユーラシア大陸の金融中心地となるということです。中国の一帯一路(新シルクロード)計画もその予想を裏付けています。
アジアとヨーロッパの境界であり、アラブとの境界でもあるるトルコは、ロシアを牽制するためにも周辺国と連帯していかねばなりません。これはロシアとしても願ったり叶ったりです。

まさにペルシャ帝国の復活が現実味を帯びてきたのです。

トルコ軍隊行進曲のかっこよさったらハンパねえ





トルコ民族はオスマン帝国の末裔、真のペルシャ人ですからねえ。EUの勢力低下で反米のペルシャ湾諸国の勢力が拡大していく。

これもすべてヒラリー・クリントンの置きみやげです。オバマはなんとしても幕引きをしたいのでしょうが、サウジアラビアなどのスンニー派諸国からは「裏切り者」の烙印を押されていくのは間違いない。

次期トランプ大統領次第でシーア派を敵視するイスラエルと米国の関係は微妙になっていくでしょう。

中国は米国の利上げで金融危機の瀬戸際にある




宮崎正弘の国際ニュース・早読み <中国、銀聯カードの発行を停止。いよいよリスク切迫

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成28年(2016)12月21日(水曜日)弐
        通算第5145号   
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 「いまごろになって『遅い』って」気がしますがね。
   中国、銀聯カードの発行を停止。いよいよリスク切迫
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 12月20日、中国人民銀行と中央銀行監査委員会は、銀聯カードの新規発行を停止すると発表した。
 銀聯カードとはいわゆる「デュアル・カレンシー」カードで、海外でも使える。わかりやすく言えば、中国で買い物ができるうえ、日本に来ても使える。中国人の爆買いの武器はこれである。

 銀聯カードの2015年の売り上げは7兆9000億元(邦貨換算118兆円強)
 ヴィザ、マスターカードに連携しており、過去十四年間に中国工商銀行、建設銀行、商業銀行、浦東開発銀行などが発行してきた。
 現在流通しているカードは一日の上限が決められているが、期日まで使える措置もとられた。

 消費を冷やすことは景気後退につながるが、中央銀行は外貨流出を深刻に恐れており、同時に人民元の大下落を回避したいとしている。
 現実には人民元の対ドルレートは6・2から6・95まで下落しており、7・0台突破は時間の問題となっている。
 日本円で置き換えてみると、一人民元が22円から15円に下落した。

 「短期的一時的な措置である」と周小川人民銀行総裁は通貨下落の回避が目的と説明したが、「すでに為替介入に8000億ドルを投入している」(ニアル・キンバリー氏のサウスチャイナモーニングポスト、12月21日のコメント)。
 にもかかわらず下落傾向に歯止めがかかっていない。

 過去一年公式統計だけで7280億ドルが中国からオフショア市場へ流出し、とくに第三四半期だけでも2460億ドルが海外へ逃げた。

 市場関係者は『二年以内にあと20%下がる』と予測する向きが多いが、中国人民銀行がもっとも恐れているのはFEDの利上げである。状況は一段と深刻化している。


中国中央銀行の外貨流出が続いています。東京都内で見かけないことはない「中国銀聯カード」の新規発行を停止したという驚きのニュースです。銀聯カードはVISAと連携しており、そのまま世界中で使える中国人の打ち出の小槌です。

これの発行を止めたと言うことはそれほど、外貨流出が危機的であるという現れです。日本円換算で1人民元=16円台です。北京オリンピック前は11円台でしたから、まだ高値圏と思えますが、人民元の下落と外貨流出がセットでやってくれば、AIIB(アジア開発銀行)を筆頭とする中国の対外戦略は大きな岐路にさしかかったと言えます。

中国の金融危機はそのまま発展途上国に波及していく。

金融危機はそのまま治安の悪化、人民解放軍の反乱へとつながっていくのですから、銀聯カードの発行停止というニュースは、世界経済の混乱の予兆でもあるのです。
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