大塚家具騒動にみる「自己中」親父と家族の「共依存」状態と日本の現状 
Thursday, April 2, 2015, 03:09 PM
4/2 晴 10時 浅草での空間線量は14ベクレル/立法メートル

言論プラットフォーム「アゴラ」に大塚家具騒動は人格障害(パーソナル障害)ではないかという記事があります。

http://agora-web.jp/archives/1636534.html
「大塚家具騒動」と「支配欲」と「共依存」北畠 徹也

父親は(家具業界であり、顧客であり、家族を含めた関係者や従業員すべてへの)「支配欲」こそが生きる力の源泉であり、家族はそのような父親と「共依存」という関係の家族であると説明しています。

俺が俺がという自己中心的な精神構造をもつオヤジと「私がいないとダメなのよ」と支える母親や家族像は、現在のNHK朝のドラマなどでもそうですし、小説のストーリーでは定番です。

ずいぶん前に「だめんず・うぉ〜か〜」という倉田真由美の漫画が流行りました。問題ある男ばかりを渡り歩く女にも精神的な問題があるということ実話の漫画で紹介していました。

あらためて大塚家具騒動を見てみると、実際いるんなだあと思います。

家具屋姫こと久美子社長が株主の61%の支持を得て勝利しましたが、裏を返せばプロキシファイトでもやらない限り支配欲をもつ者から会社を引き剥がすことはできないということです。

一代でのし上げた創業者一家といえばサクセスストーリーのようですが、家族関係は幸せとは言い難いものだったのでしょう。

株主総会で久美子社長の母親が父親側を擁護する発言は、共依存関係(従順に尽くすことで快感を感じる精神状態)そのものです。
んでもって息子は存在感無く父親の脇にいるだけ。父親の前で萎縮している様子が感じられます。

幸か不幸か久美子社長というのは女だったから父親は口やかましく押しつけなかったのでしょう。
ところがエゴの強い父親に尽くす母親を反面教師として家族では父に並ぶタフな女性になってしまった。
ここでも女の敵は女という鉄則の構図がありますね。

久美子社長という人物はIR担当の役員だった頃から、証券会社や新聞社からは能力は高評価されていたそうです。美人なので陰では家具屋姫と言われていたのです。

おそらく一家の中ではまともで頭がよいのでしょう。可哀想に息子達はスポイルされてしまった。

経営コンサルタントの故船井幸雄氏が言うには創業者の息子というのはだいたい凡庸なんだそうです。ポテンシャルを父親に無意識に押さえつけられてしまうからです。会社を存続発展させたいならば、苦労をしてきた番頭格や有能な若手を娘婿にして継がせるぐらいじゃないといけないのだとか。

老舗企業はそうやって暖簾(のれん)が守られてきましたね。食い潰す馬鹿息子は実子でも勘当して追い出すことができたし。

ホンダの軽スポーツカーS660の開発責任者は26歳ということで、そちらも話題になっています。

経営でも商品企画でも20代30代をもっと引き上げれば良い仕事ができるでしょう。
年寄がずっと上にいる組織は変化できません。

日本企業の構造的な弱点は、団塊の世代(現在65歳付近)がなかなか引退していないことでしょう。
人数構成では逆ピラミッドで、20代なんて完璧にマイノリティーな層です。

民主主義において若者の政治参加意識が低いのも同じ構造です。

若い友人(30代前半)が大型牽引免許を取得して、いざ運輸会社の門を叩いたところ、なんと門前払いの憂き目に!

会社の説明によると、50、60歳代で運転手枠は埋ってしまっているとのこと。若者を育てるよりも子育ても終えた経験者を集めた方が安上がりなので若者は募集対象外なのだとか。

「運送や建築業界で人手不足ってのは嘘ですよ。すぐ使えて安い人材が足らないってことですよ」

長年の目標であったトレーラードライバーに挑戦した彼は憤懣とあきれ顔で話してくれました。
たしかに運送トラックや近所の建築現場を眺めていると、よくまあ年寄ばかりと妙に感心します。

トップの支配欲だけで存続している組織はその先はないです。
大塚家具やホンダは上手く回避していくかも知れません。

日本全体では武力戦争をする能力などあるわけがないのは、逆ピラミッドの人口構成を眺めれば一目瞭然です。
60歳70歳がピンピンで権力振りかざしている国家にしろ会社にしろ、そっちのほうが異常なのです。

日本国内自体が大塚家具と同じ構造を持っているということ



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映画イミテーションゲーム(The Imitation Game) を観てきました 
Wednesday, April 1, 2015, 02:55 PM
4/1 曇 10時 浅草での空間線量は14ベクレル/立法メートル

1日なので映画を観てきました。アラン・チューリングの半生記です。

2時間近いのですが短く感じました。ケンブリッジ大の天才チューリングがドイツの暗号機エニグマの暗号文を解読するまでと、それからです。

チューリングの名は現在のコンピュータの概念を最初に提唱した学者として知られています。
大戦終結後にはケンブリッジ大学はプログラマブルなコンピュータを世界で最初につくっています。しかしその名誉ある開発者の名にチューリングの名前はありません。
暗号解読者であるチューリングの名は秘匿されてきたのです。英国軍での業績はすべて抹消されています。

チューリングはコンピュータよりも今で言う人工知能(AI)をつくることを目標としていたようです。
機械に意識や思考を持たせることができるかという試行をシンプルに証明していくことでした。映画の”The Imitation Game”はチューリングのケンブリッジ大学での論文名です。
機械と悟られずに人と対話できるかという研究でした・・・早世した友人(男)を甦らせたいからでしょうか。


映画では暗号文解読器にクリストファーと名付けています。(公式にはボンベ(bombe)と呼ばれていた)
そう、愛した友人の名前です。

1951年(昭和26年)に同性愛容疑で捕まり、同性愛者ということでチューリングは学術界から排除され2年後に服毒自殺してしまいます。多大な業績があったにもかかわらず同性愛者という罪人の烙印が押されてしまったわけです。

この映画はエリザベス女王がチューリング生誕100年に際して恩赦と名誉回復を与えたことがきっかけで作られたのです。

べつにコンピュータ用語や数学用語がでてくるわけでもなく、狂気じみた天才でもなく、同性への純愛を貫く天才の物語です。派手に盛り上がりがある戦争映画ではありません。

「英国王のスピーチ」(2010年:The King's speech)でも描かれていたのは当時の英国の最高権力は英国国教会です。国王としても国教会の長には逆らえない。(ちなみに今日観た映画の最後で第二次大戦の終結を宣言したのは吃音の国王ジョージ6世です)

ここからわかることはチューリングを公職から追放して50年も黙殺しつづけていたのは英国国教会であったのです。

迫害された同性愛者である天才の映画として観るだけではなく、実際はキリスト教国である英国では終戦後でも6万人?ほどを同性愛容疑で検挙しています。ホモセクシャルは薬物治療(ホルモンによる化学的去勢)と称して廃人にしていったということ。

キリスト教もイスラム教もユダヤ教も性的倒錯には強い迫害をしています。(つい最近60年前の実話ですから)

天才(genius,gifted)を大切にするのもキリスト教であり、抹殺するのもキリスト教であったというやりきれない映画でした。

三位一体を教義とする一神教(すなわちカトリック)はこういう面では暗黒史となるのです。

渋谷区では同性愛者のカップルにパートナーシップ証明書を発行することを決定しました。

同性愛に対しては日本は地球で一番の理解国なんだな



宗教的な規律をもっていないから、私は気持ち悪くなければ、べつにいいんじゃないのというスタンスです。でも俺には近づくな(笑)ってところでしょうか、オカマバーって行ったこと無いし行く気もない。
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これからも9秒台の日本選手は出てくるだろうな 
Tuesday, March 31, 2015, 07:26 PM
3/31 晴 10時 浅草での空間線量は14ベクレル/立法メートル

東洋大学の桐生祥秀選手(19歳)がテキサスの陸上競技大会で9秒87という記録を出しました。
追い風3.3mで参考記録になりましたが、日本人初の9秒台です。

陸上競技はあるレベルは練習と工夫で記録は伸びますが、もともとの天性という壁があると言われています。
筋肉の組成や手足の長さといった遺伝子レベルの差異だと言われてきました。

日本人には黒人のような瞬発力の競技は不向きと見られていました。

でもとうとうジェット桐生こと桐生選手が9秒台に達して世界と互角に走れることが証明されました。
体格で劣っているからトップアスリートにはなれないという定説が崩れたことを素直に喜びます。

サッカーのトップリーグで活躍する香川、本田、長友らやテニスの錦織選手などこれまで活躍はできないと思われていた競技で活躍していることは嬉しいです。

数学的には命題の解が存在することが証明されたということで、これからは日本人であっても続々と9秒台を走る選手が生まれてくるでしょう。

日本人は遺伝子レベルで無理という定説が崩れたからです。出来ることがわかれば、あとは桐生選手が辿った問題解決方法(練習など)を真似れば少なくとも近づくことができるはずと考えられるからです。

数学的には解があることさえわかれば、あとはどのような手段であってもその解へ近づく手段をみんなで寄ってたかって考えればいいのです。

帆船の時代には大西洋と太平洋はつながっていないと考えられていました。南北アメリカ大陸の海岸線があまりにも長くて地球を一周することが不可能だと船乗りの間では考えてきたからです。

ご存じの通りマゼランは南アメリカ最南端の海峡を通って太平洋を横断することに成功しました。(マゼランはフィリピンで死んでしまいますけど)

それまでは海峡があることなど噂話か憶測に過ぎなかったことが、艦隊がポルトガルに戻ることが知れ渡ると、一変して大西洋は太平洋へ通じていることが”あたりまえ”になってしまったのです。あとは大勢が細かい技術や計画を練っていけばいいということ。

ブレークスルー(breakthrough) 、パラダイムシフト(Paradigm shift)を知らしめた先駆者(Frontier)が一番偉いわけです。

たいていそういう人たちは常人からはかけ離れています。神様からの授かりった者(Gifted)と呼ばれてキリスト教圏では国家が丸抱えしています。

それが私も一番だと思います。1人の天才が世界を変えてしまうのですから。
明日はイギリスの数学者アラン・チューリングの映画「イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密」を観てきます。
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鍋いっぱいの菜の花 
Monday, March 30, 2015, 01:38 PM
ちょうどお昼に野菜が詰められた段ボール箱が故郷から届きました。

やっぱりこの時期は菜花のおひたしでしょう。でも東京は野菜が高くて、菜の花も少しでけっこうな値段です。そんなことを母親と話をしていたら送ってくれたのです。

いっぱい野菜が入っているのですが、一遍には食べられない量なので届くやいなや調理開始です。
鍋で湯を沸かして菜の花を茹でます。重曹を入れておくと色が鮮やかなままです。
茎から入れてシナっとしたらすぐに冷水で冷まします。
手際が悪いとせっかくの苦みが消えてしまいます。

あとはからし醤油かからしマヨネーズで好きなように和えてお昼ご飯の一品のできあがり。

東京ではこの一皿分ぐらいの分量で200円近くしますが、同じ値段で特大タッパー一つ分になりました。今日から晩酌のつまみです。

しばらくは野菜料理を愉しみます。
まずはサラダ三昧です。
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幸せになるためには3つのAを意識すること(人気ブロガーの視点) 
Monday, March 30, 2015, 11:47 AM
3/30 晴 10時 浅草での空間線量は14ベクレル/立法メートル

NHK教育で放映されているスーパープレゼンテーション「サイコーな人生を送るための3つの秘訣」(TED The 3A's of awesome : Neil Pasricha)を観ました。動画はNHKのサイトで公開されています。
http://www.nhk.or.jp/superpresentation/backnumber/141203.html

カナダ移民二世が毎日の小さな幸せや驚きを綴った"1000 of awesome!”(1000もあるチョースゲー事!)というブログで最優秀ブロガーとして表彰されました。

何百万人もの閲覧者を魅了したその秘訣を語っています。

小さな幸せ(サイコー、スゲー)を感じることは3つのAを意識するというものです。

AWESOME(サイコー、スゲー)という心持ちは

・Attitude(前向きな姿勢):辛いことがあっても十分悲しんだら心機一転できるマインドを持て

・Awareness(感性、異なる視点):三歳児の驚きに倣い、素直な喜びを味わおう

・Authenticity(本当の自分):他人は他人。心地よいのなら、これでいいのだと納得する。


嫌いな奴はどうせ100年以内には確実に世にはいないし、自分も100%この世にいないという当たり前のことを噛みしめる。人生の残り時間を意識して生活していこうと決まり文句、AWESOME!(オゥサム!)と締めくくっています。

awesome!ってYoutubeのコメントなどでよく見かけますが、どういう意味なんだろうと思っていました。どうやら若者言葉で「チョーサイコー!チョーヤベー!ってな語感なんだそうです。なるほど。

オゥサム!と口走るためには3つのAだけで良いという発表者の主張です。

AWESOMEな残りの人生のためにAttitude/Awareness/Authenticityを皆さんもご一緒に実践してみませんか。
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疲れたときにはラジウムベルト(P&Sベルト)がやっぱり効くなあ 
Sunday, March 29, 2015, 05:43 PM
3/29 晴 10時 浅草での空間線量は13ベクレル/立法メートル

昼過までは天気が良かったので荒川をサイクリングしてきました。目的地は足立区と川口市の境にある荒川一帯の五色桜堤の様子を観に行くこと。やはりまだ早かったです。

たくさんの種類の桜が植えられているのですが、三分咲きの染井吉野以外はまだまだ蕾です。他には大島桜が白っぽい花を咲かせています。(写真は大島桜)

大島桜は染井吉野の片親ですから当然でしょう。ちなみに桜餅の葉はこの大島桜の葉を塩漬にしたものです。
花の塩漬は八重桜系のものが使われるようです。

東京では来週、再来週が染井吉野も他の種類の桜も見所でしょう。
ということで無駄足になりましたが、気晴らしのサイクリングは愉しかったです。

自転車漕いだので腰が疲れました。
また荷物運びをしたりすると背中から腰にかけての疲労がなかなか抜けません。

そういうときにはこれ!パワー&スリムベルト


ちなみに私(へそ周り80cm/骨盤周り90cm)はMサイズがぴったりです。
3年ほど使っていてヘナヘナですが、まだまだ大丈夫です。(展示会など日中ずっと立っている時などには必ず腰に巻いています)


ちなみに中のラジウム鉱石粉末を固めたシリコンシートが大事なので、外のベルト自体は外販の他製品でも構いません。

一時間程度巻いただけで身体が軽くなりました。さてトレーニングしに行こう。<まだやるか
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自分で人生を制御できない怖さ (大塚家具騒動に思う) 
Saturday, March 28, 2015, 12:12 PM
3/28 曇 10時 浅草での空間線量は13ベクレル/立法メートル

大塚家具で革新を進める娘がプロキシファイトに勝ちました。経営を巡って新旧の対立というのは珍しくもないのですが、どちらも有能な経営者であるという点から耳目を集めてきました。

娘さんたいしたもんだ、ぐらいの感想しかないのですけども、そこの社員は厳しい状況だろうなあと同情します。

大なり小なり組織で働いたことがあれば、どちらの勢力に就くかという二者択一の状況になることは必ずあるでしょう。

まさに「課長 島耕作」のリアル世界(笑)

冗談ではなく、じっさいにサラリーマン時代にヨイショだけで取り立てられていた上司がいました。社内のラインというものは部外者が思うほど馬鹿にはできません。一生を決める大決断。

まあそのラインのトップが崩れたら一蓮托生で冷や飯を喰うのも会社員のありふれた物語ですから、それはそれで”自己責任”ってやつです。

可哀想だと思うのは、部課長の派閥に自動的に組み入れられているグループ(部署や課)の平社員達です。

たとえば会長派/社長派と分かれていて、部長や課長が会長派であればその配下も自動的に会長派とみなされてしまうでしょう。

左遷で頭が飛ばされて部署も解体されていくでしょう。もしくは社長派の人間が送り込まれて締め付けられながら仕事をするハメになっていく・・・ああ可哀想。

大企業や老舗企業、そして天下り先の子会社などでは顕著じゃないでしょうか。

私は銀行の子会社に勤めたことがありますが、頭取クラスが数年毎にどんどん天下ってくる(笑)その度に部長あたりがアヒルの群れのように付き従ってイエスマンとなっていきます。下っ端から見れば滑稽ですが、神の声のように部下へ下達(かたつ)していきます。

経営方針が分かれるとより一層部長当たりの管理職はおべんちゃらに勤しむという風景がよくみられました。仕事よりも社内ゴルフ最優先ってな感じ。

それに付き合う下っ端も上司の方針に批判するとまあ昇進は遅れるし、どうでもいいような理由での異動(左遷)が待ってますね。

口答えしただけで飛ばされた奴知ってますから・・・って私です(笑)

大会社ってところは自分のやるべき仕事を極める場所ではないです、それは相当年月をかけて(運良く)偉くなってからですね。

大なり小なり会社員は自分の人生をコントロールできない



運を天に任すという生き方もそれはそれでよいでしょうけど、あみだくじみたいなものと言ったら言い過ぎかな。

少なくとも大塚家具の会長派は追い出されるか、閑職に追いやられるでしょう。それに引きずられて下っ端も冷や飯を喰わされていくでしょう。

サラリーマンで一度ミソがついたら拭うことは不可能



古参社員を新たに思想改造するよりも、新入社員を教育して手なずけていく方が簡単です。大組織というものは残酷なものです。

ドイツLCC・ジャーマンウィングスの副機長が故意に墜落させたという疑いが報じられています。

新橋で航空会社に勤務する友人と呑んだ際にちょっろっとこぼしてました。

人のうらやむ航空会社でも内情は病んでる(鬱病)奴いっぱいやで〜

「UNCONTROL!(制御不能)」はせめて地上にいるときだけにしてもらいたいです。
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一票の”格差”が半世紀以上も放置されつづけているわけ 
Friday, March 27, 2015, 01:48 PM
3/27 晴 10時 浅草での空間線量は13ベクレル/立法メートル

昨年衆議院選での一票の価値に対する判決が福岡高裁と大阪高裁であったという記事を読みました。

その各判決では、人口が少ない地方の議席配分を手厚くするため各都道府県にまず一票を割り振る「1人別枠方式」などへの評価が分かれた。


ここで一票の価値が平等に反するという考えと、一時的にでも都市部と地方の倍率が二倍未満になったのであるから憲法が求める投票価値の平等に反していたとは認められないと判決が分かれています。

人口の少ない地方はマイノリティーなのだから容認するという大阪高裁の合憲という判決は、その基準を示して欲しいものです。

行政区、つまり面積あたりで議員数が割り振られているから格差はあって当然といった感覚が行政側にも政治家側にもあるのでしょう。都道府県単位での中央集権制維持のためにやむなしなのでしょうか。

当時住んでいた区へある件(道路の活用策)で陳情団に加わって、区長と区役所の課長へ談判をしたことがあります。
区民からの陳情ですから一応区長は出てきますが、役所では形通りの問答がアリバイ的に行われたに過ぎません。
結局は区の管轄外だとか区議会での予算承認だとかもろもろの話で終わってしまいました。

そんな経緯を10年ほど前に総務省の課長級の人と雑談をした記憶が甦ります。

総務省の役人さん曰く「区役所なんて省庁の出先機関でしかないから、住民による提案の実現は皆無だね」と言われてました。

自治体というものは基本的には上(霞ヶ関)から落ちてくる指示を順当にこなすことが求められるだけで、市井の要求を訊く場所ではないのだよと教えてくれました。だから区議レベルに陳情したところで票に結びつかない小規模(数人程度)ならば役人にいなされてお仕舞いになってしまうのです。

すなわち国会議員=官庁から落ちてこないと地方自治体はまともに取り扱わないということです。

政治家を動かしているのはそれぞれ省庁の高級官僚であることは誰もがわかっていることですが、それが都政、区政にまで影響していることを初めて実感しました。

もう一度繰り返すと

国会議員=霞ヶ関→都道府県議員=知事・地方自治体→市区町村議員=市区町村職員

このような上から下への伝達のヒエラルキーとなっています。
下から上という経路はない。

つまりは国会議員とは省庁からの伝令経路の一つでしかないと言外に臭わせてくれました。(べつにはっきり言ったわけではないです)

そういう仮定で日本の国会議員定数が決められているのであれば、いつまでも一票の価値など平等になるわけがない。

人口比で議員数が決まってしまうと、人口の少ない県は中央からの支配力が落ちてしまう(逆に言えば地方の発言力が弱くなってしまう)という多数決主義は問題を抱えているわけです。

中央集権制下では一票の価値に格差があって当然(と政府は認識)



それを建前で1人1人平等だと日本国憲法で定めたために自己矛盾が起きているのが、この一票の格差訴訟です。

中央省庁による(国会議員を通じての)統制のため、この格差(である一票の不平等)を否定することはできない。

私が日本国憲法の改正論に賛成なのは、建前ばかりで固められているという一点です。

そして突き詰めればその根源はマルチン・ルターが16世紀に提唱した平等主義なのです。この平等主義はフランス革命を起こし、リベラル(その本質は楽天主義:天の采配にすべて任せる)という思想がプロテスタントに定着していきます。

法の下の美辞麗句で固めた憲法は有害無益なだけだ


と過激なことを言ってみます。

さらに過激なことを付け加えれば

人間の価値なんて減価していってしまうもの



生物学的には労働力・繁殖力(笑)が盛んな若者と枯れきった年寄が同じ価値なわけはないのです。

鶏は卵を産まなくなったら廃鶏と言って廃棄物(つまりゴミ)として殺処分され、ドッグフードぐらいにしかならないのです。ファストフードや弁当屋用のチキンナゲットぐらいにはなっているかもしれませんけど。

本来は60代あたりから一票の価値を減価させていって80歳あたりからは1/10、90歳以上はほぼゼロといった具合に低減するべきなのです。

生きているだけで人間には平等だという<500年前!の>理想主義を憲法で金科玉条にしているから、カクサカクサと騒ぐことになるのです。

格差問題とは、ありもしない<平等という>権利の存在命題なのです

人権思想(Human Rights)というのはパラドックスを含んだ歪んだ思想です。(「余剰の時代」副島隆彦 ベスト新書)

完全な平等なんてない!年齢・性差・地域に差があって当たり前!平等にしろという権利は元々無い!

こんなことを言ってしまえば、すべての格差問題など雲散霧消してしまうのですがね。

マルチン・ルターの垂れ流した毒(過激平等主義)で苦しんでいるのが、先進国共通の隠れた問題なのです。

アメリカの黒人暴動、ヨーロッパの過激主義すべては不平等だという不満が根源です。

もちろん日本でも権力に対する不満分子は戦国時代以前から存在しています。そこで覇者達は豪族のみならず寺社や商人まで幅広く懐柔して権力を維持拡大していきます。特に織田信長は商業を寺社の許認可から切り離した(楽市楽座)ことで勢力を拡大していきます。
身分が低いとされてきた商人の不満を解消させたわけです。

「権利がある/なし」というのは政治権力掌握のための道具であったのです。(普通参政権の成り立ちを見れば権力闘争の一手段であることがわかるでしょう)

平等主義が行きすぎると大多数に不利益なことばかりです


一票の格差問題は解決しなくてはならないとは思いますが、その解決策は決して公平ではないはずです。私は法の原理・原則はちゃんと守って欲しいという一点だけです。建前だらけで不完全であってもそのように憲法に明記されているからです。

それを判事がねじ曲げていることに絶望を覚えるのです。

検索キーワード:平等主義:

「余剰の時代」を生きのびるにはリバータリアニズムを根付かせるしかない
歪んだ平等主義は新たな問題をはらむだけ。勘当制度を復活させるべき

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ゲノム編集ってなんだ? 
Thursday, March 26, 2015, 12:16 PM
3/26 晴 10時 浅草での空間線量は13ベクレル/立法メートル



なんかよく目に付いてもよく知らない言葉があります。”ゲノム編集”もそのひとつでしょう。

放射能に関しては”ベクレル”や”シーベルト”といった単位や”セシウム”という元素名などが挙げられるでしょう。

福島原発の地下水が何万兆ベクレル汚染されたなどと報道されたら、とんでもない数字のように感じるでしょう。ニュースを読むアナウンサーでさえチンプンカンプンです。

一秒間に崩壊する原子核の数が一ベクレルです。
それじゃあ目の前のコップの水のH2O分子ははたしていくつでしょうか。おそらく兆とか京という単位では足らない数です。桁数が20とか30ぐらいになるかもしれません。(適当です)

分母から言えば取るに足らない微量です。濃度の単位にppm(質量比で百万分の一)というものがありますが、そんな既存単位では大きすぎるからです。つまり話にならないほど極微量ということ。

またセシウムという元素名がでてきますが、別にこの元素に毒性があるわけでもなく、自然界にはほとんど存在しない同位体を、原子炉や核実験での汚染度合いのマーカーとして国際機関が指定しているだけですから。

だからセシウムを除去ウンヌンと訴えている地権者や政治家がいるのをみると、セシウムについて何を知っているのだろうと思ってしまいます。バケツの水の中に色々な絵の具を混ぜてぶちまけた後に黄色だけ拭き取れと言っているようなもの。

だから知ったつもりでインターネットやテレビラジオの報道で使われている言葉には、嫌悪感を抱いています。知らない言葉で煙に巻かれているような不快な気分になるからです。

ちょうどIT屋がカタカナ言葉の連発で客を不愉快にしているようなものです。(私もかつてはIT土方でしたけど、語彙のひどさには辟易です)

新聞に”ゲノム編集”の解説があったので読んでみると、つい最近になって”編集”できるようになったということを知りました。

遺伝子情報をコピペできるようになったということ



コピペ(コピー&ペースト)という言葉も20年前はほんの一部のギーク(オタク)用語だったのですけどね(笑)

これまでの遺伝子操作とはウイルスなどで感染させて細胞核に遺伝子の断片を放り込んで、後は祈るだけといった作業だったそうです。だから人海戦術で膨大な試験体を抱えることが勝負の鍵のように思われてきました。

かつては遺伝子情報はアミノ酸の配列を調べるだけでも何十年もかかると言われていましたが、分析技術とハードウェアの進化で人間でさえも大部分の配列はわかってしまったのです。

となると文章を編集するように、遺伝子配列を”編集”できるようになったということです。

光るインフルエンザウィルスを東京大学の研究グループが作成に成功したそうです。

これからは遺伝子編集っていう仕事が職種になるかもしれません。かつてはプログラマー/SEって専門家ぽかったですけど希少性もなく、いまではブラックの筆頭ですw
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ドローン(無人機)と無人運転の時代はすぐそこ 
Wednesday, March 25, 2015, 01:11 PM
3/25 晴 10時 浅草での空間線量は14ベクレル/立法メートル

天気がよいので、セーターを洗いました。冬物はどんどん仕舞っていきます。

新聞の経済面では自動運転に関して各社がしのぎを削っている様子が紹介されています。拠点はやはりアメリカシリコンバレーのサンノゼです。日産がけっこう進んでいて高速道路に限れば問題がないレベルなのだとか。
5年ほど前に日産関係者から聞いたら、自動ブレーキに関してはいつ搭載しても問題ないのだが、PL法(製造者責任)といった法令のくくりで怖くて他社の様子見と言っていました。

数年前にボルボが搭載に踏み切ったら一斉に各社自動ブレーキ機能を搭載したことは、こういう背景があるのです。
ですから自動運転に関しても、自動車専用道においては実用化は目前と思えます。

各社が慎重なのは、先陣を切ると万一事故でやり玉に挙げられるのを危惧しているからで、ここでも法律が現実に対応していないことが足かせとなっています。

来年、再来年にかけて高速道路での自動運転を可能にする予定を多くの自動車メーカーは発表しています。
日産が露払い役で小型電気自動車を出すでしょう。その後は大挙して参入してくるでしょう。

日産車といっても自動運転技術はNASA出身者によるものだそうです。

一方ではGoogle(=CIA)とアメリカ国防総省国防高等研究計画局(DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency)も自動運転の実用化をすすめています。

本日ヘリコプター搭載護衛艦(昔で言う巡洋艦)「いずも」(248m、19500t)が横須賀で就航しました。
ヘリコプターが離発着できるのならば、F35だって離発着できるだろうと中国や左翼が騒いでいますが、理屈を言えば甲板が広い船ならばなんでも離発着できる空母になっちゃうわけで、馬鹿な話です。F35はまだ試作段階です。強いて言えばオスプレイだって載せられますが、近海防衛ならばヘリコプターと無人機が運用の主になるでしょう。

いまでは地球の裏側から攻撃できる時代です。軍艦は今では浮かぶ兵器庫であればよいわけです。

海上自衛隊の技官の方に聞いたのですが、最新艦は鉄板が薄いんだそうです。戦艦大和の時代は防御のために30cmぐらいある鉄板を使っていたそうですが、軍艦といっても特別に厚い鉄板ではないそうです。

むしろ商業船ではないので、薄く軽量化されているのだとか。船の耐用年数は主動機(エンジン)下の鉄板厚さで決まってしまうそうで、民間船は船底を頑丈にぶ厚くつくるのです。ここが痩せたり強度が落ちたら直せない箇所だからです。
ところが軍艦は就航期間が決まっているので過剰な強度はいらないのです。

あと5年もすれば自動車の自動運転機能はあたりまえになります。

もう空母の時代ではなく、もっと小さな艦艇だけで十分な能力を有する時代です。もっとも艦艇だってやがて自動運行になるかもしれません。

一方で鉄道なんかは無人運転がもっと進んでもいいものなのに、モノレールなど小規模な路線でしか実用化されていません。
貨物輸送あたりから始めればいいのにと思うのですが、トラック輸送との競合でそれどころではないのでしょう。
トラックの自動運転の方がどうやら先になりそうです。

運転手やパイロットなんて職業は無くなっていくのでしょうか。べつに構わないけど。
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上野東京ラインで宇都宮へ 
Tuesday, March 24, 2015, 02:09 PM
3/24 晴 10時 浅草での空間線量は16ベクレル/立法メートル



一昨日は栃木県宇都宮市に行ってみました。
上野駅からは何も考えずに東北本線(宇都宮線)に乗れば1時間ちょっとで宇都宮に着きます。
上越方面に向う高崎線やいわきへ向かう常磐線とは別ホームですから、上野ではまず間違うことはないです。
東海道線の国府津から始発に乗った知人は宇都宮行き、乗り換え無しだったのでたいへんありがたいと絶賛していました。

それでも東海道線から直通になったことで、東海道線の大半の利用者はだいぶ混乱しているようです。なんたって行き先案内が籠原だとか黒磯だとか取手だけなら、どの路線(高崎線・東北本線・常磐線)なのかはとっさにはわからないでしょう。

上野東京ライン開通で東海道線の乗客はみんなドキドキ



それまでは何も考えずに「東京行き」か、どこどこ止だけ確認しておけばよかったのですから。
宇都宮駅集合に遅れる人がいました。案の定、高崎線方面行に乗ってしまい大宮を過ぎたあたりで通過駅が東北線ではないことで乗り間違いに気づいたのだとか。

東京育ちでも気を抜くと間違う



また品川から乗った人は、ホームの混み具合に驚いていました。いままでは東海道線の品川駅上りホームには乗客はいままではいませんからね。

なによりも東海道線のラッシュ時の上り線は混み具合がますますひどくなったそうです。乗り入れで連結される車両の数が減ったからです。

そんな不満も一部あるそうですが、埼玉・栃木・茨城方面の方々には神奈川方面が直通で行けることは便利です。

北関東ははっきり言って寂れてます(笑)
この路線が起爆剤になってほしいです。(私は北関東の廃れ具合がけっこう気に入っています)
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ヤマギシ会はまだ存続していた、しかも・・・ 
Monday, March 23, 2015, 05:05 PM
3/23 晴 10時 浅草での空間線量は17ベクレル/立法メートル

宗教学者の島田裕巳の記事を読んで驚きました。
http://agora-web.jp/archives/1519621.html

ヤマギシ会(ヤマギシズム)はオウム真理教が社会問題になる前から何かと注目を集めていた自給自足活動です。
昭和の末期には統一協会といったカルトが問題視されて、同列のように報道されていたのでなんとなく名前だけは知っています。
会員の子供を学校へ通わせないなど排他性が問題視されていました。
オウムが弁護士殺害やサリン事件を引き起こして、平成になるとヤマギシ会は忘れ去られていきます。

島田裕巳氏の記事を読んで、まだ規模は最盛期の半分になったものの今だ健在であることを知りました。しかも39箇所の共同体「実顕地」では二箇所が

農業組合法人ランキングで全国1位2位の実績を掲げている



収穫物は朝市やネット通販で買えるのだとか・・・

いつのまにかずいぶん開かれた団体になっていたとは知りませんでした。

80歳になると作業から解放されて別グループに移ることになるそうです。島田氏は”悠々自適”と評していますが、それは眉唾なので私は書き加えません。島田氏は元会員です。

設立経緯が共産主義運動によるものですし、最盛期に活動家崩れが大挙して加わったという組織的な危うさがあったのは事実です。

創立から60年も経っているということは設立メンバーは70〜80代でしょう。
組織を60年も維持していることはすごいことです。

amazonの書評を読むと、カルト集団として断罪している論調です。

私はヤマギシ会のような集合体が発生することは自然だと思っています。理想を追い求めると同調する者同士が固まっていくからです。しかしそれが最大の弱点です。

副島隆彦が最新刊「余剰の時代」の文中で「理想を追い求めるな」と発言しているのは、ご自身が元”左翼崩れ”で学生運動家の顛末を知っているからです。

多くは挫折や”転向”してしまいました。

ヤマギシズムという”人のつながりの原始回帰運動”は広くは受け容れられないでしょうが、ヤマギシ会のような共同体主義(コミュニタリアニズム)が潜在的に拡がりを持つかもしれません。なんたって歴史は繰り返します。

ヨーロッパで若者がイスラム国(ISIL)に同調していくのは、そういう宗教的な憧憬があるからと見ています。

共同体主義と原理主義の強い宗教はとっても相性がよい。ついでに言えば大企業の組織は擬似的な共同体思想です。(トヨタなんてトヨタ教と陰口を叩かれているぐらいです)

私はリバータリアンなのでどちらも大嫌いです(笑)
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恵まれていても何一つ恵まれてませんし、恵まれていなくても実は恵まれてます 
Saturday, March 21, 2015, 07:07 PM
3/21 晴 10時 浅草での空間線量は17ベクレル/立法メートル

「格差」とは今年の流行語大賞でしょうか。新聞開いてもニュースを観てもカクサ、カクサです。

ところで格差ってなんなのだ?そもそも悪い言葉なのだろうか。

はっきり言っちゃって、お母ちゃんからおぎゃあと産まれてきたときから格差があるわけです。
弟妹ならば全部お下がりで済まされるし、金持ちの家を選んで生まれるわけにはいかない。
田舎で育つか都会で育つかなんてことも自分では選ぶことはできません。

このような生まれの運・不運を格差と呼ぶのか?

東京都心エリアでも都市ガスが通っていない地区があります。荒川や江戸川の河原近くに建っている家はプロパンのところもけっこうあります。さらに下水がない浄化槽の所も散見されます。
そういうところはたいては元々”いわく付き”の土地柄です。昔から洪水で流されるところや、代々畑だったところや埋立地だったような所です。
糞ガキが起こした殺人事件の舞台も川崎の多摩川河口寄りの地域です。元は工場労働者が多く住む地区だったのに、いつのまにかスラム化した地区になってしまった。
えてしてまっとうな感覚ならそんなとこに住みたいとは思わないところ。

これを地域格差と呼ぶのか?

もっと続けると、東京のJRや私鉄の路線の乗客を観察すると、大まかには西と東で全然違います。衣服から振る舞いまですべて。特に女子高校生なんかは親の世代である私は、「生活環境が人格すべてに影響するのだな」と痛感します。進学率なども違ってくるでしょうから、沿線によって住民の所得”格差”だってあるでしょう。

住んでいる地域でさえ明確に格差はある



全国の公示地価が発表されましたが、これを「地価”格差”」などとは誰も論評しません。
国土自体に格差があるのに、住んでいる人間に”格差”がないと捉える方がおかしいのではないでしょうか。

「いや、生まれる家柄を選べないのだから、僻地貧乏人の親のところに生まれたのは不公平だ」
「生まれたときから平等なのだから、みんな同じ状況にしてくれ」

もしこんなことをいい歳こいて言っている人がいれば、まずまともな人とは思われないでしょう。

格差是正というスローガンはそのまま共産主義そのもの



いろいろな格差をひとつひとつ社会改革で潰していったとしましょう。はたして格差はなくなるでしょうか。
無くなるどころか、もっと大きな権力の壁ができることになります。ロシア、中国をみていれば自明です。
行き着く先は北朝鮮やアフリカにみられる統制独裁国家です。

私は民主主義だから格差があってはならないとは思いません。

まして日本に於いて「恵まれた境遇の人」なんてどれほどいるでしょうか。安倍晋三首相や麻生太郎財務相が恵まれてますか?歌舞伎の家系に生まれたスターが恵まれていますか?
逆に家業を踏襲しなければならない人は職業選択の自由がない<恵まれていない>境遇とも言えます。

サラリーマンでも収入や昇給昇進の格差があります。でもそれは突き詰めれば本人の能力と運でしかないです。

こんなあたりまえなことを真面目に「格差を是正せよ」と声高に議論していることが全くナンセンスだとは思わないのでしょうか。

格差是正を連呼するほど過激思想が浸透するパラドックス



左翼、右翼、宗教原理主義、民族過激主義、アナーキズム・・・反社会主義が醸し出される状況になってしまいます。
もちろんこのような思想主義に染まる人は「自分には格差がある」と信じているからです。

格差があると認めたところで、その人の敗北なのです



やさしく言えば自分自身を放棄したということ。
自分の生き方を自分で描くのではなく、他人や国家に描かせようとしても、上手くいくわけがない。
それよりも多種多様な生き方を模索する方が、文化的にはすばらしいのではないでしょうか。

英国スコットランド地方では小川に小さなボートを浮かべて生活する老夫婦がよく見られるそうです。小舟といってもボートハウス(boathouse)といって調度品がそろった浮かぶ家です。それできままに余生を送る。田園風景にしっくり溶け込んでとてもよい。年金生活者だから華やかではないのですが、すべてが枯れていてゆったりした時間です。

スコットランド出身の女の子に尋ねたら、そういう退職者のライフスタイルは珍しくないそうです。
パイプを咥えてスコッチをちびちび呑みながら、ボートハウスでうたた寝する生活をしてみたいと話したら、スコットランドなら今でも出来るよと笑ってました。

日本には格差ではなく多様性(diversity)の視点が決定的に欠如していることが問題なのです。


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100年前から女の方がずっと上手(うわて)です(夏目漱石「三四郎」から読む) 
Thursday, March 19, 2015, 02:35 PM
3/19 曇 10時 浅草での空間線量は14ベクレル/立法メートル

朝日新聞に連載されてきた「三四郎」がいよいよ終りです。都会的な女性である里見美祢子に上京したての三四郎が恋心を抱き、失恋するだけの話なのですが、テンポよく皮肉ある文体で読み始めるとけっこう面白いのです。

東京に住む上流層の人たちと、そこで背伸びする若者達が滑稽です。自意識の強い田舎青年の三四郎が都会育ちの美祢子に惹かれていくのですが、親友の与次郎が一笑に付してしまいます。与次郎の女性観はずっと現代的で打算的だと冷ややかです。

107年前の小説ですが、今風に言えば”意識高い系男子”と”ツンデレお嬢様”のなんとも言えないやきもきさせる気にさせてくれます。

まさに高校生あたりに人気のあるライトノベルの元祖です。

母親と親戚の幼なじみぐらいしか異性を知らない青年の抱く異性像と、都会育ちの与次郎や博学の廣田先生の異性観とはまったく違います。

バブルが弾けてもデザイナーブランドで固めてモデルばりに闊歩している人が多くいましたから、私も上京したての頃は、表参道あたりで歩いている女性は人種が違うのかと思っていました。

もっとも、そういう人たちは”もっと田舎出”だということにやがて気づくのですけども。
生粋の江戸っ子は流行に流されず保守的です。

100年以上昔から都会は遊牧民(nomad)と定住民(native)の混在地ですから、三四郎のように上京時には革新的(都会生活)と保守的(郷里生活)の差異を誰もが自覚したのではないでしょうか。

与次郎が三四郎に語る都会の女性の分析は、そのまま今を風刺しているかのようです。
結婚しない女が増えるわけだ。

政府が男女共同参画を訴えるほど少子化は進む



漱石も鴎外も平塚らいてうを評価していたことからも男女同権の推進には賛成しています。

これからも結婚しない男女が増えていくのだろうな。子供をつくらない夫婦もけっこう周りにいます。何が楽しいのか。

職場や電車内での妊婦蔑視(マタニティーハラスメント)を朝のテレビでやっていました。
職場の妊婦やベビーカーを押し込む女性をつよく批難するのは、なんと大部分が女性です。

女性が女性にハラスメントを仕掛けるとは不思議な感じがするのですが、結局のところ

保守的女性は革新的女性が大嫌いである


ということ。嫁姑の関係と同じですね。

こういう社会問題に男は関わらないほうが無難です。どっちみち敵にしかなりません。
女同士で血みどろの思想闘争をやってください(笑)


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”創造的”とは決して奇をてらうことではない。”再発見”することなのだ。 
Wednesday, March 18, 2015, 05:29 PM
3/18 晴曇 10時 浅草での空間線量は14ベクレル/立法メートル



六城ラヂウムは浅草の道具屋街合羽橋道具屋筋の近所です。業者向け調理道具や食器がたくさん陳列されています。家庭向けの小物をみるだけでも結構面白いですよ。

そんななかでも観光客に人気なのが食品サンプルの店舗です。
お寿司のキーホルダーはお土産の定番になってます。チョコレートパフェやアイスクリームは美味しそう。

学生時代の通学路には食品サンプルの工房があって、出荷前の商品が道路に置かれていました。昨日はサラダ、今日はケーキかとのぞき込むのが毎日の密かな楽しみでした。

食品サンプルなんてものは食堂の外に置かれているものという固定概念があります。
個人が買って陳列して楽しむものではない。買ったとしてもジョークグッズの扱いです。

だから市場はレストラン数で頭打ちになるものと考えられていました。

故人の好物を仏前のお供え



食品サンプルではなく墓前で灯す「お供え」としてしまえば、墓参りも面白くなります。
腐りませんし、カラスに荒らされることもないので一石二鳥です。

中華圏では故人があの世で困らないように、偽のお金や紙製の家や車さらには愛人(笑)などを燃やして弔う道教の風習があります。専門店があるぐらい結構な市場なんだとか。

ローソクの大手カメヤマがお供え物として「故人の好物シリーズ」というローソクの紹介記事で、”創造的”とはこういうことを言うのだろうなと感心しました。

浅草は仏壇屋の街でもあります。けっこう新たな市場が生まれるのではないでしょうか。

(3/19追記)NHK教育で深夜に「デザインの梅干」という番組がされていました。ここでは画用紙に適当に描かれた線から何をイメージするかという遊びが紹介されていました。
また茶の湯でいう「見立て」とは見方を変えて茶道具や花器にしてみるという発想を愉しむことなのだとか。イノベーション(innovation)とは着眼点/新たな視点なのだということがわかります。
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桜にはもっと多様さ(diversity)が欲しいんだよなあ 
Tuesday, March 17, 2015, 04:12 PM
3/17 晴 10時 浅草での空間線量は13ベクレル/立法メートル

今日みたいに気温が高いとウキウキしてきます。ご注文お問い合わせがいつもよりも多く感じます。

東では隅田川、西には上野公園が桜の名所で、たくさんの人が数週間後には押し寄せるでしょう。
ただ贅沢を言えば、花火大会も毎年観ていると厭きてくるように、ソメイヨシノの桜並木は単調すぎて正直見飽きてます。

桜の種類は他にも寒桜、八重桜、しだれ桜、山桜ぐらいがあるのは知っていますが、もっとあるそうです。
色とりどりの桜が観られる名所として、荒川堤の「五色桜」が有名だったそうです。
明治45年(大正元年:1912)に東京市長であった尾崎行雄がワシントンに送った桜は荒川堤の桜12種類だったそうです。

ただし戦時中は空襲で、戦後は薪として土手の桜はほとんど切り尽くされてしまったそうです。戦後ソメイヨシノが全国で植えられたのも、育ちが早いからでしょう。

五色桜の復活は足立区が区政50周年を記念して昭和56年に、ワシントンに送った桜を接ぎ木で持ち帰り、里帰り桜として足立区の荒川沿いにはプレートが掲げられているそうです。

ソメイヨシノ一色で一斉に散って花吹雪が舞うのもよいのですが、江戸時代、明治時代の人たちの方が趣味がいいですね。色々な種類を混植してコントラストを愉しんだのです。もしくは長く楽しんだのです。

桜が咲いたら千住当たりから荒川土手を走ってみたいと思います。
でも私は関西出身なので吉野の山桜が一番だと思ってます。


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「余剰の時代」を生きのびるにはリバータリアニズムを根付かせるしかない 
Monday, March 16, 2015, 02:14 PM
副島隆彦先生の新刊「余剰の時代」(ベスト新書 880円)を読みました。

まえがきにあるように、余剰問題というケインズが悩みに悩み抜いていた経済問題の根源を辿ることは、西洋発祥の人権思想の批判につながるというタブーに結びつくのです。

人権主義(Human Rights)は過激な平等主義を唱えたルソーにより生まれ、400年かけてヨーロッパに根付いたものです。
だからこれを軽々しく扱うと火傷をしてしまうと副島先生がしるしています。
大多数を占める(貧乏な)人々から憎悪されることは火を見るよりも明らかです。
出版人である副島先生としては、及び腰にならざろうえません。

あとがきにあるように、教養深い編集者の小笠原豊樹氏のやりとりの末、難産で生まれたものです。そんな執筆者と編集者の魂がこもった本です。
とはいっても200ページ程度の薄い新書で、わかりやすい文体ですから、一日で読み終えることができます。

読み終えた読後感はひとこと

我々が抱えている不満の根源がすっきりわかった



貧困から生じる問題は16世紀からつづく平等主義だったのです。ルソーの唱える平等主義は妬みそらみが昂じた革命思想なのです。

そしてその土台となる思想はプロテスタント・カルバン派の教義「楽天主義」にあるのです。
根本からパラドックスを抱えて資本主義は進んできたわけです。

だから「余剰問題」は近代文明・近代国家の否定に帰結せざろうえない。ここがかつての知識人では考えが及ぶ限界です。

アメリカでは共和党内でリバータリアン(茶会派)が勢力を伸ばしています。独歩独立・政府権力の干渉を嫌う反全体主義が基本で、
海外にまで派兵して戦争をするなというリアリスティックな考えです。

全米ライフル協会がリバータリアニズムの代表例として挙げられています。

これまでは極端な考え方だと私は思っていましたが、これこそが「自分の(家族の)身を守る思想」であるのです。

アルマジロのように身構えて生きて、潔く死ぬ心構えを持て



リバータリアニズムを研究してきた副島先生の渾身の一冊です。

朝日新聞に「暴力の人類史」(スティーブン・ピンカー 青土社)の島田雅彦氏による書評が載っていました。暴力の人類史ではなく「人類史とは暴力そのもの」なのだということ。

人権思想が浸透しても悪魔が全滅することはない。歴史の終焉(キリスト教徒にとっては「世界の終り」「イエスの再臨」)はヘーゲル的妄想に過ぎない。実際には(これからも戦いの)歴史は繰り返されていくだろうということ。


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線虫が嗅ぎ分けるものは何なんだろうか 
Monday, March 16, 2015, 12:02 PM
3/16 晴 10時 浅草での空間線量は13ベクレル/立法メートル

すでにインターネットで話題になっていたので、旧聞ですがメモ替わりに貼付けておきます。
私がおもしろいなと感じたことは、人工の味覚・嗅覚を研究開発している部門が線虫の行動を研究している過程でがん患者の尿に反応していることを発見したことです。

足元に大発見が転がっているという見本ですね。


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便利になることはいいことだ、俺は行かないけどw 
Saturday, March 14, 2015, 02:41 PM
3/14 晴 10時 浅草での空間線量は10ベクレル/立法メートル

朝から北陸新幹線と東京上野線のニュースで賑わっています。交通が便利になることはとても良いことです。
新幹線の快適さに慣れると在来線には乗れませんね。

学生時代はずっと夜行や鈍行ばかり乗っていました。東北本線は風景がずっと田んぼばかりで退屈を潰すことに苦労し、中央本線で行く長野は直角の背もたれと椅子の固さに閉口して漫画雑誌を敷いて床に座る人も結構いました。
いま同じ旅行をしたいかと言われれば御免こうむります。

スキーバスにもよく乗ったので、長距離バスはあまり抵抗がないです。昔よりもずっと快適になったのですが、駄目な人は金沢までの新幹線開通は福音です。

何度も金沢には訪れましたし、見るべきスポットはほとんど寄りました。
過去ログ:金沢パワースポット巡り(一泊四日のバス旅行)

これを打ちながら思ったのですが、長野新幹線が開通したら信州方面には興味が薄れてしまいました。金沢も身近になってよかったとは思いますが、あえて行こうという気持ちはありません。

なんででしょう。

数時間で行けるという身近さからか、旅行にいこうという気勢がそがれてしまったからかもしれません。

私は単純に移動手段としてしか鉄道をみていないので、正直なところどの列車が廃止になろうが開通しようがあまり興味はありません。

だからブルートレインが廃止になるといったニュースでも、そりゃそうだろとしか感じません。実際に乗ると貨物線ばかり通って、しかも直流交流の切替えや乗務員の交代なのか停車がやたら長い。いまでは飛行機のほうが安いので寝台列車は暇と金がある人に限られるようになったのですから当然でしょう。

東北や信州のローカル線に乗り換えたら、よく山手線や中央線で活躍していた中古の黄緑や橙色の101系であることがあります。

をを懐かしい、なんて気持ちよりも逆にガタガタのボロイ車両で切符代を損した気分です。
鉄道車両に関してはノスタルジーは一切感じません。窓の外ばかり見ているからでしょう。

古い駅舎がまだ建っていたりすると心躍るのですが、鉄道自体はもっともっと便利になればいいのにと思っています。

数年前まではレールも道路も走れるバス(DMV)が脚光を浴びていたのにいつのまにか消えてしまいました。廃線跡の活用や未成線とよばれる完成途中で放棄された線路跡を活用するために考えられた方式なのですけども、道路の整備で立ち消えてしまったようです。

旅行は好きなのですが、日本の鉄道ばまだまだ不完全で非効率なシステムだと思います。

大きな荷物があったり、小さなお子さんや赤ちゃん連れで鉄道を使うと、その不便さは実感できます。階段や段差の多さ、エレベーターの不備、乗り換えや連絡が悪すぎるなどなど、ヨーロッパ鉄道にくらべれば、よく我慢してられるなあといったレベル。

たとえばフランクフルト空港だったらゲートを出ればそこはICEの発着ホームです。
また迎えの車もホームの側だから電車から降りたら、すぐに乗り込めます。
路面電車に乗るのでもシームレスで、うろうろ歩かなくても良い。

国土交通省や鉄道会社は利用者にとって使いやすい鉄道を考えているとは、私は少しも思っていません。駅舎から離れたところにあるわかりにくいバス停や乗換の多さなどなど。

満員電車に毎日乗る会社員の人たち、自動車の運転ができないために鉄道を利用せざろう得ない人たち、交通費を安く上げて旅をしたい若者達にとって鉄道は不便さを甘受して乗るしかない呪いの対象です。

だから廃止される電車のために駅に集まる鉄道マニアという人たちはあんまり理解できませんし、新幹線を除いて日本の鉄道車両や運用方法が素晴しいなどと感じたことは少しもないです。

ヨーロッパの鉄道の方が広くて速くて揺れなくてスムーズに乗れて、乗り換えも楽です。

かたや日本はイライラして疲れます。酒でも飲んでなきゃ耐えられない。
日本の交通インフラが進んでいるなんていう自慢は海外にはあまりしないほうがいいです。新幹線以外の在来線や枝線や駅舎はあいかわらず不便きわまりないですから。
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なぜこんなに引き籠もり精神病者が多いのか?ソフトドラッグ化する食品 
Friday, March 13, 2015, 04:20 PM
和歌山の紀の川市、川崎の狂暴少年少女集団、淡路島とこのところ立て続けに精神異常者の犯罪がつづいています。また昨日にも川崎の団地で階下の65歳の男が、嫌がらせをされつづけていると思いこんで階上の女性につかみかかり大怪我をさせています。

以前、芸能ゴシップニュースをにぎやかにしているのは演技製パーソナル障害という立派な精神病者ばかりだという事を書いたことがあります。
被害妄想や誇張・虚言癖、強迫観念、妄想、妄言などなど

過去ログ:メディアに映るのは演技性パーソナル障害者という気違いばかり

たとえば最近では高橋ジョージと三船美佳の離婚経緯などでも、分かる人がみればあきらかに常人ではない。

つい先日でも年寄がコンビニのレジで順番を飛ばされたと大声でわめいて凄んでいました。
後の列で待っている客(つまり私)は大迷惑。

こんな気違いに平身低頭なだめているアルバイトの女性が可愛そうです。
コンビニなんて100mも歩けばそこらじゅうにあるのだから、男性店員がつまみ出せばいいのにと思います。
接客マニュアルがあるからそういうわけにもいかないのが、コンビニ経営の弱点でもあるし、精神のおかしい悪意ある客がのさばるのでしょう。

ファストフードやコンビニといったチェーン店は傍若無人な輩に荒らされたら、まともな客は寄りつかなくなります。

なんでファストフードやコンビニに精神のおかしな人たちが集まるのか?

刺激的なタイトルの本を紹介します。
”ソフトドラッグ化する食品の真実”というサブタイトルが踊っています。

内容は特定の加工食品(ここではポテトチップ)で麻薬中毒者さながらの強い依存症を引き起こさせるというものです。
過剰な添加物による味覚破壊が、精神均衡を狂わせていくのです。

過剰な脂質、塩分、糖分、グルタミン酸や香料などの添加物で舌を狂わせ、そして脳みそもおかしくしていくのです。

ジャンキーだから、自然とコンビニやファストフード店にたむろするようになるのでしょう。

ペットボトル飲料ばかり飲んでいる人も、私から見れば立派なジャンキーです。

私は「コーラを飲んだら歯が溶ける」とほとんどその手の飲み物を口にすることなく育ったので、20代半ばまでコカコーラが飲めませんでした。ある日を境に1人で一缶全部飲めるようになったのですけども。
(コーラを飲めるようになったきっかけ→「太平洋一人ぼっち」と「たった一人の生還」

禁酒の中東(ヨルダン、シリア)を旅行したときには、、現地の飲料は人工甘味料臭が強くて、水よりも安いコーラばかり手を出していました。そのうち晩酌替わりにビアジョッキでコーラを飲むようになってました。それからはしばらくは食事中でもコーラがないと物足りなく、冷蔵庫にはいつでもがぶ飲みできるように、2リッターのペットボトルが常備されていましたっけ。(元々炭酸が苦手なので自然と口にしなくなりました)

ポテトチップス、清涼飲料、菓子スナック類に依存性があるのはわかります。

昔会社員だった頃、ハッピーターンという米菓ばかり会社で食べている上司がいました。昼休みに買ってきたそのお菓子を毎日こそこそカサカサ食べているのです。同じ机を並べる社員にも配っているので、女子社員には人気でしたね。

あとで知ったのですが、グルタミン酸がまぶしてあってリピートの購買が多い商品なのだとか。病みつきになるのは、まぶしてある調味料に鍵があったわけです。

あくまでも私の推測ですが、精神異常者は加工食品ばかり食べているのではないでしょうか。テレビで映し出される貧困家庭や母子家庭の食卓にはその手のものばかりが目立ちます。そして(ジャンキーとなった)子供が欲しがるからかポテトチップやスナック菓子を日常的に摂ることでますます精神の荒廃(破壊といっても差し支えないだろう)が進んでいるのではないか。

そう考えないと、これだけ精神を壊した人間が多くいることが説明できません。

過去ログ:メディアに映るのは演技性パーソナル障害者という気違いばかり
「健康的でありたいための常識」こそ余生を劣悪にする
「病」になった「捨てる文化」 〜技術から信仰を経て精神病へ〜
きちがい教育委員会 はだしのゲンを叩く
これからは「摂らない」という治療が主流になるだろう
壊れた人は治らない 藤圭子の自殺に思う
うつ病は伝染病だから隔離が正しい
なぜ自殺はいけないのですか?(相談者 女性18歳)

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