体幹トレーニングの基本は無料でできるドローイング〜AGEを減らせ〜 
Sunday, September 9, 2012, 08:17 PM
晴 16時 浅草での空間線量は87ベクレル/立法メートル

暑い一日でした。缶ビールでも呑まないとやってられません(笑)

昨日は日本橋クリニックの海渡一夫氏からドローイングの基本を教わりました。
老化の研究に熱心でご自身も日頃の運動や食事で体調管理から老化による衰えを予防する研究に熱心な方です。

老化というのはAGE(Advanced Glycation Endproducts:終末糖化産物)とよばれる体内の過剰な糖分が体内のタンパク質と結合してしまうのだそうです。(メイラード現象)
ちょうどホットケーキの焼き目のように茶色くなるのです。これが肌のシミや老人の骨が茶色くなる原因なのだそうです。

AGEを減らせば見た目は劇的に変わる



エリザベス・テーラーは老後のたるんだ皺を生涯なんども切って引っ張る手術を繰り返したそうです。そんなことは必要ない!というのが海渡医師の説明です。
ゴム風船は一度膨らむと、あとはたるんだゴムになりますが、皮膚は一度たるんでも適切な筋肉の運動で肌のはりは戻るとのこと。

AGEは減らせる!その運動とはストレッチ運動だ



ストレッチ運動って何?と思われるかもしれません。運動前に行う柔軟運動でしょ?と私も最初は思いました。ところがここでいうストレッチ運動はちょっとした時間でできるうんどうです。それがドローイング。

ドローイングとは息を吐くこと。たったそれだけ。
ただしへそが背骨につくように意識して20秒ほど時間をかけて口をすぼめて息を吐くのです。これをすることで肺胞が広がり、より多くの空気を取り入れられるのです。海女さんがやっております。最近ではウサインボルトが走っている最中にも口をすぼめて無意識にドローイングをやっております。

ウサインボルトは脊柱側湾症のリハビリでドイツで体幹(背骨周囲の筋肉)を強化するトレーニングを受けていました。その一つにドローイングがあったのです。ですからオリンピックでも口をすぼめて腹筋を使って吐く習慣がでているのです。写真でも頬を膨らませて走っている姿が確認できます。

ドローイングをすることで
1)リンパ循環が良くなり、心臓に負担が無くなる。また腰痛にも効く。
2)体幹が自然と鍛えられるので運動機能が改善される。
3)リンパ循環がよくなりたるんだ皮膚に張りが戻る。
4)呼気に集中することで悪い概念が飛んで、瞑想でも良い概念が浮かんでくる

と一石四鳥以上の効果があります。
またリンパ循環をさらにあげるためには秘策があります。

ぞうきんを絞るように身体の各箇所を捻りながらドローイングをすることなのだそうです。
腹筋でも捻りながら息を細く長く吐く、これは効きます。


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ご長寿企業は隠れ債務が企業活動を弱めているのです 
Saturday, September 8, 2012, 11:16 AM
晴 10時 浅草での空間線量は87ベクレル/立法メートル
空間線量は減少傾向です。

今朝はニュース解説番組で国内家電メーカーの膨大な赤字額が取り上げられていました。結局は魅力的な製品や画期的な製品がないというありきたりな結論で、特に見るべき内容ではありません。

原因は世界中に工業製品があふれていること


それだけです。円高が悪いとか新興国向け製品で後れを取ったとか通り一遍の原因を口々に言っていますが、そうではありませんよね。誰も口に出せないこと、それは

会社にも寿命があるということ


SONYは1946年(昭和21年)、1958年(昭和33年)に現社名に変更しています、戦後すぐですから66歳、松下電器産業は1918年(大正7年)創業で94歳、シャープは社名変更は1970年(昭和45年)ですが前身が1912年(大正元年)でちょうど100歳です。
ちなみに日立製作所は1910年(明治43年)で102歳、日本電気は1899年(明治32年)で113歳、富士通は1938年(昭和13年)に富士電機から独立して74歳、東芝は現社名になったのが1939年(昭和14年)で73歳、三菱電機は1921年(大正10年)に三菱重工から独立で91歳、京セラが稲森和夫によって創立された年が1959年(昭和34年)で53歳。

若い企業は京セラ53歳、ソニー66歳、東芝が73歳、富士通が74歳、三菱電機が91歳、松下電器が94歳、シャープが100歳、日立製作所が102歳、日本電気が113歳という順番になります。重電系の日立や通信系の日本電気を除けばシャープが家電系では長老です。

何言ってるんだ、老舗の会社はいくらでもあるだろうと反論があるでしょう。
しかし企業与信では創業30年以上は十分歴史があると認められます。悲しいかな創業100年以上の大企業は財閥系か財閥中心企業そのものです。

これら大企業の病巣は、円高でも新製品開発力でもありません。
財務を悪化させている要因はズバリ!企業年金の穴埋めに会社の利益が注ぎ込まれているからです。

上場企業の退職給付債務の積み立て不足はざっと100兆円!


主要な50社だけ取り上げても10兆円にも達しているのです。上場企業は約3600社です。そのうちの400社が歴史ある会社と言えます。社員の多い企業ほど不利で、ざっと10倍前後が日本の企業全体の年金積み立て不足です。恐ろしい額ですね。
日本の大企業群は社員の退職金と年金で青色吐息なのです。GMや日本航空が倒産した原因は定年退職者への年金と医療保険の債務ですが、日本の歴史ある企業も同様に財務悪化で苦しんでいるのです。


企業の年金債務を国が引き受ければ、非正規社員は減ります。国は通貨発行権というものがあるので、じゃんじゃん円を刷っちゃえばいいのです。実際は国の債務に付け替えるだけです。数十兆円で日本企業はあっというまに復活します。でも財務省はしないでしょう。
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9/7 10時 浅草での空間線量は93Bq/m^3  
Friday, September 7, 2012, 07:07 PM
晴 10時 浅草での空間線量は93ベクレル/立法メートル

100ベクレルを切りました。一気に空間線量は減りましたね。陽射しはまだまだ強いですが、少しずつ秋の訪れを風に感じます。
ということで、ひさしぶりにパンを焼きました。六城ブレッド本日開店!
今回はくるみとドライフルーツの二種類を焼きました。シリコン容器ならば台所が汚れることもなく、菜箸だけでできます。
ドライフルーツは膨らみが足らず、失敗です。
これはドライフルーツ自体が結構な糖分があり、生地の砂糖の分量を減らしたのですが、それでも糖分過多になってしまったからです。ドライフルーツの場合はドライフルーツから出る糖分だけでもいいのかもしれません。
それでもくるみパンもドライフルーツのパンも美味しく出来上りました。くるみパンは完璧。
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9/6 10時 浅草での空間線量は113Bq/m^3  
Thursday, September 6, 2012, 10:58 AM
晴 10時 浅草での空間線量は113ベクレル/立法メートル

昨日は127ベクレルでした。
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源珠の玉手箱ができあがりました 
Tuesday, September 4, 2012, 04:06 PM
追加生産中の玉手箱(五合(1kg))が出来上りました。
埼玉の都幾川(ときがわ)町の建具業者特製で職人さんが真心をこめて作ったものです。内部は浅草の業者が仕上げてくれました。純国産の檜の箱です。

お待たせしました。
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種を蒔くことの重要性(二宮尊徳の報徳仕法) 
Tuesday, September 4, 2012, 10:24 AM
晴 10時 浅草での空間線量は140ベクレル/立法メートル


二宮尊徳の報徳仕法


・至誠(しせい):うそいつわりのない真心のこと。尊徳の生き方すべてをつらぬいている精神。
・勤労(きんろう):自分や地域の向上のために自分にできる仕事にはげむこと。
・分度(ぶんど):自分の置かれた状況や立場にふさわしい生活をおくること。
・推譲(すいじょう):分度によって生まれた力やお金を自分の将来や社会に譲ること。

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昨日は熱海で行われた副島隆彦学問道場の勉強会出席後、小田原の二宮尊徳の生家や記念館を見学してきました。今年は栃木県今市市の尊徳の墓も見学しています。
※二宮家の墓は東京吉祥寺にありますが、尊徳は墓石を作らせなかったのです。子孫がつくったもの。今市の墓は本当に土饅頭です。

たった170年ほど昔の実在の人物です。尊徳の着物や道具を見ることが出来る記念館や小田原城にある報徳博物館はたいへん興味深いものでした。
二宮尊徳の報徳仕法のキーワードは『種』です。幼少のときに捨苗で耕作地脇で一俵の収穫を得たこと、行灯の油を菜種を蒔いて得た体験を通して、『種』を蒔けばいつかは好転することを身をもって実践し教えとしてきました。

左は熱海のホテルでの勉強会の風景です。朝食後から夕食までずっと発表と論評が続きます。二泊三日ぶっ続けです。

副島隆彦先生と二宮尊徳の報徳仕法は教えの内容は違っても、自分がいなくなった後でも『種』を残していくという行為そのものだと思います。

自分もできることをやっていこうとあらためて思います。

あなたの残せる「種」は何ですか?


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9/3 17時 浅草での空間線量は148Bq/m^3  
Monday, September 3, 2012, 11:45 PM
晴 17時 浅草での空間線量は148ベクレル/立法メートル

熱海で48時間もの勉強会のあと、小田原に寄って二宮尊徳の生家などを見学して帰ってきました。疲れて明日更新します。
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9/1 9時 浅草での空間線量は207Bq/m^3  
Saturday, September 1, 2012, 09:05 AM
晴 9時 浅草での空間線量は207ベクレル/立法メートル

月曜まで勉強会で更新できません。発送も遅れることをお詫びします。
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8/31 10時 浅草での空間線量は209Bq/m^3  
Friday, August 31, 2012, 02:12 PM
晴 10時 浅草での空間線量は209ベクレル/立法メートル

とうとう200ベクレルをオーバーしました。昨晩ですでに203ベクレルでした。

夏場は太陽光で大気圏の電離層が厚くなる現象や太陽のフレアにより地球に電磁波や粒子が降り注いでテレビやラジオが聞こえにくくなる現象があります。

この晴天続きですから、ひょっとすると太陽による影響かもしれません。
しかしまれに見る高い値です。通常の4倍程度の値です。

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8/30 10時 浅草での空間線量は191Bq/m^3  
Thursday, August 30, 2012, 11:42 AM
晴 10時 浅草での空間線量は191ベクレル/立法メートル

まだまだ空間線量は上昇しそうです。昨日よりも蒸し暑い日です。


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「おおかみこどもの雨と雪」は大人にも絶対にお勧めです。 
Thursday, August 30, 2012, 01:11 AM
晴 10時 浅草での空間線量は170ベクレル/立法メートル

本日はそろそろ上映が終わるのと水曜日は割安(女性のみ)なので、買い物がてら映画を見に行きました。

おおかみこどもの雨と雪


細田守という方の原作と監督の作品です。

評価は観て損はありません!アニメですが全くの大人向けです



狼人間の子供を孕んで雪♀と雨♂を母ハナが育てるファンタジーなのですが、見事な脚色だと思います。一匹狼な夫(不慮の事故で死ぬ)、田舎で子供二人を育てる決意をする母ハナ、そして狼娘の雪と気弱な息子雨。

このストーリーでは自分をどの登場人物にも投射して観れるのです



ある場面では娘・息子の立場、またあるときは母のハナ、もしくは近所の爺さんでもあり、死んだ夫のようでもあり・・・と各登場人物に感情移入しながら観てしまいます。

幼い優しい息子(12歳)の一匹の狼としての成長と戸惑いと、姉は人間社会に溶け込むことを決意します。どちらにも母の愛情をかけるハナの姿に泣いている人多かったなあ

観てすっきりするし、また優しい気持ちになる映画です。細田守、店主と同い年ですがたいしたものです。

過去ログ:宮沢賢治イーハトーブのモデルは浅草であった!

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8/2810時 浅草での空間線量は160Bq/m^3  
Tuesday, August 28, 2012, 12:39 PM
晴 10時 浅草での空間線量は160ベクレル/立法メートル

空間線量は上昇しています。それよりも暑さで仕事になりません。
夏休みの宿題、読書感想文を仕上げなくっちゃ・・・
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8/2710時 浅草での空間線量は148Bq/m^3  
Monday, August 27, 2012, 10:14 AM
晴 10時 浅草での空間線量は148ベクレル/立法メートル

昨日はあまりもの暑さで更新できませんでした。本日も陽射しが強く暑い一日です。
空間線量は135→148と上昇しています。
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ヨットは起死回生という醍醐味が味わえます 
Saturday, August 25, 2012, 09:42 PM
晴 20時 浅草での空間線量は131ベクレル/立法メートル

本日は東京湾に浮かんでおりました。店主はヨットレースが大好きなのです。
本日は千葉県のちょっとしたレースに出場しました。

ヨットレースは海上で行われるので(あたりまえ)、スタートラインというものがありません。また100m走のようにピストルの轟音でスタートということもありません。
すべて海上に浮くブイと旗で指示されます。補助的に霧笛(むてき:ホーン)が使われます。

今回、店主は大失敗をしました。なんとスタート時刻を1分間違えてしまったのです。
スタートで1分遅れるということは、まず挽回不可能。そもそも数秒差で争う世界に1分というのは致命的な過ちです。
原因はモーターボートに掲げられた旗を見間違えたことです。

悔やんでも悔やみきれません。各艇がスタートしたブイの間を一分遅れでスタートを切り、前方の船団を追います。そのときの私の心情といえば、「地区代表として出場しておきながら、顔を合わせられないなあ」ということと、言い訳と、途中で「もうレースを棄権しようか」という思いが頭をよぎります。

レースは長丁場、何が起るかわからない


心のよりどころはこれだけです。とりあえず一艇でも多く抜かすことに集中します。
それでも最初のブイを回航は後ろから二番目・・・トップははるか彼方・・・
追い風でヨットを抜くことはほとんどないので、お先真っ暗。それでもあと1艇か2艇抜かしてやれば、なんとかカッコがつくと必死にセールと舵を操作します。

最後のブイの回航で船団とは逆方向に走らせて、一発逆転を目指します。だめでもどうせビリです。どっちみちビリなら一人旅となっても誰もいない海面(ブルーオーシャン)で勝負をかけてみたいと思ったのです。

最下位を覚悟していたのですが、船団と逆のコースを取ることでゴールラインを切るときにはずいぶん順位が上がっていました。

これがセーリング競技の醍醐味です。自然を相手にするスポーツはちょっとした気まぐれでどんな状況の選手にでも最後まで平等な機会を与えてくれます。

神の気まぐれな手助けのチャンスを見失わなこと!



最後までやり遂げることとは、見棄てられていないということを心に強く感じることです。もし、もうでもいいや、適当に流してさっさと陸に上がって帰ろうと思った瞬間に勝機のチャンスは消えてしまうでしょう。起死回生を自ら捨てたのです。

たとえ最下位でも悔いのない負け方としなくてはならない。そのためには今できる最善方法は何かと常に五感で周囲を探っております。風向、風の強弱、波、雲、潮の流れなどなどを全身で感じ、どうすればよいのかと問いかけるのです。

結果はなんと総合第3位!


去年は4位だったので、ひとつ成績をあげて賞状をいただきました。

今、同世代や同期に比べてはるかに出遅れていると思う方も多いと思います。私も実際、というか幼少からずっとそういう思いを抱いて過ごしてきました。ましてや学校もサラリーマンも失格ですからね。

でもね、長丁場です。人生どうなるかわかりません。出遅れていても風向きであっという間に状況は変わります。諦めないことと集中することです。
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小室直樹「新戦争論」を今こそ読む(5)  国際社会と国家を理解することが真の平和主義 
Friday, August 24, 2012, 12:57 PM
晴 10時 浅草での空間線量は116ベクレル/立法メートル

■国家権力は個人責任の免罪符なのである


近代国家では、法秩序の機能を、国家権力が最終的に独占する。国家権力の本質は、あらゆる権力、あらゆる支配と同様に、元来むき出しの暴力であって、それが合法的に組織されているものにすぎない。しかし、それは言葉を換えれば、個々の私人に自己防衛のための暴力行為を禁じただけでなく、むしろそれをすべて吸収し、その責任までも自ら吸収してしまったという意味である。正義と本の見地から、国家権力が執行するのである。
そして近代国家があらかじめ設定されたルールに則り、手続きを尽くした上で出てきた結論は、それにかかわった政治家や役人の個人的責任を自動的に解除するからである。もちろん、政治家は選挙で政治的責任を問われることになる。しかし、国家の行為に、政治家も役人も責任を問われることはない。国家がすべての責任を吸収しているからである。
第二次大戦後、わが国では、東条元首相は戦争責任を追及されなかった。追求したのは戦勝国が国際社会の名において行ったものにすぎない。
もう少し例を挙げよう。
判事は手続きに従って裁判を行い、たまたま無実な者に有罪の判決を下しても、個人的には責任をとることはない。道義的な面はともかく、法的には責任をとりようがないのだ。その責任は当然に「国家」がとる。あたかも医者が誤診したときと同じである。学問上責任は州庁的な「医学」というものが、法的責任は国の定めた制度が吸収してくれる。せいぜい医者は良心が痛むだけのことである。それが近代国家なのである。
それでは近代国家で構成されている現代の国際社会はどうなのか。それは個々の近代国家のように高度に組織化され、制度化されたものになっていないのだ。将来そのようになる見通しもない。たくさんの主権国家が併存している状態は、当分の間、いや相当遠い将来にいたるまで、変わらないだろう。
結局、国際社会にはここの国家から政治的法的責任をすべて吸収する機関が存在しない。国家より上級の権威がないのだ。国連の如く、それが一見あるように見えても、詳細に分析すればそれはまったく錯覚であることがわかる。
つまり、個々の主権国家としては、いったん事があれば、自力救済しか方法がないということである。現代の国際社会では、主権国家の自力救済が原則だと言うことである。最終的には自己の責任で実力を行使する他はない。
最終的な実力行使とは、武力行使のことである。われわれの定義によれば、これはまさに戦争なのである。

■単一民族国家の日本は「国民国家」をよく理解できない


国民の全ての政治的責任を吸収はするが、かと言って、国民ひとりひとりの単なる集合体ではなく、個人の次元よりも高い実体をなし、国際社会の中では相互に独立した絶対的な主権国家として行動する近代国家を、国際社会の歴史的概念として「国民国家(ネーション・ステート)」と言う。
国民国家は、15世紀末から17世紀初頭にかけて西ヨーロッパで成立した。日本は1867年の明治維新だし、ドイツは1871年のビスマルクによるドイツ帝国の完成、イタリアは1861年のサヴォイ王朝によるイタリア王国の成立で、奇しくもほぼ同時期に国民国家を実現している。アメリカは1865年の南北戦争の終結だろう。これも同時期だ。
ところで、国民国家の存在の起訴は「連帯性の原理」である。真の意味の「ナショナリズム」である。広く国民のおのおのが、一つの国家を構成するものとして、政治的に同質のものとして意識することである。つまり同じ国民だという連帯感をもつことである。この連帯感が欠ければ、国民国家は一挙に崩壊するだろう。
また、このような連帯感は自然に生まれてくるとはかぎらない。ましてや、自然に成長し、一つの国家を構成するほど頑固なものになるとはかぎらない。
ここでとくに注意しなければいけないことが一つある。同一の言語、同一の民族は、国民国家成立の必須の条件ではない。国民国家を形成する積極的な要因でもない。この点は、日本人が陥りやすい誤解である。わが国は孤立した島国であるので、歴史を通じて大規模な異民族との接触と異文化との衝突もなかった。したがって、国民国家の原型(プロトタイプ)がいかなるものか、なかなか気づかない。
ヨーロッパを旅行すると、国境で言語環境が一変する。たとえばスペイン語からフランス語、そしてドイツ語である。一見、何の不思議もないように見える。しかしよく考えてみると、これはどえらいことだ。言語は自然現象ではないが、長い歴史を経て土着の文化現象として推移してきたはずのものである。つまり、典型的な「社会的なもの」なのだ。しぜんのままに放置しておけば、連続している地域間では急激な変化はないはずだ。
ということは、国境という人為的な線のあちら側とこちら側とで、言語の断層はないはずである。しかし実際はあるので、人為的なもの、人工的なものにきまっている。
これは「国語」という教育制度のなせるわざである。いったん国民国家を完成した中央政府が、国民教育の手段として「国語」を制定してその普及に努力したからである。だから、同一言語は国民国家成立の原因ではなくて、国民国家成立後の結果なのである。
同一民族と言うことも、国民国家成立の決定的な要因とはなりえない。フランスという国民国家は血縁概念や人種概念とは関係がない。古代ゴール人の子孫も、ブルターニュ地方のケルト系も、アルザスの紛うかたなきドイツ系も、フランス人としての連帯感があればよい。フランス国民としての明確な意識を持っていれば十二分である。アメリカのような多民族国家も、まったく同じである。少々事情が異なるのは、連帯感を涵養(かんよう:養成)することが多少難しいことだ。アメリカに行くと、いつでもどこでも星条旗を掲げているのに出会うだろう。これも連帯感を鼓吹する手段なのだ、なにもアメリカ人は愛国心に富むなんて感心することはない。
ユダヤ人社会でさえも、ユダヤ人を人種概念とは思っていない。ユダヤ教を信じ、ユダヤ社会の掟を守り、ユダヤ社会に帰属するという明確な意識を持てばユダヤ人なのだ。これは、国民国家の基本原則に酷似したものである。
わが国は幸か不幸か単一民族であり、強固な団結が期待できる有利さがあった。しかし反面、国民国家の連帯性の原理は、あまりに素朴な人種概念と未分離であるので、なかなか高度なものに昇華しない憾(うら)みがある。

■ソ連は国民国家に変質して侵略の危惧はなくなった


国民国家は、地域的な領土国家であると同時に、国民間の連帯性の原理で成立する。したがって国民国家の領土サイズは、無限におおきくなりうるものではない。連帯感が達成された範囲内でしか、国民国家は成立しないからだ。国民国家はナショナリズムの産物である。ナショナリズムが健全な時代には、国民国家は平和的に再編成されて、国民国家のサイズは大きくなり数は少なくなる。ナショナリズムが堕落すると、分裂の傾向か生ずる。国の数が多くなって、細分化する時代は、どこかに不健全なところがあるというということだろう。
一つの国民国家の中で、連帯感が稀薄(きはく)になって、たとえば二つの国民国家ができるだろう。パキスタンからのバングラディシュの独立はその一例である。(編:最近ではユーゴスラビア→スロベニア・クロアチア・マケドニア・セルビア・モンテネグロ)また、国民国家はその本質上、無限に大きくはなりえない。もし可能であるならば世界的規模まで一つの連帯性という、より高度の理念が成立していなければならない。この意味では、国民国家に対となる概念は「古代帝国主義国家」と「ユニバーサリズムを理念とする国家」である。
古代帝国主義国家とは、武力の達する限り、いくらでも膨張しうる。限界があるとすれば、征服した地理的範囲である。アレクサンダー大王のマケドニア王国がそれである。地球全体を征服するのに、理念上の制約は何もなかった。ただ、アレクサンダー大王が途中で死んでしまって、あの巨大な征服機構がたちどころに放火しただけの話である。
ユニバーサリズム(普遍性)を理念とする国家も、建て前の上ではこれに似ている。ソ連は、共産主義を旗印とするイデオロギー国家である。少なくとも建前上はそうである。共産主義での一国社会主義などは、やむを得ぬ方便である。ソ連には、共産主義を世界に普及する責務がある。つまり、理念の上ではユニバーサリズムである。ヴァチカン市国もカトリック教会を基盤とする特異な世俗国家である。カトリック教を世界に宣教する使命感を持つ。これもユニバーサリズムだ。
いずれにせよ、なんらかのユニバーサリズムに基づく国家は、他の国民国家から見れば危なくて仕方がない。ただし建て前の上で物騒なだけである。ヴァチカン市国はともかく、ソ連の実体は一国民国家のようであり、共産主義というイデオロギーは戦略上の建て前であり、単なる合言葉に堕しているのだ。ソ連は国民国家の論理を十二分に活用して、しぶとく国益を主張し、国際社会でできるだけ優位に立とうとしているだけだ。つまりソ連は実際上、国民国家と見てよい。そのためにそれほどソ連を過大評価する必要はない。(編:小室直樹の指摘どおり、ソ連は本書の18年後に解体となったのである)
このように、国民国家は成長し衰微する。しかし、成長しても、その規模には本質的に限界がある。そして横並びの対等のライバルを前提としているので、現代国際社会は基本的に多元社会だということである。

■文化圏・経済圏が一国家になることはありえない


政治的あるいは法的次元から、文化や経済の分野に目を移すと、だいぶ様子が違う。日本の文学者は日本の社会しか念頭にないのではあるまいか。しかしアメリカの小説家はどうだろうか。世界的規模の知識階級を相手に書いているわけだ。事実、世界のどこの果てにも彼らのペーパーバックがあふれている。
ヨーロッパではどうか。学問に国境はないなどと言うことは、理想の表白ではなくて、現実そのものだ。それも中世の昔からそうだった。
カントの『純粋理性批判』はベルリンでもパリでもロンドンでも、たちまち反響があった。アダム・スミスの『国富論』はイギリスの領域なんかに閉じこめる気持ちはなかった。マルクスは『資本論』をドイツで書いたからと言ってドイツ語圏だけを相手にしたのではなかった。当然、西欧世界すべての知識階級に読ませるつもりだった。要するに、文化に関しては、ヨーロッパはかなり古くから一つの世界だった。国民国家を越えた同質の世界が存在していたのである。
経済に関しては、もっとすさまじい。いくら国民国家が規制しても、その抜け道を通って、商品はどこにも浸透していく。プライス・メカニズムが働く限り、国境などもないも同然だ。資本だって、手を変え品を買え、多国籍企業としてどこにも進出する。
文化や経済がそのように普遍的なものであれば、どうして政治的には、このように国民国家が窮屈に分立しているのか、という疑問が出てくるのも無理はない。ヨーロッパ合衆国とか世界連邦とかの発想も、あながちバカにしたものではないように見える。一見もっともだ。
しかし、よく考えてみると、国際社会はそこまで成熟していないのだ。文化を具体的に生み出すのは、豊かな地域社会であり、その大規模なものが国民国家なのである。国際社会には、まだそのような生殖能力はない。経済も同様だ。個々の国民経済(ナショナル・エコノミー)がその活力を生み出し、各国政府(ナショナル・ガヴアメント)がその運営に当たってなんとかつじつまを合わせているのである。国際経済などと言うが、それはまだヌエ的存在である。
ただ文化や経済には絶対的国境がないだけのことである。
(編:30年まえにして小室直樹は欧州連合(EU:Europian Union)の可能性を考えるが、経済的な統一はできないとの結論を導き出していることに驚くしかない。おそらく欧州経済共同体(EC)が将来一国家になるかという命題に答えたものであると思われる。)

■正義は「空き箱」にすぎない


国際社会に正義はあるのだろうか。それとも神も仏もないのだろうか。この設問は、問題の提起そのものに誤りがある。なぜなら「正義」は最終的な権威ではないのだ。
現代の国際社会は、百五十もの主権国家が並列しているのだ。したがって特定の国が正義を唱えて行動を起こしても、それに対して他の国が正義を理由に対抗するだろう。正義のために出兵しても、自衛権行使を言う正義によって反撃される。公平に見ていずれにも言い分はある。しょせん、正義とは相対的なものだのだ、と。ところが問題の核心はそんなところにあるのではない。じつはもっと重要な問題があるのだ。
話をわかりやすくするために、たとえ話をしてみよう。
二人の兄弟に一つのお饅頭を与えるとする。与える方も与えられる方も、公平に、と心がけるだろう。だから正確に半分に切って与えればよい。この場合、「公平」ということが正義の原則である。しかし、公平ということは、ここでは、すべて平等に扱うべしと言っているだけだ。与えるものが、饅頭なのか、げんこつなのか何もきめず、ただ与えるならば公平にと言っているだけだ。
このとおり、正義とは「空き箱」である。中に何を入れるのかは、もう一つ上級の権威に決めてもらうほかない。正義とは、もっぱら形式であり、手続きである。それ自身「法」を創造するわけでなく、創造された法を認知するだけである。法を創造するものこそ、最終的権威であろう。それこそ価値観の問題だ。
しかし国際社会は、まだ単一同一の価値観を持っていない。だから正義より上級の最終的権威らしきものを持ち出しても決着がつかない。
っみんぞくかいほうせんそうは正義の戦争である、とよく言われる。反イスラエル闘争はアラブの大義である、ともよく聞く言葉である。そうかもしれない。その通りと言ってもよい。しかし、それでは何も解決されない。何もきまらない。
ただ、はっきりしているのは、戦争をなくすことは、なにもよりも正義の戦争をなくすことだ、ということだけである。

■国際法はまだ低開発段階にある


現代の国際社会は、百五十余にのぼる主権国家により成り立っている。おのおのの主権国家の上に立つ上級の権威は存在しない。国連は多数の主権国家の結社(アソシエーション)であって、超国家機関ではない。ましてや国連を国際社会そのものと誤認するとたいへんな誤謬(ごびゅう)に陥る。
結論として言えば、‐譴箸靴討旅餾歇匆顱↓△修両紊帽獣曚気譴神度としての主権国家、そのグルーピングである国連(一般に、国際機関と言ってよい)、という三重構造を明確に認識する必要がある。
ところで、そのもっとも基礎的な国際社会が法を生み出す。主権国家も国際機関も立法者の一人であるが、最終的に法を定立する者ではない。国際法の主体と言われる主権国家や国際機関は、法らしきものをでっちあげるだけのことである。
その法らしきものを、「条約その他の国際約束」と言う。ただ、条約その他の国際約束は契約のようなものなので、法らしきものであるかのように、誠実に履行し遵守されることが期待されるだけだ。やがてその法らしきものが真の法秩序にくり込まれるか、死文と化するかの差が出てくるが、国際社会には、作った途端に死文と化した条約はけっして稀ではない。
したがって、国際法は本質的に慣習法である。国内法の場合のように国家という単一の立法意思が確保されない以上、成文法体系とはなりえない。国際社会が、まだ全体として低開発段階にとどまっているので、それが生み出す国際法も低開発段階にあるのは、当然である。
国際社会は流動的なものである。したがって、それの生み出す法秩序も流動的でないと間尺に合わない。しかし、法というものの本質上、ダイナミックな変化は期待できない。国内法の法秩序も基本的には同じであるが、立法の意思は単一であるから、法の改正はそれほど困難ではない。また法の欠缺(けんけつ)があっても、何らかの方法で合理的な解決がありうる。たとえば、「時効」の原則がそうだ。
このような仕掛けは、国際法にもあることはある。ただしたった一つの例外的な仕掛けである。それを「事情変更の原則(クラウスラ・レプス・シク・スタンテイプス)」と言う。
世の中が変わったのだから、形式的には法的義務があるのだが、もう拘束されませんよということである。ソ連が第二次大戦末期に日ソ中立条約を破棄して、まだ暫定的な効力が残っているのに戦争に入ったとき、いろいろ法的な理屈を並べたが、一口で言うと、この原則を採用したと見てよい。
事情変更の原則は、便利だが乱用されるときりがない。しかし、だからと言って否定すると、国際法は時代に取り残されて形骸化する。これが流動する国際社会唯一の安全弁なのだから。
国際法が低開発段階であることは、とくに戦争をめぐって明らかになる。戦争を規制する法律がいかにも素朴きわまりないのだ。現状では、国際法のすべての分野を通じて戦時国際法はもっとも貧困な分野と言わざるをえない。戦争の開始と終了について言うに足りない形式的なルールのほか、大したものはない。

■真の平和主義とは何か


われわれは、これまで、いろいろなアプローチを試みて、戦争のなんたるかを考察してきた。結論はすでに明らかになったと思う。簡単に要約すると真の平和を願う者のなすべきことは何か。
,泙此∪鐐茲諒弧聖謀本質を洞察することである。ポイントは二つある。
1)戦争とは国際紛争解決の手段である
2)戦争以上に合理的で実効的な紛争解決の手段を創造しないかぎり、戦争はなくならない。
△靴し次元の高い国際紛争解決の新たなメカニズムは、萌芽すら現れていない。具体的な方向すらまだ発見されていない。
方向はわからなくても、少なくとも準備作業がなんたるかはあきらかである。それは
1)長期的に国際法の成熟を目指して、複雑きわまる組織的努力を続けることである。当面はやみくもの努力以外にやりようがない。
2)短期的に並行して、現行の国際法の枠内で、できるかぎり具体的に戦争の勃発を減少させる努力を続けることである。ただしこれを戦争廃絶の努力と錯覚してはいけない。
その間に、現実の戦争の可能性に対しては、物心両面で十分備えがなくてはいけない。このことは、平和への努力、祈りと矛盾することえでゃ内。むしろそうしないことが、結果として平和主義と矛盾することになる。
以上が平和主義の確信である。
まことに、新しい制度の創造には、それに相応した基礎的な法秩序の成熟が前提となる。そこに達成するまでは、並行して現実的に対応することが不可欠なのである。これが文明の鉄則なのである。(了)

小室直樹 新戦争論 カッパビジネス(光文社) 一九八一年五月刊
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小室直樹「新戦争論」を今こそ読む(4)  国連を国際社会と混同する文化的原因 
Friday, August 24, 2012, 12:33 AM
23日晴 12時 浅草での空間線量は123ベクレル/立法メートル

■国際社会を知るための鍵、「社会」と「結社」


国連はユニバーサルなものではない、と論じた。その理由は、現実にはまだ非加盟国が存在する(編:1981年当時)という現実的なものだけではなく、本質的にそのようなものになろうとする意図がないということであった。意図がないと判断する根拠の一つとして、敵国条項に象徴される第二次大戦中の「連合国」としての性格を脱していない、と指摘した。
もし日本人が、そのような時代離れした性格を脱したならば、国連が事実上、国際社会そのものになる、少なくとも国際社会に限りなく接近すると考えるならまちがいである。しかもただのまちがいではなく、致命的なまちがいを犯すことになる。この点、実は日本人だけではない。国際社会一般が陥っている誤解に通ずるものである。
説明しよう。
第一次大戦後、「国際連盟」が成立したとき、スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセがいち早く指摘した。これは発想上の誤りだというのである。なぜなら、その根底に、「社会」と「結社」との救いがたい混同があると見たからである。
「国際連盟」は正式のフランス語名は「ソシエテ・デ・ナシオン」である。「ソシエテ」というのは、英語で言えば「ソサイアティ」であって「社会」そのものである。
「国際連盟」はたかだか、すでに存在する国際社会という場の中で、一つのクラブを作っただけの話である。つまり「社会(ソサイアティ)」ではなくて「結社(アソシエイション)」である。社会と結社の次元を混同したなら、これはたいへんである。「国際連盟」の英語名は「リーグ・オブ・ネーションズ」でまだました。「ソサイアティ」などという、どえらい語を用いなかっただけ救いがある。ただ、「リーグ」では、政治的便宜的結合しか意味せず、独特の法的性格を表現しない憾(うら)みはある。
いずれにせよ、社会と結社は峻別しなくてはいけない。人間が意図的に造り上げることができるのは、結社のほうであって社会ではない。
国内社会も、地域社会も、そしてうっかり忘れがちであるが、国際社会も同じことである。
第二次大戦後の国連にもまったくおなじことが言える。どんなことがあっても、国連を国際社会そのものであるかのように勘違いしてはいけない。
それでも、現実には、国連をとかく国際社会と混同する向きが少なくない。西洋人もそうだが、日本人にはとくに危険が多い。ただし西洋人と日本人とでは、混同する原因がまったくちがう。面白いことに、正反対と言ってよい。
万事受け身の日本人は、国連を与件であるかのように受け取る。国連を天然自然の賜物と思いこむ、ましてや、その根底にある国際社会などは、自然の果実である。人間と直接関係なく、「そこにある」ものである。ということは、国連も国際社会も、ともに自然なのだ。両方自然と思いこむことによって、混同するのである。
西洋人は逆である。国連はもちろん、人間の作った一つの制度である。国際社会も、同様に人間の作った制度であるはずだ。したがって、両方とも、自然ではなくて、それと対決する文明の範疇(はんちゅう)に入るのだから、同じようなものだ。つまり、両方とも文明の所産と片付けて、混同するのである。

■「憲法上のそれはできない」という弁解は成立しない


およそ文明史的発想の根幹をなすものは、自然と文明の区別である。その区別があいまいであったら、文明史的洞察などできるはずがない。すべて即物的で、環境順応にすばしこく、似非(えせ)実際主義にかぶれた日本人の、致命的欠陥がこれである。自然と文明の区別は、「作為の契機」があるかないかである。
日本人は、簡単に「社会が所与である」と思いこむ。その社会の場として人間が作ったはずの制度も、所与と錯覚を起こす。人間が作ったものなら、人間が変えることができるということに気がつかない。たとえ理屈で知っていても、日常生活のセンスにはのってこない。したがって、この社会にも、それから文明のもたらした種々様々な制度に、あたかも自然であるかのような態度で接することになる。
自転車も馬であるかのように取り扱うし、憲法も神様の作った自然の掟(おきて)であるかのように思いこむ。国連だって「国連中心主義」などと言って、あたかも「所与」のごとく受け取る。それは、台風や地震と同じ事である。国際情勢も単なる与件である。だから、それに上手に順応することが日本の対外行動である。日本は「外圧」がないと、行動を起こさない。自分自身が能動的な役割を果たしうることに気がつかない。これでは高度の戦略も政略ももていないのは当然である。
ひと口で言えば、日本人は自分と直接の交渉相手以外は、すべて自然と同様と考える。ひどい場合は、相手まで自然の一部と勘違いすることがある。戦争がそのよい例である。ある日ある時、敵が攻めてきたら、としか考えない。これでは、自然現象とあまり変わらないではないか。台風に襲われたら、大地震に見舞われたら、どう対処するか。せいぜいそれだけのセンスしかないようだ。
戦争は文明の所産なのだ。制度なのだ。自然現象ではない。文明であるならば、それ相応の構造があり、論理があり、手続きがあるはずだ。したがって、根本的な問題は、わが国に戦争が起ったらどうするか、ではない。わが国をめぐって、どのようにして戦争は起こるか、である。戦争にいたらざるをえない深刻な紛争があるのか、近い将来に想定されるのか、それを回避する手段はあるのか、あるとすればどの程度の効果が期待されるのか、ないとすれば危険点はどこにあるのか、それはいかに備えるべきか・・・このように考えないとおかしいことになる。
よく日本人は外国人に対して、それは憲法上できないんですという。それが大真面目で、もったいぶって言うので、相手は、バカじゃなかろうかと思わざるをえない。憲法はそちらのお家事情であって、こちらには関係がない。具合が悪ければ改正すればよいではないか、と逆襲される。
まともなセンスのある人なら、同じことを、こう言うだろう。じつは、わが国ではすぐに憲法問題となるので、なかなか対処がむずかしいのだ。それを理解していただきたい、国内には尖鋭(せんえい)な対立があるので、うかつに扱うと政権の命運にもかかわりかねない問題なのだ、と。
このように言えば、まさか、こいつは自然と文明の区別もつかぬのか、などとバカにされないだろう。アメリカ人だって、時折り、その通りだが、なにしろ議会がおいそれとうんと言わないのでね、などと同じような弁明をするのだから。
要するに、日本人はとかく自然と文明とを混同するのだが、その結果として、自然の領域が不当に拡大されることが問題なのだ。わが国では、作為の契機の問題をいくら強調しても、強調しすぎることはないだろう。

■逆に西洋人は社会と制度の区別がつかない欠陥がある


日本人と同様に西洋人も誤謬(ごびゅう)を犯した。皮肉なことに日本人の誤謬と逆なのだ。日本人の「自然」偏向に対し、西洋人は「文明」偏向なのである。西洋人は日本人とちがって、自然と文明を峻別するのだが、文明の取り扱いに当たって、少し次元が異なるところで偏向に陥った。
西洋人の犯した誤謬とは何だろうか。それは、文明と言っても、じつは二つに分けて考えなくてはならないことに十分気づかなかったのである。それは「社会」という場と、その場の上に構築される諸「制度」の区別があいまいなことである。むしろ極端に言えば区別をしたがらない、すべてが作為の契機だと、簡単に片付けてしまう傾向があるのだ。
「社会」とはなんだろうか。きわめて具体的な歴史と環境を担った空間である。したがって、人間はまったく自分の意志と能力で、自分の所属する社会を作るのではない。すでに作られた社会に順応しながら生活をする。この意味では社会は自然に酷似するのものだ。
他方、人間の形成する社会は、きわめて長期的巨視的には、集団的努力が積み重なって変化するものである。その限度では、作為の契機がまったく存在しないわけではない。
したがって、図式的に割り切って言えば、社会は自然と文明との中間的なものである。「社会的なもの」をこのように理解しないと、考え方の混乱が起こる。
たとえば、社会契約説というのがある。社会は、まったく白紙の空間に、ここのメンバーが寄り集まって、自由意志で人為的に契約して作り上げたものだというのだ。歴史的に事実か否かは問題ではない。「社会」という理念型の基本は、そうであるに違いないという思想である。この社会契約説でいう契約もルールである以上は、文明を「社会」とその上に構築された「制度」とを区別し、「社会」という場で生まれ出たものだ。このように社会契約説は誤りであり、西洋人らしい誤謬なのである。
すでに述べたように、国際連盟や国連をややもすると、国際社会そのものと混同する傾向がある。これは現在の国際社会の病の根源の一つである。西洋人は国際社会を社会契約説によって作り直したと錯覚を起こしている。日本人は、自然であるかのように対応することで、混同している。なんとも皮肉な光景である。
(つづく)

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小室直樹「新戦争論」を今こそ読む(3) 国連の幻想と国境の思想 
Wednesday, August 22, 2012, 03:42 PM
晴 10時 浅草での空間線量は131ベクレル/立法メートル

とんでもなく暑い一日です。さすがに空調の効いた場所に避難しております。昨日に続き、戦争論のほとんど丸写しに近い抜粋です。

■ナンセンスな国連中心外交


戦争は国際紛争解決のための制度である。だから戦争をなくすためには、戦争以上に合理的な制度を確立しなくてはならない。そうせずに、戦争だけをやめると、戦争以上に悲惨な世の中になる。
こう言うと、多くの日本人は、次のように反論する。戦争以上に合理的で実効的な国際紛争解決の制度があるじゃないか。国連がそれだ。少なくとも国連はそのために作られたものであるはずだ。現在そのように機能していないなら、これを強化し育成すればよいではないか。
このような考え方が、広くわが国の世論となっている。しかし、誠に残念ながら不幸な誤解である。すべては国連の本質の誤認から生じている。
日本人は、国際政治や戦争をたいへんに誤解していると、論じてきた。その誤解の中でも最大の誤解は、国連に関する誤解だ。国連の本質について、日本人はまったく無知であるとさえ断言してよいだろう。
日本政府は国連中心外交を唱えてきたが、まるで錦の御旗だ。これには野党も反対できない。それどころか大賛成だとしか言いようがない。日本国民の大多数は、国連とは何か崇高なありがたいものだと思いこんでいる。なかには、世界政府みたいなものだとさえ錯覚している者もあるくらいだ。少なくとも、人類進歩のシンボルぐらいには思っている者が、過半数だろう。
その証拠に、日本は独立後、一日も早く国連に加盟するために全力を挙げて努力し続けてきたし、ついにアメリカがソ連を説得することに成功したときには、国を挙げて大喜びし、これで日本も、国際社会でやっと一人前になれたんだと言うことになった。
わが国が国連に加入するなどということが、国連本来の性格から言えば、どんなにグロテスクで、奇妙なことであるかに気づかない。国連中心外交さえ展開していれば、日本は安全で平和だと信じて疑わない。
まったく、とんでもないことだ。誤解もここまでくると正気の沙汰だとは思えない。国民大衆の誤解もさることながら、学者もジャーナリストも、国民に国連の本質について説明しなかったのはいったいどういうことだろう。無責任もここまで徹底すると、犯罪だとしか言いようがない。

■国連とは、そもそも何であろうか


国連の本質を知るには4つのポイントがある。
々駭憲章では戦争を拒否していない
国連は建前としてユニバーサルな機関ではない
9駭△和萋鷦‖臉鏝紊慮従維持の執行機関である
す駭△漏堂談噌颪一般的な政治的了解を相互に模索する場である
それぞれのポイントは、これから詳しく説明する。国連は、既存の国際紛争解決の諸手段を、多少整理し組織化しただけのことであって、なんら質的に新しいメカニズムをもたらしたものではない。ましてや、制度として戦争を超克するものではない。もっと初歩的な問題から始めよう。
ひところ「国連中心主義」という標語があった。わが国の外交の三本柱のひとつとして(編:あとの二つは「日米同盟」「アジア重視」)公式に打ち出されたこともあった。
しかし、よく考えてみるとまことに奇妙な発想である。これは日本人の国連に対する基本的誤解を象徴している言葉と言っても過言ではない。

■国連とは主権国家の国際政治上の場のひとつでしかない


国連は国際政治上の一つの場にすぎず、なんらかの実態があるわけではない。国連の加盟国は主権国家である。各加盟国は、自分の主権を制限して国連に委譲しようなどという気持ちは、さらさらない。国連憲章上、古典的な意味で多少の制約は受諾しているが、主権を損なうようなことでは絶対にない。むしろ、事ごとに、主権の絶対を強調してはばからない。つまり国連の主人は、各加盟国であって、国連そのものではないのだ。
国連を主権国家の上を行く世界連邦政府のように勘違いしているのならば錯覚もはなはだしい。国連を将来成立することのあるべき世界連邦の萌芽であるかのように取り扱っているが、これは途方もない誤解である。将来、たとえ世界連邦が生まれ出るとしても、それは国連の筋から出ることはありえない。
国連中心主義という意味が、何でも国連にきめてもらおう、国連の決定は尊重し遵守(じゅんしゅ)しよう、ということなら、妙なことになってしまう。国連で決めるのは誰か。それは各加盟国の合議である。国連という抽象的なものではない。もっと割り切って言えば、国連で決めるのは、加盟国自身、つまり日本なのだと気付かなければならない。
万事受け身の日本人は、この世に自分がいることさえ忘れてしまうらしい。自分の行動規範まで他人がきめてくるとものと思うのだろうか。
国連を外交の手段の主要な道具として使う、という趣旨ならば、結構だ。少なくともつじつまのある発想である。ただし、それがけんめいであるかどうかは別問題だ。国連中心主義は、そもそも、つじつまの合わぬ発想なのである。

■「自衛」の名目がつけば実は何でもOKな国連憲章


国連憲章は、4種類の戦争を認めている。それは「個別的自衛権」および「集団的自衛権」の行使の二つであり、それに第二次大戦の敗戦国に対して、国連の現加盟国には、例外的に「敵国条項」の発動が許される。さらに集団としての国連自身には「強制行動」が認められている。いずれも、当然に武力行使が想定されるので、まさに戦争そのものである。
国連憲章上、国連加盟国は、「武力攻撃が発生した場合には」個別または集団的自衛権を行使するのはかまわないことになっている。ただし安全保障理事会がなんらかの措置をとるまで、という原則上の条件が付いている。(第51条)
これにはいくつかの問題がある。第一に自衛権というものは、一般国際法上、昔から確立されている固有の権利であるが、はたしてこれに制限を加えたものであるのか。具体的には自衛権は武力攻撃を受けたときだけなのか、あからさまに武力攻撃ではないが、陰に陽にあらゆる手段を用いて圧迫を加え、武力行使の威嚇(いかく)まで受けたときどうなるのか。そこまで挑発されたのならやむをえぬ、として武力で対抗してよいのか。
この問題はかつて世界の国際法学者をえらく悩ませたものだった。ある者は、国連憲章の精神からして当然制限されるものと主張した。そうでなければ、この条項はあまり意味がなくなるではないかという理由である。
また、ある者は、「武力攻撃が発生した場合には」の表現は一つの例示であって、古典的な自衛権は制限されていないと主張した。自衛権などという固有の権利は、個人の基本的人権のようなもので、簡単に取り上げられるはずないではないかという理由である。
それでは、各主要国政府の公式の解釈はどうなのか。どの政府も、そのような抽象的な設問に大まじめで答えるはずはない。にやにやしているだけで何も言わない。しかし心根は容易に想像しうる。後者の説に傾いているにきまっている。国際法の基本的な大原則の一つに、「疑わしきは主権に有利に解釈せらるべし」である。なるべく法的拘束から逃げようとするのは当たり前だ。

■集団的自衛権の欺瞞


第二に、集団的自衛権という第二次大戦前にはお目にかからなかった言葉は何なのか。そもそも個別的自衛権だって、理論上、主権国家にとって当然の固有の権利ではあるが、乱用されたら際限はない。なんでもかんでも自衛戦争という言い訳ができる。そしてまた、実際そうである。
集団的自衛権とは、自国に直接関係はないが、友好国に外部から侵略の事態が起ったならば、これを救済におもむいてよいという権利である。これは便利だ。これで自衛戦争の範囲が、格段に広がった。
ここで、とくに指摘しておきたいのは、集団安全保障機構の問題である。
たとえば、西側のNATO機構や東側のワルシャワ条約機構がそうである。それだけではない、二国間の安全保障条約、日米安全保障条約も実は本質的に同じ事である。
これは何を意味するのか。一口に言えば、国連憲章の言う「集団的自衛権」という権利を別の条約で手当てして、そっくりそのまま義務にするというものである。いずれも加盟国の一つが武力攻撃を受けた場合は、他の加盟国は武力を持って救援する義務があると書いてある。権利を義務に転換するとは放れ業もいいところだ。
なんのことはない、これは第二次大戦前の「攻守同盟」と変らないではないか。かつて、いたずらに戦争を拡大するから適当でないと道義的非難を受けた「軍事同盟」と、どこがちがうのか。
しかも国連憲章は「地域的取り決め」を奨励している。地域的な安全保障のアレンジメントにも積極的意義を与えているわけだ。ここが前身の「国際連盟」と違うところだ。国際連盟は、地域的結合(グルーピング)が国際社会の分裂傾向を強め、ひいてはグローバリズムの国際連盟の理念に相反するとして認めようとしなかった。
第三に、自衛権行使には、安全保障理事会がなんらかの措置をとるまで、という条件があるが、その実際上の意味は、自衛権を行使してとりあえず侵略を防いでいれば、国連という平和維持機構が助けに来てくれるということである。これは建て前である。そんな実例は一つもない。超大国の対立を前提とした安全保障理事会では、そのような措置は望めない。
つまり、自衛権の行使には建て前として国連のコントロールがあるが、実際上は無きに等しいということなのである。理屈さえつければ、何でもできるのだ。

■「国連」の真の名称は「連合国機構」


国連憲章には、いわゆる「敵国条項」というのがある。戦後三十有余年も経っているのに、いまだに第二次大戦中の枢軸国、すなわちわが国とドイツなどを差別する規定が存在する。具体的には第五三条第一項後段と第二項、それに第一〇七条である。
それは旧敵国の侵略政策の再現に対処するために結んだ、地域的取り決めの発動に当たっては、国連のコントロールをいっさい受けない。
たとえばソ連が東欧諸国と個別に結んだ一連の二国間条約がそうであり、もう消えてしまったが、かつての中ソ条約はわが国を対象としている。
第二に、連合国に対して、第二次大戦後の戦後処理のためには、国連の制約から脱して自由に行動することを認めている。敵国管理の方法も、平和条約の内容も、まったく自由勝手であるというのである。このことを根拠として、ソ連は、ベルリン問題や朝鮮統一問題などは国連の枠外だと主張したことがある。
しかし、戦後もうこれだけ年月が経っているし、わが国は国連に加盟できたのだから、当然平和愛好国と認められたので、敵国条項のごときは、もはや有名無実と考える人がいるかもしれない。まことにごもっともである。しかし不条理の世界で常識を期待しても無理というものだ。たとえば、ソ連は、一九六七年、六八年、それにチェコ侵入の後、敵国条項を引用して西独に干渉する権利があると宣言した。米国は直ちに、NATOの反撃を惹起するとして反対したが。
わが国は、日ソ共同宣言で、両国間の関係は国連憲章の第二条の原則に従うことを、ソ連から一礼とりつけている。だから安心などと言ってはいけない。日ソ間には二国間、多数国間の条約文書のジャングルがある。ジャングルは複雑怪奇で相互矛盾するものがあっても不思議ではない。なにしろ相手は法律論が大好きで、一筋縄ではいかない。将来、情勢の変化によっては敵国条項を持ち出さないとはかぎらない。
敵国条項をちょっと拡大解釈すれば、旧敵国の行動はいつ何時でも阻止する権利が生じる、といういうことになりかねない。
わが国としては、そんなものは速やかに削除してもらいたいものであるが、憲章改正手続きは気が遠くなるほどの大事業である。安全保障理事会で拒否権の行使なく合意を得るなど至難の業だ。したがって、いかに不愉快であっても、日本は敵国条項付きの国連で我慢せざるをえない。日本は外様大名なのである。

■小国の安全保障理事会参加で弱体化する国連


前身の国際連盟にはない国連の一つの特徴は全加盟国を法的に拘束する決定ができる執行機関があることである。それは安全保障理事会である。ただし安全保障理事会が平和維持のために行う活動は、国連の名で、各加盟国に代わってなすものである。しかも、必要な場合は軍事行動をとることができる(第四二条)。常設の軍隊はないので、つど各加盟国から兵力の提供を受けて、「国連軍」という地位を得る。
基本的な訓令は、国連事務総長が与える。
国連軍派遣の例は、特異な例で朝鮮戦争、コンゴ紛争、中東紛争、キプロス紛争などがある。
ところで、安全保障理事会には、いろいろと問題がある。ここでは「執行機関」という観点から、一つの問題を取り上げる。
一九七八年、安全保障理事会の非常任理事国の選挙で、日本はバングラディシュに大敗した。日本では外交の大失点と糾弾され、ひいては経済援助の有効性を問い直す向きまであった。それらは問題の核心に触れておらず、結局わが国の反省はピント外れとなってしまった。
安全保障理事会は、戦争まで行うことのできる執行機関である。単なる協議機関とは話が違う。経済社会理事会など各専門の協議機関であるならば、バングラディシュのような小国が「大国の独占はけしからん」と議論するのは結構である。
しかし安全保障理事会は執行機関なので、どの国でもメンバーになって然るべきという議論は、じつにナンセンスだ。執行機関のメンバーとして、国連の行動に積極的に参加し工研する意志と能力が求められる。さもなければ、ますます、国連の無力化を助長することになる。
こんな事を言うと大国主義だ、と非難されるかもしれない。しかし国連の構造自体が、そもそも大国主義でできている。大国一致の原則が消えた失せたら、事実上崩壊するのだ。

■国連はUniversal【普遍・万能】な存在ではない


国連加盟国は、すでに百五十あまりに達している。加盟していない国はないことはないが珍しい存在になってしまった。(編:1981年当時、現在は191カ国で1991年大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国、2002年にスイスも加盟している。台湾は1971年に中国加盟で脱退したが再加盟を近年予定している)
永世中立国を国是とするスイスの国連加盟促進論者は言う。これほどまで国連がユニバーサルなものになったのだから、スイスとしては、集団的軍事行動には参加できない、しないという基本的了解をとりつけて入ればよいではないかと。それでは、国連はユニバーサルな機関なのだろうか。そうではない。本質的にそのようなものではありえない。建前としてさえそのような作り方はしていないし、そのように運営もされていない。国際社会における加盟国の範囲が事実上ほぼユニバーサルなものに近づいているのに、本質的にそうではないとは皮肉なものである。
まず国連の名称を見てみよう。
日本語の正式訳文によると「国際連合」である。国連憲章は、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語、中国語の五ヶ国語が正文であるから、国連の正式名称は五つあることになる。United National Organisation/des Nation Unies/聯合國・・・
第二次大戦中、連合国側はいろいろな呼称を用いた。アライド・ネーションズと言ったり、アライド・ワパーズまたはアライズなどと称して、統一はなかった。しかし一九四七年(昭和二二年)の「連合国共同宣言」では、すでに「ユナイテッド・ネーションズ」の呼称を用いている。
これで一目瞭然だろう。国連は第二次大戦の終結前、連合国側によって作られた。だから国連は、連合国の戦争遂行機関であり、戦後の新しい国際秩序の執行機関であり、旧敵国の管理機関なのである。それがそもそも創設の趣旨であった。国連の本質は、まさに「連合国」であり、「国際連合」と誰が訳したか知らないが、つまらぬ誤解をもたらした責任は大きい。
いずれにせよ、国連は一種のクラブであって、趣旨から言っても手続きから見てもかなりの閉鎖的集団の体質をもっていることがわかる。たまたま世界のほとんどの国が参加したからと言って、その本質まで変化したということはない。

■国連の基本理念は「現状維持」、変化がすべきものをさせない矛盾


国連の本質の一つとして、第二次大戦後の国際新秩序を維持することを目的とする機関であることは、すでに述べた。第二次大戦後、連合国がその政治的優位を確保して、国際社会の運営と調整に当たろうというわけである。敵国条項に象徴される旧連合国と旧枢軸国との対立という図式の維持も問題だが、そんなことよりもその根底にある基本的な考え方がもっと重要な問題だ。
つまり、国連の基本理念は、第二次大戦の結果をそっくりそのまま、できるだけ長期に維持しようということである。第二次大戦後の「現状維持」を恒久化しようとするものである。国連は第二次大戦後の現状維持の執行機関なのである。
当然のことながら、国際社会は刻々と変化する。長期的に見れば、国際社会は流動するものである。それにもかかわらず、特定の時点における「現状」を固定してよいものだろうか。またそんなことが人工的にできるものだろうか。
国連憲章によれば、各加盟国は、主権の平等、領土保全、政治的独立、内政不干渉が理念として保証される。ひと口に言えば、各加盟国は、政治的には、いかなる意味でも現状の変更に反対しうるのだ。反対しうるだけではなく、反対の大義名分があるのだ。まさに超保守的メカニズムである。
このような建て前で、しかも実際上もそのようにしか機能しないとすれば、国連は早晩、世の中の変化に即応できなくなることは目に見えている。
国際社会の歴史に一貫して流れるのは政治権力の消長であり、お互いの消長の差から非つっぜんてきに生ずる紛争であり、そして戦争よりおのおのの政治権力の配分が変更された、ということだ。歴史は長期的かつ巨視的に見れば、誰しも当然なことだと思うだろう。世の中流動的なことは、なんの不思議もないと言うだろう。
ところが、国連の基本理念は「現状維持」だというのだ。時の流れと関係なく言うから、論理的にもちぐはぐな言い方になる。
国連は第二次大戦後の現状維持の執行を目的とする暫定的国際平和維持機構である。恒久的機関かのような前提でものを語るからおかしなことになるのだ。
「現状打破」は当面タブーである。しかし現状打破はすべて悪ときめつけるわけにいかない。悠久の歴史から見れば、それが原則なのだから。
問題は、現状の変更を戦争などというすさまじい手段を使わないで、実現できないのだろうかということである。国連がその役割を果たせないことは、これで明白になったと思う。これは、現在、国連が事実上無力だからと言うのではない。その本質上、戦争に代わるものではありえないからだ。

(明日につづく)

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小室直樹「新戦争論」を今こそ読む(2) 言葉を翻弄したことで文明史を曇らせた 
Tuesday, August 21, 2012, 05:27 PM
晴 10時 浅草での空間線量は129ベクレル/立法メートル

雲一つないピーカンです。昨日に続いて抜粋を掲載します。

■「現状維持」での双方の「正義」が戦争を生む


国際紛争といっても経済問題は深刻な問題とはならない。取引から生じる双方の利益が公平ではないというのであれば理論的には実際上も妥協可能である。経済摩擦がいかにエスカレートしてもどの程度で妥協できるかを心配するだけである。自動車対米輸出問題も単純な取引問題へ帰着するであろう。しかし国際関係では量的利益分配とは質的に異なる問題がある。一言で言えば主権国家の数だけ「正義」があるのだ。成長する国は長期的には勢力範囲の拡大の必要性を感ずるであろうし衰微する国は勢力範囲の縮小による既得権を死守するのが正義となる。このような紛争は足して二で割る手法は適用できないのである。
第二次大戦では正当な「生存圏(レーヴェンスラウム)」とドイツは言い、「大東亜共栄圏」と日本では言ったのである。
国際社会の歴史は地上における政治的権力の配分が変更されきた記録である。政治的権力の配分変更を一切認めない限り、勢力拡大はけしからんという異論は成り立たない。政治的権力の配分が平和的な話合いで行われたとしよう。しかしその場合は国際社会でお馴染みの言葉「現状維持」に沿った内容でしかないのである。長期的展望に立てば「現状維持」の固定はいかなる尺度をもってしても「正義」に合致するものではない。したがってそんな原則に国際社会は合意できるはずはないのである。
現状の変更が平和的手段でできないと言っているわけではないが、自ずから厳しい限界があるということだ。地上の政治権力の配分の変更を求めて起こる国際紛争は、十中八九戦争にまでエスカレートせざるをえない。相異なる二つの「正義」の衝突には本来妥協がないからである。

■日米開戦がなかったら不安定な国際関係のままだったろう


我が国は米、英、蘭、中国、それに末期にはソ連が加わる連合軍を相手として、じつに五年に近い長期間にわたり、膨大な人的経済的資源を投入して戦争を遂行した。そして降伏した。
まったくムダなことをしたのだろうか。民主主義陣営に挑戦する不逞(ふてい)な試みだったのであろうか。侵略戦争などと言う、とてつもない大それたことをやったのであろうか。もし、まったくそのとおりであるならば、戦争自体が無意味であったことになる。わけもわからず動員された兵隊は、ムダ奉公をしたのであり、戦場に倒れた人たちは、犬死にしたことになる。現在でも、あの戦争に直接参加したことのある生存者は、複雑な心境にあるに違いない。まったくムダ骨であったとすれば、戦死してしまった同僚を限りなく憐れみ、このような戦争を起こした政治的責任者を恨むほかない。戦後の我が国の世論状況は、こうした物の見方を当然として、信じて疑わないかのように見える。
それでは戦争をしなかったならば、日本はどうなったかという想定を提案したい。
まず日米開戦直前の国際社会の政治的経済的文化的状況から出発する。その自転の日米間の紛争を正確に認識してみる。いろいろ複雑に絡み合う紛争の複合体が浮かび上がってくるだろう。おそらく最大の紛争は北東アジア大陸の支配権を巡る抗争ということになるであろう。当時の客観情勢の推移のシミュレーションを行いながら、その紛争の解決には戦争という最終手段をとる以外に道はないと判断するまでのプロセスをつきつめてゆく。
その自転で戦争を避けることが本当に可能であったか、どうか、そして、さらに戦争不可避あるいはほとんど不可避の状況で、戦争をしないという意味は、いかなることを意味するか考えてみる。あれほど深刻な国際紛争を、未解決のまま放置することはいかなることを意味するか考えてみる。
おそらく日米両国に関わる極東情勢は、手のつけようもない不透明で不安定な重苦しい様相を呈していたであろう。これは中毒症状の初期段階である。
我が国は戦争なしで、当時の満州や中国での利権に始まる一連の国益を放棄する用意はなかった。当たり前である。死闘の後の敗戦により強制的に放棄させられた。ともかく一刀両断に放棄したからこそ、戦後、まったく別の大戦略に展開できた。
我が国の国民経済が、今日もかく繁栄していることは、戦争中の戦争努力とまったく無縁ではないのだ。

■現在の「戦争」は宣戦布告なしの国家間武力紛争をも含む


第一次大戦後の国際社会には戦争を非合法化する動きが生まれた。たとえば国際連盟規約は、その前文冒頭において、「締約国ハ戦争ニ訴ヘサルノ義務ヲ受諾シ」と言っている。
一九二八年の不戦条約では、さらに一歩進めて、その第1条において、各締約国は、「国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互関係ニ於テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ抛棄(ほうき)スルコト」を合意した。
この条約文の注目点は「戦争」という語を不用意に二度も使用したことであり、ある種の限定した戦争のみを禁止したことである。不戦条約成立後も、現実には戦争が続発した。一九三一年の満州事変、一九三九年のイタリア・エチオピア攻撃、およびソ連の対フィンランド武力行使等、枚挙にいとまがない。
そのとき、列強は自分の戦争を正当化するために、二つの理屈を使った。第一は自衛権の行使であるから、条約上放棄した戦争とは関係ないという後ろめたい言い訳である。そこで補強のために援用された第二の理屈が「戦争」ではないという理屈であり、「戦争」という呼称を注意深く避けることであった。我が国の場合で言えば、「満州事変」「支那事変」がその好例である。つまり「戦争」の語を無理やり法技術的に限定された意味に仕立て、果ては戦争ではないのだから、両国間に戦争状態は存在せず、戦時国際法ましてや戦闘ルール「戦時法規」の適用外であるというつまらぬ議論にまで発展してしまった。第二次大戦後、国際社会は「戦争」の語を法技術的意味の中に追い込む愚を避けるために二つの工夫をした。一つは念のために条約文書に「戦争」の語を使用しないことであった。たとえば国連憲章では、その第二条第四項で、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇または武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」と規定している。また、国連自身の武力行使を「強制措置」と表現したり、加盟国には個別的または集団的自衛権の行使を、一定の条件の下に合法化しているが、こうした事態の表現として、「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合」と言っている。
その後、国連を含めて国際政治場裏では「戦争」ではなく「国際的武力紛争(インターナショナル・アームド・コンフリクト)」の語が頻繁(ひんぱん)に使用されるようになり、定着した。もう一つは、戦時国際法、特に戦時法規の分野において、国際的武力紛争が起った場合、呼称、経緯、手続きのいかんに関わらず、戦闘のルール(戦時法規)が無差別に適用されるようになり、立法技術上格段の進歩を遂げたのである。
以上のとおり、現代国際社会は、国際的性質を有する武力闘争に、理論上も実際上も特別の差違を認めない方向に、休息に移行しつつあると言える。もはや、戦争と、そうでない武力紛争とを区別する実益は、もうなくなったものと考えなくてはならない。「国際的武力紛争」という国際社会で定着した呼称を使用するのも一案であるが、専門家の術語のような響きがあって、それに少々冗長である。それならばまた昔に帰って、「戦争」の語を広義にとって復活させても良いではないか。

■「国際紛争解決ノ為戦争」ではない戦争はあるのか


「戦争は国際紛争解決の一手段である」と言い切るが、解決手段ではない戦争はあるのかという疑問を抱く人がいるかもしれない。概念の無理な単純化により、現実の国際社会の基本構造を見誤り、なにより戦争の文明史的本質の理解を妨げることにならないか、ということである。
そこで「国際紛争解決の手段」という言葉の意味を、戦争の本質というテーマの前提問題の一つとして明らかにしておかないわけにはいかない。一九二八年の不戦条約第一条に端を発する。
「国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互関係ニ於テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ抛棄(ほうき)スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳粛ニ宣言ス」
ここで放棄した戦争は、明らかに限定的なものである。「国際紛争解決」を目的とした「国家ノ政策ノ手段トシテノ」戦争を放棄したのである。つまり立法の趣旨は、戦争を全面的に放棄するのではなく、々餾殃響莢魴茲亮蠱覆箸靴討寮鐐茲函↓△修Δ任覆だ鐐茲瞭鷦鑪爐吠けて前者のみ放棄することであった。そして後者の合法的な戦争の例は、条約上の義務による国際的安全保障のための武力行使がまず確立した。不戦条約調印の際には、国際連盟規約第一六条および一七条、ロカルノ保障条約、永世中立保障条約のような多角的な安全保障機構による武力行使は、当然合法とするものであった。
つぎに来たのが自衛権の行使であった。自衛権は主権国家にとって固有の属性であるから、条理上、当然合法であるという主張であり、当時の国際社会は簡単に受諾していった。
このように戦争は大きく分けて二種類あることになった。このような理解が一九二八年の不戦条約の解釈として確立したのである。当時の平和主義のムードの中で、戦争そのものを、なんとか法の規制の下に置こうとした努力は、十分理解できるものである。少なくとも戦争を政治的に可能な限り制限しようとする試みは、それなりの意義があった。また戦争を合法、非合法なものに分けることに不都合もなかったのである。
問題は「国際紛争解決の手段」という概念が一九二八年から理念上の混乱を生んだのである。しかし名文として国際社会に歓迎され、以後の各種条約や日本国憲法にも戦争非合法化の文言としてくりかえし使われてきた。この場合も条約上の義務や自衛権に基づく武力行為は含まれないという解釈が広く確立してきた。
よく考えてみれば、国連の強制行動も、自衛権の行使も、結局のところ国際紛争解決の手段と質的に異なるものとして区別する理由は全くない。つまり国際紛争解決の手段ではない戦争などありえないと割り切らないと、かえって戦争の文明史的本質がわからなくなる。
むしろ国際社会の基本構造の解明にとって有用であり、何よりも戦争の文明史的本質の理解にとって、大きな前進を意味するものである。

■建前と実態があまりに離れると、その国は破滅する


日本人は建て前と本音は違うものだと思っている。少なくとも違うものだと普通に思っている。だから建前にこだわるのは野暮であり、適当に本音を貫けば万事めだたしめでだしということになる。たとえば、憲法は憲法で、あれでよいではないか、現に柔軟な解釈と運用で然るべくやっている、それは現実にはなんの不都合もないくらい上手にやっているではないか、という議論が横行している。
文明史をひもとけば、建て前と実態の乖離がひどくなって崩壊した事例はたくさんある。まずローマ共和制の崩壊と清帝国を例にとろう。ローマ共和国の基本原則の一つは、直接民主主義以来の伝統によって、選挙は物理的にローマ市内におもむいて票を投ずることであった。これが建前だ。ところが近隣国を併合し、遠く山を越え海を渡って植民地を誠意服してみると、ローマ市民権を持つ者は選挙の度にローマまで帰らなくてはならない。この制度が機能しなくなっても神聖な建前を変えようという度胸のある政治家はいなかったのである。ところがたった一人いたのである。シーザーはアルプスの彼方のガリアを征服して問題の核心に気付いた。これだけ広大な領域を、ローマ共和制という古典的な都市国家の論理で統治できるはずがないと。解決策はただ一つ、ローマ共和制を発展的に解消して、もっと次元の高い政治機構を作るほかない。しかし天才は理解されず、真面目だけれど頭の悪いブルータスは個人的な野心と誤認してシーザーを殺してしまった。
その後ほどなく、ローマ共和制は崩壊してローマ帝国に移行することは、周知の通りである。ただし「ローマ帝国」が最良の解決策であったか否か、これは別問題である。

■日本は清帝国の二の舞にならないか


清帝国も、建前と実態の乖離で崩壊した好例である。中国には歴史的に中華思想の原則がある。中国は世界の中心であって、文明の担い手である。周辺の野蛮国とは対等な関係はありえない。まず中国の君主だけを「皇帝」といい、外国の君主はみんな「王」という。皇帝という称号は天下を統一した秦の始皇帝からはじまる。秦王では自分が滅ぼした楚などの七国の君主と対等になってしまう。その後、歴代の王朝も倣い、王なら大勢いるが皇帝は一人である。これらの王はみんな皇帝の臣下であり、どんな命令でも聞かなければならない。唐の玄宗皇帝は寿王の妃楊玉環をとりあげて楊貴妃としたが、皇帝の命令とあれば、王妃でも献上させるほど地位がかけ離れているのである。その皇帝も中国に一人ではなく、全世界にも二人といてはいけないことになっている。外国の君主はすべて王扱いである。ということはみんな中国皇帝の臣下であって、絶対に命令に従わなくてはならなくなってしまう。これでは本当の意味の外交はありようがない。欧米列強の帝国主義の時代であり、アヘン戦争でイギリスに大敗し、フランスにはインドシナ半島を占拠され、ロシアのシベリア征服によって蒙古から満州へと封じ込められて、ウラジオストックまで奪われる。日清戦争では日本に敗けた。
それでも、清帝国は中華思想の建前を変えない。いや変えることができないのだ。清の皇帝の謁見は三拝九叩の礼といって、皇帝に会う者は誰でも床に頭をすりつける仕草を九回もしなければならない。ヨーロッパやアメリカなら、こんな卑屈極まりない敬礼は奴隷にだってさせない。中近東にもこんな敬礼法はない。英国式の謁見は清の役人はどうしても承知しない。イギリスなんて野蛮国とは格が違うというわけだ。
貿易も中国の建前は自由貿易だ等価交換だのおよそビジネスの理念とは正反対で、貢ぎ物を奉ると広大無辺なる皇帝の慈愛により御下賜品を賜るのである。今までは英国人が殊勝(しゅしょう)にも時計などの物産を持って朝貢してくれるから、皇帝はその心ばえをめでて、おまえらの欲しがっているお茶や絹を下賜してやっているといった朝貢貿易(ちょうこうぼうえき)である。中国が文化的に世界最新国で中国経済が世界を圧していたときはこれでよかった。しかし産業革命後のヨーロッパ諸国のように、科学技術で中国以上の国が現れてきたとき、こんな時代遅れの建前にしがみついていた清帝国の悲劇があるのだ。
中国のお茶や絹は英国に欠かせない物産であり、反対に英国の物産で中国人の欲しいものはなかったから英国は銀を失うばかりである。こうなると英国はたちまち海賊としての本性をあらわし、清国の建前と現実の乖離をついてきた。アヘン戦争だって何だって根本的な原因はまさにここにあるのだ。列強もイギリスの先例にならって中国をいじめぬき、中国は亡国一歩手前に押しやられてしまった。いずれにせよ清帝国末期の政治的社会的建前は、グロテスクなほど、実態と乖離していた。結局1911年辛亥革命によって崩壊する。
この点日本は賢明であり、明治維新は政治的には「復古」という建前をとりながら、じつは「開国」をなかば意識的に用意していた。つまり未来に対して開放的なメンタリティが事前に準備された。具体的には立憲君主制という建前の明治政府が成立し、その建前と制度は第二次大戦までさしたる破綻もなく続いた。それはそれで注目すべきパフォーマンスと言わざるをえない。
はたして日本の第二の維新、第二次大戦後の変革は評価できる時期ではない。そこはかとなき不安があることは否定できないのではないか。
(明日につづく)
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小室直樹「新戦争論」を今こそ読む(1) 平和主義者が戦争を引き起こす 
Monday, August 20, 2012, 02:14 PM
晴 10時 浅草での空間線量は135ベクレル/立法メートル

昨日古本屋で小室直樹「新戦争論」(昭和58年刊、光文社)が運良く手に入ったので徹夜で読了しました。ちなみにAmazonの中古価格は当時の10倍です。

30年前に小室直樹は現在問題となっている国際紛争と国連(United Nations)の問題を指摘していたと言うことに驚かされます。

以下簡単に本書の内容を追って簡潔に抜粋しておきます。ソビエト連邦(ソ連)はそのままでとします。

■"平和主義者"が戦争を引き起こす


戦争は個人の心の持ちようではない。個人の命題が社会(国家)にも成立するという並行主義(パラレズム)は必ずしも成立しない。ひとりひとりが平和を願えば世界に平和がもたらされるという奇妙な念力主義に陥っているのである。日本の平和主義者は戦前の神州不滅主義となんら変らないのである。
戦前では軍国主義者(ミニタリスト)がはびこっていたと吹聴されているが、戦前も戦後も日本国内には真の軍国主義者はいないのである。なぜなら軍国主義とは戦争に勝つことが目的であって敗戦の原因をひとつひとつ潰して行かなくてはならないのである。不利であれば開戦には反対するであろう。戦前に敗戦の研究などしようものなら豚箱でなぶり殺されるのがオチであった。
一方アメリカの大学には軍事学部(編:おそらく地政学部と思われる)があり、軍事研究は大学生までもが行っている。日本は今でも軍事研究はタブーとされ、知らないことが戦争を起こさないことだという信仰にまでなっているのである。

■猫を虎に育てる平和主義


第一次世界大戦が終わってヨーロッパは灰燼(かいじん)と化し、英国人もフランス人もドイツ人もああもう戦争は嫌だ、どんなことがあっても戦争だけはしたくないと叫んでいた。こうしてヨーロッパに現れた平和主義(パシフィズム)運動が第二次大戦の原因となったのである。平和主義が高まると政治家達は世論に迎合して表立った武力解決を訴えることができなくなったのである。
そこでドイツでは連立政権の弱小政党の党首に過ぎないヒットラーはフランスとイギリスの平和への賛歌を逆手にとるという博打を打ったのである。
ベルサイユ条約を蹂躙し、軍の再軍備と拡充というをしてもイギリス、フランスは軍事行動をとらないと読んだのである。
(編:現在の日本の状況は70年前のヨーロッパと同じではないか!)

■平和とは戦争のない状態ではない


平和とは「安定し均衡した形で長期間維持するシステム」であり、きわめて複雑で微妙な人工的な仕組みでなのである。戦争より合理的かつ実効的な国際紛争解決手段を考案しない限り、戦争は消滅するはずがない。

全面降伏論は論理的におかしい。紛争にならなければ戦争はおこらない。もし他国のどんな不合理な要求でも受諾することとし自国の主張はほどほどで国益が損なわれても外国の圧力に屈服する態度を続けて政権が持つわけがない。

非武装中立は白昼夢である。国際法の一分野で中立法というものがあり戦時下の中立国には自動的に付加される権利と義務が発生するのだ。義務とは「不参加」と「不偏」であり、交戦国の戦争遂行に便宜を与えてはならないのである。もし他国が中立国の領土を軍事的に利用するのであれば中立国は実力を持って排除する義務が生じるのである。もし日本が中立国を宣言するのであれば米軍を領土領海から武力をもってしてもすべて排除しなければならないのである。
(編:空想平和主義者の社民党党首の福島瑞穂がいかにとんちんかんであるかが判るであろう)

■戦争は紛争解決の一手段である


戦後日本はなんとなくうまく行っているのではなく運が良いだけである。万事受け身でリーダーにはならず二番手主義で上手く立ち振る舞った結果がたまたま良かったのである。しかし国際社会の客観情勢は出鱈目の気まぐれに変化するものではなく、何らかの関連要素が並び国際社会の本質に基づいた変化があるのである。過去の教訓が未来にも当てはまる限界を見極めつつも歴史を学び、長期的巨視で眺めれば先見性は身につくのだ。
国際社会の本質とは
・国際関係には少なからず紛争がある。
・紛争は解決されねばならない
・戦争は、そのような国際紛争を解決するための一つの手段である。
・しかもそれは最終手段である。
戦争と比べて、より合理的で、より実効的な国際紛争解決の手段はまだ考案されていない。
もしそれが考案されれば、戦争という手段は自然に消滅するだろう。それ以外に戦争をなくす方策があるはずがない。

■しかし尖閣列島、竹島問題は両国間で凍結(棚上げ)が合理的である


戦争は私怨(しえん)ではなく、主権国家間の紛争解決の手段である。国際社会が仲裁に入れば戦争には至らないという結論に辿り着くことは当たり前であるが、平和的な解決がない状況に至って国際社会が割ってはいるということはすなわち武力介入を意味するのである。つまり第三国は武力介入だといい、国連は強制行動と呼んで一つの戦争を別の戦争に置き換えるだけに過ぎないのである。
中国との尖閣列島、韓国との竹島は事実上両国間で棚上げしてしまった。両国とも領有権の主張や法的解釈はそのままである。なぜ二つの紛争が関係当事国の死活問題にならないかというと、特に経済的資源の面からは具体的な利害関係が希薄なのである。結局建前として法的な紛争に過ぎないのであればおのおのが法的立場を明確にしておけば済むことだ。それ以上の意味を持つようになれば、さらに一歩踏み込んだ解決を図らざろうえない。

■実効支配されている北方領土の解決は困難である


日本の歴史的根拠に対してソ連は連合国の敗戦処理で正統に領有した立場をとっている。両国にとって正統性の問題である。しかし北方領土の場合ソ連が軍事基地を置き実効的支配を達成しているのである。もし日ソ両方にとって致命的な問題ならば可及的すみやかに解決せざるを得ない。つまりせんそうを覚悟することである。
ソ連が北方領土を返還する可能性は二つしかない。日本の実力行使で強制すること。もう一つは客観的情勢の変化により返還の気運がソ連内で高まることを気長に待つだけである。

■紛争を放置すると文明は崩壊する(イラン人質事件の教訓)



一方で国債紛争を棚上げしたばかりに国際社会が崩壊した例をあげる。1979年11月に発生したイランアメリカ大使館員人質事件である。本来であれば国際法の重大な違反であるが、ホメイニ師によるイラン革命があった年であり、対応する中央政府がないため両国間の直接交渉ができず、軍事行動で救出する作戦は失敗して長期化した経緯がある。アメリカが保護していたパーレビ(パフラヴィ)国王の死去をもって人質解放となった。

この事件の余波は関係当事国だけではなく国際社会への疑念が広く芽生えたことである。つまり国際法の原則が否定され長期にわたり放置された結果である。アラブ諸国に西洋文明の現行国際法を押しつけてもいいのかという発言まで加盟国で公然とされるようになった。こうして国際社会は深刻な自己中毒に陥ったのである。

■戦争は副作用のない消極的な万能薬


数奇な例を三つあげる。ひとつは14世紀中から15世紀中頃にまで及んだ英仏の100年戦争である。フランス王の王位継承を巡ってイギリス王とフランス王が戦争を始めて100年も戦闘は続いたのである。こうなると役者もかわり戦争目的も曖昧となり変質していく。そのうちにイギリス、フランス両国も変質し国王の家産国家から貴族などの上流階級の政治意識が芽生えて後世の国民国家が萌芽するようになったのである。肝心の戦争で紛争は解決されなかったがジャンヌダルクに代表されるように国民感情が変化して本来の紛争原因は消滅したのである。
二つ目は17世紀のドイツで起った30年戦争である。カトリックとプロテスタントの宗教戦争にデンマーク、スェーデン、フランスが干渉して当時の列強の離合集散の場となったのである。この場合も戦争の目的はくるくる変ったが、ドイツは壊滅的な被害を受けながらも近代社会への脱皮のきっかけとなったのである。
三つ目は南米パラグアイとボリビアによるチャコ地方の領土紛争である。第一次大戦後に石油があるという噂が原因でかたや富士山より高い4000mもの高地にあるパラグアイと海抜0のボリビアの兵隊が闘ったのである。どちらにしても軍隊は過酸素症か高山病となりまともに闘えないことがわかり、石油も出ないことが判明したことで領土問題は雲散霧消してしまったのである。さらには両国では潜在的にも領土問題はないというコンセンサスが出来上ったのである。
戦争という巨大な組織的努力の体系は、めぐりめぐっても、かならず紛争解決という結果をもたらす。その結果が良いのか悪いのかは、別次元の評価の問題だ。どんな遺憾な結果でも、結果が出ないより差し引きましだと言わざるをえない。これは、残念ながら真実だ。

(明日に続く)
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8/19 10時 浅草での空間線量は129Bq/m^3  
Sunday, August 19, 2012, 12:40 PM
晴 10時 浅草での空間線量は129ベクレル/立法メートル

塩昆布でつくる胡瓜の浅漬けです。
作り方は
1)胡瓜を適当に切る。(茗荷なども加えれば尚良し)
2)ビニール袋に入れる。
3)塩昆布を適当に放り込んで混ぜる。


これだけ。塩昆布だけだとおにぎりの種ぐらいにしかなりませんが、胡瓜とあわせるとこれが絶品です。寝かせる必要もなくすぐに食べられます。酒肴にもよいですね。

夏は谷中生姜の甘酢漬と塩昆布の浅漬けは私の定番メニューです。
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